(何、――)
分かるのは分からないということ。
フランは意識をつかみ取った。
(何、された? 物が見えない?)
首が、目が、左右に動く。
黒、黒、黒。
(竹? 見えてる? 何だこれ?)
手を上げ、手前に持ってくる。
(手だ。間違いない)
風。
竹の揺れる音。自身へと風がぶつかる音。風を受けた髪が頬や首筋に触れる感触。風の流れ。全て分かった。
(一体、どういう――)
何も見えていないのに何もかもが見えていた。
そして、
「お、お前も来てたのか?」
その音の主も。
平静を装い、言う。
「うん。魔理沙と、アリスも?」
フランの顔の先にはその二人がいた。地面からは離れている。
「ま、私の場合はこいつに連れ出されたわけだがな」
首をくいっと動かし、アリスの方を指す魔理沙。
アリスは眉を寄せた。
「……他に人手があったらあんたになんて頼まなかったわ」
「と、この調子なわけだ。まったく失礼にもほどがあるよな」
おちゃらけながら同意を求めようとフランの目を見た魔理沙。
気づいた。
「……ん? なんかいるのか?」
こちらを向いているようで、向いていない妙な視線。
魔理沙はさっと振り返ってみた。
が、何もいないようだった。
そんな魔理沙へ、フランは正確に伝えようとした。
「いるといえばいるし、いないといえばいない。何を対象にして言ったのかによるかな?」
「あ? 何言ってんだ?」
アテにならんと、魔理沙はもう一度後ろを振り返った。
「……何もいないようだが?」
「そりゃいないだろうね」
魔理沙も眉を寄せる。
「何だ? 言葉遊びか? 面倒なことするな」
「あんたが言う?」
と、アリスの突っ込み。
「私のはあれだ」
弁解しようとする魔理沙に、アリスは付き合うのは面倒だとさえぎった。
「――いいから、先を急ぐわよ」
「ん、まぁそうだな。変なやつもいたしな」
フランは気になった。
「変なやつ?」
興味をしめしたフランに、魔理沙は楽し気に説明しだした。
「おう、なんか知らんがえらく怯えてたぜ。もしかしたらオバケにでもあったのかもな」
ケラケラ笑う魔理沙。
「それって耳が長いうさぎだった?」
「なんだ知ってるのか」
「うん、ちょっとね。でも、それ、――見たかったなぁ」
フランは口を歪ませた。
アリスは魔理沙を小突いた。
「……魔理沙」
「何だよ。急げってか?」
「そうよ、ちょっとおかしいわ」
「何がだよ」
「分からないの?」
アリスは目でフランを指した。
「なんか様子が変よ」
「あいつはいつもどっか変だろ」
「そうじゃない。もっとこう、何かが――」
フランは、三日月のように口を割った。
「――ところで、そのうさぎ。どっちに逃げていったか教えてくれない? あ、指差されても多分分からないから別の手段で教えてね」
「聞いていいかしら?」
フランは言葉を発さずに、首だけ傾げた。
「見つけてどうする気?」
「…………」
首を傾けたまま、笑みを深めたフラン。
答えは必要なかった。
確認のために聞いたアリス。確信となった。
「……魔理沙、行くわよ」
「――おう」
二人は素早く立ち去った。
「あらら。遠ざかっちゃった」
残念そうな声色。嬉しそうな顔色。
(つれないなぁ)
フランは再び足を進めた。
(大体、あいつ何だっけ。何となく覚えはあるんだけど)
記憶を辿っていく。
(何か狂うとか言ってたな。長い兎の耳、あの服、能力、……ああ、あれだ。狂気を操るとかいう、あれだ)
「……ん?」
(ってことは私は今狂ってるのか? いやいや超正常だし、狂ってるのは視界だけだし。あ、狂ってるじゃん。でも、大体こういうのは元の元凶をどうにかすればいいわけだから、戻すように言えばいいよね。だめでも殺せばなんとかなるでしょ)
