されど殺人者は魔法少女と踊る   作:お茶請け

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7話 血の祝祭・中編

 時空管理局。

 

 いくつもの次元世界に干渉し、ロスギアや違法質量兵器の摘発を行う巨大機関。

 初めてヒルダが魔法世界で遭遇し、殺害した者達も時空管理局の局員達であった。

 

 だがあの時とは状況がまるで違う。

 

 『ひ、ヒルダ様。我々はいったいどうしたら』

 

 『黙れタコ。命令するまで待ってろ』

 

 怯える魔導師達の念話を速攻で切り捨てながら、ヒルダは必死に現状の打開策を思考する。

 

 総勢二十五名の管理局員共。

 前衛魔導師十三名、後衛魔導師十一名、遠距離からの狙撃魔導師は一名。

 一個将隊半にも及ばない数。

 だが武装局員達はそれぞれ練度が非情に高く、集団戦闘において実践慣れしている。

 そして統制された行動の下に、包囲網を構築中。よく練られたフォーメーションだ、流石次元犯罪のスペシャリストといえよう。

 

 対してヒルダ達は僅か十五名。

 士気は急低下、実力は低い。加えて連携もままならないという、最悪のコンディション。

 やってられない。逃走可能であれば、すぐにでも退却を選択する状況だ。

 

 「もう一度いう、三度目は無いッ!大人しく投降しろッ!」

 

 ヒルデの周囲で尻込みしながらも、バリアジャケットを展開している『カエストス魔法商会』の魔導師達。

 恐らくヒルダと共に戦い続けた事から、リカルドに切り捨てるべき駒として判断されたのだろう。

 不確定要素を持つ危険な部下は徹底的に排除する。実に裏社会らしいやり方だ。

 

 ヒルダの恐怖による洗脳があるからこそ、魔導師達はこの場から逃走したり暴走しないだけ。

 士気もなければ戦意もない、数で負ければ実力でも負けている事を理解しているために、既に部隊としては最低ともいえる状態だ。

 

 魔導師達は殺されるという恐怖から、投降を選択していないだけに過ぎない。

 

 下手に時間を引き延ばせば引き延ばすほど、こちらは不利となっていく。

 ヒルダは即時周囲の魔導師達に念話を飛ばす、通達されたのは「突撃」という無謀とも呼べる作戦内容。

 次々と魔導師達は絶望に顔を染めて、念話や目でヒルダに逃走を促し始めるが……。

 

 『逃げる奴はぜ~んぶ、私が殺す。だから行け、どうせあいつら全員非殺傷設定だし』

 

 混じりけのない殺気が込められた念話に、魔導師達の「逃走」という概念が吹き飛ぶ。

 彼らの脳に再生されたのは、ヒルダに次々と殺されて非業の死を遂げた敵と同胞の姿。

 ヒルダが一切の躊躇いもなく配下を殺す事は、これまで散々見せつけられているが故に容易に理解できる。

 

 怖い。死ぬ事が怖い。

 このまま躊躇っていれば、間違いなくヒルダは魔法生物を使って自分達を殺す。

 

 だが、反対に武装局員達は魔導師達を殺す気はない。

 詠唱完了され、それぞれのデバイスに展開された魔法は全て非殺傷設定だ。

 管理局自体が殺す事が無い非殺傷設定を適用できるが故に、魔法を基盤として戦うという事実を魔導師達は思い出す。

 

 背後には殺す事さえ厭わないヒルダ。

 前方には非殺傷設定の魔法を構える管理局。

 

 魔導師達は悲壮な決断を下した。

 

 「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 一人の魔導師を皮切りに、『カエストス魔法商会』は次々と魔法を管理局員に向けて発射。

 剣型や斧型、槍型などのデバイスに魔法を展開した魔導師達は、獣のような雄叫びを上げながら管理局の魔導師に飛翔・突撃していく。

 

 突如狂騒に駆られた裏組織の魔導師達に、武装局員は驚愕しながらも冷静に魔法を射出。

 夥しい程の魔法が両陣営を交差する様を眺めながら、ヒルダはこの工場を覆うように展開された結界を分析していく。

 

 「……よりにもよって『強装結界』かぁ」

 

