闊歩するは天使   作:ryure

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96話 限界

 モザイオを追いかけて隠されていた地下空間に突入した俺たちは、かなり長い間放置されていたらしい建造物に圧倒されることになった。歩くだけで舞うほど埃っぽく、不用品がごちゃついているだけではなく、魔物まで住み着いてやがる……。

 

 普段はあの隠された入り口から魔物が出られるってことはなさそうだが、子どもたちの学び舎の真下に野生の魔物の巣窟があるってのは……ゾッとするな?

 

「これは昔の校舎でしょうか。校舎に掛けられている保温魔法が確立されるまでは地下の方が暖かかったのかもしれませんね。かつての教材や家具がそのままのようですからみなさん足元には気をつけて」

「……精霊は言っています。ここの奥に攫われた他の生徒たちを見つけたと。『誘拐犯』はここを熟知しているようですね」

 

 たしか、あの幽霊は「エルシオンの面汚し」、「私の教室」って言ってたな? 多方犯人は昔に死んじまった教師だと思うが……。

 

 教育熱心をこじらせて不良たちを見るといてもたってもいられなくなったか。学生たちを攫いながら自分が死んでいることに気づいているのか、気づいちゃいないのか……。

 

 なんにせよ、死んでも愛しい人間には変わりねぇが今を生きる幼い人間たちを害して良いわけじゃねえ。どうやって幽霊が生者を操れるようになったのかは分からねぇが、天使として見逃せない問題には間違いねぇ。

 

 待てよ? 「女神の果実」が……食ってさえいない死者の願いさえも叶えたケース、もうあったな? 確かエラフィタ村ソックリの「石の村」で襲いかかってきた石像はあの村をつくりあげて亡くなったじいさんの願いを婉曲解釈して侵入者に襲いかかってたんじゃなかったか。マウリヤも人形が果実を食べたんじゃない。死ぬ間際のマキナの願いが叶えられ、「お友達」の人形が動いたわけだ。

 

 やっぱり、ここに最後の果実があるのかもしれねぇ。職務怠慢にもこれまで守護天使に見逃され続け、人間らしい感覚を失った幽霊が女神の果実に願い、そして無茶苦茶するようになったのかもな。

 

 じゃなきゃ「教師」が「学生」を校舎から飛び降りさせるわけねぇよな……。

 

 本当に……地上で活動するようになってしばらく経ったが、天使どもはサボりきっていやがる。ラヴィエルさま以外とんと会わねえ、つまり人間の集落に配置されているはずの守護天使どもはあの大地震以降まったくもって仕事してねぇ!

 

 中には俺と同じようにたまたま天使界にいて墜落し、行方不明になったままの守護天使もいるかもしれねぇけど。だってオムイさまは落ちた天使は俺以外戻ってないって仰ってたからな。

 

 それなら同情もするが……正直、幸運な俺は守護先の村の滝壺に落ちられたお陰でたまたま翼と光輪だけ犠牲にして生き残ったが、二度目を試せば星になる気しかしない大ダメージだったし、サンディと知り合って天の箱舟に乗せてもらえなきゃ帰れない身体だったわけだし……だがそんなの全員なわけなくね? サボってやがる。

 

 あーやだやだ、不真面目な天使は隙あらばサボりやがる。もしかして「女神の果実」が実った時、天使に迎えが来て救われるっていう昔話を本気で信じていて、もう実ったからこれ以上の星のオーラは要らねぇ、だから守護天使廃業でいいって思ってないか?

 

 それなら早く果実を回収するために手伝ってくれてもいいんだが、手伝いさえねえ。オムイさまの命令は俺にしか有効じゃねぇけど、別に手伝っちゃいけないって命令はなかったぞ。俺はまだまだひよっこ若年天使だってのに……。

 

 あーあー、愚痴ばっかりになっちゃいけねぇな。「お陰様で」、俺だけ可愛くも一生懸命に生きる素敵な人間たちと冒険できて最高すぎる、役得ありがとう、譲れって言っても天使の理でオムイさまに逆らえないから譲らねぇからな! あとから羨ましくなったってもう無理だからな! 俺以外の天使は幼い人間たちに視認さえして貰えなくてなんて可哀想なんだ。涙ちょちょ切れるぜ。

 

 不貞腐れて天使界引きこもりになってるやつらのことなんて知るか!

