今日だって茜色の空の下で生きている   作:オイリーギフト

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当作品には山もなければ落ちもない場合が多々あると思われます。
ただ脳裏に過った、ありそうだと思った日常を文字に落としただけですので、過度な期待はなさらずにお読み下さい。


フェンリル極東支部

 1

 

 

 手にした大剣を掲げ―――

 

「おめでとう。今この瞬間から、君はフェンリル極東支部所属のゴッドイーターだ」

 

 ―――第二の人生が幕を開けた。

 

 

 

 エントランスホールに戻ると、備え付けのベンチには同年代の男―――まだ少年だが―――が退屈げに腰を下ろして天井を仰いでいた。

 

「……ん。よう、お前も適合試験に通過できたんだな」

「ああ。君はたしか……」

「雨宮だ。雨宮リンドウ。これから一つよろしく頼む」

 

 おもむろに差し出された手を握り返す。名乗られたなら、名乗り返すのがマナーだろう。

 

「鴻上ユキナリだ。こちらこそよろしく」

 

 リンドウの隣に座り、雑談をして時間を潰す。趣味や好物の話に始まり、馬が合ったのか初対面なのにかなり盛り上がってしまった。

 

「へぇ、じゃあ前から支部内で暮らしてるのか」

「姉上が神機使いになってからはな。でもこれからは一人部屋だ! 女二人に男一人ってのは気ぃ使うんだぜ、ホント……」

「幼馴染の女の子が一緒だってんだからなぁ……でもその環境、羨ましくもある」

「そうかぁ?」

「こちとら一人暮らし……じゃなかったけど、幼馴染の女の子なんて居なかったぞ! 毎朝その子に起こされるとか、漫画の中だけの話じゃあなかったのかよ……」

 

 リンドウが話し上手なのか聞き上手なのか、場は盛り上がりに盛り上がり、担当上官がいらっしゃるまで―――より正確には目の前で咳払いをされるまで上官を無視してしまったことについては、新兵ゆえのご愛嬌という事で一つ。

 

 うおっほん! とお手本の様な咳払いを披露したのは紫色のフェンリル制服姿の女性だった。ツインテール髪型のせいか童顔に見えるが、彼女が自分たちの待っていた上官であることはすぐに思い至った。僅かに引き攣っている頬に添えられた右手、脇には薄いファイルを挟んでいた。

 

「さっそく親交を深めているようで何よりだけど、ここは上官として言わせてもらおうか……立ちなさい」

「え?」

 

 リンドウが呆けたように聞き返した。それを横目に即座に立ち上がる。空気の変化を読み取ることにかけてはそれなりに自信がるのだ。

 

「立て! と言っているんだ。さっさと立ちなさい!」

「は、はいぃっ!」

「よし! 私があなた達の上官になる香月ヨシノよ! 訓練教官は別に居るから、正式に配属された後の話しだけだけどね。時間がないから一度しか言わないので、よく聴くように!」

 

 おほん、と一度咳をつく。

 

「今後の予定としては、あなた達にはメディカルチェックを受けてもらうわ。その後は自由時間よ。今日は適合試験の疲労もあるだろうし、しっかり休んで疲れを取るように。それと明日は〇九〇〇(まるきゅうまるまる)―――朝九時にここに集合ってことで、時間厳守だから! 何か質問はある?」

「は、はぁ」

 

 ……淀みなくつらつら述べられた説明に思わず呆気に取られてしまったが、それでも一つ訊いておきたいことがあった。

 今朝フェンリルに招集されたとき、俺と同じように招集されたのだろうメンバーは十人弱居たはずなのだ。けれど、今ここには自分とリンドウの二人しかいない。これの意味するところは……つまり、そう言うことなのだろうか?

 

「あの……俺たちで、全員なのでしょうか?」

 

 隣のリンドウがぎょっとした目でこちらを見た。

 

「……そうね。今回、新たに入隊したのは雨宮リンドウと鴻上ユキナリの二人、と聞いているわ」

「そうですか……分かりました。ありがとうございます」

「他にはある? ……無いようなら、そこのエレベーターからメディカルルームに行ってチェックを受けてきてね。ペイラー・榊って博士がいるから」

 

 ヨシノさんが指差す先にはシャッター扉の厳つい昇降機がある……らしい。今いる位置からすると短い階段を上った二階の奥、つまり対称点的な位置関係にあり、ここからは見えない。

 伝えるべき事を言い終えるとヨシノさんは足早に立ち去ってしまった。

 

「俺たちだけ、か」

「ま、分かっちゃいたけどな……そう言うことで、長い付き合いが出来るように、お互い頑張ろうや」

「……そうだな! 気合い入れていくか!」

「おおよ、その意気だっ! 今はさっさとやる事やっちまおう! メディカルルームだったよな」

 

