モモンガさま漫遊記   作:ryu-

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第5話

「お元気そうでなにより、ガゼフ殿」

 

「そちらこそ、御活躍は耳にしているよモモン殿」

 

 王都はガゼフ邸の一室。二人はソファーに腰掛け向かい合っていた。

 

「現れたと思ったら一ヶ月足らずでズーラーノーンを下し、その後も数々の依頼を達成しているアダマンタイト級の冒険者。王都でも今や毎日のように聞く噂話だ」

 

「いやいや、ガゼフ殿の鍛え方が良かったからですよ。事実あの一週間がなければ、苦戦したであろう場面はありましたらからね」

 

「あの一週間、か……」

 

 ガゼフは思いを馳せる。一月程前の事だが、あまりにも濃すぎる期間だった為に未だ鮮明に思い出すことができた。

 

「まるで地獄のような日々だった」

 

 ガゼフは言葉とは裏腹に、獣が如き獰猛な笑みを浮かべる。

 『あの一週間』とは、以前にモモンガがガゼフを訪ねた直後から一週間の出来事。ただ事実を言うのならば、モモンガが近接職としての戦い方をガゼフから習った時の話だ。

 

 ―――ただし、その内容は尋常なものではない。

 

 モモンガはガゼフに『リング・オブ・サステナンス』を貸し出し、飲食を挟まず昼夜問わずに一週間まるまる訓練を行ったのだ。その内容は過酷なもので、実戦形式で裂傷骨折多発(ガゼフのみ)のまさしく地獄のようなものだった。おかげで一夜漬けならぬ七夜漬けでモモンガは近接戦闘のなんたるかを覚えて、ガゼフが一目置けるレベルまで成長する事ができた。ちなみに大きな怪我をしてもモモンガが持っていた怪しいポーションですぐ治るので、本当に休む間もなく訓練は続いたのである。

 その極悪さゆえにガゼフもレベルアップし、もてあまし気味だったある武技を極めつつある事は、余談である。

 

「それで、モモン殿はまた鍛練に来られたのか?」

 

「いえ、資金が貯まったので家を買いに来たんです」

 

「ああ、成る程。私の紹介があれば話もスムーズに進むでしょうな」

 

 大きな買い物はその保証をする者が居たほうが話は早い。特に王都で家を購入しようと言うなら尚更の事だ。

 

「しかしエ・ランテルを拠点にされたのでは?」

 

「あー、確かにそのつもりだったのですが……英雄扱いに少々辟易としておりまして」

 

 ガゼフが、思い当たる事が有るように同意する。時の人というのはいつだって様々な理想を押しつけられるものである。

 

「ちなみに予算どれ程お持ちですか?」

 

「これくらいですな」

 

「5本、50金貨ですか。ずいぶん稼がれましたな。それなら頭金としては十分でしょう」

 

「いえ、金貨じゃありませんよ」

 

「は?」

 

「白金貨です」

 

「はぁ!?」

 

 ちなみに価値としては1金貨=10万円相当。10金貨=1白金貨である。片っ端から高難易度の依頼を受けまくった結果だ。さらに言うと少し人に話し辛い金稼ぎもしたのだが、別に犯罪でもないし一般市民には迷惑を掛けていないので、モモンガは公言するつもりが無かった。

 

「どうです? ただ寝泊まりするだけの拠点にするつもりなので、あまり人気の無い、小さな場所で良いのですが」

 

「ま、まあそれだけあれば一等地でも選べるでしょうし、問題はないかと。しかしというか、やはりというか……モモン殿はとんでもない御仁だな」

 

「あぶく銭ですよ。欲しい物は色々ありますので、またすぐに稼ぎに入ります」

 

 ガゼフの収入を軽く凌駕するその男の物言いに、流石の戦士長も苦笑いを隠しきれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは小奇麗な一軒家だった。

 街の外れにある為に買い物等は不便だが、モモンガが望んでいた通りの人気の少ない静かな場所だ。

 

「うむ、まるで隠れ家みたいだ」

 

 そんな子供っぽい理由も含め、彼は大いに満足していた。ガゼフには後日謝礼を払おうと決めた程には。

 

「家具も最低限あるし……これならば買い足すものもないかな?」

 

