モモンガさま漫遊記   作:ryu-

11 / 16
第11話

「おお……」

 

 そこには活気というものが溢れていた。

 多種多様の露店が並ぶその中で、品定めをする者、客に応対する者……それぞれが自らの思惑で動き、せわしなく動き回っている。彼等の表情に浮かぶものは『希望』。新たな生活、新たな未来に希望を抱き、より良い何かの為に生きている。

 その国の名はバハルス帝国。

 若き王、新たな治世により、今最も活気と勢いがあると称される輝いた国である。

 

(流石帝国だな……王が違うだけでこうも変わるものなのか)

 

 時々足を止めつつ数々の店を見て廻る。少し見ただけで分かるのは規模の大きさと活発的な流通の豊富さだ。食品や生活必需品といった物だけでなく、マジックアイテムですら並ぶ大きな市場。

 

(確かに、もしこの国へ最初に訪れていたらここを拠点にしていたかもな)

 

 ガゼフの話を思い出す。少し見ただけで勢いを感じさせるこの国は、まさしく魅力に溢れていた。

 

(っと、物見遊山もいいが最低限の事はしておかないと)

 

 手に取っていたアイテムを店主に返し、寄り道を止めて目的地へ進路を戻す。名の売れた冒険者として、最低限の義理を果たすべく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しばらくこの国にいるつもりだ。もし王国のギルドから連絡があれば、その宿に伝言を頼む」

 

「お受けいたしました、モモン様」

 

 軽く礼を言い、受付から離れる。

 彼は今、帝国の冒険者組合に足を運んでいた。何しろモモンという戦士は数少ないアダマンタイト級冒険者だ。何の根回しも無しに他国へ長期滞在となると色々と不都合が発生する。例えば緊急の依頼が滞ったり、拠点替えを邪推されたり、だ。

 

(当面『戦士モモン』を捨てる気はないしな。面倒だがしっかり根回しすれば逆に好印象を得られるかもしれないし)

 

 エ・ランテルから出る時は大変だった。しばらく帝国に行ってくると言った途端に上から下への大騒ぎになったのだ。組合長であるプルトン・アインザックが血相を変えて出てきて、直接面談にまで派生した時には流石に呆れた。

 『拠点を変えるつもりはない』『あくまでマジックアイテムの入手や知見を広げる為の滞在だ』と言う事を何度も何度も説明し、なんとか解放してもらう事ができた。

 

(定期的に王都に逃げてたのも組合長を焦らせた要因の一つだったんだろうな。分かっててやったとはいえ、ああも面倒な事になるとは……)

 

 とはいえこれで義理も果たしたし、これで心おきなく観光を楽しむ事が出来る。

 それはそれとして、とモモンガは冒険者組合の中を見回す。

 

(寂れているな。国の騎士団がちゃんと民を護れば、こっちが過疎る訳だな……どこまでも冒険者はモンスター退治屋か)

 

 その事実を苦々しく思っていると、ほぼ何も貼られていない掲示板が目に入る。大きな期待もなしにモノクルを使って内容を一つ一つ見ていくと―――

 

「これは!?」

 

 小銭稼ぎにもならないつまらない依頼の中に、一つだけ毛色の異なるものを見つける。興奮に自己を抑えられずにその一枚をひったくるように剥がすと、先程の受付へと戻って台の上に叩きつけた。

 

「この依頼の詳細を教えてくれ!」

 

「は、はい?」

 

 アダマンタイト級が焦る程の依頼があったのか、と受付はその紙を読む。

 

「ああ、こちらですか……モモン様が注目されるような依頼では無いと思いますが」

 

「構わない」

 

「はあ、ではご説明させて頂きます。

 こちらの依頼はご覧の通り遺跡調査です。状態からそう古い施設ではないと思われますが、今のところ何の目的で作られたか不明な物となっております。また、帝国の歴史を紐解いてもそこに何かあったという記録はありません」

 

「続けてくれ」

 

「……現在までに5回ほど調査隊が組まれておりますが、一度もめぼしい物は見つかっておりません。危険なモンスターは確認されず、罠等の情報も無い事から、既に価値が無いと判定されております。

 この事から、この依頼はほぼ形だけのものとなっており、調査自体に報酬がございません。何か遺跡についての有力な情報か、何らかの価値あるアイテムが発見された場合のみ、内容に見合った報酬が用意されます。

 その……この依頼は物好きな資産家の方がほぼ個人的に出されている依頼です。もはや誰も相手にしていないような案件ですので、やはりモモン様がお気になさるような依頼では無いと思いますが……」

 

 申し訳なさそうに言う受付の言葉を、モモンガは至極まっとうな意見だと受け止める。

 ―――だが、違う。そうではないのだ。

 

「この依頼、受けさせてもらおう」

 

 未だ謎多き遺跡への挑戦。

 これこそが、彼が求めていた『冒険』なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、んじゃあこれで今回は上がりだな」

 

「お疲れ様!」

 

「お疲れ様です」

 

「―――お疲れ様」

 

 4人のワーカー、〝フォーサイト〟は受けた依頼を終わらせて一息ついたところだった。

 

「で、予定より早く終わったしあの遺跡見にいかねえか?」

 

 仕事終わりの弛緩した空気の中に、ヘッケラン・ターマイトはそう話を切り出す。

 

「また? あなたホントそういうの好きよね」

 

「私は構いませんよ、ちょうど通り道ですし」

 

「―――私も構わない」

 

 ハーフエルフのイミーナがジト目気味に言うのに対して、神官のロバーデイク・ゴルトロン、魔法詠唱者(マジックキャスター)のアルシェ・イーブ・リイル・フルトは彼に賛同した。ヘッケランが再確認の意味を含めてイミーナを見やると、彼女は呆れたように賛同の意を返した。

