問題児たちとウロボロスが異世界から来るそうですよ? 作:問題児愛
―――境界壁・舞台区画・暁の麓。美術展、出展会場。
巨大なペンダントランプがシンボルの街だけあって、出展物には趣向を凝らしたキャンドルグラスやランタンに、大小様々なステンドグラスなどが飾られている。
飛鳥は境界壁の中にある展示会場の岩棚や天井を見回し、感心したように呟いた。
「凄い数………こんなに多くのコミュニティが出展しているのね」
出展物の前にはそれぞれのコミュニティが持つ名前・旗印がぶら下がっている。中でも飛鳥の目を引いたのは、キャンドルホルダーに旗印が刻まれている銀の燭台だった。
「ふふ。細工も綺麗な銀の燭台ね」
「きれー!」
肩に下りたとんがり帽子の精霊は、飛鳥と一緒に愛らしい声を上げた。
飛鳥は手に取って製作者を確かめる。
「製作・〝ウィル・オ・ウィスプ〟?あの歩くキャンドルを作ったコミュニティじゃない」
巧緻な細工で施された紋様は、旗印をモチーフにしたものなのだろう。
燃え上がる炎の印を刻んだ燭台には、炎そのものにも特別な力があるのだろうか。
まるで篝火のように飛鳥達を温かく引き寄せるような気持ちにさせた。
「(コミュニティの旗印が有るのと無いのでは、作品の表現も違うものなのね………)」
やや憂鬱そうな瞳で溜め息を吐く飛鳥。
「(将来的に立派な〝
小さく握り拳を作って気合いを入れ直す飛鳥。
飛鳥達は数多の展示品を見て回る。展示会場は境界壁を洞穴のように掘り進めた回廊にあった為、奥は薄暗く外の光は届かない。しかしそれも、展示品の輝きを浮き彫りにする為の演出なのだろう。暖かい灯火を持つキャンドルスタンドやランタン、それらによって照らされた目を見張るほど美しいステンドグラスの数々は、外で見る物よりもずっと美麗に映えて見えた。
その後、展示会場を進んだ飛鳥達は会場の中心に当たる大きな空洞に出る。
急に開けた場所に出た飛鳥だが、雑踏や周囲を見回すことなく、大空洞の中心に飾られていたものに目を丸くして驚いた。
「あれは………!」
人混みも、周囲の喧騒も、目の前に飾られた巨大な展示品の衝撃に掻き消された。他と比べ物にならないインパクトがあったのだ。
「紅い………紅い鋼の巨人?」
「おっき!」
そう。大空洞の中心に飾られていた、紅い鋼で作られた巨人。その全身が兎に角ド派手で馬鹿デカイのだ。飛鳥達はその巨躯を唖然と見上げた。
紅と金の華美な装飾に加え、目測でも身の丈三十尺はあろう体躯。太陽の光をモチーフにしたと思われる抽象画を装甲に描いたその姿は圧巻である。
加えて人間の倍はあろうかという巨大な拳と足。
寸胴な頭と体は、このか細い出入り口で一体どうやって搬入したのか疑問に思える。
「(いえ。ローズさんの空間転移ならば不可能ではなさそうね)」
空間転移―――距離ではなく、移動に掛かる時間をゼロにする魔術。これならば出入り口が細かろうと問題ないはずだ。そう、気づいた時にはもう目的地に置かれているだろうから。
流石に、実は
「す、凄いわね。一体何処のコミュニティが………?」
「あすか!らってんふぇんがー!」
尖り帽子の精霊は瞳を輝かせ、飛鳥の肩から飛び降りる。
『製作・〝ラッテンフェンガー〟 作名・ディーン』
飛鳥は今度こそ驚いたように声を上げる。
「まさか、貴女のコミュニティが作ったの?」
「えっへん!」と胸を張る尖り帽子の精霊。正解のようだ。
飛鳥はもう一度『ディーン』と名付けられた鉄人形を見上げる。〝群体精霊〟という名の小さな小さな精霊達がコレを造り上げたのなら、それは凄まじい労力に違いない。
