されど殺人者は魔法少女と踊る   作:お茶請け

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10話 愚者のお茶会

 自動昇降機に乗り込む。行き先の階数を指定、駆動音を立てず自動昇降機は上昇を開始する。

 ゲンヤはこった肩を鳴らしながら、自らの横に佇むはやてをさりげなく横目で見つめた。

 視線は昇降機の入り口に固定されている。幾度か瞬きが行われるものの、目線に乱れは見られない。

 

 「おい、はやて。無理だけはするな」

 

 ゲンヤは厳しい目つきで、はやてを睨み付ける。

 

 「お前が無理して参加する必要はない。休養が必要なら、もうちっと休んどけ」

 

 「師匠、心配しすぎや。もう私は動ける」

 

 一切ゲンヤに顔を向けることなく、やや言葉早めに言葉を述べる。

 あくまで強気な姿勢を崩さないはやてに対し、ゲンヤは苛立ちを落着けるかのように髪をかき上げた。

 

 「動ける事と戦える事はまったく別の話だぞ。いったん落着け。気持ちは解るが、休まないと見えるものも見えなくなる」

 

 ゲンヤから見れば、今のはやての立ち位置は非常に危うい。

 

 はやては責任感が強く、誰もが目を背けることに真っ向から向かっていく傾向がある。特に誰かが理不尽に悲しみ、苦しむ事に激しい憤りを覚える。

 

 今回の事件は、彼女にとって許しがたい悲劇だ。

 多くの人が嘆き、これからさらに凶悪犯罪者による被害が生み出されようとしている。

 

 それを防ぐために全力でぶつかり、犯罪者を捕えて平和を守る。

 それは正しい。優しいはやてが持つ、正しすぎる正義だ。

 

 「もう、師匠は本当に心配性やなぁ。大丈夫や、もう体力は十分回復しとる」

 

 「体力じゃない、心だ。あんまり無茶すると体は良くても心は持たないぞ?」

 

 これまで彼女は自らの正義と理念を元に、数々の事件を解決してきた。己の信念を貫き通せるだけの実力と頭脳があり、それを支える素晴らしい仲間が存在していた。

 

 だがはやて自身はまだ若い。責任や苦悩を背負うにはあまりにも若すぎる。

 若く純粋なはやては、柔軟な受け止め方を取れない。真っ向から全ての重荷を背負わされてしまう。

 これではいずれはやて自身が限界を迎え、壊れるか精神に歪みが生じていく。

 

 これから徐々にそれを理解し、成長していけばいい。

 そう考えていたゲンヤにとって、今回の事件は予想外のものであった。

 

 強大な悪意。常の犯罪者から脱した桁外れの狂気。

 長年多くの犯罪者と向き合ってきたゲンヤから見ても、ヒルダ・ぺネロテは異常な犯罪者であった。

 

 高位魔導士になれるであろう希少技能と実力。それを明晰な頭脳をもって殺人に生かし、楽しみ喜び殺していく。

 通常の連続殺人犯や快楽殺人者は愚鈍さから破滅へと向かう。だがヒルダは理知をもって理性を確立した上で破滅へと向かっている。

 異常な殺人を正常な思考で選択し続けている。

 

 「心もばっちし問題なしや。六課で待つみんなのためにも、私がしっかりせえへんと」

 

 胸の前で手を握りしめながら、己に笑いかける教え子の姿。だがその笑顔に潜む影を知り、ゲンヤは渋い顔になる。

 

 何よりもはやて自身が自覚していない。それが一番の問題であった。

 この手の犯罪者を相手取る事は、精神的負担が極めて大きい。特に今回のような常軌を脱した犯罪者と相対するとなれば、その心理的負担は想像もできない。

 

 だがはやてにとっての悲劇は、結果として犯罪者をこれまで全員捕えてきたことだ。培ってきた経験と解決させた事件に裏付けられた自信が極めて大きい。

 はやて自身、そしてその仲間達が優秀過ぎるばかりに、彼女は己の一面に気が付く機会がこれまで失われていたのだ。

 

 自身の手ではどうしようもない事態がある。救えない悲しみがある。

 それに対する受け止め方が、はやてはあまりにも危険すぎた。

 ゲンヤから見れば、彼女は生き急ぎ過ぎていた。精神が早熟した故に発生した問題だ。

 いや、子どもでいさせてやれなかった自分達の責任なのかもしれない。

 

 どうしたものか、そう苦悩するゲンヤをよそに昇降機は静かに動きを止める。

 開かれた扉から真っ先に進み出るはやて。その姿を案じつつ、ゲンヤも彼女に続いて通路を歩みだした。

 

 案内役の局員に促されて自動扉で開かれた部屋に入っていく。

 一瞬視線がはやてとげんやの二人に集中したが、すぐにそれぞれが思い思いの行動に戻る。

 まだ指定された時間には少し早い。だが用意された椅子の大半には、既に緊迫感に顔を強張らせた局員達が着座していた。

 

 はやてとゲンヤも同様に椅子に座りこむ。

 ふと目を動かすと、何人かの顔なじみを見つけた。はやてに対して不敵に笑いかけるものもいれば、意味ありげに微笑む局員もいる。

 それらに軽く手を振るが、同時に幾人かの鋭い視線を感じた。興味や奇異の視線ならまだしも、敵意を向けてくるのはどうにかならないものか。

 

 はやては呆れながら椅子に深く腰をかける。

 

 決して順調ではなく、血の涙を流すような苦労の果てに辿り着いた権威。

 だが利権や名声、地位に関わってくるほどに、羨望や嫉妬の視線は常に増え続けていった。

 正義と謳っている管理局といえど、そこに努める局員はまさに十人十色だ。社会組織を構成する以上、これは仕方のない現実ではあるが、それを受け入れることと理解できることはまったく別の話。