 

 さ、サクッと推定ラスト女神の果実を回収しようぜ。

 

 ……俺の仕事終わったら、人間たちと冒険する理由なくならねぇか? 嫌すぎる! まだまだ思考が暴走するメルティーを気にしながら明後日の方向に歩き出すガトゥーザを引き止めながらぴったりくっついてくる甘えん坊マティカをなんとかステイさせていてぇよ!

 

 一介のウォルロ村の守護天使業務に戻るならそれはそれでいいんだが、翼なしの俺は自力で天使界往復できねぇので永住しててもいいよな? 星のオーラ見えねぇし捧げる必要も無さそうだし、ただ守護天使だけしてウルトラハッピー人間ペロペロタイムで幸せになっていていいんだよな?

 

 もちろん、セントシュタインの守護天使には無許可でセントシュタインの守護天使も兼任させてもらうけどな! だってウォルロ村出身のリッカたんが在住しているんだから当然すぎる……当たり前すぎるな!

 

 なんて、俺に都合が良すぎる妄想を繰り広げながら薄暗い旧校舎を進んでいた。道無き道を行っているというか、もはや道ではなく進むために本棚をよじ登ってその上を歩くなんて無茶苦茶しながら精霊に導かれるガトゥーザのナビで幽霊の元に直行だ。

 

 もちろん、暗くて狭い魔物の巣な場所に四人も入ってくりゃ目立ちまくりの襲われまくりなんだがな! 避けも逃げもしにくいせっまい中をどうやって戦闘を避けながら進めってんだよ。気づかれないなんて無理だろ。

 

 しかも本がやたらめったらあるせいで派手にやって崩れるのも怖いわけだ。味方を攻撃したくなければメルティーは攻撃呪文を控えるしかなく、遠距離攻撃の意味が大してねぇから弓を射る攻撃のアドバンテージが半減しているガトゥーザは最早矢じりを握りしめて直接殴ってる始末だ。

 

 剣装備のマティカと俺は比較的マシな方だが、……まぁ槍とか棍みたいな長物よりはいいのか? 身動きは取りづらい。

 

 こりゃ、自力で逃げ出している学生がいないことを祈るしかないな。魔物を避けて脱出はほぼ無理だろう。ひとところにまとまっていてくれたら話は早いんだが……。

 

「こちらのようです」

「案内ありがとうございました。では、引き続き警戒体制のまま突入しましょう」

 

 必死に進んでいるうちに到着したようだった。その場所も例に漏れず昔に使われていた教室のようで……そっと覗くと、中にはたくさんの学生たちが行儀よく席についていた。

 

 ……ここは本の紙の匂いと埃っぽく古臭いカビの匂いしかしないが、「探偵」を雇う前から行方不明者出てたよな。じゃないと依頼しないからな……。

 

 あの子たちの飯は? 飲み物は? 寝るところは?

 

 ここはどこからどう見たって「教室」だ。机と椅子と黒板があって、床は硬い。他の部屋も教室か、図書館のような本の群ればかり。探せば古い寮もあるかもしれねぇが、まず間違いなく本たちと同じように朽ち果てたぼろ布と埃で出来たベッドに成り果ててることだろうな。

 

 俺は「最悪の可能性」に思い当たると、教室のドアをバンと開け放った。

 

 一斉に囚われた学生たちの視線が俺の方に集まる。たくさんの目が俺を見て、何かを訴えかけている。

 

 「どうか助けて」、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いますぐ子どもたちを解放なさい」

 

 怒っている。

 

 明らかにアーミアスさんは怒っていらっしゃる。普段より低い声を聞くとただでさえ冷え切った部屋の中が凍えるように寒く感じます。

 

