魔女見習いは25歳を前に、美魔女になることを選んだ   作:ミウラ ジン

1 / 6
第一章

☆   ☆   ☆   ☆  ☆

「ようこそ、魔法堂へ」

 

午前零時過ぎ。腕を伸ばせば己の指先すら見えづらくなるほどの暗闇で、その店の主人はお決まりの文句を『お客』に言いました。

 

「よほど切実な願いを持つと見える。私が魔法で、願いを叶えてあげようか。願いによっては、何かよからぬことが起きるかもしれないけどね……」

 

 その声は優しげで、まるで迷子を落ち着かせる親切な婦人のように柔らかく、同時に獲物にナイフを当てる狩猟者のように冷え切っています。

 

「よからぬこと?それって、例えば、どんな?」

 

 暗闇の中から、声変り前の少年の声が返ってきます。

 

「それは私にもわからないさ。わかってしまったら、魔法がつまらなくなるだろう」

 

「なんだ、わからないのか。魔女っていうのは、思いのほかたいしたことないんだね」

 

「おや、見ず知らずの餓鬼に馬鹿にされるなんて、これは私も舐められたものだ」

 

 店の主人は『お客』とは別の誰かへ言葉を投げかけました。するとどこからともなく、店の主人に同調するかのような微かな笑い声が木霊します。

 

「餓鬼じゃない、ボクにはキュウベエ、っていうれっきとした名前があるんだ。ワザワザ来てあげたっていうのに」

 

 小馬鹿にされたと受け取ったのでしょうか、少年の声はキュウベエと名乗り、見えない相手に向かってあからさまに機嫌を悪くした素振りを伝えます。何処からか木霊する笑い声には全く意を介しません。

 

「そのキュウベエ様が、こんなみすぼらしい魔女蛙のところにまで、何の用件だい?」

 

 キュウベエはフン、と鼻を鳴らします。

 

「簡単な話だよ。ボクは、僕と契約して、魔法少女になってくれる人を探しているんだ」

 

 突如。

ストロボの照明が、キュウベエを照らしました。

とても眩しいです。

 

「今、魔法少女と言ったね」

 

 先ほどまでは確かにあった柔らかさが、今の店の主人の声からは消えています。

 

「おや、これはなんの真似だろう?ボクは客人だよ」

 

 キュウベエが眩しいのをガマンして周りを見ると、いつの間にか三人の魔女が現れ、それぞれ杖を掲げてその先端を狐面の少年に向けています。

 

「お前、魔法使いだね。何をしに来た?ここは魔女の縄張りだよ」

 

 店の主人が問いました。

 

「うん、知ってるけど」

 

「なら、一刻も早く立ち去れ。戦争を始める気がないのならね」

 

「戦争なんて、とんでもない。ボクは、新しい魔法少女を見つけに来ただけなのに」

 

 少年は悪びれる素振りもありません。反省の色、全くなしです。

 

「何度も同じことを言わせないでおくれ。ここは、魔女のテリトリー。ここの女に手を出したら、その首が飛ぶと思いな」

 

「やれやれ。魔女の皆様は総じて我々魔法使いが嫌いなようだ」

 

「ああ、嫌いだ。大ッ嫌いだ」

 

 キュウベエの皮肉めいた冗談のような戯言に、自らを魔女と名乗った女性はとても気分を害したようです。

 

「ここまで嫌われてしまったというのなら、大人しく立ち去るほかないね」

 

 すると少年は先ほどまでの他人を小馬鹿にしたような態度はどこかへ行ってしまったかのように、素直に踵を返して店の出口へと足を進めました。

 その不自然なまでの素直さに、少年を囲んでいた魔女たちも、少年に怒りを露わにしていた店の主人も、一瞬ばかり虚を突かれました。

 それは一瞬でした。

 

「あ、そうだ」

 

 その一瞬でした。

 

「さっき、何をしに来たって言ったよね」

 

「ルカ、どうかしたの?」

 

「!来るな!」

 

 店の主人の声が届くより先に、小さな凶器が小さな女の子の首に掛かります。周りにいた三人の魔女が敵意を向けようとしましたが、鈍く光る刃物を前に立ちすくむしかありません。役立たずです。

 

「お前ら!」

 

「ごめんなさいね、でも、この子は私のものだから」

 

