黒森峰学園艦で躍りましょう   作:まなぶおじさん

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やり直しましょう

 

 青木は緊急出動する勢いで寝巻きから私服へ着替え、財布と携帯をポケットに突っ込んで

寮から出る。

 ジョギングコースである公園めがけ、息を切らさない程度で全速力で走る。

 

『今晩は、突然で申し訳ありません。――時間があれば、今、公園へ来てくれるだろうか。

相談したいことがある。ああ、後日でも構わない』

 

 青木は「すぐ行く」と了承し、星の無い空の下を駆ける。ジョギングをして正解だったと思う、このまま走り続けなければ西住まほは何処かへ消えてしまいそうな気がして――

 実家より見慣れた公園にたどり着き、教科書よりも意識したベンチが目に入る。

 私服姿のまほがいた。街灯に照らされながらも、ドッグダグネックレスが金属色を

主張している。

「ああ、来てくれたか。すまない、こんな時間に」

「大丈夫。それで、相談って何?」

 何の躊躇いも無く、青木はまほの隣に座る。

 黒森峰の星であることに違いは無いが、まほと青木は対等であり、友達なのだ。

 だから付き合い方も礼儀込みでフランクだし、相談にも乗る。青木からしてみれば

「話して欲しい」と表現した方が正しい。

「ありがとう。そう、相談というのは――西住みほが全国大会へ出場したこと、知っているか?」

「うん、ニュースサイトで見た。凄い活躍をしたんだってね。アンツィオ高校にも勝利すれば、

次はあのプラウダ高校か」

「そうだな」

 プラウダの名前を聞いた瞬間、まほの口がぴくりと動いた。

 あ、

 しまった。プラウダ高校は、前回、黒森峰女学園を破った陣営じゃないか。青木は

気まずくなって視線を逸らす。

「ああ、すまない。――負けは負けだ。そこは認めなければいけない」

 うん、と小さくまほが頷き、

「それで、そのみほについてなんだが――この前、みほと会った」

 

 それから、まほは全ての事情を話してくれた。

 本土にある戦車喫茶でみほの姿を見かけたこと、そしてみほが友達を作って幸せそうにしていた事実。そして、黒森峰ではなく大洗の戦車道を選んだ現実。

 これに対し、まほは戦車道履修者としての怒りと、姉としての嫉妬を覚えてしまい、わざわざ

みほに口論をふっかけて和気あいあいの雰囲気を粉々にしてしまったのだという。

 まほは自己嫌悪に包まれた表情のまま、しかし全てを口にする。

 ――そして、みほが黒森峰女学園から転校していった理由も話してくれた。

 前回の全国大会の際、味方の戦車が水没し、そこをみほが真っ先に助けたこと。それが原因で

優勝を逃したこと。

 これに対し、まほは怒りはしなかったが褒めもしなかった。母であり、西住流師範である

西住しほも、称賛するどころか西住流にとって大きな間違いを犯したと叱った。

 

 もともと黒森峰女学園では、みほは上手く人間関係を構成出来ていなかったようだから、みほが黒森峰という世界から逃げても仕方がないとまほは言った。

 真っ当な正しさを行使したのに対し、それを家族は否定した。

 これじゃあ、戦車道なんかやりたくなくなると思う。それはまほも考えていたし、しほも

否定自体はしなかった。

 