「そう………凄いのね、〝ラッテンフェンガー〟のコミュニティは」
飛鳥に『凄い』と言われたのが余程嬉しかったのだろう。「にはは」とはにかんで笑う尖り帽子の精霊。
「軽く見た感じだと、この紅い巨人だけじゃなく、大空洞に集められた展示品がメインの扱いみたいね。貴女達のコミュニティがギフトゲームの勝者になるかもしれないわ」
はしゃぎながら「らってんふぇんがー!」と叫び続ける尖り帽子の精霊。
呆れながら優しく両手で拾い上げた飛鳥は精霊を肩に乗せ、他の展示品を見て回ろうと足を運ぶ。
ακ
ローズ達が事情を聞いている間に、レティシアは飛鳥の事を捜し回っていた。
「(飛鳥………何処に行った………?)」
夕暮れが過ぎ、夜の帳が下りる時間。
巨大なペンダントランプや数多の灯りに照らされた街の景観は、昼の装いとはまた別の煌びやかさを放って賑わいを見せている。しかし、夜の時間帯はいやが上にも魔性を高めてしまう。どんなに煌びやかな輝きで照らそうともだ。
尖塔群を空から見下ろすレティシアの表情には、焦燥の色が見え隠れし始めていた。
「(くそ、私の失態だ!幾ら飛鳥でも北寄りの土地でこの時間帯に一人は危険過ぎる!)」
それにもしも飛鳥に何かあったら、友を大切に思う
『我が友も守れぬ汝など、我の眷属ではない!』と激怒して私はお払い箱。つまり、〝
『貴様が
最悪、私がどんな目に遭っても、彼女は何もしてくれないかもしれない。
レティシアは顔色を真っ青にして身震いした。ネガティブ思考が半端無いが、恐らくローズは其処まで鬼ではないだろう。
だがこう思うのは、レティシアがローズの眷属であり続けたいという強い想いがあるからだ。
弱い私に無償で強大な〝恩恵〟を与えてくれたこと。特訓時、十六夜達よりも優先でやらせてくれたこと。
前者は〝眷属〟というのが欲しかったから。後者は眷属だから優遇した。彼女はそういう風にしか思ってないだろう。
だがそれでも、レティシアにとっては嬉しいし、感謝してもし切れない。だからせめて、私は主の眷属としてあり続けよう。そう決めたのだ。
北側の悪鬼羅刹には、夜に活動が活性化する者が数多く存在している。
境界壁付近の鬼種や悪魔に食人の気があるものは少ないものの、拉致して売り捌かれることは少なからずある。身分を証明出来ない〝ノーネーム〟は一層警戒が必要なのだ。翼を広げて大市場を飛び回り、飛鳥が散策しそうな場所を探る。
「(飛鳥が向かいそうな場所………そうだ、何か面白そうな展示物が公開されている場所は!?)」
その閃きを頼りに、レティシアは展示物が多く飾られている境界壁の麓まで足を延ばした。
ακ
―――異変はその直後に起きた。
「………きゃ……!?」
ヒュゥ、と大空洞に一陣の風が吹く。
その風は数多の灯火を一吹きで消し去ってしまう。飛鳥は堪らず小さな悲鳴を上げた。
他の客人達も同様に声を上げ、混乱が波紋のように浸透していく。
「どうした!?急に灯りが消えたぞ!」
「気を付けろ、悪鬼の類いかもしれない!」
「身近にある灯りを点けるんだ!」
灯火が消えた大空洞は闇に閉ざされ、内部の人間の叫び声だけが不気味に反響した。
飛鳥は咄嗟に傍に在った燭台を握り、備えられていたマッチで火を点ける。
大空洞の最奥に不気味な光が宿ったのは、その瞬間だった。
『ミツケタ………ヨウヤクミツケタ………!』
怨嗟と妄執を交えた怪異的な声が大空洞で反響する。飛鳥は危機を感じ取りながらも、声の位置から犯人の居場所を特定しようと必死に周囲を見渡す。
しかし声が反響して居場所は分からない。仕方無く、飛鳥は力を籠めて叫んだ。
「この卑怯者!