 小さなナイフを持った妙齢の美しい女性が微笑みます。ごめんなさいね、と口では言いつつも、悪びれる素振りはありません。

 

 相変わらず小さな女の子の首にはどう考えてもふさわしくない物騒なものが当てられたままですが、当の本人はまだ自分の身に降りかかっている生命の危機を理解しきれていないのか、目をぱちくりさせています。

 そのとても痛々しい光景を前に、店の主人が必死に叫びます。

 

「その子は、ハナちゃんは、お前ら魔法使いなんかが触れていい子じゃないんだ、その子は」

 

「次期、魔女の女王様でしょ?知ってる知ってる。僕らはこの子に会いに来たんだから」

 

「ルカ、この人たち誰?」

 

 ハナちゃんの純真無垢な質問に答えたのは、ルカと呼ばれた店の主人ではなく、

 

「初めまして、ハナちゃん。ボクはキュウベエ。そして、今キミを抱きしめてくれている女の人はキミのママだよ」

 

 名前を聞かれてすらいない狐面の少年でした。

 

「ママ?」

 

 ハナちゃんは、自分の首にナイフを当てている女性の顔を不思議そうに見つめます。ママと呼ばれた美しい女性は、にこやかに微笑み返します。ナイフは片時も離しません。

 

「その子を離せ、さもなくば」

 

「さもなくば、何?」

 

 一瞬、パチッ、と火花が弾ける音がしました。

 

「……?」

 

「きゃっ!?」

 

 一瞬でした。

 音が終わった後の世界には、

 

「とてもとても怖い目にあっちまうかもね」

 

 ルカの魔法で身体の自由が利かなくなった少年と、自称ママの姿がありました。

 

「ルカ、けんかはだめだよ」

 

「ハナちゃん、そいつの話しを聞いちゃいけない!そいつは魔法使いの」

 

「そう、ボクは魔法使い。アンタたち魔女の、天敵ってヤツさ」

 

 キュウベエはいつの間にか、今しがたかけられた魔法があたかもなかったのように立ち上がっています。

 

「お前、どうして……!?」

 

 驚きを隠せず、ルカが質問します。だというのに、キュウベエは全く耳に届いていないのか、それには一切答えません。

 

「今日のところは諦めるよ。でも、タダで帰るのは癪に触るかな」

 

「え……?」

 

 次の瞬間には狐面の少年の姿も、妙齢の女性の姿も、

 

「…………え?」

 

 ついでに、さっきまで立ちすくんでいた役立たずの三人の魔女たちの姿も、消えていました。

 

    ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 

 細心の注意を払い、音と気配を殺す。床に足をつけるときはつま先から、ゆっくり

と重心を前に預けて、次の足を出す。極限まで動作のムダを無くしていく、すべてはドア一枚隔ててすやすや寝ている妹を起こさないための最大限の配慮だ。

 

「……よーし、寝てるな……」

 

「どうしたの、ドレミ?」

 

背後から妹の声がした。

 

「な、なんで起きてくるのよ!」

 

 時刻は草木も眠る丑三つアワー(注・深夜二時半。空を飛ばないものだけを指す)、健康的な生活を送る素敵女子なら美肌のために布団にダイブすべき時間のはずだ。

 

「起きたんじゃなくて、寝てないの。テスト近いから」

 

 そういう妹の目にはうっすらとクマが見える。

 

「へ、へー。中学生も楽じゃないんだね」

 

 妹のホップは私と違ってなかなかの苦労人だ。私とはそれなりに年の離れた姉妹という関係性のはずなのに、肌年齢は私より十年も年上という美への努力を怠っている。髪もヘアゴムでまとめただけだし、なぜこの姉のようなオシャレセンスを持ち合わせていないのであろう。

 若いときぐらい私みたいに自由な生活を送ればいいのに。

 

「そりゃ、どこかのニートと比べれば楽なことなんてそうそうないんじゃない?」

 

 この手の類の辛辣な言葉はすべて反抗期のせいだと思いこむことにしている。

 

「ニートじゃないし!家事手伝いだし!」

 

「何が違うんだか」

 

「それにもうすぐ次の職場見つけるから!アンタ、ホント生意気な妹よね」

 

「で、こんな真夜中におねーちゃんは何してるの」

 

 最近の彼女は可愛げと引き換えに謎の洞察力を手に入れた気がする。

 

「あー、またオトコ?」

 