 気を取り直して意気揚々と昇降機に乗りこんだ。大きな音を立て、重苦しいシャッターを開いたそれに飛び込むと、中には想像以上に広い空間が設けられていた。少し窮屈になるけど、十人くらいなら同時に乗りこめそうな広さだ。

 

 さすがフェンリルは格が違う……と、一人感服していると「な、なあ」とリンドウが声を上げる。顔を向けると、リンドウがボタンを押す途中のまま姿勢でゆっくりと振り向いた。

 

「メディカルルームって……何階にあるんだ?」

「……んなもん、俺が知るわけ無いじゃん」

 

 結局、(しらみ)潰しに階を移動して、辿り着いたのは半時間ほど後だった。

 

 

 メディカルルームは医務室と研究室を足して二で割ったような様相を呈していた。機械類の熱暴走対策のためか室内はやや肌寒いほど冷房が効いている。何に使うのか検討もつかない装置が駆動音を響かせ、空気には薬品の匂いが混ざっている。

 

 ここまでに要した労力とようやく辿り着けた安堵感で一息ついていた俺たちを迎えたのは、額に大きな赤いゴーグルをつけた人の良さそうな細身の男性と、首から二つ眼鏡を引っさげている和服とトレンチコートを組み合わせたような服装の和洋折衷な男性だった。

 ゴーグルの方は腰の大型ポーチに大量の工具を備えていて、その身なりから推察するに博士と言うより技術者のイメージだ。となるともう片方―――糸目ほどまで細められている目が印象的な男が「ペイラー・榊」だろうか。

 

「やあ、随分遅かったね。私の予想よりも……まあ、いいか。初めまして、と言っておこうか。ヨシノ君から聞いていると思うけど、私がペイラー・榊。フェンリル極東支部アラガミ技術開発統括責任者をしている。気軽に博士と呼んでくれたまえ。適合試験の時に会っているのだけど、私は観測室に居たから、実質これが初対面となるね」

「僕は楠木シゲル。神機整備室の第一班の班長……つまり整備班のリーダーをしている。これから顔を合わせる機会も多いと思う。よろしくお願いするよ」

 

「本日付でフェンリル極東支部に入隊しました。鴻上ユキナリです! よろしくお願いします!」

「同じく雨宮リンドウです! いつも姉がお世話になっているようで、これからは私も神機使いとしてお二人の力を借りることになります。よろしくお願いします」

 

 背筋を伸ばして敬礼する、が、これは適合試験通過後に一応、と云うことで仕込まれた付け焼き刃だ。一方、リンドウはやけに板についた敬礼姿だった。

 後に訊いて曰く、入隊までにお姉さんに死ぬほど叩き込まれたらしい。

 

「ほう……君がツバキ君の弟か。噂は聞いているよ」

「相当の跳ねっ返りなんだってね」

「い、いえ、そんなことは……姉上ぇ」

 

 ぼそりと恨み節を吐いたリンドウを横目でちらり。跳ねっ返りなのか。話した様子では感じなかったけれど、まだ猫を被っているのかも。

 

「それで君がユキナリ君か……外から来たそうだね」

「ええ、まあ」

 

 そんな何気ない言葉にリンドウが僅かに目を見開いた気がした。今時、珍しくもないだろうに。

 

「どうやら今期は二粒の砂金が加わるようだね」

 

 榊博士は小さく頷きながら資料を捲り目を通して、笑みを深めながら呟いた。しかし、不意に手を止めるとその糸目を薄く開く。

 出会ってからは常に浮かべられていた笑みを消し去り、真剣な様子で資料を読み込んでいる。

 

「ふむ、なるほど。……楠木君、早速メディカルチェックを始めようか」

「了解しました、榊博士」

「君たちはそこに横になってくれたまえ」

 

 そこ、とはこの金属台のことだろうか。全部で三台ある硬質なベッドはそれぞれ箱型の機械と隣接しており、そのうち二台の機械には、どこか生物的印象を懐かせる巨剣が鎮座していた。

 その巨剣の一方には見覚えがあった。光を反射しない錆色の巨鋸。確か名前は―――ノコギリ。安直すぎるネーミングである。適合試験では武器とは思えない巨大さに圧倒されたが、よくよく見てみると結構シンプルな形をしている。削り切ることは出来そうもない凹凸の大きな刃は、常人の腕程度なら隙間に挟み込めそうだ。

 

「これは、確かチェーンソーでしたっけ」

「そう、近接型神機の三種。ショートブレード、ロングブレード、バスターブレードのロングとバスターの基本形となるパーツだね。リンドウ君のがロングブレードのチェーンソー、ユキナリ君のがバスターブレードのノコギリだ」

 

 リンドウの疑問にシゲルさんが答えた。その手には黒い厚手の頑丈なグローブが嵌められている。

 

