黒森峰学園艦で躍りましょう   作:まなぶおじさん

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変わってみましょう

「ほー」

 文武両道の授業が終了すれば、生徒どもは建前など未来に託して好き勝手に行動し始める。

 週明けであるから、大抵の話題はといえば「休日に何した?」だ。

 特に接点の無い生徒は「新しいCDを買った」と言っているし、将来はランナーに

なりたいらしい生徒が「記録を更新した」と自慢している。

 そして、この学園艦で一番慣れ親しんだ赤井は、青木のノロケ話を「やるじゃん」な顔で聞いているわけだ。

「まあ、結構、いい感じだったんじゃないかな? 勇気を出せばいけるね、勇気があれば」

 まほの名誉の為に詳しいことは口にしないが、成功したという空気は察してくれているようで、赤井は「すげー」だの「このやろー」だのと小突いてくる。

 青木の机の前にある席は空いていたが、赤井は一度もそれに座ったことはない。何だかんだで

真面目だった。

「そうか、勇気かー……お前にそんなのがあったんだな」

「あったんだよ」

「いいねー。で、何処まで進んだの?」

 やっぱり聞いてきた。

 赤井は嫌らしくにたにたと笑っているが、デートした以上は避けられない質問であるし、予想もしていた。

 頭の中で話していいか秘密にすべきかの二択に唸ったが、結局は、

「秘密にしろよ」

「わかってるって」

「絶対だからな」

「俺がそんな軽薄な奴に見えるか?」

「見える」

 赤井が、まったくへたこたれた様子がない顔で「えー」と抗議する。

 元はと言えば赤井のアドバイスのお陰でここまで進めたのだ。土産話の一つや二つは

貢がなければなるまい。

「……手、」

「て?」

 赤井がにやりと笑う。赤井は軽いが決して愚かではない。お前の口から言えと目で促す。

「……まほさんと、手、繋いだ」

「ほっほー」

 やっぱりかと、赤井はうんうんうんと小さく頷き、

「まほさんッ!? おまっ、今、」

 赤井の声が裏返る。何だこいつと周囲の生徒から視線が降り注ぐ。

「でかい、声でかいって」

「あ、すまん」

 悪い悪いと、赤井が笑ってごまかす。生徒達の興味はすぐに失せたのか、それぞれ元通りの話題に戻っていく。

「……お前、名前で呼ぶようになったの?」

「まあ、ね」

「じゃあ、西住さんも?」

「うん、君付け」

 それを聞いて、赤井が自分のことのようにはしゃぐ。拳を作りながら、すげーすげーと

盛り上がってくれている。

 赤井がそうなるのも無理はない。西住まほは黒森峰女学園の有名人であり、黒森峰の星なのだ。そんな立場の人物から特別な呼び名を与えられれば、本人は勿論、知り合いだって当事者のように騒いでも仕方がない。

