フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第13話 vs 藍

 小悪魔が加わり数カ月経ったくらい、幻想郷へ行くための準備が終わった。

 

「いよいよね!」

 

 と、腰に手を当てたレミリアが意気揚々と言った。

 

「成功するかは確実じゃないわ。まぁ、失敗したら小悪魔が帰ってこれずに終わるだけだけども」

「ちょっとお願いしますよ、パチュリー様~」

 

 小悪魔は半泣きになっている。

 紅魔館の住民勢ぞろいで、館のエントランスホールに揃っていた。

 小悪魔の様子を、可哀想だなぁと苦笑いで美鈴が眺めている。助けは出さない。誰かの思いつきで急に自分が行くことになるかもしれない。

 とはいえ小悪魔と美鈴は割と仲が良かった。苦労性仲間ではない、そう、赤毛仲間である。たぶん。

 

「じゃあいくわよ」

 

 小悪魔が控えめに頷くと、パチュリーは魔法陣を展開した。小悪魔の足元を中心に魔法陣が広がり、やがて小悪魔の姿が見えなくなるくらいにまで光り輝いた。そのままその輝きが部屋全体にまで満ちた時、小悪魔はその場から消えていた。

 パチュリーは輝きがおさまった魔法陣をじっと見ていたが、顔を上げて皆に注意をうながした。

 

「皆もいい? すぐに敵が攻めてくるかもしれないから心構えはしておいて」

 

 行くことが出来るのなら向こうからも、というやつである。魔法陣からこちらと位置を特定出来る可能性は十分に考えれらた。

 とはいえ、当然気づかれにくいように細工はしている。だが何があるか、正確には分からない。

 

「――大丈夫よ。攻め込むのは私たちだもの」

 

 レミリアのいつもの勘? である。

 

「警戒だけはしておきますね」

 

 と美鈴。

 

「日本って湿気が多いんでしょ?」

 

 とフラン。

 なんのこっちゃと皆が思っているとき、灰色になった魔法陣が三度点滅した。

 

「――合図が来たわよ。改めて聞くわ、準備はいい?」

 

 皆うなづいた。

 屋敷の敷地全てを覆う魔法陣が展開され、閃光のように輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な浮遊感のようなものがおさまると、皆は転移が終了したことが分かった。

 

「着いた、のよね?」

「ええ、そのはずだわ」

 

 非常に静かであるが、なんとなく空気が変わった感じがした。

 

「じゃあ、とりあえず見なきゃね」

 

 というとフランは外へ出ようとした。

 

「あ、ちょフランっ」

 

 レミリアも付いていく。

 遅れて残りの二名も。

 

 扉を開けると、まず霧。そして、庭園の先に大きな湖が目に入った。夜空に浮かぶ月が湖面にギラギラと映っている。

 

「皆さま~、ご無事ですか~?」

 

 小悪魔がパタパタと羽で飛んで寄ってきた。

 

「見てのとおりよ」

「それはよかったです~。合図を送ってもなにも起きなかったので心配しましたよ~」

「……どれくらい?」

「三日くらいですかね?」

「……時がずれている? 合図後すぐに転移したはずなのに……」

 

 パチュリーの幻想郷に対する関心が、術式の確認に負けた。なにやらぶつくさ呟いている。

 それを置いて、まったく気にしてない様子のフランがふよふよ飛び回る。

 

「なんか妙な所に出てきたねー」

「そうかしら? なかなか良い眺めじゃない?」

 

 レミリアが横にきた。

 

「さっそく探検といく?」

「駄目よ。何があるか分からないわ。それに――」

 

 急に顔を引き締めたレミリアに、フランは首を傾げる。

 

「悪いけどあなたはしばらく館にいてちょうだい」

 

(え? 普通に嫌だ)

 

「なんで?」

 

 レミリアから帰ってきた答えは

 

「……何でもよ。お願い、言うことを聞いてくれないかしら」

「お姉さま?」

「いいえ、違うわ。ニューお姉様の沽券がかかっているのよ」

 

 わけが分からず、フランはパチュリーに聞こうと下を見たが、パチュリーはいまだにぶつぶつと何かを呟きながら地面を睨んでいた。

 

(んー、どーゆーこと?)

