この弱すぎる竜王国に爆裂娘を!   作:れんぐす

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楽しくなって筆が進みました。ちょっとだけ長いよ。
後書きに今回の話のちょっとした補助説明もついてるよ。


地図に残る仕事

 昨日着ていたドレスも着心地はなかなか良かったが、やはりいつもの服装が一番しっくりくる。洗濯をしたばかりで少し生地がゴワゴワしているが、それもまた悪くない。

 マントを羽織って杖を握れば、出立の準備は完了。一人で着れば三分と掛からないものを、メイドがあれこれ手伝おうとするもので倍以上の時間が掛かっているのは仕方ない。つい先程頼んだにも関わらず、メイドの一人によって綺麗に縫い付けられた胸元の竜王家の紋章が中々カッコいいので、それでよしとする。

 めぐみんはまだまだ竜王国において顔を知られていない。昨晩のドラウディロンの演説によりその存在は殆どの国民の知るところとなったが、王宮まで来て顔を見た国民は一部だけ。服のどこかに王家の紋章を付けるのは必要だ。

 

 めぐみんは、アクセルの街まで共に歩んできた相棒の杖を手に取る。先端の赤い宝玉は、木っ端微塵に砕けた破片を無理矢理球体にした歪なものになってしまっていた。

 これを直さなければならない。

 

 めぐみんの魔力制御は基本的に一つだ。ありったけの魔力を一つの地点に集め、詰め込む。爆裂魔法はこれを応用して発動しているが、細かい制御はできない。もちろん繊細な魔力調整が必要な、魔道具の制作なんてできるはずがない。

 だが、今に限ってはそれが活用できる。

 

 メイドたちに昨日買った魔石のイグニスブレイズと天弓鉄を持ってきてもらうと、めぐみんは指先に魔力を集中させる。

 加工前の厚みがあるイグニスブレイズは黒魔溶鉄鋼の名の通り、高濃度の魔力に触れると溶岩のごとく液化する。そうして加工しやすくしてから、他の魔石の表面に塗装して耐久力を上げるために使われるのだ。

 本で読んだだけの知識だが、魔力を込めためぐみんが指先で触れた所は、まるで焼けた石が雪に触れた時のように溶けだした。このぶんなら大丈夫だろう。

 

 人の頭ほどの大きさがある天弓石を膝の上に置き、液体化したイグニスブレイズを薄くのばして塗っていく。やがてそれが結合し、真紅の煌めきを放つのを確認する。

 完全に塗り終えるとめぐみんは杖を手に取り、新しい宝玉に取り替えた。

 

 「……よし。完成です」

 

 最初から全く動じていなかったリーゼ以外のメイドは、その声を聞いて安心したように肩の力を抜く。

 リーゼは濡れた手ぬぐいをめぐみんの側に置いた。

 

 「お疲れ様でした、めぐみん様。汗をお拭きになられるのでしたら、お洋服をお預かり致します」

 

 「いえ、大丈夫です。汗はかいてませんし、もうそんなに時間も無いでしょう。そろそろ法国の人たちが来るころじゃあないですか?」

 

 「承知しました。では、表に馬車を回しておきます。法国の方がお見えになり次第すぐに出立できるよう整えておきますので、めぐみん様はここでお待ち下さい」

 

 言われて杖を机に立てかけようとすると、すかさずメイドが寄ってきて杖を恭しく預かった。

 しばらく暇な間は己の中の魔力を整える。イグニスブレイズを加工するのに使った魔力は少なくないが、魔力の回復速度を早めるスキルを習得したので、ビーストマンの国に着くまでには回復するだろう。

 

 五分も待たずに法国の面々の来訪が告げられた。

 馬車まで杖を運ぼうとするメイドを押しとどめ、杖を受け取る。

 

 (よろしくお願いしますね。生まれ変わった我が新たな杖!)

 

 馴染む手触りを確認しつつ、マントを翻して部屋を出る。幾人ものメイドを従えて階段を降りると、法国の三人が玄関でかしづいて出迎えた。

 貴族のような高貴さを纏った金髪の男──会談でファイブと名乗った人物が立ち上がり、挨拶をする。

 

 「殿下。改めまして、本日のご同行誠に感謝します。天候にも恵まれ、我々の力を発揮する場面を殿下にご覧いただく良い機会を得ました。殿下におかれましては、ピクニックにでも行くつもりでおられて下さい」

 

 「天候が良いのは私も嬉しいです。今日なんかは最高の爆裂びよりかも知れません。サンドイッチを詰めたかごくらい

用意するべきでした」

 

