黒森峰学園艦で躍りましょう   作:まなぶおじさん

1 / 14
 青木は中学生の頃から警察官を志望するような男で、いじめを見れば頭に血が上って助太刀まがいのことをするような、真面目な性格だった。
 両親も青木を高く評価していたからずっと真面目でいられたし、誰も青木の生き方に文句を言わなかったから、自らの生き方を頑なに信じられた。
 根っこから、黒森峰学園艦の人間だった。
 
 それ故に、きっかけがあれば恋に溺れる人間だった。


ファンレターを送ってみましょう

「ほー」

 文武両道の四文字が掟の、黒森峰学園の教室の一角で、ひと際気の抜けた声が青木の耳にすかっと入る。

 正面で突っ立っている友人の赤井は面白い動物を見るような顔をしているのに対し、自分の席に座ったままの青木はうつむいたままだ。

「そうかそうか、お前でも恋をするのか」

 うんうん、と赤井は分かってくれるように二度頷き、

「しかも、黒森峰女学園の姫君に」

 それを言うなと、心の底で呟く。

 こんなことがバレればB組どころか、恐らくは学園全体の飯の種(賞味期限半年)となるのは明らかであり、それ故に赤井に本心を白状するのはめちゃくちゃ恥ずかしかった。

「すげえなお前、真面目なのに凄い人を狙うんだな」

「しょうがないだろう、でもなあ」

「わかるわかる、恋愛って怪物だもんな」

 うんうん、と実に軽薄なツラで赤井は頷く。

「で、どうするんだよ。相手はあの若き戦車道の星、お近づきになるのも難しいと思うぜ」

「……そうなんだよなぁ」

 はあ、と青木はため息をつく。

 そう、

 青木は黒森峰女学園の姫君こと、西住まほに一目惚れをしてしまったのだ。この場所で、この艦で、よりにもよって、である。

 勿論まほには沢山のファンがいるし、家系も「あの」西住家であるから、下手に告白しようとすることすら出来ない。いきなり「好きです」なんて言おうものなら、光の速度で学園艦全体に情報が吹き溢れ、明日になれば青木など火だるまにされているはずである。

 それ故に、西住まほに対する告白者はゼロ、という安息が築かれているのだった。

「どうすれば、彼女の特別になれるのかなぁ」

「いやー、あいにくと俺は火消しだからなぁ」

 消防隊員志願の赤井が、うまいこと言ったぜ俺、な目つきで青木を見るが、あえて何も言ってやらない。

 共学だったらサラッと出会える可能性もあるし、なけなしの勇気をかき集めて一緒に遊ばないかい? とお誘いをかけることも出来る。しかしここは男子校、壁が高すぎる。

 こういう時、どうやって女性と交流出来るものか。勉学と堅実に偏った脳ミソをぐるんぐるんと回転させる。

「直接の出会いがなきゃなぁ」

「だなあ。出会い、出会い系……ん?」

 赤井が「あ」と声を出す。

「なあ」

「何」

「メール……もとい、ファンレターなんてどうだ?」

 

―――――――――

 

 黒森峰の星、西住みほが県立大洗女子学園へ転校した。

 その出来事は稲妻のように黒森峰の世界へと降り注ぎ、噂、憶測、陰謀、否定、それぞれが好き勝手に散っていった。

 特に逸見エリカという黒森峰戦車隊の副隊長は、大いに感情を露わにしていたという。

 そんな大事をよそに、青木は警察官になる為に男女合同グラウンドで走り込みをしていた。青木からすれば戦車道は「頑張って欲しいが直接には関係のないこと」であり、西住みほ転校に関しても「残念だ」と総括した。

 呼吸を整え、出来るだけ速度を落とさないよう、持久的に足をてきぱきと動かす。黒森峰学園艦の警察官になるという困難な夢を成し遂げる為、故郷の人間を一人でも守りたいという実直な想いを胸に、今日も警察官へと繋がる経験値を稼ぎながら、

 

 青木は、西住まほと出会った。

 

 正確に言えば「見た」だ。

 広い広いグラウンドを駆ければ、いつかは黒森峰女学園が所持する戦車の格納庫を横切る。

 いつもは「強そうな戦車だ」と脳内で感想を述べつつ格納庫を横切るのだが、今日の格納庫に戦車はあれど沢山の女子生徒はいない。いるのは西住まほ一人。

「あっ」

 声が出る。聞こえてはいないだろうか、聞こえてなどいない。

 距離はある程度保ってはいたし、男子の一人を見たところで何にもならないだろう。

 

 青木の目に映ったのは、誰かの戦車に手を当て、感情溢れた無表情のまま、うつむいている西住まほだった。

 

 人を悲しみから守る為に、日々努力していた青木は、哀しみ以外に他ならない横顔を晒していたまほに心奪われた。

 足が止まる、走り込みが二の次になる。風が吹き、もう何も聞こえない。あるのは「彼女をもっと見ていたい」という欲求だけ。

 ――そこでまほが、青木に気づいたのか、どうなのか、視線を向けてきた。

 瞬間、青木は逃げまとうようにグラウンドを駆ける。

 

 柔軟性のない青木でも、なぜまほがあんな表情をしていたのか、すぐにわかった。

 みほだ。絶対にそうだ、時期的にそうに決まってる。

 転校は、まほにひどく堪えたのだろう。戦車道においては連戦連勝の彼女でも、まだ高校生の女の子だ。

 ――自分が救いたい。

 警察官になるより、なんと難しいことか。

 