 

 そもそも陸、海と大きく分けられる管理局であるが、この二つの間柄は非常に最悪であった。さらに陸と海の中でさらに派閥が分かれており、非常にややこしい事になっている。

 今回の事件は陸と海の共同で当たることが決定している。これは派閥の争いが顕著に浮き出てくるかもしれない。

 

 はやては自分自身の見通しに、なんともいえない倦怠感が発生。

 気分を一新しようと二酸化炭素を吐き出して肺の中を空にする。だがかえって空しくなった。

 

 「……本当に大丈夫か?はやて」

 

 「いや、さすがにこんな馬鹿げた視線は慣れへん」

 

 「ああ、なるほどな」

 

 ゲンヤは周囲を不審な目で一瞥すると、頬杖をつきながら苦笑する。

 

 「まぁこう言っては何だが、あいつらもお前の実力は認めている。無用な嫉妬はその証だ、むしろ堂々として誇れ」

 

 「せやけど、ここまで大事になると下手な足の引っ張り合いも起こるやろ?」

 

 ゲンヤははやての言葉に目をわざとらしく見開く。

 

 「驚いた。俺はお前がそうした連中を悉く逆に踏みつけて来たと記憶しているが……?」

 

 「……いっぺん、師匠の中の私に対する想像についてとっくり話し合いせえへんか?」

 

 「悪知恵の働く子狸」

 

 躊躇うことなく言ってのけたゲンヤに、はやては眉をしかめて唸る。

 

 何か一矢報いようと言葉を選ぶ間に、扉の駆動音と共に三人の局員が現れた。

 集まった局員達の前に進み出る。捜査部局員とやせ型の研究者が後に続く。時間を確認、時計は会議の始まりを告げていた。

 ゲンヤを軽く睨みつけるが、どこ吹く風といったように首の後ろで両腕を組んでいる。絶対に時間を確認して、反論できないタイミングで自分をからかったと理解。

 

 いつか絶対一泡吹かせてやる事を決意する。具体的には彼の娘で自分の部下であるスバル・ナカジマに「お父さんって加齢臭するよね」と発言させる事を誓う。上司命令だ、スバルが拒んだらなのはを横にもう一回お願いしよう。

 きっと喜び涙ながらに賛同してくれるはずだ。

 

 手元の操作映像端末が一斉に起動。同時に室内の照明が次々と消えていく。

 同時に空中にいくつもの映像や情報が投影される。会議室を静謐が完全に支配していた。

 

 中心人物であろう青髪の執務官が、メガネを持ち上げながら資料を手に進み出る。

 事件捜査や各種の調査を取り仕切る執務官。管理局の威信に関わる今回の事件での統括担当者は、あの男性であると見るべきだ。

 

 年齢は二十代後半、体は細く眉は常に八の字で固定されている。このような大きな事件を担当するには、いくら実力主義の管理局といえど若い。

 

 「……地上本部側の局員が大勢亡くなった事件で、海側よりである執務官が総轄か」

 

 ゲンヤが面倒な事にならないといいが、と付け加えて目を細める。

 はやてはゲンヤの意図を読み取りながらも、疑問の声を上げる。

 

 「あの人は?」

 

 「アシル・ヘルマン一等空佐だ。エリート組の一人でまだ若いが、実力は確かだな。これまで『アリエンタル事件』・『マルチレイド事件』などの大規模犯罪事件を担当し、解決に導いてきた実力派の執務官だ。彼が今回の事件を担当することにも何の不思議はない。だがアシル一等空佐は海との繋がりが深い」

 

 陸側の局員からすれば面白いはずがない。

 今回の事件が解決されたとしても、賞賛を多く受けるのは海。既に人員が大きく損害を受けた陸のお偉方からすれば、笑えない話だ。

 同様に一般の陸局員からしても、管理局の采配に納得はするが心残りがあるだろう。

 

 アシル一等空佐は隣の捜査官に話しかけ終わると、鋭く目を光らせながら局員を見回す。

 壇上に上がる。一度目を瞑った後に、開眼。再度室内の局員達を見定める。

 

 「私が今回の凶悪犯罪事件、通称『HP(ヒルダ・ぺネロテ事件)』を統括させてもらうアシル・ヘルマン一等空佐だ」

 

 静かだが、耳に残るような声であった。 

  

 「私がこの場を取り仕切る事に、不満がある者も少なからずいることだろう。しかし」

 

 平静を装っていた顔を憎々しげに歪めながら、アシルの声量は上がる。

 

 「今はそれを争っている時ではない。ヒルダの魔の手は既に時空管理局の局員だけではなく、民間人にまで及んでいる。勇敢なる局員諸君。君たちの敵は陸か空か、それとも海か。違うだろう?」

 

 戸惑う局員達へ向けて、アシル一等空佐はさらに声を張り上げる。

 

 「四十五名、いやさらなる調査で判明した三人の局員の命。正義を志し、共に明日を誓った同胞を殺したのは他でもない、凶悪犯罪者ヒルダ・ぺネロテただ一人ッ!ここに集まる仲間は皆、彼女を捕える法の下に集った同胞であるということを、よくよく理解してもらいたい」

 

 はやてとゲンヤは感心しながら、アシル一等空佐を観察する。

 

 まず何よりも互いの間に残っていた確執を取り除くために行動した。ゲンヤが危惧していた事態は、アシル一等空佐自身が何よりも理解していたのだ。

 尚且つ恐るべき犯罪者であるヒルダに対する意志の統率を狙った事も好印象だ。今やここに集まった局員の目に、アシル一等空佐に対する不信感、及び同僚への敵意はない。

 