 魔法の一つ、結界。

 結界とはある一定の範囲に効果を及ぼす魔法群を指す。

 効果は使用者によって様々であるが、ヒルダは既にこの結界の正体を看破していた。

 

 この結界は魔法による逃走、転移を防ぐために敷かれた強装結界である。

 範囲内に取り込まれた者達の捕獲を行うために使われるものであり、非殺傷設定を行使する管理局が、犯罪者に対して好んで使う結界魔法だ。

 

 一度展開された管理局の強装結界は、相当の衝撃を与えなければ突破できない。

 それには強力な魔法や攻撃方法が必要となるが、詠唱や結界に干渉する時間を管理局の魔導師達は与えない。

 

 視線を戦場に戻しつつ、ヒルダは二つのエミレオの書を展開。

 

 エミレオの書の鍵が解き放たれ、開かれたページから〇と一が絡め合った数字の羅列がヒルダの背後と肩に広がっていく。

 やがて形成されたのは『菓子屋敷のポコモコ』と『絶息の巨人エンゴル・ル』であった。

 ヒルダの肩で土気色をした老人の顔が笑い、背後で薄青い霧のような体を持つ巨人が無言で佇む。

 

 自分が最も扱い、見慣れた異貌のものどもである。

 これに加えて耳を破壊する『耳食い狐キキチチ』の三体を使役することによって、ぺネロテ姉妹は合計千人を超える殺人を行ってきたのだ。

 まさに扱いなれたエミレオの書の従僕達である。

 

 空中で動きを止めて追撃の詠唱を行う武装局員達を嘲笑しながら、ヒルダは左右の指で咒式を紡ぐ。

 あれではただの的でしかない、完成された凶悪咒式を躊躇なく発動。

 

 放たれた負の十気圧という地獄を巻き起こす咒式は、後方から援護を行っていた武装局員達を中心に展開される。

 不可視、無臭の確殺咒式だ。武装局員達は回避することも適ない。

 

 『吸血負圧無間圏(パパ・ゲーノ)』による負の気圧地獄は、バリアジャケットの魔法防御を難なく破壊。

 さらに武装局員達の体組織を軒並み破壊、体内の血が口腔や鼻孔を通じて吸い出される。

 内臓の破壊、気圧による血の吸血により、次々と武装局員は口腔や鼻孔から大量の血を吐血。

 さらに呼吸を行ってしまったことで、体内の血中酸素が根こそぎ奪われる死のマーチへと突入してしまった。

 

 苦悶と驚愕の表情を浮かべながら、次々に地面に向けて落下。

 

 何人かの武装局員がそれに気が付いて急旋回、攻撃を中断して救助に向かいバリジャケットが解除されてしまった体を受け止めた。

 

 しかし魔導士達の射線上に舞い込んだ事で、救助が間に合うことがなかった一人の武装局員が、地面に背中から激突。

 衝撃により背骨が粉砕され、内臓が破裂。あふれ出た大量の血が、武装局員を中心にゆっくりと広がっていき、見るも無残な真っ赤な華を咲かせた。

 

 さらに受け止められた武装局員達が、次々に喉を掻き毟りながら暴れ始める。

 見れば全員が顔を青くしながら、必死に息を吸い込もうともがき苦しんでいた。

 

 医療に秀でた武装局員の一人が、真っ青な顔から重度の酸素欠乏症に陥ってしまっていると判断。

 すぐさま回復魔法を発動を発動していく。

 

 だが肺などの重要臓器が破壊されているため、酸素を供給するだけでは不十分。

 さらに傷を癒そうにも、体組織が一斉に破壊されたために、治癒力が足りず回復できない。ましてや重要臓器の再生など不可能だ。

 

 結果、彼らは数秒と立たずに急死。

 酸素欠乏症、多量出血、心不全、さらに脳への酸素の供給が不足したことにより、脳細胞も破壊される。完全な死亡だ。

 

 未知の魔法により困惑する武装局員達とは反対に、裏組織側の魔導士達の士気は急激に高揚。

 自らの主が行った魔法により、後方から放たれていた魔法の斉射が停止したのだ。

 その隙に雄たけびを上げながら、各々のデバイスを構えて突撃していく。

 

