…………。
「じー」
……。
「じー」
見つめ合う二人。
「いやまあ、隠れて観察してただけです」
「私なんかネタになるの?」
「それはもう」
言葉の主は半身だけだった姿の全体を現した。
黒髪ショートに黒い烏の羽、手にはメモ帖とペン。
「普段中々姿を現さないというレミリアさんの妹さん。これは話すだけでもネタになりそうです!」
「ふーん。じゃあ何か話せばいいの?」
「ええ! 内容は何でも構いませんよ」
フランはあごに手を当てた。
「とりあえず好きな食べ物の話でもする?」
「好きな食べ物ですか? ちょっとありきたりですね」
「じゃ、やめとく?」
「あ、いえいえ。どうぞお話しになってください」
「えっとねー、好きな食べ物は焼き鳥!」
「ふむふむ」
「それもちょっとこだわりがあってね、生きてるうちに捕らえて羽をむしり取るの」
「…………」
「苦痛の悲鳴がたまらないスパイスになって、味が良くなるんだよね」
フランは無邪気な笑みを浮かべた。
「あれ? なんか顔色が悪いけどどうかした?」
にっこにこ。
「あ、いえ……。その、えっと……あはは」
身の危険を感じたらしい。
「冗談だよ。ちょっとからかっただけ」
「ほ、本当ですか?」
「ほんとほんと。そんなに本気にされると少し傷ついちゃうくらい」
「いやでも縁起にも……」
「縁起?」
「え? ああ、この幻想郷の名の知れた者を記した書物のことです」
「なにそれ面白そう。私の事も書かれてるってことなんだよね?」
「……えぇ。常時発狂中の鬼畜残虐非道の極悪者、目が会ったら即刻あの世行き」
「――おい、なんじゃそりゃ」
口調が激変したフラン。
「え、いや、そのように……」
「ちょっと書いた奴連れてきてよ」
「いやあのあまり外にでない方なので……」
「ふーん、そうなの。じゃあ会いに行こう。案内よろしくね」
フランは逃がさないようにと、ぎゅっと肩を握った。強く。
「えっと、名前は? なんて呼べばいいの?」
「あぁ、はい。私は射命丸文といいます。呼び方はご自由にどうぞ。それと、文々。新聞というものを発行しております、ぜひご購読ください」
どんな時でも忘れない記者魂。
「あぁ、それ知ってるよ」
「あ、本当ですか。それはよかったです。私の新聞も中々に知られてきたようで」
「うん、お姉さまが紅茶こぼした時とかに中々使えるって」
「あ、はい」
二人は人里へ向かった。
「へー、人里ってこんなんなんだー」
フランはきょろきょろ辺りを見回している。
木造建ての家屋に、大量の人。ちょこちょこと人外も見えた。
「人里は初めてなんですね」
「まぁね」
異形の者が普通に人間の中に混じり生活をしており、人間は怖がるどころか客引きまでしてる様子だった。
ここにきてフランは初めて今までとは違う場所に来たのだと実感した。他国というよりは、世界が変わったような感じがした。
「そんでどこ?」
「まぁそう急かさずに、ゆっくり行きましょう。人里はそれなりに面白いですよ」
と、てくてく歩てく二人。
「例えば?」
「まずはこの光景ですね。スペルカードルールが制定されてからというものの、人里で妖怪を見ることが増えました」
「ぶっちゃけ危なくないの?」
「まぁ、あれです。たいした事ない妖怪ばっかりですので」
あちこち見回してるフランは、目に映った妖怪がなんか気になった。
「なるほどねー。じゃあ人里でお花買ってる妖怪なんてどんなレベルなの?」
「お花ですか? もうそれは雑魚中の雑魚じゃないですかねー」
「でもなんか妙な感じがするよ?」
「はい?」
フランが指を指した。
その指の先には花のような笑顔が大変可愛らしい妖怪がいた。緑色の髪にチェック生地の服をきている。髪の先がすこしウェーブがかっていて、それもまた可愛らしかった。
小柄にも見えるが、別段低いわけでもない。
「ぶぇっ――」
文は口から透明な液体を吐き出した。
フランの指の先には相変わらず笑顔のままの妖怪がいた。片手に小さな紙袋を持っている。買ったばかりのお花の種であろう。
「ふ、フランさん、ちょっと私、急用が――」
文は反転し、飛び去ろうとした。
が。
「あら、こんにちは。休養? いいわね、私も一緒したいわ」
文の肩に手が柔らかに乗っていた。ソフトタッチ。
「こ、これは幽香さん。どうもお久しぶりで――」
口を動かしながら首をギチギチと滑りの悪い歯車のように動かした。
文の目には笑顔のお花の妖怪が映った。
文にとっては、山よりも大きく感じた。
「なに、二人とも知り合いなの?」
空気を読まないフラン。
こてんと首を傾げている。わざと。
「そうなんですよ、だからちょっと、あのいやほんとちょっと――」
黒い羽根を含んだ小さな竜巻が起きた。
おさまると、文がその場から消えていた。
お花の妖怪も消えていた。
フランは呟いた。
「道、分からないんだけど」
