魔女見習いは25歳を前に、美魔女になることを選んだ   作:ミウラ ジン

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第三章

☆  ☆   ☆   ☆   ☆

 

薄暗く、それでいて、床が冷たく、趣味の悪い空間に、稲荷キュウベエと呼ばれる少年が佇んでいました。それを取り囲むように、三人の魔法少女たちが床に転がって寝ています。

先ほどヒカリと名付けられたへそが曲がっていそうな女の子は、お嬢様のように上品な寝息を立てています。先ほどホノカと名付けられた大人しそうな女の子は、子猫のように小さく丸まり、稲荷の膝の上で寝ています。先ほどナギサと名付けられた活発そうな女の子は、バカみたいにでかいイビキをかいて、寝言も酷く、寝相も酷く、色々酷く、見れたものではありません。

「ふわ~あ。なんか眠くなってきちゃったな」

「夜ふかしのしすぎよ、稲荷」

「ミツは厳しいなぁ。僕の母さんじゃあるまいし」

「私がアナタの母親だったら、なんでも魔法で済ませてしまうようなぐーたらな男には育てません」

「そんなのこっちからお断りだよ」

美魔女のミツとの会話を打ち切り、稲荷はペットの猫を撫でるように魔法少女たちを愛でます。優しく撫でてもらった魔法少女たちは、満足げな表情で夢を見ています。

「さて、この子達はどんな魔法少女になってくれるんだろうね」

「どんな、って?」

「魔女を倒せる強い魔法少女。味方の傷を癒す優しい魔法少女。決して曲がることのない逞しい魔法少女。魔法少女になりたての彼女らは、将来何にでもなれる。月並みな言葉だけど、可能性は無限大だ。まだ若いしね」

「若くて純情なメス猫がお好みなだけでしょ」

「若さを馬鹿にしちゃいけないよ。女の寿命は短いんだから」

「遠まわしに喧嘩売ってる?」

「滅相もない。ミツは充分綺麗じゃないか。女の寿命は短いけれど、寿命なんてのは人それぞれさ」

 ミツとの会話を飄々と流しながら、ペットの猫の毛並みを整えるように、魔法少女の髪を撫でてゆきます。

「おや、お目覚めだ」

 そんな中、最初に目を覚ましたのは、

「おはようございますっ」

 一番性格が難しそうな、ヒカリと名付けられた少女でした。

「よく眠れたかい?」

「はい、稲荷さまのおかげですわ」

「顔、洗っておいで」

「は~い」

 既に稲荷のことを主人として認めているのでしょうか。何の疑問も抱かず、部屋の奥へと消えてゆきます。

「……」

「どうしたんだい」

 いつの間にか、稲荷の膝で寝ていた少女が、目をこすりながら

「……まだ、眠い」

 甘えた声で、駄々をこねます。

「そう。なら、もうちょっとお休み」

「……稲荷様」

「どうした?」

「……ん」

 か弱そうな腕で、それでいて強く腰にしがみ付きました。

「すぅ……」

「あらら……懐かれちゃったなぁ」

 そんな彼女の頭を、

「ゆっくりお休み」

 彼は優しく撫でるのでした。

 

※※※

「あのさ、木山」

「はい、ごぉちそうさまでぇ~~~~~~~っすっ!」

 だめだ、これっぽっちも聞いちゃいない。

 さやかちゃんの家の最寄り駅から電車で2駅。木山りおの家(というか部屋)は下北沢の寂れた住宅街にある。時々、彼女が泥酔して一人で帰れない状態になったとき、飲み屋からここまで連れてくるのは私の役目みたいになっている。そのおかげもあって、鍵をガスメーターの裏に隠していることは把握済みだ。何度チャイムを鳴らしても返事がなかったから心配になって部屋に入ったものの、その実態はアニメに熱中していただけというから逆に恐ろしい。

「木山さん? その、私これからバイトだから――」

「あー。稲荷様マジ稲荷様だわ」

「そうだね、借りてた資料も戻したから」

「なんだよイケメンかよ、イケメンだよ。イケメンが頭撫でながら『ゆっくりお休み』とか言ってくれるとかありえねーよ、普通」

「普通、部屋に人が入ってきたら気づくよね? そっちのがありえねーよ?」

「言葉責めCDとか発売されねーかな、買うよ」

 

