L'histoire du déclin et la chute de l'Empire Lis 作:Menschsein
原作:オーバーロード
タグ:オリ主 残酷な描写 捏造設定 Sugar and spice and all that's nice
語られることの無い、その国の滅亡、そして一人のお姫様の物語。
帝国の都中にラッパの音が鳴り始めた。
ラッパの音が鳴り響くとともに、白い鳩が空を飛ぶ。そのラッパの音色を聞く帝都の人々の顔は明るい。
大通りに面した家屋の窓という窓は開かれ、そこからは女たちが顔を出す。そして自らが刺繍したこの帝国の国旗。真っ白な百合の花びらの紋章の国旗を、窓辺に飾る。
愛する人の帰りを今か今かと待ちわびている。
数か月にもおよぶ遠征。人間種の生存圏をかけた戦いである。
皇帝と、そして国を守るために戦ってきた男達の凱旋である。一糸乱れぬ、威風堂々たる行進をしながら王城前の広場へと向かって行く。
帝都の城門が開かれ、恋人を待ちきれない女達は大通りに飛び出す。久しく見なかった夫、恋人の姿を探すために。
それもそのはずである。人間は弱い。そしてこの帝国は、亜人種と呼ばれる人間よりもはるかに強靭な肉体を持つ存在が住まう地域と隣接している。生きるために戦わねばならない。戦える者は全て戦わねばならない。
「お父様!」
見事な鬣の一際大きな
「わが娘よ。しばらく会わぬうちに、また大きくなったな! 母上の言いつけを良く守っていたか?」と、下馬した皇帝は、走り寄ってくる娘を受け止める。
「はい!」
「それでこそわが娘だ」と、その男はその少女の黄金色の髪がぐしゃぐしゃになるまで力強く撫でる。髪をくしゃくしゃになるまで撫でる。それが、この国の愛情表現である。
「それと、息子はどこかな?」と、皇帝は髭を摩りながらワザと惚けたように息子の姿を探して辺りを見回す。
「ここにおりますわよ。久しぶりで恥ずかしいのね」と、少女と同じ美しい金色の長髪の女性が答える。皇帝の妻にして、皇帝の留守中には帝国を良く統治する、美しく聡明な女性だ。
一枚の布で織られた真っ白で質素なドレス。そのアレクシアの後ろに隠れるようにして少女よりも小さな子供が立っている。
「シャルルよ。剣の腕は上げたか?」
「はい。お父様」
「よし。この後、訓練をしてやろう」
「あなた、お疲れではありませんか?」と、そっとアレクシアは皇帝に寄り添い、皇帝の金属製の肩当てにそっと頭を乗せる。アレクシアとて、一人の女である。
再会を喜ぶ夫婦。抱き合い接吻を交わす恋人たち。アクレシアも帝国の他の女達と同様に、戦場から遠い帝都で、夫の無事を毎朝、毎晩、神に祈っていた。皇帝も、妻を優しく抱きしめた。
ルイ皇帝は愛する妻との再会の喜びを味わったあと、「本日、夕刻より、勝利と……そして、弔いの宴を開始する」とルイ皇帝は王城前に集まった人々に宣言をする。
山から食料を求めて人間の生活圏に降りてきたオークたちは山へと追い返した。山の厳しい冬。越冬の厳しさを本能で知っているオーク達は、豊かな実りの秋により多くの食料を求めて降りてくる。毎年恒例の種族間の戦争である。
そして、一度追い返すことに成功すれば、雪が積もり、オーク達は山から下りれなくなる。人間も、後は厳しい冬を耐え抜いて生きれば、希望の春が訪れる。もちろん、冬眠から目覚めた亜人種たちが、食料を求めてまた侵攻を開始する時期でもあるが……。秋が過ぎ、もうすぐ冬が来ると言うこの時期。帝国に訪れた束の間の平安であった。
