「ということでー、地底へ向けてれっつらごー」
地底へと繋がっているらしい洞窟の前。フランは手を上げて、そう宣言した。掲げた腕を左右に小さく振っている。
隣にいる魔理沙は、ちらりとフランの方を見ると前に視線を戻した。
「あれ? やる気ないの?」
無理矢理連れてこられた魔理沙にやる気があるはずもない。同行者のフランは姿を隠すようにローブを羽織っていて、その姿は盗賊にも見えた。『他人の持ち物を勝手に持っていくなんてふざけた奴だ』と、某新聞記者に豪語したこともある魔理沙にとっては気分の良い恰好ではない。
「こいつと一緒か……。まったく、やれやれだな」
魔理沙は両手を広げてポーズまで作った。これみよがしに不満を吐き出している。
実は結構沸点が低いフランは、会話を楽しんでいる様子で返した。
「え? 別にお姉さまの気が済むまで雑用コースでも良かったけど?」
「ま、それよりかは幾分マシだがな。もしかしたら何か役に立つことがあることもないこもないかもしれないしな」
「――そんじゃ、文句ばかり言ってないでさっさと行こ」
「へいへい」
二人は洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中は当然暗かったが、二人は魔法使いである。明かりを点けることなど造作ではない。点けたところで見えるのは冷たい岩肌と、暗闇と言う名の行き先くらいだったが。
洞窟内は、地底へと繋がっている為か風の音が響いていた。空を飛んでいる二人は風の音を強く感じた。
「洞窟の中なのに風が凄いぜ」
魔理沙がそうぼやくと、別の音がした。肩の付近に浮いている玉が点滅している。
『……それは地中に大きな空間が存在する証拠』
「……耳鳴りが聞こえるな」
『……聞こえるかしら? 私の声』
「何だ? 何処から聞こえてくるんだ?」
『貴方の周りにいるソレから……』
玉の正体は陰陽玉である。魔理沙はそれをちらりと見ると、無視をした。というより、さっきから気づいていたけど気づいていないふりをしていた。声は明らかにパチュリーのものである。
「おや、人間とは珍しい」
魔理沙たちの前から、少女が逆さのまま垂れ下がりながら出てきた。ゆったりとした赤茶の服に、ポニーテールのような金色の髪をしていた。
つまらなさそうな地底探索にも意味が見い出せそうだと、魔理沙は笑みを浮かべた。
「やっぱり地底のお祭りが目当てなの? そんな顔しているし」
陰陽玉からはぴかぴか光った。
『気を付けて。地底の妖怪は私達とは異なるから』
「何だ? 見た目は同じだけど……」
魔理沙はフランの方を見たが、そのフランは視線を逸らした。心の内は、『いいからさっさとやれ』である。
目の前の相手は、そんなフランの心の内を代弁してくれた。
「行くんだったら行く、帰るんだったら帰る。はっきりしてくれないと私も手出しし難いよ」
『地底の妖怪は、体に悪い』
「食べないぜ。こんな奴」
そもそも体に良い妖怪の存在が怪しいところである。
「食べなくても体に悪い。どれ、久しぶりに人間を病で苦しめるとしようかな」
馬鹿にされた感触を受けて、それを挑発と受け取った相手が戦闘態勢に入った。クモの糸のように弾幕を張り巡らせ、相手を待ち構える。
フランは魔理沙にエールを送った。自分が出るつもりは毛ほどもない。
「――んじゃ魔理沙、頑張って」
「私がかよ。お前がちゃちゃっとやってもいいだろ」
「あれだよ、あれ。修行とかそういうの」
「そういうのってなんだよ。……まぁ、いいか」
修行というキーワードは、魔理沙にとってそれなりに効果があった。実際、知らない相手とやるのは中々に効果が高い。
ということで腹を決めた魔理沙は、弾幕を放った。先手必勝である。
それに応えるようにして、張り巡らされたクモの糸が魔理沙に向かってきたが、魔理沙はそれらを素早くくぐり抜け、相手に向かって弾幕を放ち続けた。
終わりまでそう時間はかからなかった。
「……むぅ、中々やるじゃないか」
相手は降参の意を示した。なんかぷすぷすと紫色の煙がでている。
「ほんとだ、体に悪そうだな」
『地底には忌み嫌われた妖怪ばかり。心してかかりなさい』
「それで自分で行かないで私に行かせたのか? ずるい奴だな」
元々は勝手に図書館の本を盗みに、もとい借りに来たのが原因である。
しかし、図星でもあるためパチュリーからの返事はなかった。
もうしばらく進むと、洞窟の終わりが見えてきた。
