フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第10話

 それから数年の後、パチュリーはスカーレット家に移住することになった。

 引っ越しの準備をしているパチュリーに、レミリアは暇そうに見守りながら話しかけている。椅子から動く気配は無い、手伝う気はないらしい。

 

「ねえパチェ、ほんとに地下室でいいの?」

 

 不満気に聞くレミリア。なにを今更とパチュリーは面倒そうに答える。

 

「地下の方が色々と都合がいいのよ」

 

 これも何度も言ったことであった。

 

「むー、でもぉ」

「でも、なに?」

 

 パチュリーは手を止めずにレミリアの相手をしている。

 もちろん力仕事ではなく、魔法でちょちょいちょいとしている。

 

「フランもそうだけど、地下室にこもって中々出てこなくなるんじゃないかって」

「それは否定しないけど」

「否定しないのね……」

 

 レミリアはうなだれる。

 

「必要なものが揃ってる所にいるのに、わざわざ外に出る意味なんてどこにあるっていうの?」

 

 答えは簡単。

 

「私がつまらない」

「知らないわよ」

「そう言わないでさ、今からでもいいから地下はやめない?」

「しつこい」

 

 似たような問答はいくつかしていたのだが、なんだかんだで付き合っているパチュリーである。

 

「そもそも場所が地下じゃなくても同じことよ。用が無ければ外にはでないわ」

「じゃあ地下じゃなくていいじゃん」

「そうね。でも地下でもいいわよね。それなら地下を選ぶわ」

「むー」

 

 一向に上手くいかない説得に、レミリアは折れかけた。すると愚痴のような不満が口から出てきた。

 

「……だって、フランなんか、自分から会いに来ることなんてほとんどないし。呼ぶか、部屋に行くかしないと会うことなんてないし。せっかく同じとこに住んでるのに……」

 

 作業がだいぶ進んできて、レミリアに気を割く余裕が出てきたパチュリーは、どうしたら適当に誤魔化せるかを考え始めた。

 

「呼べば来るんでしょ? 嫌われてるわけじゃないからいいじゃない」

「そうじゃないのよ。私からじゃなくて、向こうから来てほしいのよ。私からばっかりだと、まるで私がシスコンみたいじゃない。それは吸血鬼てきな秩序がアレでしょう? だから私は出来るだけフランに会いに行くのを控えてるのよ」

 

 レミリアに気を割いたがために、パチュリーは頭痛を感じることになった。片手で頭を押さえる。

 

「……交友関係を広げることね。それ以外にないわ」

 

 話し相手を増やせと言っている。

 

「え、なんで? 私たち友達でしょ?」

「ええ、そうね。でも何人いたっていいでしょう?」

「でもパチェ以外の友達なんていないわ。こんな逸材そうそういないもの」

 

 逸材ってなんだとは口にしない。

 

「あなたの館には妹以外にも、門番がいるじゃない」

 

 とはいうものの、パチュリーの機嫌は良くなった。唯一の友と呼ばれて少し嬉しくなったのだ。しかし、顔には絶対に出さない。プライドである。

 

「美鈴はダメよ。あれは友達じゃなくて、門番だもの」

「……仲悪いの?」

「いいえ、関係良好よ」

「よく分からないわね」

「本ばかり読んで引きこもってるからよ。火の熱さは書物でいくら読んだって分からないでしょう?」

「いくらでも反論はあるのだけれども、……まぁいいわ。――終わったわ」

「もうっ、待ちくたびれるところだったわよ」

 

 レミリアは勢いよく立って、ぐぐっと背伸びをする。完全に待ちくたびれていた。

 背伸びを終えると、解放された気分で扉を開け、振り返る。

 

「それじゃ、いきましょ!」

「ええ」

 

 二人は館に向かった。

 館に着くと、パチュリーは目星をつけていた部屋の床に大きな魔法陣書き始める。そして何事か呟くと魔法陣が光り、先ほど二人がいた家の家具などが現れた。

 

「おおー」

 

 と、途中から見学しに来ていたフランが感嘆の声を漏らした。

 

「へぇー、よく分からないけどあれがこうなるのね」

 

 よく分からないながらも、作業を見ていたレミリアがそう言った。

 

「これからが大変よ。整理が面倒」

 

