フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第25話

 幻想郷に春がようやっとやってきた。訪れた春は桜と共に周囲に広がった。

 人里でも人間たちが活動的になり、里はにぎやかになっていた。

 

 そんな人里をフランは歩いている。

 

「いぬー」

 

 適当に口ずさむ。

 

「ねこー」

 

 けっこう注目をあびてるフラン。当人はまったく気にしていない。

 

「たぬきー」

 

 というより、気づいていなかった。

 

「きつねー」

 

 声をかけられ、止まった。

 

「お前は里中でなにしてるんだ」

「こんこんこーん?」

 

 振り返ると、金色の狐。春のように暖かそうな九本の尻尾が揺れている。

 

「言葉を使え」

「こんこん」

「よし、喧嘩なら買うぞ」

 

 よくは分からないが、狐の妖怪は沸点が低いご様子。

 

「またゆかりんに怒られるよ?」

「バレなければ問題はない。それに今度は勝つから無問題だ」

「ふーん。――あ、ところでお腹すかない?」

 

 春の陽気の中、藍の高性能な脳が急速に動き始めた。

 フランと接するのもこれで三度目、藍は経験で知っていた。この悪魔にペースを握られるのはまずいと。感情に任せて行動すると、必ず後悔する。そう、この頭のおかしい悪魔に力だけでなく、舌戦でも勝つためには自分も普通ではいられない。この会話の続きで、「そんなことはどうでもいい」と返せば最終的には言い負ける気がする。じゃあ逆を取って「ああそうしよう」と乗ればどうか。いや、それは相手に乗ったことになり、相手に先手を取られてしまうことになる。そう、それだ。――先手だ、先手を打つことが肝要なのだ。

 

 藍は答えを出した。

 

「そこにいいうどん屋がある。そこにしよう」

 

 ということになった。

 

 

 

 

 うどん屋に入った。

 

「へい、らっしゃい!」

 

 元気のいいおっさんの声が二人を迎えた。

 おっさんは藍を見ると、なにか訳知り顔で言った。

 

「ぉっと、いつもので?」

「……ああ」

 

 藍は苦い顔でそう答えた。知られたくないらしい。

 当然フランは突っ込みにいく。

 

「いつものって?」

「お前は気にしなくてもいい」

 

 案の定突っ込んできやがった、と藍が流そうとしたが、横から店主が口を開いた。

 

「ああ、きつねうど」

「――お前は何にする?」

 

 (さえぎ)った。わざわざフランの前に立ち、視界まで塞いでいる。

 しかし、こんな状況を見逃せる程、フランは良心的ではなかった。とりあえず昔に一度使った手で攻めることにした。

 

「フランちゃん」

 

 お前呼ばわりを訂正しようとさせた。ちゃんと藍に伝わった。

 

「……何にする?」

「フランちゃん」

「…………」

 

 握り拳を作り、ぐっと堪えた後、意を決したように藍は目を見開いた。そして、ひどく重苦しく口を開いた。

 

「……フランちゃん、は何にす」

「――きつねうどんで」

 

 藍は深く、深く笑みを作った。

 裏で念仏のように『落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け』と繰り返している。「あいよ!」と元気のいい店主のおっさんの声が恨めしかった。

 

「おっと、お二人さん、運が良かったな! ちょうど、揚げが二つしか残ってなかったんだ」

「へぇー、人気なの?」

 

 と、席に座り、向かいの席に座った藍に聞いたフラン。

 得した気分になって、少し機嫌を良くした藍は素直に答えた。

 

「ああ、ここのお揚げはとても美味しい。よく売り切れる程だ」

「ふーん、じゃあ良かったね」

「ああ」

 

 すぐにうどんが来た。

 

「へい! お待ち!」

 

 少し残っていた寒気からか、器からゆらゆらと湯気が上がっていた。うす茶のつゆに白いうどんがそよぎ、その中央にお揚げが自身の存在をこれでもかと主張していた。周囲を泳ぐネギが、嗅覚を刺激し、食欲をわきたてさせた。

 

 藍は顔全体で湯気を受けながら、器の中を覗き込むようにして見た。嬉しそうなキツネ目を浮かべ、立ち上る湯気をすするかのように鼻で吸った。香りを堪能すると、箸を取りうどんを口へと運び出した。

 幸せの絶頂にいるかのような藍に、なにか使命感を感じたフランは水を差した。

 

「そういえばなんで人里にいたの?」

 

 ずずず。

 

「私か?」

 

 ずずず。

 

「それはだな」

 

 ずずず。

 

「紫様が空けられた結界の穴を……」

 

 ずず、ず。

 藍の動きが停止した。

 青ネギとタメをはるくらいの青い表情になった。

 

「……っすぐに戻る」

 

 藍は飛び出すようにして、店を出た。

 器の中にはお揚げが綺麗に残っていた。好物は最後に食べるらしい。

 

 ずずず。

 

(残ってた方がいいのかな?)