 「馬車に速度を上げる魔法を付与しますので、順調に行けばお昼前までには戻って来ることができますよ。……爆裂びより……とは?」

 

 「空は澄み渡り、地平線がくっきり見えるような素晴らしい天気のことですよ」

 

 「そうなのですか……。──殿下は旅帰りと聞きます。私のように見識の狭い者では知り得ない、数多の言葉をご存知なのですね。馬車の中で色々とお話を聞かせて頂けますか?」

 

 「ええ、構いませんよ」

 

 笑顔で返すめぐみんだが、この男の考えていることくらいわかる。馬車の中であれこれ話をする中でめぐみんに関する情報を聞き出し、爆裂魔法に関する情報やめぐみんの過去についての話を手に入れたいに違いない。

 そもそも、魂胆があまりにも透けている。話術が貧弱というよりも、隠す気がないのかもしれない。

 

 (話そうが話すまいがビーストマンの国に爆裂魔法を撃つ以上、強さとか射程とかの隠しても意味の無いことは話してしまっていいかも知れません。バレてはならないことは適当にはぐらかすか、嘘をつく必要がありますが──)

 

 きちんと整合性の取れた嘘がつけるだろうかと考えた時、後ろからリーゼがきつめの口調でファイブの誘いを咎めた。

 

 「お言葉ですがめぐみん様は私ども従者と共に、竜王家の馬車にお乗りいただきます。法国の方々は法国の馬車をご利用下さい。──客車の狭い中で男性と共に過ごされるというのは、王妹殿下の行動としては如何なものかと」

 

 「……おや、そうですか。それは残念ですが、確かにその通りですね。では私は大人しく身を引くとしましょう。殿下のお美しいかんばせを、もっと近くで拝見したかったのですが」

 

 「ご理解頂き感謝致します」

 

 冗談を言いつつも優雅な態度を崩さないファイブに対して、話は終わりだとばかりに突っ返すようなお辞儀をするリーゼ。

 当然めぐみんが異論を挟む余地もないので、とりあえず申し訳なさそうな表情をしておく。

 

 「では我々が先行致しますので、殿下の馬車はその後ろを進む形となります。途中で魔物に遭遇しても、危険ですので絶対に客車の外に出ないように強くお願い致します」

 

 「わかりました」

 

 「──その始原の魔法(ワイルドマジック)を打ち破り、害をなすことの出来る危険など一体どこを見渡せば存在するのかは、議論の余地があると思うがな」

 

 そう言ってスリー──魔法詠唱者(マジックキャスター)の老人は、フードの下の眼光をめぐみんに向ける。台詞はどこか冗談めかしていたが、その肩をイレブンことミザリカが小突いた。

 

 「おいさん、いやみはよくないにょ~」

 

 「嫌味ではない、ただの賞賛だ。……竜の血統とはいえ殿下のような年端も行かない少女があのような力を振るうなぞ思わなかったものでな」

 

 「褒めてもらえるのはありがたいですが、その言い方では私がまるで幼いちびっ子のようなのでやめてもらえますか。私はあと一年もすれば結婚できる年齢です」

 

 めぐみんが不機嫌そうに言うと、スリーはすぐさま頭を下げた。表情は見えないが、話し方からは偏屈な印象を受ける。

 

 「……いや、失礼。あまり高貴な方とお話する機会がありませぬもので、口のきき方がわかりませんでな。それに殿下はなんとはなしに、我のような者でも親しみやすく感じてしまいまして、つい口が滑る」

 

 スリーはめぐみんのローブ姿を見ている。昨日のドレスとは全く違いめぐみんの私物なので、王家の紋章を除けば冒険者にしか見えない。そういうことだろうとめぐみんは考える。

 

 「それなら、私のことは今後めぐみんと呼び捨てにしても構いませんよ。殿下とか様付けとか、なんかこそばゆいし、堅苦しいですし」

 

 本心だ。

 昨日の午後から続くメイドたちの過保護にも思える対応に、めぐみんの神経はだいぶすり減っている。何せ、どこへ行くにもついて来るのだ。一人になれる時間はトイレの個室とお風呂しかない。ベッドで消灯してからも気配を感じる。

 とにかく気を楽にしたい一心で、めぐみんは提案した。背後からリーゼの刺さるような視線を受けているが、この際それは無視だ。

 

 しかし、当然ながらスリーは首を横に振る。

 

 「お戯れを。殿下、これ以上我の口が滑る前に、出立致しませぬか」

 

