黒森峰学園艦で躍りましょう   作:まなぶおじさん

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出会ってみましょう

 

『今夜八時くらいに、一緒にカレー屋で夕飯をとりませんか? 二十四時間開いているチェーン店があるみたいです』

 

 昼休みにこのメールを受け取った青木は、今晩のメシの予定などどこかへ放り投げた。すぐさま『行きます、公園で待ち合わせで』と、二、三回ほどタイプミスしながら返信する。

 その後のことはといえば、完全に上の空で授業を受けていた。

 今、頭の中で繰り返されているワードは、「まほ」と「カレー」だ。この前のデートで既に

経験済みだが、西住まほと一緒にカレーを食えるなら何百回だって飽きない。

 そもそも夜中に一緒にメシというシチュエーションも男子生徒的に盛り上がるし、ここ最近は

まほとの付き合い方も変わった。

 だから、もっとまほと話したい。更に沢山のことを知って、自然と好きになっていって、最終的には――

 まだ授業は続いている、勿論何も学んではいない。実に健全な男子だった。

 

 時間は有限なもので、青木はその事実に感謝しながら学校を後にし、寮に帰っては速攻で私服に着替えた。建前的な理由もあるが、私用でまほと出会う時は私服でありたい、という動機もある。

 いつの間にか夜七時くらいになり、居てもたってもいられずに寮から出た。早まった気持ちに

押されたというのもあるし、今度こそ「いいや、いまきたとこ」を実践する為だ。

 別に何らかの効果が保障されているわけでもないが、男として一度は口にしたいワードだった。だから青木は合流一時間前に公園へ到着し、ベンチに座っていたまほに軽く会釈をして隣に座る。

「あ」

「あ」

 

――――

 

 まほに案内されるがままに歩いてみれば、CMで何度か見たカレーチェーン店が確かに

そこにあった。

 まほは、自動ドアを軽く指さし、「入ろう」と促す。デートの時にお披露目した黒いカジュアルジャケットとデニムの組み合わせ、そしてドッグダグネックレス。

 それを見て何となく優越感を覚えながら、青木もチェーン店に入る。

「いらっしゃいませー、席へどうぞ」

 客の入りは少な目で、ピアノをメインとした音楽が店内に流れている。知り合い対策の為に

なるだけ端の席を確保して、何の躊躇いも無く向かい合う。

 店員がすぐさま駆け付け、「お決まりになられましたらボタンを押してください」と案内し、

奥へ消えていく。

 さて。

「今日はどうしたの? 何か特別な日だっけ?」

「いや、そういうわけではないんだが」

 そうして、ちらりとまほの視線が逸れる。まるで心当たりがない。

「明後日は、全国大会の為に遠出するんだ」

「知ってる。しばらくは大忙しになるだろうから、簡単には会えなくなるだろうね――でも

友人として、応援するから」

 もちろん、本心からの言葉である。まほは「そ、そうか」と返事をし、

 

「その……今のうちに、もっと君と話がしたいなって思って、誘った」

 

 そうかー。

 あっという間に浮かれた青木は、にたにたが止まらない。落ち着くために水を飲むが、

焼け石に水だ。

「笑うな」

「ごめん」

「まったく――だが、青木君と話をしたいというのは本当だし、こうして夜中で

一緒に食事というのも、少し憧れだった」

 夜といえば一人でメシを済ますことが多いが、時折赤井と夕飯を共にすることもある。

借りてきたDVDを見ながらだったり。

 そういう時は、表現出来ない気分転換になる。

「まあ、友達が出来てとても嬉しかったんだ。私は、従えてばかりだったから」

「それも凄いよ。能力がなかったら、誰も従ってはくれないだろうし」

 まほが注文のボタンを押す、青木も「これにするか」と甘口のカツカレーを指定する。

「そうだな。……まあ、そのせいで誰も対等に接してはくれなかった。これが

実力の答えだと思うと、人生とは難しいな」

「うん」

 青木は小さく頷く。

「でも、今のまほさんは一人じゃない。そこは忘れないで欲しい。困った時や、遊びたい時は、

いつでも乗るから」

「ありがとう。だが、無理はしなくてもいいからな。自分のことを大事にしろ」

「あ、僕も言われるようになったか」

 そこで、まほが「そういえば、これがきっかけだったな」と恥ずかしそうに笑う。

「私が言うなという話だな。だが、青木君もやりたいことがあるだろうし、その時は私のことを

二の次にしてもいいんだからな」

「僕の一番やりたいことは、まほさんを支えることだけどね」

 まほが、呆れたようにため息をつく。

「そういうことを言うと、軽く見られるぞ」

「好きな人を守る、それが僕の望みだよ」

 まほが「うっ」と顔を赤くする。水を飲んでやり過ごそうとするが、石に灸だった。

 