 少なくとも食事と寝泊まりには困らない程度の家具が、その家には揃っていた。ちなみに新築ではなく中古、そも飲食や睡眠を必要としないモモンガにそれほどの家具は必要無い。

 

「しかしホコリがすごいな」

 

 しっかりとした家を買ったつもりだが、さすがにメンテナンスまでは行きとどいていなかった。しかし元独身サラリーマンであるモモンガだ。六畳一間を軽く超える大きさであるこの家を掃除する気力は無い。

 

「うーむ、ゴーレムにでもやらせるか」

 

 アンデッドでも良かったのだが、人里でアンデッドはよろしくないとカルネ村で思い知ったので、この世界でも一般的な土人形を作成する事にする。そしてふと、外装をどうするかで悩んだ。

 

(……メイドにするか? アインズ・ウール・ゴウンは大体そうだったし)

 

 幸い外装データはすぐ呼び出せるようなので、幾つか候補を選別する。ちなみにモモンガにメイド萌えの属性はない。誓って言うが無い。

 

「よし、やはり人形でメイドといえばこいつだよな」

 

 そして出来上がったのは一体のゴーレム・メイド。外装はある6人の戦闘メイドから流用した。

 

「さて、ゴーレム・デルタ。埋め込んだAIに従い、室内の清掃を頼む」

 

 片目にアイパッチを付けたゴーレムは一礼をすると、道具生成にて用意しておいた掃除用具にて室内掃除を始めた。

 

「大丈夫そうだな。よし、王都観光とでもしゃれこむか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、<浮遊板(フローティング・ボード)>か。<飛行(フライ)>の亜種みたいなものか……

 お、こっちは……成る程。使い所は限定されるが面白そうじゃないか。

 ほー、こんな下位魔法までスクロールになっているのか……」

 

「あ、あのお客様? お品物はお決まりでしょうか?」

 

「ん? あー、とりあえずコレとコレとコレ」

 

「はい、3点でございますね」

 

「いや、この3点を除きここに並べたやつ全てをくれ」

 

「す、全てでございますか! こちら全てとなりますと結構なお値段となりますが……」

 

「これで足りるか?」

 

「白金貨……! 十分でございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん」

 

「らっしゃいお兄さん! 剣をお探しかい?」

 

「ん、ああ。とにかく頑丈なのが欲しいのだが」

 

「そうすると……これだね! 切れ味はそこそこだけど固さと重量は大したものさ。値段もお手頃だしねぇ」

 

「ふむ、壊れたら弁償するので、強度を確認してもいいか?」

 

「構わないけど、何をってはあ!?」

 

「折れたな」

 

「しゅ、手刀で……っ!?」

 

「すまない、この弁償も含めて、この店で頑丈で良い剣を幾つか見繕ってくれ。金に糸目はつけない」

 

「分かりました! すぐご用意致しますぅ!」

 

(さて、この世界の武器にデータクリスタルを埋め込めるか……帰ったら検証会だなー。自分じゃ使えないけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやあ、買った買った。しばらくは自重しよう)

 

 家を出て数刻、思い付く限りの買い物をしたモモンガは、満足気に帰路についていた。購入品はアイテムボックスに突っ込んであるので、身軽な分だけ制限が利かなかったせいでもある。

 

(そういえばクレマンティーヌともそろそろ連絡を取るか。雇っている以上、消耗品の支給程度はしないと……ん?)

 

 向かう先の人だかりに目を止める。奥で何をしているかまでは見えないが、モモンガは野次馬根性が働いてついつい近寄ってしまった。

 

(喧嘩、じゃないな。リンチか?)

 

 そこには複数人の男達が1人の子供に殴る蹴るの暴行をしている光景だった。流石にナイフ等の刃物までは出ていないが、下手をしたら殺してしまいそうな勢いである。遠巻きにそれを見ている者達は口々に危ないだの助けた方が良いだの言っているが、動こうとしない。

 

(まあ、関係ないかな)

 

 面倒な事には首を突っ込まない。周りの者と同じく、ごく自然な思考でその場を離れようとする。だが周りと彼の違いが一つあった。全身鎧の偉丈夫は流石に彼だけだったのである。兵士がまだ来ていない今、冒険者と思われるモモンガに期待の視線が集まり始めていた。