思考が進むにつれ、足もよく進んだ。
小屋。
「お、客か?」
人間。
「ってわけでもなさそうだ。何をしに来たのかは知らんが、どうせロクでもない理由だろ」
その人間はフランから感じるオーラから判断した。
「――さっさとここから去れ」
「うん? 何? 人が気持ちよく考え事してたのに邪魔するなんて死にたいわけ?」
「お前が人だって? 面白い冗談だね。あと、私は死なん」
最後の言葉が引っかかった。
「死なないって、まさか不死身でもあるまいし」
そのフランの声は嘲るようであった。
「残念だが、そういうこった。この身は不老不死。つまり私を殺そうとするほど無意味なことはない。というわけだ、ほれ、さっさと去ね」
「ふーん。不老不死ねぇ。いいねぇ。とってもいいねぇ」
口元を歪めるフラン。
フランは値踏みするように目の前の人間を見た。確かに妙な何かを感じた。
観察されているような視線に、目の前の人間は気分を悪くした。
「いいだって? 不老不死とは永久の孤独。冥界の鮮やかさも知らなければ極楽の彩りも知らぬ。生も死もなく、ただ同等に暗い。この永遠の苦輪に」
「――長い」
フランは、手を握った。
自身の先の物体が、その形を大きく変えたことをフランは知った。
景気の良い音の後、頬に生ぬるいものが触れた。
ぴちゃ、と音がした。温かった。
指を温もりの元にやると、鼻の下にまでもっていった。
鉄っぽい、良い香りがした。
舌を伸ばし、ぺろりと舐めた。
「丁度いいって意味だったんだけど」
フランは気分が良くなった。
愉悦に目が笑う。
後ろから、声がかかった。
「――ったく、いきなりなんてことすんだ。私じゃなかったら死んでたぞ」
振り返る。
「そんなにすぐに元通りになるもんなんだ。でもなんでそこ?」
「あぁ?」
「いや、ほら、さっきまでそこにいたじゃん」
と、元の場所を指で指す。
「私がそこにいないからだよ」
「私って、あなたってこと? あなたはそこで死んだんじゃないの?」
「死んでないからこうしてるんだろ。というか不老不死だから、そもそも死なない」
指が前後する。
「あそこにいたあなたは今そこにいる」
少し濡れている指先が、くるくる宙をさ迷う。
「それはつまり、あなたがそこに移動したということ。肉体ではない何かが」
人間は面倒そうに答えた。
「私は私を起点にして肉体の再生が出来る、別にそれだけだ」
「いや、それは分かったんだけど、そのあれだよ、そのあなたの言う私というものがなんなのかって話」
「はぁ?」
「例えば幽霊がいて、その霊体があなたのように消滅したらそれでおしまい? もしそれで、その霊体があなたと同じように復活できたとしたら、あなたの言う私というのは一体どこにあるの?」
「なんだか面倒な事を考えるやつだな」
「私って頭おかしいらしいからね」
「なんだそれ。誰かに言われたのか?」
「うん、よく言われる。ほぼ皆」
「じゃあおかしいんだろうよ」
「実を言うと、自覚は少しある。今は」
「普段ないのかよ」
「まあね」
不敵に笑い、両手を広げるフラン。
「それで、少しは自覚ある私だけど、これから何すると思う?」
「私が知るわけないだろ」
「実は私も知らない」
「はぁ?」
フランは再び手を握った。
「嘘だよ」
フランはふと気づいた。
何も見えていないと思っていたが、なんだかいつもよりあれこれ把握できてる気がすることに。
「……もしかして見えすぎてるだけ?」
そんなフランは見た。
なんだかよく分からない何かを。
そう言えば何度か見た記憶はあるが、何故か初めて見たように感じた。
そしてそれを中心にして力が集まり、色々な物を形成していく様を。
出来上がったそれの第一声。
「はぁ……」
ため息だった。