 室内が静かな熱気に包まれ、誰もが食い入るようにアシル一等空佐を見つめている。

 

 「我々の目には先の葬式で悲しみ慟哭する遺族、そして凶悪な犯罪者に怯える人々の姿が焼き付いているはずだ。彼らを救い、亡くなった局員の鎮魂をもたらす方法。それは凶悪犯罪者ヒルダ・ペネロテの逮捕に他ならないッ!」

 

 ここに集まった局員は法の下に正義を志す者達だ。

 その心を燃やし、焚き付ける対象としてヒルダという凶悪犯罪者を最大限に利用した。

 短い言葉と振る舞いで彼らの心を掴んだアシル一等空佐には、扇動の才能とそれを生かすだけの頭脳を持っている。

 はやては頼もしい人物が、味方となった事に素直な喜びを感じていた。

 

 「今この瞬間にも、ヒルダ・ペネロテの手によって尊い命が失われているかもしれない。我々は一刻も早く彼女を捕えなければならない。そのためには優秀な局員である君たちの手が必要だ。どうか私に命を、正義を預けてほしい」

 

 真摯な態度で語りかけるアシル一等空佐の姿に、局員全員が心を打たれていた。

 はやて自身も例えようのない熱き思いを、胸の内に感じている。

 言葉は揃えずとも、この場に集った局員達の結束はアシル一等空佐により強固になった。

 

 口の端を持ち上げたアシル一等空佐は、「君たちの想いに感謝する」と告げた後に手元の情報端末を操作。立体映像が局員達の手元に透写される。

 

 「HP事件。恐らくここにいる全員が既に理解しているだろうが、今一度説明させてもらう。新暦七十五年五月一日、管理局は同月三日に行われる第XXX管理世界において、カエストス魔法商会が行う違法取引の情報提供を受けた。裏取りは即日完了、武装局員の介入を同日決定。取引の規模から二十五名、Bランク魔導士五人を含む部隊を形成。武力介入を行った」

 

 アシル一等空佐は目を細める。

 

 「警告を無視した抵抗を受け、武装局員は交戦を開始。だが突入から僅か十分後。救援要請が通信によって行われた。護衛の魔導士計十六名の連携は熾烈を極めた。隊長を務めたレンバル三等陸尉は応援要請を決意。これによりさらに二十二名のAランク魔導士を含む部隊が派遣された。状況は一変して管理局側が優位となり、事態は収拾すると思われた」

 

 握られた拳がさらに強く握りしめられる。

 

 「武装局員は彼らを追い詰め、再度警告を行った。だがここで事態は急変する。カエストス魔法商会の護衛魔導士であったヒルダ・ペネロテが、味方の魔導士であった部下一人を殺害した」

 

 室内の空気が一瞬にして凍った。

 

 それぞれが顔を顰め、アシル一等空佐の言葉に耳を疑っている。

 味方であった魔導士を殺害する意図がまったく理解できない。数の差で押し込まれている状況で何故に仲間を殺すのか。

 

 「その後は皆が知るとおりだ。ヒルダ・ペネロテは味方諸共、局員側の魔導士を壊滅させた。死者は四十五名と公式には公表されているが、彼女が殺害したカエストス魔法商会の魔導士を含むと死者は六十名にも上る」

 

 動揺する局員達によって、室内が密かに慌ただしくなる。

 隣に座る魔導士に耳を寄せる者や、食い入るように情報を見つめる者。誰もがヒルダ・ペネロテの凶行を理解しきれずにいた。

 

 「……それは、味方を巻き込む大魔法を使用したということでしょうか?」

 

 一人の局員が息を飲むような声で疑問を投げかける。

 予想外の事態に自暴自棄になった犯罪者が、味方を巻き込む大惨事を引き起こす可能性は高い。

 だからこそ迅速に鎮圧し、事態の悪化を防ぐ事が武装局員には問われるのだ。

 

 だがアシル一等空佐は首を横に振った。

 

 「違う。ヒルダ・ペネロテは確かな理性をもって計十五名の魔導士を局員事殺害した。これは後に説明させてもらうが、ヒルダ・ペネロテの戦闘方法は広囲殲滅型では無い。味方を巻き込まない戦闘行動は可能であったはずだ」

 

 困惑顔を並べる局員達へ、アシル一等空佐は苦々しく言葉を発する。

 

 「ヒルダ・ペネロテに関して、我々が現在の段階で得られた情報を説明させてもらう。エミリア捜査官」

 

 「はい」

 

 エミリアと呼ばれた秘書風の女性が一歩進み出る。黒髪の東洋的な顔立ちだ。

 視線を一気に集めたが、一切気負った様子はなく一礼。

 

 「それでは今回の事件について説明させていただきます。こちらをご覧ください」

 

 空中の巨大スクリーンにヒルダの顔が浮かび上がった。同様に局員たちの手元にも表示される。

 先日の事件で撮影されたものだ。横、上空など多方から撮影されている。

 

 端正な顔立ちに、美しい桃色の髪と同色の瞳。白い肌は上質の陶器のように美しい。

 黒を基調としたバリアジャケットを装着。楽しげに微笑むヒルダの姿は、完成された美しさがあった。

 だが彼女はこの後に、四十五名もの局員の命を奪っている。

 

 「ヒルダ・ペネロテ。これは自ら犯行当時に名乗った名称であり、年齢・本名は不明です。第XXX管理世界においてヒルダ・ペネロテの戸籍・魔道士・その他登録情報は確認できません。同様に全ての管理世界の登録データを調査しましたが、ヒルダ・ペネロテの名前及び登録画像は確認できません」

