魔女見習いは25歳を前に、美魔女になることを選んだ 作:ミウラ ジン
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「でも、結局はいい写真が撮れたからその人たちも解放されたんですよね?」
「いや、でもたぶん、あの子たち今日あたりすごい筋肉痛になってると思うけど……」
コスプレイベントから一日。バイトもなく、授業もないという素晴らしいスケジュールのもと、無限に余った時間を消費すべくさやかちゃんの部屋にお邪魔している。
「あの後すごかったんだよ。子役の『一ノ宮まお』って知ってる?」
「いえ、聞いたことないです」
「コスプレの世界では結構有名なんだけどね。実写版魔女マギが実現するならハナちゃんはこの子しかいない、みたいなすごい子でさ! その子がたまたまイベント会場に来てて、いろいろ大変だったよ」
「へぇ、どんな?」
「いや、ひたすらキュン死にしてた。一気に十何人ものカメコに囲まれたんだけどさ、一人一人丁寧にオーダーに答えて、全然つらそうな顔見せないで、それでいて一枚とられるたびにちゃんと『ありがとうございました』って挨拶返すんだよ。すごいよ、また中学生だってのに」
「中学生でもコスプレやるんですか?」
「なんかね、いま来てるらしいよ、ブームが」
「へぇ~」
「それで、これが写真」
「へぇ、結構普通の服みたいに着てるんですね」
彼女はコスプレに対してそこまで深い知識はない。フリフリの衣装を着て写真を撮るだけ、というイメージしか持っていないのだろう。世間一般からすればそれが普通なのだけど。
「そうだよ。ちゃんと生地は布だからね」
「なんか、よくわかんない素材使って作るものだと思ってました」
「仮にも人が着るものだから」
「アニメのキャラなのに?」
「アニメのキャラも人でしょ?」
「ふーん」
よくわからない世界のことだな、と彼女の顔に書いている。そりゃそうだ。アニメのキャラクターになりたいと思って自分で衣装を作って写真に撮られるなんて、何度考えても特殊な趣味であるという結論しか出ない。最近は風当たりも柔らかくなってきたけど、昔はアニメや漫画が好きというだけで大人たちから白い目で見られていたものだ。
いくらクールジャパンとして2次元の文化が半ば認められてきたとしても、コスプレというものの偏見は無くなったとは言えない。
「今度はいつコスプレするんですか?」
「んっとね、来週の日曜に大洗で」
「大洗!?茨城まで行くんですか!?」
「あ、って言っても、日帰り出来る範囲でだけどね」
「へー」
我ながら、なぜそこまでしてコスプレをしているのかよくわからない。友人やコスプレ仲間と一緒に活動するのは楽しいし、充実しているとも思う。でも、さすがにコスプレのためだけにわざわざ2時間以上かけて北関東まで行くのは、そろそろやりすぎなんじゃないかと思わずにはいられない。せっかくなんだし、ご当地の美味しいものとか食べる、普通の旅行もしてもよいと思うのだけど――
「あの、先輩」
「んー?」
「私も、それついてっていいですか?」
………………へ?
「いや、その、ちょっと興味が出てきて」
――――チョット、キョウミガ、デテキテ……――――
突然の申し出に脳がフリーズする。そして、彼女の言葉を次第に、徐々に徐々に、言語として認識してゆく。
――――ちょっと、興味、が、出て、きて―――
「お……おおおお、いいよ? 別に。だけど、コスプレするの女子高生モノだよ? 制服着て写真撮るだけだよ? いいの?」
「いいですよ、それで。なんか、先輩が楽しそうなので、ちょっとやってみたくなっただけです。それに、来週彼が出張でデートできなくなったから暇になっちゃって」
それが理由かい。
「何か言いました?」
「いやいや何にも! そっか……じゃ、どうする? 衣装とか」
「え?市販の買えばいいんじゃないですか?」
「市販の……?」
「? どこかで買うんじゃないんですか?」
なるほど、彼女の理解はそこで止まっているのか。
「いやまぁ、買えないことはないけど……既製のを一式通販で買うとなると、普通に万札飛ぶよ?」
「え、そんなに?」
「うん。服が6000ぐらいで、靴は自前のを使うとしても、ウィッグと、あとメイクも結構するし、小物とか含めるとどうしても……」
コスプレというものは結構お金がかかる。なにせ、ひとつひとつのアイテムが手作りのものばかりだ。大量生産されている普通のTシャツやジーパンと違い、普段だったら絶対履けないような丈の短いスカート、胸やくびれを強調した薄い生地の服、原宿ならぎりぎり浮かないであろうドギツイ色のウィッグ。全身の服をすべて揃えたうえで、細かいディティールや質感にこだわると、かなりのお金がかかってしまう。
「うえ……ちなみに、それ自分で作ったらいくらぐらいですか?」
「モノによるけど、半分くらいのお金で済みそう。電車賃含めて一万円行かないくらい?」
「うおー……痛いなぁ。私服作ったことないから、そういうの全然わかんない」