 無視して通り過ぎようかとも思ったが、それは少々まずい。せっかく作り上げた『モモン』としての評価を落とすのは流石にもったいなかった。

 

「それくらいにしてやったらどうだ」

 

「ああ!? なんだぁ、お前……は」

 

 しょうがなく前に出て声を掛けると、男たちの一人が此方を振り向いて吠える。が、その言葉尻は小さくなっていった。見ればただの酔っ払いだ、全身鎧の男に軽々しく喧嘩を吹っ掛けられる程に深酔いはしていないらしい。

 

「正直事情を把握している訳ではないのだが、そこまでする程にその子供が何かしたのか?」

 

「お、お前の知った事じゃねえ!」

 

「そうだ、失せやがれ!」

 

 しかし数が多い分気が大きくなっているのか、男たちはモモンガを囲んで声を上げた。赤信号みんなで渡れば怖くない、といったところだろうか。突っ込んでくるのが原チャリではなく大型トラックという事にまでは気付けていないようだが。

 

「もう一度言う、それくらいにしてやったらどうだ。今なら痛い目に遭わずに済むぞ?」

 

「こっちの台詞、だぁ!」

 

 背後に回った男が叫び、酒瓶を片手に殴りかかってくる。正直全身鎧相手にそんな事をしたら怪我をするのは自分だというのに、そこまで考える余裕は無いようだった。驚くべきは酒の力か、それとも数の力か。

 

(別に受けてもいいが)

 

 そも鎧など無くてもスキルでダメージの無いモモンガだが、まともに食らうのは何とも間抜けだ。そこで少々、遊んでみることにする。

 

(たしか、こう)

 

 酒瓶で殴りかかってきた男の腕に手を添えて、軽く引き込む。倒れ込むようにつんのめる男の重心を見極め、勢いを殺さず一気に引き下げた。

 

「ぐきゃ!」

 

 男が宙を回り背から叩き落ちる。周りの野次馬からはまるで男が自分から飛び、着地に失敗したように見えただろう。それほどまでに今の技は美しく、見事だった。

 

(見たか! これぞ弐式炎雷さん直伝、アイキドー流イッポンゼオイ! ……あれ、カラテだっけ?)

 

 つまりは相手の力を利用して投げつけたという訳だ。ちなみに殆どガセフに教わった受け流しの応用で、彼が昔仲間に教わったものとはほぼ別物であると言うことは語るまでもない。

 だが、なんちゃってアイキドーの効果は確かなもので、男達は神秘の力に恐怖し、野次馬共は手品を見たかのように興奮していた。

 

「さて、次は誰だ?」

 

「すみませんでしたー!」

 

 暴漢共は足元をふらつかせながら去った。そして喝采が沸き起こる。

 

(……見事に見世物になってしまったな)

 

 そこで素に戻って、やはり溜め息をつく事になるモモンガであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴行されていた少年にポーションをぶっかけ、遅れて来た兵士へ引き渡してあの場を離れた。王都に来てから組合のプレートは隠しているのでモモンとはバレなかっただろうが、それでもあの場に残っては面倒なことになると思い、逃げるように去ったのだ。そも全身鎧は珍しいので、いずれバレるだろうが。

 

(つけられているな)

 

 そこからずっと、モモンガを追って来ているものがいた。

 

(30分ぐらい、付かず離れず……なんなんだあいつは?)

 

 モモンガに追っ手を感知するようなスキルはない。ただ相手の尾行が余りにも下手すぎて、チラチラと視界に入ってくるのだ。

 

(隠れる気があるのか? というか相手は誰だ? 流石に酔っぱらいの縁者って訳じゃないだろうし)

 

 しばし悩みつつも適当に歩く。流石に新居まで連れていくつもりにはならなかったので、人気の無い路地へと入ることにした。最悪『処置』することになっても人の目が無い方が都合が良い。

 

「あの!」

 

 そろそろ声を掛けるか、そう思ったときに追跡者が声をかけてきた。振り向き改めてその姿を見ると、中肉中背の特に印象に残りにくそうな男……いや少年がいた。

 

「申し訳ない。少々、お時間を頂けませんでしょうか」

 

「ええ、構いませんが」

 

「ありがとうございます。まずは、本来我々王国兵が解決すべき事態を収めていただき、ありがとうございます」

 