飛鳥の〝
代わりに五感を刺激する笛の音色と、怪異的な声が響き渡った。
『―――嗚呼、見ツケタ………!〝ラッテンフェンガー〟ノ名ヲ騙ル不埒者ッ!!』
その大一喝は大空洞を震撼させ、一瞬の静寂を呼ぶ。誰もが顔を見合わせる中―――ザワザワと洞穴の細部から何千何万匹という紅い瞳の、大量の群れが襲い掛かってきた。
「ね、ねず………ネズミだ!?一面全てが、ネズミの群れだ!!」
そう、大空洞の一面を埋め尽くす蠢く影。その見渡す限り全てがネズミだ。
地面を覆い尽くして波打つネズミの大行進。これには流石の飛鳥も背筋に悪寒が走った。
「で………出てきなさいとは言ったけど、幾らなんでも出過ぎでしょう!?」
「ひゃー」と悲鳴を上げる尖り帽子の精霊。
飛鳥達は何万匹というネズミの波に背を向け、一目散に逃げ出した。他の衆人も同様で、細い洞穴を所狭しと走る彼らは大パニックだった。
このままでは大惨事になる。そう悟った飛鳥は踵を返して、ネズミの波に立ち向かう。
「も、もういいわ!
飛鳥の大一喝。しかし飛鳥の〝威光〟が通じないのか、ネズミ達は止まらず突進。そして飛鳥目掛けて跳び掛かってきた。
飛鳥は咄嗟にワインレッドのギフトカードを取り出し、ガルド戦で得た〝白銀の十字剣〟を取り出し、
「こ、このっ………!」
剣を正眼に構え、薙ぎ払う。しかし破邪を秘めたこの
飛鳥は構わず進もうとするが、何万匹も集った小動物は大型獣より遥かに厄介。一晩で森を喰い尽くす魔性の群れに相違無い。
続いて天井から跳び掛かるネズミは、飛鳥の肩の上で震えている尖り帽子の精霊を襲う。
「ひゃ、」
「危ない!」
堪らず後ろへ跳び下がる飛鳥。〝威光〟が効かないのでは後退するしかない。だが出口は大混乱で出るに出られない状態。我先に逃げる衆人が悲鳴を上げて犇めき合う。
「どけえええッ!」
「きゃあ!」
「ど、どどうなってるっていうんだ!?」
「お、俺が先だ!邪魔すんじゃねえ!」
「押すな押すなどけ!」
「駄目だ、もうすぐ其処まで来てる!逃げられな」
「
「「「「分かりましたッッ!!!」」」」
飛鳥の怒りと焦りから出た大一喝。混乱は一瞬にして鎮まり、一斉に飛鳥へ敬礼。
一転して一糸乱れぬ動きで洞穴を爆走する衆人。実にシュールな絵である。
飛鳥は最後尾でネズミの大行進から逃れつつ、敵の実体を訝しんだ。
「(
ネズミ達は一心不乱に飛鳥を追い詰める。間も無く飛鳥の背中に襲い掛かる位置までやって来た。
闇雲に手と剣を振り回す飛鳥。しかしネズミは恐れることなく、飛鳥の頭上から降り掛かる。
ネズミ達の奇妙な襲い方に、飛鳥はハッと気が付く。
「(まさか………この子が狙われている………!?)」
肩にしがみつく、尖り帽子の精霊に視線を落とす。精霊は飛鳥にしがみついたまま泣きそうな顔で怯えていた。
「…………っ」
狙いがこの子ならば、肩から振り落とすだけで飛鳥は難を逃れることが出来るだろう。しかし、それは飛鳥の誇りが許さなかった。
飛鳥は脆弱な意思を振り払い、服の胸元を大胆に開いて精霊を中に押し込む。
「むぎゅ!?」
「服の中に入っていなさい。落ちては駄目よ!」
飛鳥は意を決し、ネズミで埋まった地面を全力で走り出す。