また、戦いをすれば必ず傷つく者達がいる。死ぬものがいる。この帝国では、飲んで踊り騒ぐことこそが死者への弔いであると考えられている。死を悲しみ、嘆くこと。それよりも、命を代価として守った帝国の人々。その人々が、楽しく踊り、笑顔で杯を酌み交わす。自らの命の代価としての他者の幸福。それを見て、死者は安らかに眠るのである。
・
「まだ剣に振り回されているぞ」とルイ皇帝は、息子のシャルルに剣の指導をしていた。
ルイ皇帝は、両手で一生懸命に振り下ろしたシャルルの剣を手首の力だけで簡単にいなす。そしてその訓練の様子をアクレシアと少女は眺めながら刺繍をしている。久々に訪れた帝国の家族団欒の風景であった。
少女が編んでいるのは、首に巻く手ぬぐいである。帝国の女は、自分の大切な人が戦場に赴く時、百合の刺繍をした手ぬぐいを首に巻いてあげるのが習慣だ。甲冑と鎧の隙間であり首という人間の急所を守る手ぬぐい。また、傷を負った時の止血などにも使える。
愛しい者の無事であるようにという祈りを込めて、一針一針丁寧に縫い込む。
また、戦場でその男が死んだ場合、仲間が持ち帰って来る遺品がその手ぬぐいだ。自分が編んだ刺繍が分からぬ女はいない。返ってきたその手ぬぐいを見て、愛する者の死を知るのである。
「シャルルって、毎日一生懸命素振りしているけれど、全然上達しないね」
「まだ体の成長が追い付いていないのよ。だけど、剣に慣れておくの。男はね、剣に合わせて成長するものなのよ。それに、シャルルは、武技に関する
「でも、私の
「凄いとかそういう話ではないのよ? あなたの
「はい。お母様」と少女は頷く。
・
勝利とそして死者を弔う宴が始まる。帝都に響くのは太鼓の音。心臓の鼓動のようなリズム。そのリズムに乗って、生者は踊り、死者は眠る。
男も女も、太鼓のリズムに合わせて踊る。決して洗練されているとは言えない原始的で野性的な踊り。生者は命の焔を燃やしながら踊る。死者が守った命と言う輝きを、月よりも明るく世界に照らし出すために。
だが、その宴の喝采の中から、悲鳴が響き渡る。
月明かりに照らされた黒い翼。
「
真紅の瞳。月明かりに照らされた二本の牙。怪しく月光を反射する銀色の髪。
「落ち着け!
「あらん? 随分と舐めてくれるわね。これだから寿命が短い種族って嫌なのよね。この辺りでは有名な
吸血鬼の口が大きく開き、そして黒い翼を羽ばたかせて急降下して来る。
そして、少女とシャルルの前に降り立つ。
「シャルル、早く逃げて!」と、少女は吸血鬼の前に立ちはだかる。
「同じ血の匂い。弟を護る姉。素敵ねぇ。私のお口の中で、二人の血を仲良くブレンドしてあげる」と言って、少女に向かって一歩踏み出す吸血鬼。恐ろしいほどまでその二本の牙は研ぎ澄まされていた。
「ひぃ」と少女は怯む。
「怯えた顔も可愛いわぁ。もうすぐ干からびちゃうけどぉ」
その時、少女が守っていたはずの弟が、姉の背中から飛び出し、大ぶりの剣を吸血鬼に向けて振り下す。
「勇ましいわねぇ。美味しそうな若い血に、兄弟愛というスパイス。きっとおいしそう」
「お姉さまは早く逃げてください」と頭を鷲掴みされたシャルルが叫ぶ。
「いや……。シャルル!!」
少女の心を恐怖が支配した。そして少女は、絶対に使ってはいけないと言われていた力を発動させてしまう。
少女の
「ん? 私を食べようとしているの? 馬鹿じゃないの? 私を吸収しようなんて、生意気。私は、
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その瞬間、少女の体の中に眠っていた何かが弾けた。少女を中心として、平らな光の輪が広がる。そしてその光は、帝都を覆い尽くすほどの大きさまで広がっていく。
「な? これは
