ページを眺める。
『○月×日、コンビニエンスストアで店員に対し、暴行を行った男性を逮捕しました』
先日も、黒森峰学園艦の平和は守られたようだ。西住まほはほっとして、ドッグダグネックレスを首にかける。
警察署のページを閉じ、ホーム画面へ戻れば、まほとみほとしほと、沢山の大洗の生徒達が笑顔で迎えてくれるのだ。
明日は、結ばれた日の画像にしようかな――
朝っぱらから上機嫌そうに笑うのは、ある人が「ここ」へ戻ってくるからだ。毎晩声を聞いてはいるが、やはり顔が見たい、愛を語り合いたい。
ドッグダグを指でつまみ、金属板がまほの顔を映す。こんなに良い顔が出来たっけと、自分でも思う。
昔はこんな感じじゃなかったのにな。
昔は――
夏休みへ入ったにも関わらず、青木は生まれて始めて帰省をすっぽかした。しかし親に事情を
話すと、非難どころか「やるじゃないか! ちゃんとやってこいよ!」と、この上なく感激された。実に面倒くさい。
まあ、しょうがないよね、と思う。
青木は今、まほの実家の前で呆然と突っ立っている。横に広く縦に高い屋敷が、平穏な
住宅地の中でしれっと建っているのが実に恐ろしい。普通なら、目を逸らして横切って
いくのだが、
「ここが、私の実家だ。そう緊張することはない」
無理だと、青木は首を横に振るう。広い屋敷という要素だけでもプレッシャーが凄いのに、
中身は「西住流」という戦車道の集大成が詰め込まれているのだ。
座るだけで即座に足が痺れそうだし、無礼を働こうものなら主砲が火を噴きそうな気がする。
しかも、この中には確実に「西住しほ」という「まほの母」が待っているのだ。
「大丈夫、お母様はお前を歓迎している。私を幸せにしてくれる男、と認めているんだぞ?」
いやでもなあと青木は弱音をたらたら吐く。西住家の正門前で怖気づいて数分が経過するが、
未だに一歩踏み出す勇気が沸いて出てこない。
まほが「困ったなあ」と表情を弱らせていると、
正門が開いた。
青木の覚悟とは裏腹に、しほがあっさりと視界に入った。
「声がすると思ったら……まあ、あなたが青木さん?」
声を出せないまま、青木が頷く。
「そう、あなたが。初めまして、私は西住しほ、まほの母です」
穏やかな笑みとともに、頭を深々と下げられる。
ここでようやく青木が日本語を取り戻し、「あ、青木です! こちらこそお願いします!」と、体育会のノリで礼をする。
「ああ、そんな、緊張せずに……ささ、上がって上がって」
導かれるがまま、青木は「お、お邪魔します」と玄関に上がる。まほは「ただいま」と
あっさり。
――広い。
たぶん、実家を食わせても物足りないんじゃないかってくらいデカい。ここで一人暮らしを
しようものなら、間違いなく怖くなって引っ越すと思う。
まさに「厳格な和風」を突き詰めて設計された西住家の屋敷は、西住流にふさわしい
総本山っぷりを青木に見せつけていた。
今時あまり見ない襖を開けてみれば、これまた一人では寂しすぎる広間に着く。目につくのは、テーブルが一つ。
「どうぞ、お座りになって。今、麦茶を出しますね」
ぱたぱたと、しほがキッチンへゆったり歩いていく。
――現状のところ、しほが普通のお母さんにしか見えない。
前までは、完璧な西住流の師範だったのだろうか、とすら思う。
「お母様は、とても優しくなった」
テーブル前に腰を下ろし、当たり前のようにまほが隣へ座る。
「全部、お前のお陰だ」
「いやいや」
青木は照れ隠しに苦笑するが、まほは言葉を変えない。
「お前の言葉が、私に、お母様に優しさを思い出させてくれた。――お前と出会ったことで、私は幸せになれた」
「……そっか」
嬉しそうに笑みを浮かばせるまほが愛おしくなって、青木はまほの髪をなでる。
受け入れるように、まほは青木の手をとっている。
「……離れちゃ、だめだからな」
「うん。僕も、まほがいなきゃだめだ」
今となっては、まほが自分の心を守ってくれている。
だから、青木も自信を持ってまほを支えられる。
「あらあら、お邪魔でしたか?」
麦茶が入ったケースと、コップが三つほど乗っているトレイを手にとりながら、しほが
「分かっていそうな」笑みをこぼしている。