 

 ちらっとレミリアを見る。

 表情が硬い。何かを決したような。

 おぼろげながらなんとなく分かってきた。

 

(まぁいいか。お姉さま、いやニューお姉様の顔を立ててあげよう)

 

「分かった。部屋で寝てるね」

 

 レミリアの締まっていた表情が緩む。

 

「ありがとう。フランはなにも心配しなくていいからね」

「うん。頑張ってね」

 

(お姉さまって語るに落ちるタイプだよね)

 

 ということでフランは一度館に戻ることにした。

 部屋に着いたころ、空気が震えた。

 

(これはお姉さまの……)

 

 地上ではレミリアの魔力が広がっていた。中級妖怪くらいにとっては圧倒的と感じる程の力。

 その魔力でもって周囲の妖怪を屈服させ従えさせた。 それらを連れてレミリアは幻想郷を進んだ。目的地はなく、ただうろうろと。そうしている内に、次第に数を増していき、その辺りの妖怪を丸ごと吸収し大きな集団になった。

 幻想郷の危機を感じて出てくるような輩をおびき出すのが目的である。幻想郷全てを相手取るのは骨があるうえに、それでは意味がない。幻想郷でトップに立つことが目的である。

 

 

 

 

 

 

 館に残ったフランは、しばらく自室でごろごろしたあと、耐えきれなくなってパチュリーの部屋にまでやってきた。もう部屋というよりは図書室といった風になっているが。

 部屋に入ると、パチュリーがちらりとフランの姿を確認した。

 

「あら、フラン。やっぱり心配?」

「ちょっとね。っていうかお姉さまと結託してたでしょ」

「やっぱり分かるのね」

「なんとなく……、というと嘘になるか。お姉さまが一人で考えたにしてはえらく手際が良かったから」

「そう、今回の事は私とレミィで考えたことよ。――つまりほぼ私一人で考えたわ」

 

 二人はくすくすと笑う。

 笑い声以外に音はなく、辺りはやけに静かである。感覚が勝手に鋭くなっているためか、フランにはその静寂がやけに際立っているように感じた。

 

「適材適所でしょ? お姉さまはやっぱり当主だね。私なら全部一人でやりそうだもん」

「あらレミィにも優れた所があったのね」

 

 しらじらしくいうパチュリー。

 

「適材適所。だからあなたはお留守番」

「適材適所なら私も出たほうが良いと思うんだけど、それはお姉さまの考えででしょ?」

「それもあるけど、私もあなたのお留守番には賛成」

「なんで?」

「リーサルウェポンってやつよ」

「なにそれかっこいい」

 

 優し気な笑みをフランに向けるパチュリー。

 

「レミィはあなたに事が終わるまでお留守番していろとは言っていないわ」

「うん」

「レミィは頭をあまり使わないだけで、決して馬鹿じゃないわ。当然、もしもの時も考えている。……と、思うわ」

「……うん」

 

 パチュリーは目を伏せる。

 

「だから、行くといいわ」

「いいの?」

「今、美鈴に付けていた小悪魔から連絡が入ったわ。かなりの強敵だそうよ」

「……分かった」

 

 出撃しているのは美鈴とレミリア。美鈴は従えた妖怪を率いて適当に暴れていた。どんちゃん騒ぎで迷惑かけまくってるような感じである。やりすぎないように注意はしている。勝って終わりではなく、その後もあるからである。恨みをかいすぎると後が住みづらい。

 

 レミリアはそこから離れた場所に単身でいる。充分に力をみなぎらせ、敵を待っている。羽を大いに広げ、不敵な笑みを浮かべ、幻想郷そのものを見下ろすかのように空から辺りを眺めている。一番の強敵が自分の方に来るように。

 それとは別に、なんだかとてもボスっぽい自分にかなりテンションが上がっている。

 

 

 

「小悪魔の方向はあっちよ」

 

 パチュリーは指を指す。

 

「一応言っておくわ。――気をつけて」

「勿論! 私がいなくなったらお姉さまの相手するのが減っちゃうからね」

 

 と、パチュリーが過労死しそうな冗談を交える。

 

「お茶をいれておくから、絶対に無事に帰りなさい」

「それはレアだね」

 

 とってもレア。

 

「だから絶対よ」

「分かった」

 

 フランは懐から一枚の紙を取り出した。

 

「これ――」

 

