されど殺人者は魔法少女と踊る   作:お茶請け

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 泣くな。
 泣き顔には腹が立って殴りたくなる。殴った手が痛くて余計に腹が立つ。
 鼻血を出すのも生意気で腹が立ち、さらに蹴りたくなる。蹴られて転がる動作も無様で腹が立って、殺したくなる。
 それがこの世界で人間というものだ。
 だから苦しく哀しい時ほど、優雅に微笑み、くだらぬことをいえ。
 次も、その次も、またその次も。死ぬ時まで。

 ~ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ ~

 ■ ■ ■


一章 悪意の収束と共に
9話 舐めるな馬鹿共


 「終わりだ」

 

 「何が?お前の虫けらみたいな命が?」

 

 ヒルダはニタニタと下卑た笑みを浮かべた。

 見つめる先のリカルドの顔には苦痛の色が浮かんでいる。

 

 リカルドを楽しげに眺めながら、ヒルダは護衛であった魔導師達の亡骸に腰掛けた。

 椅子となった魔導師の頭部は破壊され、脳漿と体液が毛に絡まっている。

 眼孔から零れ落ちた眼球は、四肢を切断されたリカルドを光がない目で見つめていた。

 

 ヒルダはその眼球を視神経から引きちぎり、優雅に手の中で転がして弄ぶ。 

 

 まるで童女が遊ぶお人形のように、四肢を失ったリカルドは広い部屋の中心に置かれた椅子に据えられていた。

 抗おうと身を捩らせるも、胴体は縄で椅子に固定。

 多量出血によるショック症状、酸素欠乏症にならぬよう。切断された四肢の断面には咒式による治療が丹念に施されていた。

 残酷に弄ぶために発動された咒式は、死という救いすら奪う。

 

 さらにリカルドが飾られた椅子の周囲には、綺麗な円として並べられた『カエストス魔法商会』の構成員達。

 

 否、円として並べられているのではなく実際に一つの円となっていた。

 

 絡み合う腕や足は実際に融合しており、血液が互いの体を通して流れている。

 意識があるのか、歪に絡み合った肉の輪に浮かぶ顔は苦痛によるうめき声を上げていた。各々の顔は恐怖と混乱に見開かれていた。

 精神を崩壊した男の目は焦点があっていない。唇は閉じる事無く弛緩したように開かれ、涎が拭われる事無く流れ出ていた。

 同じように精神的苦痛により限界を迎え、心が砕け散った女性魔導師の一人は絶え間なく哄笑を上げ続けている。

 

 筋肉や血管などの肉体だけではなく、衣服や展開されたバリアジャケットなどの無機物ですら人体と融合されている。

 様々な魔法をその目で見てきたリカルドをもってしても、まったく理解が及ばない狂気の領域であった。

 いくつもの顔や何本もの腕、脚が蠢く肉の輪。こんな地獄を生み出す魔法が存在していいのか。

 

 武装魔導師・非戦闘員関係なくヒルダは『カエストス魔法商会』を一日のうちに殲滅。

 恐怖し命を歎願した者達はヒルダにより、リカルドを彩る装飾品へと変えられたのだ。

 生きたまま繋ぎ合わされ、殺人者の作品とされる恐怖と絶望。生み出された怨嗟の声は、この異様な光景を生き地獄と変えている。

 

 己の精神を何とか保つために、リカルドは冷静を装ってヒルダに向き合う。

 

 「お前は管理局が見過ごす事が出来ない事態を作った。既に管理局は捜索、情報を募っている。時期にお前は連中に補足されるだろう」

 

 「……はぁ?何を言うかと思えばそんな事?」

 

 ヒルダは呆れ返える。

 彼女はリカルドの言動を先読み、追い立てる次の言葉を用意していた。だがリカルドの発言は、そんなヒルダの予想を全て外れていた。

 

 「百を超える魔法世界から集められた管理局の魔導師達、お前はその逆鱗に触れた。待つのは破滅だ」

 

 暗い笑顔を浮かべる。

 呻くような声で言葉の矢を射続けるべく、息を吸い込む。

 

 「いくらお前自身が強かろうと、管理局には叶わない。オーバーSの魔導師達がお前を次元世界の果てまで追い詰める。そしてお前は一生光が届かぬ牢獄で、惨めに後悔しながらその生涯を終える。その様をあの世で見続けてやる」

 

 自らの死を覚悟した凄絶な呪言。

 四肢を奪われ死を待つのみであるのにもかかわらず、その気迫は隙あらば食い殺そうとする捕食者のものであった。

 黒社会の一角を取り仕切っていた男は、絶望の淵であろうと牙を折ることは無かったのだ。

 

 「ふ~ん、そっかぁ。よく解った」

 

 「もう遅い、お前は――――」

 

 「魔法世界にとって『ザッハドの使徒』は、この『右足親指のぺネロテ』はその程度なんだ」

 

 だが、殺人者の狂気はそれを軽く超えていた。

 

 リカルドの言葉はヒルダにより遮られた。言葉を紡ぐ事が不可能となってしまった。

 真に逆鱗に触れたのは管理局を相手取ったヒルダではなく、殺人者ヒルダを侮ったリカルドに他ならなかったのだ。

 

 「ムカつく、ものすっごくムカついた。『ザッハドの使徒』がただの犯罪者扱いだなんて、本当に馬鹿げている。でもそれが今のお前たち馬鹿共の共通見解なのね。うん、解った。よ~く解った。あぁ、本当に胸糞悪い」