青木とまほは緊急離脱する。青木の顔はすっかり真っ赤だが、たぶんまほも同じだろう。
「ささ、おばさんに構わず愛を語って」
「うるさいッ! お母様なんて!」
そう言われても、しほは「ごめんなさいね」と笑って流す。流石は大人だ。
「そんなこと言って、いずれは青木君と結ばれるのでしょう? 先に言うか後回しにするかの
違いだけよ」
それもそうだと、青木は頷く。
まほも、それはそうだけど、と黙る。
――間。
「ちょ、ちょっと待って……それって、けっこ、」
まほが青木の言いたいことを言いかけた瞬間、チャイムが鳴った。
まほが「しめた!」とばかりに玄関へひとっ走りする。緊迫しているような、高揚している
ような、この独特の空気に耐えられなかったのだろう。
しほは微笑ましくまほを見送り、その視線は必然的に青木へ移行する。割と大きなテーブル一枚を挟んでいるはずだが、距離感が全くもって伝わらない。
まほの親を前にして、うわあどうしようかなあと視線をちらちら逸らしていると、
「みほぉッ!?」
いち早過ぎる速度で、しほが獣のように立ち上がっては玄関へ突撃していく。途中で滑って
コケそうになるが、体勢を無理矢理整えて来客を出迎えに行く。
――今更ながら、青木の脳ミソが事を把握する。
みほ? 今、みほと言ったか?
警察官志望者の記憶力をフル稼働させなくとも、自然とみほの素性が氷塊していく。なぜなら、まほから何度も聞かされた名前だからだ。
「つッ、常夫さんッ!?」
命日となった。
―――
今日も夏真っ盛りに相応しい晴れ空の下、住宅街からは子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。
セミの止まらない鳴き声が、ここ一帯の平穏を伝えてくる。
事故も無く車がどこかへ通りすがっていき、今日一日も、明日も、世界平和が訪れることを予感させる。
そうやって物思いにふけっている青木の前には、西住しほ、西住みほ、西住常夫の仲睦まじい
三人組が、壁一枚も無いテーブルを間に挟んでご対面中だった。
――沈黙。
しかし表情は正直なもので、隣に座る常夫に照れが隠せていないしほ、明らかに気まずそうな
みほ、そして青木とまほを微笑ましそうに眺めている常夫。
隣へ視線を逃がしてみると、まほも狼狽しきった顔で、目を青木に泳がせている。
――何でみほと常夫が居るのかといえば、「サプライズ」で帰省したからだ。しかも被った
らしい。
驚かせるつもりだったのだろうが、あまりにも効果てきめんだったことは言うまでもない。
男として何か話題を提供しなければ、と思った。何を喋ればいいんだ、と迷った。
セミが他人事全開で鳴きまくり、いいなあ虫になりたいなあと割かし本気で思う。ああでも
虫だとまほと出会えないぞどうしよう。
「……あ、あの」
最初に先陣を切ったのは、みほだった。
「は、初めまして。私は西住みほ、です。お姉ちゃんの妹、をやらさせていただいています」
青木は、間抜けな声で「あ、はい」と返事をし、
「あ、は、初めまして、青木といいます。黒森峰学園三年で、まほさんとはお付き合いをさせて、いただいています……」
まほと話す以上に丁寧に、真剣に、まるでお見合いのような雰囲気で頭を下げる。
「お付き合いということは、彼氏さん、ですよね? ……知らなかった」
ちらりと、みほの視線がまほに刺さる。まほは「ぐ」とダメージを受ける。
「まあまあ、みほ。この年頃になると、色々とデリケートなのよ?」
ね? と常夫に同意を求める。常夫は――しほの夫か――その通りだとばかりに、にこやかに
頷く。
どうも、あまり言葉では表現せず、顔や態度で事を示すタイプらしい。
「そうなんだ。私だけが特に彼氏無し、仲間はずれにされちゃったー」
まほが「ぐぐぐ」とダメージをぶち込まれる。
「ま、まあまあ。西住さん、凄く可愛いから、彼氏はすぐ出来ると思う、よ?」
当てずっぽうなフォローを、正座込みで言う。
「本当ですか? それならいいんですけれど、まず出会いが……」
そこで、みほが「あ」と声を出す。
「そういえば、お姉ちゃんはどうやって青木さんと会ったの?」
めちゃくちゃ関心を抱いているのか、みほの目がこれまで以上に光る。まほは「そ、それは
だな……」と、言葉を紡ぎだせない。