「目には目を歯には歯を、オラクル細胞の集合体であるアラガミには、オラクル細胞から作った武器、つまり神機で対抗するしかない。神機を振るう資質を備えた者たちが、君たち神機使い(ゴッドイーター)と言うわけだ」

「じゃあこれは武器の形をしたアラガミってことですか?」

 

 そう問いかけるとシゲルさんはこちらに振り向き苦笑する。

 

「間違ってはいないけど……忘れて欲しくないのは、これは決して傍若無人なアラガミではなく、人の手で制御可能な神機ってことだよ。彼ら―――神機は君たちが命を預ける剣であり盾だ。それに……ロマンチストだと笑ってくれていいが、僕は神機には神機の意思があると信じていてね。そんな仲間をアラガミ呼ばわりなんて、なんだか寂しいじゃないか」

「その通り! 意志があるかどうかはさて置き、戦場に出るのなら神機に対する悪感情はあまり持たない方が良い。その疑念から生じた一瞬が生死を分ける可能性が無きにしもあらず、だからね」

 

 二人のその言葉にこちらも苦笑を返して首を振った。

 神機に対する悪感情があるわけではないのだ。ただ、人造アラガミとも言うべき神機に思うところがあっただけで、どちらかと言えば、神機使いの象徴として憧れに近いものを持っている。

 

「ご心配なく。言ってみただけですから」

「そうかい? これは、早とちりしてしまったかな」

「……ふむ。それじゃあ、そろそろ横になってくれるかい?」

「あ、はい、すみません」

 

 軽く頭を下げて、いそいそと金属台に上がる。低い室温で冷やされた光沢のあるベッドはお世辞にも寝心地は良くない。検査用のものにそんなものを求めるのが間違っているのだが。

 寝転ぶとシゲルさんが何やら極太のコードを右腕に在る赤い腕輪に接続した。

 

 ―――腕輪。神機適合試験を通過した者の腕にはめ込まれる、一生外せない真っ赤な枷。そして、神機使い(ゴッドイーター)の証。

 

「神機も握ってくれ。チェックを始めたら徐々に眠たくなってくるだろうけど、その時は眠ってしまって構わないからね」

「はい」

 

 眠くなるとか薬剤でも打ち込まれるのだろうか……先に始めるらしいリンドウに目を向けると、既にうつらうつらした様子で目は半眼になっていた。

 壁際ではモニターを覗き込んだ榊博士が「おお!」だの「実に興味深い!」だの大きな独り言を言いながら興奮している。……本当に検査だけで済むのだろうか。急に不安になってきた。

 

「安心してくれ。体に害があるようなことはしないから」

 

 そんな心中を見透かしたようにシゲルさんが近寄ってきた。キャスター付きの事務椅子で、背もたれに両腕を乗せた格好ですぃーと滑り寄ってきて、工具ポーチが金属台にぶつかった。あんた何してんだ。

 

「……顔に出てました?」

「なんとなくね、初めてここに来る人は皆そうだから」

「そうなんですか」

 

 自分だけじゃなかった事実にちょっぴり安心感。緊張を紛らわそうとしてくれているのか、のんびり話しかけてくるシゲルさんとしばらく会話していると、唐突に榊博士が声を張った。

 

「楠木君! これを見てくれ! 意見を聞かせてほしい!」

「今行きます! ……それじゃ、肩の力を抜いて待っててくれ」

「はい、ありがとうございました。シゲルさん」

 

 ふう、と一度息を吐いて天井を見つめる。目をつむると少し体の力が抜けた気がした。

 

 数分ほど待つと、やたら興奮した様子の榊博士が俺のメディカルチェックを開始した。博士がコンソールを数回操ると、神機を握る右腕が一度大きく脈動し、入り込んできた“何か”が全身に行き渡る感覚に思わず体が震える。

 

 これ……適合試験の時も同じことがあったのだけど、もしかして神機を握る度にこの感覚を味わうことになるのだろうか。背筋に悪寒が奔るのにも似たこれが……そう思うと気が重くなってくる。

 それとも、そのうち慣れるのだろうか。人間は慣れる生き物だと言うし……うん、そうに違いない。

 

 そうこうしていると、次第に目蓋が重くなり意識が朦朧とし始めた。

 

「リンドウ君の程では無いが、彼も中々の適合率だね」

「ええ、これなら身体能力も―――」

 

 覚えているのはそこまで。

 次に目が覚めたのは、暗く狭い個室だった。併設されている仮眠室だったらしい。薄暗い室内に一人ぼっち。

 唯一の内装である時計の電光表示は「23:47」を示していた。メディカルルームに入ったのが昼過ぎだったから……流石に誰か起こしてくれよ。

 

 記念すべきフェンリル初日は、ほのかな寂しさに包まれた一日となったのだった。

 

 




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