 紙には魔法陣が書かれてあった。

 パチュリーにはどこか見覚えがあった。

 

「これ、パチュリーの転移魔法陣を簡略化したもの。一度しか使えないけどね」

「こんな時にあれだけど、あなたには少し嫉妬しちゃうわね」

 

 笑うフラン。

 

「もしもの時はそれで逃げ帰ってくるから。――それじゃ」

 

 フランは館から飛び去った。

 

 

 

 

 

 焦りはないが、急いでいた。

 風切り音の中をただ突き進む。

 

(パチュリーが強敵と判断する程の敵か――)

 

 別にパチュリーが判断したわけではない。

 

(――近い)

 

 肌から感じる妖力が濃くなってきたのを感じた。

 やがて見えてきた。

 草原の上。宙に浮く狐の妖怪、その下には見知った姿。

 

(美鈴っ)

 

 その後ろにはかなり押され気味の従えさせた妖怪たち。

 入り乱れており、フランには敵味方が分からない。しかし、フランにとって味方は美鈴のみであった。

 

「美鈴ッーーー!」

 

 叫ぶ。

 同時に猛スピードで突っ込む。

 

「――新手か」

 

 その様子を狐の妖怪は冷静に見ていた。

 反対にフランは冷静ではなかった。近づくにつれ美鈴の姿がボロけていることに気づいたからだ。苦戦している、気が高ぶるには充分な情報であった。

 狐の妖怪は、フランに人魂のような炎をいくつか飛ばしてきた。

 

「この程度っ――」

 

 腕を振り払うフラン。その先から、魔力がなにも形成されないまま飛び出していく。

 ただの魔力。だが、それは方向性を持ち非常に濃く、荒々しかった。

 

 ――魔力波。

 

 避けるには範囲が大きい。なにより、力を誇示しようとした狐の妖怪は避けずに、前方に結界を張った。だが魔力の波の勢いは強く、結界ごと狐の妖怪を押し流した。

 

「美鈴っ」

 

 その間に美鈴の傍に降り立つフラン。

 

「大丈夫っ?」

 

 焦ったように聞くフランに、美鈴は暢気に答える。

 

「ええ、この通りです。といってもあちこちボロけてますが」

 

 無事をアピールするように、ひらひらと腕を振る美鈴だったが、すぐに少し顔を曇らせた。

 

「本当は私だけでなんとかしたかったのですが。……申し訳ありません」

「気にしない! むしろ私としては出番があって良かったくらい。もしかしたらお姉さまの方はもう終わってるかもしれないしね?」

 

 美鈴にいつもの笑みが戻る。

 

「――そうですね」

「パチュリーもお茶入れて待ってるらしいからね。頑張らないと」

「それはレアですね」

「でしょ?」

 

 地上で雑談を交わす二人に、元の位置まで戻ってきた狐の妖怪が、上空から言葉を発した。

 

「どうやら新手の方はやるようだな」

「んー、どうだろ?」

 

 とぼけるフラン。

 

「……名乗っておこう。――私の名は八雲藍。八雲紫様に仕える式だ。つまり、たとえ私が倒れても紫様がいる限り、お前たちに勝機はない」

 

 言い終わると藍は妖気をみなぎらせた。

 フランはそれをただ見ていた。何かが引っかかっている。

 

(あれ? なんだっけ? 聞き覚えあるうえに、見覚えもある気がする。……これはアレか)

 

 フランは理解した。

 

「私はフランドール・スカーレット。とっても可愛らしいお姉さまの妹よ。特別にフランちゃんでいいよ?」

 

 挑発気味な笑みを浮かべるフラン。抑えていた魔力を出していく。

 

(今までにこの感じした時は仲良くなれたから、あまり恨まれたくないなぁ)

 

 増していく魔力に、藍は警戒レベルを上げた。

 

「……どうやらお前を倒すのが一番なようだな」

「い~や、そうでもないかもよ?」

 

 含み笑い。

 

「もう一方のことか? もしそうだとしたら、そちらは紫様が向かっていらっしゃる。残念だが、勝敗は見えている」

「もう一度言うけど、そうじゃないかもよ?」

「まぁ、いい。――すぐに分かることだ」

 

 言い終わるやいなや、先ほど見せた火の玉をさっきの三倍の量を繰り出してきた。

 

「――それ、さっき見たよ」

 