 大部屋の中に、家具で仕切られて出来た小部屋が存在しているような状態になっている。これを部屋に合わせて配置し直すわけである。

 

「時間はかかるでしょうけど、……まぁゆっくりやるわ」

「なるほどなるほど」

 

 フランは勝手に改造計画について語り出す。

 

「この部屋に入りきれないくらい大きなのとかいいよね」

 

 派手好きなレミリアが反応する。

 

「じゃあもう広げちゃって、もの凄いものにしましょう」

 

 想像力豊かにレミリアは予想図を思い浮かべる。半分テーマパーク化してるなんてことは、パチュリーは知らないことである。

 そして当然やり方なんて考えていない。手伝う気は多少はある。興味が続く限り。

 

「……空間魔術はあまり詳しくないのだけど」

「パチュリーでも詳しくないことあるんだね」

「書かれた本がほとんどないのよ。秘匿にしたくなるのも、よく分かるのだけど」

「まぁ、今のところこの部屋で間に合うからいいんじゃない?」

 

 フランはパチュリーに笑いかけたが、パチュリーの表情は冴えない。

 

「私の本はこれだけじゃないわ」

「え?」

 

 レミリアは、なにかおぞましいものを見るような目でパチュリーを見た。

 

「同じような家をいくつか持ってるのよ。ここにあるのはその一部でしかないわ」

 

 視線に気づいたパチュリーはレミリアを睨む。レミリアは視線を逸らす。最近逸らしてばかりである。

 

「……そんなに本ばっかり読んでたら、カビが生えちゃうわよ」

「あら、お姉さま」

 

 レミリアの呟きにフランが反応する。

 

「それは私にもいってらっしゃるのかしら?」

 

 フランは含みのある笑みを浮かべている。

 レミリアの視線はさまよった。行き場所がない。

 

「…………」

「どうかしましたの? お姉さま?」

 

 他人行儀なフランに、レミリアは降伏した。

 

「……謝るわ」

 

 

 

 

 数分後。復活したレミリアは突飛なことを言い出した。

 

「パチェもきたことだし、館を真っ赤にしない?」

 

 無言。

 

「どうかしら? 素敵だと思わない?」

 

 無言。

 

「せっかくだからこの館も名前をつけましょうよ。――そうね、紅魔・ザ・レッドデビル城なんてどうかしら?」

 

 パチュリーの口が開かれた。

 

「なに? 私? 私のせいなの? 私が移住したせいでこの館はそんな悲惨な命名されてしまうの?」

 

 フランも口を開く。

 

「多数決で決めようよ。確かにお姉さまは当主だけど、でもまさかお姉さまだけで決めちゃうなんてことはないよね? お姉さまは当主だもんね?」

「え、えぇ、もちろんよ」

 

 すぐさまパチュリーが口を出した。

 

「私は反対」

 

 と、パチュリーは反対を表明するが、それはレミリアの想定の内であった。

 

「そう、まぁしょうがないわね。でもフランと私で二票でしょ?」

 

 カウントされ指が二本折られる。

 

「あとは美鈴だけど、美鈴はきっと賛成するでしょうから」

 

 もう一本折られる。

 

「パチェには悪いけど多数決で――いっ」

 

 内側に折られた指が、外部からの力によってぎゅいっと外側に反らされた。

 いい笑顔でレミリアの指を握るフラン。

 

「いだだだだ」

 

 さらに外側へ向かう指。

 

「ちょ、ちょちょ」

 

 指が曲げられる方向に身体を傾けている。

 

「ネーミングはまた今度にしよっか。――ね?」

「え、いや、でもっ」

 

 もうひと押しとばかりに、指がさらに反らされる。

 

「あだだだだ! ――分かった、分かったわっ」

 

 離された。

 レミリアはふーふーと、痛む指に息を吹きかけている。

 

「これ以上はパチュリーの邪魔になっちゃうからもう出ましょ? ね?」

 

 レミリアは痛みに負けた。

 

「むぅー……」

 

 とぼとぼと部屋から出ていくレミリアはぼそっと呟いた。悲劇。それは、パチュリーの耳に届いてしまった。

 

「でも、久しぶりにフランと手を繋いだ気がする」

 

 どことなく嬉しそうだったその声色に、友達選びを間違ったかもしれないと思うパチュリーだった。同じく聞こえていたフランも、さすがに少し引いていた。


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