兎に角出口に向かうのが最優先。真紅のドレススカートはネズミから飛鳥を守るが、露出部分はそうもいかない。
ネズミ達の小さな歯で噛まれた飛鳥の手足は所々出血し始めている。
「(出口までもうそんなに距離は無いはず………!)」
必死に走る飛鳥に、追い縋るネズミ達。
しかし次の刹那、影が這い寄り、無尽の刃が迸る。
「―――鼠風情が、我が同胞に牙を突き立てるとは何事だ!?分際を痴れこの畜生共ッ!!」
奔った影は、宛ら刃を持つ竜巻。細い洞穴をミキサーのように駆け巡り、鋭利な刃を思わせる先端は、ネズミ達の悉くを肉の塵と化して呑み込んでいく。
瞬きの間もないこの一撃は、展示物の一切を破壊することなく敵を粉微塵にしたのだ。
飛鳥は風で舞い上がる髪を押さえて驚嘆の声を洩らす。
「か、影が………あの数を一瞬で………!?」
振り向いた飛鳥は、そこで二度驚く。
声でレティシアが駆け付けてくれたのだと思ったが、その姿の変わりように絶句した。
彼女の姿は普段の幼い容姿のメイドではなくなっていたのだ。
愛らしい少女の顔は、妖艶な香りを纏う女性へと激変し、美麗な金髪は愛用のリボンを解いて煌々とした輝きを放つ。
メイド服は深紅のレーザージャケットに変わり、拘束具を彷彿させる奇形のスカートを穿いている。普段の温厚な
レティシアは美麗な顔を怒りで歪ませ、吸血鬼の証である牙を獰猛に剥いて叫ぶ。
「術者は何処にいるッ!?姿を見せろッ!!このような従来の場で強襲した以上、相応の覚悟あってのものだろう!?ならば我らが御旗の威光、私の牙と爪で刻んでやる!コミュニティの名を晒し、姿を見せて口上を述べよ!!!」
激昂したレティシアの一喝が響くが、返事も気配もない。ネズミも影が奔ると同時に退散したのだ。
洞穴内を、閑散とした静寂が満たす。どうやら術者は逃げたらしい。
一方の飛鳥は息を呑み、言葉を失いながらも、激変した彼女の背に話し掛ける。
「貴女………レティシアなの?」
「ああ。それより飛鳥。何があったんだ?多少数がいたとはいえ、鼠如きに後れを取るとはらしくないぞ」
普段の口調で振り返るレティシア。飛鳥は改めて彼女の強さを知り、驚嘆の声を上げた。
「さ、流石はローズさんの眷属兼ね私達のメイドね。あの数のネズミを一瞬で蹴散らしてしまうなんて凄いわ!」
「ふふ、褒めても何も出ないぞ飛鳥。畜生を散らすくらいなら、我が主の眷属になる前の私でも問題ないからな」
そう言いつつも、飛鳥に褒められて嬉しそうな表情を見せるレティシア。
一方、飛鳥はふっと暗い表情で呟く。
「けど、私は………」
「あすかっ!」
キュポンッ!と飛鳥の胸元から尖り帽子の精霊が飛び出る。
半泣きになりながらも、飛鳥の首筋に抱き付いて歓喜の声を上げている。
「あすかっ!あすかぁっ………!!」
「ちょ、ちょっと」
泣きそうな、でも嬉しそうな声を上げて抱き付く精霊。レティシアはその様子に呆れながら見ていた。
「やれやれ。すっかり懐かれたな。日も暮れて危ないし、今日のところは連れて帰ろう」
「そ、そうね」
飛鳥は躊躇いながらも頷く。飛鳥達は朱色のランプを照らす街を進み、〝サウザンドアイズ〟の店舗に戻るのだった。