 

「分かったわよ、私も賛成。別に大して疲れてないしね」

 

「いよっし! んじゃあ早速行こうぜ!」

 

 4人は荷物をまとめると歩き出す。

 彼らが今いる場所は街の外で、帰る途中に少し寄り道すればある遺跡が存在する。大した危険もない事から、近隣に立ち寄った際にはヘッケランの希望で時折立ち寄る事があった。

 

「それにしても何にも無いって分かってるのに、よくもまあ何度も寄る気になるわね」

 

「いや、あそこにはまだ謎の匂いがする。何か見つけるまで俺は諦めない!」

 

 ヘッケランとイミーナのやり取りも、これで数度目だ。残りの二人は呆れるような、そして微笑ましいものを見るような目で小さく笑う。道中はおおむねこのような雑談だけで時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 ヘッケランが足を止めてメンバーに注意を促す。

 

「じゃあここからは一応警戒態勢で行くぞ」

 

 皆が頷くのを確認し、比較的安全な街道を逸れて森の中へと入っていく。遺跡はそう深くにある訳ではないが、帝国騎士が巡回する街道に比べて森の中は危険が多い。慎重になって損をする事はない。

 

「それにしてもアルシェは寄り道して本当に大丈夫だったの? 私達に遠慮してない?」

 

 とはいえ彼等の緊張はそう深いものではなく、雑談はそこそこに続く。

 この辺りで遭遇するのはゴブリンや巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)、出てもオーガ程度なので、相当深い所に行かなければミスリル級の実力はある〝フォーサイト〟にとっては敵ではない。なのでこの雑談は油断ではなく自信と言い換えても良いだろう。

 

「―――どうしてそう思ったの?」

 

「ほら、いつもは仕事が終わったら早めに帰りたがるでしょ。長期の仕事は渋る時もあるし」

 

「―――それは……そういう時もある」

 

 イミーナのちょっとした疑問に、言いよどむアルシェ。

 

「ふーん……私達に隠れて街に男がいたりして」

 

「―――なっ、いない!」

 

 顔を真っ赤にして否定するアルシェ。だが必死に否定すれば逆に疑わしく思えるのが世の常である。

 

「特に根拠もない話だったんだけど、怪しいわね」

 

「アルシェの男か……お兄さんに会わせてみなさい、見定めてやろう」

 

「私も少し心配ですね、あなたは男を見る目がなさそうだ。もし何かあったら私達に相談してくださいね」

 

「―――だからいないって! あとロバーは凄い失礼」

 

「まあまあ。ところでイミーナ、唐突ですが女性の意見を聞いてみたいのですが」

 

「何よいきなり」

 

「いえいえ……旧知の仲で以来親交を深めてきたというのに、そこそこに懐が温まってなお責任を取らずに危険な仕事を続ける。そんな男をどう思います?」

 

 一人の男が突然咳き込んだ。

 

「な、何よいきなり」

 

「私も聖職者なので、幸せを掴みきれない男女を前にもどかしく思っているのですよ」

 

 ロバーデイクに満面の笑みが広がる。自分から矛先が変わったことをこれ幸いと、よくわからないままに同意の頷きをするアルシェに対して、気まずそうにそっぽを向くヘッケラン。なんとも言えない表情のイミーナ。

 これが帝国において知る人ぞ知る実力者、〝フォーサイト〟その人達であった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「皆、静かにして」

 

 イミーナの突然発せられた一言に、三人は確認する事もなく足を止める。

 彼等の表情は先程とは全く異なり真剣なもの。そこには無警戒さは欠片もなく、ミスリル級とも言われる彼等の実力を垣間見させた。

 

「足音。一人。硬質、重い音」

 

 小さく、途切れ途切れ語られる情報に、彼等は互いの顔を見合わせて頷く。静かに立ち位置を変えて、最善と考えられる陣形を組み直した。

 リーダーのヘッケランはハンドサインでメンバーへ指示を出し、一人ゆっくりと足を進める。イミーナの耳が確かなら、相手は此方に気づいていないが進む方向は同じ。だが敵味方の判定は不明。ならば―――

 

(3、2、1―――!)

 

 タイミングを見計らい、陣形を崩さないように駆ける。

 

「動くな!」

 

 全員が臨戦態勢。相手の背後を取り、その背を皆で眼に収める。

 

「今、お前の背を弓と魔法で狙っている。撃ち込まれたくなきゃあ両手を上げてゆっくりと振り向け」

 

 大きな体躯の全身鎧は、特に抵抗もなく両手を上げて振り向く。緊張の瞬間、その者の胸元に輝くプレートは……

 

『ア、アダマンタイト!?』

 

 4人の驚愕が仲良く森に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんなところであのモモンさんに会えるとはなあ」

 

「私もこんな金にもならない依頼に同業者がいるとは思いもよりませんでしたよ」

 

「いやいや、まだ謎の多い遺跡だぜ? 一攫千金だって夢じゃないかもしれねーからな!」

 

「ええ、お宝はダンジョン攻略の目玉みたいなものですからね」

 

 モモンガとヘッケランは肩を並べて森を歩く。

 偶然かつ剣呑な雰囲気の出会いではあったが、少し話せば互いの疑いは晴れ、目的地も同じことからあっさりと協力関係へと切り替わった。

 モモンガは冒険を、ヘッケランは未知なるアイテムを求めてと互いの目的は衝突せず、何より探索済みであまり期待の持てない遺跡という点が彼らに気安さを生んだ。

 

「それにしてもよく私がモモンであると分かりましたね」

 