 「……わかりました。──では、ピクニックに行くとしましょう」

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 ビーストマンにとって、食料とは即ち人間だ。食料が尽きかけているということは捕らえている人間が残り少ないということであるし、狩りに行くというのは人間の集落を襲いに行くことと同義だ。

 隣接している人間の国のことを、彼らは『食料庫』と呼んでいた。たまに出てくる白い服の魔法詠唱者(マジックキャスター)の軍隊と、ビーストマン三体と渡り合えるほどに強い剣士が率いる冒険者一組を除けば、この国の人間はとにかく弱い。食われるために生きているのかとも思えるほどに。

 亜人の足で往復数時間とかからない場所に位置していることは、狩りの頻度が高くなることを促進させた。

 少なくとも十日に一度、国境の砦を襲う。そうすれば砦の防備が完全になる前に再度襲うことが出来るし、新しい兵士(たべもの)が配備される丁度いいタイミングにもなる。そして適度に攫い、次に襲撃をする時まで待つ。これがビーストマンが得た、人間を食うための知恵だ。

 

 しかし、王が代替わりして以来それは変わった。先代の寝込みを襲って王位を奪ったこの新王は、周囲から認められないことを恐れて早期に方針の転換を打ち出した。

 それが、隣国の完全制圧だ。

 戦闘力のある人間を根こそぎ殺し、戦う力のない人間だけを残して強制的に交配させる。そうして子を残させてから親を食う。完全制圧にはこちら側の被害も多くなるだろうが、十日に一度の襲撃でも帰らぬ者はそれなりに出る。将来的な見方をすれば、今のうちに大きく出た方が良い。

 新王はこれを強く訴え、血気盛んなビーストマンの多くはこれに賛同した。そしてその中から選抜した二百名の先頭に新王が立って、隣国へと侵攻を開始した。それが昨日だ。

 

 新王とその軍勢は、夜が明けても未だ戻ってこない。最初は皆、制圧に時間がかかっているのだろうと考えていた。もしくは、つまみ食いでもして余計な時間を掛けているのだ、と。

 

 しかし刻一刻と時が経つにつれ、国の中でも年老いた数名のビーストマンは考えを変え始める。

 もしかすると人間たちに倒されたのではないか、と。

 時折現れる白い服の魔法詠唱者(マジックキャスター)たちは強い。奴らが出てきた時には、こちらは撤退を余儀なくされる。そういった魔法詠唱者(マジックキャスター)たちが総力で迎え撃ってきたら、戦の指揮に慣れていない新王は太刀打ちできなかったのではないか。そもそもが先代の寝込みを襲うような王だ。先代を倒した者が次代の王となるという決まりだからこそ皆従ったが、さして強くなかったに違いない。

 

 そんな考えを持つ者がすぐに増え始めると、新王の軍勢がどうなったのかを確認する必要が出てきた。

 そして斥候に選ばれたのが、グレンとバルトの二人だ。

 

 グレンは二十以上いる先代の息子の一人であったため、力こそ国の中で有数ではあるが新王の軍勢には入ることが出来なかった。

 バルトはグレンの幼なじみであるが、筋力は同年代の雌よりも弱い。その代わり魔力に秀でており、片手で数えるほどしかいないビーストマンの魔法詠唱者(マジックキャスター)の一人だ。若くして第三位階の《ファイヤーボール/火球》を扱うことが出来る凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)であるが、腕っ節の強さだけが重視されるビーストマンの中でははぐれ者扱いされていた。

 

 

 

 グレンは振るい慣れた棍を肩に担ぎ、少しずつ遠くなっていく国を丘の上から眺めた。

 遠目から見ると、実にお粗末な国だとグレンは思う。人間は雨に晒しているとたまに死ぬことがあるので、一応屋根を設けた小屋を作ってある。だが、建物と言えばそれだけだ。集会場を中心にして円形に広がったビーストマンの国は、実際のところ国と言えるほどのものではない。

 グレンは過去数回、父親が王だった頃に隣国の砦を襲ったことがある。人間の脆弱さを補うような堅牢な砦だったため、王が武技を使って扉を叩き破るまでは手も足も出なかった。その点では、グレンは人間のことを尊敬してもいた。

 自分に足りないものを補うようにして弱さを克服しようとする努力は、望ましいものだ。隣にいるバルトも、そうして魔法の力を開花させたのだから。

 

 グレンが国を眺めていることに気づいたバルトが、グレンに声をかける。

 

