黒森峰学園艦で躍りましょう   作:まなぶおじさん

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 西住まほは中学生の頃から西住流を信念に置く女性で、いじめを見れば頭に血が上って助太刀
まがいのことをするような、真面目な性格だった。
 両親もまほを高く評価していたからずっと真面目でいられたし、誰もまほの生き方に文句を
言わなかったから、自らの生き方を頑なに信じられた。
 根っこから、黒森峰学園艦の人間だった。

 だからこそ、幸せになるべき人だった。


流れ星

差出人西住まほ 青木様宛て

『今晩は、元気にしていましたでしょうか。私は、すこぶる元気です。

全国大会ですが、惜しくも負けてしまいました。自分の未熟さを、心から痛感しています。

正直なところ、悔しい気持ちはあります。ですが、成すべきことを成したお陰で、

清々しいものです。

あなたの教えてくださったことを、私は全て実行したつもりです。その証拠が、あの

二枚の画像です。

とりあえずは、これでひと段落です。暇な時間もあるでしょう、というか作ります。

今度の週末、一緒に街へ出かけませんか? 何だか夏らしいことがしたくなったので、久しぶりに泳ぎに行こうかなと。

それと、これは流しても構わないのですが、今度の夏休み、私の実家へ行きませんか?

お母様が、あなたに会いたがっています。

沢山のお礼がしたいのはともかく、何か余計なことを言いそうで心配です。お母様は、ああ見えて異性関係には敏感ですので。

長文、失礼致しました。

あなたとこうして文通が出来て、本当に良かったです』

 

―――

 

 待ちに待った休日を緊張状態のままで迎え撃ち、青木は新しく買っておいた私服に着替える。

 早寝して体力を温存しておこうと前夜から考えていたのだが、全く眠気が訪れなかった上に

朝六時で目覚めてしまった。まだ六時間しか眠っていない。

 デートの時間は十時、いくらなんでも早過ぎる。何度も横になって目をつむったが、脳ミソの

鼓動を感じるくらいには興奮していたので、全くもって話にならない。

 しょうがないなあ。

 早朝の散歩も悪くはないだろうということで、公園へ出かけることにする。

 

 夏になった。

 何故だか遊びの範囲が広がるような季節であり、もう少しで史上最大の夏休みが

やってくる(予定)。

 この時間帯は本当に涼しい、それで長袖を選べばすぐに後悔する。背筋を伸ばし、あえて

大げさに両腕を広げ、緩慢な歩行で公園に向かう。

 夏になって、全国大会が終わった。

 まほは優勝を逃がし、間違いなく負けてしまった。それはもう取り戻せない。

 みほと仲直りし、母とも和解したのはとても良いことだと思う。家族団欒こそ、具体的な幸せの一つに違いない。

 傍観者に過ぎない自分ですら、少し悔しいかな、と今更になって実感しているのだ。あそこで

一生懸命に戦ったまほは、どう思っているのだろう。

 そして、同じくして公園で散歩をしていたまほを見かけ、軽く会釈する。

「あ」

「あ」

 間。

 何というのか、本当に真面目のまま生きていて良かったと思う。

「ど、どうも……」

「あ、久々だね……」

 何だか恥ずかしくなって、お互い目を逸らしてしまう。

 数日間程の間だったはずだが、まほの顔を見るのが数か月ぶりに思える。それほどまでにまほは身近で、それでいて会いたくて仕方がなかった。

「えーと、あの、まほ、さん」

 青木の最後のセリフで、まほは実に残念そうに表情を曇らせる。

 この時点で、呼び捨てにしろと言われているようなものだ。赤井とカレーを食っていた時は

「まほ」なんて言っていたクセに、本人を前にすると途端にこれか。

 気持ちがくすぐられる、本当のことを吐いてしまえと理性までもがアドバイスする。

まほの表情を元通りにするには、青木の言葉しかない。

「……まほ!」

 まほは驚いたように肩を動かし、

「……おはよう、青木。お前も、散歩か?」

 久しぶりに見る、まほの微笑。

 前から言っていたかのように、まほは青木の名前をそのまま呼んでみせた。

 青木は「まあね」と苦笑しながら、何事も無く公園を一周する。

 

―――

 