――――――――

 

『初めまして、このたびは突然のお手紙を差し出し、まことに申し訳ありません。

僕は黒森峰学園3-B組の青木といいます。

黒森峰の戦車隊を率い、勝利を得ていくその姿は、まさに黒森峰の英雄であり、憧れの象徴です。同い年だからこそ、尊敬しています。

西住流という誇り高き血を守ることは決して簡単ではないでしょう。だからこそ、適度に息抜きをしてください。

ご自分のことを最優先に考えることは、けして悪いことではありません。これからもどうか、ご自愛ください。遊んでください。

貴重なお時間をとらせていただき、本当にありがとうございました』

 

「……まっじめー」

 赤井が呆れたような、「らしいな」と言うたげな表情というか、そんな感じでファンレターを評価した。

 うるせえと毒づくが、赤井はあえて聞き逃しつつ、

「途中から随分と攻めたな。やっぱ、注目してもらいたいからか?」

「……まあね、正直初めて送るファンレターとしてはどうかと思う」

「まあまあ、ファンたるもの、感情的じゃないと」

 無責任な言葉を飛ばしつつ、赤井は何度も何度もファンレターを目で読んでいる。

 普通のファンレターなら、「これからも頑張ってください」程度で済ますべきなのに、何が「ご自分のことを最優先に」だ。「遊んでください」だ。お前はまほの理解者にでもなったつもりか。

 手段を問わずに攻め続けるのが恋の常道だが、西住まほは一般人ではない。黒森峰の学園艦で1、2を争う有名人なのだ。

 我ながら、距離のことを考えていない文章だと思う。けれど特別視されなければ、恋なんぞは始まらない。

 郵便ポストへぶち込む。

 それが結論だった。

 

 矮小な勇気を一気飲みし、消化しきる前にファンレターを郵便ポストへ入れてはや三日。青木は不安なような躍るような、両立しきれない気持ちと共存しつつ勉学に励み、グラウンドをなるだけ集中して走りこむ。

 返事が来なくてもしょうがない、相手はあの西住まほなのだ。手の届かない遠い星なのだ。その周囲には星を彩る星が閃き、地上人に過ぎない自分はそれを見守ることしか出来ない。

 このまま届かなければそれでよし、届けばそれも良し。戦車を保管する格納庫には誰もいないことを確認して、今日の日課は終了する。

 

 そうして男子寮へ足を運び、普段は両親からしか届かないポストを確認する。

 ポストの鍵をひねり、機械的にフタを開け、中に封筒が届いていることを確認しながら、今日の夕飯はなんだっけとポストの鍵を閉め、

 鍵ひねりに二、三度ほど失敗しながら、ポストのフタを乱暴に開ける。

 

 白い封筒

 青木様宛て

 差出人 西住まほ

 

「まじで?」

 間抜けヅラな声が、黒森峰男子寮の前に鳴る。

 最初は「やったぜーッ!!」と脳が絶叫したが、警察官志願者のカンが「これはイタズラなのでは?」と疑う。

 しかし流石は真面目人間。青木がまほのことを好きという事実は赤井しか知らなかったから、犯人は一人だとすぐに絞り込めたが、赤井は責任が伴うようなことをしでかす男ではない。

 

 意外にも、文字は男らしい――

 

 誰かにとられないように手紙をふん捕まえ、ポストの鍵をがきんと閉め、誰にも見つかりたくないの一心ですぐさま自室のドアへ駆け込み、ああもう鍵かかってやがる誰だ閉めたのは、該当する鍵をキーリングからやかましく乱暴に探し当て、一度鍵穴へブッ刺すのに失敗しつつも全力で開錠し、スキの無いドアの開閉を成し遂げながらゴール地点の玄関へ。

 

 勢いはそこまでだった。

 若干封筒を震わせながら、青木は爆弾を解体するような、丁寧な手つきで封を開ける。

 丁寧に折り畳まれた、裏側から文字が透けて見える便箋。

 残酷な現場を目の当たりにするような緊張感が水のように弾け飛び、情けない精神力を駆使して便箋を広げていく。

 ここまで来たら、もう拒絶されてもいい、書き慣れたような返事でもいい。

 手書きの文字が青木の両目に入るが、脳ミソが把握するのに数秒、現実を受け入れるのに0.何秒ほどかかり――

 

 

『はじめまして、この前は励ましのお手紙を送っていただき、本当にありがとうございます。

自慢になってしまうかもしれませんが、こうしたお手紙は何度も届くのですが、西住流を励ますお手紙がほとんどでした。

それは嫌ではなかったのですが、青木様が書いてくださった、西住流よりも私の身を考えてくださった文章に、私は感動を覚えました。

必ず返答しなければと何度もお返事を書いたのですが、何分未熟者で、納得がいく文になるまで時間がかかってしまいました。

あなたの言葉は、しっかりと覚えます。

差し支えなければ、また何かの機会があれば、お手紙を送ってくださると嬉しいです。

青木様も、どうかご自分の人生を、無理をしない程度で歩んでいってください。

本当にありがとうございました』

 




はじめまして、このたびはこのSSを読んでくださり、本当にありがとうございました。
自分は恋愛小説が好きなのですが、当サイトのガールズ&パンツァーに関する恋愛小説を読み、感銘を受け、ガールズ&パンツァーを見るきっかけになった西住まほの話を書きたいと思い、このSSを書かせていただきました。
ここまで読んでいただき、本当に感謝しています。
ご指摘、ご感想があれば、送信していただけると有り難いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。