というより、東方の知識よりMTGの知識が重要かもしれません。
東方らしさが欠片もないんじゃないだろうか……。
多次元宇宙。無数の次元が存在するその空間は、未だ果てが見えない。そこには想像出来る限りのありとあらゆる幻想的な次元が存在しており、それらはそれぞれの名称で呼ばれている。ローウィン、ラヴニカ、ファイレクシア、あるいはお菓子とウサギさんたちのふわふわもこもこ次元などでさえも存在する。
そう――幻想的な次元なのだ。そこには例外など存在しない。
であるから、『ある一人の妖怪の賢者がおり、そこの異変をとある神社の巫女が解決する』などといった次元も当然存在する。そこにはある一定のルールが設けられ、そこに住む者はそれを乱さず――あるいは乱す者を容赦なく排除し――長い間秩序を保ってきた。それはきっとこれからも変わらず、この次元が滅びるその時まで続くだろう。
――この次元の支配者たる英知の竜が気紛れを起こさぬ限り。
その竜は、ほんの気紛れでその次元に目を付けた。彼にとってそれはただの暇潰しであり、そこがどうなろうとも知ったことではなかった。そこは様々なクリーチャーが入り混じった場所であり、人に恐れられることで存在しうるという制約の課せられた脆弱な存在が大多数を占めていた。
竜はその脆弱な存在を見て、ふと思い付いた。人間がいなければ存在出来ないこれらの枷を外せば果たしてどうなるか。元々その人外は人を食らうものが多数なのだから、枷を外せば人を滅ぼしてしまうだろう。そして人がいなくなれば、次は人外同士で食らい合い、滅ぼし合うだろう。予想出来る答えであったが、所詮彼にとっては暇潰しだ。滅ぶならばその時ついでに自分の糧にでもしよう、その程度であった。
だが、彼の予想を裏切り、人外は枷を外されても人を滅ぼそうとはしなかった。むしろ、対等であることを望み、人と人外はその境界を同じにしていったのだ。これは彼にとって少しだけ興味を湧かせる事案であった。本腰を入れて『暇潰し』が出来る。そう思わせるものであった。
彼は人外を――この次元では妖怪と総称される者の中でも一際強い力を持った存在に声を掛けた。彼女は彼の姿を目の当たりにした時に体が竦みあがり無抵抗に屈服しそうになったが、それでも尚気丈な態度で彼に接した。それが彼にとって益々興味を抱かせる結果となった。矮小な存在である彼女の名前を彼は問うた。同時に、自身の呼称も彼女に伝えた。
龍師範、と以前に使ったそれを伝えると、彼女は笑みを浮かべ、自分の名を彼に伝えた。
八雲紫、それがその勇敢であり矮小なる妖怪の賢者の名前であった。彼は彼女に自身の配下になるように伝え、同時にこの次元の繁栄を約束した。断りはしない、と強大で尊大な彼は思っていた。
いいえ、と彼女が首を横に振ったことに彼は少しだけ驚いた。目の前の存在は少なくとも馬鹿ではない。ならば、ここで断ることが何を意味するかを分かっているはずだ。この次元が次の瞬間、死霊と死体が闊歩する死の空間に変わっていても不思議ではない。
彼は理由を問うてみた。彼女は恐怖を見せることなく、自分の世界は自分で作るものですと答えた。その顔は笑みを浮かべていた。だが、膝が笑っているのを彼は見逃さなかった。
成程、と彼は頷く。虚勢を張るのは立派だが、どこまで続くであろうか。そう言いながら空間の魔力の密度を高めていった。力無き者は一瞬で消し飛ぶほどのそれは、彼女が逃げ出し、あるいは屈服するのに充分なほどで。
それでも彼女は引かず、そして真っ直ぐに彼を見詰め続けた。同時に、彼女の中にあるある種の『灯』が点るのを彼は見逃さなかった。面白い、と彼は高めた魔力を消し去り、言うからには失望させるなと笑みを浮かべた。
彼女はその言葉に頷き、決してそのようなことはさせませんと笑みを浮かべた。