「ち、違うし!」

 

「だらしないよねぇ」

 

「違うって言ってんじゃん」

 

 本当に違うのがあらゆる意味で悲しい。

 

「ニートでいるうちはオトコはどんどん離れていっちゃうよー」

 

「だから、家事手伝いだって!」

 

「はいはい。で、どこ行くの?」

 

 正直もういちいち答えるのも面倒だ。それに、これ以上妹の追及を受けて足止めをくらうわけにもいかない。

 

「魔法堂。マジョルカのお店」

 

 私はそれだけ言い残して、寝室で寝ている両親を起こさないよう静かにと夜の住宅街へと飛び出していった。

 

 

 私の名前は春名ドレミ。高校卒業後特に就職も進学もすることもなく実家でダラダラし続ける19歳独身。

 こんなにぐーたらなのに両親はカワイイからって私を甘やかしていつまでも家から追い出そうとしないし、妹は私と違って真面目に勉強して堅実な人生を歩もうとするからすごく劣等感感じるし……あ~、私って世界一不幸な美少女です!

でも、今日こそ世界で一番幸せな美少女になってやるんだから!

 

「ドレミちゃん!?」

「あれ、ハヅキ?」

「ドレミちゃん!久しぶり!」

 

 考え事をしていたらいつの間にか魔法堂に着いていたようで、メガネの幼馴染が驚いた顔で出迎えてくれた。

 魔法堂は徒歩にして4分、ランドセルを背負っていたころから幾度となく通い詰めた馴染みの場所だ。一時期はここでバイトしていたこともある。

 

「ひさしぶり~」

 

 メガネの彼女の傍らにはこれも馴染みの顔、次期魔女の女王様と謳われているハナちゃんの姿があった。

 

「どうしたの、ドレミちゃん。もしかして、ドレミちゃんも?」

「あ、うん。マジョルカに呼び出されて」

 

「そうなんだ。私も。でも、急にどうしたんだろうね」

 

「さぁね~」

 

 メガネの彼女の名前は、秋本ハヅキ。小学校からの同級生。勉強もできるし仕事もできるし、料理も出来ちゃう完璧キャリアウーマン―――なんだけど、なぜか昔から男運だけスゴーく悪くて、稼いだお金を全部イケメンに貢いじゃうダメンズウォーカー。

 私ほどじゃないけど、ハヅキもかなり不幸な女の子だよね。

 

「今なんかすごい失礼なこと言われた気がする」

 

 人間歳を重ねると洞察力が上がるものなのだろうか。

 

「何をグダグダとくっちゃべってんだい」

 

「マジョルカ!?」

 

 いつの間にか魔法堂の店の主人、マジョルカが背後に立っていた。

 

 真夏だというのに黒いローブに身を包み、殆ど素肌が外気に触れていないその格好は、いくら夜とはいえ見ているこちらの方が暑く感じてしまう。

 

「全く、呼び出してもなかなか来ない所は昔から変わらないね」

 

「あのね、私、これでも忙しいの」

 

「あれ、ドレミちゃん働いてたっけ~?」

 

 子供という生き物はなぜ無邪気な刃物で我々を傷つけるのだろう。

 

「いやー、ごめんごめん。遅れた!」

 

 沈んだ私の繊細な心に騒々しい声が追い打ちをかけてくる。

 

「アイコちゃん!」

 

「おー、ハナちゃん。久しぶり」

 

「ひさしぶり~」

 

「ばかたれ、遅刻だよ!」

 

「久しぶり、マジョルカ。だから遅れるって言ったじゃん」

 

 彼女の名前は夏目アイコ。彼女も小学校からの付き合いなんだけれど、高校卒業と同時に就職したもんだから滅多に会わなくなっちゃったの。卒業後は商社の事務職をやってて、安月給で出会いのない淡白な生活を謳歌してると聞く。本人はどう思ってるか知らないけど、世間的に見たら結構不幸かも。

あ~、なんで私の周りってさち薄い女しかいないの~?

