やがて、第1護衛艦隊は最初の経由地・フィリピンで燃料や食料を補給し、マラッカ海峡を抜けてインド洋に出た。
「最近の海賊はこのインド洋で出るらしいな」
「恐らく、この海に海賊の拠点でもあるのでしょう」
「そうだと厄介だな。全艦に通達、対水上・対空見張りを厳となせ。DEFCON1(デフコン・ワン)発令」
かつての軍艦と異なり、液晶ディスプレイやLED照明が増えてかなり明るくなった〈鳳翔〉CDCで、艦隊司令である山本中将が指示を出す。
「了解、DEFCON1発令! 各艦、敵襲に備え、警戒を強化せよ!」
〈鳳翔〉CDCから出た命令は、各艦を繋ぐネットワーク戦場指揮通信システム(C4Iシステム)によって伝達される。そして〈鳳翔〉の甲板から第05海上飛行隊(セレーネ隊)のF/A-18FJが発艦する。
かつて、奇襲と言えば夜中に行うのが普通であった。それは陸戦では定番だが、海や空はその限りでは無い。というのも、現代ではジェット戦闘機やミサイル等、轟音と閃光を発する物が多く、かつレーダーや夜間暗視装置等のハイテク技術の発達で昼夜問わずに攻撃や監視を行う事が出来るようになったからである。
当然彼らもそうであった。
「魚雷発射!」
ホバリングした中型ヘリコプター・HMA-2から魚雷が発射され、水面に飛び込んだ。
「砲雷長! ソナー音を探知しました!」
駆逐艦〈鈴谷〉CICでは、対潜ソナー員が砲雷長に報告する。ソナーとは、水中に超音波を発し、それで潜水艦や魚群を見つけ出す。現代では誘導魚雷や、漁船にも使われている。
「ソナー音、まさか魚雷か?」
「分かりません。こちらからもソナーを発しますか?」
砲雷長は決断する。
「いや待て。〈鳳翔〉に連絡し、〈榛名〉の対潜ヘリを要請する」
「了解」
直ちに巡洋艦〈榛名〉から日本製対潜哨戒ヘリコプター・SH-60K シーホークが発艦し、連絡のあった海域へと向かう。
「よし、かかったぞ。ミサイル発射」
SH-60Kに向け、ミサイルが発射される。
ピィーピィーピィー!
SH-60Kの機内に警報が鳴る。
「ミサイル・アラート! 畜生、これは罠だ!」
すぐに機長はラダーペダルを踏み込んで機体を右旋回させる。
「メーデー(緊急)、メーデー! ミサイルにロックオンされた! 至急応援を――」
無線はそこで途切れた。
イージス駆逐艦〈照月〉のCICでは、その一部始終を搭載されたFCS-3B長距離対空レーダーで見ていた。
「トリトン36、墜落(ロスト)しました・・・・・・」
レーダー観測員の報告を、艦長は苦々しく聞いていた。
直ちに艦隊上空で警戒態勢にあった第05海上飛行隊が迎撃に向かう。中距離対空ミサイル4発に短距離対空ミサイル2発、500発の20ミリバルカン砲弾という武装だった。
「この辺りか」
第05海上飛行隊・第2小隊長で5番機パイロット・八橋大尉は正面を、後席のレーダーオペレーター・桂谷傷痍はレーダーディスプレイを注視する。
「敵機はSH-60Kにミサイル発射時、〈照月〉のレーダーに映るもその後ロスト・・・・・・」
「相手はステルス機ってことですかね。だと厄介だ」
桂谷少尉は顔を上げ、周りの観察を始める。レーダーに映りにくいステルス戦闘機が相手では、レーダーを見ていても意味が無い。それに、ミサイルでロックオンされれば、機体に搭載された受動警戒装置が知らせてくれる。
【08、タリホー(敵機発見)。あのシルエットは、まさかJ-20か!】
8番機が目標を捉える。
【07より08、ターン・ヘディング(方向転換)。ヘッドオン(正面)で捕捉する】
【ラジャー、07】
7番機と8番機が4機のJ-20を正面に捉える。
「This is Japan Navy. Tell your belong, or we will take a reasonable action! (こちらは日本海軍機だ。貴機の所属を伝えろ。でなければ我々はそれ相応の手段をとる!)」
【We are China navy, SW strategy Corps, 28th Aviation Armada, 168th Fighter squadron.(我々は中華民国連邦海軍・南方戦略軍団・第28航空艦隊の第168洋上航空中隊である)】
J-20のパイロットはそう答える。しかし、8番機パイロットは嘘だとしか思えなかった。
「(では訊く。何故IFFが故障している?)」
そう、本来ならばIFF(敵味方識別装置)が「味方」と表示するはずなのだ。が、今は「不明」という表示になっていた。IFFの仕組みは至極簡単で、例えば敵か味方か分からない航空機に向かってAという周波数の電波を発信する(これを質問波という)。そして返ってきた電波の周波数がBであれば味方、それ以外なら敵と判断する。返ってこなければ不明のままという訳である。
しかし、今は返ってきていない。だからレーダーディスプレイ上では「不明」なのだ。つまり、相手のIFFが故障しているか、そもそも積んでいないかのどちらかである。さらに、J―20自体は中華海軍は採用を見送っている。だから、中華海軍を名乗るJ―20は存在してはいけないのである。
そして2機のF/A―18FJと4機のJ―20がすれ違う。2機のF/A―18FJは右旋回し、左旋回するJ―20を捉える。が、4機いるはずのJ―20は2機しかいなかった。
「あと2機は何処行った!」
【罠に掛かったな、素人】
無線から日本語が聞こえる。それは男の声だった。が、8番機パイロットは聞き覚えが無かった。そして気付く。
「何故日本人がJ―20に乗っているんだ!」
【気付いたか。だが遅い】
F/A―18FJの受動警戒装置が鳴る。
(まずい、ロックオンされた!)