 気を取り直した前衛魔導士の武装局員達が、迫りくる猛攻を受け止めるべく防御魔法を発動。

 そしてそのまま無詠唱で攻撃魔法を放つべくデバイスを構える。

 だが彼らの頭上には――――

 

 「な、なんだこれはぁッ!?」

 

 一人の武装局員がそれに気が付いて視線が釘付けにされる。

 異常を察知した武装局員達もすぐさま確認、理解不能な物体の出現に唖然。

 

 空中に固定されていたのは四百八十キログラムルもの巨大なチョコレートの塊であった。

 横幅が二十倍というまるで金庫の扉のような威容を誇るそれが、数枚も突然に自分たちの頭上へ出現したのだ。。

 異常な事態に狼狽する武装局員達の頭上から、巨大なチョコレートの砲丸が落下。

 

 武装局員達は飛行魔法や横転による回避を行い、行動が間に合わぬ者は防御魔法を展開して四百八十キログラムルもの塊を受け止める。

 

 だが膨大な質量に速度が加わったために、とっさに発動した防御魔法では衝撃を完全に受け止めきれない。

 いくら本物のチョコレートといえど、咒式で巨大化された死の砲弾は家一棟を倒壊させる威力を持っているのだ。

 

 受け止めきれない、受け流しきれない衝撃に防御魔法を展開した武装局員達は吹き飛ばされて、回避や飛行していた他の武装局員達に衝突。

 バリアジャケットを通してつたわった衝撃により、魔法力が足りない武装局員は腕の骨折や頭部からの出血などの負傷。

 比較的魔導士ランクが高いものでさえ、あまりの物量に体を痛めたのか、顔を苦痛に歪めている。

 

 「未だ、お前ら行くぞぉぉぉっ!」

 

 「ありったけぶち込めッ!」

 

 大きくフォーメーションが崩れた武装局員へ裏組織の魔導士達が、一斉に魔法を発射。

 電撃や炎、魔力弾といった殺傷設定の魔法が武装局員達を襲った。

 

 仲間の危機を救うべく、『吸血負圧無間圏(パパ・ゲーノ)』の咒式を逃れた後衛武装局員達が防御魔法や結界をすぐさま発動。

 裏組織の魔導師達によって放たれた死の雨を完全に防ぎ切った。

 

 だが休む間もなくの下へ数百倍もの体積となったケーキやチョコレート、飴玉の散弾が飛来。

 すぐさま武装局員達は散開、魔法による迎撃を行って対処する。

 ヒルダの咒式に乗じて裏組織の魔導士達も次々と魔法を発動、武装局員達への攻勢を強めていく。

 

 武装局員達は怒号や念話による指示を飛ばしながら、それらの猛威に抵抗。

 もはや局員側も当初の余裕は消し飛び、武装局員と裏組織の魔導師達による混戦が始まろうとしていた。

 

 歴戦の魔導士達で構成された武装局員達は、少数で実力が劣る『カエストス魔法商会』の魔導士達に押されていたのだ。

 

 ヒルダはさらにポコモコの派手な咒式、エンゴル・ルの咒式の咒式による死の空間で武装局員達を追い詰めていく。

 だがヒルダはその端正な顔を強ばらせ、有利なはずの光景を苦々しい顔で観察していた。

 

 ヒルダは中距離暗殺型として確立された咒式士である。

 そして罠を多用する待ち伏せ型でもあるのだ。

 

 接近、及び遠距離からの攻撃には完全に不得手である。

 この事を十分理解するが故に、相手の陣形・作戦・咒式をかき乱す戦いを得意としたのだ。

 

 相手のペースを完全にかき乱し、姉妹三人による状況に応じた殺人手段を計画立案。

 相手を追い詰めて罠に嵌めていくことで、格上ともいえる咒式士達を百数十人殺してきた。

 

 まさに戦場の暗殺者ともいえる狡猾な咒式士が、『ペネロテ姉妹』の長女ヒルダである。

 

 だがこれらの戦法は、化け物や人外と等しき実力を持つ咒式士達にはまるで通用しなかった。

 パンハイマやアンヘリオなどの強大な力を持つ者たちは、ヒルダ達の作戦・罠・咒式ごと叩き潰してくるだけの頭脳・実力が備わっている。

 