 

 こいつはヒルダが敗北すると確信している。

 本物の自分が、勘違いしている愚か者どもに負けた揚句。殺されるのではなく、牢屋の中で死んでいくという突っ込みどころ満載なコメディを信望している。

 年中お花畑の脳内をステップしているとしか思えない言動を、ザッハドの使徒にのたまっている。

 

 つまりだ。

 

 管理局が、ミッドチルダが、魔法世界全体がそんな終わりを迎えると結論付けているはずだ。

 勘違い共がさらに勘違いして、ブッサイクな自分達がヒルダに勝てると考えている。

 老若男女の愚か者が、いずれかは私が牢獄にぶち込まれると思っている。彼らは変わらないつまらない日常を満喫しているということになる。

 

 偽物が、ぶさいくで弱くて汚い連中が。

 ザッハドの使徒をただの弱い弱い犯罪者扱い。

 

 ザッハドの使徒が出現したという一報を知っただけで、都市が混乱に陥る。

 歴戦の咒式士達の顔色が変わり、警察が騒然となるのが通例だ。捕縛?むしろそんな心構えのやつから死んでいく。

 魔法世界と元いた世界とのギャップに、ヒルダは思わず卒倒する寸前だった。

 

 「あ~なるほど、うん。私って優し過ぎたんだ」

 

 ただ殺すだけでは、凶悪犯罪者と変わりがない。

 死を彩り飾るからこその殺人者だ。

 ただ遊んで殺すだけではダメだ。ムカつくこと極まりないがアンヘリオのように、より芸術的に仕上げなければ意味がない。

 

 「私ね、お前を殺す事だけ考えてた。でもそれって甘すぎたんだよね~たぶん」

 

 ヒルダの桃色の両眼は、地面で蠢く肉の輪を注視している。

 

 「殺したらお前みたいな馬鹿共がさらに調子に乗る。だってただ私が楽しんで殺しても、そいつらにとってあんたはさらなる犠牲者に過ぎないもの」

 

 頭上に咒力を伴い、エミレオの書が出現する。

 未だ開かれた事の無いエミレオの書は、新たな主の狂気に呼応するかのように震えている。

 

 「勘違い馬鹿共の筆頭の管理局には、私が贈り物をしてあげないと♪」

 

 リカルドの覚悟は、悍ましいヒルダの微笑みによって砕かれた。

 恐怖が胸の内から湧き出て破裂、必死に逃げようと椅子でもがく。だが雁字搦めに結ばれた紐は解けはしない。

 流れ出る汗がリカルドの額で光る。

 無駄だと頭では解っていても、本能が絶え間なくこの場から一秒でも早く逃げろと警報をならしている。

 芋虫のように胴体をうねらせるリカルドを、ヒルダは嘲笑った。

 

 ヒルダの花が咲くかのような破顔と共に、エミレオの書が解放。

 身の毛がよだつ様な寒気。怯え竦むリカルドは顔を引き攣らせ、歯を震わせる。

 

 「リカルド、お前は殺さない。絶対に殺してあげない。お前には死ぬよりも苦しい罰を与えてあげる」

 

 リカルドの絶叫が空気を震わした。

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 ミッドチルダの一角、そこでは大きな葬儀が行われている。

 喪服に身を包んだ遺族の関係者の他、時空管理局の局員達が参列。遺族な泣き啜り、慟哭する中で聖王教会の神父達が死者に祈りを捧げていた。

 

 読み上げられた名は四十五。死者四十五名。

 

 葬儀に参列する参加者は膨大な数に上るが、誰一人としてその死を悲しまぬ者はいなかった。

 棺桶には多くの色鮮やかな花が、涙と共に添えられていく。同僚、家族、恋人、友人の死を惜しみ悲しみにくれる者達の悲しみは天に届いたのか。

 朝は明るく青々と広がっていた空も、今では暗く重い雲に覆われている。

 

 「どうして、どうしてあの人が死ななくてはいけなかったのッ!?」

 

 「くそったれが、嫁さん一人残して逝きやがって。……馬鹿野郎」

 

 「お姉ちゃん……」

 

 深い悲しみが遺族を襲い、心を締め上げる。

 涙が尽きることなく流れ、亡くなった者を呼ぶ声が孤独に空気を震わせる。

 

 嘆き悲しむ暗澹とする光景を、沈痛な面持ちで眺める魔導士がいた。

 栗色の髪を白いリボンでまとめ上げた女性。高町なのはであった。

 いつもは力強く、温かさを見せる彼女の顔には陰りが見えていた。

 

 傍に寄り添うようにして佇む、ワインレッドの美しい瞳を持つ痩身の女性。フェイト・ハラオウンは一瞬躊躇いを覚えたが、意を決したようになのはの肩に優しく自らの手を添えた。

 

 「……なのは、大丈夫?」

 

 「うん、私は大丈夫。ありがとうフェイトちゃん」

 

 安心を促すかのように微笑みを浮かべる。だがフェイトから見れば、その笑顔はあまりにも儚く弱いものに思えた。

 

 「私よりも、つらい思いをしている人はたくさんいる。そんな人達に弱い姿を見せるわけにはいかない」

 

 今の私が大切な存在を失い、心を痛める者たちの支えにならないといけない。

 