焦り、機体を左旋回させる。が、その判断が間違いであった。
消えた2機のJ―20は、見えているJ―20の奥に隠れていたのだ。
「クソッタレがぁ!」
間に合わず、隠れていたJ―20の20ミリバルカン砲で撃たれる。
その頃、〈鳳翔〉飛行甲板真下にある第02海上飛行隊のブリーフィングルームでは、源田大尉、川口中尉、神田中尉、岸辺少尉の4人が談笑していた。
〔グラウコス01、02。スクランブル・アラート発令!〕
アラーム音と共に放送が流れる。4人は即座に壁に掛かったパイロットスーツを手に取り、走りながら着込んで部屋を飛び出る。狭くて急な階段を駆け上がり、艦橋下の2機のF―14DJに駆け昇る。源田大尉はコクピットの座席に置いておいたヘルメットを手にとって座る。そしてヘルメットを被り、左手でメインパネルのスターターボタンを押してエンジン始動。ヘルメットに酸素マスクを繋ぎ、搭載武装を確認、甲板航空誘導員の指示でカタパルトに向かう。カタパルト作業員がF―14DJの前脚にあるランチバーという棒をカタパルトに接続し、誘導員が「エンジン出力を上げよ」というサインを送る。源田大尉はスロットルレバーを奥へと倒す。機体の2基あるF110Jジェットエンジンが甲高い音を出す。
【グッドラック、グラウコス01】
そして、機体はカタパルトに引っ張られて加速し、宙に浮かんだ。
セレーネ08、ロスト。そしてJ―20のパイロットが日本人、その2つは第05海上飛行隊に大きな影響を与えた。
「何がどうなってるんだ!」
5番機(セレーネ05)はJ―20を追撃する。距離827メートル、20ミリバルカン砲を撃つ。が、別のJ―20が放った短距離対空ミサイルを喰らった。
〈鳳翔〉CDCでは、目まぐるしく変わる戦況が巨大なスクリーンに投影され、それを南雲大佐と山本中将が見ていた。
グラウコス隊は1番機と2番機が発艦、他は指示待ち。セレーネ隊は3機落とされ、2機被弾。さらにはアメリカの戦略偵察衛星がここから南西に2万キロメートル離れた所に所属不明の艦隊を見つけ、そこから12機の戦闘機が発進した、という情報を送ってきた。その上、J―20のパイロットの声は、南雲大佐にとって聞き覚えがあった。
「パンドーラ(第04海上飛行隊)、アルゲース(第06海上飛行隊)は敵艦隊に対し攻撃を行う。グラウコスとセレーネは本艦隊を、オリオン(第03海上飛行隊)は攻撃部隊の護衛だ」
山本中将の指示の下、各飛行隊は動く。第04海上飛行隊や第06海上飛行隊のF/A―18FJや電子戦攻撃機・EA―18GJ グラウラーは対艦ミサイルを搭載して発艦する。
そんな中、グラウコス01と02がJ―20を捉える。そのJ―20はセレーネ04を追撃していた。
「01、タリホー(敵機発見)。これより戦闘機動に移る」
【待ちなさい!】
突然の叫び。それは、南雲大佐だった。
「どうしてですかキャプテン! 今セレーネ04が!」
【あのJ―20には、久坂が乗っている!】
「何、だって・・・・・・?」
それは、2003年のイラク戦争の時だった――
【グラウコス01、シックスオクロック・ハイ! タイプ21が2機、ブレイク・ライト、ブレイク・ライト(右急旋回)!】
F―14DJの後ろに、イラク空軍主力戦闘機・MiG―21が2機貼りつく。1番機パイロットである南雲大尉は操縦桿を必死に操作する。かろうじてMiG―21が放った23ミリ機関砲弾をかわす。
【甘い、甘過ぎる回避機動だな】
突然、知らない男の声が無線に紛れこんでくる。そして、灰色の戦闘機が現れると、瞬く間に6機のMiG―21を瞬殺した。その戦闘機の名は、F―15CJ イーグル、日本空軍主力戦闘機である――
「あの久坂少佐が?」
【久しぶりだな、源田、南雲】
確かに、源田大尉も聞き覚えがあった。
【俺を忘れてもらっちゃ困るぜ、イカレポンチ野郎】
神田中尉が割り込んでくる。
【ほう、生きていたのか神田。今頃イラクで骨だけになっていたと思ってたが】
【あん時はまだ2年目だったからな。だが、今では2番機パイロットだ】
【へっ、驚いたな。ここにいるのは源田と神田か? 南雲は何処にいる?】
「南雲大尉殿は、今や〈鳳翔〉艦長だ。お前のように海賊になり下がった下衆とは違う」
J―20は悠然と2機のF―14DJの前を飛んでいる。しかし、何を仕掛けてくるか分からない。源田大尉は短距離対空ミサイルを選択し、J―20をロックオンする。
【おいおい、思い出話をさせる時間もくれないのか?】
「こっちは仕事中だ。悪いが、私語の時間はここまでだ」
ミサイル発射。しかし、J―20は急上昇しながらフレアと呼ばれる花火をばら撒き、熱源追尾式の短距離対空ミサイルをかわす。
(一筋縄ではいかないか!)