 聞いちゃいねぇ。

 

※※※

 

「あー、ホノカばっかり甘やかされてる。ずるいー」

「ごめんね、贔屓したわけじゃないんだけど」

「ずるいーずるいーずるいーヒカリもー」

「喚くな、これだからガキは嫌いなんだよ」

「うっさいなオバさん更年期かよ」

「殺す」

「あ~もう、子供相手にムキにならなくても」

「殺す」

「やってみろ若作り」

「殺ス」

 

※※※

 

 画面は突然、そこで止まった。

「は……っちょ、はああああああ!?」

木山は現実を受け入れられないのか、ビデオを巻き戻したり再生ボタンを押したり電源を入れなおしたり、およそ人間が考え付くであろう応急処置的なものを済ませた後、

「……うっそ、マジ、えええ……あー、死にてぇ」

 録画がそこで止まっているという、最悪の事態を目の当たりにしているのであった。

「ん……うおおおおおおおおっい!?は、ちょ、なんでいるの怖っ!」

 現実を認識してから約7秒。ようやく私に気づいたらしい。

「いや、何回チャイム押しても出てこなかったから心配になっちゃって」

「アニメ見てたんだよいやそれにしても勝手に入ってくるの怖すぎるわ!」

 アニメに集中しすぎて外界との接触を断つほうが怖いと思う。

「あ、ごめんごめん」

「で、何?」

「あい、いや、さっき言ってた特典資料、返しに来た」

「……あんたさ、こういうのちゃんとしたほうがいいよ」

「うん、ごめん。あの、私急ぐからもう行っていい?」

「なんで」

「バイト」

 そういえば、私が何のバイトをしているか彼女に話していない気がする。

「あっそ、あとでなんかおごってね」

 でも、彼女はそんなことに興味はないらしかった。

「あ、うん。それでさ、荷物置かしてもらっていい?」

「はぁ?」

「バイト先にコスプレ衣装持ってくわけにはいかないじゃん」

「いや、まぁ、そりゃそうだけど」

「ごめん、明日取りに来るから、じゃ」

「おけ」

「ごめん、またね」

挨拶もそこそこなまま適当に荷物を置き、時計を確認する。しまった、木山のアニメ鑑賞を待っている間に思いのほか時間を食ってしまった。いや……既に遅刻してるんだし、もう何分遅れても大した違いがないのでは?

「――ねぇ、木山」

「ん?」

「シャワー貸してくんない?」

 

 ☆  ☆   ☆   ☆   ☆

 

「あの、ホントに今日はすみませんでした」

「こういうのされると本当に困るので。次からはないようにしてください」

「はい……」

「じゃ、明日からも宜しく」

「はい……」

 バイトのシフト終わり。勤務中は特に何も言われないまま過ごせていたのに、控室でカラオケ館の制服から着替えているところを店長に捕まってしまった。

「全く、何してるか知らないけど、お給料もらってるんだからしっかりして欲しいですね」

「すみません……」

「じゃあ、私は戻りますから。お疲れ様でした」

 結局、今日のシフトは店長が電話で言っていた通り、先月私がイベントで急に休んでしまった時の代わりに組み込まれたものだった。

「……シフト変わってるんだから前日に連絡とかしてよ、忘れるにきまってるじゃん、一ヶ月前に約束したことなんてさ」

 やり場のない怒りが誰もいないロッカールームに虚しく響く。

 駄目だ、こういう日は誰かに愚痴を聞いてもらわないとやっていけない。それに、衣装も作りかけのまま止まってるし……。

「あ、もしもし?今バイト終わったから、うん。ねぇ、すっごい申し訳ないんだけどさ、泊めてくんない?」

『はあ? なんで? 明日取りに来るんじゃなかったの?』

 こういう時は木山に会うに限る。

「なんかさ、今日すごいフラストレーション溜まっててさ」

『現代人みんなそんなもんでしょ。下北の街行く人たち見てみなさいよ。夢と希望だけじゃ食っていけないんだよ、社会はそんな甘くないんだよ』

 説得の方向を間違えた。

「いや、それもあるんだけどさ、衣装も結構進捗ヤバくてさ、実家で衣装作れないじゃん?」

『アンタまだコスプレやってること親に話してないわけ?』

「七年もやってたら言い出すタイミングなんて逃してるよ……」

 私の家は両親と私の三人で暮らしている。特に厳格な家というわけでもないが、特にアニメに対して寛容というわけでもない。普通の家だ。

 さすがの私も、コスプレという趣味が俗世間一般に受け入れられる凡庸な趣味だとは思っていない。世の中には悪い意味でコスプレに偏見を持っている人も少なくないし、そもそも実の娘が25歳を手前にフリーターだという時点で実家での居心地というものはたかがしてれるようなものだ。これ以上社会的にイメージの悪い要素を増やす必要もないだろう。