 なのははこの場に呼ばれた意味をよく理解していた。

 この身は『エース・オブ・エース』と呼ばれる時空管理局の希望。凶悪な犯罪者に日常を奪われ、悲しみ、恐怖に震える人々に光を見せなければならない。

 必ず私達に代わって死者達の無念を晴らしてくれる。暗く閉ざされた闇を照らしてくれる。

 時空管理局は正義のヒーローのような姿を私に求めたのだ。

 

 だから、今ここで弱さを見せてはいけない。

 既に何人かの遺族がなのはの存在を知るや走りより、涙ながらに「犯人を捕まえて欲しい」と頭を下げていった。

 なのはの手を握りしめながら、何度も頭を下げて「お願いします」と繰り返すのだ。

 

 果たさなくてはならない。人を救うという責務を。夢を。

 何よりもなのは自身がそれを望んでいる。悲しみ、涙を流す人々の笑顔がその先にあるのだと信じている。

 

 これ以上の悲しみを生み出さないよう、私は戦う。弱いのであれば、今よりも強くなる。

 

 「困っている、悲しんでいる人がいて。私にはそのための力がある。迷ってはいけないから」

 

 決意を新たに、高町なのはの目には熱き炎が灯る。

 

 「助けを求める人のために、私を信じてくれる人のために。私は戦う」

 

 「……なのは、違うよ?」

 

 「フェイトちゃん?」

 

 フェイトは困ったように小さく息を吐き出した。

 吹き渡る風が温かい空気を運び、二人の頬を優しくなでる。

 

 「『私は』じゃなくて、『私達』だよ」

 

 はっと気が付かされたようになのはは息を呑んだ。

 そんな彼女を気遣いながら、フェイトは力を込めて心に届くよう言葉を発していく。

 

 「なのはは一人じゃない。私がいる、はやてがいる、みんながいる。だからそんな淋しい事を言わないでほしいな」

 

 一人ではない。一人で背負うのはあまりにも悲し過ぎる。

 だから私にも、私達にも背負わせてほしい。なのはは一人ではないのだから、そうフェイトは笑いかけた。

 

 なのはしばらく呆然としていたが、やがて小さな笑みを見せる。

 先ほどとは違い、仮初の笑みではなく彼女の本当の笑みを見せた。

 

 「ごめん、ちょっと気を張りすぎちゃってかも」

 

 「うん、仕方がないと思う。私もきっと一人だけだったら、今のなのはのようになっていたと思うから」

 

 そう、あまりにも犠牲者が多過ぎた。流れる涙が多過ぎたのだ。

 二人の耳に小さな叫びが聞こえた。何事かとすぐさま首を動かし、状況を把握するべく警戒。

 しかし、目線の先にあった光景になのはとフェイトは目を奪われた。

 

 娘であろう少女が、棺桶によりそって「お父さんを埋めないでっ!」と泣き叫んでいた。

 

 母親が沈痛な面持ちで少女を離そうとする。だが少女は目を潤ませながら、離すものかと必死に父の遺体に抱き着いていた。

 幼心にこれが最後の別れであると理解しているのだろう。絶対に離さない、お父さんを埋めさせないと遺体に縋り付く娘の姿。

 ついには母親も嗚咽を漏らしながら、耐えかねたように座り込む。

 

 遺体がある者はまだ良い方であった。

 

 犯罪者ヒルダが召喚した魔法生物により、多くの局員は食い殺されている。

 墓地に収める体すらヒルダは奪っていったのだ。遺族たちは家族や友人、恋人の遺体に縋り付くこともできず、最後に抱きしめることも触れることも叶わない。

 多くの遺族たちは写真を持って参列しているのが現状だ。

 

 しかし、どちらが幸福か。どちらが良いのかという問題はあくまで個人の水掛け論に過ぎない。

 大切な者を失った事に変わりは無いのだ。それを上下に位置させて納得させる事など、部外者ならばともかく当人達には出来やしない。

 

 「メイ、お父さんは一生懸命に戦ったの。だから、もうお父さんを休ませて――――」

 

 「いやっ!お父さん起きて、ねぇ起きてっ!」

 

 「メイッ!」

 

 「お母さんの嘘つき、お父さんは死んでなんかいないっ!」

 

 娘の激しい慟哭に、母親は何も言えなくなったのだろう。

 俯きながら、肩を震わせていた。悲しみのあまりに拒絶する娘へ、かける言葉が見つからなかったのだ。

 

 思わずなのはが歩み寄ろうと一歩踏み出す。だがそれは隣にいるフェイトの腕によって遮られた。

 無言の講義を行うなのはに、フェイトが視線で理由を促す。

 

 揺れるオレンジ色のツインテール。凛とした目つきで亡き父に縋り付く少女に歩み寄っていく。

 泣き崩れた母親がその存在に気が付き顔を上げると、配慮するかのように丁寧なお辞儀で一礼。

 

 そして目尻に涙を貯めて自らを鋭く睨みつける少女。その目線の高さに合うよう、自らゆっくりと屈み込んだ。

 警戒する少女を脅かさないようにゆっくりとポケットに手を入れる。差しだすかのように取り出したのはフリルの付いたハンカチ。

 

 「可愛い顔が台無しだよ。ちゃんと綺麗にした方が、お父さんも、その、喜ぶと思うな」

 

 ティアナ・ランスターは目を怒らせる少女を宥めるように笑った。

 少女は戸惑いがちに差しだされたハンカチと、やや緊張した面持ちのティアナを何度も見比べる。

 

 やがて恐る恐るといったようにハンカチを手に取ると、震える手でしっかりと持ちながら目元を拭う。

 