こうしてこの次元の最も強き存在は龍となり、この次元を見守る存在は妖怪のプレインズウォーカーとなった。彼と彼女は対等ではないものの、互いに酒を酌み交わす程度には親しくなった。それでもまだ、彼は多次元宇宙を統べる力を欲する邪悪なエルダー・ドラゴンであり、彼女はほんの気紛れで消されてしまうような矮小な存在であった。
そんな奇妙な関係を続けていた二人は、ある日酒の席でこんな提案を行う。
この次元独特の決闘の形を作りたい。最初に述べたのは彼女であった。彼はそれを聞いて、我に考えろと言うのかと彼女を睨んだ。彼女はほんの少しだけ竦み上がったが、いいえ、と首を横に振った。草案は出来ていますので、可か不可かを述べていただければ。そう言って彼女が差し出した紙を見た彼は、少し感心したように声を挙げた。
呪文をカードにすることで、力無き者も力ある者と同等の勝負が出来るように編み出されたそれは、まさしく『決闘ごっこ』であった。魔術師が命を掛けて行うそれを、条件さえ合えば誰でも行えるように。そんな彼女の提案に、彼は面白いと口角を上げた。実に楽しい遊びではないか。そういうと彼は残っていた酒を飲み干した。
これが貴様のこの次元の均衡を保つ手段か。そう問うた彼に、彼女はええ、と頷いた。常に死と隣り合わせではならない、だが争いと無縁ではいけない。その矛盾を叶える手段として、彼女はこれを編み出したのだ。
彼は笑う。やってみるがいいと。それで均衡が保てるのならばそれでよし、出来なければこちらで好きなように弄ぶだけだ。酒の追加を要求しながら、彼女に向かってそう告げた。
彼女は笑う。望むところだと。これで均衡を保ってみせる、出来ないのならば出来るように変えてみせる。酒を杯に注ぎながら、彼に向かってそう告げた。
何せ、ここは幻想の住まう次元。妖怪の賢者が治め、偉大なるドラゴンが見守る空間。
幻想郷なのだから、と。
ある神社で二人の人物が向かい合う。そして、それを見守る一人の少女。対峙している二人は、片方はいかにも魔法使い然としている姿、もう片方は落ち着いた青を基調としたドレスに身を包んだ人形師を思わせる姿をしていた。
魔法使いの少女は笑う。今日こそお前に勝ってやるぜ、と。
人形師の少女は笑う。出来るものならやってみなさい、と。
紅白の巫女服を着た見守る少女は、そんな二人の顔を交互に見て、始め、という合図を出した。
「先手必勝!」
そう言いながら魔法使いの少女は一枚のカードを取り出す。同時に、彼女の周りにマナが集まり形を成した。生まれているマナは『黒』、死や恐怖を連想させる色である。その黒マナがカードに集まり、そして彼女はそのカードを媒体に呪文を構成する。
「『魂の消耗』!」
宣言と共に彼女から放たれた黒い腕が人形師の少女へと伸び、そしてその体を切り裂く。彼女はその痛みに顔を歪め、そこから溢れた何かを魔法使いの少女が吸収していった。
どうだ、と胸を張る魔法使いの少女に向かい、人形師の少女はあのね魔理沙、と溜息を吐いた。
「そんな少ないマナでそんな呪文を撃ってどうするのよ。こんなのかすり傷よ」
「へへん、負け惜しみかアリス。ダメージを負ってる以上、無駄なんかじゃないだろ?」
「……そう、なら」
アリス、と呼ばれた人形師の少女も同じようにカードを取り出す。マナを生み出し、そしてそのカードにそれを溜め込むと、来なさい、とカードを宙に放り投げた。
カードは三枚。そのどれもが、同じ形の魔法人形――カカシを生み出していた。それらは緩慢な動きで魔理沙へと迫る。
「ほらね、同じマナの量でもここまで差が出るのよ。もう少し効率よく運用しなさい」
「はっ! たかがカカシだろ? その程度、この魔理沙様にとっちゃ屁でもないぜ!」
「そう。じゃあ、行きなさい、『屑山の人形』達」