 「グレン。どうしたんだい?たった数時間離れるだけなんだから、感傷に浸る必要は無いと思うんだけど」

 

 「そんなつもりは無い。足を動かせ」

 

 「はいはいわかりました。……新婚さんはアツくて嫌だね。さっきも国を出る前に何してた?ちゅーでぎゅー、それだけじゃ終わらずに、しまいにゃパコパコしてたよね?」

 

 「遺せる時に遺すのは戦士の鉄則だ」

 

 「あーもうやだ。奥さんに向ける半分でもいいから僕にも愛をくれよ。友愛でいいからさ!おぶってくれ!」

 

 バルトの体力が自分の半分以下だということは、グレンも知っている。だがまだ国を出て一時間と経っていない。もう少し歩けるはずだと踏んで、グレンは歩速を速めた。

 

 「ちょっと速いよ!僕を置いていく気かい?」

 

 「なら俺が肩に担いでいくか?多少揺れて吐くかもしれないが、置いていかれるよりはマシだろう」

 

 「冗談はよしてくれ。君だって僕がいないと不安だろう?」

 

 「気持ち悪い言い方は止せ。俺はお前じゃなくお前の感知魔法を信じているだけだ」

 

 「《アラーム/警報》のことかい?あれはきちんと集中してないと使えないよ。君の肩の上なんかじゃ絶対に無理だね。冷静さを保てない」

 

 体力で平均より劣るバルトが斥候に選ばれた理由は、周囲の敵を感知する魔法を扱えることにある。万一白い服の魔法詠唱者(マジックキャスター)の軍勢と遭遇するようなことがあれば、接敵するよりも先に逃げて情報を国に持ち帰らなければならない。逃げることができなければ、《メッセージ/伝言》でもいいのだ。

 グレンは魔法について浅い知識しか持っていないが、炎を撃ち出し、敵を感知でき、遠くの仲間と意思疎通ができるこの友人のことはそれなりのつわものだと認めていた。例え国の誰もがバルトのことを軟弱者と罵ろうと、自分はこの友人の理解者たろうとした。

 そのおかげで自分に対して変に厚かましく恩着せがましい態度を取るようになったのは、多少ウザいと思っていたが。

 

 「……その口ぶりだと、今は発動してないのか?」

 

 「なんだい。そんな目で見るなよ。あれは気が張るんだ。もう少し人間の国に近づいてからでいいじゃないか」

 

 「黙れ。いいから使え。白い服の奴らが使う変な人形が飛んできてたらどうするんだ」

 

 「やめろ!殴らないでくれ!暴力反対!」

 

 グレンが殴るふりをすると、バルトはすぐに《アラーム/警報》を発動した。そして何かに気づくと、グレンを地面に引き倒して自分も伏せる。

 

 「どうした。何があった?」

 

 「……人間だよ。この丘の上のあたりに、敵の反応がある。数は八。それ以上は魔法では分からない」

 

 バルトは補助魔法を唱えて二人の体を風景に溶け込ませると、低い姿勢を保つように言った。

 

 「……俺は強い。人間ごとき、八匹くらいなら今までだって簡単に屠ってきたぞ。隠れる必要はない、正面から殴り殺せばいい」

 

 「新王率いる軍勢を乗り越えてきたらしい奴らが相手でもかい?言っておくが君が立ち上がって駆け出すとしても、僕は手助けしないよ」

 

 「やはりお前はただの腑抜けだったのか?同胞を斃したやも知れん人間を前にして隠れるだけとは」

 

 「相手の強さを見極めるまでじっと待つのも、戦いのうちだよ。バカ正直に真正面から殴りかかるのだけが戦いじゃない──静かに。敵が見えたよ」

 

 バルトが指をさした方向に、二台の馬車が現れた。両方とも、ビーストマンの視点からすると不必要に装飾に凝っていて非常に不快感を煽る。

 馬車は丘の一番上で止まると、中から金髪の男が一人降りてきた。男が何やら魔法を使うと、上空から有り得ない化け物が姿を現した。

 

 「……あ、あれは、ギガントバジリスク!?」

 

 ギガントバジリスクは非常に硬い皮膚で覆われた魔獣だ。さらに体液はビーストマンでさえ耐えることのできない猛毒であり、見つめられ続けると体の動きが鈍くなり、最終的には石化するという非常に厄介な力を持っている。毒のせいで可食部も少なく、魔法による石化や毒からの回復手段が乏しいビーストマンの間では、可能な限り交戦を避けるべき対象として認知されていた。