 やることをやっていれば、時間というものはあっという間に過ぎ去っていく。

 夏は今始まったとばかりに、気温が自己主張をし始める。毎年「今年生きられるのかな」と

ぼやくが、何だかんだいって生き残るのが恒例だった。

 朝の十時前になって、やっぱり待ちきれなくなって「いまきたとこ」作戦を実行しようと

すれば、やっぱりまほが待っている。青木は思わず、

「……待った?」

「ううん、今きたところだ」

 このやりとりをきっかけに、今日一日が始まる。

 

 

 水着は適当にラフそうな奴を選んだが、思うとデート向けの男性用水着って何だろうと、青木は屋外式の市民プールの更衣室で今更疑問に思う。

 まあ、これで良いのだろうと開き直る。周囲の男たちを眺めてみても、だいたい同じような

感じだ。

 ――自分のことはどうでもいい、問題はまほの水着だ。

 色気もへったくれもない青春を送ってきた青木だが、「水着姿の女の子とデートをする」というのは、男にとって大金でも買えないシチュエーションであり、報告をすれば英雄扱いされることも知っている。

 そして、好きな人の水着姿というのは、どんな浪漫にも勝る夢だ。その夢さえ見られれば、

もう文句無く青春を満喫したと言っても良い。大人になっても、過去の栄光としてすがりつくには十分すぎる。

 ビキニタイプか、スクール水着か、或いはスポーツマンっぽい水着か――どんな水着でも

即死する可能性はあるが、ここで命を落としてもスピード成仏する自信がある。

 警察官志願者失格の頭のまま、青木は首を振るう。まほ曰く、「今日の為に、一応水着を

買って……おいた」とのことだ。

 今日この日の為に、自分の為に。

 これは命日だなと考えながら、青木は更衣室から出る。

「や、やあ……」

 

 更衣室から出てすぐに、黒ビキニ姿の、見るなバカと言わんばかりの拗ねた表情の、

内股状態の、西住まほという、青木のゴールが降臨していた。

 

「お、おお……!」

「唸るな! 恥ずかしいだろう、まったく……」

 じゃあそんな水着を選ぶなよ、そんな水着を選んでくれてありがとう。

「いやあ、似合う、凄く似合ってる。いいなあ、いい」

「褒めるなッ、変質者としか思えん……」

「じゃ、じゃあ、褒めないでおく?」

 いじわるをけしかけてみる。

「……別にいいぞ」

 心の中でジャンピングガッツポーズをとりつつ、青木は、

「僕、まほに出会えてよかった……!」

「……嬉しいが、とてつもない邪念を感じる」

 ふん、と視線を逸らされる。

「そう怒らないで。じゃあ、体操して泳ごうよ」

 たははと笑いつつ、青木は全脳細胞を炎上させながら、まほの水着姿を頭の中で撮影する。

 よし。

「ああ――そうだな。そうしよう」

 今は、背負うものなどはない。

 すべてをやりきった者には、安息が与えられなければならない。

 

