どこかとおく、こえがきこえる。ぼくはながれて、ごぼごぼとしずんでいく。
「大変! すごい怪我……」
うででひっぱられる。
まわりがはっきりする。ひっぱりあげられて、ぼくはいきができるようになった。
「良かった、死んでない……」
ちいさいてが、ぼくをぺたぺたとさわる。
あたたかい。
「誰か、誰か手伝って! 大怪我をしているんだよ、僕と変わらないくらいの子どもだよ……」
「……やれやれ、よそ者とはいえこんな子どもを見殺しにするのはさすがに夢見が悪いか」
だれかにひっくりかえされる。
まぶしい。めをあけたい。まぶしくて、めをあけられない。
めをあけて、このこたちをみたいのに。ぼくをひっぱってくれた、やさしいこ。
「む……この子どもは……」
「おじさん? どうしたの? 早くベッドに運んであげないと、傷の手当をしてあげないと!」
「まさか……いやしかし……まさかだ。この子どもは金髪の長身男ではない……」
「こんなに顔まで擦りむいて……おじさん、そっと、そっとだよ!」
やさしくもちあげられる。
ゆっくり、はこばれる。
ゆれるたびにいたい、さむい、ずきずきする。
「う、う、ししょ……ぅ……」
「ねぇ! 起きたの?」
「いや、うなされているだけじゃろう……」
からだの真ん中にぽっかりと、おおきなおおきな穴が空いてしまったみたい。ひゅうひゅう、ひゅうひゅうと冷たい風が穴を通ってぼくのからだを冷たくする。
頭の中に、キラキラの星。がつん、がつんと痛くて冷たい剣が、ぼくを斬りつけてそれっきり。
空から地上へ。ひゅーんと降りるのには慣れているのに。
空から地上へ……翼もなく、穴の空いたからだにはとても耐えられない。
たすけて。
なにから?
たすけて、師匠。
師匠が、ぼくを斬ったのに?
たすけて、たすけて、ゆるして、ゆるしてゆるしてゆるして、もうゆるして!
理に縛られて、天使は上位の天使には逆らえない。ぼくは
命令されて、動けないまま、ぼくはめちゃくちゃに、バラバラにされそうになる。
風の冷たい日、ぼくは空の上でバラバラにされた。嫌だったから、辛かったから、ぼくはこころからバラバラになった。
しばらくして、俺は師匠に選ばれて、あたたかくて、嫌なことなんてひとつもなくって……。
俺は全部を忘れたのに。覚えちゃいなかったはずなのに。
どうして? どうしてどうして。
どうしてあなたが、あなたまでもが俺をバラバラにしてしまうのですか。
いいえいいえいいえ分かっているんだ、あの時と師匠は違うって。
クソ喰らえのぺド野郎と、魔物に与した師匠は別のベクトルで許せやしないんだ、だけど。
私欲の塊と、理由が見えない裏切り。
どちらもバラバラに引き裂くような痛みが蝕んで……ああ……。
嫌すぎるんだ。もう痛すぎるんだよ。嫌なことなんて何もなく、ただ穏やかなところに行きたい。
ここはどこだ? 分からない。
俺は「どこか」から這い出した。
あちこち壁かなにかにぶつかって、余計痛え。だけど霞んだ目で何とかドアを見つけた。
外に転がり出る。そのまま支えを失って無様に転ぶ。転ばないように羽ばたくことはもう出来ねぇ。顔から突っ伏して、砂利が口の中に入った。
「……リッカ……」
立てなくたっていい。呪文さえ発動するなら。
俺はうつ伏せのままなんとかかんとか呪文を完成させると、そのままコントロールを失って……おそらくセントシュタインの石畳に叩きつけられたのか、激しい衝撃のあと再び気絶した。
俺は知っている。愛しい人間たちは、無垢でも無実でもないことを。
俺は知っている。限られた命を精一杯に生きる人間たちを。
苦悩し、挫折し、悲観に暮れ、あるいは。
笑って、手を差し伸べて、敬虔に祈る。
打算がなければそんな幼い命を助けもしない天使たち。天使界に引きこもっていれば死にもしないのに何を恐れることがあるのだろう。
その健やかな生命に近づくと……そりゃもうたまんねぇって、嬉しくって仕方なくて、眩しくって仕方なくて、心の中でペロペロくらいするだろうよ!
