風速5センチメートル 作:三浦
001
いつものように妖退治に繰り出したのだが、かなり困ったことになった。反応にあったと思われる妖を見つけたはいいのだが、寝ながら滅せそうなくらい弱いのだ。もう、なんかもう、かわいそうになるくらい。
「だからよ、お前もう帰ってくんない?俺弱い者いじめとか好きじゃないし、もうすぐ俺の相棒が来るけどそいつ命乞いとか絶対聞かないタイプだから」
「な、何を!この骨太郎、魔界のプリンスとして結界師なんかに屈するワケ「結」ああっ!ウホ助!長尾!」
「ウホ......」
「アホンダラーッ!アホンダラーッ!!」
「ほらもう、お前ら弱いし。10秒で全員捕まるって俺もびっくりしてんだからさ」
「うう......」
「でも、いいのかいアンタ?妖逃がしたなんてバレたらジジイがうるさいよ」
「事後ならどうしようもないでしょ。てかそれでまた来たら滅するだけだしな」
「な、ななな!大体俺たちを消したらボスが黙ってないぞっ!ぷげっ!!」
「ウホッ!?」
「アホンダラッ!」
イラッときて思わず気絶させてしまったが、ボス?......!!
「斑尾ッ!」
「わかってる!こんだけ強烈な匂い出してくるなんて...こりゃ鋼夜かねぇ」
「それってお前の元相棒だよな。500年ものとかどう考えても俺じゃ倒せんけど......お、時音」
「良守!こいつ......」
「おう、まともにやったら死ぬな。てわけでジジイたちも呼んどいた。厳しいかもしれないけど、式が頑張ってくれれば俺らも生き残れるかもしれん」
「ていうか、時間稼ぎにしてもどうする気だよヨッシー?」
「初撃見て考えるしかないだろ、タイプによるしな」
初撃がかわせればだけど。
「だから、時音は影で狙ってくれ」
「..............わかったわ。私じゃ、アレはまだ無理」
「嫌かよ」
「嫌よ」
素直か。
「良守」
「どした斑尾、あんな化け物相手に殺すなとかは無しだぞ。ていうか無理」
「そんなんじゃないよ、ただ、アイツの相手はアタシにやらせておくれって話」
マジかこいつ。あんなヤバイやつとやる気かよ。
「いけんの?」
「誰に言ってんだい、アイツのケリはアタシがつけるのが筋ってもんさ」
「開祖に見逃すよう頼んだの、お前だしな」
「かわいくないガキだねえ」
「そりゃどうも」
こういう時自分の弱さが嫌になる。爺さんに守られて、兄さんに守られて、コイツに守られて、それで、時音にまで守られて。
「死ぬなよ」
「言われなくても」
「頼んだ、相棒」
「......はいよ」
強くなりたいな、もっと。
「......おォ、やっぱりお前か、銀露」
「久しぶりだねぇ......鋼夜」
あっ、やばいこいつ無理だ。なまじ実力が測れる分間近にくると邪気がキツい。
「ソイツが今の主か?」
「そうさ、荒削りだけど悪くないだろう?」
「フン、......似てるな、忌々しい」
でたよ超常存在あるある、急にワケわからんこと話し出す。
「アンタもわかるかい?この子は伸びるよ」
「強ぇ奴は嫌いじゃねえ、それが人間じゃなきゃな。どけ銀露」
「どいたら殺すじゃないか、そりゃ困るからね。良守、封印解いておくれ」
「了解、後始末は俺に任せて思いっきりやれ」
「......本気か?銀露」
うおっ、ムクムクでかくなってくな.....なんかキモい。
「本気も何も、アンタが殺してアタシが守る。それだけさ」
「バカ野郎が......そういうのはよ、俺に一度でも勝ってからほざきやがれェ!!」
「だから今勝ってやるってんだよ......鋼夜ァ!!!」
軋むような緊張にまばたきをした瞬間、二匹は激突していた。
002
俺はこいつを、500年の妄執を甘く見ていた。妖力の密度、二匹の戦闘速度、その両面において全く手が出せないことにショックを受ける程度には。
「オオオ!!」
「銀露ォ!!」
テクニックも何もあったもんじゃない殴り合いだが、今この瞬間、この二匹は俺の手の届かないところで対等に渡り合っている。
「甘いんだよッ!」
「グォアッ!」
斑尾の前脚が捉えたのは鋼夜の顎、動きが止まった一瞬で連撃をもらい吹き飛んだ姿に、決まったと、そう感じた。
だから、気付けなかった。
「良守ッ!」
俺の胸に向かって真っ直ぐ伸びてくる、漆黒の影に。
ズシュッ、という生々しい音と、滴る血。むせ返るようなソレが誰のものか、理解できなかった。
「な、んで、」
煙が晴れた向こうでは鋼夜が舌打ちをして何か喚いているが、聞こえない。
世界から音がなくなったような錯覚の中、たった一つだけ聞こえる声があった。
「良守ィ....無事かい?」
「なに、やってんだよ......斑尾ォォ!!」
弱々しく笑う斑尾の白い躯、その横っ腹からは黒くおぞましい鋼夜の尾が生えていた。
「かっは、ぐ、効くねぇ......ったく。ほら、良守、泣かないでおくれよ」
「泣いてないし黙ってろ!今治してやるから、死ぬなよ斑尾!」
「おい人間、そんな隙を俺がくれてやるわ、け、!?」
尻尾を引き抜いた鋼夜の方も、支えを無くしたかのように倒れたが、今の俺はあまり気にする余裕がない、波打つ感情を、制御できない。
「銀露よぉ......何をしたッ!!」
鋼夜の耳障りな声がイラつく。やけに優しい斑尾がイラつく。纏わりついた膨大な妖力が邪魔して、治療が上手くいかないのがイラつく。なによりッ、
「へへ......アタシの毒を流し込んだのさ......アンタ強いから、やっと効いてきたみたいだねぇ」
力が足りない俺自身に、イラつく.......ッ!!