「ん、ああ。先程のか」

 

 どうもこの少年は王国兵らしい、と言うことにようやく気づく。よく見れば冒険者とは違う統一された装備なのだから考えるまでもないことだった。

 

「あくまで成り行きですから」

 

「御謙遜を……あの、よろしければお名前を伺っても宜しいでしょうか」

 

「モモンと言う者です」

 

「モモン……モモン様! エ・ランテルの英雄、『銀光一閃』のモモン様ですか!?」

 

「はい。はい?」

 

名前の他に、聞き捨てならない言葉が混じっている。

 

「あの、その『銀光一閃』というのは何でしょうか」

 

「数百、千とも言われるアンデッドの群れを単騎であしらい、エ・ランテルの事件をたった一人で解決した事から、エ・ランテルの人々は敬意を込めて『銀光一閃』とモモン様を呼んでいると聞いております。闇夜を駆け抜けるその姿が一筋の銀光に見えたことから、そう皆に呼ばれるようになったと。御存じなかったのですか?」

 

(御存じ無いよ! なんだその恥ずかしい二つ名は!)

 

 精神強制安定が発動しそうになる程、恥ずかしさを覚えるモモンガ。実際のところ、ガゼフの注意が無ければ結局『漆黒』と中二ネーム全開で呼ばれる事になったのは彼の知る由もない事である。

 

「御活躍、お聞きしております。こうしてお会いできて光栄です」

 

「いや、えー、ゴホン! 私だけの活躍ではありませんよ。街の者皆で得た勝利ですから」

 

 とりあえず動揺を隠し、日本人らしい営業トークで対応する。少年からの羨望の眼差しが強くなった気がする。

 

「話には聞いておりましたが……その実力に見合わず、謙虚な方なのですね」

 

「ただ運が良かっただけですよ。それで、御用は今の件ですか?」

 

「は! すみません、モモン様に会えた感動で脱線しておりました」

 

 前のめり気味になっていた佇まいを直し、ピシリと直立する少年。とりあえずこの様子からは悪意を感じない為、モモンガも警戒を解く。

 

「先程の件ですが、改めて一兵士としてお礼を申し上げます。そして、本来我々が守るべき平和と秩序を保てずご迷惑を掛けた事を、謝罪致します」

 

「いえ、大きい街や国になれば目に届かない点もあるでしょう」

 

「……そうおっしゃって頂けると救われる思いです。それで、あの時に使われていた見事な技についてなのですが、あれはモモン様の武技なのでしょうか?」

 

「ん? ああ、アイキ……もとい、ただの受け流しの応用です。ただの体捌きであって、武技ではありません」

 

「成程。おこまがしい事だとは思うのですが、あの技を私に伝授して頂く事はできませんでしょうか?」

 

(……なんだかデジャヴだな)

 

「剣技や魔法を問わず、私は強くなる為に肉体を鍛え、知識を学んでいるのです。モモン様さえよろしければ、私を鍛えて頂きたいのです」

 

「つまりは弟子入りしたいと?」

 

「はい、モモン様さえよろしければ、ですが」

 

(何これ、流行ってんの弟子入り?)

 

 モモンは悩む。この前ニニャを弟子入りさせたばかりで、これ以上抱えるのもどうなのだろうかと。そもそも剣技についてはガゼフの物まね、アイキドーなどなんちゃって武術だ。正直教えられる程に詳しくはない。

 

「申し訳ありませんが、私は人に物を教えられる程あの技を究めた訳ではありません」

 

「あれほど見事な技を使われるというのに、ですか」

 

「ええ、私などまだ未熟なものです」

 

「そうですか……では、モモン様がそこまで強くなられた方法について、お話しして頂けないでしょうか。訓練方法等、何かヒントだけでも構いません」

 

「ふむ」

 

 ゲームでレベルアップした恩恵によるものだとはさすがに言えない。ガゼフを紹介した方が早そうだが、さすがにそこまであの男に迷惑を掛けるのは憚られた。

 

「ちなみに、おま……そういえば名前は?」

 

「クライムと申します」

 

「ではクライム、お前は今迄どんな訓練をしてきたんだ?」

 