 

 エミリアはさらに続ける。

 

 「ヒルダ・ペネロテは桃色の髪に同色の瞳と風貌が目立ちやすい。さらに彼女は一般魔導師とは隔絶した魔法を使用する事から、我々は他に彼女の活動を目撃・確認した人物がいると考え、関係者の捜索を決行。及び情報提供や犯罪記録を管理世界に求めました」

 

 声に苦渋の色が混ざる。

 

 「しかしこれまでヒルダ・ペネロテの情報は一切得られておりません。ヒルダ・ペネロテの活動記録が唯一確認できたのは第XXX管理世界のみ。ですがその情報すらも操作・隠蔽を受けており、詳細な情報は得られてはおりません」

 

 投影された映像が変わる。映し出されたのは五階建てのオフィスビル。

 外装は白を基調をしているが、所々年月が経過しているためか汚れている。

 

 「ヒルダ・ペネロテが所属していた裏組織、カエストス魔法商会の本部です。リカルド・カエストスを中心として構成されたこの組織は、表向きは魔法関連の物資の取引を行う魔法商会。裏では違法物資や質量兵器の取引を行う犯罪営利組織です。情報の操作や隠蔽は、彼らが行ったものと考えられます」

 

 ならばカエストス魔法商会に対し、ヒルダの引き渡し及び情報開示を行うべきでは。

 そう声が上がろうとした雰囲気を感じ取ったのか、エミリアは更に映像を操作。映し出されたのは、先ほどと同じカエストス魔法商会のビル。

 

 絶句。驚嘆する局員の目が映像に釘付けとなった。

 

 「HP事件(ヒルダ・ペネロテ)事件発生当日の映像です。事件発生からヒルダ・ペネロテが逃走した僅か二時間後。カエストス魔法商会は彼女の手によって崩壊しました」

 

 聳え立っていたはずの白い五階建ての建造物は、面影を残す事なく崩壊していた。ビルを構成していた資材や外壁が崩れ落ち、何重にも積み重ねっている光景。

 まさに破壊の限りを尽くしたと言わんばかりの有様であった。

 

 「頭目であるリカルド、及び全ての構成員の姿は瓦礫中から発見できておりません。ですがカエストス魔法商会の戦闘・非戦闘員・表向きの従業員全てが行方不明となっています。恐らく既に全員殺されていると見るべきです」

 

 エミリアが透明な四角形の袋を取り出す。

 遠目で確認すると中には何やら紙が入っている。

 

 「犯行現場に残されていたヒルダ・ペネロテの犯行声明文です」

 

 赤と黒で彩られたメッセージカード。内容が表示される。はやてとゲンヤは、所々埃と砂に汚れた文字を読み取っていった。

 

 『私はかわいくて綺麗。世界で唯一本物な私を騙す馬鹿共はみんな死ね。騙さない馬鹿共も死ね』

 

 滅茶苦茶だ、誰かがそう呟いた。はやてもその意見に賛同する。局員達は皆、苦々しい顔でヒルダの残した文面を注視していた。

 カードには自らを誇示するかのような、真っ赤な唇型のキスマーク。自分が犯した罪を肯定し、まったく罪悪感を抱いていない事が読み取れる。

 

 「カエストス魔法商会はヒルダの所属と共に、裏組織アルタイルを殲滅しています。アルタイルは魔導師が計四十名以上、上級ランク魔導師が数名確認される攻撃的面が極めて強い裏組織です。ヒルダはこれを魔法商会の武装魔導師を引き連れて、僅か二ヶ月で掃討します。真偽は解りませんが、ヒルダが関わってからおよそ三週間で既にアルタイルは組織としての形態を保てなくなったという情報も確認されています」

 

 はやては思わず息を飲む。他の局員も同様であった。

 管理局にあれだけの猛威を奮ったヒルダ・ペネロテの惨劇は、既に事件以前から行われていたのだろう。

 

 「これについての情報も、カエストス魔法商会の情報封鎖により詳しく得られてはおりません。ですがここでヒルダは『お菓子の魔女』と恐れられるほどの暴虐を行った事は確かです」

 

 「……お菓子の魔女?」

 

 「私の聞き間違いか」

 

 「凶悪犯罪者にしては随分とまた変わった他称だな」

 

 戸惑う局員達に、エミリアはさらに顔を強ばらせる。素早く情報端末を操作。意中の映像を引き出す。

 

 「お菓子の魔女はヒルダ・ペネロテの殺害方法から名付けられた呼称です。殺害現場の映像を見てくだされば、十分にお解りいただけると思います」

 

 映し出されたのは光景は、局員達の呼吸を忘れさせるのに十分な地獄であった。

 

 壁にそそり立つ巨大な茶色い板。表面はブロック状に規則正しく分けられている。それが超大型のチョコレートだと解ると、全員が驚きのあまり目を見開く。

 縦横二十倍、重厚な扉と見間違わんばかりのチョコレートだ。それに寄り添うように頭部を木っ端微塵に破壊され、血を盛大に壁へぶちまけた死体が横に転がっていた。

 

 映像の端には巨大な赤い青果物を載せ、白いクリームが塗られた直径二メートルにも及ぶショートケーキ。下からは女性のものと思われる細く白い腕が伸びている。

 

 「なんだ……これは」

 

 あまりにも非現実的、怪事に喫驚の声が次々と上がった。

 誰もが目の前に表示された映像から、視線が逸らせず釘付けになっていた。

 現実を無視したかのような、特大のケーキとチョコレート。そんな巫山戯たものを用いて行われる殺人。

 

 理解不能極まり無い惨状であった。悪夢をそのまま切り取ったかのような場面に、思考が紡げず言葉が出ない。

 

