空は曇り。そう、曇り空である。
豪勢な館のとあるバルコニー。
そこで、えらくご機嫌な吸血鬼が口元でカップを傾けていた。
「――今日だわ」
落ち着いた声色。でも、どこか嬉しそうな色。
隣にはべる従者が口を開いた。
「はぁ、本当になのでしょうか? 私にはよく分かりません」
「そらそうよ。でも、私には分かるわ。だってこの素晴らしい空。最高じゃない?」
と、得意気な笑みで吸血鬼は従者の方を見た。
が。
「どんよりしてますね」
吸血鬼は口を尖らせた。
「……空気が読めるとかいうのから聞いてきたのはあなたでしょう?」
「お嬢さまがそう言われたので聞いてきたまでです」
吸血鬼は視線を戻すと、こほんと咳払いをして、空気の立て直しにかかった。
少しだけ間を置いたあと、吸血鬼は手を口元に伸ばし、流し目で従者を見やりながら、出来るだけ優雅そうにして言った。
「あら、咲夜。私の言うことが信じれないというの?」
「いえ、お嬢さまではなく、あの方が……」
傍に控える従者、咲夜は言葉が尻すぼみになっていった。頭の中には、天を指さし、妙なポーズを決めている竜宮の使いとかいう変な女性が浮かんでいる。
「はぁ……」
ため息をついたのは、お嬢さま、レミリア・スカーレットであった。
「いい、咲夜? 世の中には運命があるわ。私はその運命を知ることが出来る。つまり、運命を操作することも出来るのよ」
「はぁ。私にはそれがよく……」
「じゃあもうちょっと教えてあげる。特別よ?」
「はぁ」
「運命というのは、必然と偶然に分けることが出来るわ。でもね、その二つはどちらも同じもの。偶然は必然で、必然は偶然。私はそれを知ることが出来る」
なんだか分かってない様子の咲夜に、レミリアはなんか気分が良くなってきた。
「つまり、偶然が重なることによって必然になるのよ。でもそうやって起きた必然も偶然のうちに入るのよ。
例えば、私が苺のショートケーキが食べたいと呟いたのをあなたが偶然聞けばあなたは用意するでしょう? 偶然が必然に変わった瞬間よ。でも、私が苺のショートケーキを食べたくなったのは、あなたがこっそり食べた苺のシュークリームのクリームが口の横に付いていたのを偶然見ていたのだとしたら?」
急いで、咲夜は口元に手をやった。
「偶然が必然を生む。必然は偶然の結果であり、同時に必然を生む偶然なのよ。そしてその偶然を掴み、束ねて、必然を手繰り寄せるのが私よ。だから分かる。今日起こる必然が。
――そう、今日、フランが帰ってくる。だから準備はよろしく頼むわよ」
「はぁ。……それで、どのような準備を?」
「そんなの普通通りに決まってるじゃない」
何を言ってるのかしらと、レミリアはため息をついた。
「いい? 変に歓待すれば私がフランの帰りを待ちに待ち望んだみたいになるでしょ? それじゃ駄目なのよ。私の悲願を達成するためにはね」
「悲願、ですか?」
「そうよ。何百年経った今でも、いまだに達成したことがない難しいことなのよ」
「……お聞きしても?」
仕方ないわね、とふふんと鼻を鳴らすレミリア。
「私からじゃない、フランの方から抱きついてくる。――これよ」
「はぁ」
人里にあった求人情報が頭によぎった侍女長。
「とにかく、いい? 普通通りにするのよ普通通りに。あたかも『あ、帰ってきたの?』みたいにするのよ。そして私の部屋に通しなさい。そうすればきっとフランも……」
ふふふ、と笑う高貴な吸血鬼がそこにいた。
☆★☆
太陽の畑。
帰るには良い具合の曇り空だった。吸血鬼的な昼夜逆転状態なフランは昼間に活動することが多くなっている。
フランは振り返った。
「それじゃ、行くね」
たくさんの草花が映った。とてもきれいだった。
「えぇ。またいらっしゃい」
「うん、その内絶対に」
幽香は微笑んで、手を振った。
フランも手を振って返した。