「地底の妖怪は体に悪いって、地底そのものが体に悪そうだが」
『さっきの妖怪の事を調べたわ。さっきのは土蜘蛛。人間を病に冒す困った妖怪』
「病気たぁ勘弁だな。で、妖怪の弱点とかも判るのか?」
知識欲が満たされると気分が良くなるのは魔法使い共通の性である。さらに知りたくなるのもまた。
話していると洞窟の終わりにたどり着いた。
洞窟を抜けた先には、赤い橋があった。そこに何者かが立っていた。
「もしかして人間? 人間が地底の調査に来たって言うの? 何か後ろにもよく分からないのもいるけど」
ペルシア人のような古典的な服装、髪の色は金色だった。緑色の目が魔理沙たちを睨んでいた。
「ああそうだ。きっとそうに違いない」
とりあえず軽口で返す魔理沙。しかし表情はそれなりに真剣で、相手を窺っている。
「悪い事は言わないわ。ここで大人しく帰った方が良い」
「帰る気はさらさらないな。で、こいつの特徴はなんだ? 能力とか弱点とか」
やる気になっている魔理沙はパチュリーに情報を求めた。
『そんなにすぐには判らないわよ』
データベース『パチュリー』の情報は膨大であるが、必要な時に必要な情報が出てくることはあまりない。
当然今回も間に合わなかった。
「折角忠告したのに……本当に人間は愚かね」
『けしかけたのは貴方だから、自分で何とかしなさいよ』
「しょうがないな。じゃ、倒している間に倒し方を調べてくれ」
フランの事を忘れている魔理沙であるが、もうすでにこの場にフランはいなかった。洞窟からの一本道を抜け、それまでの障害は魔理沙に擦り付けたので、もう用済みとばかりにこの場から抜け出していたのである。
「さて、まず地霊殿を探さなきゃ」
広い地底でやみくもに探すのは悪手である。フランはその辺の住民に聞くことにした。
橋の先は町が広がっていて、結構賑わいっていた。
その賑わいの中へ入っていくフラン。
地底の妖怪といっても外見は地上の妖怪とさほど変わらなかった。無論、その姿はバラバラで画一的ではないが、そんなのはどの種族でも同じことである。
フランはしばらく進むと、それなりに人っぽい感じの妖怪に目を付けた。
その妖怪の裏に回ると、
「もし、そこのお方」
と言って、袖を少し引いた。
「ん?」
目が合った。
「地霊殿へ行きたいのですが、どのように行ったらいいか教えてくれませんか?」
口元を隠し、フランはそう言った。よく分からない何かになりきっている。結構下手い。
「地霊殿なら……」
その妖怪が腕を伸ばしその方向を指そうとすると、
「――待ちな」
邪魔が入った。
「あ、姐さん!」
「悪いけど、ここは私に任せといてくれないかい?」
「どうぞどうぞ」
フランが声をかけた妖怪は去っていった。嫌な予感しかしなかった。
「さて見かけない姿、……つっても隠してるようだけど、どっちみちここの住民じゃないんだろう?」
赤く大きな角に金色の長い髪、両手両足には鎖。その容貌はどっからどう見ても鬼だった。当然、フランには覚えがあった。
「出たなぁ体操服ぅ」
尖らせた口を歪めたそう言った。また何かになりきってる。今回はそれなりに似合ってる。性格がマッチしたのであろう。
それはさておき、フランにはこの後がすんなりいかないであろうことが分かった。
「――んで、地霊殿はどっち?」
駄目元で聞いた。上手くいけばでかい。方角さえ知れれば、最悪その方向に逃げればいい話である。
「言うと思うかい? 顔もロクに見せないやつに」
「ケチ」
フランが小さく文句を言うと、それが聞こえたのか鬼は不敵な笑みを浮かべた。そして拳を作り、フランに突き付けた。もう片手には大きな盃を持っている。
「地底の流儀ってやつを教えてやるよ。私は星熊勇儀、見ての通り鬼だ。それでお前は何だ?」
「私は正義の魔法使いマジカルフランちゃん」
鬼は嘘を嫌う。そんなことは重々承知しているフランであるが、そんな相手だからこそ嘘をつかずにはいられない。くしゃみの数より嘘を吐いているかもしれないフランである。嘘をついたら怒りそうな相手に嘘をつかないなんて無理も無理である。
「そうかい、そのつもりなら私もやりやすい。さて、やろうか」
「げぇ、やっぱこうなった」
「来ないならこっちからいこうか?」
「いやいや、待った待った。あれなの、私、暴れたりしないでねって言われてるの」
「そうかい、それは災難だったねぇ。謝る文言を考える暇もないなんてね!」