 そんな絶対強者に対して、抗うべき手段をペネロテ姉妹は持ち合わせていなかった。

 あまりにもペネロテ姉妹のスタイルに拘り過ぎた為に、純粋な強者とのぶつかり合いは経験不足であったのだ。

 だからこそ末妹のヒルドは死に、ヒルダ自身も地下迷宮で殺されかかった。

 

 にも関わらず、ヒルダは未だ己のスタイルから完全に抜け切れずにいる。

 それが何とも言えぬ苛立ちの原因となっていた。

 

 もしこの場にパンハイマのような桁外れの魔導士が来れば、強大な魔法でたちまちヒルダ達は消飛ばされる。

 さらに実力や練度が高い軍団がくれば、実力不足の魔導師達は瞬く間に瓦解する。

 

 というか、こっちの魔導士達があまりにも弱すぎて貧弱で話にならない。

 管理局側を殲滅させる機会は、これまでも幾度となくお膳立てしたのにも関わらず、こちらの魔導師達は一人も殺せていないのだ。

 

 「盆暗で役に立たないことは解っていたけれど、ここまでとは。さすがの私も予想していなかっなぁ~……なんて」

 

 こいつらにはやはり練度と実力が足りない。そして組織戦の経験が足りない。

 

 ヒルダ自身がいくら相手をかき乱して殺していこうとも、後にまったく続いていかないのだ。

 さらに相手を殺害、追い詰めいかなければならないというのに、攻撃のタイミングや魔法の威力、加えてバラバラに攻め立てているせいでまったく管理局側を崩せていない。

 

 流石に違法次元犯罪者達を二百年近く抑え込んでいる組織だ。

 とっさの対応や危機管理能力、加えて組織戦が身についており、こちらの魔導士達の攻撃をよくいなしている。

 

 「私と一緒にいるのがあいつらじゃなくてヒルドとヒルデだったら……」

 

 間違いなく戦闘は終了している。

 だめだ、組織戦でもうこれまでの自分の戦い方はまったく通用しない。

 

 ザッハドの使徒は魔法世界に一人しかおらず、恐らく今後は自分一人で戦うことになる。

 今まで常にヒルダ・ヒルデ・ヒルドの三人で戦ってきた。

 だが運命を分ける大きな選択が迫られていることをヒルダは強く理解した。

 

 この世界に訪れたヒルダの戦いは、裏組織のまとまりのない魔導師だったからこそ通用したといえよう。

 これからは敵対することになる管理局、まだ見ぬ強大な魔法使いに対して、ペネロテ姉妹の戦法は最早通用しないと確信した。

 

 「私はこうなることを知っていたはずだ……」

 

 地下迷宮の戦いでヒルド一人失っただけであそこまで無様に敗北したことをもう忘れたのか。

 元々前衛であった末妹のヒルヅを殺した時点で、既にペネロテ姉妹の戦い方は崩壊していたのだ。

 千人以上殺したペネロテ姉妹の戦い方は、四人揃っているからこそ真価を発揮するのだ。

 

 もはや一人、ヒルダだけの戦いなのだ。

 これからは姉妹ではなく、ヒルダだけで殺していかなければならないというのに、いつまで自分は過去の戦い方に拘っているのだろうか。

 

 自分は他の汚くてブサイクな連中とは違う。

 いつまでも執着して無様な姿を晒すわけにはいかない、変わらなくてはならないのだ。

 

 裏組織の馬鹿共の顔はだんだんと明るくなり、嗜虐の余裕まで持ち出している姿が目に入る。

 いったいどんな活路を見つけたというのか、少なくともそんな馬鹿共が見つけた活路なんて見たくも知りたくもない。

 

 「あいつらは私たちを逃がさないように囲っているのよ?耐えていればいくらでも事後策が打てる状況。なのにそんなに時間をかけてしまったら――――」

 

 直後、魔法を発動しようとしていた魔導士に束縛魔法であるバインドが到来。

 一瞬で魔法陣が崩壊、体中を瞬く間に縛り上げられる。

 

