フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第26話

 フランの目はそれを捉えた。

 

「なんじゃこりゃ」

 

 限りなくただの妖気、でもなんか少し違う、そんな感じ。

 

(まぁ、どうでもいっか)

 

 寝た。

 起きた。

 まだあった。

 

(でもどうでもいいや)

 

 寝た。

 起きた。

 まだあった。

 

(どうでも……)

 

 寝た。

 起きた。

 まだあった。

 

(ほぉん)

 

 フランはのそのそと起き上がると、図書館へと向かった。

 相変わらず薄暗い大きな図書館には、珍しく活気があった。あくまで平時の図書館に比べてであるから、活気があるといっても結構静かである。ここでは話し声がするだけで活気があるといえた。

 話し声の主は、パチュリー、アリス、魔理沙の三人だった。

 

「なんか面白い構図だね。まるでパチュリーにお友達がいっぱい出来たみたい」

「吹き飛ばすわよ」

 

 その他に、大図書館にはどっかでコキ使われている小悪魔もいる。

 

「で、みんななにしてんの?」

 

 フランは相談事をしてるように固まっている三人に近づいた。

 

「調べているのよ」

「調べる?」

 

 首を傾げたフランに、先の復讐か得意気に口を開いたパチュリー。

 

「あら、わからない? この漂う――」

「妖気のことね」

「……そうよ」

 

 パチュリーの得意気な表情が失せた。唾でも吐きそうである。最近徐々に表情が豊かになってきているパチュリーだったが、増えたレパトリーは負の面でばかりだった。

 

「ふーん。それでみんな妖気について調べてるわけ」

 

 三人が囲う机の上には妖気に関する本が積み上げられていた。

 フランのあまり興味なさげな様子に、進捗芳しくない面々は影響を受けたのかどことなく気落ちした。

 

「つっても、何も分かってないんだけどな」

 

 ぐぐっと背伸びをする魔理沙。直接調べに行きたくなっている。

 少なからず同意する部分があるのか、アリスとパチュリーも意識を本から完全に離した。

 そんな面々にフランは淡泊に答えた。

 

「そりゃそうじゃない?」

「どういうこと?」

 

 と、アリスが聞いた。

 

「だってみんなこの妖気について知りたいんでしょ? だったら本とにらめっこしてどうすんの。それじゃ本の事しか分からないじゃん」

「どういうことだ?」

「――駄目よ魔理沙。フランに付き合っても何も分からないわ」

「ちょっと、それどういうこと?」

「そのまんまよ」

 

 フランとパチュリーが睨み合った。

 逸れかけた話の流れをアリスが引き戻す。

 

「つまりあなたにはもう分かってるってこと?」

「いや、分かってるけど何も分かってない」

「……意味が分からない」

「ほら、言ったじゃない」

 

 パチュリーの言葉に、フランは頬をふくらませた。そして、パチュリーの方を見ずに、アリス、魔理沙の方へと視線をやる。アリスの後ろにぷかぷか浮いてる二体の人形が浮かんでいるのが見えた。二体とも、パラパラと腕を振ってなにか踊っているように見えた。

 

「だってこれ妖気じゃん。妖気についていくら調べても妖気の説明は変わらないじゃん」

「で?」

「『で?』って……、だからそのあれだよ、これは妖気なんだよ」

「そんなことは分かってるんだが」

「いやだから妖気なんだよ。分かってるんだったら、なんで本なんて見て調べてるのさ」

「……なるほどな、よく分かった。すまんパチュリー、お前の言うことは正しかったようだ」

 

 フランは諦めた。

 

「もういいもん、お姉さまなら分かってくれるだろうし。多分」

「レミィなら外よ。幻想郷小旅行だとかなんとからしいわ。置いて行かれた咲夜がしょげてたわ」

「あ、そうなの。じゃあ放って置けばそのうちなんとかなるか」

 

 くるくる回る人形。

 

「――ところでアリスの人形って生きているの?」

「いいえ、まだ」

「じゃあ勝手に動くことはあるの?」

「ないわ。直接操作しない限りは、設定した以上の動きは出来ない。それがどうかしたの?」

「いや、それ――」

 

