フランちゃんは引きこもりたかった?   作:べあべあ

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第6話 vs ちゅうごく

 目の前の少女が相手になるとは美鈴には思えなかった。

 フランから感じる力は小さく、人間ではないだけの存在としか思えなかった。たとえスカーレットの名を聞いたあとであっても。

 美鈴は闘気を抑えるしかなかった。攻め込みにきてるわけではない、腕試しに来ている。気持ちよく、後腐れなく、これが美鈴のモットー。

 

「では、いつ来たらあなたの姉と戦えますか?」

「うーん、そうだなー」

 

(見た感じ微妙だよなぁ。夜ならお姉さまが勝つだろうけど、昼間は……なんともいえないなぁ)

 

「吸血鬼の館って分かってるんだよね?」

「それが何か?」

「普通、昼間こない?」

「腕試し、そう言ったはず」

「そっか、わかった」

 

 美鈴は首を傾げる。

 

「私がやろっか」

「あなたが? 失礼だが、あまり荒事には慣れてない様子に見える」

「間違ってはないけど、一応吸血鬼だしね。夜だし、退屈はさせないと思うよ?」

「では、あなたに勝ったらあなたの姉と戦わせてもらうということでも?」

 

 そんならとりあえず約束でも取り付けておこうという感じである。それと、せっかく来たことだし運動くらいしておこうかといった感じ。

 

「うん、いいよ」

 

 フランは無邪気に笑った。

 やりづらいなと美鈴が思ったその時、考えをすぐさま改めた。

 

「そっちからいいよ。あ、空に行ったりしないから安心していいよ」

 

 舐められたと思った美鈴だったが、目の前の少女から一気に放たれた魔力に、それだけのものを感じた。

 だが、負けるつもりなどさらさらなかった。強敵と戦うこと、それが目的でここまで来たのだ。

 

 美鈴は息を整えると、地を蹴った。すぐさまフランへ肉薄し、体に染みついた右ストレートを放つ。

 しかしその右拳は、狙いに届くまでに片手で受け止められた。

 美鈴は目を見開いた。

 そのまま美鈴の視界はぐるりと回転し、身の浮遊感から上空へと投げられたことに気づかされる。

 ロクに身動きがとれない上空で美鈴は、聞いた。

 

「いったじゃん、吸血鬼だって。夜は調子が良いの」

 

 美鈴は吸血鬼という種族を舐めていたことを実感させられた。

 

「お姉さまはもっと強いよ」

 

 美鈴が下を見ると、相変わらず笑顔のフランが。

 

「私はこっちだもん」

 

 そういうとフランは人差し指を立てた。

 色とりどりの魔力弾が湧き出るようにしてフランの周りを囲む。

 フランはにこにこと笑ったまま、その魔力弾を美鈴に向かわせた。

 

「これは――」

 

 美鈴の気が高まる。身体が踊るように興奮するのが分かった。

 向かい来る魔弾を一つ、二つ、三つと空中で弾いていく。

 やがて美鈴の視界に、地面が近づく。

 美鈴は身を固め、落下に備える。

 

 その様子をフランは見ている。

 

(どうしようか)

 

 フランは攻撃を止めていた。

 

(ただ勝つだけだと、そのままサヨナラとかなっちゃうかもしれない)

 

 鈍い音。

 砂煙。

 影。

 

「――勝った時の条件はきいたけど、負けた時はどうするの?」

 

 風が吹き、砂ぼこりが消える。

 中から現れた美鈴は、フランの疑問になんてことはない表情で答える。

 

「命を――」

 

 突進。

 美鈴は始めからそのつもりであった。

 だがこの状況でもそれが言えることに、フランは感心した。

 

(うん、やっぱり)

 

 顔面に向かって迫る拳を、体と首を少しだけひねり回避するフラン。

 距離が近い。

 

(問題はどうやって)

 

 体当たり。

 フランはぎょっとした。

 拳か脚か、四肢のみを注目していたフランには予想外の攻撃だった。

 後方へと飛ばされる。

 重い衝撃が伝わってきたが、ダメージはそれほどない。

 だが、美鈴はすでに吹き飛ぶフランを追いかけるように前進しており、その移動中に攻撃動作に入っていた。

 気の籠った一撃。

 フランは迷った。

 

(受けてみようか)

 

 選択。

 防御動作すら取ることをやめた。勝敗はどうでもよかった。別に目的が出来たのだから。

 しかし、フランの目は捕らえてしまった。

 美鈴の全身から湯気のように立ち上る、高まった気の塊ともいうべきものが。

 収縮し、拳へと。

 

(あ、これやばいやつ)

 

 とっさに防御姿勢をとるが、完全ではなかった。

 狙いも腹部だったようで、体をひねるだけではよけれなかった。

 下から拳が突き上げられ、庇った左腕をへし折り、そのまま衝撃が腹部を突き抜けた。

 

「っは、ぐっ――」

 

 くの字で宙に打ち上げられたフラン。思考が加速し、この後の未来を予測した。

 

(もう一度ある――)

 

 フランは自身の肉体を改めて確かめ、足の感覚を探し出す。幸い高くは飛んでいない。

 着地。

 地を蹴り、後方へ。

 

(やられるっ)

 

 こちらへ寄ってきている美鈴の姿が見えた。

 

(っまずい)

 