「二度目だ。痛みを感じる前に死ぬから特に痛い思いもしないが、幾分気分は悪い。死なないとはいえ、二度殺したんだ。お前、――覚悟は出来てるよな?」
「さぁ?」
「そうかよ!」
言い終わるやいなや、地を蹴り、フランへと迫った。
空気が揺れていた。揺らされていた。
弾丸の如き突撃。弾丸は燃えていた。
フランへと肉薄した弾丸は、形状を変えた。身体を開き、脚を伸ばし、身体をひねった。
回し蹴り。
全身が燃えさかる脚の旋回運動に、空気が響き、轟音を立てた。
フランは、蹴りの迫る方向の逆方向へと身体を動かし、およそ相手の脚が着弾するであろう地点に片腕を盾のようにして立てた。
その二つがぶつかると、拮抗する間もなくフランの身はぶっ飛んだ。
ぶっ飛ばされているフランは、羽を使い勢いを殺し、身をかがめて四足獣のようにして着地した。左腕から痛みの信号が送られ、腕が折れていることに意識がいった。
二足で立つと、折れてる箇所を片方の手でぎゅっと強く掴むと、魔力を練った。
数秒の後、腕は治り、手をぐーぱーと動かして効果を確認した。
「わりといけるね」
さっきの肉体再生を見ていた時の様子を少し真似して、再生力の高い吸血鬼の肉体にうまく組み込んでいた。
「おいおい。化け物かよ」
追ってきていたはずの相手は、足を止めて驚いていた。
「いや、ここ化け物ばっかじゃん」
幻想郷のことである。
フランは言う。
「戦う度に成長するらしいよ。どこの言葉かよく覚えてないけど。まぁ、たぶん当たってるし間違ってる。よく分からないけど」
「いや、よく分からないのはお前だろ」
「ほんとね。私も私の事がよく分からないんだよね。でも、あなたの壊し方は分かったかもしれない」
「すぐに復活するぞ?」
「その復活を邪魔するってことだよ。ああやって腕が直せたってことは、多分そう。あなた、もうコンテニュー出来ないかもね」
にやりと笑い、フランは魔力を練った。練り終わると、足元から赤い鎖のようなものが生えてきた。その数、四本。先が尖ったそれらは、一目散に相手に向かって飛びかかっていった。
「そういえば、あなたの名前、聞いてなかったね。多分知ってるんだろうけど、一応教えて」
「あぁ!?」
聞こえていた。
が、それどころじゃなかった。
空へ逃げ、左に右に斜めにと、襲いくる鎖を回避している。
不老不死。それは肉体が壊れないことではなく、壊れてもすぐに元通りになることであった。つまり、再生を妨害されるようなことがあればどうなるか、考えるまでもなかった。そんなことが可能なのかという問いも、放たれた赤い鎖から感じるオーラで怪しいものにさせられた。
「おい! これってやべぇのか!?」
「先に刺さると壊れるだけだよ。その後はそれからのお楽しみ」
身をよじり、襲い来る鎖の先端を回避し、
「ざけんなっ」
その中ごろに思いっきり脚を振り落とした。
鎖は痛みにもがいた蛇のように、周りの鎖を巻きごみながら、その身をくねらせ自身を地面へと叩きつけた。その際に先端が地面にへと突き刺さり、その周囲半径数メートルを綺麗に分解した。
「うぉっ」
それを見て引いた。
そして同時に、決心をうながした。
「もう知らねえからな!」
突如、まばゆい光が周囲に満ちた。
火柱。
その中心には雄たけびをあげながら、自身ごと燃やし尽くそうとする人間。
空中で身を回転させ、頭を地面へと向け脚を空へと向けた。
そして空を蹴り、地面に急降下し始めた。
さらにもう一度空を蹴ると、滑らせるように体の前後入れ替えた。
火柱には翼が生まれ、一羽の鳥となった。全体から甲高い叫声を発しながらフランに目がけて空を燃やした。
まさしく不死鳥。
翼がから飛び散る火の粉は炎の羽毛のよう。伸ばした脚はくちばしとなり、敵を屠る矛になった。炎を照らされた敵の影は、怯える獲物のようにか細く震えていた。