 絶句するバルトをよそに、グレンはギガントバジリスクを殺す手段を考え始める。しかし、それは徒労に終わった。

 金髪の男はギガントバジリスクをグレンたちの国に向けて放つと、馬車の御者と雑談を始めたのだ。

 小さくなっていくギガントバジリスクを見届けながら、グレンはバルトに《メッセージ/伝言》を使わなくていいのか発破をかける。

 

 「奴、魔獣を国に向けて放ったぞ!?早く連絡しなくていいのか!?」

 

 だが、バルトから返ってきたのは憔悴し切った答えだった。

 

 「……《メッセージ/伝言》が届かない」

 

 「何でだ!理由は!?」

 

 「大きな声を出すな!……僕だってわからない。けど、通じないんだよ!まるで何かに阻まれてるみたいな……」

 

 「……クソッ!ならあの金髪をブチ殺して──」

 

 「やめてくれ。ギガントバジリスクを呼び戻されたらどうするんだ!僕と君だけじゃ勝ち目はない!逃げる方がまだ幾分かマシだ!」

 

 「よりにもよって逃げる方がマシだと!?誇り高き先代の息子たるこの俺が、貧弱な人間如きにか!」

 

 憤りから立ち上がりかけたグレンの足を、バルトが掴んで止める。

 

 「国にはまだ多くの戦士がいるよ。連絡がつかなくても、きっとみんなが力を合わせてギガントバジリスクを倒してくれる。それからでも遅くないさ」

 

 

 だが、数分後にギガントバジリスクは五体満足で金髪の男の前に戻ってきた。その大きな口に、三体のビーストマンの死体を咥えて。

 いよいよ我慢がならなくなって飛び出そうとしたグレンだが、男が出てきたのとは違う馬車から、黒と赤の服に身を包んだ魔法詠唱者(マジックキャスター)が出てきたのを見て落ち着きを取り戻した。

 

 雌の、しかもガキだ。どう見ても弱い。肉は少なそうだが、柔らかいに違いない。

 しかも、開いた馬車の扉からは数匹の人間の雌が見える。

 

 (あの金髪の男と魔獣を無視してガキと女を襲えば、もしかしたら男に隙が生まれるかもしれねぇ)

 

 そんな考えがグレンの頭に過ぎった。

 

 少し様子を見て、行けそうな瞬間があれば迷わず行く。心配性な友人を横目で見つつ、振り払う準備もした。

 

 

 

 だが、その覚悟は一瞬のうちに砕け散ることになる。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 ビーストマンの国が一望できる丘に到着した馬車の中で、めぐみんは思わず息を飲んだ。

 ファイブが何か道具を使ったのか、それとも魔法か。ともかく、空から巨大なモンスターが降ってきたのだ。

 全長は十メートル近い。着地の衝撃でお尻が一瞬浮かんでしまったので、重量もかなりのものなのだろう。皮膚は太陽光を浴びてエメラルド色に光っていて、下手な鎧よりも遥かに頑丈に見える。

 

 「……めぐみん様、あれ倒せます?」

 

 恐る恐る尋ねてきたメイドには、「わっ、我が爆裂──始原の魔法(ワイルドマジック)で倒せないものなどこの世にあるだろうか?いやない!ないはず……です!」と答えておいたが、正直なところ怪しい。

 

 動きが鈍いのであれば無論倒せるのだが、かなりの速度で飛行してビーストマンの国へ強襲に行く後ろ姿を見て、ちょっとあれはマズいなと思ったりもした。

 

 『めぐみんでんか~。いまからぁ~、たんちまほぉとかぁ~、つぅしんまほぉ~をそがいするまほぉつかうからぁ、おきをつけぇ~』

 

 法国の馬車にいるミザリカから《メッセージ/伝言》が入り、めぐみんは了解の返事をする。移動中に突然頭の中でミザリカの声が聞こえ始めた時は突然のことに驚いて飛び跳ねたが、通信をする魔法だと説明されてなんとか平静を取り戻した。何事かと慌てふためくメイド二人と胡乱気な目を向けるリーゼに、何でもないと繰り返し言い聞かせることの方が大変だった。

 どうやらミザリカのように《メッセージ/伝言》を使える魔法詠唱者(マジックキャスター)から来たものに返事を返すことはめぐみんにもできるようだが、《メッセージ/伝言》を習得していないめぐみんからは送れないらしい。また、その際の魔力はほとんどが相手側の負担になることも判明した。

 

 今から使うという通信や探知を阻害する魔法や、《メッセージ/伝言》などは紅魔の里の書物でも読んだことがない。この国の周辺で独自に発達した魔法かも知れないと、めぐみんは考える。