急激に強まった気に、フランは一気に距離を取った。空まで逃げ、さらに離れようとした。
地面が揺れる。
重く響き渡る音の後、空まで飛んで逃げたフランの目の前に勇儀が現れた。
「っな」
目の端で地面のクレーターを見つけた。踏み込みでここまで来たことを知った。
「そりゃぁ!」
唸り上げながらフランに鬼の右腕が襲ってきた。
防御という行為が無駄であることを容易く感じ取らされる程の圧力。フランは羽織っている灰色のローブを掴むと、叩きつけるように腕を下ろした。
闘牛士の要領で上手いこといなし、鬼の右腕はローブにのまれた。
「へぇ、やるじゃないか」
姿があらわになったフランを楽しそうに睨みながら言う勇儀。
ただ殴るだけで山を砕くかのような破壊力が生じる鬼の力。フランは冷静に鬼ってせこい種族だなぁとか考えていた。自分は棚に上げているのは癖である。
「いいねぇ、強そうなやつを見ると嬉しくなる。うまい酒に出会えた時の同じくらいにね!」
勇儀は身体をひねり、拳に力を込めた。空を踏みつけ、素早く駆け寄る。
さなか、フランは思い出した。
勇儀の持つ盃の意味を。その効果ではなく、勇儀が持たせている意味を。
フランの勝利目標が決定した。
フランは迫り来る拳に対して、後ろへ飛び距離を取った。
勇儀はもう一度空を踏みつけ、駆け寄る。勇儀が空を踏みつける度に、耳慣れない重い音が響き渡る。
フランは魔力を練り上げ、煙幕代わりに赤い霧を作った。
一気に視界が悪くなった。
勇儀はフランの姿を見失い、くり出した拳は空振った。
勇儀はもう一度右腕を振りかぶった。今度は大きい。
「小手先の技じゃ私は止められないよ!」
拳が振るわれると、風圧で赤い霧が吹き飛ばされた。
「わーお、さすが。――じゃあ私も本気だそうかな?」
霧が晴れて姿が現れたフランは笑顔でそう言った。純粋な笑みである。間違いなく純粋である。
フランは手を開き、前へ突き出した。
「そうこなくっちゃね! そんじゃ、いくよ!」
勇儀が空を踏みつけフランに駆け寄り、拳を放った。
ごう、と音を立てながら迫る拳に合わせて、フランは開いた右手を出した。
力を誇る鬼の中でも怪力と称される勇儀に対して、肉体を使って受け止めようなど無謀でしかない試みであったが、それでもフランは実行した。
「死んでも――」
知らない、その意思がこもった拳がフランに近づく。
両者の手が接触した。
拮抗することもなく勇儀の拳はフランの腕を潰し、そのまま肉体まで届いた。フランの肉体は鬼の圧力に抗うこともなく破裂するように散った。
「……惜しいことをしたか?」
赤く濡れた右腕を見て、勇儀はそう呟いた。
その時、勇儀の背後には、先ほど拳圧によって吹き飛ばされた赤い霧が確かな流動性を持って迫っていた。
ピチャリ。
音がした。
勇儀は目の端でその出どころを捉えた。
盃。
盃の酒が指で弾かれていた。
「っな――」
首を曲げると、そこには無傷のフランがにんまり浮かんでいた。
「あららーお酒こぼれちゃったねー」
と、にまにましながら言い放った。
勇儀は冷静に状況を整理しようと試みた。
「……私が殴ったのは?」
「分身」
「じゃあ、あの赤い霧が?」
「そう、それ私」
勇儀は大きくため息をした。
「私の負けだ。まさか萃香みたいなことが出来るようなやつがいたなんてなぁ……」
「一度見たことあったからね。ちょっと真似してみた。元から似たようなこと出来たし」
吸血鬼は元から無数の蝙蝠になれる。それに追加して、一度見た萃香の霧に、これまでのあれこれを上手いこと使って萃香の真似をしたのである。
「いやこれは本当に惜しいことをしてたみたいだ。……負けを認めたあとに言うのはどうかと思うが、もう一度やらないか? 是非、あんたと本気の力比べをしたい」
「……あー、そうだ」
フランは急に思い出した。仲間がいることを。そう、とっても大切な仲間である。
「私の他にもう一人来てるんだけど、私と同じ魔法使いで、実は前に負けたこともある」
「――それは本当かい?」
「うん、ほんとほんと」
嘘はついていない。
「でも普通に人間だから気をつけてね。スペルカードルールって知ってる? あれでやってね」
「……なるほど。まぁ、いいか。楽しませて貰ったしね。それと地霊殿はあっちだ」
勇儀はある方向を指した。
「わ、ありがと。そんじゃ、よろしくねー」
「ああ」
フランは飛び去った。
地霊殿編終わらなかった……
戦闘するつもりなかったのに
次話でわちゃわちゃして終わるはずです