 少年、クライムから語られた内容は、実に地道なものだった。剣を振り、走り込み、ただただ肉体をいじめ抜いただけ。それで実力は一般兵を軽くいなせる程度に強いというのだから、本当だとしたら大したものである。だが、彼が上位者と見る者達曰く、絶望的に才能が無いらしい。

 

(努力か……ゲームでレベル上げした力を引き継いでここに来た俺とは、比較にならん程素晴らしい力だな)

 

 確かに目の前の男はモモンガより遥かに弱いだろう。だが、それでも彼はモモンガよりも価値の有る力を手に入れている。少なくとも、モモンガ自身にはそう思えた。

 

「ん?」

 

「何かございましたか?」

 

「いや……」

 

 ふと、自分の思考に疑問を覚える。引っ掛かった点は『ゲーム』と『レベル上げ』だ。

 

(……この仕様が今迄と異なるのだとしたら、早急に調査する必要があるな)

 

「モモン様?」

 

「ああ、いや少し考え事をな。さて、話は分かった。もしかしたら提案できる事はあるかもしれない」

 

「本当ですか!」

 

「だが、一つ聞きたい事がある。お前は何のために力を求めている?」

 

 当然の質問だ。力を手に入れた人間の起こす行動など、大体が悪い方向にしかならない。クライムはニニャとは違って、モモンガの信頼を得てはいない。

 モモンガとしてはクライムがどう力を振るうかには興味はないが、それを育てた自身の評判まで落ちるような事は当然避けたいと考えていた。

 

「……力を求める理由」

 

 クライムは悩む。

 答えはある、仕えているお方への恩に報いる為だ。だが、それに強さは必要だろうか?

 彼が忠誠を誓う少女は、クライムに力を求めた事は無い。ただの『お付き』でしかない自分に、戦う力などあっても使うチャンスなど無いのだ。

 つまりは、この『想い』は我欲でしかなく、不純に満ち溢れたものではないのか。

 

「男の、意地でしょうか」

 

 だが、クライムは笑って答える。その想いが不純だとしても、求められていなくても、決して叶えられる事の無い願いでも。少しでもあの黄金へと近寄る為に、彼は前を向いて笑うのだ。

 

「……」

 

 モモンガは、それを聞いて思う。

 

(くそ、女の為かよ)

 

 独り者の僻みを。

 

「分かった。得た力を犯罪や悪行に使わないと誓うのなら、お前の鍛錬に協力してもいい」

 

 そんなモモンガの個人的な嫉妬は置いておき、少なくとも善良そうな点を評価して話を受ける。モモンガは個人的な感傷にただ従わず、合理的に動ける懐の大きな男なのだ。

 ただこいつにはちょっと厳しくしてやろう、ぐらいには思っていたが。

 

「本当ですか!」

 

「ああ、だが条件が幾つか。私に師事した事を誰にも言わない事。鍛錬の内容を誰にも言わない事。そして、鍛錬内容に口を挟まない事」

 

「それは……理由をお聞きしても?」

 

「そうだな……まず私が弟子をとった事が露見すれば、お前の様に多数の弟子候補が現れるかもしれない。私はそんな面倒はご免だ。

 そして、鍛錬の内容についてだが……これは最後の条件にも関わるのだが、よく考えて欲しい。

 私が考えている鍛錬は、何度も死ぬような思いをする。思いをするというか、たぶん実際死にかけるだろう。もちろん私が見る以上は死なないように気を配るが、死んだ方がマシ、と思うくらいの地獄は見る。だがそれでも結果が出るか判らない博打のようなモノだ。

 クライム、それでもお前は私の鍛錬を受ける気が有るか?」

 

 ごくり、と唾を嚥下する音が響く。まだ具体的な話をされていない以上、死ぬかもと言われても実感はあまりない。だが、それを話す目の前の男は、その事実を裏付けるだけの存在感があった。

 死は、恐ろしい。だが、それ以上に何者にもなれず主の後ろにいるのは、嫌だった。

 迷いは、そう長くはなかった。

 

「お前の覚悟は分かった。では明日……そうだな、朝一に東の門で落ち合おう」

 

「街の外に出られるのですか?」

 

「ああ、鍛錬の内容は誰にも見せるつもりはない。それに危険だしな」

 

「成る程、分かりました。それではまた明日に!」

 

 深く頭を下げ、去っていくクライム。

 

「うーむ」

 

 安請け合いし過ぎかな、と思うモモンガ。まあ別にいいか、と思うモモンガ。どちらも自分であり、自分ではない。これが哲学か……そんなどうでもいい思考に(物理的に)無い脳ミソを使いながら、彼は帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、街道を離れ、窪地により人の視線が届きにくい場所に二人は対面していた。

 

「さて、今から鍛練、というよりは修業を開始するわけだが」

 

「はい、よろしくお願いします、師匠!」

 

(暑苦し!)