 「我々が掴んだ数少ないヒルダ・ペネロテがアルタイルに対して行った戦闘情報です。この魔法は先の事件でも確認されており、ヒルダ・ペネロテが行う戦闘方法の一つである事が解っています」

 

 お菓子の魔女とはからかい混じりに呼ばれたものでは断じてない。恐怖と狂気によって成立した忌むべき異名であったのだ。

 

 「リカルドはアルタイル殲滅以降、ヒルダにより強い危機感を覚えたようです。囮の取引にヒルダを護衛として派遣、その情報をカエストス魔法商会は時空管理局に自ら匿名で通報を行います。そしてこの取引に介入した管理局武装局員を襲った脅威は、我々にヒルダ・ペネロテの存在を認知させるに至りました」

 

 自らの手に負えなくなったヒルダ・ペネロテを、リカルドは切り捨てたのだ。

 そして彼女への対抗策として、管理局の武装局員達と激突させる。

 だがリカルドの策は、ヒルダの圧倒的な破壊と狂乱により木っ端微塵に打ち砕かれた。

 

 「この後にヒルダ・ペネロテはカエストス魔法商会を返す刃で壊滅。本部の情報データは何者かにより、既にデータだけではなくプログラムごと抹消されておりました。ヒルダ・ペネロテがどのような経緯で第XXX管理世界の裏組織に訪れたのか。彼女が次元漂流者であった可能性もありますが、全ては闇の中に葬られました。少なくとも、現時点で彼女の情報に精通する者は誰一人として発見されておりません」

 

 異常性が高く凶悪な戦闘能力を有する魔導師が、これまで隠れ忍び生きてきたとは到底考えられない。

 それ以前に人間が社会から隔絶してただ一人、誰との関わりもなく生きるなど不可能に等しい。人は必ず誰かによって産まれ、育てられ、生活した空間が存在するのだ。

 

 カエストス魔法商会は、必ずヒルダに関する何か重要な情報を掴んでいた。ヒルダは管理局接触後に頭目だけではなく、構成員を一人残らず始末し、証人とカエストス魔法商会に残っていたデータ等を全て抹消した。

 

 ヒルダの手際が良すぎる。

 

 ヒルダは自らを裏切ったカエストス魔法商会の面々を戦闘員・非戦闘員を区別無く殺害。

 その上でビルを倒壊させるという衝動的な犯罪者かと思いきや、それは第XXX管理世界での形跡を根絶させた上での行動だ。

 

 危機感を感じさせぬ自己を主張する派手なパフォーマンスを行ったかと思えば、自己の情報の一切を遮断する理知的な一面を見せる。合理的かつ非合理的な犯罪者など聞いた事が無い。

 

 「HP事件以前にも、第XXX管理世界においてヒルダに殺害された局員が正式に確認・証明されました」

 

 三人の局員の画像が映される。管理局に登録されている証明画像だ。

 それを見たはやてがすぐさま横を見ると、ゲンヤは静かに頷いて返した。

 

 「彼らは同世界において、任務終了後に不明の巨大な魔力反応を確認。調査に向かった後に通信が途絶えました。その後に現地管理局員が到着しましたが、既に彼らの姿はなくその後も詳細は不明です。遺体、及び血痕等の確認ができない事から、行方を追っていました」

 

 現場は街の公道から外れた建物と建物の間。

 騒ぎがあったとしても、轟音でも起きない限りは気が付かないだろう」

 

 「ですが、通信が途絶えるまでの音声情報は管理局に保存されていました。今回の事件で確認されたヒルダ・ペネロテの音声データが、その局員の音声情報でも確認されました」

 

 エミリアによって流された音声データに、多くの局員の顔が強張る。

 はやては既に一回聞いていたものだが、慣れるものではない。ゲンヤも同様に顔を渋めている。

 少女の声と共に何かが沸騰する音、すぐさま音声データが途切れる。

 

 「この最後に聞こえた音声は検証の結果、ヒルダ・ペネロテと一致しました。音声データの状況と、今回の事件で殺害された局員の死因は非常に類似しています。恐らく三人はヒルダ・ペネロテに殺害されたものと断定。局員に駆け付けた時、既に重症に陥っていた謎の人物に関しても詳細と行方は不明、現在捜索中です」

 

 これでヒルダによって殺された時空管理局の局員の数は四十八人。

 アルタイル、カエストス魔法商会やそれ以前に殺された人数を合わせれば、ヒルダの殺害数は百を超える勢いだ。

 最早ヒルダの凶行は一つの災害に等しい。

 

 「エミリア捜査官、ご苦労であった」

 

 アシルの言葉に、捜査結果を伝え終わったエミリアが短く頭を下げると、そのままアシルの隣に下がっていく。

 アシルはエミリアに目礼。革靴を鳴らしながらエミリアと交差して、局員達の前に進み出る。

 

 「続いて、私がヒルダ・ペネロテがHP事件にて行った戦闘行動を説明させて貰う」

 

 アシルの頭上の立体映像が多重展開。六つの立体映像が投影される。細かい数値や情報が並ぶ。

 局員達の顔が強ばった。凶悪犯罪者の戦闘情報は、生死を分ける重要性を持つ。

 それも四十八名もの局員を殺害した、強大な戦闘力を持つ魔導師の戦闘情報だ。言葉一つとして聞き逃せない。

 

 「まず、諸君に伝えたい事がある。ヒルダ・ペネロテは召喚魔導師である可能性が高い」

 

 『召喚魔導師』。その言葉にフロア一帯が緊迫した空気に包まれる。

 