 何気ない疑問に対し、キョトンとした表情を見せるヘッケラン。

 

「ははっ、チームを組まない全身鎧のアダマンタイト、とまで話を聞いてアンタと分からないワーカーがいたらそいつは余程のバカか大物だって」

 

「あー……」

 

 他国にまで伝わるのか、とモモンガはアダマンタイトのネームバリューを侮っていた事を理解する。

 

「成る程、人の噂も馬鹿にできませんね。しかしお恥ずかしい限りだ、周りが囃し立てただけで大したことはしていないのですが」

 

「まさか! エ・ランテルのアンデッド事変は耳にしました。高価なポーションを惜しげもなく配り、街の復活に尽力した英雄の話はこちらにも伝わっております。その友愛に溢れたご活動には、聖職者として尊敬に値すると考えておりました」

 

「確かギガント・バジリスクも一人で討伐したとか? 眉唾だと思ってたけど、本物を見ると納得できるわね」

 

「―――他の高難易度の依頼も信じられない早さで終わらせていると聞いている」

 

 次々と出てくる自身の武勇に、何だか恥ずかしくなってくるモモンガ。英雄扱いはエ・ランテルで大分慣れたつもりだったが、やはり面と向かって言われると尚更だ。

 

「ははは……ところでワーカー、とは何ですか? 王国ではあまり聞く名ではありませんでしたが」

 

「あー……」

 

 今度は〝フォーサイト〟が言いよどむ事になった。

 

「ああ、まあ確かに王国にはワーカーはあんまりいないだろうな」

 

 モモンガはヘッケランの説明を受ける。話は単純なもので、モモンガはその内容をしっくりと受け入れる事ができた。

 

「つまりはフリーの冒険者、という事ですね。帝国は騎士のおかげで治安が安定し、冒険者の仕事が減った為に個人マネージメントによる活動が活発になったと」

 

「まあそんなところだ。組合のサポートがないから仕事の裏は自分たちで取る必要があるし、後ろ盾が無いから危険な仕事もある。その分実入りは大きいから悪い事ばかりじゃねーけど」

 

 組合からの煩わしい干渉を考えると自分もワーカーになればよかっただろうか、とモモンガが口にする前にヘッケランが話を続ける。

 

「とはいえ世間はワーカーに良い印象は持ってないんだ。良くてなんでも屋、悪くて無法者(アウトロー)扱い。アンタみたいにしっかり実績を作れたなら本来関わりあうことすらないだろうな」

 

「そうなんですか? いわば自営業みたいなモノでしょう、ありふれたものだと思うのですが」

 

「他の職業と違って俺達の場合腕っ節が重要だから。そういうのが得意な奴が集まると……どうしても穏やかじゃないのが多くて」

 

「……ちなみに皆さんは?」

 

「俺達は犯罪者になりたい訳じゃない、あくまで常識的な範囲で金稼ぎをしてるだけさ。まあ犯罪スレスレを通る事はままあるけど」

 

 そう言って自嘲気味に笑う〝フォーサイト〟。だが、彼等の表情に影は無い。

 

「成る程……いいチームのようですね」

 

 思っても居なかった言葉に、〝フォーサイト〟の面々は軽い驚きを覚える。

 

「軽蔑しねえのか? 俺たちが言うのもなんだが、ワーカーと聞いて良い顔をする奴はそうそういないぞ」

 

「そうですね、確かに聞いた限りでは世間に胸を張って歩けるモノではなさそうだ。ですがそれの一体何が悪いんですか? 社会構造に対する悪であることに、誰もが反感を覚える訳ではないでしょう。むしろ組合のサポートを受けている私達よりも、全てを自分達で行っている貴方達の方が称賛されるべきだ」

 

 ―――その言葉に、彼等は深く心を打たれる。

 自ら望んで入った道だ、それに蔑みを向けられても耐えられる。だが、それでも評価を得たいというのは人間の(サガ)だ。

 誰でもない、英雄と讃えられるアダマンタイト級冒険者に認められる事は、他の何よりも彼等の心に響いた。

 

(敵わないな……)

 

 その懐の広さに、彼等は心の底から感嘆を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぜ、ここが目的地だ!」

 

 〝フォーサイト〟案内の下、モモンガは迷うことなく目的地へと辿り着く。

 遺跡はそこそこの広さを持ち、所々にある破損から何度かの探索チームに荒らされた事を感じさせるが、元は神殿だったのだろう面影を感じさせた。

 待ち望んだ冒険らしい冒険、その一歩目を目の前にしたモモンガは、

 

「……」

 

 一人、絶句していた。

 

「モモンさん?」

 

「あ、ああすみません。あの、ここが依頼にあった遺跡なんですよね?」

 

「ああ、そうだけど」

 

「既に何度も調査が入った場所だと」

 

「おう……何かあったか?」

 

「……いえ。少々お聞きしたいのですが、今までも野伏(レンジャー)魔法詠唱者(魔法詠唱者)といった探査に優れた人員はココに訪れているんですか?」

 

「そりゃあ、そうだけど」

 

「神官の方は」

 

「あったと思うぜ。俺ら……ロバーだって何度か来てるし」

 

(と、なると探知魔法阻害があるな。後は単純に深い(・・)、という事かな?)