合図と共にカカシの動きが変わり、魔理沙に向かって一気に駆け出す。各々に持った得物で彼女を攻撃しようと腕を振り上げるが、バックステップでそれを躱した。危ない危ない、と言いながら魔理沙はカードを取り出す。
「そっちが軽さで攻めるなら、こっちも軽さで攻める!」
マナの込められたカードを眼前に展開すると、周囲の空間がぐにゃりと歪み、カカシがボロボロと崩れ落ちた。魔理沙自身とアリスには何の影響も無いところを見ると、喚び出したものにのみ効果を発揮する呪文だったのだろう。
「『吐き気』? また地味なスペルカードを使うのね」
「前振りだよ、前振り」
そう言いながらもう一枚カードを取り出す。ちらりと見えたその絵柄を見たアリスは眉を潜め、一瞬遅れて一枚のカードを取り出した。彼女がそのカードにマナを込める前に、魔理沙が発動準備を終えたカードを掲げる。
「出て来い! 『反逆の悪――」
「『対抗呪文』」
が、光り輝いたそのカードは後出しのアリスのカードによって掻き消された。ぽかんと口を開いたままの魔理沙に向かって、彼女はやれやれと肩を竦める。考え無しでそんなものを使うからよ、と溜息混じりに続けた。
「ずるいぞ! カウンターのスペルカードとか!」
「毎回言ってるわねそれ。諦めなさい、私はこういうスペル使いなんだから」
ブーブーと文句を言う魔理沙に向かい、アリスはこちらも勝負を決めさせてもらうわとカードを取り出した。今までに無いマナをつぎ込んだそれを、目の前に放り投げ、そして唱える。さあ、踏み潰しなさい、と。
「え? ちょ」
その巨大な存在を見た魔理沙は思わず後ずさる。幾度と無く戦っているのだから見飽きているはずなのだが、しかしその威圧感に慣れることは無い。恐ろしさと美しさも兼ね備えているそれは、所謂ゴーレムと呼ばれているアーティファクト・クリーチャー。
ガラスで出来たそれが、彼女に向かって拳を振り上げる。慌ててカードを漁るが、それよりも早くゴーレムの攻撃が魔理沙を襲った。盛大に吹き飛び、地面を数度バウンドした彼女は、しかし倒れることなく素早く受身を取ると溜め込んでいたマナをカードに込めて吐き出した。
「ぶっ壊れろ! 『恐怖』!」
カードが光り輝く、しかし起きたのはそれだけであった。あれ、と魔理沙がカードを覗き込んでいるその隙に、ガラスのゴーレムは二撃目を繰り出す。再びバウンドした彼女は、今度こそ動かなくなった。
はぁ、と大きく溜息を吐いたアリスは、あのね魔理沙、と倒れている彼女に向かって言葉を紡ぐ。
「アーティファクト・クリーチャーに『恐怖』は効かないの。呪文の説明、何度もしたでしょ?」
「忘れてたんだよ!」
がばりと跳ね起きると、不満を露にした顔で彼女は叫んだ。派手に吹き飛ばされていた割にダメージはそれほどでもないらしく、すぐさま起き上がって文句を言う程度には元気であるようだ。
そんな二人の様子を見ていた巫女服の少女は、汚れた魔理沙を見てケラケラと笑う。その笑いが気に障ったのか、何笑ってんだよ霊夢、と彼女は少女に食って掛かった。
「鼻に泥がついてるわ」
「……成程、そりゃみっともない」
言いながら袖で泥を拭った。そして再び食って掛かる。納得したが、お前の笑いが気に食わない、と。完全なる言いがかりであるが、しかし霊夢自身はそうかもしれないわね、などと肯定してしまった。
「だってわざとそういう風に笑ったもの」
「ムカつく!」
持っていた箒を彼女の眼前に突きつけた。勝負だ、と真っ直ぐに霊夢を睨んだ魔理沙を、蚊帳の外におかれたアリスは呆れた顔で眺める。また始まった、そんなことを呟きながら、巻き添えを食わないように二人から距離を離した。
「いいの? 二連敗とかしたら落ち込まない?」
「嘗めんなっての! 大体お前も私と似たり寄ったりだろうが!」
「あら、私はアンタと違ってあんな単純なポカしないもの」