帝都を包むほどに広がった光は、急速に縮小し始める。縮小しながらも、その光は徐々に強まっていく。まるで、太陽が地上に落ちてきたほど光が強まり、夜空を真昼のように照らした。そして、そのまばゆい光が収斂した先は、その少女の体だった。
「た、足りない力を、周りの人間の魂で補っている……?」
吸血鬼は、狂ったようにその少女を爪で切り裂く。だが、傷口を光が包み、少女の体を癒していく。
「わ、私の力まで……。ばっ、化け物が!!」
吸血鬼の両手両足が、光の粒子となる。そしてその粒子は、少女の体の中へと入っていく。
そして、再び光が弾けた。
光がおさまった帝都で、立っている者は少女一人だけであった……。
・
どれほど季節が廻ったであろうか。時間の感覚などもう無いに等しい。最後に人間の言葉を喋ったのはいつであったか。帝都を自分が滅ぼしてしまった日の白昼夢を見るたびに漏れ出す、嗚咽。
少女は、誰もいなくなった帝都で”死ねない”という罰を受けた。帝都を彷徨うアンデッド。彼らは、自分が助かるために使った
アンデッドは自分を見向きもせず、ただ帝都を彷徨うばかりだ。いっそ、アンデッドが自分を襲ってくれたらどれほど良いであろうか。私たちを殺したのはお前だと、自分を責めてくればどれほど良いであろうか。
だが、アンデッドはそんなことは決してしてはくれない。自分に見向きもすることなく、ただ虚ろに彷徨っているだけだ。なぜなら、その少女ももはや生者ではないからだ。
自分も命無き
太陽が幾度とめぐり、そして季節が移り変わろうとも、十年経とうが、百年経とうが、自分のこの刑罰は終わることはない。
そんな悠久の月日が流れたある夜のことだった。怪しげな気配から逃げ惑う少女の目の前に、アンデッドが現れた。
「……こんばんわ、曇ってはいるが良い夜だな」とアンデッドは語る。
少女は驚く。アンデッドが自分に話しかける。そんなことは、百年……いや……それ以上の月日だろうか。そんなことは無かった。それに、曇っているのは自分がアンデッドを大量に発生させた呪いの影響だ。この帝都は二度と、明るい太陽の陽が差し込むことも、星が瞬くこともない。
少女は息を飲む。
無慈悲に流れていく歳月の中、訪れた変化。
ぐっと少女は息を飲んだ。
「……もう一度聞くぞ、幾つか聞きたいことがあるんだが、構わないかな?」
アンデッドの言葉に少女は頷いた。そして、久しぶりに喋ろうとしても、舌が動かない。まるで、言葉の喋り方を忘れてしまったかのように、舌が動かない。どうやって言葉を紡げばよいのか分からない。言葉を最後に喋ったのは、百年以上も前だ。
「……私は……鈴木悟というがお前──君の名前は?」
「……ぁ、ぅ……ぁ……ぁ」
「お前の名前は?」
「……あ、ぅ……あ……ぁ」
「あうああ、か? 変わった名前だな……ん?」
違う。少女は必死に首を横に振る。自分が殺してしまった勇敢な父と優しい母。
その二人が付けてくれた、忘れたくても忘れらないない自分の名前がある。荒廃した都市。かつての面影などはもはや無い。家屋や門は崩れ、思い出の品々は錆びて、そして朽ちていく。
唯一かも知れない、自分に残っているもの。それは、父と母が与えてくれた自分の名前だ。
「違うのか? ではもしかして喋れないのか?」
少女は必死に首を横に振る。
「親は何処に……」
自分が殺した……。もういない。王城の広場を彷徨い続けている黄金の甲冑を着たアンデッド。それが父だ。そして、その近くを彷徨って歩くアンデッドが母。そして小さいアンデッドは自分の弟だ。
少女は俯き、そして首を激しく横に振る。
そして、既に機能の停止した肺に空気をいっぱい吸い込み、そして声帯を揺らす。
「──ィーノ・──ァス・リス・インベ──ン」
「なまえは
それが、
終わり!!