 

 モモンガは〝フォーサイト〟の疑問に答えず遺跡を進む。周りを見渡す事をせず、一心に足元だけを見て。まるでその視線の先が見えているかのように。

 ――――数分、遺跡の中を歩き回っていたモモンガの足が止まる。

 

「ここだ」

 

「ここって……何もねーぞ?」

 

 ヘッケランの問いも当然だ。モモンガの視線の先には、何も無い石造りの地面が有るだけ。

 

「ここが一番近い。たぶん階段ですかね、地下への道があると思いますよ」

 

 その確信に満ちた言葉に、彼等は驚きと困惑を抱く。

 

「根拠があるのか?」

 

「私のスキ……ちょっとした勘ですかね。ある事に関しては特化しているんですよ」

 

 多くは語らず、地下への入り口を探し始めるモモンガ。戸惑いは拭えないが、〝フォーサイト〟の面々もそれに倣って何かが無いか探し始めた。

 

「……あった!」

 

 そして再び数分、イミーナが石造りの床の中へ巧妙に隠されたスイッチを見つける。

 

「―――魔法の力を何も感じない、純粋なギミック」

 

「これは、最初からあたりをつけていなければまず見つかりませんね」

 

「マジかよ……つうか地下だったんだな。そりゃあ地上をいくら探しても何も出ないわけだ。モモンさん、一体どんな勘で分かったんだ?」

 

「それは企業秘密です。まあ何を感知したかは開けてみれば判るでしょうから、まずは皆さん戦闘準備を」

 

 剣を抜き構えるモモンガに、彼等も準備を始める。〝フォーサイト〟もそれなりの実力者だ、戦いの可能性を感じたのならばいつまでも日和ったままではない。

 

「さて、では準備が良ければ開けてください」

 

 イミーナが床のスイッチを押す。すると小さな振動と共に床の一部が動き出し、暗闇への道を徐々に開き出した。そしてそこから漂うモノは、

 

「こいつ、は」

 

「――――腐臭」

 

 地下から漂う強烈な臭気、それから導きだされる答えはそう多くは無い。

 

 

 

――――オオォオ……

 

 

 

 

「アンデッドだ!」

 

 地獄の底から這い出るかのように現れるアンデッド。その数は尋常ではなく、まさしく群れをなすという表現の他ない。

 

「はあ!」

 

 一閃。モモンガの手にした剣が振るわれると、多数のアンデッドが本来の姿である躯へと変わる。〝フォーサイト〟も負けじと剣を振るい、その雪崩が如き強襲をなんとかいなしつづける。

 数分の戦い、潮が引くように数を減らすアンデッドの群れ。それをどうにか倒しきると、彼等はようやくとばかりに息をついた。

 

「モモンさんはこいつを感知していたのか……」

 

「ええ、訳あってアンデッドに関しては人より鋭い感覚を持っているんですよ」

 

 次弾が来ないことを確認してから、モモンガは〝フォーサイト〟を見回す。

 

「さて、私は中へ入ってみようと思いますが、皆さんはどうしますか?」

 

 モモンガの言葉に彼等は視線を交わし、互いの気持ちを確認する。

 

「俺たちも行くぜ」

 

「お宝目当てですか?」

 

「もちろん! と言いたいところだが……ワクワクするじゃないか、誰も足を踏み入れたことのない遺跡に入り込もうってんだから。ここで引ける程にお利口じゃねえぜ」

 

 彼等の顔には知的好奇心を刺激された不敵な笑みがある。金銭を求めてワーカーへ身をやつしたと言え、彼等もまた冒険者なのだ。

 

「本当に良いチームですね……では、行きましょうか。ダンジョン攻略へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇい!」

 

「はあ!」

 

 前衛を務めるモモンガと、殿を護るヘッケランの一撃が骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)を倒す。

 

「周囲にアンデッド反応無し!」

 

「私も感じませんね」

 

 ロバーデイクとモモンガの探知報告をもって、張り詰めた空気を弛緩させる面々。遺跡地下に侵入してからというもの、彼等はかなりのアンデッドとエンカウントしていた。出てくる敵は〝フォーサイト〟だけでも苦戦はない程度だが、何しろ数が多い。肉体より精神的な疲弊が問題だった。

 

「少し休憩をしましょう」

 

 それを初めに言い出したのは、種族的に疲れを知らないモモンガだ。そんな裏の事情(オーバーロード)を知らない彼等は、アダマンタイト級の底知れない体力に憧憬と驚愕を抱いていた。

 

「はぁーっ! 何なんだよここは……カッツェ平原よりひでぇじゃねえか!」

 

「ほんっと、出てくるのはどれもこれもアンデッド。暗くて陰気臭いしお宝はないし散々じゃない!」

 

「幸い出てくるモンスターはどれも低級ばかり。みなさんの御蔭で私やアルシェの魔力は節約できています」

 

「―――あまり楽観視はできない。骸骨戦士は第三位階までの魔法では召喚できないから、もしあれらが自然発生ではないのだとしたら……」

 

「第四位階以上の魔法詠唱者、もしくはより上位のアンデッドがいる遺跡かもしれない、という事か。クソッ」

 

 何気ない雑談にモモンガは反応する。

 

「アルシェさんの言うとおり、第4位階死者召喚(サモン・アンデッド・4th)という魔法で骸骨戦士を召喚できます。アルシェさんは死霊魔術に詳しいのですか?」

 

「―――違う。じゃなくて違います。師が詳しかっただけです。私は第三位階魔法までしか使えません。

 モモンさんは戦士としてすごいだけじゃなく、魔法まで詳しいのですね」

 

「知っておいて損はありませんからね」

 

 休憩中にも拘らず、魔法談義に盛り上がり始める二人。アダマンタイト級である英雄の楽しそうな姿と、普段ダウナーでクールな魔法詠唱者が見せるハイテンションに残りの三人は小さくざわつく。

 

(……これは、アルシェに春が来たんじゃないか?)

 

(遺跡に入る前にはふざけてただけだけど、もしかして彼に惚れてるとか?)