ひだまりの中に生きる、光の子たちよ、その営みを覗き見する不届き者の俺だけど、どうか健やかであれと祈ることは許してくれ。
俺は/ぼくは、人間たちを愛しているのだから。だから、そのみずみずしい輝きの近くで眠れるなら……俺はきっと、
「……アーミアス、帰るって言ってたんだよね?」
「はい……天使様の世界へ一度戻られるというお話でした」
「私もそう聞いてた、けど……あのね、アーミアス、私に上手く飛べるように祈っててって言っててね……」
「『上手く飛べる』?」
「多分ね、アーミアスは翼がない天使様だから、いざとなったら天使様の世界から飛び降りてでも戻ってきたいってことみたいで……」
「空の彼方からですか?!?!?! 雲より多分ずっと上ですよ?!?!?!」
「無事に帰ってきて欲しいって、やんわり止めたんだけど……」
「……『前回』、アーミアスさんを助けたのってリッカさんなんですよね?」
「……そう、だけど」
うなされるアーミアスを起こさないように、小さな声で。でもアーミアスはとっくに何度も起きてる。聞こえていないだけで……しくしく泣いたり、ぼんやりしてたり、そのまま眠ってしまったり。
当然、普通じゃない様子のアーミアスは心配だし、アーミアスの仲間の人たちも心配する。
それで、ひとりにしておけないから誰かが見ているんだけど、気づいたらみんな揃ってた……。
「アーミアスさんって全身に火傷の痕がありますよね?」
「そう、落ちてきたアーミアスは火傷まみれだったもの……」
「やっぱり! 大地震の日の流星はアーミアスさんだったってことですね……すなわち、」
爛々と輝く目で声が大きくなっていくガトゥーザさんを、メルティーさんが杖でポカッと叩いた。
ハッとした顔で声を潜めたガトゥーザさんは、ちらりとうわごとを繰り返すアーミアスの方を見た。
「今回は幸い、火傷はひとつもありません。我らが麗しき天使様が、比較的軽傷なのは喜ぶべきことですが、すなわちアーミアスさんは天使様の世界にたどり着いていないのでは?」
「じゃ、じゃあ……」
「じゃあ何があったか、ですよね。アーミアスさんの動向は誰も見ていませんが、その場には風が、空気がありましたでしょう。それならば遠い意味で精霊が見ていたようなものなのです。えぇ、精霊はこう言っています」
爛々としたガトゥーザさんの瞳に、無数の、色とりどりの光が映り込んでいる。
思わず周りを見回しても何も、ないのに。
この人、レンジャーなんだっけ。自然を愛して、精霊の力を借りる職業。不思議なことができるんだ。
「裏切りです。詳細は聞き出せませんでしたが、アーミアスさんは裏切りにあい、途中で空から落ちられたのだと……さて、血祭りですか。それとも撲殺ですか。不届き者の犯人を探しに行かなくては……」
「兄さん。回復呪文が使える以上、兄さんは不眠不休でアーミアスさんの傍にいる義務がありますが。どこへ行こうというのです」
「じゃあ犯人を捌くのはおれがやるからさ、メルティー姉ちゃんは一緒にいくんでしょ? 一緒にやろうよ。三枚おろしだよ。兜割りもなんとかやるよ。雑巾みたいにぐちゃぐちゃにするよ。それで、濁った水たまりに捨てよう?」
「落ち着きなさい少年、今はなによりアーミアスさんが望むことをすべきです。すなわち」
「望むこと……? あ!」
目の前でクラクラするような物騒な会話が繰り広げられていて、呆気にとられて聞いていると急に三人の目がこっちを向いたものだからびっくりした。
「アーミアスさんはリッカさんのことを大層気に入っていらっしゃいます」
「起きた時にリッカお姉ちゃんがそばに居たらアーミアスさんも嬉しいよね」
「もちろん、不眠不休の義務はわたしのほうだけですからご安心を。大丈夫です慣れてますから、似非修行の経歴なら長いので、合っているのかよく分からない瞑想でずっと起きていたことがあるんです。こう、黙ってザメハを連打する感じです」
「兄さんちょっと黙って。
そういうわけですから、リッカさん。とりあえず少年と私に仕事を振ってくださいな。あなたには敵わなくとも簡単なことならやれましょう。できればアーミアスさんの傍にいてほしいのです」
ふっと記憶が蘇る。幼い日に泣いていた日に、私の頭を撫でていった優しい風を。
失くしたものは必ず見つかるの、わかりやすい所に、それも探したはずの場所に置いてあるの。
いつもウォルロ村は平和なの、だって守護天使さまが守ってくださるから……。
私は頷いて、そっとベッドの方へ歩き出した。
「ここにいるよ、アーミアス」
投げ出された手をそっと握る。冷たくって、汗をかいている。少しはだけた胸元には、薄くなった火傷の傷跡……。
「ここにいるから、どうか安心して……」
あの優しいアーミアスが誰の声にも耳を傾けないでしくしく泣いているくらいだもの。怖かったんだ、悲しかったんだ。
その痛みが少しでも和らぎますように。
覗き込むと、ぼんやりとアーミアスの目が開いていた。でも、気づく様子はないみたい。
ぼんやり、曇った日の夜みたいなくらい瞳。
「大好きだよ、私の守護天使さま……」
安心して、どうか少しでも安らかに。そんな気持ちで口ついて出た言葉。少し恥ずかしくなったけれど、多分今は聞こえていないから……。
「……え……えぇ……そ、そんな……夢みたい……」
その時、突然アーミアスはがばりと起き上がった。
「お、俺の都合のいい夢ですか! これはいい夢かもしれません、夢のリッカありがとう! 俺も大好きです! あなたの子々孫々を愛します! でも一番はリッカです!」
耳まで真っ赤なアーミアス。瞳はいつにも増してキラキラの星! それだけ言い切ると、ロウソクが消えちゃったみたいに急にぺしょっとなってよろめいた。大丈夫なの?!
慌てて支えると、アーミアスは頭を抱えて、「これは都合が良すぎる夢じゃなかったんですか!」と言うとベッドから抜け出そうとするものだから、みんなでベッドに頑張って押し込んで、まだ安静にしてくれるようにお願いした。しぶしぶって感じで横になってくれた。
って、しっかり聞かれてたなんて! って、恥ずかしがるもなにも、嘘はついていないし。
でも人間のことをみんな好きで、……私のことは守護天使さまをしてくれている村出身だし、昔から知っていて、すごく贔屓にしてくれているけれど……誰にだって丁寧で優しいアーミアス。
文字通り生きる世界が違うのに。冷静になってから困らせちゃったら、どうしよう。
ドラクエ10で9主人公のその後を知る度にあまりにもむごすぎて頭を抱える
コールドスリープで保存して、危機の時に兵器として運用したような感じ
そりゃあ女神の果実をふたつも食べればガワだけ「人間」と理に認識される天使でも人間でも生命でもないなにかにはなってそうではあるんですが