 おそらくこれまで飲まず食わずで部屋に監禁され、明らかに衰弱した子どもたちを見ればその反応も当然のことです。特に人間に対して無尽蔵にも思えるほどの慈愛をかけてくださるアーミアスさんからしてみれば到底許せることではないのでしょう。

 

 アーミアスさんの目線を辿った先には教壇があり、そこにはただの魔法使いの私には見えないものの、元凶の幽霊がいるのでしょう。幽霊……不可視で実体のない相手に私の呪文は意味があるものか不安になりますが。道中お役に立てなかった分、「ボス戦」ではぜひともお力になりたかったのですが……。

 

「俺の姿を見て学生だと思いましたか。結構。なんだっていいでしょう。そんなことどうだっていいんですよ。いいから早く子どもたちを解放なさい」

 

 がたん、と大きな音を立てて教壇が揺れる。

 

 たとんに怒り心頭といった顔つきの中年男性の姿がうすぼんやりと浮かび上がり、教鞭を手にアーミアスさんにつかつかと歩み寄る半透明の姿がはっきりと見えたのです。

 

 私に幽霊を見る能力なんてありません。口先だけのインチキ占い師しか排出できないうちの家系から本物の霊能力者が出るわけがない。すなわち。

 

 幽霊の方が超常、普通の幽霊ではないという意味なのでしょう。事実、マティカがびっくりしたように肩を揺らしました。この瞬間、少年にも見えるようになったのでしょうね。

 

「とっとと席に座れ! 再教育を施さねばならん……まったくどいつもこいつも……」

 

「どうやらあなたが死んでから随分時間が経過していますね。死者であるのに俺を見て正体が分からないのもそう。子どもをあり合えない高さから飛び降りさせる、衰弱するまで閉じ込めるのもそう。人間だったならそれが『無理』であると分かるはずでしょう? もうその目は曇っているんですよ。魂が人間だった名残があるうちに導いて差し上げます。悠久の時間に擦り切れて旅立てなくなる前に。

俺も、人のことは言えませんけど」

 

 アーミアスさんは男の幽霊にずいっと顔を近づけ、普段こちらに向けてくださる優しい微笑でも、見守る慈愛の眼差しでもなく、冷たい目を向けられました。

 

 文字通りの「天使のかんばせ」を目の前にしても、ある意味驚嘆すべき教師の鑑というべきでしょうか、全くの動揺もなくアーミアスさんを見下ろしているあの幽霊といったら!

 

 ものすごく無礼なのでとっとと幽霊を辞めていただけると幸いなのですが、死後にアーミアスさんが気をかけてくださるという最大の名誉を受けて怯みもしないようではどうしたらいいのでしょう。

 

「さああなたの未練はなんでしょう? まだ覚えているでしょう?」

 

「教師のいうことには『はい』と言って素直に従えばよいのだ! 教育的指導が必要なようだな!」

 

 いまいち言葉がかみ合っていない様子は当然アーミアスさんも気づいていらっしゃるようでした。語気の強い幽霊の姿が見覚えのある紫の煙と共に変化していくと落ち着いた様子で武器を構えられまうす。もちろん私たちも続きます。

 

 ダーマの大神官が魔物の姿に変貌した時と同じ。つい先日、カルバドでシャルマナが真の姿を見せた時と同じ。膨大なチカラを秘めた果実に暴走させられ、「変化」する。

 

 理性なき邪悪としか言いようもない姿に。

 

「この教室には被害者の皆さんがいます。うっかり攻撃が飛ばないように気を付けててくださいね。申し訳ありませんが今回は皆さんではなく子どもたちをかばうように立ちまわりますので」

 

 アーミアスさんのお言葉の源泉は天使様による大いなる慈愛、優しさの発露なのに……どこか冷たく聞こえる声。

 

 怒っていらっしゃる。怒ってくださっている。

 

 「変化」し、毛むくじゃらの半人半獣のような姿になった「教師」に向かって。いの一番にアーミアスさんは剣を振り下ろしました。

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