一万円と聞くとかなりお高く感じるが、交通費込みでこの値段はかなり破格だ。高校生モノのアニメだと、ブラウスやソックスなど使いまわしできるパーツも多く、普段使いしている小物などで代用できる。ここら辺は釜本がしっかり撮影旅行をパッケージしてくれたおかげかもしれない。
それでも、全くの素人から見たら一万円というお金は大金なことには変わりない。
仕方ない。ここは私が手伝ってあげるとしますか。
「よかったら私、作ろうか?」
「え、いいんですか?」
「いいよ。もちろん、材料費は貰うし、時間も少ないから当日ギリギリに渡すことになると思うよ?」
「ありがとうございます。いやー、先輩いい人だわ」
「どのキャラがいいとかある?っていうかアニメ普段見ないか」
「あ、はい。全部お任せして私はついていくだけにします」
それはかなり楽な注文だ。さやかちゃんの背格好に合わせたキャラクターをあてがっていいということなので、一番自然な形で衣装を見繕うことが出来る。
「そ。了解。じゃあ、さっそく」
――――PbPb
(吉野麻里絵からのメッセージ)
「げっ」
『野崎さん、ちょっといいですか』
『今週末お休みってなってますけど、どういうお休みですか?』
「今週末……あの、友人と、旅行に」
『再来週もお休みになってますけど』
『というか、来週と再来週殆ど来れないじゃないですか』
「すみません」
『ちょっとシフトに穴あけすぎです。穴埋めできませんか?今週末までとか』
「えっ、あ、そうなりますか……あの、ちょっと厳しいかと」
『あ、じゃあ辞めてくださって結構です』
「あああああごめんなさいいやすみませんいや申し訳ありません!そうですね、はい、今週末まで、なんなら今日もシフトいれてくださいお願いします!」
……既読がつかない。
「先輩……? 大丈夫ですか? 私の作ってる時間あります?」
「い、いや、大丈夫。なんとかなるって。私、今週授業ないし、あとバイト三昧なだけだから! じゃあ、私バイトだから、ちょっとここに衣装置かせてもらうね!」
「はーい」
今回ばかりは本当にスケジュール帳を買っておけばよかったと後悔している。それでも、なんとかするしかないのである。
※※※※※
「ヤバい……あ~なんでシフトこんなに詰めなきゃいけないんだよ~」
近所の本屋で適当なスケジュール帳を買い、自宅で開いたはよいものの、私の行動力はそこで止まってしまっている。目の前に広がるのは真っ白な部分が目立つ八月のカレンダーと、今度の日曜日のところに【大洗 撮影】と書かれた赤い文字である。
「やらなきゃいけないこといっぱいだよ~」
いざ書き出してみたはいいものの、「いつまでに終わらせなければならない」はわかっても「いつまでにこれを仕上げる」といった途中目標はなかなか立てられない。いや、一応目標として書くことはできるのだが、あくまでそれは「この日までに終えれば楽だな」という希望的観測的な側面が強いので、私はそれを守れる気がしない。
「もうやだ死にたい」
――――PbPb
(畠山さやか からの新着メッセージ)
『あ、先輩。あの、そういえば私のスリーサイズとか教えてませんでしたけど、衣装作るのに必要だったりしません?』
「あー。そうね」
「うん。大体でいいから送っておいて」
『はーい』
「あー。さやかちゃんの服も作んないといけないし、自分の服も間に合ってないんだよな~」
残りの日数から逆算すると、毎日少しずつやれば間に合わない量ではない。しかしそれは、毎日少しずつ作業を進めることが出来れば、という前提条件が立ちふさがっている。
「あー。アニメも見なきゃな。溜まってるし」
世間のトレンドの移り変わりはとても早い。1話や2話ではそこまで注目されていなかったアニメでも、3話目で人気が爆発するパターンも珍しくない。
「……もういいや、今日は寝る」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(畠山さやか からの新着メッセージ)
『先輩、出来たらでいいんですけど、せっかくならウィッグっていうの被ってみたいです』
ここ数日、さやかちゃんからのメッセージが頻繁に来るようになった。そのどれもが今度の日帰り旅行でどのようなコスプレをするか、という極々他愛もない内容である。
初めてのコスプレが旅行での屋外撮影なのだから、浮足立つ気持ちも分からなくない。分からなくない、が、
「あー。うん、大丈夫、私の貸してあげるから」
『ありがとうございます』
「じゃ、私バイトだから」
こうも忙しいタイミングで送られてくると、どこかちょっとイラッとしてしまうことは否めない。最後のメッセージに既読が付いたのを確認し、スマホの電源を切る。
「野崎さん、ちょっといいですか」
「はい、店長。なんですか」
背筋に冷や汗が走る。やばい、勤務中に携帯いじっていたのがバレたのかもしれない。
「野崎さん。あの、シフトこんなに詰めて大丈夫ですか?」
「は、はい、なんとか!」
そんな私の心配を余所に、店長の言葉は予想と大きく異なるものだった。
「そう、しっかり休憩はとってくださいね」
「はい……」
「じゃあ、今日もよろしくお願いします」