 フランがアリスの後ろの人形に指を指した時、人形は急に動きを止めてただ浮かんでいるだけになった。

 ちらっと後ろを見たアリスには、ただ浮いているだけの人形が映った。すぐに振り返って疑問を口にした。

 

「この子たちがどうかした?」

 

 アリスの首が元通りの向きに直ると、人形はまたパラパラ踊り始めた。

 

「……いや、可愛いなぁって」

「あら、そう」

 

 機嫌を良くしたアリス。表情は変わってないが、声色に喜色が混じっていた。後ろでは、合わせるかのように二体の人形が、ハイテンションな感じで踊り始めた。

 

「そんじゃ、私部屋に戻るねー」

 

 「ばいばーい」と、フランは去っていった。

 

「結局、……どういうことなんだ?」

「レミィが解決しに行ったとも考えられるけど……」

 

 じゃあもういいかと思ったパチュリーだったが、急に気が変わったか飽きたかでそのまま戻ってくるかもしれない勝手気儘な吸血鬼を考えると、やはりこのまま続けなければと思い直した。

 

「はぁ……」

 

 図書館はもやもやとした雰囲気に包まれた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 部屋に戻ったフランは、特にやる事もなかったのでぼーっとしていた。

 

(思わせぶりな事でも言いながら、一緒に調べる振りでもしてればよかったかなぁ)

 

 そんな感じでベットに寝転んでいたところ、天井の一部がぐにゃりと歪んだのが見えた。

 

(これは――)

 

 空間が裂け、スキマが現れた。

 

「はろ~♪」

 

 そこから上機嫌な紫が出てきた。

 

「はろはろー」

 

 棒読みで返す。にょろっと起き上がった。

 

「ねぇ、お姉さん知らない?」

「お姉さま? お姉様ならなんか外出中らしいよ」

「あら、そうでしたの。それはそれは」

 

 紫は扇で口元を隠した。見えずとも笑ってるのが分かった。

 

「ところで貴方は参加しないの?」

「フランちゃん」

「……フランちゃんは参加しないの?」

「うん、酔っ払いに絡まれてもいいことないし」

「そういえば貴方、宴会で見かけたことないものねぇ」

「フランちゃん」

「……フランちゃん」

 

 間。

 

「で、ゆかりんは宴会に参加してないの?」

「少しだけ。……まぁ、今回はちょっと色々やる事があるのよ」

「色々?」

「そう、色々。面倒なのに心当たりがあるのよねぇ。――ということで、私はそろそろ行こうかしら。貴方が何もする気ないならそれはそれで結構だから」

「フランちゃん」

「…………」

 

 紫は無言のままスキマの中へ入ろうとした。

 が、呼び止めた。

 

「あ、待った。――これ、よろしく」

 

 フランは一冊の本を差し出した。

 

「なにかしらこれ?」

「前に言ってたやつ。なんか面白そうなとこに置いてきて」

 

 そのまま中身について説明をするフラン。パチュリーから貰ったやつの複製品である。

 

「――分かりました。では、そのように」

 

 今度こそ、紫は去っていった。

 

「さて、どうしようかなぁー」

 

 フランはごろりと寝転がった。

 寝た。

 すぐ起きた。

 

(ひまい)

 

 フランはなんか適当に遊興を求めて館を出た。

 

 外は真夜中だった。

 空から見下ろし目を凝らすと、立ち上る妖気で地上に雲海が出来たかのように見えた。

 もやもやとした妖気、そこから頭だけを出した木々。小さな葉が茂って、それもまた一つの雲のようだった。

 そして上には星空。

 宙で仰向けになって、空を見る。

 月明りで薄墨のようになった空に、きらきらと光る砂粒が撒かれていた。

 ぷかぷかと宙を漂い行く。

 

 しばらくぷかぷかしてると、空気が変わった気がした。

 くるりと身を反転するとそこには、

 

「わぁ」

 

 地上に首をもたげた太陽が広がっていた。

 そこには霧のような妖気が無かった。

 見ていると、ふと人影のようなものを見つけた。

 光を発さない茂る太陽の下で、腰を下ろし空を見ていた。

 

 目が合った気がしたフラン。

 特に思うこともなく、なんとなく近寄る。

 

「――こんばんは」

 