「……はー、すっげえなあ。この数週間だけで、お前結構変わったんじゃね?」

「そうだなあ、変わったな」

 変わった、かなり変わった。

 女の子と仲良くなって、女の子と手を繋ぐという夢も叶え、財布も大分軽くなった。文通も未だに続けている。

「いいねー、嫉妬しちゃいますわ。俺もいつか、逸見さんと手ぇ繋ぎてえなー」

「そうか。まあ、応援するよ」

 流石の赤井も恋愛の難しさを受け止めているようで、面倒くさそうに鼻で息をつく。

「――ちょっと待て」

「え、何」

 しみじみとした空気に意識が持っていかれそうになったが、まだまだ健康体の脳ミソが赤井の

言葉を捕まえた。

「お前今、逸見さんって言わなかったか?」

「言ってねーよ」

 あ、やべ、と言うたげに目を逸らす。青木は「西住まほとデートしたことを、友人に話した」という大義名分のもと、赤井から視線を絶対に外さない。

「んだよ、言えよ」

「気のせいだって」

「警察官志願者は記憶力を鍛えるんだぞ」

 決まった。

「うわー、ずるいなー警察官目指してるなんて」

「うるせーよ、話せよー」

 観念したのか、いつかは話すつもりだったのか、赤井は「あー」と首を鳴らす。

「そだよ、逸見サンのこと好きなの、ボク」

「逸見さん……ええと、確か、黒森峰戦車隊の副隊長、だよな?」

「そうそう」

 最近は戦車道に興味を持ったから、せめて自分の学校の戦力については

大まかに把握はしているつもりだった。

 ということは年下か。次に重要なのは、

「どういうところが好きなの」

「顔と性格」

「どういう性格なの」

「結構気が強いみたい」

 みたい、ということは直接話した経験はないということか。

 どこで性格を知ったのだろう。

「まあ、きっかけは、顔が好みでさ、性格はあとで知った。でもってますます好きになった」

「ほー。で、どうしてそこまで逸見さんのこと知ってるの。会った?」

 いや。赤井は首を左右に振るう。

「お前と同じ手段をとって、そこから情報を得た」

 一瞬「なんだっけ?」と首を捻る。大真面目に分からなかったのだが、「あ」と何の脈絡も無く発想する。

「文通か」

「そう。といっても文章の書き方なんて知らんから、雑だけどな」

「僕もそうだけど、まほさんとは進展したよ」

「お前はまじめだからな、俺はどうなるかなー……」

 腕を組みながら、赤井がどうにもならんといった感じで苦笑する。

「実際、どうよ? プラス? マイナス?」

「いやあ、それがな」

 青木が小さく頷く。

 

「凄く喜ばれたよ。こんな風に気遣われたことはないって、はっきりと書いてあった」

 

――――

 

 昼休みになる。

 背筋を伸ばす、戦いは終わった。

 流石の名門黒森峰女学園でも、この時間帯になれば教室全体の力が瞬く間に抜ける。授業中の

治安が確立しているからこそ、その反動で生徒達は「あーやすみだー」とか口にするのだ。

 黒森峰に選ばれし生徒は邪悪を嫌い、確固たる将来を抱いている者も少なくはない。しかし

真面目故に疲れやすいので、休める時は徹底的に休むのも必然であった。

 

 さて。

 この教室には、同級生であり、黒森峰の星でもある西住まほが居る。戦車道を語る上で外せない人物であり、黒森峰戦車隊の一員として心から尊敬している。人をよく見ているのか、この前は「お前は履帯の破損をよく見てくれている」と、自分のことを評価してくれた。

 そんな聡明さがあるからだろう。周囲も、まほには気安く触れたり話しかけたりはしない。

 成績も優秀で、素行にも妥協が無い。これも西住流なのかなあと、自分には無理だなあと思っていたのだが、

 

 最近、西住まほはちらりと変わった。

 

 これは周囲も気づいているのだが、まほは、授業中以外はドッグダグネックレスをつけるようになった。ジャーマングレーの制服だから、金属色が相性良く光る。

 よほど大切なものらしく、授業が終わればすかさず首にかける。後はそのまま、読書をするか

予習をするかどこかへ出かけるか。

 様々な憶測が教室内に乱立したが、最も注目したのは「誰から貰った?」という点だ。

 もしかしたら家族からかもしれないし、妹である西住みほからプレゼントされたのかも

しれない。しかし年頃の学生の発想はといえば、「まさか男か?」だ。

 決してありえない話ではない。まほは容姿端麗であるし、中身も文武両道だ。女性からも憧れの的として見られるというのに、異性ともなればあの手この手でまほのことを意識させようと

するだろう。

 だからこそ、ネックレスをプレゼントした何者かは凄い奴だと思う。まほが自分で

買ったのでは? という可能性は面白くないので除外されていた。

「さてと」

 カレーパンを食べ終え、次に鞄から取り出したるは小説だ。カバーはかけていない。

 まほ以外のほとんどの生徒は、まほのアクションにさりげなく注視する。あくまで

雑談しながら、本を読みながら、机に座りながら。名門黒森峰女学園の生徒は、こういうところも優秀なのだった。

 この前まで、まほが教室で開く本はといえば、教科書やノート、戦車道に関する書物だった。

 遊びがないなあ、すごいなあ、と周囲から尊敬されていたのだが、

 

 今、まほが読んでいるのは有名な恋愛小説だった。

 

 活字ならまだいい。まほと活字の組み合わせは鉄板であると考えるし、「やっぱり」とも思う。

 しかし、よりにもよって恋愛小説である。

 一見すると戦車道とは何の関係も無いジャンルであり、思春期らしいセレクトだからこそ、周囲は「マジで?」と身構える。

 しかも恋愛小説は読み慣れていないらしく、無表情からも熱っぷりよく伝わる――時々、

羨ましそうな、何かを望んでいるような、寂しい表情を見せることもあった。

 いつ、興味を抱いたのだろう。それを知る術はないが、隊長も人並みの女の子なんだなあと

どこか安心する。

 