フランはそのまましばらく里をさまよった。
初めは見てるだけで楽しかった人里の光景も、そろそろ新鮮感が薄れてきた。
「もう帰ろっかな」
頭の後ろで手を組み、足をぶらぶらとさせながら歩いている。
「あんた何してんの?」
フランが声の方に向くと、紅白巫女がいた。
「れーむじゃん。何してんの?」
「いやそれはこっちの台詞よ。凶悪妖怪が里に現れたってことで駆けつけてきたのよ」
「えなにそれ怖い。……って、そういうことか」
フランは何度か頷いた。
「そうよ、まったく余計な手間をかけさせないでよね」
「大丈夫だよ。少し前にどっかにいったみたいだし」
「はぁ?」
怪訝な顔をする霊夢。
「何か勘違いしてない? 凶悪妖怪ってあんたのことなんだけど」
「え? 私なの? 私あれだよ、凶悪妖怪じゃないよ」
「知らせが来たのは事実よ」
「悪魔だよ?」
「そういうことじゃないっての」
霊夢はため息をつくと、改めて聞いた。
「で、あんたは何しに里に来てるのよ」
「え? ……なんだっけ?」
「私が知るわけないでしょ。何も無いならさっさと家に帰りなさい」
「えー? でもせっかく来たんだし、なんか楽しみたいんだけど」
「冗談じゃないわ。あんた人間の間でなんて言われてるのか知ってんの?」
「……あ。そうだそれだよそれ」
目的を思い出して表情が明るくなったフランだったが、霊夢は頭が痛くなってきていた。
「その縁起? ってのを見に来たんだった」
「なんでまたそんなもの」
「なんか無茶苦茶に書かれてあるらしいから、ちょっとね」
「……そういうこと。まぁ、確かにあれはどうかとは思うけど」
「でしょ? ――ってことで道案内よろしく!」
「嫌よ」
フランは震えながらうずくまった。文から聞いた内容を思い出し、利用した。
「うぅぅ……、なんか発狂しそう。よく分かんないけどなんか発狂して暴れそう。うぅぅ……」
「……さっさと済ませるわよ」
とある家屋の前まで来た。結構大き目である。
「邪魔するわよ」
その一言でずかずかと中に入っていく霊夢。フランは黙ってついていく。
中は涼やかな炭の匂いがした。
「これは何の用でしょうか?」
畳の上に座る少女が声をかけてきた。簡素な小さくて低い長机の前で正座をしている。机の上には紙に硯、横には書見台があった。
目が合った。
「……何の用でしょうか?」
畳の少女は聞き直した。
警戒心を露わにする少女に、フランはここまで来た経緯とその理由を説明した。
「――んで、ちょっと聞きたいんだけど、私の情報って誰から仕入れたの? 直接じゃないでしょ? 初対面だし」
「えっと、おたくのメイドさんからですが」
そこまで言うと、少女は察した。
「要求は内容の改変でよろしいのですか?」
「なるほど、咲夜か。ってことはお姉さまだね」
「あんたんとこのあの阿保はよほど暇なのね」
「それは否定しない」
(さて、どうしてくれようか)
フランの顔がにまにましてきた。
「ていうか、私がここで改変してって言ったら、そのまま反映してくれるわけ? それだと好き放題じゃない?」
「いえ、ちゃんと校閲される方はいますよ?」
「へぇ、どんなやつ?」
「スキマの妖怪と言えばお分かりになるでしょうか」
「ああ、紫か。ふーん、なるほどねぇ」
霊夢は誰の事か分からない。
「分かった。じゃあ、紙と書く物貸して? ついでに伝言も添えておくから」
「構いませんよ。どうも接している感じですと、記載と違うようですし」
「とーぜん。あ、実際にはなんて書いてるか見たいから、見せて」
フランは受け取った。
目が素早く動いていく。
ひどい書かれようだった。
ぺらりと、前の頁へ。
高貴で優雅な大人びたカリスマ吸気鬼が記載されていた。
「うん、よく分かった。他のところも違うところがあるみたいだから、そこも訂正するように紙に書いておくね」
「はぁ」
フランが机に近寄ると、少女は立ち退いた。妙な威圧感があった。
そのまま座布団に座って筆をとり、ぶつくさ言いながら書いていく。何故か達筆だった。
「……行動も言動も幼く、考え方も子供っぽくて、性格も幼いっと」
書き終わると、ひと仕事した後のようにスカっとした感じで立ち上がった。
「これで大丈夫。もう完璧って感じ」
少女は書かれた文面を見た。
「……貴方の分はいいので? お姉さんの分しか書いていないようですが」
「あ、あぁ、忘れてた。……ってのは嘘だけど、なんていうか自分の分って書きにくくて。
紫に言っといて、このままだとこの通りに行動しちゃうかも? って。多分、それでなんとかなると思うから」
「はぁ。では、そのように」
完全に飽きた霊夢がここが帰り所だと、口をはさんだ。
「もういいでしょ? さっさと帰ってゆっくりしたいんだけど」
「うん、ありがとね。あ、今度遊びに行くから」
「いや来なくていいから。あんたの姉で手一杯よ」
「あははは」
二人は別れ、帰路についた。