 召喚行使は稀少技能、通称レアスキルと呼ばれている。レアスキルは特殊な魔導師しか所持できぬ力だ。

 

 召喚魔法はその術者の稀少故にレアスキルに認定されている。

 召喚魔法の研究は進んでいない。扱える魔導師が限られており、数もごく少数。国家、政府に匿われている事も多い。

 まさに詳細な情報自体が判明していない、魔法のブラックボックスだ。

 

 召喚行使で竜が召喚されるとしても、赤龍や黒竜などさらに細分化される。

 呼ばれる生物は竜に限らず、虫・爬虫類・魔犬・ゴーレムなど例を挙げれば切りがない。

 召喚される生物の大きさも直径一センチから、二十メートルを超えるものもある。

 呼ばれる魔法生物・規模が一定ではない事も、研究が進まない分野となっている原因だ。

 管理世界においては、国一つ滅ぼすほどの生物を呼び出したという召喚魔導師の記録が残っている。

 

 俄に騒然とした様子を見せる局員達。

 葬儀で遺体の数が少なく、僅かに残された遺体も傷が激しい原因が明らかになった。

 人ならざる異形の魔法生物の蹂躙により、彼らは無念の死を遂げたのだろう。

 

 「そして、これはまだ憶測に過ぎない。上層部はまだ話すべきではないと私に打診してきた。それでも私は、諸君の命が掛かっている以上は話すべき可能性だと思う」

 

 アシルは眼鏡を微かに指で押し上げる。

 数秒言葉を飲み込んだ後、ゆっくりと唇が開かれた。

 

 「ヒルダ・ペネロテは『ロストロギア』を使用する召喚魔導士である可能性が高い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 男の眼球が裏返り、舗装された街路に流血と共に崩れ落ちた。

 手から零れ落ちた剣型のデバイスは横に両断されていた。大量の血液が腹部から地に広がり、小腸と大腸、肝臓が外気に晒される。

 

 「今日の殺害数はこれで四人目。名がそれなりに通った魔導士みたいだけれど、期待外れ。まぁ所詮私の敵じゃないよね♪」

 

 死体に歩み寄ったヒルダが、白目を向いた頭部を靴の先端で蹴りつけた。

 ぶさいくな死体をそのまましばらく足先で遊ぶ。だが飽きたのかエミレオの書を解放。

 現れたのは虫の複眼を、本来眼球があるべき目の位置にはめ込んだ異形の乙女。キヒーアの腹部で黄色いカナリアが鳴き声を上げると、男の死体から生体情報と魔力の収集が開始される。

 

 「そう、敵じゃない。でもなぁ……」

 

 ヒルダはその様子を見ながら、視線を徐々に手元へ下していく。

 手に収まっているのは、彼女が愛用し続ける魔杖風琴。指に嵌っているのは待機状態となっている真っ赤な指輪のデバイス。

 苦鳴の声につられる形で息が吐き出される。

 

 ヒルダは己の魔杖風琴とデバイスを苦々しく見つめる。幾度目か解らない嘆息が喉を押し上げた。

 目は愁いを帯びており、視線はデバイスと魔杖風琴を交互に彷徨わせている。

 

 命の収集を終えたキヒーアを有無を言わずにエミレオの書に再封印。ヒルダは何度目か解らない後悔に打ちひしがれた。

 

 「咒式演算の宝珠がいまいち。二冊の書を操作し、なおかつ私自身の咒式を発動させるのには力不足っぽい?」

 

 何故もっと良い宝珠を手に入れていなかったのか。

 そんな後悔がヒルダの気分を限りなく下に突き落とす。

 

 宝珠とは波動関数の崩壊現象、つまり咒式を発動するために必要な『咒印組成式』・『演算式』・『具現化式』などを処理する演算装置の役目を果たしている。

 さらには特定の咒式を登録、自動的に演算処理する仕組みを備えている物も多い。

 値が張るものでは、ほかの咒式を無効化・自動発動が可能となる。

 

 エミレオの書は強力だ。

 だがエミレオの書を扱う操作が複雑極まりなく、咒力を大きく消費する。

 

 エンゴル・ルやポコモコのような比較的行動性があまり見られない咒式砲台型の書に対し、ボラーはあまりにも活動的過ぎた。異貌のものどもの意思と咒力が強力過ぎたのだ。

 今後エミレオの書を複数使用しなければならない相手と相対するしていく以上、この問題を無視するわけには決していかない。また、自らが咒式を発動する事も視野に入れていかなければならない。

 

 問題を解決するには、自らの咒力と技術を上げる他。咒式やエミレオの書の操作を補佐する咒式具自体を改善するしかない。というかこれが一番手っ取り早い。

 

 だが――――

 

 「魔杖風琴は戦闘中扱いにくいから、他の形に変えたい。宝珠を変えて咒式やエミレオの書の操作性を上げたい。お金なら十分すぎるぐらいあるけれど、魔法世界に咒式具があるなんて到底思えないし……」

 

 魔法世界に咒式具があるとは到底考えられない。

 管理外世界に分類される異世界であれば、同技術の発見は可能かもしれない。だがそんなあるかどうかも解らない可能性に、貴重な時間をかける事はあまりにも愚かしい。

 

 そもそもこの魔法世界にこの身が存在する事自体が、もはや確率論では不可能と断定される奇跡だ。

 奇跡は二度起こりはしない。だからこそ現在ヒルダが行えるあらゆる可能性を模索し、勝率を一%上げなくてはならない。

 命のやり取りで一%の重さは、これまでの殺し合いで重々身にしみている。

 

 「残るは魔法、魔法しかない」

 

 咒式にとって変わる戦闘方法は、魔法しかない。

 