 「……えと、名前はなんていうのかな?」

 

 「……メイ」

 

 「……メイちゃん、お母さんを困らせちゃだめだよ?」

 

 「……何も悪くない、お母さんが嘘付いた」

 

 「そんなことは――――」

 

 「お父さんは約束してくれた!明日みんなで遊びに行くって、私のために新しいお人形を買ってくれるって!」

 

 子供には大人都合など関係ない。今まで自分が経験し、体験した事が全てだった。

 だからこそ一番正直に泣き、死者を悲しむ事が出来る。

 その純粋さが、ティアナには見ていて痛々しかった。今にも壊れてしまいそうな危うさが感じられた。

 

 「お父さんは嘘をついたことなんてないもん!明日にはきっと起きて、起きて私の頭を撫でてくれる!おはようって言ってくれる!」

 

 「メイ、あの人は……あの人はもう」

 

 「嘘つきだっ!お母さんもお姉ちゃんも、みんなみんな大っ嫌だ!」

 

 言葉はもう通じない。世界を拒絶するかのように一筋の涙を流すメイ。

 放っておけない、見ていられないとなのはが駆け寄ろうとする。

 だがそれより先にティアナは動いていた。

 

 「――――ごめんね」

 

 ティアナはメイを抱きしめていた。

 強く、強く。されど少女を優しく包み込むように。

 

 「私が、弱くてごめんね。メイちゃんは強い。でも今だけは良いんだよ?お父さんの前だからって、そんなに頑張らなくて良いんだよ?」

 

 ティアナの声が徐々に掠れていく。

 少女の溢れ出る涙に呼応するかのように、青い瞳から涙が流れ落ちていく。

 

 「きっとお父さんも許してくれるから、だから今だけは強く無くてもいいんだよ?」

 

 少女の目に再び涙が浮かぶ。泣かない、絶対に泣かないという強い覚悟があろうと、涙は何度でも溢れ出ようと湧き出てくる。

 

 「メイは、メイは……信じてるからっ!お父さんの約束を守るから……っ!」

 

 「うん。でも思いっきり、思いっきり泣いても良いんだよ?ここで泣かないと、メイちゃんは私みたいに一生後悔すると思う。だから――――」

 

 ティアナの脳裏に、誰よりも大切だった兄の姿が浮かぶ。

 この少女もまた自分と同じように奪われた。見るはずだった夢を、未来を奪われた。

 

 だからティアナは涙を流し、メイも涙を流した。

 

 理屈では無い。

 この感情がそんなものであってたまるかとティアナは歯を砕かんばかりに噛み締める。

 大切な人がいるはずった未来を、明日を返せ。ずっと側にあった温かさを、大切な人を返せ。

 綺麗にまとめられてたまるものか、この苦しみと悲しみを『悲劇』の一言で片づけられてたまるものかッ!

 

 「泣いて、良いんだよ。泣いて良いんだよッ!メイちゃんッ!」

 

 「――――っ!!」

 

 その一言が、メイの心の壁を砕いた。

 涙が止めどなく、堪える事が出来ずに頬を伝って流れ始める。感情の大きな波が、嗚咽となって表れる。

 メイはティアナを抱きしめた。ティアナはメイを抱きしめた。

 

 「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

 「うん。良いんだよ、メイちゃんは悪く無いから。メイちゃんは、悪く無いからッ!」」

 

 「お父さんとの約束……無かった事にしたく無かったから。メイが約束破ったら、誰もお父さんとの約束をまもらなくっちゃうからっ!」

 

 「うん、うん」

 

 誰もが死を悲しむ中で、たった一人少女は戦っていた。誰もが現実を認め、「こんなはずではなかった」と後悔している中で。幼い少女は大切な人の約束を守るために、必死にただ一人で戦い続けていたのだ。

 

 正義も悪も解らない。ただ父親との絆が、繋がりがその少女の姿に現れていた。

 奪われたはずの父の姿。目を曇らせる大人達の中で、少女にははっきりと見えていたのだろう。

 

 ティアナはゆっくりと腕を放す。

 これ以上は踏み込んではいけないと知っていた。不安げにティアナを見上げるメイに、目を赤くしながら笑う。

 

 その瞬間、メイを抱きしめる者がいた。温かく、だけど弱々しく震える母親の体がメイを包み込む。娘へと母親は何度も「ごめんね」と呟く。

 誰よりも父親の死を理解し、それでも必死に戦おうと悲しみを抑えつけていた娘へ。何度も何度も母親は涙ながらに謝罪する。

 そんな母親の姿に、メイも同じように何度も何度も謝り続ける。終わりが無い謝罪が、ただひたすらに繰り返されるのだ。

 

 遺族・局員達は涙を流す。親子の姿は、哀惜の念と死者との絆や思い出を想起させた。さめざめと泣き、地面に突っ伏す者すらいた。

 

 なのは、フェイトも一粒の涙が頬から伝い落ちる。

 フェイトは自らの母親を想い、なのはは家族との絆を改めて噛み締めた。

 ティアナも亡くなった兄の姿を思い出したのか、声は出さずとも静かに肩を震わせている。

 

 「フェイトちゃん」

 

 「なのは」

 

 言葉は語らずとも、二人の決意はさらに強く結ばれた。

 誰も悪くはないのだ。だが謝らずにはいられない、誰かに謝り続けなくちゃいけない。

 こんなのは間違っている。間違っているのにそれを見ていることしか出来ない歯がゆさ。

 

