ブラック・ブレットif ー深淵に堕ちた希望ー   作:縁側の蓮狐

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1話『闇の彼方へ』

――一言で言うなら、それは御伽噺のお姫様が王子様と出会った瞬間と酷似していた。

 

 二○二一年某日、一時の感情に任せて家出をしたはいいものの、極限の状態にあった僕は、眼前に迫るそれを見て、ただ呟くことしかできなかった。

「ガス……トレア」

 まるで白亜紀にいた鳥獣のようなそれの深い赤色の瞳は、まるで研磨されたルビーのようだった。ルビーなんて、その頃は見たことなかったけど、多分こんな感じなんだろうなって思ったんだ。

 ガストレアは自衛隊の支援戦闘機が発射したスパローミサイルで片翼が捥げてしまい、僕の目の前に墜落してきたんだ。

 もう、こいつは限界だろうと思いながらも必死に体を起こして逃げようとする僕を、ガストレアは力を振り絞って上体を起こして追ってこようとする。千切れた片翼の付け根部分からは動く度に大量の血が流れているというのに。

 僕は、そんなガストレアの姿に感動したんだ。死がすぐそこまで来ているのに、生きようと、闘おうとする怪物の姿に。

「僕が、殺してやる」

 ガストレアの墜落に巻き込まれなぎ倒された仮説テントの一部であろう折れたパイプを手にした僕は、そいつを槍を扱うように持って無謀にもガストレアに突貫したんだ。彼の生き様に応えるために。不思議と恐怖は無かった。

 ガストレアはクチバシを開く。僕を食べるつもりだ。相打ちに、なるのかな? そんなことを思っていた僕の耳に、乾いた銃声が何度も届く。

 ガストレアは絶命していた。僕が殺す前に。

 誰が、僕の邪魔をしたんだ。辺りを見回した僕は、奇怪な人物を見つける。

 ワインレッドの燕尾服にシルクハット、さらには舞踏会用の仮面を被った高身長の人。サーカス団から抜け出してきたピエロさんかなと僕はまぬけな発想をした。

「少年、なぜ君は今、ガストレアに立ち向かった?」

「アレを殺すのが、僕の役目だと思ったから」

 至極当然のように僕は答えた。ピエロにとって満足のいく答えだったのか、彼は「ほぉう」と嬉しそうな声を上げ、僕に手を差し伸べた。

「少年、君に二つの選択肢を突きつけよう。私と共に闘争の世界を生み出すか、私に殺されるかだ」

「いいよ、僕、おじさんについて行く」

 迷うことなく、僕は破壊の道を選び、ピエロの手をとる。

「少年、君の名は?」

「僕は――」

――これが僕、里見蓮太郎と蛭子影胤の出会い。

 

 そして、これより綴られるは、激しい黒に包まれた僕の哀情も心傷も、全て取り込んだ彼と、そんな彼と共に生きていくことを択一した僕の狂気に満ちた人生の一ページ。

 

 影胤と僕が出会ってから十年後、僕は六階建てのマンション。『グランド・タナカ』の二○二号室に来ていた。二○二号室の扉の外には警官隊がいたので、仕方なく非常識的な方法でここまでやってきた。その方法は単純なもので、一○一号室のベランダから二○二号室へと飛び移っただけだ。なに、十年も体を鍛えればこのぐらいできるものさ。

 僕は感染源ガストレアを追ってこの二○二号室へとやってきた。だが、残念なことに僕がやってきた時にはもぬけのからだった。やってしまった。

 失態を影胤に報告するためにも僕はポケットからスマートフォンを取り出そうとする。同時に、誰かが窓から侵入する音が聞こえ、僕は動きを止めた。

 影胤か?

「突入成功、行くぞ!」

「はい!」

 成人男性の声に僕はたまらず舌打ちをしてしまう。邪魔だな。

 ここで被害者ぶって救助されるというルートがあるにはあるが、そうすれば警察に保護されて面倒臭いことになりかねない。いざ心の中で選択しようという時に限って、道は一つしか残されていないことってよくあるんじゃないかと僕は思う。

 黙りこくったまま畳の目を心の中で数えていると、二人の警官隊が僕のいるリビングまでやってきた。どうやら彼らは僕の姿を見て少し困惑している様子だった。

「君は……この部屋の住人かい?」

 そんなわかりきったこと、答える気は毛頭なかった。適当に思いついた言葉を並べながら僕は警官隊にジリジリと近づき始める。銃を使うのが一番手っ取り早いが、発砲音が外にいるかもしれない増援部隊に聞こえたら、無駄に戦闘することになってしまう。それは避けたかった。