 店員に青木が「カレー甘口」、まほが「カレー辛口」と注文し、数分後に夕飯が届いた。

 青木は「うまそう」と口にし、まほは実にイイ表情で臨戦態勢に入っている。

「いつでも好きな時にカレーが食べられる、いいことだ」

「あの店主のことも忘れないで」

 青木が苦笑すれば、まほは「その通りだな」と頷く。

「いただきます」

 手を合わせ、ルーを白米にかける。透き通った湯気が鼻をくすぐり、食欲のまま

カレーを口にする。

「うまい」

「うまいな」

 青木もまほも、宝物を見つけたかのように口元を釣り上げている。全国展開は

伊達ではないらしい。

「近所にこんなうまいカレー店があったなんて……カレー食いたくなったら行こ」

 意識しなければ、近所に何があるかなど分からないものだ。ここで暮らして数年は経過するが、未だに登校ルート以外の開拓は捗っていない。

「私もそうしよう。その時は、ぜひ誘って欲しい」

「いいの?」

「もちろん。私たちは、友達だ」

 そう言えることが嬉しそうに、まほはにこりと笑う。

「ああ、そうだね、そうしよう。今度、赤井も誘おうかな」

「赤井……君の友達か?」

「まあね。あいつは軽薄だけど根は良いから、きっと良い友人になれるよ」

「そうか」

 まほは頷き、カレーを掬っていく。青木は水を飲み、何か話題はないかとカレー屋の天井を

目で眺め、

「あ、そうだ。こんな時になんだけど――戦車隊は、結構良い感じ?」

「ん? ああ、みんな心強い。指摘すればそこを直すし、意識して戦車を『良く』動かす」

「さすが」

「特に、副隊長のエリカが目覚ましい成長を遂げているな」

 エリカと聞いて、青木が「ん゛ッ!」と鼻に詰まったような唸り声を出す。

 まほは特に意識していないようで、

「エリカ、逸見エリカというんだが、知っているかな?」

「あ、うん、戦車道ニュースWEBは見てるから。二年生なのに副隊長を勤めている

才女なんだよね、すごい」

「ああ。それで、指揮能力もそうなんだが、エリカのあり方そのものが変わってきた」

 ほう。

 次を促すように、青木はちびちびとカレーを食う。

「エリカは自信家で、気が強い。だから、自分の失敗も努力で改善しようとするし、

他人の失敗にも怒りやすい」

 真面目な人なんだなと、青木は思う。

「だが、怒りが前面に押し出ているせいで、次期隊長としては不安なところがあったんだ。

嫌々従う、というのは能力に関わるからな」

 やはり、他人をよく見ていないと隊長は務まらないのだろう。そして、尊敬が無ければチームは成り立たないのだろう。

「……だが、最近は変わった。今も怒ったりはするが、『あなたはこうすれば伸びる』とか

『あなたの短所はここだから、こう補いなさい』とフォローすることが多くなったんだ」

「ほう」

 嬉しそうにまほが笑う。

「いや、隊員全員がびっくりしていたぞ。正直、私も結構驚いた」

 辛口のカレーをものともせず、まほは口にする。

「今では、誰もがエリカのことを次期隊長と認めている。怖いが良い人、という印象を抱いているようだな」

 水を飲む。

「私もそうだが、エリカも変わるんだな。何かいいことでもあったのかな」

 めっちゃ心当たりがあるものだから、青木は逆に言い出せず、笑い出しそうになる。いつかは

白状するつもりだが、赤井の許可が下りるまでは黙秘権を貫くつもりだ。

 でかした赤井。今度、お前にはノンアルコールを一本おごってやろう。

「あ、あったんじゃないかな――まあ、きっかけがあればどんな人も変わるよ。僕もまほさんと

出会って、もっと頼りになる男になるって決めたし」

「そうか、それは良かった。警察官になれるように、心から応援する」

「ありがとう」

 いつの間にか、まほのカレーは空になっていた。青木も、あと二、三度ほど味わえば今日の