その影に照準を合わせ、くちばしが全てを貫かんと突貫する。
が、その影の主に怯えはなかった。
強大な壁が生まれた。
フランの作った結界である。
結界は幾重にも連なっていた。
その壁にぶつかった不死鳥の突撃はその一つ一つを貫いていったが、その都度、速度を落としていった。
だが、それでも充分すぎる程の破壊力を持ったままフランへと迫っていた。
その先にいるフランは、絶体絶命ではないかと思えるこの期に及んでもさてどうしようかと考えていた。
ここにきて即決出来ないのは、もはや悪癖といえた。
(この感じ的にこれくらうとたぶん全身が消し飛ぶ)
やはり、回避。
(嫌だなぁ)
フランまだ考える。
(そもそも私はなんで避けるのを嫌うんだろう。よくよく考えてみれば前からそうだ)
しかし、結論は出た。
(といっても、これをくらうとさすがにやばい)
フランは羽根を広げ、横へ飛んだ。
その際に、魔力弾を放った。
その魔力弾は、あっけなく不死鳥に飲まれたかのように消えていたが、その飲まれた周囲から炎が空気に溶けていった。翼も、尾も、もがれた。
「なっ」
驚愕に声が出た。が、勢いは残っていた。
地上へと降り立つと、出来るだけ勢いを維持するように地を蹴り飛ばし、フランへと突っ込んだ。
飛び蹴り。
が、当然のように新たな結界に阻まれた。
「にゃろっ」
火の源、それはその身その自身。
つまり、蹴りを防がれたまま燃え上がった。
後方でブースターのように炎を炸裂させ、推進力を無理矢理に作った。
それは結界を破り、
「――ぁぐっ」
フランの腹部へと届くまでに至った。出口を求めた衝撃が、喉を通って細い声を上げさせた。
蹴りは構わずフランの腹部を突き破り、周囲を焼き焦がした。
烈しい痛みにも関わらず、フランの口元は歪んでいた。
腕を伸ばし、敵の右腕を掴み、手前に引いた。その際に、腹部に突き刺さる脚がさらに深く刺さったが、関係無かった。口を大きく開き、牙が敵の喉元を見据えた。
吸血鬼にとって喉元に噛み付くことほど気分の良い攻撃は他に無かった。
真っ白の牙が、火の光を受け、燦然と煌めいた。
「いっ――」
相手は本能的な恐怖を感じた。
首を後ろに引きながら、全身をねじり片方の脚で恐怖の源を払った。
フランの側頭部に激しい衝撃が襲った。フランは、回転を伴いながらひしゃげた鉄片のようにすっ飛んだ。
竹藪の竹など大したクッションにはならなかった。
フランの肉体が何十本もの竹をへし折った。やがて地面につくと、その地面を水切り石の如く跳ね回り、折った竹の本数が百に届こうかというところで、ようやく止まった。
フランは仰向けになって倒れていたが、フラン自身は自分がどのような状態にあるか、よく分からなかった。
ただ、何かしらの強い衝撃を受けたことは覚えていた。
「っ――」
声は出ない。
全身の感触がいまいち分からない。
冷たくもあり、熱くもあった。痛みを訴えていることはなんとなく分かった。
右手に何か感じた。
何かを持っている。
柔らかくも硬い。
意図はなく、上に掲げてみた。
ぽたり、ぽたり、と赤色が垂れてきた。
ひどく美味しいそうに思え、口を開け、そこまで持ってくる。
赤色は口にやってきた。
「っぁ――」
じわり、染み込むようだった。
とにかく、美味しかった。
ふと、気づいた。
天には橙色の丸、月があって、黒は夜空で、緑は竹で、その集まりの竹藪が自分の周りに見下ろすようにあって、赤色は血で液体で、それは手から出ていることに。
その手は、手に持たれていた。
自分の肉体から伸びる手が、その手を掴んでいた。
ようやく状況をはっきりと理解した。