 

(そうなると先程の『男を見る目がなさそう』については謝罪しなくてはいけませんね……)

 

「―――皆、聞こえてるから」

 

「私、結構オッサンなんですがね……」

 

 ヘルムの頬を掻くモモンガと、やはりジト目のアルシェ。特にアルシェの強い視線にさらされた三人は、とりあえず乾いた笑いで誤魔化した事にする。ヘッケランは話題を変える事で無理やり軌道変更した。

 

「そういえば噂を聞いた時から疑問だったんだが、モモンさんはチームを組まないのか?」

 

「ええ、諸事情がありまして」

 

「まあモモンさんぐらい強いとなると釣り合う相手もそういねーか……」

 

「それを気にした事はありませんが……理由の一つにはなりますね。

 逆にフォーサイトの皆さんはバランス良いチームだと思いますが、男女混合とは珍しいですね」

 

 基本、冒険者は同性のみで組まれる事が多い。理由は言うまでもなく余計なトラブルを発生させない為だ。

 

「まあな。俺とイミーナは同じ村の出身。ロバーとアルシェは仲間探し中に偶然出会えて、目的も一致していたからすんなりチームを組めたんだ。気は合うし実力も申し分無し、ここまできたら性別なんて二の次だぜ」

 

(確かにそれだけめぐり合わせが良ければ他の事は二の次だな。アインズ・ウール・ゴウンにも女の人はいたけど、不思議とそういうトラブルは無かったな……皆リアルじゃ結構美人だったのに)

 

 普段異形種の面を突き合わせているのが原因の一つだが、それ以上に彼女達の豪快な性格が一因だという事にモモンガは気づけない。ドスの利いた声を出す弟ジェノサイダーとか、とりあえず殴りますねさんとか。

 

「それにしてもソロ活動のアダマンタイトとなると、結構あっちのお誘いも多いんじゃねーか?」

 

「あー……」

 

 ヘッケランの下世話な表情にモモンガは首をひねる、という事はなく言いたいことを理解する。なにしろ多数の『お誘い』で悩まされた経験があるからだ。というか今でもエ・ランテルに戻れば酷い事になる。

 

「ない、とは言いませんね。個人的なお誘いならともかく、冒険者ギルドの息が掛っている相手とかだと流石に邪険にできず困っています」

 

「全部断ってんのか? こういうのもなんだが、多少火遊びなんて誰も咎めないとおもうが」

 

(その火遊びをしたくても松明になる棒がないんだってば! というか後ろの女性陣の凄い目に気付いてないのか? わざとやってるのかヘッケラン!?)

 

 ちょっとした男同士の下世話な会話だが、モモンガは返答を非常に悩んだ。今になってという事ではない、有名になってからというものずっと抱えていた悩みだ。配慮する仲間や伴侶が居ないというのにそういう事に手を出さないのは、いらぬ嫌疑をかけられる。英雄モモンは男色家などと噂されては目も当てられない。

 

「いや……実はですね……故郷に、こ、婚約者が、いまして……」

 

「婚約者! モモンさん程の大英雄となると、よほどの美人さんだろうなあ」

 

「う、まあ、私にはもったいない女性ですよ」

 

「へぇー、ちなみにどんな感じ?」

 

「え? あ、あー、そうですねえ……」

 

(くそっ、適当に嘘ぶっこいたら大変な事になった……どうする、どうしよう……)

 

 モモンガは悩む、悩み抜く。そしてふと思い出されるのはあの世界最後の出来事。

 ――――『モモンガを愛している』。

 

「長い黒髪で、金の瞳をした白いドレスの似合う女です。名をアルベド、といいまして」

 

(うひぃ! タブラさんごめんなさい!)

 

 久しぶりに思い出した黒歴史に、その場限りの嘘が重なって精神が何度も沈静化する。恥ずかしい、とても恥ずかしい。そんなモモンガの内情を知らない〝フォーサイト〟の面々は呑気なものだ。

 

「やっぱりできる男にはいい女がついているもんだな。残念だったなアルシェ」

 

「―――ヘッケランの頭が残念。でもその人が羨ましい、恋人以外には現を抜かさないだなんて」

 

「そうねえ、一途に想ってもらえるなんて女冥利に尽きるわ」

 

「素晴らしい、流石モモンさん。英雄色を好むともいいますが……貴方の志は人として素晴らしい」

 

 彼等が褒め称える程にモモンガの心が心臓掌握(グラスプ・ハート)されていく。彼等の言葉はリアルでは約Lv30魔法使いでは耐えきれない精神魔法攻撃だ。

 

「あ、あまり人に語るような話ではありませんから、そこまでにしてください。

 さあ、もう十分休みましたよね? 先に進みましょう」

 

 ニヤニヤとした生暖かい視線で此方を見る面々から顔を逸らし、未だ先のあるダンジョンを見やる。しばらくモモンガの後ろがフワフワとしていたのは彼の勘違いではないだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 休憩から暫く歩を進めると、少し雰囲気の違う空間へとたどり着いた。彼等の目の前には風化しつつあるが装飾が整っていて、人が二人は同時に通れそうな扉がある。

 

「――――魔法の罠は感じない」

 

「……うん、物理的な罠もないわね」

 

 女性二人の判断に、ひとまず危険がないことを確認する。

 

「さて、どうしますか?」

 

「そりゃ聞くまでもないでしょモモンさん。ここまできたら最後まで行ってみようぜ」

 

 ヘッケランの言葉に周りのメンバーも同意を示す。モモンガとしても否定する要素はないので、軽く頷き返した。

 

「では、開けますよ」

 

 全身鎧で一番耐久力のあるモモンガが扉を開く。不気味な音を立てて開いていくその先には……

 