夕飯はおしまいだ。

「あ、そうだ」

 何かを思い出したのか、まほは空席に置いていたショルダーバッグから何かを取り出す。

 ペンだった。

「色々あって、エリカに鍛えてもらってな、ほらっ」

 見事な一回転だった。青木は「おおっ」と感嘆の声を漏らす。

「凄いね、流石はまほさん」

「ふふ」

 明らかに、めっちゃ嬉しそうに口元が曲がっている。まだ一回転が限界らしいが、それでも

まほは心の底から楽しそうに、見て欲しいとばかりにペンを回し続ける。

「これは……いやあ、やるねやるね」

「ああ。――君がペン回しを見せてくれたお陰で、私はエリカとのコミュニケーションが増えた。感謝する」

 黒森峰で一番(自称)の戦車道グッズ店で、タクティカルペンを回した時のことだろう。青木はたははと苦笑し、

「いやいや、僕は何もしていないよ。まほさんの力だけで、逸見さんと心を通わせられたんだ」

「そうかな? そうかもな」

 ぱしっとペンを止める。ドッグダグが小さく揺れる。

「青木君」

「何?」

 慈愛そのものの、女性の笑みがそこにある。

「ありがとう」

 

 青木もまほもカレーを完食し、勘定を支払い、帰路についていく。

 空はもう暗い、星がちらりちらりと浮かんでいる。全国大会に対して多少の不安や

緊張を話し合いながらも、最終的には「勝ってくる」の一言で終わった。

 公園前に到着し、「また」と別れる。

 

 明日は、まほは全国大会関連の準備で忙殺されるだろう。何とか手伝えないものかと考えたが、素人が手を出したところで足手まといだ。

 ならば、黒森峰は必ず勝つと祈ろう。

 今度こそ、まほが輝ける星になれるよう願おう。

 

―――――

 

 黒森峰戦車隊は、抽選会の為に遠出していった。

 今、この学園艦にはまほもエリカもいない。戦車道に無知な青木と赤井がやれることはと

いえば、戦車道に関する様々なニュースを携帯ごしからかじるくらいだ。

 やっぱり黒森峰は期待されてるなあとか、プラウダ高校が二連覇するかもなとか、

聖グロリアーナ女学院がやばいらしいとか、青木と赤井はあてずっぽうな感想ばかり述べている。

 ――こうしてみると、はっきりとした強豪校というものがあるのだなと青木は実感する。同時に、負け続けでも参戦を諦めない学園艦も間違いなく存在する。

 いいなあ、と思う。何か部活に入っとけば良かったかな、と今更考える。

 

 参加する学園についてだが、黒森峰は比較的「普通」で、ある参加校は隊長が小学生のように見えたり――黒森峰を破った所か――ある学校は戦闘中でも紅茶を手放さなかったりと、実に

個性豊かだ。チームの構成については、すぐに覚えられそうな気がする。

 ただ、戦車に関しては「でかいな」とか「結構丸いな」とか、そういった簡素な評価しか

出来ない。ここは試合を見て、じっくりと判断してみることにする。

「やっぱり勝ち進んでいくのかね、黒森峰」

「だといいよね、油断はしないと思うけど」

 液晶画面に指を滑らせる。色々なサイトを見て回ったが、やはり戦車道ニュースWEBが最も情報量が多く、それでいて流れが早い。ファンや専門家の意見を積極的に取り入れたりと、

読み物としても楽しい。

 男が戦車に乗ることはないが、見ることは楽しいのだろう。やはり、鉄が動いて火を噴いて爆発というのは、どの年齢層も引っかかるに違いない。

 サイトをスライドさせていくと、青木が「あ」と声を出す。

「『大洗女子学園が二十年ぶりの出場、番狂わせの可能性ありか?』だって」

「へー」

 赤井も同じところを確認したのか、「あ、ほんとだ」と返す。

 そして、青木がまた「あ」と口に出す。

「そういえばさ」

「ああ」

「大洗女子学園って、確かまほさんの妹さんが転校していった学校だよな」

 

―――――

 