 もう、二度とこんな親子の姿は見たくない。

 

 なのはとフェイトの決意、だがそれは二人だけのものではなかった。

 成り行きを遠くから見守っていた八神はやてもまた、彼女達と同じように決意を固めた一人である。

 はやての横で聖王教会の制服を着衣したカリム・グラシアは、目を伏せて静かに微笑む。

 

 「素晴らしい仲間を得ましたね、はやて」

 

 「本当やな。私は人の縁には本当に恵まれとると思うよ」

 

 「それに、ティアナさんは多くの方に戦う事を思い出させてくれました」

 

 はやてが密かに危惧していた事態は、杞憂に終わった。

 親子を見つめる者達に変化が表れていたのだ。泣きはらした目。だがその目には怒りの闘志を燃やす管理局員達の姿があった。

 

 「残忍な凶悪犯罪者、それに立ち向かうのには勇気が必要や。怯えてしまうのは解る、怖いのは解る。でも、私達がやらなくて誰が遺族の無念を晴らしてやれるんや」

 

 自ら死地に喜んで向かう者は一人もいない。

 誰もが理由を必要としている。覚悟がなければ生死を分ける戦いには望めない。

 

 「はやて、解っておりますね」

 

 「時間との勝負や」

 

 だが、この覚悟もいつまで続くか解らない。

 共に戦う同僚が殺され続け、守ろうとしたものを失い続ける。心は疲弊し、誇りは脆くなり、戦意は砕け散っていく。守るべき家族が任務の危険さを悟り、押しとどめる可能性も考えられるのだ。

 

 今回の敵は凶悪犯罪者。無差別に殺していくヒルダ・ペネロテ。

 だからこそ早くヒルダの行方を掴まなくてはならない。

 

 ここまで犯罪を犯したヒルダを逃がし続けてしまえば、必ず時空管理局を軽んじる者が現れる。

 そうなれば管理局が取り締まる現状に、不満を覚えていた者達が立ち上がることで状況が悪化。

 彼らがヒルダに手を貸す可能性が生まれてくる。

 

 時間が経てば経つ毎に、ヒルダに優位な状況が出来上がるのだ。

 

 「聖王教会も可能な範囲で協力を行います。私自身が持つツテもいくつか使わせて貰います」

 

 この場にいるカリムが、その危険性を示す何よりの証拠。

 聖王教会と時空管理局という両組織に属するカリム。普段は外出を行わず、可能な限りは動く事のない彼女が、今回の葬儀に参列している事。それも聖王教会の制服を着衣した姿で。

 

 聖王協会側が協力の姿勢を見せている。有り難い事だが、それが今後起こる危機を如実に表していた。

 

 「頼りにしているで。それにしても、師匠の目は確かやなぁ……」

 

 「はやての師匠……ゲンヤ三等陸佐ですか?」

 

 「そうや。後で師匠のところに聞きにいかへんと」

 

 少しは利口になった気ではいたが、長年職務を勤め上げてきたゲンヤにはまだまだ及ばない。

 この状況を時空管理局内で、最も早く予想したのはゲンヤであることには間違いない。

 確かこの葬儀にも参列しているはず。後で話す事が出来るよう、取り合わなくてはならない。

 

 説明を求めるような視線を向けるカリム。はやては順序を追って話そうと決めた。

 同時にはやての通信機器が振動。眉を顰めながら取り出すと、相手は話題の中心であるゲンヤ・ナカジマであった。

 カリムに目で了解を取る。カリムは首を傾げながらも「おかまいなく」といったように頷いた。

 

 通信機器を操作。耳にあてて礼儀として一応の形式を述べる。

 

 「はい、八神はやてです」

 

 『おう、はやて。念話の方が本来は良いんだが、俺はそっちの才能がないからな。……すまんがちょっと良いか?』

 

 「師匠、何かあったんですか?」

 

 『お前にも手を貸して欲しい。受付の設営テント04にまで来てくれないか?』

 

 「了解や。なのはちゃんやフェイトちゃんもいた方がええか?」

 

 『そうだな。すぐに来て欲しい、待ってるぞ』

 

 すぐに通信が断絶音と共に切れる。

 はやてはゲンヤとの通信の違和感に首を傾げながら、カリムに向かい合う。

 既に事情を察しているのだろう。カリムは口元を隠しながら笑っている。

 

 「あ~、師匠さんからのお願いで」

 

 「仕事、というわけですね」

 

 「……はぁ。解ってはいるつもりやけど、死者を追悼する暇すら碌に与えられない忙しさだけは慣れへん」

 

 「追悼の意は時間が決めるものではありませんよ。想いが決するものです」

 

 「聖職者みたいな言い分やなぁ」

 

 「その聖職者が私ですからね」

 

 念話でなのはとフェイトに連絡を取る。

 二人は驚いたようであったが、快く同伴を受け入れてくれた。カリムに再度礼を述べると、はやては合流するべく歩き出した。

 生まれるであろう悲痛と苦痛に怯える人々を救うために。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 葬儀全体を時空管理局が取り締まっている以上、受付側にも管理局の局員が主に回されている。

 万年人手不足である以上、それこそ最低限の人数しか回されてはいない。共に死者を弔う想いはあるだろうが、次々に押し寄せる人並みには流石に気疲れする事だろう。

 

 ミッドチルダ、及び管理世界から集まったマスメディアの何人かがテントに押しかけていた。社員証を服に身につけていない者は、恐らくフリーのライターであろう。

 今回の葬儀では、決められたマスメディアの取材しか受け付けられていない。

 