 驚いた魔導士達が顔を見上げれば、空中には管理局側からの新たな戦力。

 ミッドチルダより送り込まれた十数人の武装局員達が、各々のデバイスを裏組織の魔導士達に向けて構えていた。

 

 これこそヒルダが早く戦闘を終わらたいと願った理由、増援の可能性であった。

 こちらが戦場に強装結界で縛り付けられている以上、向こうはいくらでもミッドチルダから増援を呼べる。

 そんな事すら目の前に夢中で気が付かなかったのか、あの馬鹿共は。

 

 伝えたとしても焦るあまり隙をさらして敗北は必須。

 伝えなかった結果がこれ。あまりにもお粗末だ。

 このゴミ共には利用価値すらない。

 

 『ひ、ヒルダ様』

 

 五月蠅い、黙れ。

 

 『え、援軍ッ!?そ、そんな……』

 

 黙れっているだろうが、馬鹿共。

 

 敗北の色が濃厚になった事で狼狽え始めた魔導師達を、ヒルダは冷ややかな目で見つめる。

 所詮こいつらはゴミなのだ。ブサイクで汚くて弱くて何の利用価値もないゴミ。

 私は何をどう勘違いして、このゴミ共を使ってやろうと考えたのだろうか。

 

 怒りのあまり音が一切聞こえない。無音の世界でヒルダはただ一人、思考の糸を紡いでいく。

 

 殺された同胞の悲しみを背負った武装局員達が、次々に魔導師達を気絶。捕縛していく。

 頭に飛び込んでくる悲鳴や慟哭を聞くヒルダの顔には、かつてない冷静さがあった。

 

 「覚悟したつもりだけれど、甘かった」

 

 戦場を見通すヒルダの声は、どこまでも凍てついていた。

 

 「今のままでは勝てない。いくらエミレオの書を所有しても、魔法の技術を体得しても、私自身が変わらなくては勝てない」

 

 桃色の目には、冷徹な激しい猛火が荒れ狂っていた。

 

 「私はザッハドの使徒だけど、もう『ペネロテ姉妹』じゃない。『右足親指のヒルダ』なんだ。メトレーヤの問い、その答えである本物が私。ヒルドやヒルデ、ヒルヅの腐れ妹共とは違う」

 

 二冊のエミレオの書が開き、光の発光と共に数列の鎖が出現。

 『菓子屋敷のポコモコ』を本の中へと引き戻していく。

 

 「私は本物。世界でただ一人の本物であり、本当のかわいさを持っているの。その私が、何で偽物共の戦い方を続けて行かなくちゃならないわけ?」

 

 魔導師達は瞬く間に拘束されていく。

 僅か五人にまで減ってしまった魔導師達は、ヒルダの前方十数メルトルまで後退。

 そして魔導師達を追って陣形を固めた三十近い武装局員達。

 彼らのデバイスの先はヒルダ達に向けられている。

 

 ヒルダが召喚魔法で呼び出したと思われる魔法生物を帰還させた事から、武装局員達はヒルダ及び残った魔導師達に投降の意志ありと見たのだろう。

 

 指揮官と思わしき長髪の武装局員が、顔を強ばらせながら周囲に念話を飛ばす。

 それを受け取った武装局員達が、デバイスの切っ先を向けながら、徐々に威圧をかけて包囲を狭めていく。

 

 「抵抗は無駄だ、投降しろ」

 

 己の窮地を十分に理解した魔導師達の顔は、全て恐怖と絶望。

 武装局員達は同胞の死に激しい怒りを感じている。

 これ以上抵抗の意志を見せれば、いくら非殺傷といえどただでは済まない。

 

 「ヒルダさ――――」

 

 「死ね」

 

 怯え竦んだ一人の魔導師が、ヒルダに助けを乞うように話しかけた瞬間。

 エンゴル・ルの収束した豪腕が魔導師に炸裂。

 

 魔導師の顔面から後頭部にかけて頭部が消失。

 血と脳漿、骨と歯の残骸をまき散らしながら地面に激突。

 遅れたように大量の血が首の上から噴水のように噴き出していく。

 頭を失った体は全身が震えるように痙攣していた。

 

 添えるように遺体の周囲を転がる眼球が、無機質な瞳で武装局員達を見据えている。

 