言いながら二人は距離を取る。お互い同時にカードを取り出すと、お互い同時にマナを込めた。
そして、お互い同時に呪文を発動させる。
「『稲妻』!」
「『吸魂』!」
霊夢から雷光が走り、魔理沙から黒いオーラが飛ぶ。お互いにぶつかり合ったそれは、双方にダメージを与え、しかしその表情は対照的であった。霊夢は苦い顔をし、魔理沙はどこか勝ち誇った表情を浮かべている。
「あれ? どうした霊夢。お前の方がダメージ食らってんじゃないのか?」
「……腹立つわね」
「負け犬の遠吠えだろ? ははっ、言ってろ言ってろ」
腰に手を当て高笑いを上げる魔理沙に向かい、霊夢は問答無用で呪文を放った。彼女から生み出された炎の槍は、油断していた魔理沙のどてっ腹にぶち当たり後方へと吹き飛ばす。ゴロゴロと転がった魔理沙は、そのままうつ伏せに倒れ動かなくなった。
「……霊夢」
「何よアリス、文句あんの?」
「まあ、油断していた魔理沙が悪いといえば悪いけれど」
あれはやり過ぎじゃないのか。そう言いながら動かない魔理沙を指差した。その問いに霊夢は鼻を鳴らすと、あの程度で倒れるような柔な奴じゃないのだから問題ない、とむしろ追撃のカードを取り出す。
やれやれ、と肩を竦めたアリスは霊夢からゆっくりと離れ、被害の及ばない場所に再び避難。完全に傍観者の立ち位置を貫くらしい。
「さ、丸焦げにしてあげるわ魔理沙。『ボール・ライトニング』!」
雷光球が霊夢の目の前に現れる。強大な熱量をもったそれは、彼女の命令に従って倒れて動かない魔理沙へと飛来した。バチバチと音を立てながら、彼女の宣言通り丸焦げにせんとその身を叩き付ける。
その直前、魔理沙の周囲を霧が覆った。辺りが見えないほど濃密なそれは、目前まで来ていた雷光球が対象を見失ってしまうほどで。当ても無く彷徨っていたそれは、霧の晴れる頃には霧散してしまっていた。
ゆっくりと魔理沙が立ち上がる。その手に持っていたのは一枚のカード。使用し終わったそれを自慢げに掲げながら、彼女はニヤリと笑った。
「残念だったな霊夢。私を黒焦げに出来なくて」
「……ええ、そうね。アンタみたいな狡すっからい奴を相手にするんだもの、そのくらい予想してしかるべきだったわ」
「言ってろ!」
再びお互いにカードを取り出す。どうやら二人の戦いはまだまだ続いていくようであった。
一体誰がその名称を決めたのか、それを知る者は少ない。スペルカードルールと呼ばれるそれは、この次元に存在する豊富なマナを使った様々な呪文を、カードを媒介にすることで分かりやすく殺傷能力を抑えた『決闘ごっこ』だ。このカードを使った戦いはこの幻想郷での揉め事を解決するのに一役買っており、これによりこの次元の種族が均衡を保っているといっても過言ではない。ある日からバランスを急激に崩されたこの次元は、ほんの少しの歪みで崩れかねない危うさを秘めている。その砂上の楼閣を固める役目を果たしているのが『決闘ごっこ』であり、スペルカードであった。
そして、この決闘方法を用いた揉め事の解決者として選定されているのが、人里から離れた場所にある寂れた神社の主であり、博麗の巫女と称される者だ。この次元を支配し見守っていると言われる龍に選定されたその人物は、数多の妖怪を打ち破りその心を掌握したという。
現在の巫女は未だ見習いであり未熟とされているが、それでも既に幾多の妖怪から信頼を受けているとされている。素質は充分であるという証左になるであろう。
そんな未熟で偉大な巫女は、友人である魔法使いの少女との決闘で相打ちとなり地面に倒れ伏していた。まだまだね、という人形師の少女の声が二人の頭上から浴びせられる。
「そういうならもう少し呪文の使い方教えてくれよ」
ごろり、と仰向けになった魔理沙がアリスにそう述べると、彼女は少し困ったように頬を掻いた。そうは言われても、と二人の横に腰を下ろす。