 抽選会が終わり、ひと段落がついたところで「うし」と姿勢を伸ばす。

 この近くには戦車道を嗜んでいる者の聖地、「戦車喫茶ルクレール」がでんと構えており、

逸見エリカは朝っぱらから「よし隊長と一緒に行くぞ」と決意していたわけである。

 我ながら勇気のある思い付きだなとは思うが、無謀ではない。まほからは「新しいペン回しの

技を教えてくれ」と頼まれるし、休憩時間になると他愛のない話もするようになった。

 前のような完全な上下関係ではなく、少しずつだが人間的に氷解していっている。心から

尊敬している人物に近づけることは、エリカにとっては喜び以外に他ならない。

 ――まあ、メル友になった赤井「先輩」の後押しもあったお陰だが。

 戦車の点検も終了し、自由時間になったことは確認した。エリカは自分の頬をばしんと叩き、

まほの背中に声をかける。

「あのっ」

「うん?」

 振り向く。無視されたら一人で戦車喫茶へ行こうとしたが、そんな逃げは許されないらしい。

「あ、えーっと、その……」

 まほが「?」とまばたきをしている。無駄な時間をまほに使わせるな、別に悪いことをするわけじゃない。

「こ、この近くに戦車喫茶ルクレールっていう、聖地みたいな店があるんですよ」

「ほう」

「それで、今は全国大会開催ってことで、ケーキが安くなっているとか」

「ふむ」

「それで、その、一緒に食べにいきませんっ? ケーキ」

 声が上ずってしまったが、まほは決して表情を変えない。そして、

「ああ、いいな。行こうじゃないか」

 やった。

 エリカが心の中でガッツポーズをとっていると、周囲の隊員から「やるじゃん」みたいな目で

見られた。ふふん、と瞳で笑う。

 

 携帯のアプリで戦車喫茶への道筋を辿りながら、まほとエリカは全国大会に向けての決意、改めての反省、そしてペン回しについて語り合っている。

 エリカはバッグからペンを取り出し、手の内でくるくると回した後にペンを指ではじく。ペンはくるくると真上へ飛んでいき、まほが「おおっ」と目でペンを追う。

 それを難なくキャッチし、まほの感心しきった顔に思わずくすりと笑ってしまう。

「これも、練習すればできますよ」

「すごいな、それで食べていけるんじゃないか」

「いえいえ、上には上がいますから」

「そうか、奥が深いな」

 エリカは「まあ」と前置きし、

「必ず、取得しますけどね」

 ペンを上下に揺らしながら、エリカはあえてまほから視線を外す

「そうか……そうだな、エリカは向上心に溢れているからな。新技が出来たら、見せて欲しい」

「はい、真っ先に見せますよ」

 とても気分がいい。日ごろの行いがそれなりに良かったのか、夏真っ盛りの空は雲をまばらに

絶賛晴天中だった。

 街中で虫の鳴き声が何処からともなく響き、主婦らしい女性の自転車とすれ違う。そして、

あちこちで様々な戦車服を着た女子を見る。

「聖グロの制服は目立ちますね」

「ああ、あそこは実に覚えやすい」

「継続学園は色鮮やかですよね」

「それは思う」

「私たちは……どうなんでしょうね?」

「さてな、普通なんじゃないのか」

 まほを見る。赤のラインに黒の戦車服、そしてドッグダグネックレス。

 こうして見てみると、意外と自己主張しているんだなあと、エリカは頭の中でぼやく。

「あ、この交差点を通った先に戦車喫茶があるみたいですよ」

「ほう」

 何があるのかな、何を食おうかな。何を話そうかな。

 エリカの心は鍋のように煮えている。交差点へ差し掛かろうとした時に、信号機が丁度

赤になる。

 足を止める。黒森峰のイメージは、こういったところでも厳守しなくてはならない。

 鼻で息をつきながら、すぐ近くにある戦車喫茶へ視線を向け、

 

 戦車喫茶の窓ごしから、西住みほを見た。

 

 エリカは小さく首を振るい、改めて戦車喫茶を見る。

 居た。

 戦況把握の為に鍛えたエリカの視力は、どうしてもみほの姿を見逃すことが出来ない。

 何故こんなところに――その答えは、「自分たちが何故ここに居るのか」を考えてみれば、

すぐにでも理解してしまう。

 ここは学園艦ではない、本土だ。この時期に何故ここにいる、ある全国大会に

参加しているからだ。何の全国大会だっけ、戦車道だ。

 そして、エリカは信じられないものを目にする。

 

 みほが、友達らしい連れと笑いあいながらケーキを食べていた。

 