こういうことは友人相手に話すよりも、肉親へ語る方が恥ずかしい。青木の両親は青木とまほの交際事情をよく知らないが、いずれは根掘り葉掘り聞きだしてくるだろう。将来は真っ暗闇だ。
「あ、うーんと、そう、文通、文通なんだよ西住さん」
「文通!」
とてつもなく興味を持ったのか、みほが年相応の明るい顔になる。
「その、まほ……さんは、」
そこでまほからの鋭い視線を食らう。
「……これは印象でしかなかったんだけどね。まほは、誰にも弱音を吐かず、遊ぶことも
あまりしないで、強く強く戦車道を歩んでいる感じがしたんだ」
みほから、明るさが消える。
「でも、そんな姿に僕は魅せられた。だからこそ、まほを少しでも楽にしたい、軽く
したくなって、ファンレターを出したんだ」
しほも常夫も、青木の話を黙って聞いている。
「……戦車道も良いけれど、たまには休んでくださいって。忙しいだろうし、返信は
難しいかなーと思っていたら……来たんだ」
にこりと笑う。
「まほも、僕の手紙に同意してくれたんだ。そこから、色々あって、こうして交際することになったわけ」
本当、色々なことがあったと思う。
まほを励ましたかと思えば、まほと出会い、デートもして、そして妹と向き合うために親と
電話越しでケンカをして、全国大会で負けて、素直に泣いた。
ここまで来るのに、数年はかかったと思う。
「だから、これからも僕はまほのことを好きになっていくよ」
その言葉を聞いて、みほが「そうですか」と微笑む。
「……やはり、青木さんしかいませんね。まほの結婚相手は」
しほがにこやかに言い、まほとみほと青木が「あ!?」と体を震わせる。
しほは既婚者であるし、娘想いだからこそ、誠実に幸せを口に出来るのだろう。
「お、お母さん! け、結婚ってことは、つまり……」
「お、お義兄さんになるのかなあ?」
青木がおどけるように言うが、まほが「バカ」と青木を小突いた。凄く痛い。
「そっか、そういうことになるのか……で、お姉ちゃん、式はいつ?」
絶対意地悪く言ったと思う。まほが「バカを抜かすな」ときつく反論した。
「絶対に呼んでくださいね」
常夫が、自分も頼むとばかりに親指を立てる。まずい、夢にまで見た現状であるはずなのに、
なんだか気まずい。
「まほ――最近のあなたは、とても幸せそうな声を出すようになりましたね。しかも、西住流と
してのまほも強くなった」
「――あの時は、頼れる仲間が多かったから勝てました。私が天才、島田愛里寿を倒せたのは、
その下積みあってのものです」
ああ。
大洗学園艦が再び廃艦危機に陥ったと知った時、まほは一時的に姿を消した。青木は、メールで『信じてる』と一言だけ。
生放送を見ていたが、大学選抜チームというエリートに対し、大洗を救うという一つの
目的の為に、他校という他校が集結し出した時は最高に興奮した。
もちろん他校も見事な奮闘を繰り広げていたのだが、その中でひと際強く戦っていたのが
黒森峰女学園の戦車隊だった。
退かず、しかし負ける為に前進するようなことはしない。勝つために主砲を放ち、次々と大学選抜チームに白旗を刺していく姿は、黒森峰女学園の強豪さを実感した。
――青木の元へ帰ってきて、「凄かったよ」と青木が感想を述べれば、まほはただ「敗北を
返してもらっただけだ」と一言。
なるほど。それは確かに、人を強くする。
「お姉ちゃん、凄くかっこ良かったよね」
「お前の力あってこそだ」
みほはにこりと、まほはくすりと笑う。
常夫は、満足そうに麦茶を飲む。
「……で、愛の力もあってあんなに強かったと」
バン! とまほが机をぶっ叩く。
「なんでこういう時にそういうことを言う!」
「え、納得しただけだよ」
まほ曰く、みほは人見知りをする傾向があるらしい。
しかし血の力とは偉大なもので、人見知りだろうが気難しかろうが、肉親の前では饒舌に、
本音すら漏らせるパワーが存在する。
――前の西住家は、こうではなかったのだ。その頃の西住家とはどういう姿を映していたの
だろう、自分ごときが想像出来るはずがない。
「くそ……楽しんでいるな?」
「お姉ちゃんに彼氏だよ? 妹としては嬉しくて嬉しくてしょうがないよ」
