黒森峰学園艦で躍りましょう   作:まなぶおじさん

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お母さんと話しましょう

地元の人間に「西住さん家ってどんな感じ?」と聞くと、十中八九「城」と答えるほど西住の名はデカいし、西住しほが地元を出歩くだけで一週間は話題になるほど、しほは

この地における有名人である。

 勝ち負けがギラつく戦車道有名人ランキングの中でもしほの名は必ず上がるし、戦車道委員会の男どもでも「あの人の目には敵わない」と評する程には強い。

 こうした団体には何らかの不正がつきものだが、待ってましたとばかりに該当者はしほの手でつるし上げにされる。その功績を称えられた際に「西住流に妥協無し」とコメントしたのは、関係者の間では有名な話である。

 しほ本人も名門黒森峰学園の卒業生であり、もしもの日が来たら戦車をバリバリ動かせる程の知識と熱意が蓄えられている。

 まさに戦車道を闊歩する為に誕生した女傑であり、是非味方にしたいと勧誘してくる大人の手は数多だった。そんな権謀術数の日々を乗り越えながら、今日もしほは家の座布団の上で麦茶を

飲むのだった。

 ――ここぐらいなものだ。心から落ち着ける場所は。

 しほとて無限の体力を持っているわけではない。だからこそ、休む場所はここだと決めている。

 使用人はいるが、あくまで使用人は使用人だ。一人で休憩をとり、孤独に仕事のことを考えるのもとうの昔に慣れた。数年後もきっと、このままなのだろう。

 

 そこで、テーブルの上に置いておいた携帯が震える。着信音は鳴らさないタイプだ。照らされた液晶画面を見ると、「西住まほ」の名前が表示されている。

 時刻は平日の昼――今頃は昼休みなのだろう。

 それにしたって、こんな時間から電話を掛けるとは珍しい。何かよくないことでも

起こったのだろうか。

 しほは携帯を手に取り、受信ボタンを押して「はい」と答える。

「はい、まほです」

「こんな時間に珍しい、どうしたのですか?」

「はい。今週末、街に遊びに行こうと思いまして」

 しほは「なんだ、そんなことか」と頭でぼやきつつ、

「それくらいなら、私に連絡など必要ありません。気分転換は私だって行います」

「はい。街へは、友達と遊びに行きます」

 しほがまばたきをする。

「友達、ですか。なるほど……まほの口から、友達とは。良かったではありませんか」

「はい」

 楽しそうな感情を口から漏らさず、あくまでまほはまほらしい声を出すだけだ。

「それで、お母様」

「なんでしょう」

 

「そ……その……」

 

 まず、まほは無駄口や躊躇いを一切呟かない。

 戦車道の試合結果をレポートのように報告し、道に迷えば躊躇もなく教えを乞い、西住みほの

転校を「みほの選んだ道です」の一言で済ますような、あの西住まほが「そ……その……」と口にしたのである。しかも、明らかに照れの曇りが生じていた。

 戦車道の女性としての経験ではなく、二児の母としてのカンが久々に稼働する。

 友人と街へ行くこと自体は問題は無い、まほはサラッと伝えていた。となると

壁はそこではなく、「その友人は何者だ?」という点に尽きる。

 まほは決して人見知りではない。インタビューには平然と答えるし、今日も明日も黒森峰戦車隊の面々に囲まれるはずである。恥ずかしがり屋が隊長など務まるはずがない。

 そこで母の脳ミソが否応なく答えを導き出す。

 黒森峰戦車隊は全員「女性」である、女性しかいない。女性と付き合うのには慣れている

はずであり、照れているということは女性と対なる存在と接しようとしているわけで、

 

「男性の方と、街へ出かけても、いいでしょうか」

 