「私が扱えるのは『緑』と『青』だけど、どちらかというと青寄りよ。二人の得意なマナとは違うのよね」
「緑なら私も魔理沙も使えるんだから、そっちを教えてくれればいいじゃない」
同じように仰向けになった霊夢も魔理沙に加勢するようにそう述べた。そうなのだけれど、とアリスは彼女達に向かって苦笑すると、二枚のカードを取り出す。
一枚を展開、先程も使った『屑山の人形』を喚び出すと、もう一枚のカードにマナを込めた。その瞬間、二人と同程度であった『屑山の人形』が神社の屋根よりも大きくなる。
おお、とそのカカシを見上げる二人に向かい、アリスは溜息を一つ吐いた。
「はい、感想は?」
「でかい」
「大きいわね」
「そのまんまね。そうじゃなくて、マナの構成とか、効果とかを聞いてるの」
巨大なカカシは暫くすると元の大きさに戻っていった。通常の大きさに戻ったカカシを送還すると、彼女はもう一度溜息を一つ。
こいつらは本当に学ぶ気があるのだろうか。そんなことを思いながら首を傾げる二人を眺めた。どうやらアリスの問いに答えを出すことを諦めたらしく、早速試すかと立ち上がって二人してカードを取り出している。
「『火花の精霊』!」
「『薄暗狩り』!」
霊夢は先程出したものより小さめの雷光球を、魔理沙は翼を持った蝙蝠を喚び出す。それに向かい、もう一枚カードを取り出した二人は、揃って同じマナをつぎ込んだ。
「『剛力化』!」
「『超巨大化』!」
唱える呪文は別。だが、現れた効果は同一であった。雷光球も、蝙蝠も、その身を見上げなければならないほどに大きく変化させたその結果を見て、二人は満足そうに笑みを浮かべる。どうだ、と勝ち誇ったようにアリスを見た。
「……試してみましょうか」
言いながら先程と同じスペルをアリスは唱える。二体の『屑山の人形』がもう一枚で巨大になるのを見た二人は、自信満々にお互いの使い魔を激突させた。
雷光球は一体のカカシとぶつかり、そしてあっさりと霧散する。蝙蝠はもう一体に殴り飛ばされ虚空に消えた。
「あ、あれ?」
「おかしいわね」
望む結果にならなかった二人は揃って首を傾げる。だが、アリスの方は当たり前だと肩を竦めた。つぎ込んだマナの量を見ていなかったのか。そういって二人をジト目で見る。
「見てたぜ。無駄にマナをつぎ込んで巨大化させてた」
「私達ならその半分の量で巨大化させられる、って思ったわ」
自慢げにそう答える二人を見て、駄目だこれは、と頭を抱えた。魔理沙はともかく、この調子で霊夢は本当に博麗の巫女としてやっていけるのだろうか。そんなことまで頭をもたげた。
「龍師範が選んだのだから、確実なのでしょうけど」
そう呟くが、しかし彼女は腑に落ちない。そもそも、本当に龍がここに存在しているのか、という疑問もあるのだ。伝承に語られているものの、その姿を見た者は皆無といっていい。妖怪の賢者は龍と会話を交わすそうだが、果たしてどこまで本当やら。そんな思いが彼女の頭をぐるぐると回り、馬鹿馬鹿しいと振って散らした。
選ばれていようがなかろうが、巫女であろうがあるまいが、アリスにとって霊夢は魔理沙と並んで手の掛かる生徒の一人だ。それは変わることの無い事実で、それ以外の要素などおまけに過ぎない。
どうも余計なことを考えるのは自分の悪い癖だ、と自嘲した彼女は、さっきの呪文について説明しようと二人に視線を向け。
「……あら?」
その先、神社の鳥居に人影があるのに気付いた。
思わず漏らしたその呟きに、霊夢と魔理沙も彼女の向いている方向へと視線を動かす。そして、同様に声を挙げた。
こんな場所にお客とは珍しい。三人が三人とも抱いた感想はそれであった。人里から離れている場所にあるこの博麗神社は、何か異変か揉め事でもない限りほとんど人が訪れない。先代の時代はその限りでは無かったらしいが、少なくとも霊夢が今代の博麗の巫女になってからそうであったのだ。