 だが、今のみほは戦車道を歩んでいる、戦車道の中で活きている。黒森峰学園艦ではなく、大洗女子学園の中で思う存分戦っている。

 まほは言う、「今のみほはとても幸せそうだ」と。

 まほは言う、「今のみほのままでいて欲しい」と。

 そして、まほはうつむいたままの横顔で、

「――私は、みほと仲直りがしたい。これまでの私だったら、西住流を捨てた妹としか思っていなかっただろう」

 しかし、まほはすがるようにドッグダグを手で包む。

「……だが、今ならわかる。守られているからこそ、失敗しても誰かが助けてくれると信じているからこそ、みほは戦車道を始めたのだと」

 そして、まほと目が合う。

「これもすべて、君のお陰だ。私を支えてくれたから、私は大事なことを思い出せた。

やるべきことも考えた」

 ふう、と小さく息をつく。

「青木君。私は――みほに何をすればいい」

「謝れば、いいと思います」

 即答。

 まほは、同意するようにうなずく。

「そうだな、やはりそうか。私も、心の底からみほに謝りたい、全てのことを」

 ドッグダグが揺れる。

「やっぱり、家族と仲が悪いなんて、嫌だからな……」

 自分は、警察官になるのが夢だ。それを父と母は「お前なら出来る」と支えてくれている。

 これで仲が悪かったり、警察官になることを拒まれたりでもしたら、所詮は普通の人間である

自分なぞ妥協した道を歩むことになるだろう。

 険悪とは、些細な喜びや多大な苦痛を吐くことが許されない関係である。それが家族とも

なれば、みほが抱いた痛みは大きすぎたはずだ。

「……なあ」

「うん」

「みほは、許してくれるだろうか。こんなダメな姉を」

「許してくれるよ」

 即答する。

「だって、まほさんは今、罪悪感を覚えているんだよね?」

 まほが、黙って頷く。

「なら、みほさんも受け入れてくれるよ。罪悪感って思った以上に共感されるから――僕も親や

赤井と、口論になったりケンカしたりするけれど、後になって段々とこう、罪悪感が

膨らんできてさ」

 苦笑する。

「それで、謝ろう、謝らなければいけないって気持ちになるんだ。そうしないと絶対に後悔するし、キツ過ぎて命が狭くなる感覚になるからさ。大袈裟だけどね」

 まほは「いや」と発し、

「それはわかる。私も、心がとても痛くて、ひどい自己嫌悪に陥っているんだ。その償いが

出来るなら、私は土下座だってする」

 青木は「そうか、そうだよね」と同意する。

「それでね、謝罪するとね、親は『いや、自分もカッとなりすぎた』って謝ってくれるんだ。

絶対に許さない、なんて一回も言われたことがない」

 大きく、鼻で息を吸う。

「赤井だってそうさ。赤井とケンカした後は、数分か数時間ほど経つと、僕からかあいつから声をかけてきてさ、それで『さっきは、ごめんな』って恥ずかしそうに言うの。

僕も同じ気持ちだから、絶対に許す。そして、赤井も許してくれる」

 青木は、軽いような笑みをこぼす。

「罪悪感と誠実さをもって謝ればさ、その人は許してくれるよ。まほさんなら特にそう、まほさんはこういうところで嘘はつかない。僕が保障する」

 保障する、のところは力強く言う。

 そこに世辞はない。対等になれば、そういう面はよく分かる。

「そうか」

 まほが両目をつぶり、うつむき、口元が緩んだ。

 伝わった。

 もう、まほは迷っていない。

「私は、必ずみほに謝る。何もしてやれなかったこと、責めたこと、全てに謝る。みほは私の大事な妹だ。昔のように仲良くしたい」

 ドッグダグが光った。

「そして、これからも」

 青木も、嬉しそうに頷く。

 支えられたことに、助けられたことに、未来へ繋げられたことに、青木は男として嬉しかった。

「謝るのは、全国大会が終わってからにする。今は、みほにとって『倒すべき相手』でありたい。無論、負けるつもりはないがな」

 そうか、そういうものか。

 謝罪したところでまほもみほも信念が揺らがない気がするが、もしかしたら動揺を誘ってしまうかもしれない。

 やるべき事を終えた後で、すべき事を成す。何ら間違っていないと思う。

「――ありがとう、青木君。私は、君に頼りっぱなしだな」

「いや、僕は後押ししかしてないよ」

 青木に出来ることは、浅い人生経験を前提に置いたアドバイスだけだ。

 後は、まほの成功を祈ることしか出来ない。赤の他人である青木が、家族の問題に手を出すことは許されない。

「その後押しなんだが、もう一つ手伝って欲しいことがある」

「何かな?」

「……お母様に、みほのことを許して貰うように進言する」

 お母様か。

 え、

「お母様って」

「そう。西住しほ――西住流の師範だ」

 マジかよ。

 どう手伝えばいいんだよ。

 まほのことは決して見捨てはしないが、正直かなり怖い。西住流がかなりデカいことも

知っているし、西住しほの「有能さ」もサイトなどで知った。

 まさか顔を合わせたりするんだろうか――そんなビビりっぷりが表情に出ていたのか、まほは「ああ、いや」と苦笑し、

「大丈夫、電話ごしから話すだけだ。君はただ、ここにいてくれればいい」

「あ、そうなの」

 間。

「え、今?」

「今かける」

「マジで?」

「マジだ」

「……なんというか、早急だね」

「ああ」

 そして、まほは茶化すように口元を曲げる。

「西住流は、突撃が基本だからな」

 