 チャイムが鳴る。まほはドッグダグネックレスを外し、カバーをかけていない恋愛小説を鞄にしまい、教科書とノート、筆記用具といった学生の武器を机の上に揃え、真正面から昼休み明けの

授業を受けようとするのだった。

 

―――――

 

 黒森峰女学園における戦車道は、とにかく実力主義な面が挙げられる。

 優秀であれば二年生でも副隊長へ昇格するチャンスが得られるし、ついていけないなら三年生が二年生に見下されることもある。

 だから、逸見エリカはいつも堂々と生きている。エリカは黒森峰特化の人材であり、黒森峰以外では生き辛いだろうと自分で認めてはいる。

 とにかく勝ち、とにかく負けず、特に戦車道を愛している――だから同級生からも恐れられ、

相談相手もいなかっ「た」。

「よし、十五分程度の休憩だ。各自、指摘されたことを直すように」

 実力の権化であるまほの言葉に、全員が「はい!」と返事をする。

 エリカが認めた数少ない人物であり、心から尊敬している。人間的にまほのことが好きで、

いつかは肩を並べることが夢だったりする。

「さて、」

 戦車を扱うには、多大な集中力と体力を要する。特にここ、黒森峰では。

 機体性能をこれでもかと見せつけ、規律正しい動きとともに、ああ攻められたらこう攻める。

これが黒森峰伝統の戦術であり、伝統だった。

 それも簡単ではない。性能があっても攻め方を違えれば白旗を食らわせられるから、やはり

「動き方」は基本中の基本にして、最重要視される点だった。

 少しの動きの乱れも、まほは見逃さない。だからみんな疲れるし、今日この日まで強豪として

生き延びてきた。やっぱり西住流は凄いなあと、エリカは尊敬するのだ。

「喉カラッカラ……」

 夏が近い、それ故に暑い。戦車という密閉空間ともなるとめちゃくちゃ熱い。

 精神力は鍛えているつもりだが、やはり原始的な苦しみには敵わない。腰にぶらさげておいた

水筒を手に取り、日光から逃げるように格納庫へ避難する。

「あ、たいちょ、」

 エリカの発声はそこまでだった。

 まず、まほはクリップボードを片手に文章を睨みつけている。副隊長程度では及びもつかない

思惑がフル回転しているのだろう。

 何度も見た光景であるし、リーダーは一番大変なんだなと痛感する。普通だったら、このまま

水をありがたがっているのだが、

 

 まほが、ペンを回そうと、めちゃくちゃ険しい目つきになっていた。

 

 エリカが心の中でまくし立てる。おいちょっと待て、うちの隊長はいつの間に新しい遊びを

覚えたのか。しかも回せておらず、明らかにストレスがかった表情でペン回しに挑戦し、失敗を

重ねている。

 そして、何度もペン回しにしくじれば、ペンを床に落とすことは当然だった。

「ッ、……あ」

「あ」

 目が合う。

 まずい、気まずいじゃなくてマズイ。見てはいけないものを目の当たりにした気がする。ペンを拾い上げる姿勢のまま、まほは硬直し、エリカは水筒を手に持ったままでぽかんだ。

 虫の鳴き声がよく響く。外で、女子達が戦車道に対する考察を練っている。十五分程度の休憩が何だか長い。

 どうしよう、と心の底から思った。まほは気恥ずかしそうにペンを回収し、何事も無かったかのようにクリップボードへペンを走らせている。

「あ、あの、隊長」

「……何だ」

「ペン回し、教えましょうか?」

 何を言ってるんだろう、と思った。

 だが、まほへの手助けはエリカの望みだった。

 たぶん、本能が口から出たのだと思う。

「……本当か?」

「あ、はい」

 ペンを貸してくださいとエリカが呟き、そのまま手の内でくるくると三回転を決める。その時のまほといったら、まるで新しい動物を見たかのように瞳が輝いていた。

「すごい」

「ど、どうも……これぐらいなら、教えられますから」

「頼む。最近、ペン回しに憧れていてな」

 隊長にもそういうことがあるんだなあと思いつつ、ペン回しという偉業に深く感謝した。

 まほと「こうした繋がり」が出来るなんて、まほが卒業した後でも出来るとは思って

いなかった。

「私も実践しますが、ネットで見たほうが早いかもしれません。大丈夫、隊長にもできます」

「わかった」

 最近のまほのお気に入りらしい、ドッグダグネックレスが格納庫で鋭く光る。

 まほも変わった、自分も何だか変化した。

 