 この対応は遺族への配慮もあったが、確実な情報統制を行う狙いもある。

 近年、何かと管理局はバッシングの対象になる事が多い。加えて拡大解釈されて描かれたゴシップ記事で、無用な混乱が起こる可能性も考えられる。

 

 そのため管理局の手が行き届いたマスメディアのみを対象に、この葬儀では取材の許可が下された。

 それに反発した雑誌などの情報記者、加えて管理局という大きな組織と繋がりを持てないフリーのライターがこのように押しかけているのであろう。

 

 なのはやフェイト、はやてのような有名人があの者達の目に入れば面倒くさい事になる。

 わざわざ彼らに騒ぎの種を与える必要も無いと、はやて達は裏からゲンヤに指定されたテントへと向かう

 同時に顔を隠しながら、必死に対応している気の毒な局員に向けて心の中で謝罪と応援を送った。

 

 少しばかり余計な時間をかけて目的地に到着。何人かの局員が忙しそうに行き交っている。

 彼らを横目に目的の人物を捜索。すぐに頭をかきながら空を見上げていたを発見した。

 

 ゲンヤも同時にはやての姿を見つけたのか、やや疲れが見える歩行で歩み寄ってくる。

 はっきりと目視できた顔には、積み重なった疲労が感じられた。

 

 「お、良く来てくれたな。早速で悪いがちょっと来てくれ」

 

 「何かあったんですか?」

 

 「説明するより見た方が早い」

 

 ゲンヤは三人を伴ってテントへと入る。

 テント入り口にいた二人の局員が敬礼。返礼しつつ、はやて達もゲンヤに続く。

 

 中は思ったよりも広く、中心に組み立て可能な簡易デスクが三つ横に並べられていた。上には資料や受付名簿などがきっちりと整えられて重ねられている。

 一メートルほどの空中投影映像が表示され、現在行われている葬儀の民間放送が流されていた。 

 

 「まぁ、問題はこいつだよ」

 

 ゲンヤの視線の先にあった者を見て、三人は僅かばかり顔を顰める。

 連なる机の中央に置かれてあったのは、この空間におよそ不釣り合いと言える箱であった。

 綺麗に青い包装用紙とピンク色のリボンでラッピングされている。まるでサプライズで子供にあげるような、プレゼントに思えた。

 

 はやてが頭痛がしてきた頭を労りながら、呆れるようにそれを見つめる。

 

 「なんやこれ」

 

 「ついさっき送られた来たものだそうだ。差出人は不明。配送会社は現場の局員に渡してくれればいいと伝えられていたらしい」

 

 「不審物……ってことかな?」

 

 「随分とかわいい不審物だよね」

 

 なのはとフェイトが共に苦笑しながら、奇妙な箱をゆっくりと見聞する。

 魔法でコーティングもされておらず、箱自体の材質も精々衝撃吸収に長けた程度のもの。それほど重要な物が詰められているようには思えない。

 

 「差出人は誰なんや?」

 

 「解らん。送り主がいるのは今回の事件の黒幕がいる第×××管理世界らしいが……。まぁ、中身を調べて見てくれ。悩みの種が解る」

 

 「じゃぁ、私が」

 

 なのはが自ら進み出て、探知魔法を発動。

 箱には中身の漏洩を防ぐためのプロテクションすら施されていない。

 やすやすと調査が進む事に、一種の不気味さを覚えながら探知は完了。

 

 表示された結果を見て、三人は唖然。直ぐさま探知結果を見直すも、表示された内容は一切変わらない。

 フェイト、はやてもなのはと同じように確かめるが、両名もまったく同じ結果となった。

 

 「え~と、これって……」

 

 「あかん、ますます頭がいとうなってきたわ」

 

 「あ、あはは。うん、私もちょっと解らないかも」

 

 それぞれの反応は異なる。だが全員が理解不能という結論に達した。

 

 「これって、生体反応だよね?」

 

 「うん、フェイトちゃん。加えて微々たる魔法反応もあるし……」

 

 「やっぱり、生体反応だよな……」

 

 ゲンヤはため息を吐き出しながら、ゆっくりとパイプ椅子に腰をかけた。

 

 「最初は俺達も危険物かと思ったんだがな。見ての通り危険物質の反応は無い。魔力反応はあるが、生体反応から感知されたものだと解った。で、念の為に魔法の扱いに長ける奴を呼ぶ事にしたんだが……」

 

 本当に困った事になった。そんな心の声が疲れきったように俯くゲンヤから聞こえて来るようだ。

 魔力反応も微量。危険物であれば処理班を呼び、本局が回収する事が通例だ。しかしこれが生き物となるとそうもいかない。

 

 こんな保護する魔法すら碌にかけていない箱に詰められていれば、中に存在する生き物は少なからず衰弱している。

 現に魔力反応は弱々しく、場合によっては一刻も早く病院に連れて行かなければならない可能性が考えられるのだ。

 

 だが不審物である事には変わりなく、開けるのには何かと神経質にならねばならない。

 有事の際に直ぐさま解決できる者が、開封の場に必要だ。

 三人が心配そうに箱を眺める。

 

 「生物だった場合すぐに助けてあげないと……」

 

 「無機物であれば管理局の方で保管がきく。でもそうじゃないとなると、一刻も早い対処が必要となるからなぁ」

 