 涼やかでどこか柔らかい音。

 言葉と認識すると、同じように返す。

 

「こんばんは」

 

 地上に降り立ったフランは、すぐ傍にまで近づいた。

 鮮やかな葉のような緑の髪と、温和な笑みが見えた。

 見覚えがあった。

 

「えーっと、幽香さん? だっけ」

「あら、会ったことあったかしら?」

 

 こてんと首を傾げる姿は、風にそよいで揺れる花のようだった。

 

「前に人里の花屋でなにか買ってるのを見かけた」

「んー」

 

 唇に手を当て、じーっとフランの姿を覗きこむように観察しだした。

 しばらくじろじろと見た後、「ああ」と言って手をぽんと叩いた。

 

「あぁ、あの時の子ね。ありがとう、あなたのおかげで良いものが手に入ったの」

「私のおかげ?」

「そう」

 

 そう言って懐から団扇を取り出した。

 

「いいでしょう? 結構、涼しいのよ」

 

 扇ぐと、質の良さそうな黒い羽が揺れた。

 

「心優しいカラスさんがむしらせてくれたのよ。いいでしょ?」

「あ、うん。いいかもね」

 

 遠い目をしたフラン。夜空に、知った烏の笑顔が浮かんだ。

 

「あら本当? だったら、あなたの分も貰ってきてきてもいいわよ?」

「いや、いらない。涼しさを通り越して寒くなりそうだから」

 

(扇ぐたびに悲鳴が聞こえそうだもん)

 

 前に同じものを欲してたことはもう覚えていない。だいぶ涼しくもなっているし。

 

「あら、そう? これいいのに」

 

 ふぁさふぁさ。

 

「まぁ、それは置いておいて、ここで何してたの?」

「星を見てたのよ」

「そ、綺麗だもんね」

「ええ、とっても……。昼間はあんなに元気なこの子たちも、夜は静かに寝てる」

 

 優し気に辺りの花を見渡す幽香。

 

「向日葵の花言葉って知ってる?」

「うんにゃ」

「答えは『愛慕』。可愛いらしいでしょう?」

「そうなの?」

「そうなの」

 

 続ける。

 

「そんなこの子たちに囲まれて空を見上げると、とっても心地いいの」

「ふーん?」

「花は嫌い?」

「別に、好きでも嫌いでもないけど」

 

 ちょっと考えた風の幽香。

 

「そうねぇ」

 

 そう言うと、手の平に土をすくい、「ふっ」と息を柔らかく吹きかけた。

 花が咲いた。

 

「素敵だと思わない?」

「何が?」

「みんな同じように咲いて同じように枯れて、そしてまた同じように咲く。でも実は同じものなんて一つもない。――ほら、素敵じゃない?」

「んー」

 

(わっかんないなー)

 

「じゃあ、分かりやすく生命に置き換えてみたらどう? 生まれた時なんて大体似たようなものじゃない? 死ぬときもそう、土に返ればなんだったかなんて分からない。そしてどっかでまた、新たな生命が別に生まれる。これって同じじゃない?」

「うーん」

 

 ピンとこない。

 

(ん? えーっとそれってつまり)

 

「幽香は生命を操れるってこと?」

「どうして?」

「花を咲かせたじゃん。それが生命の誕生と同じだとすればそうならない?」

「ふふふ。面白いこというのね」

 

 首を傾げるフラン。

 

「花が咲くのも枯れるのも自然の出来事よ。それは命だって同じ」

「でも、花を咲かせてたじゃん?」

「それは私も自然の一部だからよ。花も自然だし、私も自然。あなただって自然なのよ」

「私は花なんて咲かせられないけど」

「それはあなたが出来ないだけ。大地に根を張った樹木が空を飛ばないように、あなたも花を咲かせないだけ」

 

 フランは嫌になって、直接答えを聞こうとした。

 

「……つまりどういうこと?」

「別にどういうことでもないわ。ただ私は花を咲かせることが出来る妖怪っていうことだけ」

「うーん」

 

 眉を寄せるフランに幽香は優し気に言う。

 

「中に入る? お茶もあるわよ?」

「……そうする」

「ふふ、良かった。みんなこう言うと途端にどっかに行っちゃうのよねぇ」

「へー」

 