 フランはにやりと笑うと、自身に迫る火の玉を手で払った。

 すると、その周りもまとめてかき消えた。

 藍は原因が分からず、眉を寄せる。確かめるためにも、もう一度同じものを同量出した。

 

「芸がないなぁ」

 

 同じように腕を振るおうとするフラン。

 が、遅れて三本の青白く細長い光線が放たれていた。

 

「わっ――」

 

 吸血鬼の動体視力で察したフランは身をよじる。

 

「ふむ、こっちは消せないようだな」

 

 調べられていると判断したフランは思考を変えた。

 

(お姉さまのこともあるし、早く終わらせようか)

 

 フランは、藍に向けて急接近を試みた。

 それに対し藍は、先ほど見せた三本のレーザーを放つ。

 

(それも――)

 

 弾速が早く、初見では見切れなかったが、もう二度目である。フランにとっては二度も見れば十分だった。

 虫を払うかのような簡単な動きで、フランはその三本ともかき消した。正確にはレーザーと成している構成を破壊し、ただの妖力として空気中に霧散させている。

 

 藍はその光景に固まった。藍の高性能の頭脳が、フランの起こした現象をただそういう事が出来ると片付けることが出来ず、その原因を特定解析しようと動いてしまった。

 

 その隙をフランは逃さない。

 一気に詰め寄り、両腕を振り上げる。そして空気中に溶けた妖力と自身の魔力を編み込み、急速に炎の大剣を生み出した。

 フランは、勢いよく腕を振り下ろす。

 強大な炎剣は空気を焦がしながら藍へと迫る。

 超速で迫る炎剣に藍は回避行動を諦め、結界を張った。死を振り下おろされているかのような圧迫感。藍は張った結界を強化した。

 

 ――閃光。

 

 炎剣と結界がぶつかった瞬間、辺りは一瞬真昼のごとく明るくなり、その衝撃が地上の草々をひれ伏せさせた。

 

「っぐぅ――」

 

 藍は堪えていた。

 その表情は険しく、九つの尾は目一杯に広げられている。

 対照にフランは動じていなかった。

 押しきれないと判断するや、炎剣を消し去り、もう一度腕を振り上げる。すると、すぐにまた炎剣が生成された。

 

「なっ――」

 

 藍の驚きをよそに、フランは腕を振り下ろす。

 藍は結界を張り直し、衝撃に備えるが、今度は少し事情が違った。

 もう一度、辺りに衝撃が広がる。が、フランはすぐにまた腕を振り上げ、振り下ろす。大槌で釘でも打つかのように、何度も何度も振り下ろす。

 状況の不利を覚った藍は抜け出そうと、剣を振り上げる際に起こる隙をついて動こうとした。――が、フランは当然の如くそれを見逃さない。

 炎剣に先ほどよりさらに魔力の込め、さらに早い速度で振り下ろす。

 フランのスピードを計ったつもりだった藍は、嵌められたことに気づいた。急いで結界を張り直すが、もう遅かった。さらに力を増した炎剣が叩きつけられ、急ごしらえの結界では勢いが殺せずに地上へ急降下した。

 

 藍の落下地点は砂ぼこりが荒れ狂った。

 影は二つ。

 藍と、美鈴。

 藍が地上へ叩きつけられるのを認めた美鈴は、その落下地点へ跳んでいた。

 美鈴は、上空で両者が戦闘を始めてからずっと気を練っていた。チャンスがあればと。そしてそれが今この時。練りに練った気が込められた拳の一撃。

 美鈴の咆哮と共に、藍の腹部に拳が突き刺さる。

 拳は、藍の肉体、意識ごと後方へとぶっ飛ばした。

 

 その地点へと降り立ったフランは、藍の様子を確認する。意識を失っていることを確認すると、寄ってきていた美鈴に微笑んだ。

 

「やったね」

「――はい」

 

 フランと美鈴は拳を合わせた。

 

(ちゃんと言ったのにね。そうでもないかもよ? って)

 

 と、倒れる藍を見てフランは思った。

 

「……フラン様はこれから」

「うん、行くよ。――お姉さまのところに」

 

 美鈴は片方の手を丸め、もう片方の手を開き、その両を合わせた。

 

「ここは私にお任せを」

「うん、任せた!」

 

 フランは飛び去った。


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