 エンゴル・ルの気圧変化による空気の壁により、返り血はヒルダに降りかかることなく周囲へと飛び散った。

 ヒルダは部下の死を看取る事無く、俯いて何かをぶつぶつと呟き続けている。

 

 魔法生物の凄惨な一撃に、管理局の武装局員達の目は驚きと恐怖に染まる。

 まだ顔に幼さを残す端正な顔立ちの美少女が、味方であるはずの魔導師を殺害した。

 その事実が彼らを混乱に陥れていたのだ。

 

 ヒルダの顔がゆっくりと持ち上げられていく。

 桃色の長髪が首と肩をなぞりながら、背中に後退。

 髪と同色の瞳は、武装局員達を嘗め回すかのようにねっとりと一人一人を捉えていく。

 

 ヒルダの美しい顔には、鋭利な三日月が表れていた。

 

 「こんにちわ」

 

 黒いドレスの裾を持ち上げながら、武装局員たちに一礼。

 ドレスについたフリルと、桃色の髪が風に靡いて横に流れる。

 まるで舞踏会の踊りに誘うかのような、かわいらしいヒルダのあいさつ。

 武装局員達はおろか、裏組織の魔導師達すらもヒルダの振る舞いに戸惑う。

 

 「私は長女のヒルダ」

 

 優雅に顔を上げたヒルダは、長い髪を陶磁器のように白く細い腕でかきあげる。

 華のような笑顔は、武装局員達だけではなく裏組織の魔導師達にまで向けられていた。

 

 「ザッハドの使徒で『右足親指のぺネロテ』の称号を持っております。四百八十六人……。いえ、今ので四百八十七人殺しました」

 

 呆然と自らを見つめる数十人もの視線を感じながら、ヒルダは粛々と言葉を連ねていく。

 

 「今日は、私が開催致しました血の祝祭へのご参加。本当にありがとうございます。ザッハドの使徒が魔法世界で行う、初めての宴です。私自身、初めて祝祭を開催するものでして。いろいろと失礼があるとは思いますが――――」

 

 ヒルダの指は魔杖風琴を優しく奏でる。

 

 「――――全員、惨めに汚くぶっさいくな顔して死んでくださいね♪」

 

 瞬間、激しい悪寒が武装局員達を襲った。

 

 武装局員達はすぐさま詠唱完了していた魔法をヒルダ達に向けて発動。

 何十もの魔力弾がヒルダ達の周囲にまで着弾。

 命令による発動ではなく、完全に恐怖による錯乱からの破壊だ。

 

 すぐさま指揮官が念話に加えて怒声を張り上げながら、武装局員達を制止する。

 完全な命令違反、過剰な魔法攻撃だ。いくら非殺傷設定とはいえ、目や耳などの鋭敏な部分は、障害が残る危険性が高い。

 あくまで死なないだけであり、体にダメージを与える事は非殺傷設定でも可能である。

 

 制止された後も恐慌した魔導師達の魔法はしばらく続いた。

 発射された魔法攻撃は百を超える。やりすぎだ。

 濛々と立ち上る煙の向こうには、魔法に蹂躙された犯罪者達の姿があるはずだ。

 

 すぐさま医療班を呼ばなければならない。

 指揮官はそう判断し、念話を試みるべく精神を集中した。

 だが周囲の武装局員達は、皆一様に上方を見上げている。指揮官も顔を見上げて絶句。

 

 「なんだ……あれは」

 

 巨大な建造物が、武装局員達の前方に突如として出現していた。

 太さが一メルトル、高さはビル三階ほどもある巨大な朱色の柱が二本。

 額束と呼ばれる額縁のようなものが、双塔の上部に掲げられている。

 

 第97管理外世界。

 高町なのは一等空尉や、八神はやて二等陸佐であれば、恐らくそれが何物であるか理解しただろう。

 地球という星が存在する世界の日本と呼ばれる島国。

 そこで発展を遂げた宗教の施設である、神社の門前に建てられる『鳥居』と呼ばれる建設物そのものであった。

 

 神域と人が住む俗界を区画する門。

 その門の丹塗りの表面には、数百を超える札が所狭しと貼られていた。

 