「ぐ、おぉお、ぬううう」
「鋼夜、いくら頑丈なアンタでも、もう動けやしないよ......どいておくれ、良守」
「でもまだ怪我が!」
「こんくらい屁でもないさ」
嘘だ、反対まで貫通してるのに、立ってるのがやっとなのに!
「それよりあいつにトドメ、さしてやんなきゃ。こればっかりは良守でも譲れないよ」
理屈は分かる、それが大事なことだってのも。でも、ボロボロで今にも死んでしまいそうな斑尾を見ているのは、つらい。
「頼むよ良守。こんなんでお預けされちゃ、死んでも死にきれないんだよ。アイツも、アタシも」
なんで、そんな顔するんだよ、クソ。
「......................お前は、俺が死なせない」
「!へえ、言うじゃないか?......ほんと、そういう顔はあの人に似てるよ」
自分が今どんな顔をしてるのか、それは全く分からないけど、
「知るか。友達なんだろうが早く行ってこい。傷は絶対俺が治す」
「......友達、ね。そうだねぇ、そんじゃ行ってくるよ」
斑尾の反応からして、悪くない顔なんだろう。
003
その後駆けつけた爺さんには封印を解いたことをしこたま怒られ、遅くなってすまなかったと抱きしめられた。
時音と時子さんも見てる前なので恥ずかしかったが、なんとなく悪くないと思って受け入れてしまった(今思えば自殺もの)。
ともかく最低限の治療をして封印すれば勝手に治っていくそうで、治療には時音と時子さんと爺さんが付き合ってくれたし封印も弱りきっているので比較的楽に済み、これでもう斑尾は平気らしい。
それと、あの雑魚桃太郎一味はどうにかじいさんたちにバレないよう逃がしてやることができた。気絶してたので直接見てないとはいえ、ボスの死に思うところがあったのかあっさりと烏森を去ってくれたのでよかった。
......結局最期の時に斑尾と鋼夜が何を話していたのか、俺は知らない。
それでも、鋼夜の穏やかな死に顔を見るかぎりきっと......。
まあせめて供養だけでもという思いで体の一部を持って行ったが、兄さんはいつ帰ってくるんだろうか。
「よーしもり」
「なんだよ」
いつもの帰り道、授業は耳に入らなかったのに、時音の声は不思議と聞いていたい。
「あんたもまだ、泣いたりするんだね」
前言撤回、こいつは嫌な女だ。声も聞きたくないくらい。
「それわざわざ言うか」
「だってあんたが泣いたの、何年ぶりかなってくらいだし」
「はいはい、満足でちゅか?」
「うわウザッ!でもまあ、ちょっと安心した」
「......なにが?」
「あんた、どんどん私の知らない顔になってくからさ、なんか遠くなった気がして」
は?かわいいなこいつ。
「なにそれ、俺お前から遠ざかったりしてないよ」
「あたしはそう見えたの。でも、そうだね、うん。そんなことなかった」
「そうかい」
「そうよ」
ゆらゆらと夕日に照らされた影が二つ、歩いている。
「ねえ」
「なにさ」
「強く、なりたいね」
「......そうだな」
その距離は、いつもよりほんの少しだけ近くなっていたかもしれない。
この良守と斑尾は原作より仲良しです。昔話をする程度には。
とりあえず戦闘描写はウケちゃうくらいできないってことがわかったし、次はどれどけ三人称視点ができないか試してウケたいと思います。
......俺が治すとか俺に任せろとか言うくせに結局他人の手を借りる主人公ってどうなんでしょうね。