 「私自身が発動するのは魔法のみ。咒力はエミレオの書のみに注ぎ込み、咒式は一切発動しない。これが現状で行える最大の戦闘方法」

 

 不慣れであるが故に目を背けていた戦闘方法であるが、既にリカルドによって避けては通れない所まで来ている。

 魔法が気に入らないなどと言っている状況ではない。利用できるものは全て利用し尽くす。そして殺す。

 

 「問題はデバイスなんだよなぁ」

 

 ヒルダは自らの細い腕を桃色の瞳で見つめる。

 右腕に嵌る待機状態の腕輪型デバイスを見て、何度目か解らない失望の吐息を吐き出した。

 

 彼女が所有するデバイスはストレージ型。処理速度は速いが、魔法を自己で選択して発動しなければならない。

 術者が優れていれば、高速で発動できるデバイスだ。魔法を発動する位相空間を作り出すストレージデバイスは、咒式世界の基本的な魔杖剣と変わりがない。

 

 だがヒルダは咒式に秀でてはいるが、魔法技術には適応仕切れてはいない。

 時間をかけて修練すれば、ヒルダは恐ろしい暗殺・奇襲型の魔導師へと変貌するであろう。

 彼女は魔法に対して、咒式と同様に価値ある殺人方法であると確信している。だが彼女には悠長に自らを鍛え上げている時間なんてものはない。

 

 となれば残る選択肢はインテリジェンスデバイスだ。

 人工知能を有し魔法の処理装置や状況判断、さらには所有者の性質による自らを調整する。

 意志の疎通が行えれば、魔法の威力の上昇。到達距離の強化や同時発動数の増加。無詠唱での発動に、魔導師とデバイスが別の思考を有することから、魔法の同時行使を可能とする。

 

 これは咒式世界を越える魔法世界最大の技術の結晶だ。

 

 魔法技術が未熟で魔法に関する見識が乏しくとも、戦闘中はデバイス自体が補佐し状況判断を行える。

 人工知能での判断や処理・自動調整に加え、魔法の強化や同時行使という咒式世界には存在しない革新的な機能だ。

 扱えなければ無用の長物らしいが、魔法戦闘を多く経験していない私にとってはストレージ型よりも、状況判断を行えるインテリジェンス型の方が魅力的だ。私自身の実力を二倍にも三倍にも押し上げてくれる事だろう。

 

 欲しい、絶対に欲しい。

 ストレージ型なんて役立たずよりも、インテリジェンス型のデバイスを使いたい。

 しかし――――

 

 「あーもうッ!何でうまくいかないのかなぁッ!?」

 

 インテリジェンスデバイスの入手は、ヒルダの思うようにいかなかった。

 

 ヒルダが所有しているストレージデバイスは、最新型であり魔法の処理能力が非情に高い。

 さらには容量拡張・演算能力の強化・効果範囲の拡大・魔法効果の強化など独自の調整とアレンジが加えられている。時空管理局の局員に支給されるデバイスとでは天と地ほども差があるだろう。魔法技術現段階において、最高峰のストレージ型デバイスだ。

 

 これはヒルダが元々所持していたストレージデバイスではない。

 

 第XXX管理世界の優れた魔導士が所有していたデバイスを、ヒルダが殺害し強奪したものだ。

 情報屋から優れたストレージデバイスの使い手の情報を手に入れ、エミレオの書により魔導士を暗殺。

 奪い取り、技術屋に金を積み立てて認証を外させる。どこの世界にも、金さえ払えば動く連中はいる。

 さらに材料費を惜しまず湯水の如く高い金を払い、ヒルダが扱いやすいよう改良した。

 

 私が持っていなければ、持っている馬鹿から奪い取ればいい。

 雑魚が身に不相応のものを持ってはしゃいでいる姿は、ヒルダにとって見るに耐えない許し難いものだ。

 何よりもこの本物でかわいい私が殺し、奪い、挙げ句の果てには使ってやっているのだからむしろ喜ぶべきだろうに。

 

 ストレージデバイスはヒルダにとって入手が非常に簡単であった。

 何せこれまで通りの彼女のスタンスが通用したのだ。

 

 しかしインテリジェンスデバイスの入手となると、途端にうまくいかなかくなった。

 

 「はぁ~そりゃぁ最後に笑うのは全部私だけど、こうも思うようにいかないとへこむ。気晴らしにそこらへんを散歩しているゴミを掃除しよっかなぁ」

 

 ヒルダは口を尖らせながら、細い指先で壁を何度も小突く。

 

 まずインテリジェンスデバイス自体が大変高価だ。

 そのため所有者の数は大変少なく、またインテリジェンスデバイスの品質にも大きく差がある。

 加えて整備や改造には高度な技術を必要としている。人工知能を持つコアや、起動するプログラムの調整はストレージ型よりも遥かに難しく、専門の知識を必要としている。

 それを可能とする人材を表ではなく裏で見つけ出す事自体が困難だ。

 

 入手自体はストレージ型と変わらず、非常に簡単だ。殺して奪えばいい。逆にいえばこれ以上の手段は必要無いと、先日までのヒルダは考えていた。

 

 「どうせ使われるしか能のない道具なんだから、擬人(クツンツ)みたいにはいはい言うこと聞いていればいいじゃないッ!」

 

 実際手に入れる事には成功した。だが入手直後に問題が発生した。

 何と主を殺害され、自身の存在がヒルダに利用される事を素早く感知したインテリジェンスデバイスは、ヒルダの手の中で直ぐさま己のデータを全て消去した。

 

 まるで自らを拒むかのように、自らの人工知能データを吹き飛ばしたデバイスに、ヒルダは思わずその場で棒立ちになった。

 何とか復旧しようとあらゆる手を尽くしたものの、初期化ではなく基礎のデータまで消されたデバイスは復元できない。

 