 

「あー、ゴホン。それで、それがお前の装備か?」

 

「はい。普段使用しているものは主から公務用に頂いた物なので持ってきておりません。今装備しているものは鍛練用に用意した物となります」

 

 モモンガは溜め息をつく。

 

「そんな装備ではあっさり死ぬぞ。まあ鍛練の内容を説明しなかった私も悪いのだが」

 

「も、申し訳御座いません! すぐ用意してきます!」

 

「いや、いい。装備が貧弱なら元々貸し出すつもりだったからな」

 

 そう言ってモモンガは無限の背負い袋からいくらかの装備を取り出す。

 

「見た限りでは私が用意した物より良い装備が無さそうだし、全て此方を使え」

 

「これは……」

 

 取り出されたのは一目見ただけで判る程の高級高品質な武装ばかり。オリハルコン級の冒険者と比べても遜色の無い一品ばかりだ。

 

「お、お借りしても宜しいのですか?」

 

「ああ、これぐらいの装備でないと効率も悪いしな。破損も気にするな、そこらの店で買った物を私がいじ―――あー、個人的な伝手で強化したものだ。格安で入手や修理可能だからな」

 

「そう、ですか」

 

 クライムは多少の躊躇を覚えながらも、装備を交換する。武器、防具を見に付けるたびに驚きを覚える事になった。

 

「軽い……」

 

「軽量化の効果付きだ。持ち前の防御力も上がっている筈だが」

 

「力が……」

 

「ステータスアップに弱体耐性効果だな。まあ全部網羅している分効果は低いんだが」

 

 剣、鎧、盾。信じられない事に全てがマジックアイテムだった。クライムは鑑定スキルを持っていないので詳細は判らないが、実感できる程の効果に驚きを隠せない。

 モモンガとしては余っていたゴミデータクリスタルをその辺で買った装備にぶち込んだだけの物なのだが。

 

(とんでもない方に弟子入りしてしまったかもしれない……)

 

 クライムが知るアダマンタイト級の冒険者や、この国一番の実力者と比較してもなんら遜色の無い装備をポンと貸し出す。これに驚きを覚えず何を驚けと言うのだ。さらには、こんな装備があってなお『死んだ方がマシ』な修業とは、今更ながらにクライムは戦慄を感じ始めていた。

 

「師匠、一体どのような修業を行うのでしょうか?」

 

「単純明快だ。モンスターと戦い、勝利する。それだけだ」

 

「実戦、ですか」

 

「ああ、話を聞いて思ったのだが、お前の鍛錬には足りない部分がある。いくら肉体を鍛えても、実戦を積まなければ手に入らない力という物があってな。相手の力を見抜き、正しい戦術を組立て、それに見合った動きをする必要がある。知識や経験だけではないぞ、実戦を繰り返す事で、肉体の質もまた実戦に向いた体になる」

 

 クライムが思い当たる事があるとばかりに、頷く。鍛えてはいるものの、練習相手にさえ恵まれないクライムは基本肉体強化以外の鍛錬は行えていない。経験不足は何より本人が痛感していた事だった。

 だが、今の発言はモモンガにとって建前でしかない。経験こそ力(プレイヤースキルが大事)というのはもちろん嘘ではないが、そんなものは一朝一夕では手に入らない。それを懇切丁寧に教える程にクライムを重要視していないし、それこそガゼフに放り投げた方が似非近接職のモモンガより数倍良いだろう。

 モモンガは、この世界に来て何度か思った事がある。

 

 『この世界の住人はどうやってレベルアップするのか?』

 