――――

 

 青木の金で自販機からノンアルコールビールを二つ買い、そのうち一つをまほに手渡すと、

まほが小銭を返してきた。

 ノンアルコールビール、二つ分だった。

「返す、と言っただろう?」

 真面目だなあ、と青木は笑った。

 二人は突っ立ったまま、同時にプルタブを開け、同じタイミングで飲み干していく。

 景気良く中身を空にした後は、缶をゴミ箱に捨て、まほと青木はベンチに座る。まほが

思い切って深呼吸して、携帯の液晶をスライド、画面には「西住しほ」の文字。

 ここで数秒ほどつまづいたが、まほと目が合い、決意したようにまほが小さく頷く。

 送信ボタンを押し、携帯に耳を当てる。今は夜中だが、決して深夜のど真ん中という

時間帯ではない。

 待機中、

 待機中、

 待、

『はい、西住です』

「今晩は、まほです――今日は話したいことがあり、夜遅くに電話をかけさせていただきました」

『何でしょうか。今は全国大会があって忙しいはず、あまり時間はとらないよう』

「はい。私が話したいのは、みほの件についてです」

 瞬間、電話越しからの空気が変わった気がした。

『……みほのことは知っています。あの子は、別の場所で戦車道を始め、西住流とはかけ離れた

戦い方をしている』

「存じています」

『なので時間が出来次第、みほに会い、勘当を言い渡すつもりです』

「お母様のお怒り、察します。ですが、それを承知で言います――お母様。みほのことを、許してはいただけないでしょうか」

『は?』

 ただの「は」ではない。疑問と怒気がぶち込まれた「は?」だった。

 元々無関係であるし、声を出す必要はないのだが、だからこそ青木の精神力が疲弊していく。

「お母様は既に確認しているでしょうが、みほは黒森峰に居た頃よりも『強い』戦い方を

しています。みほは私と違ってとても優しい――だからこそ、その優しさが許される環境こそが、みほにとっての一番の戦車道に繋がると思うのです」

『確かに、一理あります。ですが、みほは私の娘であり、西住流を継ぐ者でもあります。それに

従えないというのなら、師範として厳しい判断をしなければなりません』

「お母様の、立場の重さというものは理解しているつもりです。ですが、破門のみならず

勘当とは、いくらなんでも重すぎる罰ではないでしょうか」

 一言一言が矢のように鋭いしほの言葉に対し、まほは真っ向から抗っている。無表情を

貫いているが、内面はうかがい知れない。

 青木はまほを独りにしないように、まほの目から逃げない。

『私は西住流の師範であると同時に、みほの母でもあります。だからこそ、私の血を継ぐみほは、西住流を継がなければいけない。それに従えないのなら、残念ながら勘当するしかありません』