 まずは慣らしとばかりに適当に泳ぐ。青木は「まだ泳げたんだなあ」と呟きつつ、今度はまほに注目する。

 まほは元から水泳選手だったかのように、見事なクロールを披露している。まだ人が混むような時間帯でもないから、まほは人魚のように、好きなように泳いでいる。

 戦車道とはまるで関係がない、水の世界――本当に自由になったんだなと、青木は思う。

 なるべく砕けた会話を意識したつもりだったが、やはり根っこにあるのは戦車道であり、

西住流だった。まほの生真面目さが、忘れることを良しとしなかったのだろう。

 だが、今は自信を持って、確信をもって言える。まほは、遊んでいる。

「ふう……どうかな? 一応、水泳の授業があるからどうにかなっているが」

「いやいや、いいよ、凄くかっこいい。プロレベルじゃないかな」

「そうかな? それは嬉しい」

 ふふん、とまほは笑う。

「授業中は良くも悪くも制限があるから、こうして自由に泳ぐのは、気持ちがいいな」

「そうだねえ。僕も、市民プールなんて初めて来たよ」

 ざぶんと、背を水に預ける。

 何かに襲われたら、すぐに終わるだろう。

「青木」

「うん?」

「お前には、何もかもを与えられっぱなしだな」

「それを掴んだのは、まほだよ」

 いやいや、とまほは首を振るう。

「私は、道が無ければすぐに迷ってしまうような女だ。――だから、これからも、困った時は

導いてくれると嬉しい」

 青木は、「うん」と同意する。

「……本当、久々だな。何もかもを忘れて遊ぶなんて」

「じゃあ、もっと遊ぼう」

「そうだな」

 市民プールに流れる陽気な音楽とともに、青木とまほは端から端まで競争し、青木が完全に

スピード負けして「ちくしょー」と毒づく。まほは「凄いだろう」と自慢げに口元を曲げる。

 後はヤケクソになって水をかけあい、戦車道仕込みの怒声とともに青木は水鉄砲を、顔面から

食らう。

 試合の後は、何だかやりたくなったので、まほが青木めがけ飛び込み、青木が両こぶしでまほを打ち上げ、「やったッ! やったぞ!」とまほが大空で勝利宣言する。間もなく、爆発めいた

水しぶきとともに水没する。

 大丈夫かなあとあまり心配せずに振り向けば、思い切った速度でまほが水中から顔を出す。

 目が合えば、「楽しいな」「本当にね」

 

 市民プールで散々泳ぎ回ったり、意味も無く潜ったりもした。我慢大会に負けたことも記憶に

残っている。

 まほの濡れた髪が、青木の目から離れない。健康的なまほの肌が、青木の「好き」という感情を煽る。まほはそれに気づき、「何をじろじろ見ている」と、青木の頬をぺしっと叩く。

「しょ、しょうがないだろ、まほは、」

 カウンターとばかりに、

「まほが、可愛いから……」

 その言葉に、むっとまほの顔が赤くなる。

「褒めれば何でも許されると思うなよ」

「ごめんごめん」

 幸せだ。

 まほが幸福そうなことが。

「――ところで」

「うん」

「私は、お前の支えがあったお陰で、こうして楽しめている。私一人だったら、決断なんて

できなかった」

「うん」

「怖いことも沢山あったが、後押しがあったお陰で、今は何の悔いも曇りもない」

「それは良かった」

 青木は、二度頷く。

「突然だが、あの飛び込み台が見えるか?」

 見えるも何も、このプールへ入り込んだ瞬間から真っ先に気づいていた。

「興味はあるか?」

「ないです」

 先手を打つ。ぶっちゃけ怖いので、飛ぶ予定などはこれっぽっちも考えていない。

「私は勝負の中で生きている。だから、勝てると思えば挑戦したくて仕方がない性分だ」

「それは凄い」

「私は飛び込みたくて仕方がないが、一人で飛ぶのは怖い。気持ちを共有してくれるような人が

居れば、話は別なんだが」

「誰なんだろうね」

 青木の肩に、まほの手が乗る。

「行こう」

「やだよ」

 初めて、まほを拒絶した。

 罪悪感は全く無い。

「……そうか……」

 しゅん、と表情に陰りが生じる。

 どきりとする。あの時、グラウンドで走っている時に見た、みほを失った時のまほの横顔。

 文通も、戦車道に対する関心も、まほに恋したことも、全てはここから始まった。

 人は、きっかけがあれば強くなれたり、救われたり、愛したくなるものだ。

「――しょうがないなあ」

「え」

「一緒に飛び込もう。先にする? 後にする?」

「先に飛ぶ」

 過去の横顔は消え、今ここにあるのはまほの笑顔だ。

 

―――

 