 他にも、魔法の才能がほとんど無い人でも扱えるという『指先に小さな火を起こす魔法』『お皿を温める魔法』などを竜王国のメイドは仕事に使っていると聞く。冬場に暖炉の火を点けるのは、火打石を叩くよりも遥かに楽に違いない。帰ったらリーゼか誰かに教えてもらおうと、めぐみんは心に決めた。

 

 

 しばらくして、三体のビーストマンの死骸を咥えてエメラルド色のモンスターが戻ってきた。嘴からは乾いていない血が滴っていて、力なく垂れたビーストマンの四肢は投げ出すようにされたまま。

 予想外のスプラッタな絵面に思わず顔を背けるが、気を強く持って向き合う。

 モンスターはファイブの指示を受けて、ビーストマン三体を丸呑みにした後ビーストマンの国の方を向いた。

 

 ファイブがめぐみんの馬車の前で優雅に跪いたのを合図に、めぐみんは震える足をなんとか動かして丘に降りる。

 

 「お伝えしていなかったため、驚かれたかも知れませんが……アレが私の使役する魔獣の中でも最強のもの、その名をギガントバジリスクと言います。──視線には石化の効果が付いていますので、万が一にも視界に入られぬようにお願い致します。また体液は毒性が強いため、近づかれるのもおやめになられた方が良いかと」

 

 「わ、わかりました……。カッコいいのでちょびっとだけ触ってみたくはありましたが、やめておいた方が良さそうですね!」

 

 アクセルや紅魔の里に、魔物を自由自在に扱うような人間はいなかった。そのためあのモンスターがファイブの言うことを聞いている理由はめぐみんには分からない。

 だから、怖い。突然暴れだして自分を踏み潰してきたりはしないだろうかと恐れた。無論、そんなことを訊けばファイブの手腕を疑っているように聞こえるので口には出さない。むしろ、好奇心を前に出して蛮勇を垣間見せる。

 すると、ファイブは面白いことを聞いたとばかりに笑った。

 

 「ふふっ。殿下のような恐れ知らずの女性とは初めてお会いしました。ですが、いつまでも血まみれではお目汚しになりますね。──《清潔/クリーン》」

 

 ファイブが魔法でギガントバジリスクの血汚れを消す。するとへばりついていた赤黒さが跡形もなく消え、元の美しい鱗の色を取り戻した。

 

 そして、人間など即座に丸呑みできる脅威を背後に控えさせ──ファイブはにこやかに笑った。

 

 「ところで殿下。失礼ながら、殿下の始原の魔法(ワイルドマジック)について二、三お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 

 「いえ、それはできません。あまり多くを話さないようにと、ドラウさ──姉さんに言い含められていますから」

 

 「そうですか。それは残念です」

 

 めぐみんがにべも無く断っても、ファイブの表情は変わらない。だが手に不要な力が入ったのが確かに見えた。

 

 (なるほど、文字通り武力を背景にした交渉ですか。もしくは私自身を人質に取ったとも考えられますね)

 

 何ら問題は無い。めぐみんは今竜王国の人間であり、非常に友好的な関係である法国の公式な使者が自分に危害を加えれば、大問題になることは分かっている。臆することはない。

 それに、めぐみんには爆裂魔法を出し惜しみする気などさらさら無いのだから。

  

 「話すなとは言われました。ですが、撃つなとは言われていません。この場で披露しますから、じっくりと観察し記録を残して頂いても構いませんよ。もちろんただではありませんが」

 

 ドラウディロン女王はビーストマンの国へめぐみんが爆裂魔法を撃つことを望んでいる。法国の面子は爆裂魔法のことを知りたい。自分は兎にも角にも爆裂魔法を放ちたい。そして誰もが得をする。

 

 竜女王が危惧しているのは爆裂魔法の力が他国に渡ることであって、爆裂魔法の強さが他国に知れ渡ることではない、とめぐみんは考える。ビーストマンの国が消滅した後も、他国からの侵略に対する抑止力として爆裂魔法が機能するならむしろ歓迎するはずだ。

 

 「一考の余地はあります。ただではない、とはどのような要求されるおつもりで?」

 

 「ふふっ……よくぞ聞いてくれました!我が望みはしごく単純です。──我が力を存分に振るうことができる場を、定期的に提供してください!」

 

 ファイブの顔が微妙に翳る。どういう意味だろうかと思案しているのかも知れない。

 