「伝統だからですか」

『その通りです。私も、そうやって生きてきました』

「……一つ聞きますが、こういったケースは無かったのですか。みほが例外なのですか」

『いいえ。みほのように、西住流に向いていない血縁者は居たようです』

 まほがまばたきをする。

『戦車道を行わないのならともかく、西住流とは違う戦車道を突き進むのなら、勘当を言い渡したそうです』

 そうなのかと、青木は小さく頷く。

 西住流は伝統だ。それ故に歴史も長く、いざこざもあったのだろう。

「なるほど。そういう伝統が今も続いているから、お母様は西住流を否定するみほを勘当すると」

『はい』

「あの強豪サンダース大学付属高校に対し、戦力差がありながらも、しかも二十年ぶりの出場で

勝利。これらは『西住』みほの手腕です、決して西住の名を汚してなどはいません」

『詭弁ですね』

「そうですね。そして何故、無名である大洗女子学園がここまで勝てたのか、お母様は

知っていますか」

『いいえ』

 まほが、肩を上下に動かしながら呼吸する。

「それは、みほには信頼出来る仲間がいるからです。みほは、黒森峰の世界では見つけることが

出来なかった、かけがえのない存在を手にしました」

『……なぜ、そんなことを知っているのですか』

「……抽選会の時、偶然にもみほを見かけました」

 恐らく、しほは険しい顔をしているのだろう。想像しただけで心臓が凍りそうだが、警察官

志望者はこれぐらいでへこたれてはいけない。

 歯を食いしばる。

「みほは、楽しそうに仲間と会話をしていました。私は姉として、みほをそのままに

してやりたい、このまま戦車道を続けさせたい。これまでのことを謝って、家族として迎え

入れたい――そう考えているのです」

『甘くなりましたね。あなたが、ここまで寛容な態度を示すとは』

「姉ですから」

 虫の鳴き声が夜に響き、何処か遠くで車が走る音がする。暑さを忘れ、呼吸をしていたか

どうかも分からない。

「お母様」

『はい』

「私は、みほと共に西住流を継ぎ、名に恥じない後継者となることが望みでした」

『そうですか』

「二人で西住流を継げば、決して軽くはない西住流を背負えるのではないかと。

そう考えていました」

 ぬるい風が、公園に植えられた木を揺らす。

「私は、西住流を一人で背負います」

 沈黙。

『……簡単に言わないで』

「重い方を持つのは、姉の役目です」

『愛情だけで、伝統を背負えはしません』

「――みほと同じように、私にも心の支えが出来ました」

 しほが『支え……?』と口にする。

 木が風で鳴き、街灯が青木とまほを劇場のように照らす。

 まほは、戦車道を歩んでいる時のような無表情のまま。しかし両目は濡れたように光っていて、そこには青木の顔が映っている。

 まほは耳に携帯を当てたまま、限りなく、静かに、力強く、はっきりと、

 

「私には、青木君がいます」

 

 まほは、青木の手を握った。決して手放したくないように強く。

 青木は、まほの手を握った。絶対に手放さないように力強く。

『あおき……青木って、もしかして、例のデート相手の、ですか?』

「そうです。青木君は私のことを気遣いながらも、礼儀正しく対等に接してくれました。沢山の

悩みも聞いてくれて、後押しをしてくれる――青木君は心の支えであり、私の力です」

 戸惑うように、しほが声にならない声を上げている。

 まほのドッグダグネックレスが、命を得たように光る。

「守ってくれる人がいることの強みは、お母様『だからこそ』分かるはずです。あなただって、

恋があったからこそ西住流を継げたはずです」

 反論はない。

「私一人が西住流の全てを継ぎ、これからも名誉を輝かせます。私は黒森峰女学園の

戦車隊隊長です、夢物語を語っているつもりはありません」

『……ですが……』

「私が西住流として戦車道を勝ち進んでいけば、みほの存在も世間的に認められていくはずです。『戦い方は違えても、やはり西住の名は強い』と」

『……私は師範です。師範は、平等に判断を下さなければならない』

「それは家族でも、ですか」

『はい』

「なら、」

 手が、ぎゅっと握られた。

「私が師範となって、みほを家族として認めたままにすれば、問題はないはずです」

 しほが『え』と口にする。

 青木が「え」と口にする。

「師範としてのお母様の判断がそうであれば、私が師範となって違う判断を下せばいい。

お母様には何の不名誉もありません」

『何を、言っているの……師範になるなんて、簡単に言わないで』

「――分かりました。失礼を承知で、言わせていただきます、お母さん」

 まほの両目が鋭くなる。言っても聞いてくれないのなら、どうしても認めてもらうには、

 

「私と、勝負しろ」

 