 ユグドラシルではモンスターを倒せば経験値が手に入りレベルがあがる。そんなゲームでは当たり前のことを、この世界では聞く事は無かった。経験値を稼ぐのに効率的な狩り場等、冒険者組合あたりで共有しても良い筈なのにだ。

 では、世界の住人はリアルのように、レベルアップという概念は無いのか? それにも疑問は残る。クレマンティーヌのように、明らかに体躯以上の力を持った人々の説明にならない。

 分からない。分からないので、モモンガは実験したくてたまらなかった。

 

「まあ話していてもしょうがないし、早速始めよう」

 

「分かりました、ではこれからモンスター探しでしょうか」

 

「いや、そんな事をしていたら何ヵ月掛かるか判らんからな……それは此方で用意する」

 

 モモンガは懐から幾つかのアイテムを取り出す。そして、その内の一つである黒く禍々しい宝玉を手にとった。

 

「それは……?」

 

「あの事件で敵の首魁が持っていたものだ。少々人に任せるには危険だったのでこうして預かっていたのだが……使いドコロが無くて仕舞っておいたものだ」

 

 話を聞きながらもしやと思い始めていたクライムの目の前に、想像通りのモノが現れる。

 

「アンデッド!」

 

「まあ、これなら練習相手にはちょうどいいだろう。まずはお前の実力を見て、数と質を変えていくぞ。他にも多数のモンスター召喚アイテムがあるから、アドバイスはしてやるからとにかく倒せ。怪我をしてもポーションはたっぷり用意してあるから、死なないように気をつければ治してやる」

 

「は、はい!」

 

「よし、始めろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――以下、クライム氏の激しい鍛錬風景をほんの少しだけご紹介する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余裕そうだな、ではスケルトン10体同時戦闘だ。打撃武器が有効だから付け替えておけ」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お次はゴブリンの団体だ。特に言う事は無いが背後にも気を使えよ」

 

「わ、分かりました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だな。でかいし第六位階魔法までを無効化するが結局アンデッドだ。避けて打撃で殴ればいずれ倒せるぞ」

 

「は、はいいい!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月光の狼(ムーンウルフ)。見た目に反して骨の竜より強いぞ。とにかく速いがそこまで攻撃力は無いし、その装備なら耐え切れるだろう。一匹ずつ戦わせるからがんばって致命傷を避けろよ」

 

「ぜは、ぜは……は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「趣向を変えて死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だ。<火球(ファイヤーボール)>を撃ってくるからとにかく足を止めるな」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍛錬は続いた。モモンガが持っていたゴミアイテムの消化に付き合わされているクライムは、何度も死にかけながら必死に戦った。途中から目の光が消え始めている気がしたが、心に嫉妬仮面を着けているモモンガには何の引け目もなかった。

 

(とりあえずの目的は達せられたな)

 

 死者の大魔法使いの火球にふっ飛ばされているクライムを見ながら、モモンガは一人納得する。この世界の人間もレベルアップはする、という確認が出来たのだ。

 モモンガは今、幻影により偽装しているだけで魔法詠唱者(マジックキャスター)としての装備へ戻っていた。というのも、アイテムだけではなく魔法でモンスターを召喚していたり<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>でHP確認を行っていたのだ。

 モモンガは相手のレベルを確かめる魔法やスキルを所有していないので、相手のHPでレベルを推測することしかできない。

 

(それにしても上がりが悪いな……ようやく10レベル程上がったか?)

 

 初めのクライムを10レベル弱と見ていたが、それがようやく20程度になったとモモンガは見ていた。しかし召喚したモンスターの経験値から考えると、それはあまりに効率が悪かった。

 

(これが“才能”なのか? 人により、経験値テーブルが違うから、上がりが異なるとか)

 

 ガゼフやクレマンティーヌは才能が有ったからレベルが上がりやすく、クライムはソレがなかった。だとしたら高レベルのモンスターと出会うこと自体が少ないであろうこの世界で、レベル上げというのはなかなかに困難だ。

 

(不公平な世の中だなあ……才能が全てって事だ。まあリアルだって似たようなものだろうけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてクライム、次で最後にしよう。これが倒せれば私の鍛錬も終わりだ」

 

 そう言ってモモンガが掲げるのは、再び黒く輝く宝珠。現れるのは、クライム自身をして2倍の丈はありそうなアンデッドの騎士だ。

 

