ブラック・ブレットif ー深淵に堕ちた希望ー   作:縁側の蓮狐

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3話『剣の舞』

「マジかよ……」

 シャワーから出た僕は傍に置いてあった着替えを見て顔を青ざめる。カットソーの上に薄いジャケット、下はチノパンと動きやすさとラフさに長けたのが今までの僕の服装だったはずだ。

 それが、なぜ学生服になっているんだ。スーツそっくりの真っ黒い学生服に。まず第一にこれをどこから仕入れてきたんだ。

 仕方なく用意された学生服に着替え、シャワールームを出るとすぐさま小比奈に問いかける。張本人の娘なのだから何かしら彼から聞いているだろう。

「なあ小比奈、なんだよこの服は」

「それ、防衛省に行く時の正装だって」

 影胤の言葉を思い出す。『紳士的に身なりは整えて行かないとね』。身なりとは服装も含めてのことだったのか。僕はぶつけようの無い苛立ちを悪態として心の中で愚痴る。

「……じゃあいつも僕が着てる服は?」

「パパが斬っていいって言ったから斬ったよ」

「嘘だろ……あれ気に入ってたのによ」

 さも当たり前といった様子で言いのける小比奈に対して怒る気が一切起きない。大体こういった理不尽な展開は受け入れて流されるのが一番メンタルに優しいからだ。

 無理矢理にでも心機一転させると、僕は腰を落としてある構えをとる。天童式戦闘術の基本とされる『百載無窮(ひゃくさいむきゅう)の構え』だ。深呼吸を済ませ、僕は見えない敵へと技を一つずつ繰り出しながら一考の時間に入る。

 防衛省へ向かうまで時間は多少あるだろう。それまでの間に技を磨こうという訳だ。今回の依頼が完了するまでに天童菊之丞の殺害を目論む僕にとってタイムリミットは僅か、一時も無駄にする気は無い。

 しかし、今僕が考える殺害計画には無数の穴が開いている。運任せといってもいい。

 まず、菊之丞を殺害するためには聖天子に頑張ってもらわないといけない。なぜなら菊之丞がリークする情報を聖天子が封じ込め、最終手段としてステージⅴを召還せざるを得ない状況に持ち込まなければならないからだ。ステージⅴが召還されれば聖天子は補佐官である菊之丞と共に個人用のヘリなりなんなりに乗って東京エリアを去ることになるだろう。そこが狙い目。間違っても国家元首である聖天子を一般人と同じ避難ルートにやることはないはずだ。

 簡潔に言えば、ステージⅴが現れたことで少数人数になって避難しようとするところに僕が現れるだけ。あとは殺せばいい。

 聖天子が情報を封じればステージⅴを召還しなければならないということは先ほど目を通した書類に書かれていた。これは確実だ。

 聖天子と菊之丞がどこでヘリに乗るかは影胤に訊けばいいだろう。それも知らずに僕を挑発してくる無計画な男ではない。

 一番の問題は、――僕が天童菊之丞に勝てるかだ。

 老兵と言えど彼も天童の人間。無駄に年月を過ごしているそこらの翁とはまったく違う。恐ろしいことに、菊之丞は天童式格闘術も抜刀術も会得している。僕がそれを知っている理由は、見たからだ。彼が道場で一人鍛錬する姿を。幼少期の僕でもわかった、彼の動きに隙はないと。菊之丞の鍛錬姿に小さな僕は恐怖したのだ。

 実力の差はあるだろう。それでも殺せるチャンスは近々、一度きりだ。今乗り込めば万全の警備体制による数の暴力と菊之丞の合わせ技が待っている。刺し違える覚悟を持ってしても何の成果も出せないだろう。

「蓮太郎、いつまでそれやるの?」

 穴だらけかつ勝ち目も薄い作戦に辟易していた僕の思考を小比奈の冷めた声が中断させる。

 見れば小比奈は退屈そうに枕を抱き締めながらベッドの上で三角座りをしていた。小比奈には悪いが、まだ鍛錬を止めるわけにはいかなかった。少しでも菊之丞との間にできた差を縮めなければならない。

「防衛省に行くまで、だな」

「防衛省に……? 明日までやるんだ。頑張るんだね」

「あ、明日だって?」

 驚嘆する小比奈を前に僕は動きを止める。聞き間違いではない。防衛省に行くのは明日。影胤はそんなこと一言も言っていないが、わざとだ。明日まで鍛錬を続け体調を崩した状態で防衛省へ向かう自分の姿を思い浮かべ、僕の全身は脱力感に包まれる。やってられるか。

 僕は乱暴にソファーへと座りかかる。柔らかな座り心地が荒れたり悩んだりと忙しない心を落ち着かせる。

 明日までここを僕の根城にしてやろうか。

「さすがに明日までやってらんねーよ。くそっ、やる気が萎えちまった」

「もうやめるの? じゃあ暇だよね、やり合おうよ」

 何が『じゃあ』だ。何が『やり合おう』だ。長年付き添っても小比奈の会話のペースにはたじろぐはめになる。彼女は起から結へと過程をすっとばして話してくる上に相手がそれに合意していると思ってやまない傾向が見える。承と転の存在を忘れてやらないでほしい。

 丁重にお断りして本でも読みたい気分ではあったが、この短時間の間で僕は小比奈を二度も退屈させている。仏の顔も三度までというが、彼女にはそんな寛大な精神は宿っていない。後が怖いので僕は了承する。