 今までのまほからは感じられなかった敵意が、手を通して伝わってくる。

 携帯越しで話をしているしほにも、まほの決意が通ったのだろう。しばらくは

何も言わないままだった。

 青木は黙ったまま、まほとしほの会話を見守っている。傍観者のつもりではなく、支えとして、心を守る者として。

『……分かりました。みほの件、考えておきます』

「ありがとうございます」

『……もう、こんな時間です。あまり遅くならないように』

「はい。お時間をとらせていただき、ありがとうございました」

 電話が切れる。

 緩慢な動作で、まほは携帯をデニムのポケットにしまいこむ。

 握り握られていた手はそっとほどけ、青木とまほは星無き空を無表情で見上げた。

 つかれた。

 青木が小さく呟くと、まほが「うん」と返す。

 何だか色々とめちゃくちゃなことがあった気がする。何時間も公園に居た気がするが、実際は

一時間程しか経過していない。

 西住流にとってとても重要なやり取りが行われたように思えるが、今日もジョギングコースは

静かなものだった。

「……他に、何か用件は?」

「……いや、もうない」

 じゃあ、もう寝るか。

 正直、めっちゃ疲れた。あれだけ苛烈で、あれだけ冷徹で、あれだけ大胆なやり取りをずっと

耳にしていれば、警察官でもヨロヨロになると思う。

 まほも緊張の糸が切れたようで、「はあ……」と深くため息をついていた。

「すまない、こんな時間まで付き合わせて」

「いや、僕はいいけど、まほさんは」

「私は心配いらない。むしろ、やることをやって、気分が良い」

 まほが、声を出しながら腕をぐるんと回す。それでも精神的に限界が近いらしく、先ほどまでの鋭さは何処にもない。

 つまり、やれることはやった。後は全国大会に専念し、その後でみほに謝罪すればいい。

 青木に残された役目は、全国大会を見守ることだけだ。

「ああ、そうだ」

 ゾンビのような足取りで帰路についていた時、まほが思い出したように、

「最近、君から手紙が来ていない――いいんだぞ、気を遣わなくても」

「え、いいの? 忙しいんでしょ?」

「君との文通は、戦車道と同じくらい大切だ」

 ロボットのようなスピードで、首をまほめがけ捻る。

「君とこうしてやりとりを重ねたからこそ、私は変われた。むしろ、人生まで変化したといっても過言じゃない。それほどまでに楽しいんだ、君との文通は」

 目だけ青木に向けて、口元はくすりと曲げて。

「言っておくが、君からもらった手紙は全て残してある」

「え、本当に? 捨ててよ恥ずかしい」

「ほう。じゃあ、君は私の手紙を捨てているのか?」

 ぐっ、と言葉が詰まる。どうやら、まほの手紙を死守していることは見抜かれている

らしかった。

「ほらな、君はそういう男だと信じていたよ。――時々見直したりして、心を落ち着かせることもある。どの手紙も、想いが込められているからな」

「……それは良かった」

「私は手紙は書き慣れていないから、心に伝わったかどうかはわからないが」

「いやいや、まほさんの善い感情が文字に出ているよ。うん、自分でも何言ってるんだろう」

 まほが、小さく声に出して笑う。

「そうか、それは良かった」

 立ち止まる。

「なあ」

「うん?」

 

「私のこと、どう思ってる?」

 

「……大切な人だって思ってる」

「そうか」

 意気地なしの返答だった。だから悪あがきとして、「友達」とは言わなかった。

 まほが嬉しそうな表情を見せているのは、そこを察してのことか、言葉通りの意味として

受け止めたからか。

 

 学園前に着く。「それじゃあ、また」と、まほが手を振って別れる。

 さて。

 告白するのは、全国大会が終わってからにしよう。

 

―――――

 

 疲れた。

 電話を切り、西住しほはだだっ広い屋敷の中で一人、座布団の上で腰を下ろしている。

 まさか、まほがあそこまで言うようになったなんて。

 やはり、子供は成長するものらしい。人は、出会いがあれば強くなるようだ。

 息を吸う。

 思い出す。みなぎる敵意が込められた「勝負しろ」の一言。

 あれほど反抗されたことは、初めてだった。西住流に忠実で、頑なだったまほが、

西住流師範であるしほに挑戦状を叩きつけてきた。

 理由は、みほと仲直りしたいから。

 これ以上無い動機だった。まほは姉だから、血が繋がっているから。

 由緒正しい伝統によって、今の家族関係は冷え切っているといってもいい。――仕方が

ないのだ。それを守る為には非情になることも必要だ。

 その場で、大の字で寝転がる。瞬間、フラッシュバックする。

 

