どうすればバレずにいけるか。あれこれ考えるも、
(でも外出てもすることないよなぁ)
そんな結論にたどりついた。
「んー、つまんないー」
どうしようもなかった。
本から知識を得ることはひとまず諦め、魔法を自身で発展していくことにしたが、進捗は芳しくなかった。フランが得意としていたことは解析と再現であり、お手本が無いと効率が著しく低下したのである。
新たに自分から何かをというのは経験がなく、手探りになった。
とはいえそれなりのレベルにはなっているのだが、比較対象もないのでよく分からない。
あれこれとやろうとするも手探り状態で先に何も見えず、苦しくなって一時中断する、それを何度も何度も繰り返しているうちに、フランは少し嫌になってきた。
今までとても順調だったものが一転して急に進みが鈍くなれば、無理もないことだった。
そんな日々を過ごしていたフランだったが、昼頃、ふいに起きた。
異変を感じた。
フランが、不意に目が覚め起き上がると、妙な感じを覚えた。感じたことのないそれは、フランの頭を悩ませた。
(なんだろ、これ)
思考が悪い方向へと傾いていき、やがて答えにたどり着いた。
(結界が、破られた?)
その結論に至ると、部屋を飛び出した。
猛スピードでエントラスホールまで向かう。わずかな時間。フランは最悪の予想が頭から離れなかった。いつか見たあの光景。間に合わない惨劇。動けなかった自分。
たどり着いたフランの目には血濡れた姉の姿が映った。
目が合う。
「あら、フラン。お目覚めかしら?」
優雅に微笑むレミリアの姿。ペロリと口元の血を舐めた。
周りに散らばる人間の中でたたずむ姿は、一輪の花の上に立っているようで美しかった。
「……うん。お姉さまの顔が見たくて」
「あら、そうなの?」
フランは意識して辺りを見回す。
「まぁね。じゃあお姉さまも一休みしよっか」
フランはそう言うと、目をぱちくりさせるレミリアに近づき、額に手をかざす。
わずかな発光ののち、レミリアは意識を無くしフランに寄りかかるように静かに倒れた。
「お疲れさま」
フランの目にははっきりと負傷し傷ついた姉の姿が映っていた。そして、もう一つ。
「――死んだふりだなんて、せこい真似するよね」
フランは、散らばる死体の中に一つだけ違うものを見つけていた。
その者はその言葉に動きを見せたが、すぐにはじけ飛んだ。
「さて――」
レミリアを抱えたフランは、姉の部屋を目指す。
血で濡れた姉の服を脱がしベッドに寝かせ、自身もベッドに腰を掛ける。
(そういえば久しぶりに来た気がする)
部屋を眺めていると埃が目についた。
「……掃除」
呟くと、おもむろに立ち上がり、部屋を出た。
ほどなくして、見つけてきたホウキとちりとりで掃除を始める。
フランは別に掃除が好きというわけではない。自室を最低限掃く程度である。最低限とは人によって違うもので、フランにとっての最低限は床に寝転がって本を読める程度だった。困りさえしなけりゃ多少汚れててもいいじゃんくらいに思っている。
そのくせ人の部屋を掃除しようとするのは、よく分からない。
得意でない掃除に作業は難航したが、だるさを感じる度にレミリアの寝顔を見ると止めることが出来なくなった。それどころか次第に鼻歌まで出てきていた。
綺麗になってきた部屋を見ながら、ふと思った。
(やっぱ二人っきりってのはまずいかなぁ)
襲撃者を任せきりというのはやはり心に痛かった。とはいえ、一緒に戦うのは肝心の姉が良い顔をしないだろうと、フランは他の手を考えるしかなかった。
(そういえば門番とかいなかったっけ?)
年月が経って薄れてきた記憶を巡らせる。
(ちゅうご……、いやなんか違った気がする。なんだっけ)
手の動きは止めずに考えている。
「むぅー」
口をとがらせて不満を表に出している。
「……まぁいっか」
考える時は熱中して考えるところがあるが、詰まるとすぐに諦めて思考を辞めることもある。飽きやすい性格だった。
そうこうしている間に掃除も終わったので、部屋を出て自室に戻る。
フランは横になった。寝ようとしたがその気にならなかった。目を閉じたまま腕を伸ばして触れた本を取り、中を開く。
何度か読んだことあるもので、内容は頭に入っている。が、なんだか書かれてあることがよく分からない。文字が浮いてるような感覚がして、集中出来てないことにようやく気付いた。
「はぁ」
本を放り投げる。
暇に屈したフランは、いつの間にか寝ていた。そんなものである。
フランは目を覚ますと、心地いい夜の匂いを感じた。
どことなく気分が良くなり、外の空気でも吸おうと外に出た。
そんなフランの目に、門の向こうから近づいてくる人影のようなものが映った。
夜目が効く吸血鬼の目を活かしてじっくりと見つめる。しかし、分かることは少なかった。チャイナドレスを着た長髪の女性ということだけ。
(人間? でもなんか違う気もする……)
やがて門前までやってきたその女性は、じーっと見ているフランに向かって口を開いた。
「ここはスカーレット伯爵の館で合っていますか?」
フランは返答しない。
その様子に門前の女性は首を傾げた。月明りに照らされた赤い髪がゆらりと揺れる。
(あれ、なんだっけ。なんか覚えがある気がする。しかもすごい最近だっような気がするし、かなり昔だったような気もする)
「えっと、言葉が違うのでしょうか?」
眉を寄せて考える風なフランに対して、赤髪の女性は困ったなぁと後頭部に手をやった。
「ああ、えっとなんていうか、あれだ。名前は?」
「名前、ですか?」
「うん、そう」
ぎこちない会話。
「私は紅美鈴。――もう一度聞きますが、ここはスカーレット伯爵の館でよろしいですか?」
フランの中の疑問が解消された。
「うん、多分合ってるよ」
「多分、とは?」
「まぁ色々あるの」
「はぁ。出来れば案内を頼みたいのですが」
「なんで? もう着いてるじゃん」
「会いたい方がいるので。ところであなたの名前もお聞きしておきましょうか」
「私? 私はフランドール・スカーレット」
「――なるほど。では、本当にこの館でいいようだ。あなたのお父上に用がある」
闘気を感じたフランは、少し警戒色を強める。
「――何の用?」
「腕試し!」
紅美鈴と名乗った女性は、両拳をがつんと合わせた。
(さて、どうしようか。すごいチャンスだとは思うんだけど)
「残念だけど、ここには私とお姉さまの二人で暮らしてるんだ。あなたの目的の人はずっと昔に死んじゃったよ」
美鈴の顔が曇った。
「あぁ、でも今人間の間でウワサになっているとしたら、きっとお姉さまのことだと思うよ」
美鈴の顔に明るさが戻った。
「ならば、あなたのお姉さんに会わせてもらいたい」
「今、お姉さまお休みしてるんだよね」
美鈴の顔がまた曇った。