 怒りのままにその場で光を失い沈黙するインテリジェンスデバイスを、木っ端微塵に握り潰した。

 他のインテリジェンスデバイスも同様であった。知能を有するが故に、ヒルダに使用される事を拒んだ。自決するかのように自らのデータを吹き飛ばす。

 

 三つ目のインテリジェンスデバイスを大破させた時点で、ヒルダは諦めた。

 

 「まさか私が機械如きに翻弄されるなんて、ヒルデが知ったら爆笑しかねない。もし元の世界に帰ったら絶対ヒルデはぶち殺す」

 

 壁に寄りかかりながらヒルダは決意を新たにする。

 自分の中で妹を惨殺したら妙にすっきりした。是非ともいつか妄想ではなく実践に移りたい。

 

 含み笑いに僅かに腰が前に曲がる。

 雷に打たれるかのような悪寒。

 

 危機迫る顔でヒルダはそのまま前方に転がる形での緊急回避を実行。直後、ヒルダが背を預けていた建物の側面が崩壊。

 触手のような金属のアームケーブルが、ヒルダの胴体が存在していた位置を通過。

 アームケーブルの先端に取り付けられた害意満載のアンカーが、空間をさ迷った後に後方に引き戻される。

 

 ヒルダの目には怒り。

 汚れた黒いドレスに付着した砂を払いながら、ゴシックロリータ形式のバリアジャケットを瞬時展開。

 凍てつくような視線は常に前方へ向けられていた。

 

 崩れ落ち、衝撃で塵と砂が舞う壁の向こうには宙に輝く四つの光点。

 

 「管理局ってわけじゃないわね、警告はないから。賞金もかけられていたし、そっち方面のお客さん?」

 

 問いに答えることなく、粉塵を突き破って正体が現れる。

 

 「でもないみたいね」

 

 ヒルダは目を細めながら、魔杖風琴及び剣型のストレージデバイスを構える。

 

 全長八十センチメルトル程の空中に浮遊する球体。完全な円形ではなく、縦に長いカプセルのような球状をしている。

 前面には四つの黄色い球状のセンサーパーツが埋め込まれており、側面からは細く長い二メートル程のアームケーブルが突起。

 背後に連なるように浮遊する他の胴体は、アームケーブルが突出していない。格納が可能なのだろう。

 

 「これって魔導兵器よね、しかも中に人が入れる大きさでもなし。……殺害数が稼げないじゃない。ダメ、やる気でない」

 

 管理局が自立型の魔導兵器を使用するなど聞いた事がない。

 一般の魔導士がこのような損壊率もコストも高い、見るからに量産型の自立魔導兵器を使う可能性は皆無。

 どこの誰に目を付けられたのかとヒルダは苛立つが、心当たりが多すぎて絞り切れない。それ以前に馬鹿で汚い連中が勝手に抱いた恨み言なんて、いちいち覚えていられない。

 

 頭上、さらには逃走通路を塞ぐように、ヒルダとの距離を徐々に詰める魔導兵器達。

 密かに探知魔法、探知咒式を並列発動。探知魔法には対策が施せる。しかし探知咒式に対抗することは、咒式の存在を知りえない魔法世界において不可能に近い。

 

 付近に生体反応、魔力反応共に感知せず。遠隔操作、または完全な自立型だ。

 ヒルダは探知結果に眉を顰める。

 

 この程度の戦力で私を殺害・捕獲できると考えた愉快な頭の持ち主か。

 それともこれはヒルダの情報を掴むために差し向けた生贄か。

 

 前者であればぶち殺し、後者であってもぶち殺す。なんだ、やることは一切変わりがないじゃない♪

 

 周囲を取り囲む魔導兵器を一笑。ヒルダの頭上にエミレオの書が出現。

 感情のない兵器をせせら笑っていたヒルダの表情が一転。目に怒気を燃やして咒力を指に纏う。

 

 「こんな玩具で私を倒せるわけがないっての。ザッハドの使徒をなめるな」

 

 エミレオの書から青い燐光の数列が床に流れ落ちていた。床を伝い、ビルの側面を這い上がる。

 さらに青い光は魔導兵器の隙間を縫うように、地下を潜っていた。

 

 異常をようやく襲撃者は察したのか、魔導兵器の正面で黄色いセンサーが光輝く。

 

 「遅いってーの」

 

 壁の側面から四角い組成式が発光。壁に取り付けられるかのように出現した鳥居から青い円の組成式が溢れ出す。

 次の瞬間、刃の歯と大口が壁を粉砕。青黒い体が上昇。

 寸どまりの鯨ほどの大きさを持つボラーが、衝撃で浮かんだ壁の塊ごと空中を浮遊する魔導兵器を喰らった。

 

 さらに空中で体を反転させ、ボラーに向けて熱線を放った魔導兵器の上空で落下。

 いくつもの激しい爆発が、ボラーの胴体の下で巻き起こされる。

 ボラーが大口を開けて地を掘削しながら疾走を開始。魔導兵器は熱線をボラーに浴びせるも、ボラーの口腔は全てのエネルギーを分解し吸引されていく。

 

 「遊んであげる、ガラクタ共」

 

 自らへ向かって放たれる熱線を躱しながら、ヒルダは不敵な笑みを魔導兵器へ向けた。

 




 ■ ■ ■

 プロローグを含めたいくつかの話のおかしい箇所を修正。
 パソコンの調子とインターネットの回線状況が悪い。インターネットの回線は管理者、プロバイダに問題があったからすぐに解決したが、パソコン自体は……。

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