 最近、自分のことを心配してくれる人が出来たのだ。自分は気が強いから、誰かが守ってくれるなんてことはなかったはずなのに。

 

―――――

 

差出人西住まほ 青木様宛て

『今晩は。この前はデートをしてくださり、本当にありがとうございました。

宣言通り、授業中以外はドッグダグをかけることにしています。誰も指摘していないので、これで良いのでしょう。

そろそろ戦車道の全国大会が開催されるので、二回目のデートはその後になるかもしれません。

勿論これは自分の勝手な前提ですので、あまり気にしないでください。

……去年は惜しくも準優勝でしたが、今年は必ず優勝します。気付けば私も高校三年、これが最後の大会となってしまいました。

どうか、応援してくだると嬉しいです。戦車道は、戦車を動かすことだけが全てでは

ありませんから。

長文、失礼いたしました。』

 

差出人青木 西住まほ様宛て

『今晩は。自分も、憧れの西住様とデート出来たこと、本当に嬉しく思っています。

現実では『まほ』と呼ぶのに、手紙だと様付けで書いてしまいますね。個人的には、これはこれでいいかなと思っています。

全国大会の件ですが、自分は心の底から応援させていただきます。

西住様は、黒森峰学園の星です。どうか輝きの栄光を見せてください。

二回目のデートですが、自分は大歓迎です。用事があっても、最優先にします。

それではどうか、お体にお気をつけて』

 

 