『そのしわ寄せがどうして私に来るわけ?』

 そんな時、高校時代からの付き合いがある友人には非常に助けられるのである。

「そこをさ、お願いしますよ」

『あれは、あの、大学の後輩の子、さやかちゃんの家』

「アイツ今日彼氏といるらしくて」

『あ、そう(チッ)』

 電話越しに聞こえてきた舌打ちが彼女の恋愛事情をそこはかとなく予想させてくれる。ちなみに私も木山も、ついでに言うと釜本もそこらへんはお盛んではない。

『いいよ、ウチ泊まっても』

「え、いいの?ありがと」

『その代わり貸しだからね。あと、明日のイベントに間に合わせてよ。どうせ忘れてたんでしょ』

「……バレてた?」

『……カマかけただけだよ』

 してやられた。

 

 ☆  ☆   ☆   ☆   ☆

 

「遅いよ、二人とも」

 よく晴れた日の屋外イベント会場。既に『魔女マギ』のコスに着替えた釜本が私たちを仁王立ちで出迎える。

「そんなに製作の進捗がぎりぎりだったんなら私も呼んでくれればよかったのに」

「いや、衣装自体は割とすぐできたんだけどさ、木山の愚痴聞いてたら朝までかかっちゃって」

「どうしてそうなった」

「私も正直把握できてない」

 最初は私が店長に対する愚痴を延々と言い続けていたのに、深夜2時を超えた段階で木山の老後に対する不安を延々と聞かされる羽目になった。

「あそこで酒を入れたのがまずかったかな……」

「原因それだろ」

 冷静に淡々と必要最低限の突っ込みを差し込んでくる釜本。

「そもそもさ、アンタが期限とかシフトとか、スケジュール管理をちゃんとやってれば今までの問題全部解決なんじゃね?」

「いや、それは頭ではわかってるんだけどさー。なーかなか解消できなくて」

 原因はわかっているけど直す気になれない、というやつだ。そもそも論で言うなら、そういう管理がちゃんとできていれば浪人も留年もしていないし、今みたいにフリーターとして社会的に肩身の狭い思いもすることもないのである。

「ほら、準備できたよ。さっさと撮ろうよ」

 カメラのフォーカスを調整し終えた木山が急かす。

「おっけ。じゃあ顔作るね」

 携帯で『魔女マギ』のキャラクターイラストを表示する。二次元のイラストのポーズや表情をそっくりそのままマネするというのは、いささか労力というか、コツがいるものだ。

「えっと、角度がこんなんだから……」

「顎もっと引いたら?」

「おっけ、了解」

 時々釜本に修正を入れてもらいながら、実際の自分に反映させていく。

「あー、もうちょっと右、あ、違う、左」

「痴呆始まってる?」

「殺すよ?」

 いくら慣れっことはいえ、三次元の肉体にとってはキツイ体勢が続く。こういう時にしんどいのは今みたいな指示のミスと、

 

「あ、あそこで撮影してる」

「わー、魔女マギじゃない?」

「ちょっと行こうよ! すいませーん、ちょっと見せてくださーい」

 

 こういう野次馬連中である。

「おいこら撮ってんだから邪魔すんじゃねぇよ!!アタシのフレームに入ってくるたぁ死ぬ覚悟出来てんのかい!?」

「こちとら辛い体勢取るので精一杯なんじゃクソガキがぁ!」

「分かったら早う消えろやボケコラカスゥ!」

「「「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい」」」

 人格が普段と違う? よくあるよくある。

「「「す、すみませんでした……」」」

 つい数秒前に乱入してきた女の子たちがか細い声を出す。

「まぁ、わかればいいんだけど――」

 見たところ高校生か、大学生になりたてというところだろうか。仲良し三人組でお揃いの色違い衣装を着ている。それぞれ微妙に作りは甘いものの、なんとなく頑張って手作りした痕跡は見て取れる。イベントのテンションでノリを間違えてしまっただけだろう、よくいるはしゃぎたいだけの輩とは違うらしい。