 スイッチが入った。

 フランは折れた腕ごと腕を振り回し、自身を中心に旋風のような魔力の渦を起こし、美鈴を阻む。

 足を止めた美鈴を見ることさえなく、フランはただ距離を取るため、翼をはためかせ上空へと飛んだ。

 

 両腕を広げ、魔力を練り上げ、魔力弾を生成する。すぐに百を三つほど数える程の量にまでなった。腕の痛みなどもうすでに感じていない。

 色とりどりの魔弾と共に、羽に下がる七色の結晶がギラギラと輝く。フランは広げた腕を振り下ろし、美鈴に目がけて一斉に射出した。

 その魔力弾は、先ほどとは威力、速度ともにレベルが違った。

 

 自らに真っ直ぐ向かってくる魔弾に美鈴は右へ地を蹴る。魔弾はそれに合わせてぎゅるりとカーブし、美鈴を追いかける。

 二度、三度方向を変えても追ってくる魔弾に、美鈴は回避を諦め、どっしりと構えた。

 一つ一つが必殺のものだと思い、美鈴は襲い来る魔力弾に迎え打とうした。

 一つ目の魔力弾に触れた時、美鈴は自身の見通しの甘さを感じた。

 弾けない。

 ――ならば相殺。

 そう思った。

 

 突いて、突き。さらに突き、そして突く。

 それを幾度も繰り返し、襲い来る魔力弾を片っ端から全て相殺する。

 

 ――やりきった。美鈴は顔を上げた。

 

 上空のフランの周りには、今必死に消し切ったものと同量の魔力弾が浮いていた。

 美鈴はそれに敗北を悟った。

 

「……覚悟はとうに決めている」

 

 最後まで気を振り絞って戦う。死ぬのなら、その前に全力で生きたい。

 そう思い、静かに構えた。

 

 上空の魔力弾は色とりどりに輝いている。

 ゆらりゆらりと動きを見せ、次第に光を失い、そして消えていった。

 

「え?」

 

 疑問の中の美鈴に、戦意が感じられなくなったフランが言葉を放った。

 

「ごめん、私の負けだね」

 

 訳が分からない美鈴。

 

「空飛ばないっていったのに、飛んじゃった」

「いや――」

「でも悪いんだけど、今はお姉さまには会わせられない」

 

 人の話を聞かないフラン。得意技である。

 

「どうしてもというなら、まだ相手になるよ」

 

 自分の思考だけを積んでいく。

 

(舐めるとまずいことは、よくわかったし)

 

 美鈴は、よくは分からないが自分の敗北であることは間違いないと思った。

 

「……私の力不足には違いありません」

 

 苦渋の顔で言う美鈴。

 

「私の負けです。どうぞ好きになさってください」

 

 美鈴は力を抜き立ち尽くした。

 フランは思った。

 

(ん? まてよ、これってチャンス?)

 

「じゃあ、その命貰うね?」

「構いません」

「じゃあ、明日からよろしくね」

「は?」

「昼間だけでもいいから、お願いね」

「いや――」

「お客さんもちょこちょこくるからそんなに暇にはならないと思うよ」

「ちょっと」

「あれ、嫌? 希望するなら、お姉さまとも戦えるように話してみるし、もし駄目なら私がやるから。ね? 駄目?」

 

 美鈴は諦めた。きっと話が通じない相手なんだろうと。

 

「……分かりました。よく分からないですがよろしくお願いします」

「あ、よかった! じゃあ、よろしくね美鈴!」

「……はい」

 

 にこにこと笑うフランを見ていると、美鈴は思わずため息が出た。

 

「そんじゃ、中に案内するね。かなり散らかってるから、気をつけてね」

「はぁ」

 

 先導するフランについていく美鈴は曖昧な返事しか出せなかった。

 

「いやー、門番が欲しいなーって思ってたらちょうど来てくれて助かったー」

「門番ですか?」

「うん、そうだよ? あれ言わなかったっけ」

「……どうでしたっけね」

 

 そういえばと、フランは疑問を口にした。

 

「なんか口調変わってるみたいだけど、楽にしていいよ」

「いえ、別にかしこまってるつもりはありませんよ。これも標準ですので」

「ふーん」

 

 扉が開かれ、館の中が見れると、

 

「っうわぁ……」

 

 と、美鈴は妙な声を出した。

 まず目に入るのはエントランスホール。つまり一番汚れているところだった。髑髏に、ボロ布、辺りにはいつ付着したのかも分からない血。悪魔の館といえばそれらしいものであった。

 

「……これは、なかなかですね」

「でしょ?」

 

 フランはすぐにその意味を察した。頭は悪くないのである。他人に合わせるという習慣がないだけで。

 

「でも片付けるのめんどくさいんだよね、あいつらちょくちょく来るし。だから、まぁ自室だけでも片付けれてればいいかなみたいな」

「はぁ」

「あ、部屋はどこがいい? どこでもいいよ。ほぼ使ってない部屋ばっかだし」

 

 美鈴はすぐには決めれなかった。

 

「えーっと、フランドール様でよろしいですか?」

「フランでいいよ」

「では、フラン様。使われてる部屋の階層だけ教えて貰えませんか」

「んー、お姉さまは上で、私は下かな?」

 

 あまりにも簡単すぎる答えであった。

 

「では、私はその真ん中にします」

 

 あとは自由に選んでいいと言い残してフランは去っていった。

 美鈴は部屋を決めると、疲れた体を投げ出すようにベッドに倒れ込む。すると、大量の埃が舞い上がったので、すぐさま起き上がり野宿することに決めた。


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