蹴り飛ばされたこと。その際に掴んでいた手を今でも持っていること。それがとても美味しそうなこと。
右肘を曲げ、口に近づけた。
肘より先が無い手の切断箇所に牙を立てた。
首を軽く横に振り、肉をかみちぎった。
噛むと、粘着質な音がした。
やはり、とても美味しかった。
なんだか気分が良くなって、ひょいっと起き上がった。
久しぶりに見た気がする世界をじっと見ていると、世界が斜めになっていることに気づいた。
(ああ、そういうこと――)
フランは頭の横に手をやり、ぐいっと押した。
妙な音を立てながら、まっすぐになった首に手を当て、再生をうながす。
下を見ると、緑色の棒が伸びていた。
元をたどると、赤黒い円が見えた。その横に緑色が伸びていた。
抜き捨てると、血の付いた割れた竹が飛んでいくのが見えた。
腹部に魔力を集中させ、再生をうながした。
そうしてると、
「おいおい、無事なのかよ」
片腕の肘から先が無い人間がやってきた。
「で、名前はいつ教えてくれるの?」
「お前、頭おかしいんじゃねえのか?」
「よく言われる。んで、名前は?」
「……言う気にならん」
「なんで?」
フランは首を傾げた。
「お前の手に持ってるものは何だ? 自分の腕を引きちぎったやつに名前聞かれて律儀に答えるやつがいると思うのか?」
「え、何言ってんの。引きちぎったんじゃなくて、持ってたらなんかついてきたんだけど」
「人の腕をおまけのように扱うな」
「えー」
フランは、むしゃむしゃと美味しそうにかじって見せた。
ため息が聞こえた。
「……妹紅だ。もういいだろ、それやめろ。なんだか気分が悪い」
じーっと妹紅を見るフラン。
「しょうがないなぁ。色々戻った礼もあるしね」
「はぁ?」
フランは腕を投げ捨てた。
妹紅は腕を再生した。フランが投げた腕は灰のようになって空気に散った。
「初めからそうすれば良かったんじゃないの?」
「気分的な問題だ」
「変なの」
「お前に言われたくない」
むっとしたフラン。
「……まだやる?」
「やらん」
冗談じゃないとばかりの妹紅。
「大体なんでお前は私にからんできたのか、それすら分からん」
「そこにいたから」
即答だった。
「ぶっ飛ばすぞ」
「お、やる?」
フランは開いた右手を前に出した。
「っという冗談だ」
「っち」
とはいえフランも本気ではない。
「実際は長い耳のうさちゃんを追ってたんだよね」
「あぁ、あいつね」
「知ってるの?」
「まぁな」
「まぁ、もうどうでもいいんだけど」
「……いいのかよ」
妹紅は腰に手を当て、心底疲れたようにため息をついた。
「あいつのせいでお前気が立ってたんじゃないのか? 大体理由は見当が付くし」
「あ、そうなの? 教えてくんない? 割とそれ知りたい。なんか急に世界が変なくなった気がして、見えてるものがよく分かんなくなったていうかなんというか」
「そこに私と会ったわけか」
「そうそう。あと、なんとうかこう、何でもいいから発散したい気分だったんだよね。そのおかげか良いことがあった」
「良いこと?」
「うん」
フランは目を閉じた。
なんと言おうか迷った。
どのように言葉にしていいか迷った。
適当に言うことにした。
「私って吸血鬼だったんだよね。知ってた?」
「いや、知らん。変な羽根してるし」
「あ、これ? 飾りだよ。クリスマスにこれ光らせると評判が良いんだよね。あ、クリスマスって知ってる?」
「知らん」
「うっわ、遅れてる。つっても、嘘なんだけど」
「おい」
「色々冗談なんだけど。あ、理性が飛ぶと、攻撃的になるっぽいよ」
「そうかい」
「そのほかは、聞いてみないと分からない。多分聞いても分からないだろうけど」
フランは後ろに意識を向けた。
「ね、幽香」
「あら、気づいてたの?」
「自然が教えてくれた」