 プールで散々動き回って、生まれて初めて高高度から落下したせいで、体力はごっそり

削り取られ、思い切り腹が減った。

 だからいつものカレー屋へ寄り、最近会ったばかりの店主の顔とご対面する。

「いらっしゃ――お、まほちゃんじゃないの! いやー、格好良かったよ! 今日は

サービスするね!」

「ありがとうございます」

 まほが礼儀正しく頭を下げる。このオヤジ、二度しか会っていないくせにちゃん付けとは随分とやってくれるじゃないか。

「780円甘口」

「私も780円サイズ、辛口でお願いします」

 席に着く。店主が「あいよ!」と、てきぱきとした動きでカレーを調理する。

 まほを見る。まだ水の名残があるまほの髪には、流れるような艶が店内で密かに光っている。

 カレーが待ち遠しいのか、キリッとした顔つきで店主の動きを眺めていた。

「あー、久々に空腹らしい空腹を覚えた気がする……」

「私もだ。よく遊んだ」

 体をぼんやりと動かす。

「今度は、みほとたくさん遊びたいな」

「それがいいよ」

 うん、と頷く。

「あ、みほといえば」

 まほが、青木に視線を向ける。

「その……手紙、読んでくれたか? 夏休みのこと」

 青木が水を飲む。

「読んだ……マジで?」

「ああ。お母様は、私をこんなに幸せにしてくれた男の顔が、見てみたいとのことだ」

「えー、大した顔してないよ僕は」

 困ったような、嬉しいように苦笑する。

「むしろ、迷惑をかけちゃった」

「そんなことはない」

 強く断言する。

「お前は、私を、西住家を救ってくれた。お前のお陰で私はみほに謝れたし、お母様もみほに

謝罪した――お前の善意が、ぜんぶ繋げてくれたんだ」

 エリカは、赤井が押してくれたのだろう。

 警察官を目指しているからこそ、善さを認められたことにたまらなく喜びを感じた。

「実家へ来た時は、是非とも歓迎する。大丈夫、堅苦しさはたぶん無いから」

「分かった」

 今年は、自分の実家へ帰れそうにもない。両親に事情は包み隠さず話すつもりだが、絶対に

驚愕とからかい交じりの質問責めが飛んでくるはずだ。

 やだなあ、と思う。こんなこともあるんだなあと、思う。

「楽しみだ」

 そして、店主からカレーが配られる。50%増量の準優勝おめでとうカレーだ。

 ありがとう店長、食えるかなこれ。まほはもう臨戦態勢だった。

 

―――

 

 その後は、時間的に丁度良かったので、例の恋愛戦車映画をもう一度見ることにした。序盤に

おけるお姫様ストーリーから一変、後半になってからの力押し物語は、青木やまほにとっても

痛快だったらしく、「いや、いい映画だ」とまほが総括する。

 今回はパンフレットを買おうかなと、青木が転売コーナーで関連商品を物色していると、

「……やっぱり、ああいうのは憧れるな」

「ああいうの?」

「ダンス」

 ああ、

 共感するように、青木が頷く。誰か一人の為に手をとり、自分の為だけに動いてくれる。

 それは、誰もが望む夢だ。

「きっと、」

 間を置く。

「きっと、見つかるよ。そんな相手が」

 意気地なしだった。

「そうか――そうだな」

 まほは、同意する。青木の顔を見つめながら。

 

―――

 

 空が夕暮れに染まっていく中、まほが「ちょっと寄っていこう」と、黒森峰学園艦で

一番(自称)の戦車道グッズ店へ入店する。

 入って早々、店主は「おっ」と声を出し、

「例のカップルじゃないの!」

 青木は「違います」と答え、まほは黙秘権を貫いた。

「……ありゃ、ひょっとして、あの西住まほさん?」

 まほが、「はい」と答える。戦車道の有名人に出会えたからか、店主が「おお、おお」と

声を張り上げ、

「いやあ、前は『まさかなー』って思ってたんだけど、そのまさかだった。気づかないなんて、

おじさん馬鹿だなあ」

 悔いもへったくれもなさそうな笑みとともに、

「よし、一品だけ三割引きしちゃうよ――準優勝、おめでとう!」

 まほが「ありがとうございます」と頭を下げる。青木は、困ったなあと笑うことしか出来ない。

 