(たぶん、頭がおかしいからだと思う)

 

 実際は絶対的な力の差のせいであるが、フランには分からなかった。

 フランが案内されたのは、こぢんまりとした小屋のような家だった。入ってみると、中は小奇麗で、植物の種や鉢植えなどが見受けられた。

 

「誰かとお茶を飲むなんて久しぶり」

 

 るんるんと立って作業をしている幽香を、フランは椅子に座ってぼやっと見ている。全体的に自然感溢れる家である。

 

「そうなの?」

「お酒なら神社の宴会に行けばみんなと飲めるけど、お茶となるとなかなかいないの」

「そうなんだ。そういえば幽香は神社の宴会には行かないの?」

「行ったわよ。最初の一日目だけ」

「つまんなかったの?」

「いいえ、楽しかったわよ? でもすぐに飽きちゃっただけ」

 

 準備ができ、フランの対面に幽香は座った。

 カップにお茶が注がれると、香ばしい匂いが湯気と一緒に舞い上がった。

 

「なんのお茶?」

 

 濃い茶色をしている。

 

「たんぽぽ茶。畑ので作ったの」

「ふーん」

 

 すすった。

 ずずず。

 

(うーん)

 

 口に合わなかった。

 

「で、さっきの話だけど」

「さっきの話?」

「いや、さっき外で話してたことだよ」

「それがどうかしたの?」

「……詳しく話してくれるから家に案内したんじゃないの?」

「私はお茶でもどう? って聞いただけよ?」

「いや、うん……、たしかに、たしかにそうだけど……」

 

 こてんと首を傾げる幽香。

 

「じゃあ、話してくれないってこと?」

「いえ、話そうと思ってたけど?」

「……じゃあよろしく」

 

(変わってるなぁ)

 

「で、何を話せばいいのかしら?」

「だから自然がうんたらって話」

 

(わざとなのか天然なのかどっちなんだろ)

 

 フランの場合は大抵わざとである。

 

「あぁ、それね。それは、……そうねぇ、話しても無駄かもしれないわ」

「え?」

「実際に体験してみるのが一番だと思うの」

「どゆこと?」

「あら、分からない?」

「ごめんねっ」

 

 ちょっといらついてきたフラン。

 

「実際に自然と触れ合うのよ」

「うん、それで?」

「それだけよ?」

 

(……平常心、平常心)

 

 フランは軽く深呼吸をしてから、口を開いた。

 

「例えばなにするとか教えてほしいなーっとか思うんだけど」

「んー、……そうねぇ。お花を見たり、日向ぼっこしたりとかかしら?」

「それでどうなるの?」

「自然と触れ合ってることになるわ」

「……うんそうだね」

「知識だけじゃ分からないことなんて山ほどあるわ」

「そうかな?」

「そうよ」

 

 不満気なフラン。

 

「少なくとも今、私の知ってることをあなたは知らない。でもこれを伝えるには言葉だけじゃ足りないみたい。なら、実際に体験するしかないと思わない?」

 

 理解は出来たが納得まではいかなかった。

 

「そうだ、今日はうちに泊まらない? それで明日、一緒に近くを見て回りましょう。そしたらきっと分かるわ」

 

(……このまま引き下がれない)

 

「じゃあ、そうする」

 

 そういうことになった。

 明日は早いとのことで、お開きになった。

 案内された部屋の寝床で、フランは声を上げた。

 

「っあ」

 

(家になんも言ってないや)

 

 少し考えたあと、フランは魔術を行使して一冊の本を取り出した。パチュリーに貰ったやつである。

 指に魔力を集め、

 

『へいへーい』

 

 と書いて閉じた。

 少しばかりすると、本が発光した。

 

「お?」

 

 開いてみると、返信があった。

 

『なに?』

 

 返す。

 

『ちょっとお泊りしてくるからお姉さまによろしく』

『嫌』

『いいじゃん』

『嫌』

『そこをなんとか』

『面倒』

『なんで?』

『分かってるでしょう? ところで今どこにいるの?』

『言ったらお姉さまを派遣するでしょ』

 

 読み勝った。

 

『……報酬は?』

『ないよ!』

 

 ここで途絶えた。

 明日に備えてフランは寝ることにした。


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