声にならない唸り声を上げながら、まほが逃げるように麦茶を飲む。終始にこやかにしていた
しほが、まほのコップに麦茶を注ぐ。
「で、これは純粋な疑問なんだけれど」
まほが、ヤケクソ気味に「ああなんだ言ってみろ」と言い放つ。その時、みほの表情に赤らめが生じていたのを見逃さない。
「……キスとか、したの?」
みーんみんみんみんみんみん。
青木、まほ、みほ、しほ、常夫が、同時に麦茶を飲み、コップを静粛に置く。
「ま、まだ」
まほの一言。
常夫が、「何!?」と言わんばかりの形相で青木を凝視する。上ずった声とともに、青木は
たじろいでしまった。
「常夫さん、落ち着いてください。――そうですか、まだ、ですか」
ふう、とひと呼吸つき、
「お母さんは、許しますよ」
全てを許容する母の笑みが、青木とまほを追い詰めた。
青木とまほが顔を合わせ、次に西住家を視界に置き、黙ったままでうつむいてしまった。
―――
「常夫さんかっこいいじゃないですかー!」
常夫がたははと笑い、しほは「やだやだ」と頬に手を当てている。しほと常夫がいかにして
結ばれたか、青木はまほの愛情たっぷりのカレーを口にしながら大真面目に聞いていた。
「お代わりはまだあるからな」
「ありがとう」
まほも自作のカレーを食しつつ、しほの惚気話をふんふんと耳にしている。みほも初めて
聞いたらしく、顔を赤くしつつも決して聞き流そうとはしない。
「そう、こうしてカレーを作るようになって……コゲちゃっても、常夫さんったらおいしいって
言ってくれて」
未だに口にするのも恥ずかしいのか、しほがやんややんやと口元を曲げている。常夫は
「いやあ」と言うたげに笑い、青木も男として共感し、「かっこいい」と称える。
――昼間は何だかんだあったが、元はと言えば西住家からは歓迎されている身だ。だから自然と笑って済ませてしまい、そこからは雑談感覚で「まほとはこんなことがあったんですよ」と、
これまでのことを話した。勿論、まほとは目で許可をとって。
しほもみほも常夫も、どこか安心したような顔で青木の話を聞いてくれた。まほも、
「この人以上の人とは、もう会えない」とまで宣言して。
そうしてそれぞれの思い出話に花を咲かせていると、いつの間にやら夕暮れ。つまりは夕飯の
時間となったので、家族総動員(青木は仮)でスーパーへ出向き、カレーの食材を購入しては、
他愛のない話とともに帰宅していった。
――で、当然ながらまほもエプロン姿で張り切り、ここで青木が「かわいい……」とかほざいたものだから、まほに「じろじろ見るな!」と怒られた。みほも「かわいー」と煽り、まほは
「くっそ……!」と愚痴りつつキッチンへ。
こうしてまほとしほの愛情カレーが誕生し、青木とみほと常夫は「いただきます」の流れから、「うまい!」と感謝した――後は話の流れで、しほと常夫の青春時代を拝聴することに
なったわけだ。
「やっぱり、西住家の人と恋をすると、色々あるんですね」
「はい。恋を認めてもらうために、私は母と決闘し、勝利しました」
ということは、公園での決闘宣言は血の繋がりによる必然だったのかもしれない。
やっぱり、家族とは切っても切り離せないものだと思う。
「……ということは、私もいずれはお母様と?」
「師範を継ぐのであれば、そうなるでしょう」
多少緊迫した空気になるが、またしほは柔らかく笑い、
「ですが、今のあなたは強い。いつかは追い抜かれてしまうでしょうね」
その時は、しほは普通の母として振る舞える。
継承とは、その人を信じて全てを託す事だ。そこに悔いはない。
「……お姉ちゃん」
「うん?」
「その、本当にいいの? お姉ちゃんだけが、西住流を」
「だけ、じゃないさ」
まほが、隣に座る青木を横目に見る。
「今の私には、青木という心の支えがいるからな」
ドッグタグネックレスは、ここでも外さない。まほの表情のように、きらりと光る。
「そっかー。あーあ、私も彼氏欲しいなあ」
「出来るさ。私の妹なんだから」
「うー、余裕そうですねーおねーちゃん」
してやったり感を全く隠すことなく、まほは勝ち気に笑う。
「私はお姉ちゃんより一個下ですー、お姉ちゃんより遅いってことはないんですー」
「そうかそうか」