 しばらくして、まほがグレーのミリタリージャケットを店主の元まで持っていき、一万円を

差し出す。店主が「じゃあ三割引きね」と嬉しそうにお金を受け取り、お釣りを差し出した。

 まほのものになったミリタリージャケットを手にしながら、まほは青木の所まで近づき、

「貰ってくれ」

 ドッグダグネックレスが光った。

「え……え? これ、僕に?」

「そうだ」

「お、おいくら?」

「一万ちょっと」

 青木が、「はあ?」と素っ頓狂に声を出す。

「そ、それは、高いよ」

 青木の言葉に抗議するように、片目をつむりながら「ん」とドッグダグネックレスを

指でつまむ。カッコつけて購入した手前、青木の言葉など押し込められる。

「借りは、必ず返す」

 そう言われてはどうしようもない。潔くミリタリージャケットを受け取り、試しに店内で

着替えてみる。

「ど、どう?」

 決して自己主張はせず、男としての存在感を引きだすミリタリージャケットは、青木の目から

見ても格好良いと思う。

 今は夏なので着られないが、秋になればシメたとばかりに愛用するだろう。だって、まほからのプレゼントなのだから。

「……青木」

 変な緊張感を覚える。今のまほは、テレビごしから見せてくれる真剣な表情そのものだ。

「――格好良いな。よかった、これでお揃いだ」

 今のまほは、憧れを手にしたような微笑を滲ませていた。

「ありがとう」

 青木が小さく頭を下げる。

「ありがとう、まほ。大切にする、一生」

「ああ。寒くなった時に、頼りにしてくれ」

 言いたいことを言い終えた後で、冷やかしと好奇心交じりの視線を察した。

 「あ」と振り返れば、店主が「やるねえ」と言わんばかりにニタニタしている。

青木とまほは、逃げた。

 

―――

 

 好き好んで過ごしていると、時間は早く過ぎ去っていく。

 これだけのことをしてきたんだなと、青木は薄暗い夕暮れを見上げながら思う。

 帰路につき、街の喧騒と別れてみると、土曜の終わりをしみじみと実感した。

 疲れたようで、そうでもない気がする。休日という力がそうさせるのか、或いはまほが

隣で歩いているからか――いずれにせよ、今日はもう遅い。

 生きてきて、一番遊んだように思う。心から楽しかった、なんてことは滅多に感じられる

ものではない。

「じゃあ、そろそろここで、」

「……待って」

 青木と、まほの足が止まる。

「公園のベンチに、座らないか?」

 青木は、黙って頷く。

 

 腰を下ろす。ノンアルコールビールも買わないまま、青木とまほは黙ったままでいる。

 何となく、青木はうつむく。自分の足しか見えない。

「……青木」

「うん」

「今日は、とても楽しかった。たぶん、生涯で一番楽しかったと思う」

「それは、良かった」

 うん、と青木は頷く。

「明日は、どうなるんだろうな」

「わからない」

 正直に言う。それが分かれば、まほもみほも母親も、傷を負わなかったはずだ。

「だな、私もそう思う――けれど、これから先は、前よりも楽しいことがたくさん

起こるような気がする」

 ちらりと、まほの横顔を見る。

 あくまで前を見つめながら、まほは緩く口元を曲げている。

「みほと仲直りをして、エリカからペン回しを教えられて、お母様も元の優しいお母様に戻った。これが、楽しくなくて何だというんだろうな」

「そうだね」

「……何より、お前と出会えたことが、心から嬉しくて、たまらない。正直に言うと、お前との

別れなんて、考えられない」

「僕も思う」

「私の弱さを見つけてくれて、受け入れてくれた。何度も言う、お前は西住流と同じくらい

大切な存在だ」

「ありがとう」

 青木は、心の底からまほに感謝する。

 そう言われただけでも、今日ここまで生きてきて良かったと思った。

「……それで、その、もう一つだけ、どうしようもない本音を言っても、いいか?」

「うん」

 まほの言葉を聞かせてくれる。

 それだけでも、青木は幸せだった。これが自分の生きる理由の一つだと、実感する。

「――戦車道を行う以上、誰しもは一回は考えると思う。自分こそ、一番の戦車乗りだって」

 同意するように頷く。自己肯定がなければ、道を歩めはしないだろう。

「私も正直、世界で一番の戦車乗りだと思っている。それだけ鍛錬を積んできたし、

実績も重ねてきた」

 その通りだと、青木は「うん」と返事をする。

「……だからな」

 まほの表情が変わる。

 ああ、そうか。

 やっぱり、まほは、

「みほに敗北した時、全国大会で優勝を逃した時、」

 まほは、誇り高き戦車道の猛者だから、

「正直、凄く悔しいって思った。何が悪いんだろうって、みほより何が

足りなかったんだろうって」

 まほは、西住流の為なら一人で強くなれる人だから、

「もう、黒森峰で優勝を狙えないんだなあって思うと、胸が張り裂けそうになって」

 まほは、みほの為なら自分のことを隠せるお姉ちゃんだから、

 