 それより、気になるのは、

「あっ、君たち魔法少女コスやってるの? ねぇ、一緒に撮らない?」

「「「えっ?」」」

 『魔女マギ』の魔法少女のコスプレであるということだ。

「私、NOKOって言います」

「私はリオ。時々カメコもやってます」

「じゅりです。よろしく」

 三人がそれぞれの名刺を出す。

 今名乗ったのは、それぞれのコスプレイヤーとしての名前である。こういう写真に撮られたりする特性を持つ趣味である以上、本名が特定されたり私生活がバレる危険性も十分にある。そのため、芸名のように専用の名前、そしてコスプレイヤーとしての連絡先を載せた名刺を作るのである。

 ちなみに、『NOKO』というのは私の中学時代のあだ名で、『のざきりょうこ』の最初と最後の字を合わせたものである。木山は本名の下の名前をカタカナにしただけ。釜本に至っては「顔が某アイドルにそっくり」という理由で本名とかけ離れた名前にしている。

「あ、あの、すみません。私たち名刺とか持ってなくて」

 三人の中で一番背が高い女の子が答える。

「いいのいいの。今日イベント初めて?」

「はい、お邪魔してすいませんでした」

「堅いことは抜き。せっかくなんだから一緒に撮りましょ?」

「「「あ、ありがとうございます」」」

 うん、若い子は素直でよろしい。

「じゃ、さっそく撮りますか」

 既に木山は興奮気味にカメラをスタンバっている。今日はオンリーイベなので、この会場に集まって来ている人は魔女マギのコスプレをしている。ほかにも魔法少女のコスプレをしている人はちらほら見かけるけど、三人組でちょうどそろっているというのはそこそこレアな出会いと言えるだろう。

「じゃあ、そこの一番ちっちゃい子から」

「は、はーい」

 木山から指名を受けた女の子が前に出る。うむ、ホノカコスか。本人の身長も相まってなかなかに二次元的な可愛さを持っている。

「じゃ、撮るからポーズして」

「はい!」

 気合十分の木山にあてられたのか、本人もやる気に満ちた返事を返す。そんな初々しさ満載の彼女はどことなくぎこちなさを感じさせながらも、構えられたカメラに向けて全力で視線を送り――

「こんな感じですか?」

 全力のダブルピースを顔の横に置いた。

 

「「「いやいやいやいや違うから!!!」」」

 

 24歳の女たちが年甲斐もなく全力で突っ込みをかます。

 

「あのね、記念撮影じゃないんだから、ピースなんて向けるんじゃないの!」

「なんでカメラ目線なの? どんな構図? 目線下さいって私指示出したっけ?」

「そもそもホノカはそんなことするキャラじゃないっしょ……」

 

 駄目だ、この子たちはエンジョイ勢だ。根本的に色々と食い違いすぎる。このままだと木山と釜本の熱血指導を喰らってしまう。そうなったらまぁ、未来は容易に見えるわけで……。

「リオ、この子たちたぶん初めてだから――」

「ほら、もっと背筋伸ばして! カメラ意識しないで!」

 手遅れだった。

「顎引く! 目線はもっと上、そう! あ、違うズレた! じゅり、遠目に見てどう?」

「あー、そもそも身長足りてないかもしんないわ」

「おっけ、じゃあもっと身長伸ばそう!」

「し、身長を伸ばす?」

「つま先立ち! それでダメならなんか箱持ってきて!」

「つ、つらいです~」

「辛いのはみんな同じなんだよ! いい写真撮るためだ妥協すんじゃねぇ!」

「「……」」

「そこの二人、ぼーっと見てないで箱持ってきてあげたら?」

「「箱……?」

「はーい、おっけー! もう一枚別の角度からいきまーす」

「ミサミサ、あゆみちゃん、代わってよー!」

「「絶対やだーーーーーーー!!」」

 この後、約20分。新人コスプレイヤーをベテランが可愛がるエキセントリックな時間が悲鳴とともに過ぎてゆくのであった。

 

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