 

 素でそんなことを考えながらうどんをすするフラン。そんなフランに、聞き覚えがある音が飛び込んできた。その音は声であり、また非常に嫌そうな声であった。

 

「うわっ、あんたこんなところで何してんの!?」

 

 その主は、厄介な者を発見してしまったかのような目でフランを見た。

 

「え? うどん食べてる」

「そんなの見れば分かるわよ。そんな事を聞いてるんじゃないの」

 

 声の主は、脇を出した巫女服を着た巫女さんだった。霊夢である。

 

「あんたが何でこんなところで、そんなもん食べてるのかって聞いてるのよ」

「おいしいよ?」

「あ?」

 

 即座に表情が怖くなった霊夢。角の幻影が見えた気がした。

 そんな霊夢には同行者がいた。その同行者は霊夢をなだめようと、霊夢の肩に手を乗せて諭すように言った。

 

「すぐに感情に支配されるようじゃ、まだまだ修行不足よ」

「うっさいわね。大体あんたのせいで私は余計な仕事してんのよ」

 

 しかし効果は無かった。

 フランはひらめいた。

 

「うどん食べる?」

「だからあんたはなんでそんなもん食べてんのよ」

「誘われたから」

「あっそ、あんたに友達なんかいるのね」

「失敬な!」

 

 コミカルに突っ込むフラン。楽し気である。

 その様子に影響された同行者。

 

「ねぇ、霊夢? 私もお腹すいちゃったわ」

「はぁ? 知らないわよ。私はさっさと帰りたいの」

「ここの勘定、私が出すわよ?」

「――おやじ! うどん一杯ね!」

 

 気づいたら横の席にいた霊夢にフランは目を見張った。

 

「で、ゆかりんはどうするの?」

 

 フランは何気ないように聞いた。裏でにやにやしている。

 

「そうねぇ、どれにしようかしら」

「それ、食べたら?」

 

 フランは自分の席の向かいにある食べかけのうどんを指した。

 

「えぇ? それ食べかけでしょう?」

 

 怪訝な顔する紫にフランは笑みを濃くして言った。

 

「うん、藍のだよ」

「藍の?」

「そう、藍の」

 

 二人は悪い顔をした。

 紫はにこやかに、フランの対面の席にすわってうどんを食べ始めた。一口目はお揚げだった。

 

「おやじ! もう一杯!!」

 

 霊夢が二杯目を所望した頃だった。

 

「そろそろ私は姿を隠すわね」

 

 何かを察した紫はスキマに入ってった。

 それからすぐ、

 

「――すまない! 遅くなった。よく分からないがなんでもなかった」

 

 藍が帰ってきた。

 

「そうなの?」

「ああ、とにかく急いで帰ってきた。お揚げが冷めてしまうからな、……って」

 

 藍は何かに気づいた。

 

「ん? どうかしたの?」

 

 何事もなかったようにそう聞くフラン。

 返事をせずに、固まっている藍。

 

「ああ、霊夢のこと? それならさっきね――」

「そ、そんなことじゃない。お揚げ、……私の、お揚げは?」

「ああ、それなら伸びちゃうといけないからって、霊夢と一緒に来てた人が代わりに食べていったよ」

 

 震える藍。

 

「なん、だと――、そんな馬鹿な……」

 

 藍はぶつぶつ何か言い始めた。

 

「気分屋で勝手気儘な紫様に常日頃こき使われる日々の中での、私の小さな幸せが……」

 

 震える手を握りしめ、拳を作る藍。

 

「――許せん! どこの誰だかは知らんが、許せん! 見つけたらとっちめて、後悔させてやる!」

「本当に?」

「ああ、こんな卑劣なことをするような奴は、世の為にならんようなロクでもないやつに決まっている。そんな奴、私が直々に懲らしめてやる。いや、懲らしめなければならない!」

 

 力強く演説する藍。尻尾が上に向かってにょきっと伸びてる。

 

「で、どいつだ? どいつが私の大切なお揚げを食ったんだ?」

「今、後ろにいるの」

 

 フランは藍の向こうを指さした。

 

「よくも、私の――」

 

 藍は威勢よく振り返った。

 そして固まった。

 

「続きは?」

 

 にっこり微笑む紫。はたから眺めているフランから見ると、とっても楽し気に見えた。

 

「え、いや、あのその……。……ゆ、紫様が、私の愛するお揚げを食べやがっ、――お食べになられたの、ですか?」

「ごめんなさいねぇ、世の為にならないロクなやつだから、つい食べちゃったの」

 

 藍は微笑んだ。その笑みには後光が差しており、悟ったように涼やかだった。

 次に会った時は優しくしようと思ったフランであった。もぐもぐ。 霊夢の元気な声。

 

「おやじ! おかわり!!」


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