 この咒式建設物を建造する超強大な咒力が、武装局員達が放った百を超える魔法全てを無効化したのだ。

 あまりの膨大な咒力の流れに、彼らの魔法は飲み込まれたのだ。

 

 それを理解できない武装局員達は、皆ただ呆然と巨大な建造物を見上げている。

 門の後ろで固まる裏組織の魔導師も同様であった。

 

 鳥居が朱色であるのは、その色が災いを防ぐとして魔除けとしての力があると信じられていたからだ。

 そして札が貼られてるという意味は、何か魔を封じているためであり、そこから厄が溢れ出す事を防がんと恐れたからである。

 

 夥しい数の札が青白い燐光を放ち、その全てが焼き切れる。

 

 怪談、日本宗教を知るものであれば、それが何を意味するものか十分に理解できたはずである。

 高町なのは・八神はやての両名であれば、その経験故にすぐさまその建造物から遠ざかるよう命令できたはずだ。

 

 だが第97管理外世界は魔法が存在しない、ミッドチルダの勢力の範囲外の世界であった。

 そのため武装局員達も例に漏れず、目の前の建造物が何であるのか理解できなかった。

 故に彼らは致命的な遅れを生み出してしまう。これが彼らの命運を分けてたのだ。

 

 朱色の門扉、四角い空間が七色に入り乱れて歪んでいく。そして砕けた。

 ようやく意識を取り戻した武装局員達が、犯罪者達が発動した未知の魔法であると特定。

 

 同時に指揮官は未知の魔法により、局員達が不可思議な死を遂げた事に思い至った。

 すぐさま謎の建造物から離れるように指令を飛ばす。

 だがヒルダの咒力を纏った指は、新たに開かれたエミレオの書への命令を完了していた。

 

 「きひひ♪」

 

 ヒルダは起こるであろう地獄の宴を想像して、思わず笑いが零れる。

 

 何よりもヒルダ自身が、この異貌のものどもの一体を誰よりも心待ちにしていたのだ。

 かつてヒルダ達を危機に追い込んだ生物。圧倒的な力を有す正真正銘の化け物。

 『絶息の巨人エンゴル・ル』や『菓子屋敷のポコモコ』、『耳食い狐のキキチチ』のような暗殺・見立て殺人向けの小賢しさを持ち合わせない、徹底的な破壊と狂乱を生み出すエミレオの書。

 

 エミレオの書に封印された桁外れの怪物が、咒式が謳歌する世界ではなく魔法世界に呼び出される。

 

 虹色の空間より姿を現したのは、青黒い巨大な固まり。

 巨大な目も鼻も無い顔面から現れ、流線型の胴体は尾に向かって窄まっていく。

 皮膚を覆っているのは鱗ではなく粘膜。光に照らされてねっとりと粘着質な輝きを放っている。

 

 巨大な顔面が大きく二つに割れた。

 否、生物の唇が二つに開かれたのだ。

 

 長槍の如き鋭い犬歯が立ち並び、見る者全てを圧巻。

 鋭利な歯先に曳かれた白煙を上げる唾液は、強酸性で触れるもの全てを溶かし尽くす。

 洞窟のように大きな口腔の先にあったのは、どこまでも飲み込まれるような深淵であった。

 

 吐き出される吐息は生臭い高温の蒸気に変化。

 後衛の武装局員にまで吹き付ける。

 

 不気味な生物の巨体、その後ろに佇むヒルダの顔には邪悪な笑み。

 天高く掲げられた細く可憐な腕の先、人差し指に宿る咒力が宴の始まりを告げる小さな鐘。

 

 「『大喰らいボラー』ちゃん、ぜんぶぜ~んぶ残さずに食べ尽くせ♪」

 

 人差し指が魔杖風琴の鍵盤に振り下ろされる。

 同時に『大食らいボラー』が、空気を揺るがす咆哮。

 残された窓ガラス全てが激しく振動し、何枚かが耐えきれずに破壊。

 

 公式に残る凄惨な大量殺人事件、『HP(ヒルダ・ペネロテ)事件』の幕が切って落とされた。

 

 




プロローグを若干修正。
次回で血の祝祭、及び序章終了です。
原作キャラがさわりでやっと描ける喜び。

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