「祭壇、か?」

 

 かなり広い空間。部屋の奥に様々な装飾と石像が立つそこは、間違いなく何らかの祭壇だった。

 

「何だこりゃ……結局ここは何なんだ、神殿だったのか?」

 

「そうするとあのアンデッド達の説明がつきません。もしかしたら邪教集団の跡地なのかもしれませんね」

 

「邪教集団って、ズーラー……後ろ!」

 

 ヘッケランとロバーデイクが話し合う中に、イミーナが突然警告を発する。それに問を返す間も無く、ズン、という重い音と共に現れたそれは、

 

「鎧を着たアンデッド……何だ、見たこともないやつだ!」

 

「馬鹿な……反応はありませんでした! アレは突然現れましたよ!」

 

「どうやら扉ではなく部屋自体が罠だったようですね。扉の上の方に魔法陣がある」

 

 目の前の敵から注意をそらさないようにモモンガが示した方向へと視線を向ければ、大きな魔法陣が淡く発光していた。

 

「入ってから起動したって事は、追い返したり奇襲をするためじゃないわね」

 

「逃さず皆殺しの罠って訳か……だが本格的にやばいぞ。あれはとんでもなく強い」

 

 2mを超え漆黒に染まった巨体に、それに負けないタワーシールドと禍々しいフランベルジェを持つ見たことの無いアンデッド。対面しているだけで〝フォーサイト〟の肌が粟立つ。

 

「アレの名は死の騎士(デス・ナイト)、難度100を超える手強い相手です」

 

「100!?」

 

 オリハルコン級でないと倒せないといわれるギガント・バジリスクでさえ難度83だ。それを超えるアンデッドなど見たことも聞いたこともない。

 

「伝説級のアンデッドって訳かよ……クソッ、こんな所で終わるだなんてな……」

 

「ヘッケラン……」

 

 青ざめた表情のイミーナがヘッケランへ近づき、彼はその手を取る。せめて最後は愛する人の側に、という意思が感じられた。

 モモンガは彼らを見て何を思ったのか、死の騎士へと一歩前へ出る。当然のように死の騎士の殺意はモモンガへ集中し、フォーサイトが感じていた威圧感は僅かながら減少した。

 

「モモン、さん?」

 

「皆さん、やつは私が引き受けます。その間に地上へ逃げて下さい」

 

 そのあまりにも突然な言葉に、彼らは自らの耳を疑う。

 

「な、いきなり!」

 

「あれの相手を出来るのは私だけです。ならやる事ははっきりしているでしょう?」

 

「そうかもしれねえが……俺達だって少しは役に立つぞ!」

 

「そうですモモンさん! 頼りないかもしれないけど、貴方一人に任せて逃げられないわ!」

 

「相手はアンデッドです、私の神聖魔法は必ずお役に立ちます!」

 

「―――火球(ファイヤーボール)なら使える。私達でも少しはダメージを与えられる」

 

 フォーサイトは次々に声を上げる。彼らは善人ではないが、悪人でもない。自分達の命が一番大切な事に変わりはないが、戦う事もなしに同業者を見捨てられる程の外道ではないのだ。

 

「皆さん――――迷惑です」

 

「なっ」

 

 だがモモンガから返ってきたのは明確な拒絶。彼らは驚いたが、それは言葉だけが原因ではない。同時にモモンガから放たれた強大な威圧感に恐怖を覚えたのだ。

 

「貴方がたという足手まといがいると、集中できません。私があれを抑えている間に、さっさと出ていって下さい」

 

 モモンガが放つ言葉は、先程と変わらずにべもない。冷たく、本気で迷惑に感じていると受け取れてしまう言動ではあったが、フォーサイトははっきりとその裏の意思を感じ取っていた。

 

「……分かりました。ありがとうございます、モモンさん。生きて帰れたら必ず御恩はお返しします」

 

「はて、恩を売った覚えはありませんが……まあもし私の言う事を聞いて頂けるというのでしたら」

 

 モモンガはヘッケランとイミーナを見やると、呟くように言う。

 

「ここはひとつ、男の甲斐性でも見せてもらいましょうかね」

 

 目の前の恐怖を忘れたようにきょとんとした二人の顔が、じわじわと赤くそまる。呆けた時間はそう長くはなく、ヘッケランは良い笑顔を見せた。

 

「ええ! 一世一代の告白をお見せしますよ!」

 

「へ、へっけらん!?」

 

 やたら勢いの良い答えに頷くと、モモンガは爆発するように駆けだす。

 

「はあ!」

 

 全身の力と体重を駆けた横殴りの一撃が、死の騎士へタワーシールドの上から叩きつけられる。扉を封じるように立っていた死の騎士は、耐えきれず部屋の壁まで吹き飛んだ。

 

「さあ、早く!」

 

「行くぞ、皆!」

 

 モモンガの声に、掛け声をあげて走るフォーサイト。横目でモモンガを見れば、既に立ち上がって彼に襲いかかる死の騎士が見えた。

 

「クソッ、クソッ! 走れ、全力だ! 倒れるまで走るんだ!」

 

 恐怖や情けなさ、そして感謝と、様々な感情が溢れ出るのを感じながら彼らは走る。最後に大きく偉大な背中を目に収め、全力へ地上へと駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 一人、死の騎士と対峙する事になったモモンガ。その胸中にはある一つの感情が渦巻いている。

 

(性別の差なんて関係なかったんじゃないのか?)

 

 明らかに男女の仲を作り上げていた二人に、モモンガは暗い嫉妬を覚えていた。さっきまで良い交流が出来ていた筈なのに、今ではなんだか裏切られた気分にすらなっている。

 

(こっちは遊びで冒険してるんじゃないんだぞ? それをまあ人の目の前でイチャイチャと……早々に結婚して人生の墓場に陥ればいいんだ。末永く爆発しろ!)