 見捨てるという選択肢が取れれば全ての問題は解決するのだが、そのような選択ははなっから彼らの頭には存在しない。

 思い出したようにゲンヤは机に置かれた手のひらほどの紙を掴み取る。

 

 「それは?」

 

 なのはが尋ねると、ゲンヤは眉を顰めて差しだした。

 受け取って確認すると、それはメッセージカードである事が解った。加えて一目で女性、それも年幼い者が描いた事が見て取れる。

 

 『どうか、皆さん彼を見てあげてください。私は彼を見てとても元気になりました。みなさんも、きっと目が覚めてくれると信じています』

 

 それを覗き込むように確認したフェイトが、困惑しながらも再度箱を見つめる。

 

 「子供のいたずら……なのかな?自らの飼い猫や犬を入れたとか」

 

 「まったく、気持ちは嬉しいけれどそれはあかんやろ」

 

 家族を愛して止まないはやてが、やや憤慨気味にバリアジャケットを着装。

 さらに結界魔法を発動する事で、箱と自身の周囲を覆う。

 

 魔力ランクSSというオーバーランクの結界。いくらリミッターをかけられているとはいえ、その堅固な結界は並大抵の衝撃では砕けない。

 はやて自身も自らが持つ芳醇な魔力を、存分に防御に転用している。仮に中身が偽装された質量兵器であったとしても、よほどの事が起きない限りは彼女を傷つけるに足り得ないだろう。

 

 「これで開けても大丈夫やろ?」

 

 「まぁ、お前ならやってくれるとは思っていたが……。加減を覚えろ、加減を」

 

 笑いかけるはやてに、仕方がない奴だと苦笑するゲンヤ。

 なのはとはやては箱の中に入った存在が気にかかるようで、はやく開けて助けて欲しいと目ではやてに訴えかけている。

 

 「はやてちゃん」

 

 「はやて」

 

 「そない焦らへんといてや、二人とも」

 

 リボンを解き、包装用紙を外していく。

 表れたのは黒い箱。外見とは打って変わって、まったく装飾気の無い箱だ。

 何より空気孔など隙間が存在しない。これでは中の生き物がだいぶ弱っているであろう事態が推測できる。

 

 指を動かしてボタン式の鍵を解除。

 箱の役割を果たしていた側面、上部の壁が駆動音と共に取り払われていく。

 解除されていく箱を、不安に思いながらもはやては案じる。

 

 「さぁって、どんなかわい子ちゃんが――――ッ!?」

 

 全てが顕わになった。同時にはやての全身が硬直。目が飛び出ん程に見開かれる。

 位置的に他の三人には見えなかったが、何か異常が起こった事は、火を見るよりも明らかであった。

 

 「はやてちゃんッ!?大丈夫ッ!?」

 

 「はやてっ!」

 

 「おい、しっかりしろはやてッ!」

 

 ゲンヤが椅子から飛び上がり、フェイトとなのはが駆け寄る。

 はやては呼びかけに応じる事はなく、ただただ呆然と箱の中身を注視。

 

 「な、なんや……これ」

 

 はやては先の言葉が出ない。唖然としながら一歩、また一歩と後ずさる。

 咽が渇き、汗が流れ出る。頭が目に映った物を理解しろと叫ぶが、本能がそれを激しく拒絶する。

 

 他の三人もはやての視線を先を確認、絶句。言葉を失い、唖然としてその場に立ちすくんだ。

 

 赤い箱ガラス張りの箱。絶え間なく内部で何かが蠢いていた。

 右の瞳がはやてを見つめる。左の眼球は左側面にあり、なのはとフェイトの二人を見つめていた。

 

 一片四十センチのガラスで構成された立方体の内部には、気管に肺。食道や胃。胃からの結腸が渦巻いて、回腸がたたまれていた。箱の内部を満たしているのは内分泌液。

 赤い箱では無い。透明の箱に詰められた内臓により視覚が赤と認識したのだ。

 

 生体反応の原因は明らかであった。

 呼吸器系・消化器系・循環器系・泌尿器系・内分泌系・神経系。

 そして脳を収める事で完成された生ける標本。微弱な魔力反応は魔法生物によるものではなく、この内部に収められた誰かが発していたのだ。

 

 必要最低限、生存のための内臓と器官が綺麗に収められたガラスの箱。

 心臓が脈動。血を送り出して生体活動を行う。人体を形成すべき肉や骨格、皮膚は人間として必要とされるが、生体活動ではさほど重要性を持たない。

 だがこれでは『人間』とはおよそ呼べない。しかし『人間』ではなくなったとしても、箱の中の誰かは今も生きていた。

 

 自死しようにも死ぬ事が出来ない。死ぬための方法を持たないからだ。

 狂いたくても狂えない。最低限精神を繋ぐ咒式が内部で恒常的に発動しているからだ。

 

 はやてを、なのはとフェイトを見つめる眼球から涙がこぼれ落ちた。

 押しつけられた眼球には生命の光が宿っていた。はっきりとした自我があった。意志が感じられた。

 

 ガラスの内部で口角筋が四方に動く。唇がはやて達へ向けて言葉を紡いでいた。

 

 『殺してくれ』

 

 唇の動きはそう言っていた。

 

 「大丈夫ですかッ!?」

 

 「何かあったんで――――ヒぃッ!?」

 

 外部で異常を察した局員がテント内部へ突入。

 同時にガラス張りの生きた人工模型を直視し、短い悲鳴を上げる。

 一人が腰を抜かしたのか、その場に崩れ落ちながらも目は箱から離せない。

 