 「我が始原の魔法(ワイルドマジック)──その名を爆裂魔法と言いますが、この力は一撃で万象を無に還します。その代わり、一日一回撃って魔力を空にしないと魔力がボンってなって死にます」

 

 至って真面目な顔で衝撃的な告白をしためぐみんに、ファイブは後ずさった。馬車の中で聞いていたメイド二人は蒼くなり、数日寝たきりだっためぐみんの側にいたリーゼはため息をつく。

  

 「……そういった魔法詠唱者(マジックキャスター)の話は聞いたことがないですね。始原の魔法(ワイルドマジック)を扱える殿下特有の体質なのでしょうか?」

 

 「強者というものは常に何かを代償として存在しているもの。我が膨大な魔力は魔に魅入られた者が得た対価であり、我が身を縛る鎖でもあるということなのです」

 

 めぐみんは杖を握りしめ、自分の中で燻る魔力を四方へ散らす。足下の草木が薙がれ、めぐみんを中心に風が円を描いた。

 

 「まぁつまりは、何も無い荒野にぶちかますよりもモンスターを倒すために撃つ方が気持ちがいいので、そういった所をたくさん紹介してくださいということです。爆裂魔法の強大な力が、今なら無報酬に近い条件で手に入るのです!我ながら実にお買い得だと思いますよ。ええ」

 

 「……私の一存では何とも。しかし、そのようなことでしたら本国は喜んで受け入れると思いますよ。──殿下の腕前次第ですが」

 

 「ともかくは我が爆裂魔法を見てからにしたいと。そういう事ですね?出し惜しみはしませんよ?」

 

 「ええ。よろしくお願いします」

 

 ファイブのその一言を待っていためぐみんは、仁王立ちして杖を両手剣の如く構える。一度深呼吸して心を落ち着かせた。

 

 

 ◆

 

 

 「────我が名はめぐみん!当代随一のアークウィザードにして、竜と紅魔の血を継ぐ爆裂魔法の使い手!」

 

 杖の宝玉がめぐみんから流れ込む魔力を吸収し、紅い煌めきを増していく。

 突然周囲の景色が揺らいだかと思うと、漏れ出た魔力によって生まれた極彩色の銀河が、めぐみんを中心にして一つの宇宙を作りだした。

 吹き荒ぶ風が強くなり馬車が揺れた。

 

 

 「────不朽の英智、紅蓮の王嬢。摩天の螺旋は暗黒の領域に至れり!」

 

 

 紺碧色の空から闇が降りてきて、遠く地平線の果てまで全てを覆い尽くす。

 ファイブのギガントバジリスクは、逃げるように飛び去っていった。

 

 法国の馬車からミザリカがフワリと飛び出し、続いてスリーも降り立つ。

 

 

 「────緋天より墜ちし災厄の彗星、灰燼の空漠を作りて現出せよ!」

 

 

 獄炎を具現化した魔法陣が杖の先に展開され、続いて足元に広がる。魔力の風でローブがはためき、飛びそうになる帽子を手で抑える。

 

 目標、ビーストマンの国。

 距離、約五キロメートル。

 

 

 スキルレベルが上がったことで、めぐみんの体内に溜めておける魔力上限は高まった。そして今込めている魔力は、昨日ビーストマンの軍勢に撃った力の二倍を優に超える。アクセルにいた時の威力と比べることにはもはや意味がないほどだ。

 ──爆薬を使った爆弾では、爆薬量を倍にしたからと言って破壊力が単純に倍化することはない。だが爆裂魔法は違う。力学を完全に無視した暴力が、注ぎ込んだ魔力のぶんだけ猛威を振るうのだ。

 それは使い手にも副作用として表れる。

 

 

 瞬間、両足が地面にずぶりと沈み込む感覚があった。

 驚いて視線を向けると、魔力が集まりすぎたせいで地面が融けて泥のようになり、足がかかとの上のあたりまで沈んでいる。

 ──これ以上はどうやらまずいと直感的にわかった。

 

 (……深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いている──とは、よく言ったものですね。爆裂道を極めるのは簡単ではないということですか)

 

 緊張と恐怖で乾いた唇を、舌先で湿らせる。

 魔力の圧迫感で足が震える。

 過ぎた力に押し潰されそうで恐ろしい。

 

 ──でも。

 (だからこそ、私は爆裂魔法に惹かれるのです!)