源田大尉はエンジンを全開にする。
「さあ掛かって来い、この外道! このインド洋に沈めてやる!」
【その言葉、そっくり返してやる】
2機のF―14DJはJ―20に喰らい付く。
【02、FOX2!】
2番機が短距離対空ミサイルを発射する。が、J―20は急降下してミサイルを引き付け、減速する。ミサイルはJ―20を追い越し、海面に激突した。
【この程度か?】
【何処に行きやがった!】
【中尉、後ろだ! シックスオクロック!】
いつの間にか、J―20は2番機の後ろに移動していた。そして20ミリバルカン砲を発射する。放たれた無数の銃弾は2番機の機体を抉り、燃料タンクに穴を開ける。
【くそっ、リーダーすまない! 被弾した! 〈鳳翔〉まで戻れそうもない! ここで脱出する!】
【そうはさせるか】
J―20は、被弾した2番機目掛けて20ミリバルカン砲を再び撃とうする。源田大尉は急ぎ、2番機の援護に向かう。
「俺の相棒を殺させはしねぇ!」
源田大尉はJ―20に照準を合わせ、20ミリバルカン砲を放つ。しかし、J―20は予測していたかのようにかわした。
【熱くなり過ぎだ。だから俺を見失う】
「うちのキャプテンを捨てたのも、そういう理由か?」
【ああそうだ。だが、いい女だった】
源田大尉は再びJ―20に狙いを定め、20ミリバルカン砲を撃つ。が、これもまた外れた。
(何で当たらないんだ!)
【FCS(射撃統制コンピューター)を過信し過ぎだ。勘で撃て】
またいつの間にか後ろに回ったJ―20が1番機目掛けて20ミリバルカン砲を放つ。源田大尉は急ぎ、操縦桿を右へと倒してかわす。が、何度かわせられるかは分からない。
(どうやって俺の後ろに移動してんだ!)
激しい空戦で、充分な量の酸素が行き渡ってない頭で源田大尉は考える。そして、ある光景を思い出す。それは半年前の新ロシア空軍との合同演習の時だった。
「まさか、J―20でSu―27のコブラ機動をしているのか!」
【今更気付いたか。だが遅い】
コブラ機動、それは旧ソ連製戦闘機・Su―27(通称フランカー)が得意とする動きである。時速400キロメートルで飛んでいる最中に機首を上げ、時速100キロメートルまで減速して相手を追い越させる。そして至近距離から機関砲を発射する、それがSu―27の高い機動性を生かした戦い方であった。そしてそれに対抗するには――
「行っけぇ! 俺のトムキャット!」
F―14DJは急上昇しながら横方向へ回転する。
【一体何のつもりだ?】
「言う訳ねーだろヴァーカ!」
J―20もF―14DJに続いて上昇する。源田大尉は後方警戒レーダーでJ―20が迫っているのを知る。そしてエンジンの出力を下げた。
「馬鹿! 何してるの! このままじゃ落ちちゃうでしょ!」
川口中尉が叫ぶ。が、源田大尉は無視する。やがて、F―14DJをJ―20が追い越す。
【何?】
「コブラ機動する戦闘機には、こうやって持ち前のパワーを無駄に使わせるんだよ!」
源田大尉はJ―20に狙いを定める。しかし、すぐには撃たない。また逃げられるかも、そう考えると撃てないのだ。
(俺ならどっちに逃げる? 右か、左か・・・・・・)
J―20は動き始める。源田大尉は狙いをずらして20ミリバルカン砲を発射する。
「左だ!」
F―14DJから放たれた無数の銃弾は、J―20のど真ん中を撃ち抜いた。