言うだけ言っていいぞと、まほが頷きながらカレーを食う。みほは頬を膨らませながらも、
まほとしほ作のカレーを味わっていた。
――しほは、そんな姉妹のやりとりを眺め、微笑んでいる。その雰囲気のままで、しほは青木に目を向けて、
「青木君」
「なんです?」
「こうしてまほとみほが仲良く会話してくれて、私は本当に幸せです。
――ありがとうございます」
しほが、小さく頭を下げる。常夫も、敬意を払うように頷いた。
「そんな……何度も言っていますが、僕は何もしていません。まほが、西住さんと
仲直りすることを望んだんです」
「……まほは不器用ですから、一人ではどうしていいか分からなかったでしょう。そんなまほを、あなたは救ってくれました」
しほが、麦茶を一口飲む。
「あなたこそまほに相応しい人です。――私は、私たちは、いつでもあなたを歓迎します」
みほが、首を小さく縦に振る。
「私からもお願いします。お姉ちゃんを、これからも支えてあげてください」
「……はい!」
まほは何も言わずに、青木のコップに麦茶を入れる。
「あ、あと、私のことはみほでいいですよ」
「分かった、みほさん」
「じゃあ、私は青木さんのことをおにいさんって呼びますね」
まほが激しく咳込み、戦車道の目つきでみほを睨む。
みほは、してやったり感を隠さずにカレーを食べていくのだった。
夕飯を完食し、青木が「洗うの、手伝いますよ」と立ち上がろうとしたところ、まほとしほに
止められた。
最初はこれで良いのかなと思ったが、二人並んで食器を洗っている後ろ姿を見て、青木はこれで良いんだと考えを改めた。
後は、テレビをつけて大洗女子学園対大学選抜チームの対戦特集番組を眺め、みほが「私が
映ってるー!」と恥ずかしがった。常夫は親として熱心に視聴していたし、青木も「みんな
凄いなあ」と感想を一言。
食器を洗い終えたまほとしほも広間に戻ってきて、凱旋気分で特集番組に注目する。
まほが敵戦車を撃破するたびに、青木が「やった!」と叫び、まほに「こら」と控えめに
怒られる。
みほが敵戦車に勝つたびに、しほが「流石ね、みほ」と称賛する。みほは、恥ずかしくも
嬉しそうに笑う。
みんな、誰かの為に頑張れるのだと、誰かを支えられるのだと、青木は番組を通じて
改めて思う。
自分は、決して特別な力を持っているわけではない。元々持っているだけの勇気を、まほに
捧げただけのことだ。
その勇気は、テレビに映っている戦車道履修者の心に秘められていて、まほにもみほにも
しほにも常夫にもその強さがある。
だから、テレビの前で西住家が好きに笑いあっている。それは普通のことだけれど、西住家に
とっては、もう手放したくはない宝そのものだった。
ほっと、一息つく。
良かった。
「……青木」
「うん?」
「……なんでもない」
「そっか」
―――
特集番組が終わった後は、何となく警察官になる夢を話して、西住家から応援された。
夢がかなった際は、西住家総動員で祝いに来るという。これはもう引き返せないなあと、青木は笑った。
「――もう、すっかり遅くなったな」
「そだね、何だか疲れちゃった」
みほがあくびをして、まほもつられて声を出す。
緊張して、笑って、恥ずかしがって、煽って、煽られて、今日一日で沢山の感情が
溢れたと思う。
外を見てみると、星空が瞬く夜空が本土を照らしている。セミの鳴き声もいつの間にか
止んでいた。
夜遅くだと感じると何だか眠くなってきた。背筋を伸ばす。
「じゃあ、僕は寝ようかな……お邪魔でしたら、別の部屋で寝ますから」
しほと常夫が無表情になる。四つの目は青木に刺さっていて、何か失言でもしたのだろうかと
青木が戦慄する。
「……まほの部屋で、二人で眠るんじゃないんですか?」
当たり前のように、しほが言った。
当たり前のように、常夫が頷いた。
「あ、なるほど。あ?」
失礼むき出しの声だった。
「お、お母様!? 何言ってるんですか!?」
「え、おかしいことは別に……交際しているのでしょう?」
たぶん、しほは過去の体験を元に断言しているのだと思う。
まほは顔を真っ赤に、口をあんぐりと開けたままだ。
「そ、そんな、いくらなんでも」
青木があたふたと抗議するが、しほは「交際しているんですから問題はありませんよね?