フランは飛び去った。横に束ねた髪には向日葵の髪留めがあった。幽香のお手製である。
(思った以上に長居しちゃったな)
少しの寂しさを感じた。
同時にこれから向かう所を想った。
その二つがないまぜになり、胸の内に妙なものが響いた。
目頭が温かくなった。
口元は緩んでいた。
(――何て言おう)
決まらない言葉、考えに対し、進む速度はどんどん上がっていった。
気持ちがよそよそしくなっていった。
☆★☆
紅魔館。
「そ、そろそろじゃないかしら?」
自室にいるレミリアは、そわそわしていた。
何度か咲夜に確認させにいかせてるが、まだ姿が見えたとの報告は無かった。
「そう焦らずとも、ここで待っていればそれでよかったのではありませんでしたか?」
従者の指摘に、レミリアは少しむくれて言った。
「気になるものは仕方ないじゃない」
「はぁ」
「そうよ、咲夜。もう一度見に行ってちょうだい」
「……かしこまりました」
五度目になろうかというとこだった。
部屋に戻ってきた咲夜は報告した。
「姿が見えました」
「――本当っ!?」
「はい。門にて美鈴と何か話している模様です」
「そう、分かったわ。咲夜! エントランスホールで待機よ!」
頭を下げ、咲夜はその場から去った。
一分。
二分。
三分。
五分。
十分。
「ちょっと遅くない!?」
レミリアはいきり立った。
鈴を鳴らした。
咲夜がやってきた。
「御用でしょうか」
「御用でしょうか、じゃないわよ。一体私のフランはどうしたのよ。まさか自分の部屋に帰ったんじゃないわよね? それともパチェのとこ? いやまさか、私より先になんて……」
「ずっと美鈴と立ち話してるようです」
レミリアはテーブルを叩き、勢いよく立ち上がった。
「なんで今日に限って門番みたいなことしてるのよ!?」
「急かせましょうか?」
「い・い・え。そんなことしたら、私が待ち望んでるみたいに思われるでしょう? 駄目よ、そんなの」
「はぁ」
椅子に座りなおすと、一息吐いて気を整えた。
「いいから、持ち場に戻るのよ」
「はぁ」
咲夜は去った。
☆★☆
立ち話が終わると、フランは館の中に向かった。話すことはまだあったが、気をきかせた美鈴が中へ誘導した。
中に入ると、
「お帰りなさいませ」
咲夜がいた。
「うん、ただいま。あ、お姉さまいる?」
ちょっと驚いたフランだったが、これが咲夜の通常であることを思い出した。帰ってきた感が増した気がした。
「はい。自室にて、……ゆっくりされています」
「そうなの? 後の方がいいかな?」
咲夜は大きく反応した。表に出ないように頑張って堪えた。鍛え培った瀟洒力である。
「――いえ、是非ともお会いになられて下さい」
「? じゃ、そうする」
「はい」
なんだかよく分からないけどまぁいいやと、記憶にある姉の部屋に向かうことにしたフラン。
道中。
フランは足を止めた。
「ふぅ……」
(なんか緊張してきた)
姉の部屋が近づいてくると、心臓が高鳴るのがフラン自身にも分かった。
目を閉じ、一度深呼吸をすると、足を進めた。
そして、部屋の前にまで着いた。
ドアノブに手をかけ、一度止まる。
落ち付けたはずの気持ちが騒ぐのが分かった。
払うように、勢いをつけ、
(えいっ)
開けた。
瞬間、衝撃と共にフランの視界は覆われた。
「ふぁぶっ――」
くぐもった声がでた。
懐かしい香りがした。
そして温かかった。
両腕を伸ばし、包み込むように抱きしめ返した。
これこそ必然であった。
フランは自分の芯のような所に温もりを感じた。
はっきりと感じれるものであった。
心の中で「ただいま」と唱えた。
ちゃんと伝わった気がした。
あと1話!
――――
後日
求人情報誌を見てる咲夜さんを偶然見てしまったレミリア氏
さりげなく不満があるのかを聞こうとするも、「ありません」と答えられる模様
というネタ