 黒森峰女学園では決して見られなかった場面が、エリカに二つの目玉に強く焼き付く。

エリカどころか、まほにすら見せなかった笑顔を、交差点の向こう側で見せびらかしている。

 まほを見る。

 試合中でも決して表に出すことのない、完全に狼狽しきった表情。

 やはり気づいてしまっていた。エリカはまほから逃げるように視線を逸らし、今が楽しくて仕方がないであろうみほの姿を覗き見る。

 何かを話し、笑う。おいしそうにケーキを食べ、友人がみほに何か話題を提供している。それは普通の高校生らしい一場面でしかなく、黒森峰女学園時代では絶対に叶えられなかった夢の光景。

 戦車道から逃げたはずのみほは、「戦車」喫茶ルクレールで楽しそうに昼食をとっている。

 

 信号機が青になる。

 まほが、全くためらいの無い足取りで喫茶店へ歩んでいく。

 まほの背中にすがるように、エリカも交差点をふらりと。安全の為に左右を確認する。

 交差点を渡りきる、もう後戻りは出来ない。まほは喫茶店のドアを鈍く開け、呼び鈴が

軽快に鳴り響く。

 店員が「お好きな席へどうぞ」と元気よく接客し、まほは実に実に事務的な足取りのまま、

 みほと、その友人達が居座っている席の前に突っ立つ。

 友人達は「何だこの人」という顔になり、みほは、幽霊でも見たような表情のまま凍り付く。

「みほ、」

 か細い声だった。

「お前が、何故、ここにいる」

 

 

 みほは、躊躇いがちに「ぜ、全国大会に出るんだ……」と答える。確信を得たまほの目が、

ぎろりと変わったのをエリカは見逃さない。

 まほはあくまで「質問」という体でみほを責め、そのたびにみほの友人達が庇うように、言葉でみほを守った。この時点で、みほは黒森峰なんかよりもよっぽど良い暮らしをしているのだろうと察せる。

 そして、エリカの鍛えられた判断力は、余計なことまで嗅ぎ付ける。

 まほは「なぜ、また戦車道を始めた」としか聞かなかったが、本当は「友達が出来たから、戦車道をはじめたのか?」と聞きたかったことに。

 まほは「黒森峰よりも大洗が好きか」としか聞かなかったが、本当は「黒森峰じゃ駄目なのか。そういう事なのか?」と聞きたかったことに。

 まほは「友達と一緒に大会へ参加か」としか聞かなかったが、本当は「私と一緒よりも、友人のほうが大切なのか?」と聞きたかったことに。

 

 一つ一つの質問に対し、みほの友人達は臆することなく、みほを守る為に答える。

 正論から感情論、頷けるものから疑問に浮かぶような言葉が、まほとエリカ、みほと

友人達の間で電撃のように飛び交う。

 ただ一つ言えることは、どの言葉もみほを気遣ってのものだった。

 どれくらい経ったか。最後に、まほは「邪魔をしてすまなかった――戦う時は、手加減など

しない」と締める。

 黙って見ているしかなかったエリカは、「絶対に負けない」と宣言した。精一杯の

敵意を込めて。

 ――その後は、申し訳ありませんでしたと店員に頭を下げ、何も食うことなく

戦車喫茶から出ていく。

 最悪だった。

 

―――――

 