嘘偽りではありませんよね?」と優しい目で訴えてくる。
青木は、完敗するように「はい」と返事をした。
「……まほがいいなら」
まほは、人差し指で自分の額をとんとんと叩いている。みほは、実に興味深そうにまほの回答を待ち望んでいた。
「……寝るか、一緒に」
不眠が決定した瞬間である。
常夫は実に嬉しそうに微笑み、しほは「懐かしいわねえ、常夫さんと二人きりで眠った時は
どきどきして……」と惚気話をスタートさせていた。
――まほの決定をしかと聞き入れたみほは、
( ^ー^)b
姉を誇らしく思うように、親指を立てていた。
―――
まず、まほの部屋に案内された時点で緊張感が爆発したし、寝間着姿のまほの姿を見て眠気なんかすっ飛んだ。
恋人の部屋だから――ということで一瞥してみたが、第一印象は「生真面目」だった。
本は背の順番で並んでいるし、学習机にはでかい砲弾一発しか乗っていない。ポスターの一枚も貼っていなければ、CDらしいものも見当たらなかった。
およそ娯楽品らしいものは、青木の目では視認出来ない。本も戦車に関するものばかりで
あって、改めて、まほは戦車道の申し子なのだということを痛感する。
「……何もないよな」
感づかれたのか、青木は目を逸らしてしまう。それでもまほは笑ったままで、
「実家はこうだが、寮は最近、賑やかになったんだぞ」
そうなの? と青木は目で質問する。
「おいしいカレーの作り方、という本を最近買った」
青木の口が開く。
「ファッション雑誌もたまに購入するし、みほに影響されてくまのぬいぐるみも部屋に
入れてみた。可愛いものだな」
何度も見せてくれた微笑を、青木に向ける。
「そして――これは、目に見えるところに置いている」
ドッグタグネックレスのチェーンを掴み、それを机の上に置く。
「何も心配しなくていい。私は――楽しく生きているからな」
青木の両肩が、すとんと落ちた。
「……ああ」
まほの肩に手を乗せる。まほは、うん、と応えた。
改めてまほに対して安心感を覚えた青木は、まほのベッドの中で眠れずの夜を過ごしていた。
枕は二つ並べておいたが、元々一人用のベッドだ。全くもって距離などは稼げない。まほの背中が青木の背中とぶつかっている。
すごく恥ずかしいし、とても嬉しいし、かなり興奮しているし、ぜったいに眠れそうにない。
こんなの、初デートの前夜以来だ。
「……起きてる?」
「起きてる」
即答だった。
まほは、強い乙女心の持ち主だ。こんな状況になれば、青木と同じく眠れなくなって当然だ。
「何だろうな。こうして、男の人と一緒に眠るなんて思いもしなかった」
「僕も、女の子と眠るなんてね。人生って分からないね」
それも、単なる知り合いとかそういうのではない。互いを求め、想いあっている仲だ。
だからこうして部屋に案内されたのだし、何の抵抗も無く一緒に横になっている。
何か気の利いた一言でも思いつきたかったが、「好き」とか「愛してる」ぐらいしか
発想出来ない。それは何度も言った。
時々、まほが思いついたように動く。そのたびに背中同士がこすれ合い、まほが近くに
いるのだということを思い知らされる。
――もう、まほとの関係は進むところまで進んだ。
足りないものは言葉ではない、行動だ。
「……まほ」
寝返りを打ち、まほの後ろ髪が目に入る。まほは恥ずかしいのか、そのままで「何だ」と言う。
「いい、家族だね」
「ああ」
暖かさがこもった声だった。
「もっと、色んなことを話したい」
「いいんじゃないか」
「もっと、西住家の期待に応えたい」
「応援する」
まほのショートヘアを、そっと撫でる。まほは抵抗しない、ただ「うん」と受け入れるだけ。
「まほ」
「うん」
「必ず、警察官になるから」
「ああ」
しっかりした声。
「西住流にふさわしい男になるから」