 

「ねえ、なんでウチら呼び出されたの?」

 

「……アンタたち、魔法少女について知ってることはあるかい?」

 

※※※※※※※※※※

 

「魔法少女とは……世にも奇妙な不思議な力を使って、騒動を起こしたり事件を解決したりする若い女の子のこと。ごくまれに悪の組織や怪人と戦ったりもする。その力は大概、強い力を持った魔法使いによって授けられることが多い。魔女見習いとの決定的な差は、その大元にある。魔法使いは魔女を殺す存在、魔女は、魔法使いを殺す存在――」

 

※※※※※※※※※※※※

 

「よーするに、アリとアリクイみたいなこと?」

 

「まぁ、大体はそんなもんだよ」

 

 最初からそう言えばいいのに。

 

「で。その魔法少女、っていうのがどうかしたの?」

 

「実は昨日、この店に魔法使いの男がやってきてね。ハナちゃんをさらっていこうとしたんだ」

 

「ハナちゃんを?」

 

「別に怖くなかったけどな~」

 

 当の本人はケロッとしているが、本人が思っている以上に事態は重かったりする。

 時期魔女の女王。それは将来的に魔女になる(と思われる)私たちの支配者になるということを表す。

 

「幸いにも私も彼女もなんともなかったけどね、奴らに、お付きの魔女を三人も連れて行かれちまった。おかげでこの店は人手不足さ。またいつ奴が襲ってくるかわからない」

 

「それで、なんでウチらが呼ばれたわけ?」

 

「決まってるだろう、ハナちゃんを守る魔女を連れてかれたんだ、その代わりの役目、ひいては魔女見習いが魔女になるための修行をしてもらう。いい年こいて、いつまでも見習いのままじゃ戦力になりゃしない」

 

「ウッ……」

 

 私たち三人の口から同時にいやな声が漏れる。

 

「最初に魔女見習いとして力を使ったのが小学生の時。それからアンタたちは修行もせずズルズルズルズルと自分たちのためばっかりに魔法を使いおってからに、19になっても半人前のままなんだよ」

 

「冗談じゃない、ウチ仕事抜け出して来てるんだけど」

 

 アイコが早々に拒否の意を示す。クソッ、仕事ぐらいどうだって都合つくだろ!

 

「私も、これから2ヶ月ぶりの合コン行かなきゃだし」

 

 続いてハヅキも離脱の構えを取る。クソッ、どうせまたダメンズ引っ掛けて慰め女子会開く羽目になるんだから合コンなんてムダだろうに!

 

「私も! 私もこれから昨日買ったコレクション開封しなきゃならないし」

 

「そんなもん知らん。死にたくなかったら特訓だよ!」

 

「「「え~~~~~~~?」」」

 

 反論する暇もなく、私たちは再び――いや、もう何度目かも解らない、面倒なトラブルに巻き込まれていくのであった。

 

☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 

 同刻。薄暗くて趣味の悪い部屋の中。

 一人の少年と、一人の美魔女と、三人の弱った魔女がおりました。

 

「と、いうわけで、魔女を拉致ってきたわけだけども。さぁて、どうしたもんかね~。あ、そうだ、せっかくだから魔法をかけちゃおう。ねぇねぇ、ミツ。どんなのがいいかなー」

 

 ミツと呼ばれた女性はぶっきらぼうに答えます。

 

「そうね……あぁ、確か、魔女は『自分が魔女だ』って見抜かれると、魔女蛙になっちゃうのよね」

 

「え、そうなの?おもしろー」

 

 夏の森で昆虫を発見した時のような、好奇心旺盛な表情で魔女たちを見つめます。

 しかしどういうことでしょうか。三人の魔女たちは少年の目を見つめ返そうとはしません。

 

「あ、なんかイヤみたい。ま、そりゃそーだよね。僕も蛙なんかになるくらいなら、敵に寝返ったほうがマシだもん。あ、そーだ」

 

何かイタズラでも思いついたのでしょうか。いきなりどこからともなく、少年は卒業証書を入れる筒のようなものを――――いえ、卒業証書を入れる筒そのものを、おおっぴらに見せつけました。

 

「そいつらでいいのかい?あの魔女のガキじゃなくて」

 

 美魔女のミツの言うことなぞ気にも留めず、卒業証書を入れる筒からなにやか紙を取り出しました。そこには、『契約書』と書かれています。

 

「いいのいいの。ねぇ、君たち、何か願い事はあるかな?空を自由に飛びたいとか、お菓子を沢山食べたいとか、お金持ちになりたい、とか。そのくらいの願いだったらボクが叶えてあげるよ、だから――ボクと契約して、魔法少女になってよ!」

 




次回、8/27公開予定
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。