 この前から、青木はジョギングの時間帯を夜に変えた。

 そうなった理由は、勿論まほと一緒に走る為だ。偶然出会うこともあるし、ずっと一人で足を

動かしていることもある。もしかしたら、すれ違っているかもしれない。

 長年、この日課を続けて良かったと思う。ジョギングがきっかけで、まほに一目惚れすることになったのだから。なるほど、神様は存在するらしい。

「あ、こんばんは」

 ジョギングコースである公園にまで差し掛かると、まほが青木の前を横切りそうになった。

 今日から神様を信じることにする。

 そうして横並びで走るのだが、時々マラソン状態になって競争することもある。勿論

めちゃくちゃ疲れて、自販機でスポーツドリンクを買ってぐびぐび飲むのが一連の流れと

なっている。

「どうも、今晩は」

 そして、挨拶だけを交わして無言でジョギングに勤しむこともある。

 別に話題が無いからとか、不機嫌だとか、そういうワケではない。単にそういう日なだけだ。

 ――しばらく、足音だけが夜の公園に響く。街灯には虫が群がっていて、夏なんだなと

実感する。

「……そろそろ、全国大会ですよね」

「はい」

 そう。

 夏といえば、戦車道の全国大会が開催される。今までは「そうか、そんな時期か」程度で

済ませていたが、今年は最重要イベントとして青木は強く認識していた。

「……応援しますから」

「ありがとうございます」

 沈黙。

 何か話題は無いかとまほを横目で眺める。ドッグダグが首にかけられていて、金属色が暗がりでもよく目立つ。

「本当に、つけてくれているんですね」

「はい。これは大切なものですから」

 指先でドッグダグをつまみ、口元がさりげなく緩む。最近、色々な表情が見られて嬉しかった。

 それから無言。ものの見事に話題が暗黒に吸い込まれ、今日はここまでかなと青木が諦めかけたところ、

「あの」

 まほの足が止まる。

 横並びのまま、青木もその場に突っ立つ。

「あ、はい」

「その、えっと」

「はい」

 視線を合わせない。何か大事なことでも口にするつもりなのだろうか。

 夜中に、男女二人における躊躇いの一言。それは下手な思春期を過ごした青木にもすぐ察しが

ついて、すっと深呼吸する。

 まさか、いやまさか、いやでも。

 まほとはデートもした、何度も話した、ドッグダグを意識してくれている。

 そんな傲慢タラタラな思考を垂れ流しながら、あくまで何ともなさそうな顔で

まほの言葉を待つ。

「……最近、小説を読むのが好きになりまして」

「あ、そうなんですか」

 ほうほう、と二度頷く。活字は嫌いではないが、積極的に読む方でもない。

「それで、やっぱり同年代の男性と女性って、ため口で話すんですね」

 女性と交流した経験なんてほとんど無いが、同年代であれば何ら不思議でもない。ドラマや漫画でも、同年代といえばタメ口で接することが多い。

「えっと。その……私は、男性と会話したことはほとんどなくて、それでこう、自然と敬語に

なってしまうんです」

 わかる。

 自分も、まほという頂点のような人物を前にして、敬語が抜けない。

「けれど、その、笑わないでくださいね。――小説の影響で、気軽にため口で話すことに

憧れるようになりまして」

 わかる。

 敬語で話し合うことも構わないが、やはり同年代は砕けたように話すのが良いと思う。「こいつなら何でも話せる感」が強く出る。

「私は、まあ、黒森峰女学園では有名人です。だから本当の意味で、ためで話せる人といえば妹のみほ、だけでした」

 ああ――

 まほは、本当に強い人なのだ。皆が敬い、まほも尊敬されるように振る舞い、決して弱音や愚痴を吐くことは許されない。

 それが瓦解してしまうと、大袈裟でも何でもなく、黒森峰戦車隊の威厳は縮小してしまうに

違いない。こうした存在が、必要な場所もある。

「小説に出てくる人物は、好きなように話し、すがるように弱さを告白します。なんだか、それが凄く羨ましくなってしまいました」

 まほが、落ち込むようにうつむく。心強い隊員は居ても、仲間はいないとまほは言っていた。

 西住流の継承者といえども、まほは十七歳の女の子なのだ。真面目な言葉のみで生きて

いくには、辛すぎる。

「その、デートもする仲ですし、青木君でよければ、構いません」

 すべてを察する。

 叶えよう。

 女の子の願いを実現させるのは、男の名誉だ。

「まほさん」

 びくりと、まほの体が揺れる。

「いいよ。僕で良かったら、まほさんの『話し相手』になる」

 よく言えたと思う、二度と言えないと思う。

 けれど、青木は精神力だけでまほを見据える。ここで逃げては、一生、まほの支えには

なれない。

「まほさんとは同級生だし、もう赤の他人じゃない、友達だ。――見たいな、素のまほさんが」

 街灯の電気的な音しか聞こえない。

 まほは青木を無表情で見つめたまま、何も話さない、息もしていないのかもしれない。

 青木は決して姿勢を崩さない、伝えるべきことは全て口にした。デートもする仲なのだから、

気安さなんてこれっぽっちも感じていない。

 そして、まほの深呼吸がはっきりと聞こえた。

 

「ありがとう、青木君。こんなしゃべり方だが……これが一番落ち着くな。よければ、

これからも話しかけてくれると嬉しい」

 

 敬語とは違い、出したい感情を出しきったような声が、青木の両耳に入り込む。

 何も気遣ってなどいないから、まほの安堵した、活発な感情が全身全霊で伝わってくる。

 男性のような口調は、戦車道のニュース関連などを見て知ってはいた。決して緩みの無い

このしゃべり方は、黒森峰のイメージに大きく貢献してきたはずだ。

 だが、今は戦術の為に言葉をそのまま伝えたのではない。どうか対等であって欲しいと、友達であってくれと、年相応の願いが込められた一言だった。

「まほさん」

 だから、返そう。

 敬語のギャップに倒れそうになっても、ありのままに話してくれたことに血液が蒸発しそうに

なっても、その場で意味なく跳ねそうになっても。

「その言葉遣い……すごく良い。前より、まほさんのことがもっと好きになった」

 恥ずかしいことを言ったと思う。しかし、今は何でも口に出来る。

「ば、馬鹿なことを言っては……いや、言うなっ」

「ごめんなさい」

 たははと、気の抜けた笑い声を出す。

 建前など、今はここにはない。まほはあくまで真面目で、しかし同級生として接している

だけだ。敬語ではどうしても生じる壁など、今消えた。

「まったく。素で話すからといって、そういうことを軽々と口にするな」

「いやいや、本音だって」

「本音でも言うな、恥ずかしい」

「うーん、言っちゃ駄目だったか」

 

「……ダメじゃない」


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