「――――っ!」

 

 思わず、声にならない声が出る。目の前のバケモノから感じる威圧感を、クライムは知っていた。いや、知っているものとは違うが、その圧力だけは同レベルだ。彼が知る最強の剣士。其の名は、ガゼフ・ストロノーフ。

 

「安心しろ、武具は本来の物とは別のへ変えてやる。こいつは見た目通り大きな盾で防御主体の闘い方がメイン。攻撃力は今のお前とそう変わらないが、防御力だけならこの国でも頂点に立つかもな」

 

 背中を嫌な汗が流れる。喉の奥が乾き、体中から震えが起きる。

 

「さて、最終試験だ。お前の意思、信念が本物なら……超えてみせろ、クライム」

 

 バケモノが雄叫びを上げる。

 先ほどまでの戦いなど生ぬるい、これこそが本当の死闘なのだとクライムは確信し、

 

「おおぉぉおおっ!」

 

 自らも叫び、立ち向かう。決して届く事のない、輝きを目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフは少し不機嫌だった。

 部下であり―――愛しい男(ペット)が外出許可を取って十数時間。遅くなるとは聞いていたが、夕食時を過ぎても帰ってこないとは思わなかったからだ。

 何時も通り、食事に誘って彼を困らせる楽しみは彼女にとって親兄弟の命よりも重要だというのに。

 

 ―――こつこつ

 

 部屋の扉が乾いた音を鳴らす。男が帰ってきたのだと、ラナーは判った。扉の音で人物を見抜くなど、彼女にとっては容易なことだ。特に、愛しい男が相手であれば。

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

 律儀で生真面目な声が、扉の向こうから響く。遅れて開いた扉から、男……クライムが顔を出した。

 

「遅かったですね」

 

 不機嫌を隠さずに、ラナーはそう言った。少女のように頬を軽く膨らませ、大きな瞳で可愛らしく睨む。これをクライムが望むからというだけの理由で、100%演技で出来るのだからラナーという女は恐ろしい。

 

「申し訳ございません、少々きつい鍛錬をしていたもので」

 

 おや、とラナーは不思議に思う。クライムの様子に違和感を感じたのだ。少なくとも、昨日までの彼ならば今のラナーの言葉と表情に動揺していた筈だ。

 

「クライム? 大丈夫なの、少し顔色が悪いわ」

 

 近づき、その頬に触れる。やはりおかしい。少し照れた表情は昨日の男と同じだが、ここで引き下がるのが彼の筈だった。珍しいこともあるものだと、クライムが引き下がらない事を良いことに、ペタペタと顔に手を触れる。

 

「熱は、無いわね……」

 

「ラナー様」

 

 女の柔らかな手を、無骨な男の手が優しくつかむ。ラナーの心臓が強く跳ねる。二人が出会ってから十数年。クライムから彼女に触れたことなど、数える程しかなかったからだ。

 

「く、くらいむ?」

 

「ご無礼をお許しください」

 

 クライムはその手を引くと跪き、頭を垂れる。ここで手の甲にキスをすれば物語にあるような一シーンだが、流石に様子のおかしいクライムでもそこまではしなかった。

 

「ラナー様、改めて貴方に忠義を示させてください。

 この身、この魂は全て貴方のもの。私の全てを費やし、貴方様の全てを護り、許されるのであれば何時までもお側に仕える事を誓います」

 

 だが、その言葉はまさしく物語にある一シーンだった。跪いたまま頭を上げ、ラナーを見つめる瞳は強い意思を持っている。今までと変わらず邪念が無く、だが少年の面影が薄くなった引き締まった男の顔。

 ラナーの心臓が激しく高鳴る。

 

「このような時間に申し訳ございませんでした。おやすみなさいませ」

 

 呆けているラナーを置いて、言いたい事を言って部屋から出て行くクライム。ラナーはしばらくそのまま立ち尽くし、熱のこもった手を胸元で抱きしめる。

 

「……クライム」

 

 その夜、少女は正体不明の感情に大きく揺れる。……愛していた男に、二度目の恋をしたのだ。

 そして彼女は改めて気づく事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ぶっちゃけクライムだったらなんでも良かったのだ、という事に。

 




クライムのパワーレベリング。
からの性癖開拓。

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