「何で、まけちゃったんだろう……」

 

 西住の名は、この瞬間から流れ星となって消えた。この地上で、まほという女の子が

涙を流していた。

 

 それでも、こんな時でも叫ぶことはなく、迷惑をかけないように声を押し殺して。

 ――青木は、まほの肩を抱いた。

 今は何も言わない。今は、まほの感情を思う存分溢れさせよう。

 まほの魂を、癒そう。

 

―――

 

 数年ぶりに、めちゃくちゃ泣いたと思う。

 みほには絶対に言えないようなことを言って、そのくせ、みほには聞こえていないだろうかと

心配になって。

 ――ここは、黒森峰学園艦だ。

 当たり前の事実に、未だ震える声でほっとする。

「――青木」

「うん」

「すまなかった。いきなり、泣いてしまって」

「いや、いいんだよ。むしろ、最後の後悔を吐き出してくれて、安心している」

 感謝するように、まほが「うん」と首を下げる。

 ――どれほどの時間が経ったのだろう。気付けば夕暮れは時に流され、満月がはっきりと浮かび上がっている。

「……周りは自然だらけの公園に、満月か……」

 青木が、意味深そうに呟き、

「あの映画みたいだね」

「ああ、」

 大草原の中、満月に見守られながら踊る、主人公とヒロインの場面を、今日見たばかりだ。

「……僕からも、本音、いいかな?」

「うん」

「僕は、これからもまほを見守りたいと思っている」

「うん」

「それで、まほからもっと大切に思われたいって、考えてる」

「うん」

 まほは、こくりと頷いた。

「僕も、まほのことをもっと好きになりたい。だから……」

 そこで、青木の言葉が詰まる。

「僕の言おうとしていること、わかる?」

「ああ」

「言わなきゃ、ダメ?」

「もちろん」

 笑えたと思う。

「……まほ」

 青木がベンチから立ち上がり、まほの前に立つ。

 すっと、優しく手を差し出し、

「僕は、君のことが好きです、世界一愛しています。――こんな僕でよければ、この手をとって、いただけませんか?」

 その言葉を、待っていた。

 だって、

「はい、こんな私でよければ。私は、あなたと――ううん。お前と、ずっと歩んでいきたい」

「ありがとう、まほ。僕は、これからも君を支えていく」

 言おう。

 青木にとって、最も望んだお礼を。

「私も、お前のことを支える。くじけそうになったら、私に頼ってほしい」

 まほは立ち上がり、右手と左手を、青木に預ける。

「青木――好きだ。大好きだ」

 足が左右に動く、そこに順序や脚本は存在しない。

 音楽が鳴らずとも、見渡す限りの草原でなくても、自分に身を合わせてくれる人が、

ここにいればそれでいい。

 

 これから先、たくさんの嬉しさや悲しさが待っていると思う。

 警察官になるのも難しいだろうし、プロの戦車道選手になるのだって、簡単なことではない。

 現実とは難しいことだらけだ。けれど、こうした優しさが世界に残されていることも、まほは

知っている。

 

 今はただ、好きな人と、

 今はただ、好きなように、

 

 黒森峰学園艦で、踊りましょう

 

 

 




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。これで、この話は終わりです。
沢山の評価やご感想をいただき、心の底から嬉しく感じています。
自分は西住まほというキャラクターからガールズ&パンツァーの世界にはまり、惚れました。
自分は恋愛小説が好きで、いつかガルパンキャラで恋愛模様を描きたいと思っていました。
そこでハーメルン様というサイトを知り、先輩たちが書いてくださった話を見て、
投稿しようと決意しました。

ガルパンという作品で恋愛小説を書くのは、本当に難しかったです。どうやって共感を得るか、
試行錯誤しました。
ですがこうして、受け入れてくださったことに深く感謝しています。
そして、前々からやりたかった、西住家の仲直りが書けて、ほっとしています。

もし機会があれば、また別のキャラクターで恋愛を書いてみようかなと考えています。
読者の皆様、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
そして、
ガルパンはいいぞ。

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