 食欲など失せ、黒森峰のメンバーが集う抽選会会場付近へ歩く、ただ歩く。

 沈黙は毒にしかならないと、エリカは「隊長」と声をかける。

「……エリカ」

「その、あの、」

「ひどい姿を、見せてしまったな」

 エリカは、そんなことはないと首を左右に振るう。

「正直、嬉しいとも思った。みほがあんなに幸せなら、姉としてはほっとする」

 エリカは、姉との関係はあまり良くはない。それ故に、素直にそう口に出来るまほに

強く共感する。

「戦車道から逃げてもいい、西住流についていけなくてもみほらしいと思う。みほは私よりも

優しいから、西住流は合わないだろうなと前々から思っていた」

 沈黙。

「だが、みほはまた戦車道を歩み始めた。私じゃダメなのかと、大洗の友達なら良いのかと、嫉妬している――まあ、そうなんだろうな。大洗は、いい場所なんだろう」

 まほは、ため息をつく。

「……なんで、責めてしまったんだろうな」

 見上げる。

「友達が出来て良かったなとか、また戦車道が出来て良かったなとか、何でそんなことが

言えないんだろうな」

 まほが、顔に手のひらを当てる。

「……つくづく、西住流に向いているな、私は」

 そうして、エリカは喉元から声が出る。

「確固たる信念を持っている以上、身内相手でも対立してしまうことは、仕方がないと思います」

 まほから目を逸らさない。見て話さなければ、きっと聞こえなくなってしまうだろうから。

「私も隊長と同じく、黒森峰の敵となり、大洗の味方をするみほさんに苛立ち、勢いのまま

捨て台詞を残してしまいました――ですが、みほさんが大洗につくのもわかるんです」

 そうして、まほがエリカに視線を向ける。

「今のみほさんには、みほさんを守ってくれる友達がいる。だから、戦車道も続けられる――

あの人は、そういう人ですよね。水没事故の時に、真っ先に動いたのはみほさんだった。

犠牲を肯定できないみほさんが、黒森峰についていけなくなるのも、今ならわかるんです。当初は不満たらたらでしたけどね」

 くすりと、エリカが笑う。素の感情だった。

「……エリカ」

「はい」

「変わったな」

「ええ、色々ありまして――この年になって、初めて知ったんですよ。誰かに守られることの

喜びを」

 まほは「そうか」と頷き、それ以上の事は聞かない。

「……エリカ」

「はい」

「私も最近、相談相手が出来たんだ」

 頷く。同時にあることを察する。

 そのドッグダグネックレス、その相談相手から貰ったのかと。

「だからだな、今のみほに共感出来るのは」

 ドッグダグを指でつまみ、じいっと見つめ、

「守られ、気遣われるって、こんなにも嬉しいんだな」

 エリカは、「はい」と返事をする。

「だからみほも、戦車道を続けられるんだな」

 エリカは、「そうですね」と返事をする。

「……このこと、相談相手に話してみる。みほに対してやるべきことは決めているが、やはり

後押しが欲しい」

「はい、私も聞いてみます。冷静な意見が必要ですから」

 そうだなと、まほは頷く。

 

―――

 

 まほと会わなくなって数日が経過する。

 黒森峰女学園が戦車道に強いことは知っていたが、録画しておいた試合内容を見て、改めて

黒森峰の攻めっぷりに感嘆の声が漏れる。

 とにかく退かない、絶対に退かない。戦術の為に待機することもあるが、静かな時間はほぼ無いといっていい。撃つ時は必ず撃つ、装甲が持つと思えば真正面から攻撃を受ける。

 あと一発貰えば白旗認定だろうと、逃げずに相打ち覚悟で主砲をぶっ放すはずである――はず、というのは、一回戦目の相手にはパーフェクト勝ちしたからだ。

 すごいなーと、青木は思う。

 威厳を保つには、これぐらいのことはしないといけないのかと、まほのことが少し心配になる。

 いずれにせよ、黒森峰は勝った。

 次は継続高校が相手だ。勝利出来るかどうかは――正直、素人なのでよく分からない。これも祈るしかないだろう。

 

 ――そして、もう一つ問題がある。大洗女子学園についてだ。

 二十年ぶりの出場を果たした大洗だが、何と強豪サンダース大学付属高校を破ったのだ。WEBサイトに書かれていた「番狂わせの可能性ありか?」という予想はものの見事に当たった。

 戦力的に差があったにも関わらず、この快挙を成し遂げられた理由は――西住みほが

居たからだ。

 このニュースは赤井も食いつき、「おい、みほさんが出てるのか? しかも指揮官?」と

テンパっていたのをよく覚えている。実際、青木も「マジかよ」と驚愕した。

 大洗の試合は録画していなかったので、サイトの情報頼りになるが――とにかく、味方を

見捨てない立ち回りをしていたらしい。専門家によれば「多少動きにアラがあったが、攻める時に攻める度胸が感じられ、想像もつかないような策を用いる。正直、見ていてとても楽しい」

とのことだ。

 ため息をつく。

 そんな凄い人だったんだな、みほさん。流石、まほさんの妹だ。

 もし、大洗がこのまま勝ち進めば―― 

 

 今、まほは黒森峰学園艦へ戻っているはずだ。それでも戦車の整備や徹底的な特訓を

行っていたりして、めちゃくちゃ忙しいはずである。

 邪魔をしてはいけない、ここ最近は手紙も控えている。だから青木は部屋の電気を消し、

 

 携帯が震えた。

 こんな時間に誰だよ親からか? 青木は面倒くさそうに、充電器に差したままの

携帯を引っこ抜く。

 

 着信 西住まほ


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