 

 法国の魔法詠唱者(マジックキャスター)二人が何か防御系の魔法を発動するのを聞き、めぐみんは魔力を詰め込むのを切り上げる。保有魔力の八割を捧げた爆裂魔法が、放たれる時を待って大地を震わせる。

 

 そして余った二割の魔力を背中から噴射し、めぐみんは叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 「────始原の魔法(ワイルドマジック)・〖エクスプロォォォォォォージョンッッッ!!!〗」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 目の前で太陽が飛翔した。

 ビーストマンであるグレンの語彙ではそう形容するしかない状況だった。

 

 光より遅れて轟音が鼓膜を貫き、途端に天地の感覚が無くなる。三半規管が直接揺さぶられ、腹這いになっているはずなのに空から落ちているかのような浮遊感が全身を包んだ。

 

 意識を手放しかけたその時、襲ってきた衝撃波がグレンの体を吹き飛ばす。今度こそ本当に空中を舞い、数メートル飛んだ所に落とされた。

 

 喉の水分は枯れ果て、もはや悲鳴も出ない。戦士としての意地でなんとか目を開くと、少し離れたところに友人の姿があった。

 吹き飛ばされた時に打ちどころが悪かったのか、顔中の穴から血を噴き出している。目に光はなく、明らかに死んでいた。

 

 (クソッ!居場所がバレて攻撃を受けたのか……?何が何だか分かりゃしねぇ……)

 

 痛む首を持ち上げて辺りを見渡すと、先ほどの人間の一団は全員馬車から降り、グレンたちが来た国の方を見ているようだった。雌の一人は赤と黒の魔法詠唱者(マジックキャスター)を背負っている。こちらに気づいたような素振りは一切無い。

 

 そこであることに気づき、グレンは血の気が引いた。

 人間のいる馬車の周辺以外、嵐が通り過ぎたあとのような惨状が広がっているのだ。

 これが俺たちビーストマンが散々軽視してきた、魔法というものの力なのか。答えを返してくれるはずの友人はピクリとも動かない。

 

 (俺たちが隠れてる気配に気づいて、場所をあぶり出すために周辺を一掃する魔法を使ったのか……?)

 

 白い服の魔法詠唱者(マジックキャスター)が使ってくる光の矢を放つ魔法や、天使を使う魔法くらいは見たことがあるからわかる。だが、こんな異常な魔法を見たことは無かった。

 

 

 やがて人間たちが馬車に乗って去っていくとグレンは体に鞭を打って足を引き摺り、バルトのもとまで寄る。

 元々ビーストマンの中では虚弱だと言われていたバルトは、叩きつけられた時に肺が潰れて死んでいた。グレンより体が軽いぶん、高いところまで飛ばされたのかもしれない。

 

 (……魔法なんぞ、やはりクソだ!そのせいでコイツは体が弱かったに違いない。だから俺は生き延びて、コイツは死んだんだ!きっとそうに違いない。それに、さっきの衝撃もおそらく魔法だ。魔法以外に無い!──バルトは魔法に殺されたんだ!)

 

 まだ温かみを帯びているバルトの死体の足を掴む。国に戻って埋めてやらないとならない。それに、自分自身もこの状態で隣国まで歩いていくことは出来ない。

 なぜあの人間たちはギガントバジリスクまで持ち出したのに、グレンたちの国を前にして引き返していったのか分からない。だが、幸運だったと考えるべきだとグレンは思う。

 これ以上国から遠い場所で今の負傷を負っていれば、戻ることも行くこともできず困っただろう。だが、ここはまだ国に戻れる距離にある丘の上だ。

 

 立ち上がれば国が見える。

 戻ってバルトを弔い、体力を回復させる。妻の顔も見て元気を出す。

 

 

 そう信じ、ゆっくりと二本の足で立ち上がったグレンは故郷を見る。

 

 ──まるで嘲笑うかのように大口を開けている赤黒いクレーターだけが、そこにあった。

 

 

 地図上からビーストマンの国が消えたその日、一匹の復讐鬼が生まれた。




・残った二割の魔力はバックファイアに使われました。携行ロケランとかについてる、反動を殺すためのやつです。詳しくは次回か次々回に書きます。

・地面が融け出したのは魔力を一点集中で出力しようとしたからです。独自設定なので、このすばにもオバロにもこんな描写はありませんが、核のメルトダウンみたいなのを想像してください。爆裂魔法が無限に強くなりすぎてはストーリー上面白くないので、めぐみんにはこの後少しばかり苦労してもらいます。

・ナザリック陣営の動向は、現在シャルティアが漆黒聖典本陣と遭遇した位です。クレマンとカジットがもうすぐ死にます。
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