「六畳間の部屋にさ、男性三人ってのはちょっと窮屈だと思わないか? 思うよな。でもさ、人間サイズの置物二つと男性一人だったら、窮屈な感じも薄まる気がするんだ、僕。だからさ、――死のうか」

 僕が不敵な笑みを浮かべると、警官隊の二人は銃を構える。遅すぎる、既にアンタたちは僕の攻撃可能範囲内にいる。

 天童式戦闘術二の型十六番――

「『隠禅・黒天風』」

 僕の放った回し蹴りは殲滅対象の一人の顔にクリーンヒット。くるりと男の首は回転し、辞世の句を残す間もなく絶命する。回転する様がフクロウみたいだと思った。そういえば、フクロウの因子を持つ子はどれくらい首が回るのだろう。とても気になる案件だ。もし出会った時のことも考え、この疑問はよく覚えておこうと誓った。

「ひぃっ!」

 残りの一人が銃を手放して逃走を謀った。それは、ダメだろ。

「は?」

 一気に僕の怒りは有頂天にまで上り詰めた。なぜ逃げる。なぜ闘わない。

「ガストレア以下だな、アンタ」

 天童式戦闘術一の型八番――

「『焔火扇』」

 少しばかりドスの効いた僕の声に、対象物は顔を引き攣らせる。

 塵芥と形容することでさえおこがましい存在との間合いをゼロにまで縮めた僕は、畳を踏み締めて渾身のストレートを放つ。

 だが、技を喰らったヤツは吹き飛ばされなければ、外傷を負うこともなかった。

 代わりに、内側は言葉では表わしたくない凄惨なものになっているだろう。ヤツは力なく倒れ、顔中の穴という穴から血を吐き出した。

「アンタの体内にある心臓以外の臓器、全て今の一撃で破裂させた。逃げた罰だ、精々悶えて死ね」

 撒き散らした自分自身の血で汚れた畳の上で苦しんでいるものの姿を見て、改めてこの技が人間離れしているものだと思い知る。

 天童式戦闘術は、影胤と出会う一週間前に僕を引き取った天童家が代々引き継いでいる技だ。僕は引き取られた初日からそれについて教え込まれた。わずか一週間という短い期間のため、全部ではないが半数近くの技はどのようにして繰り出されるかというノウハウは覚えていた。僕は影胤と生活を共にする中で、毎日何百回も技の練習をした。結果、見事に技は習得した。歪んだ形で。

 習得した技を試しに影胤に見せたところ、彼は「素晴らしい成果だね蓮太郎。我流を混ぜて外道の技にするとは」酷評しているのか絶賛しているのかわからないコメントを述べた。要するに、邪悪の権化とも呼べる男と生活を共にする内に、僕は技も心も混沌に染まったらしい。

 人を殺してなんとも思わない時点で僕も悪だよな。どう見たって。

 物思いにふけっていると、玄関の方から銃声とドアを蹴破る音。しまった、さっさと立ち去るべきだったな。

 追加の客は警官隊が三人、金髪の男と少女の民警ペアと思わしき者が一組。人数から察して、まだ部屋の外で待機している戦闘要員はいないだろう。なら、別に音を出しても問題ないか。

 腰のホルスターから二丁の拳銃をクイックドロウ。三人の警官隊を倒すのはそれで十分だった。問題は、金髪の民警ペアだった。

「クソファッキンとしか言いようがねぇな。感染源ガストレアぶっとばすだけの予定だったのによ、化物みてーなガキを相手するはめになるなんてな」

「兄貴、こいつ、なんか雰囲気やばいよ」

「わーってる」

 互いに様子見、といったところで僕の視線は『I am an America』とプリントされたジャケットと、飴色のサングラスを着用する男の方にしか向かなかった。この時、僕は人生で初めて『辟易』という言葉を顔で表現した。

 僕から彼に送る言葉は一つだけだった。

「だっせ」

「だ、ダサッ!?……ヘイ、ボーイ。あんま調子乗ってるとなぁ、痛い目見るはめになんぞッ!」

 激昂し突撃する男の武器は腕に巻かれたナックルダスターだけであった。銃で対応しようにもそれが出来るほどの距離はない。こちらも拳で応戦するかと構えた刹那、男の武器が本当にナックルダスターだけなのかと不安が募り、慌てて背後に下がる。ギリギリのタイミングで男の拳打を避ける。そして確かに見た。彼の手の甲にある、コンパクト化した動力ユニットを。