 誰もが言葉を忘れ、非常識なそれに思考が停止していく中。

 いち早く復帰したゲンヤは、箱の表面に朱色の口紅で書かれた図形らしきものを発見する。それは文字、サインであった。

 無意識のうちに描かれた文字を追っていく。理解するにつれて、心より嫌悪感と恐怖が沸き起こった。

 

 だがそれよりも現在心配なのは自らの教え子だ。

 顔面は蒼白。まるで病人のように青い顔だ。心は未だ麻痺しているかのように、目には正気が感じられない。

 

 「おい、はやてッ!しっかりしろッ!?」

 

 その場で空気を奮わせるかのような怒声を飛ばす。

 

 「――――ッ!し、師匠」

 

 「大丈夫か?」

 

 「だ、大丈夫……や」

 

 目が意識を取り戻す。

 まだ言葉の羅列が回らないようだが、返事を返せるだけで十分だ。

 

 「なのは、フェイトッ!」

 

 「う、うん。大丈夫です」

 

 「これは……一体」

 

 二人は正気を保っていた。だが顔色は青く、言葉が僅かに震えている。当然だ、こんな馬鹿げたものを見て平然としていられるようなやつはいない。

 

 だがその背後で恐怖に体を震わせる一般局員はダメだ。呼吸の間隔が短く、荒い。恐怖による錯乱状態に陥っている。特に腰を抜かした局員は恐慌寸前だ。

 このままでは余計な騒ぎが広がるッ!

 

 「お前ら、二人はすぐに外に出ろ。早くッ!指示を出すまで動くなッ!」

 

 「は、はひッ!お、おい」

 

 「なのは、フェイト。はやてを頼む」

 

 「解りました……」

 

 「はやて、落ち着いて」

 

 間近に見た事で精神的被害が一番大きいはやては、親友である二人に任せた。

 精神的ショックにより疲労したはやてを、フェイトとなのはゆっくりと椅子に座らせる。箱を見せないように、間を自らが壁として遮る辺りは流石と言えるだろう。

 この事態の中でそこまでの気配りができる者はそういない。自分が声をかけるよりはこのまま二人に頼んでいた方が良いと、直ぐさま本部へと通信を開始。

 

 一見冷静な行動を見せるゲンヤではあったが、その心ははやてと同様に疲弊していた。

 手は震えており、何度か操作を誤る。歯を噛み締めながら、手を机に激しく叩きつける事で強制的に振動を止める。痛みが治療薬となって、恐怖を押しとどめた。

 接続完了、通信が開始される。

 

 「本部、こちらゲンヤ・ナカジマ――――」

 

 慌ただしく動くゲンヤの背後で、臓器の箱は絶え間なく生命活動を行い続ける。

 その箱に描かれたサイン。

 

 『ヒルダ・ペネロテより馬鹿共へ。哀れなリカルドの詰め合わせ』

 

 他ならぬ箱の制作者であり、送り主を示すメッセージが表面に綴られている。

 邪悪な悪意と狂気の生きた芸術。生命を冒瀆し、陵辱する事すら厭わない常軌を脱したヒルダの贈り物。

 それは彼女の目論見通りの混乱と恐怖を管理局に与えた。

 

 『ザッハドの使徒』

 

 倫理観や理性という表層の装飾を脱した、人としての領域を踏み越えてしまった怪物。

 魔法ではなく咒式がもたらす狂乱と破壊の嵐が、ミッドチルダを襲わんと牙を剥いた瞬間であった。

 

 




  ■ ■ ■

 六課、覚悟完了。
 あとされ竜⑪と⑫を外で忘れて消失しました。買い換えないと設定確認できないから、この先書けない……。

 Q.今アニメのどこあたり?
 A.五話前です。

 Q.これってアンチなの?
 A.よく考えるんだ、ヒルダの相手はなのはさんだ。そう言う事だ。

 Q.他のされ竜連中はでますか?
 A.カリムさんが余計な予言でもしない限りは出ません。

 Q.防御魔法を全体にしていれば、スナルグぐらい防げね?
 A.特定の異貌のものどもは、咒式干渉といってAMFのような能力をもっています。あとされ竜にて誘導能力と貫通能力、射出能力を上昇させているような描写があるためいけると判断しました。

 Q.オリ咒式は登場するの?
 A.自分はオリ要素をぶち込むと間違いなくエタる。にじふぁんで既に私は経験済みなのでさせません。

 Q.主人公勢は出ないのですか?
 A.メガネはちょっとぐらい休ませてあげてください。どうせまた死にかけるので。
   そして許嫁が怖いドッラケン族は、娘さんと別居したくないようです。

 Q.特定のキャラ、やたら贔屓してね?
 A.ピクシブ辞典のスバルとティアナ。アニオタWIKIで記事が出来てるシャッハと、上司なのに記事が出来ていないカリム。
   そしてされ竜で贔屓される奴は、大抵死にかけるor死であることを再度お考えください。

 Q.まったくいちゃコラ要素が無いのですが?
 A.され竜でいちゃコラは、手を腹部に突っ込まれて腸を愛撫されるまでがデフォ。
   つまりこの作品はラブコメディである可能性が高い。

 Q.ぶっちゃけこの後書きは必要あったのか?
 A.『アニメクロノとおもちゃ箱クロノの乖離距離』がイコールで『この後書き必要の無さ』となっております。 

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