 

 剣を地面にブスブスと刺しながら内心で大いに愚痴るモモンガ。アンデッドになり男の象徴を失った彼は、ある意味昔よりも闇を抱えていたのである。とはいえ精神の沈静化が掛らない程度のイライラではあるのだが。

 

「さて」

 

 カツン、と最後に剣を地面へと突き当てて意識を現実に戻す。

 死の騎士は動かない。モモンガは部屋の中に戻り、死の騎士は再び扉を守る。最初の想定通りに死の騎士は逃げようとした者だけに襲いかかるようだ。本来ならフォーサイトを追いかけるのだろうが、目の前にモモンガが残っている以上それを放置することもできない。

 

「命令次第だが……これでどうかな?」

 

 モモンガは魔法で作っていた全身鎧を消す。現れるのはオーバーロードの姿、つまりはアンデッドだ。

 

「やはりターゲットは生物だけか」

 

 とたんに敵意を納める死の騎士に、モモンガは自分の推測が当たっていた事を悟る。

 この遺跡には数多くのアンデッドがひしめいていた。特に制御もされず、行動範囲制限もない。となると目の前の死の騎士や数々のトラップが誤作動して同士打ちしていてもおかしくはない。それを除外するとしたら、その対象は?

 

「大方“アンデッドを除いた侵入者を殺せ”、かな? または“命ある侵入者を殺せ”か」

 

 どちらかは不明だが、目の前の敵意を失った死の騎士を見る限りは勘は当たっていたようだ。

 

「さて、少し質問したいのだが……話せるか?」

 

「ヴォ……ゴア?」

 

(む、言葉が判らん……何故だ、召喚した死の騎士とは意思疏通ができたぞ?)

 

 言葉? と共に身振り手振りでこちらに語りかけてくる死の騎士に、モモンガは首を捻る。

 

(この世界は言語が違えど自動で翻訳される。だが死の騎士はそもそも話せない、喋るという機能が無い。だが俺もアンデッドだから彼等とは意思疎通ができるのだと勝手に思っていたのだが……)

 

「考えても仕方ないな。<中位アンデッド創造>死の騎士」

 

 モモンガの傍らに新たな死の騎士が召喚される。元からいた死の騎士……紛らわしいので遺跡の騎士は困惑こそ見せたがやはり敵対しなかった。

 

「さて、我が死の騎士よ。彼の言葉を通訳してくれ」

 

「ゴアッ」

 

 元気よく返事を返すモモンガの召喚した死の騎士……こちらも長いのでモモンガ騎士、は遺跡の騎士と会話を始めてくれた。

 

「ゴッ……クア、ウゥ?」

 

「オォオッ、クゥ」

 

(うーん、とってもシュールな光景だ……)

 

 死の騎士二人(二体?)が身振り手振りを交えて会話する。ここにフォーサイトが残っていたら苦笑いでもしただろうか、もしくは余りの光景に気絶するか。

 

「ほう、ここはズーラーノーンの拠点か。放棄して10年……ふむ、成程引っ越しか。そうなると何も残ってなさそうだな……」

 

 エ・ランテルでのアンデッド事変を思い出す。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)程度しか召喚できないのかと侮っていたが、死の騎士を召喚できるとなれば多少は評価を上げても良い。あくまで多少だが。

 ―――ちなみにここでモモンガは少し記憶の端に引っ掛かる死の宝珠(なにか)を思い出しかけたのだが、思い出せないのなら大したことではないと気にしなかった。インベントリに放置されている彼は泣いていい。

 

「命令は『この部屋に侵入した命有るものを一人残さず殺せ』か。他は何も知らない、となると……せっかく用意した罠を消すのももったいないから、ただの嫌がらせとして放置したってところかな?」

 

 事実、この遺跡には価値ある物品がほぼ残されていなかった。それこそ死の騎士を召喚する罠こそが一番価値がある物と言える。成程、ならば消すことに抵抗を感じてもおかしくはない。

 

「ふーむ、結局得られたのは冒険心だけか。まあいい、初めての探索だし成果なんて期待してなかったしな。

 さて、私は帰る。遺跡の騎士よ、お前はどうするのだ?」

 

 遺跡の騎士はうめき声という発言を放つ。曰く、命令に従い続けると。

 

「ここは放棄された、もはや護る価値も意味もない。それでもこの地を護るのか?」

 

 ―――理解している。だが、それでも命令を守る。

 そこには何の感情もなく、捨てられた悲哀すら浮かべず、彼はそう言った。

 

「……素晴らしい、流石はアンデッドだ。揺らぎなく、自らの使命がある限り朽ち果てるまで戦うその姿、誇らしく思う。

 そこで一つ提案がある、お前さえ良ければ――――」

 

 モモンガの提案に死の騎士は少しの躊躇を見せた後、深く頷く事で答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 〝フォーサイト〟は遺跡を出て、かき込むように呼吸を繰り返した。

 ここまで一度も振り返らずに全力で走ってきたが、幸い敵や罠との遭遇は一度もなかった。一度自分達が通ってきた道なのだから当然と言えば当然だが。

 

「皆、大丈夫か?」

 

 体が資本のヘッケランとイミーナは早くに回復し、仲間を気遣う。ロバーデイクとアルシェは後衛職だ。冒険者として最低限鍛えているとはいえ、彼らと比べてしまえば体力が違う。

 

「な、なんとか……」

 

「うっ……気持ち悪いけど、大丈夫……」

 

 二人の息が整い始めるのを確認し、ヘッケランは立ち上がる。

 