「本当?」
「うん、もちろん嘘。気配を感じただけ」
「満足したの?」
「ある程度はね」
「じゃ、帰る?」
「うん」
フランは妹紅に別れを告げた。
「そんじゃ帰るね。また今度来るから。何か好きな物とかある? 詫びみたいな感じで持ってくるよ?」
「何もいらないし、わざわざ来なくていい。欲しい物はなんか手に入ったし」
「そうなの?」
「死を感じた時、ぶっちゃけると最高に燃えた。身体だけじゃなくてな」
「そういう性癖なの?」
「ちげえよ」
「変なの」
「お前に言われたくない」
「へいへい」
二人は飛び去った。
帰り道。
空にはまだ月が変わらずにあった。
「あれ、動いてないね」
フランは空に浮かぶ月を見てそう言った。
月から受ける影響を感じながらも、特に意に介していなかった。
(吸血鬼である私があの月を見ればそうなる)
そう思っただけである。
「動かす?」
月に大した興味が無くなったフランは、幽香のその言葉にもさらっと流すようにして答えた。
「別にいいよ。面倒くさい」
出来るか出来ないか、そんなことに迷うこともなかった。そのように言うのなら出来るんだろうって思っただけである。そして自分もまた出来るであろうことも。
「ところでさ、ただ帰るのもつまんなくない?」
「そう?」
「そういう気分なんだよね。満足したといえばそうなんだけど、だからこそもうちょっと体を動かしたい」
フランはちょっとだけ速度を上げて、すいーっと幽香の前にまで移動した。
幽香は首を傾げた。
「何するの?」
フランはにやっと笑って答えた。
「弾幕ごっこ」
フランは距離をとった。
「でも私、あれ用意していないわ」
「スペルカードのこと? 別にいいよ。ごっこ遊びのごっこでも。とにかく幽香とやってみたいの」
続ける。
「私、さっきこれの良さに気づいたんだ」
「さっき?」
「うん」
フランは目を閉じた。
開くと、続けた。
「幽香が前に言ったこと。今なら、少し分かった気がする。言葉じゃなくて、体感をともなって初めて分かることもあるって。全てが見えて全てを分かったつもりになっても、結局のところ、分かったと思ったことしか私の中で分かったことになってなかったんだって」
フランは両腕を広げ、ポーズを取った。
「言葉が区別によって生まれたものなら、私が私と言うとき私は世界から私を見つけて切り出したことになる」
色とりどりの魔力弾が生まれていく。
「正しさを求めることなんて必要なかった。私が理解しようがしまいが、事実を事実としてあるんだから」
七色の魔弾が夜の空を彩る。
「私が世界の中にあるということは、私もまた一つの事実であるということ。私は一つの事実として、世界として、自然として、それらと触れ合う。だから、私は私であることを全力で楽しんでみようと思う。ってことで、ちょっと付き合ってね?」
幽香は、微笑んだ。
花を愛でている時のような顔で。
「そうね、私もやる気になってきたわ」
フランは実に楽しそうに、かつ好戦的な笑みを浮かべた。
そして少し気取って言った。
「じゃあ、帰るまで楽しみませんこと?」
まるでダンスにでも誘うように。
幽香は手を取るかわりに、妖力弾を生成した。
「楽しい夜になりそうね」
時間を忘れて弾幕ごっこのごっこに興じていた二人だったが、途中、月が急速に沈んでいったので急きょ取りやめることになった。残りの帰路、フランは朝日を避けるために幽香の日傘に入って帰ることになった。幽香の温もりのようなものが、前に感じた時よりずっと近く感じた気がしたフランだった。
カットシーン
――――
「お前、友達いないだろ」
「いるし、超いるし。――ていうかそっちこそどうなの?」
間。
――――
あと1か2話で終わります。
おうちに帰らなきゃね