 ほらきた。

 しほは感極まったように両目をつむり、仰ぐ。

 そうか、

 そういうふうに育ってきたのか。

「……どこで知り合いました?」

「手紙、ですね。私はテレビや雑誌での露出が多いものですから、そこから私のことが知れたの

でしょう。『戦車道も大事だが、自分の精神の方が大事』という文章を書いていただき、感激した

私は、その、文通をはじめまして」

「なるほど」

「その人は黒森峰学園出身で、警察官を目指し、日々鍛錬するような真面目な

性格をしています」

「ふむ……それは安心ですね」

 安堵するように、麦茶を一杯飲む。

 どうやら、まほもちゃんと異性を選ぶ目があるらしい。

「それで……まあ色々あってその殿方とデートをすることになったと」

「はい……」

 まほから、久々に女の子らしい声を聞いた気がする。

「異性と遊びに興じる、それは構いません。私も、若い頃はだいたいそんな感じでした」

 脳内で常夫との初デートをちらりと思い出しつつ、

「それでまほ、質問があるのですが」

「はい」

「イケてる服はありますか?」

「いいえ」

「ファッション雑誌は?」

「いいえ」

「アクセサリーの類は?」

「いいえ」

「純粋な遊びの趣味は?」

「いいえ」

「私の娘ですね」

「はい」

 わかっ「て」た。

 数年ぶりに、二児の母らしいことをしてやろう。しほは首をこきりと鳴らす。

「まほ」

「はい」

「放課後の予定を空けておきなさい」

「はい」

「ファッション雑誌代、デートスポットガイドブック代、服代、デート代、これらを

消費するであろう予想範囲内まで振り込んでおきます」

「いいです」

「まほ」

 ぴしゃりと、威圧感を込める。

「西住流に妥協無し。着飾ることが正しいこともありますし、その彩り方にも様々な道が

存在します。そして、殿方ばかりに負担を強いることは、西住家への風評被害にも繋がります」

 人差し指が、携帯の裏側にとん、と置かれる。

「自分を魅せようとした結果、お金がかかることはよくあることです。――まほ、デートを

楽しんできなさい」

 まほから「はー……」と声が漏れる。

「意外、ですね。お母様が、ここまでの寛容の態度を示すとは」

「母親ですから」

 みほとまほが生まれる数十年前に、同じようなやりとりをしたことがある。たぶん、どの生まれでもこの流れは変わらないだろう。

「それでは、お金を振り込んできます。放課後になったら、しっかりと装備を揃えるように」

「はい」

「……まほ」

「はい」

「良かったわね」

「はいっ」

 戦車道の気が、一切感じられない砕けた声。

 そうさせた男の顔というものを、一度見てみようかと思う。

「そろそろ授業が始まります。失礼しました」

 通話が切れる。

 ふう、と息をつく。

 もう一度麦茶をコップにつぎ込み、それをゆっくりと飲み干していく。

 あと少しで暑くなる。

 どうしても季節は変わる。しほの世界もまた、変化する。保守的に生きようとしても、抗えないものはしょうがない。

 麦茶の入った容器を冷蔵庫にしまい、コップを洗う。

 そのままサイフを持ち、家から出ようとして、気が抜けていたせいか半分コケかけた。

 

――――――

 

 銀行に軍資金を十万くらい振り込み、帰宅後といえば次の資料の流し読みをしつつ、まほのことを気にしてばかりだった。

 買うべき雑誌は把握しているのだろうか、服は相応のものを購入したのだろうか。

 服の選出は戦車の選択並に難しいと思う、自分の体形と顔とキャラに見合っていなければ

チグハグになってしまうからだ。

 ファッション雑誌は、そうした服のセレクトを手助けはしてくれるだろう。だが本人の感性と

キャラが一致するとは限らない、理想的な服を選んだつもりが一発白旗という可能性も

大いにありえる。

 じゃあ母がアドバイスを送ってみるか? という判断はいの一番に抹消しているのだった。

 

 気になろうが悩もうが笑おうが時間は過ぎ、暗くなるのが遅い夏でも星が見え隠れ

してきた頃に、

 メールの着信音が響いた。

 その反応の速さは新記録で、「西住まほからメールが届きました」の通知を人差し指で

真っ二つにする。

 

『ファッション雑誌をいくつか買い、自分に似合うような服をなんとか選出してみました。いかがでしょうか』

 

 添付された画像には、デニムと白いシャツ、黒いカジュアルジャケットでまとめ、鏡の前で視線をそらしながら携帯でカメラを撮っているまほが映っていた。

 

 ああ――

 可愛い子だなぁ。

 

――――――

 

 『凄くまほらしくて、似合っていますよ。デート、楽しんできてくださいね』

 そう返信して、しほはつかえたものをひと呼吸で追い払う。

 戦車道を極め、西住流の跡取りとして育って欲しいことは確かだ。だが、女性としての幸せを

望んでいるのも間違いはない。

 そこだけは、母として絶対に譲れない。

 さて。

 しほは携帯に手を取り、アドレス帳から「西住常夫」のデータを引っ張る。

 

「あ、もしもし、常夫さんですか? 聞いて、聞いてください。実はまほが、あのまほが、今週末にデートをするんですって! 驚きましたか? 私も驚いています。何だかどきどき

しちゃって……あ、あの子ったらデートに着ていく服装を買ってきて、画像まで送ってきたんですよ? 早速送りますね、まほったら私に似て――」


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