「あ、雨です、ね。傘、ありますけど、どうです?」

「え、いいんですか? ……ありがとうございます。あ、あの、その、お名前は……」

 大雨になり、バス停で立ち往生していたところで常夫と出会った。

 きっかけとは凄いもので、それさえあれば戦車道一筋の人生に色がついていったものだった。

 そして、

 

「生まれた……生まれました……常夫さん、子供が……」

 人生で一番わんわん泣いて、喜びに満ちた瞬間だった。

 血の繋がりが感じられるように、家族であることを決して忘れない為に、しほからとってまほと名付けた。

 

「まほ。今日からお姉ちゃんになりますよ……」

 一番とは何も、一度だけじゃなくてもいい。

 妹のみほが生まれた時も、しほはぐずぐずに泣いた、人生って最高だと思った。

 

「ぱぱ!」

 まほが最初に言った言葉。なんだままじゃないのか悔しいなあ。

 しほは、めちゃくちゃ笑った。

 

「いけー!」

「とつげきー!」

 みほもまほも順調に育ってきたので、タンクデサントさせながら戦車をゆっくり走らせている。

 きゃあきゃあと騒ぐあの声は、今でも思い出せる。そして「あ、この子たちは戦車を

好きになるな」と嬉しく感じた。

 

「ごめんなさい、お母さん……」

「うう……」

 小学生となったまほとみほだが、みほの人見知りがたたってからかわれることも多かった。

 そのたびにまほがみほを庇い、ケンカすることも珍しくは無かったのだ。

 ――当然、放置出来ない問題として親に連絡が届く。そのたびにしほは、まほではなく

みほに対して「堂々としなさい」と叱るのだ。

 そして、

「怖かったよね、痛かったよね? もう大丈夫、とてもかっこいい……」

 

「動きに躊躇いがある! もう一度ッ!」 

 中学生の頃になると、まほとみほに西住流の名を改めて自覚させる。

 二人とも素質はあるが、まほが撃つべき時に撃つのに対し、みほは攻撃的な動作に若干のラグが生じている。

 心当たりは、ある。親だからこそ、一番よく知っている。

 みほは、とても優しい子だった。

 

「みほ、あなたは西住流としてなんという――」

 そして、まほとみほが高校生になれば、西住流の後継者として本格的に育成するようになった。

 この頃から、自分は戦車道の女として振る舞うようになる。高校時代とは転機の時期でも

あるから。

 ――だから、みほの救出行為に対しても称賛することは無く、西住流として

指摘するだけだった。

 やはりというか。優しすぎるみほは、犠牲を強いる西住流には向いていなかったのだ。

 だからまほが西住流を継ぎ、いつかは自分を追い越せば良い。それでいい、

 

「私と、勝負しろ」

 

 まほは、間違いなく西住流の後継者だ。自分も似たようなことを言った記憶がある。

 だが、戦車道にあるまじき「敵意」までは抱かなかった。あの時のまほからは、「勝つ」では

なく「倒す」という意志力すら感じた。

 みほのことを許さない限り、まほも自分のことを拒絶するだろう。

 

 人を切り離そうとすれば、いずれは誰かから見放される。それは認めなければいけない

因果であり、一種の罪悪感なのだと思う。

 ――あの時のまほは、どんな顔をしていたのだろう。もし電話越しでなければ、私は息を

していられたのだろうか。

 想像しようとすればするほど、胸がとても痛い。呼吸する音がよく聞こえる。耳鳴りがひどい。立ち上がれない。命が狭くなっていく。

 

 出会いを経験し、愛を知り、使命の為に家族すら切ったしほは、生まれて初めて拒絶される

恐怖を知った。

 

 か細い声が漏れる。

 なんとかして身を起き上がらせ、テーブルの上に置いた携帯へ手を伸ばす。

 

 常夫さん、

 助けて。

 

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