店長の言葉は珍しく優しいものだったが、私にはそのアドバイスを素直に受け取ることが出来なかった。
……シフト詰めろって言ったのはアンタでしょ?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あー。お腹すいた~」
長めのシフトから解放されて半日ぶりぐらいに自由を手に入れた私の身体は、ただ単純にカロリーを欲していた。帰りにコンビニで何か買い食いでもしようかな。
「あー。衣装作んなきゃな~」
さやかちゃんの衣装のプランはなんとなく出来上がっているから、あとは締め切りまでにモノを集めたり加工したりという作業をこなせば良い。
問題は私の衣装だ。手持ちの衣装だと微妙に原作の衣装とデザインが異なるので、出来ることなら一から手作りしておきたい。
そうなると必要なのは、時間よりも夜通し作業できる環境だ。前だったらさやかちゃんの部屋に転がり込むのだが、自分の衣装だけを縫うために彼女の部屋を借りるというのは少々心が痛む。
「あのさ、明日から暫く泊まっていい?ちょっとスケジュールきついんだわ」
こちらも少々心は痛むが、ダメもとで木山に頼むしかない。
『まぁ、わかるけどさ。こっちも修羅場なんだよ。釜本の家に泊まれば?』
「あいつの家どこにあるの?」
『知らない』
実にそっけない関係だな、と思った。
3人とも高校の時から一緒にコスプレやってきたのに、釜本の住所を私も木山も知らない。彼女が就職して実家を出て以降、一人暮らしの彼女の家に行く機会がたまたまなかっただけなのだが、それにしても我ながら淡白な関係だと思う。
「今更聞くのもねぇ」
『まぁね』
「……ごめん、他あたってみる」
『あ、そ。身体だけは大事にね』
私はそこで、それはお互いさまだね、と言いたかったけど、
「ありがと」
簡素なお礼の言葉で通話を断ってしまった。
頭の中は、衣装を作る場所の手立てを失ってしまったことへのちょっとした絶望でいっぱいだった。
「……明日考えよ……」
面倒なことは先送りにする、そんな人生ばっかりだったな、と思いながら、帰りの電車でツイッターを延々とスクロールするつまらない女になり果てていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……何?」
ちょっと長めの休憩を貰ったとある日。携帯を開くとさやかちゃんからの通知が20件も来ていた。その殆どが某ゆるキャラのスタンプで、本人からの文章はないものの、明らかに何かを催促していた。
「こっちの都合も考えてよ……」
ただでさえ衣装を二人分用意するということはかなりの労力を使う。はやる気持ちが抑えられず催促のメッセージを送ってくる彼女のテンションにも、そろそろ辟易としてきた。
「もしもし、さやかちゃん? ちょっといい?」
先輩として、一度注意しておくべきだろう。そう思った私はその場で電話を掛けた。
『はい、先輩、どんな感じです?』
「どんな感じって?」
電話を掛けたのはこちら側なのだから、まずはこっちの話を聞いてほしい。
『どんなのできました?』
「だから、出来上がるの前日とかになるって言ったじゃん」
『え?撮影ってもう明後日ですよね?』
――――明後日?
「えっと――――」
そうか。もうそんな時期に迫ってるのか。この間買ったスケジュール帳を開く。今日は金曜日。【大洗 撮影】と書かれた赤い文字は日曜日の欄に書かれている。今夜ネカフェで自分の衣装を完成させ、明日さやかちゃんのモノを集めるスケジュールで進行中で――――
《――大洗の街中でやる許可もらってきたから、最初の土曜日空けといて――》
「――ごめん!あの、日付違ってた!」
『え?』
「ごめん色々忙しくて!」
馬鹿だ。
取り返しつかない馬鹿をやらかした。
どうして確認しないままずっと勝手に日曜日だと思い込んでいたのだろう。確かにあの時釜本は土曜日だと言っていた。
「ごめん!あの、ごめん!」
普段は日曜日のイベントが多いせいだろうか。勝手に思い込んでしまったのは―――いや、今はそんなことを考えている暇はない。
『あ、い、いや、いいですよ。私も無理言ってたわけですし』
「ホントごめん!」
今日の仕上げは最悪、大洗に向かう電車の中でも出来なくはない。今日のバイト終わりに店に寄って――いや、バイト終わりだと店の営業時間はとっくに終わっている。今の休憩中に連絡して、明日の朝一番に受け取るしか――――駄目だ、集合時間は9時半。大抵の店早くても10時からしか営業していないから……
『大丈夫ですって。私がなんとかしますから』
「え、でも」
『いや、楽しくなっちゃって、自分でも色々探してみたんですよ、コスプレグッズとか。通販はもう間に合わないと思うんで、自分なりに色々やってみようと思います』
「自分なりにって……」
『あ、材料費は払うので心配しないでください』
いや、もうそんなことはどうでもいい。
『先輩に全部押し付けちゃった私も悪いんです。先輩の方こそ、自分のことちゃんとやってくださいね?』
無慈悲にも、そのまま通話は終わってしまった。