「……わかった、じゃあ特別ルールありでやろうぜ。場所はこの室内、そして室内に一つも傷をつけてはいけない。どうだ?」

 この付近で僕たちが自由に暴れることができる場所はない。どこでやっても誰かに見られてしまうだろう。このスイートルーム以外では。

 クライアント、――菊之丞が特別に手配したためにほぼ僕たちの家と化したここでなら自由に戦える。傷跡をつけてしまうと後処理が面倒極まりないために僕は特別なルールを課した。

 小比奈は僕の提案にいまいち満足できていない。今にも文句を言ってきそうだった。だがこの程度は想定の範囲内だ。僕は畳み掛けて小比奈から応諾の言葉を引き出していく。

「このルールが飲めないなら、僕は戦わない」

「むー……いいよ、それでやろう」

 僕は腰を落として『殺人刀(せつにんとう)伐折羅(ばさら)』の柄を握り、若干ぎこちなくも天童式抜刀術『涅槃妙心(ねはんみょうしん)の構え』を、小比奈は一対の小太刀を抜刀して距離を取る。

「蓮太郎、刀でやるの?」

「ああ、ちょっと試してみたいことがあるんだ」

 僕が試したいこと。それは菊之丞を倒すために急ごしらえながらに発案した僕だけの戦い方。天童式戦闘術と抜刀術を混ぜ合わせた戦術だ。

「ふぅん、試せたらいいね」

 ニタリ、と小比奈が薄気味悪い笑みを張り付かせたまま僕に向かって駆け出す。戦闘時の蛭子小比奈は小さな恐怖の塊だ。開戦の合図もなしに我先にと突っ込んでくるのは心臓に悪いったらありゃしない。事前に構えておいて本当に良かったと自画自賛しつつ眼前の斬撃に対して冷静な対処を始める。

 始める、だが読めない。剣を扱う者の大半以上はいづれかの流派を教わり、身に染み付いた型に従った剣の軌道を描く。当然、型に嵌った剣術ならパターンが存在する。僕はそのパターンを読むことに長けていた。長けていくように自分を鍛えた。しかし蛭子小比奈の剣に型など存在しない。全てが我流、全てが出鱈目、イニシエーターの恩恵を最大限に活かした無茶苦茶な彼女の動きは様々な型を変幻自在、それでいて気まぐれに使い分けているようなものだ。

 これを捌くにはパターンから剣の軌道を読むのではなく、目で追うしかなかった。己の動体視力を信じて身を捩り、後ろへ飛びのき、頭を下げ、スウェーを使って頬を掠めながらも斬撃の応酬を避ける。その間、僕は決して柄を握る手を離さない。

 刀を抜くことなく処理されたことに痺れを切らした小比奈が大振りの一撃を振り下ろす。好機が訪れた。

 必要最低限の動きで下がった僕の鼻を触れるか否かという絶妙な位置を黒々とした切っ先が駆け抜ける。攻勢に転じるには今しかない。

「天童式抜刀術一の型六番――」

 雷が走り抜ける速度にひけを取らない居合いを僕は放つ。これでも幼き日に見た本家のものと比べると遅いことに嘆きながら。

「――『彌陀永垂剣(みだえいすいけん)』」

『殺人刀・伐折羅』が鞘走る瞬間の鉄が擦れる音を確かに耳にした小比奈は大きく飛びのいてこれを避ける。分かっている。僕の未熟な剣技が常人より遥かに優れた反射神経と身体能力を持つ彼女たちに通用するはずがない。ここからだ。

 振り切った刀を僕はそのまま後方へと投げ、床を蹴り小比奈へと肉薄する。

「――『焔火扇(ほむらかせん)』」

 これには小比奈も目を見開いて驚愕する。だが彼女は予想外の出来事に気をとられ戦闘から意識を逸らす愚か者ではない。着地と同時に横っ飛びして僕の追撃を紙一重でかわす。知っている。僕は小比奈を追いながら左腕を床と平行になるように伸ばし、背後から迫る物体を掴む。

追撃の際に投げた『殺人刀・伐折羅』だ。ブーメランじみた軌道で半楕円を描きながら僕の手元に戻ってくるように投げられたそれは予定通り僕の左手に握られる。曲芸じみた技術ではあるが、僕にとっては立派な戦法だ。

 刀身を鞘に戻し、僕は二度目の『彌陀永垂剣』を繰り出す。小比奈とは距離があったが、刀のリーチがそれを帳消しにする。白刃は小比奈の首元にぴったりと接していた。

「僕の、勝ちだな」

 溜め込んでいた息を吐きながら僕は納刀する。

 僕が刃を引いた途端、小比奈は力なくその場にへたり込む。まだ何が起こったのか完全に理解できていないようだった。

 急な思いつきではあったが、この戦法は僕に合う。確かな感触をじっくりと味わおうとするが、輝かしい何かが僕に突きつけられ余韻に浸れない。小比奈の眼差しだ。

「ねえねえ蓮太郎、今のどうやったの!? 教えて!」

 小比奈の無邪気な好奇心が僕から拒否という二文字を奪っていく。

 僕は子どもに甘いな。

 面倒ながらも僕は小比奈に技の仕組みを教える。どうせ体術に疎い彼女では実践で使わないだろうという慢心のせいか熱も入り、教えは何時間にもわたった。

 僕はこの時、考えもしなかった。この数週間後、蛭子小比奈が僕の編み出した技をアレンジして四刀流の剣技を物にすることを。




話がまったく進んでいない気がする…
次回、ついに進む気がします。

小比奈の剣って適当に振っているだけなんですかね……もう一回原作を読まなければ。

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