「電動式の武器を仕込んでいたか」

「勘が良いな、ボーイ」

 男の表情にはまだ余裕が見えた。これ以上彼に隠し玉はなさそうだと思い、イニシエーターが何か仕掛けてくるのだと気づく。

 金髪の少女は小さな一室を飛び跳ね回っていた。素晴らしい速度だ。あれぐらい速く僕も動けたらと羨ましく思いながら、少女が何の因子を持っているか考察する。飛び跳ね回るという点で言えばバッタが有力候補だが、そうすると彼女が狙っているのは僕の死角へと飛んでから、僕に蹴りを浴びせるということだ。あまり決定打になるとは思えない、これは除外だ。

 ならば何がある。そう悩んでいると、目の前では僕が撃ったために呻いている警官隊の男が震えながら手を上げていた。まるで、何かの罠に引っ掛かったように。

 罠に引っ掛かった? 僕はここで彼女の因子が何なのか閃く。蜘蛛だ。彼女はただ闇雲に飛び跳ね回っているのではなく、僕をネットの中に閉じ込めようとしていたのだ。警官隊の男が震えながらも手を上げていたのはネットに引っ掛かり、引っ張られているためだ。

「拙いな」

 僕はバラニウム製の短刀を取り出すと、片手で金髪の男に向けて牽制のため発砲。余った手は短刀を握り、前方をがむしゃらに斬る動作を何度も行いながらベランダへと向かう。

「嘘ッ、気づかれた!?」

「どんな直感してやがるッ!」

 民警ペアの二人以外に不安要素はない。彼らを素通りできた時点で、僕の逃走は誰にも邪魔ができなくなっていた。

「それじゃあ、また機会があったらな」

 ベランダへと辿り着いた僕は、静止を求める彼らの声を無視して飛び降りる。

「あぁ、嫌だなぁ」

 ぼやきながらも僕は着地の体勢をとって衝撃に備える。

 足が地に着くと同時に体の全身に衝撃が痛みとして伝わる。二階から飛び降りたんだ。サイボーグでもないただの人間は痛いに決まっている。本当、何回やっても慣れないな。

 再びスマートフォンを取り出し、影胤と連絡をとろうとした瞬間、向こうから着信がかかってくる。

「もしもし」

「感染者はこちらで処理しておいたよ、そちらは何か収穫があったかい?」

「収穫、か。あるにはあったけど、トリカブトを摘んじまったよ」

「と、言うと?」

「感染源ガストレアはいなかったうえに、警察と民警相手に一線交えちまった」

「トリカブトは言いすぎじゃないかい蓮太郎。そんなものは些細な問題だろう。ヒヒッ」

 何が面白いのか。トリカブトを使った例えが下手だったのがそこまで笑えるか? 十年経った今でも彼の笑いのツボが僕にはわからない。

「近々東京エリアの民警たちには挨拶するつもりだったから、まったく悩む必要はないさ。ひとまず、合流するとしようか」

「いつもの隠れ家にか?」

「そうだよ。……ところで蓮太郎、お坊ちゃんのような話し方は変えたほうがいいと言ったのは私だが、その話し方をするなら一人称も変えたほうがいいんじゃないのかい?」

「一人称なんて、一朝一夕で変えられると思うなよ。口調が壊滅的に乱暴なやつにでも影響受けない限り多分僕は一生「僕」って言うぞ」

「……それもそうか」

「話は以上だろ? もう切るぞ」

 影胤の返事も待たずに僕は通話を切断する。

 隠れ家までの距離は少しあった。それだけで痛む僕の体に倦怠感が足され、路上にもかかわらず寝転がりたい衝動に駆られる。でも、影胤を待たせるわけにもいかないために僕は足に付いた見えない錘を外し、気持ちを楽にして走り出す。

 




オリジナルキャラだけの作品ではなく、原作キャラのみの作品にも挑戦してみました。ロリロリした作風は少なめで、この調子でいくと影胤と蓮太郎による世紀末的なものに仕上がりそうです……早急に小比奈を登場させるべきかなと思っています。

影胤の口調がなんだか変に感じますが、作者は何度読み直しても影胤の口調がどのようなものか完全に理解できていないせいです。原作だと家族(小比奈)に対しては優しい話し方だったので、他人と家族の中間地点をいく蓮太郎には「優しくもどこか余所余所しさを感じる」話し方を目指して喋らせています。


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