「ああ」
優しい声。
「だから、結婚しよう」
「うん」
まほの声。
まほはゆっくりと青木に体を向けて、物欲しそうな表情で青木を見つめている。
星に照らされたまほの瞳が、泣きたそうに揺れている。不安げに、口が小さく開いている。
まほの感情を受け止められるのは、自分しかいない。自分の溢れんばかりの想いを受け取って
くれるのは、まほしかいない。
だから、青木とまほは顔を近づけて、唇と唇を決して離さない。好きという気持ちを絶対に
手放さない。西住まほは僕だけの女性だ。
まほが青木の体を抱く。もう離れ離れにはさせてもらえない、それがひどくたまらない。
その後は――眠った。
―――
――そんなこともあったっけ。
まほは少し声に出して笑い、次に早朝らしい冷えた空気を吸い込む。
よし。
まほは西住家の屋敷から出て、だだっ広い中庭へ堂々と歩む。そこで待つは、朝八時から西住流の極意を掴もうとする多数の門下生と、山のような数の戦車だった。
「おはようございます!」
門下生全員が同時に挨拶し、頭を下げる。
「おはようございます。今日も、私が西住流とは何たるかをあなた達に教え、導きます。宜しい
ですね?」
「はい! 師範!」
―――
師範としての仕事が終われば、次に行うは夕飯の支度だ。普段は世話人にやらせるのだが、今日は自分でやると世話人を休ませた。
最初は疑問に思っていた世話人だったが、察すると、「頑張ってくださいね」の一言で
帰っていった。
さて。
今は、カレーをぐつぐつと煮込んでいる。味は甘口、最低でも六人分は確保してある。
まほは、カレーをお代わりするタイプだ。
「お母さんが作るのって、いっつもカレーだな」
後ろから茶化される。
「いいじゃないか。お前だって、好きだろう?」
「好きだが、もう少しレパートリーを増やしてほしい。飽きる」
「世話人にはいろいろと作ってもらっているだろう?」
「世話人は世話人、お母さんはお母さんだ」
随分と大人っぽいことを言うものだ。誰に似たのやら。
「わかったわかった。今度は、ハンバーグを作ろう」
「やった」
心底嬉しそうにガッツポーズをとる。
やっぱり小学生だと、可愛い愛娘だと、笑みが零れ落ちる。
「ハンバーグか、エリカに電話してみるかな。あいつの得意料理だし」
携帯を取り出し、赤井エリカに『時間がある時に、ハンバーグの作り方を教えてくれ』と
メールを送る。
カレーが完成し、火を止める。後は、
玄関の戸が開く音がした。
「おっ、帰ってきた!」
娘が全力ダッシュする。
それに負けてたまるかと、表情を明るくしながら「家族」を出迎える。
「ただいまー」
グレーのミリタリージャケットを着た男が、まほが最も目にしたかった人が、今、帰ってきた。
だから、
「お勤めごくろうさまです、あなた」
軽く敬礼し、さあカレーだカレーだと手を引っ張る。娘が「おつとめごくろう!」と偉そうに
言い、男は「ありがとう」と微笑むのだ。
――文通は、もうしていない。
これで、黒森峰学園艦で躍りましょうは本当の意味で終了です。
本当は本編で終了だったのですが、沢山の後日談希望のご感想をいただき、こうして書かせていただきました。
皆様、本当にありがとうございます。
蛇足にならないよう、メタルを聴きながらああしてこうしてと書いて、エンディングを
確立させたつもりです。
ちなみにエリカの話とまほの話を同時に投稿したのは、
「この話は既に完結しているから、一気に終了させたかった」という理由と、
「ここまで見てくださった読者様へのサプライズ」という動機があります。
この話が蛇足にならないように、読者様が楽しめられるように、心から祈っています。
ご感想、ご意見などは、いつでもお待ちしています。
では、最後に、
ガルパンはいいぞ。
まほは最高だぞ。