「皆、いくぞ」

 

「へ? どこへよ」

 

「街だ。騎士団か冒険者組合に行って、この遺跡の事を伝える。あんな化け物放置できないだろ」

 

「そ、そうね。モモンさんだって直ぐ戻ってくれば助けられるかもしれないわ」

 

「―――なら私が先行する。飛行(フライ)で行けば走るより早い」

 

「アルシェが行ってくれるのでしたら我々は残って入口を監視していた方が……今、揺れましたか?」

 

 彼らの話がまとまる前に、小さな異常が彼らを襲う。地震にしては揺れ方が不自然な上に、音が近い(・・・・)

 

「おいおいおい、まじかよ!」

 

 遺跡が揺れている。いや、正確に言えば遺跡地下がだ。その証拠に今出てきたばかりの入り口から見える内部が崩れ始めている。

 

「そんな……モモンさんが!」

 

「クソッ、下がれ皆!」

 

 自分達を助けてくれた気さくな英雄がまだ中にいる。そうと分かっていながらも彼らに出来ることはない。

 

 ―――――ズンッ

 

 重苦しい音と共に大きな土煙が舞う。しばらくして視界が晴れ、そこに残った物は……

 

「……全部……潰れちまった」

 

「どうして……」

 

 地上に残っていた建造物は崩れ、陥没し地下空間を埋め尽くしていた。ああなってはいくらアンデッドであってもひとたまりも無い。万が一活動できる個体がいたとしても、独力で這い出るのは不可能だろう。そう、たとえアダマンタイト級の英雄であっても……

 

「いやあ、危ないところでした」

 

 ……アダマンタイト級の英雄で、あっても?

 

『モモンさん!?』

 

「はい、思いのほか早い再会ですね。お互い無事でなによりです」

 

 〝フォーサイト〟の隣にはいつの間にかモモンガがいた。全身鎧に激しい戦いの傷跡こそ見られるものの、その声と立ち振る舞いに怪我や疲れは感じ取れない。

 

「ど、どうやって!?」

 

「どうやって逃げられたか、ですか? でしたらあのアンデッドと戦っている間に偶然隠し部屋を見つけまして。そこから地上への道があったので無事逃げてこられたんですよ。

 ですがその代わりに最後のトラップが発動してしまったようですね……不幸中の幸い、いやこの場合逆ですかね」

 

 モモンガはあっけらかんと脱出の経緯を語る。〝フォーサイト〟は英雄の運の良さに胸をなでおろすと、それぞれ安心した表情を見せた。

 ―――もちろん、大脱出劇など真っ赤なウソなのだが。

 

 遺跡の騎士と話し合ったモモンガは、彼に『遺跡の破壊』を提案した。ここを護る必要はなく、根本的に侵入を拒むのならそれが最善だと。

 対して遺跡の騎士はこれをあっさりと受諾。彼の課せられたオーダーは『遺跡の守護』ではなく『生きている侵入者の殲滅』だ。これに問題などない。

 ……全ての者に見捨てられ、ただ存在するだけの遺跡に一人残り続けるくらいなら無くなった方がマシ。それはモモンガが思う慈悲の心だった。遺跡の騎士には、それを悲しむ知識も経験もない。それでは余りにも救われないではないかと。

 

「ここにいたアンデッドも全滅でしょうね。遺跡が潰れてしまったのは残念でしたが、まあお宝の一つもないダンジョンです。どうせ誰もこなかったでしょう」

 

「そうですね……俺たちも命があるだけで儲けものだと思う事にしますよ」

 

 お互いに乾いた笑いでマイナス思考を振り払う。得る物は無かったが、それ以上に生きて帰れた事を喜ぶべきなのだから。

 

「! そういえばモモンさん、お互い無事生きて帰れた訳ですし、御恩を返さなくてはなりませんね!」

 

「ゴホッ!」

 

 何かを思い出したロバーデイクが満面の笑顔で切り出す。それに何故かせき込むヘッケランと、顔を真っ赤に染めるイミーナ。

 

「……ああ! そういえばそうでしたね。ふーむ、一体どんな御恩を頂けるんでしたっけ?」

 

「どうでしたかねえ。ねえ、ヘッケラン。どんな事をすると言いましたっけ?」

 

 あからさまに覚えていながらとぼけた口調で問いかける二人。当の本人は「ぐおおおお……」とうめき声を上げながら頭を抱えている。

 

「ヘッケラン?」

 

「ヘッケランさん?」

 

「―――ヘッケラン」

 

 問いかけに魔法詠唱者(3人目)までもが増えたところで、

 

「ああああ! 分かった、やってやる! やってやるぞ!」

 

 ヘッケランはだいぶやけくそ気味に吠えた。

 

「イミーナ!」

 

「はいぃ!」

 

「俺は、お前が―――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは小さな教会だった。10人も在席できないような、小さな小さな教会。

 

 神父はがっしりとした体躯の神官。参列者は魔法詠唱者に、全身鎧の戦士のみ。

 

 壇上には新郎と新婦。彼らは少し小奇麗な格好をしただけで、貴族のようなドレスを着ている訳ではない。あまりにも小さく、質素な結婚式だ。

 

 だが、壇上の二人は輝いていた。笑顔が、あるいはその指に輝くリングが。

 

 ――――穏やかな空気が流れる中、二つの影が重なる。

 

 拍手が上がる。それはいつまでも、いつまでも続いた。

 

 




ユグドラシル(社会構造)に対する異形種()である事で、誰もが反感を覚える訳ではない。



遅れまして。
実家からの投稿ですので、修正や余談はまた後日。

全部エクステラとFF15が悪い。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。