だから、三人はその珍しい客人を思わずジロジロと眺めてしまう。こんな辺鄙な場所にきた変わり者を見てしまう。
薄い銀色の髪色をしたその人物は、同じく薄い桃色のドレスに身を包み、そして同じ色の帽子を被っていた。身長は小さく、その纏う雰囲気が無ければ幼い子供であると思ってしまいそうな、そんな程度。
だが、それより何より特徴的であったのは、その背中に見えるものだ。
黒い翼。蝙蝠のようなそれが、彼女の背中にしっかりと生えていた。
「吸血鬼? 見たこと無い顔ね」
「アリスがか? じゃあ、私が知らなくてもしょうがないな」
自慢することじゃないわよ、とアリスが返したが、魔理沙は気にしない気にしないと何処吹く風だ。
対する霊夢は、ここの神社の主であることも相まって、軽口を叩かずに客人を見詰めていた。もし敵対するような相手であれば、その時は。いつでもカードを取り出せるように左手は腰に添えていた。
「ここが、博麗神社で良かったかしら?」
そんな彼女の心配は杞憂だったのか、その吸血鬼は三人の前まで歩いてくるとそう訊ねた。そうだ、と肯定の意を表すと、それは良かったと笑みを浮かべる。
「実は少し頼みたいことがあってね。こうしてやってきたわけなのだけれど」
博麗の巫女が三人いるというのは初耳だ。そう言って彼女は全員にそれぞれ視線を移した。その言葉を聞いて苦笑いを浮かべたのは魔理沙とアリス、そして眉を吊り上げたのは霊夢だ。
博麗の巫女は私一人、こいつらはオマケ。そう言われながら詰め寄られた吸血鬼は、それは済まなかったと謝罪の言葉を述べた。その態度に毒を抜かれたのか、霊夢も分かればいいのよと数歩下がる。
「それで、頼みたいことってのは?」
「ええ。ある館の調査をして欲しいの。荒事はここが専門家なのでしょう?」
調査、と言ったすぐに荒事と繋げる。つまり彼女が調べて欲しい館というのは『そういう場所』なのだということになる。それが分かったのか、霊夢はその表情を真剣なものに変えた。隣では、魔理沙とアリスも笑みを潜めている。
もう少し話を詳しく聞かせて頂戴。そう霊夢は言った。吸血鬼は快く頷き、まずその場所なのだけれど、と視線を向こう側に向ける。
「あの湖の近くに館があるでしょう?」
「あ、ホントだ。全然気付かなかったぜ」
「そうね。多分最近ここに来た新参の住処じゃないかしら」
博麗神社からは幻想郷が良く見える。元々そう広い次元ではないここは、それこそ数日あれば世界中を見て回れるほどでしかない。巫女一人で揉め事を解決出来るのはそういう部分もあった。
そんな狭い場所であるが、意外にも別の次元から来訪してくる者は多かった。何か噂を聞き付けるのか、それとも簡単に支配出来ると思っているのか。そのどちらも叶ったという話は聞かないが、ともあれあの館の住人もそんな連中の一人なのだろう。
霊夢はその館を眺めながらぼんやりとそんなことを思い浮かべ、それであそこに何かあるのかと問うた。荒事というからには、碌なことではないだろうが。その言葉は心の中だけに留めた。
「あそこの主人は、吸血鬼だと聞くわ」
「ふーん。じゃあ、アンタもそこの住人ってわけ?」
特に興味も無さそうに霊夢がそう返したが、吸血鬼はまさか、と派手に肩を竦めた。その動きで、彼女の体に似合わぬ大きな翼が揺れる。
「私をあそこの下種共と一緒にされては困る。これでも誇り高きイニストラードの主の直系なのだから」
イニストラードという言葉にアリスは一瞬だけ反応を見せた。以前誰かから聞いたことのある、こことは違う別の次元。同じように人と人外が住み、しかしこことは違い人に救いは見当たらなかった世界。
そこの主の直径ということは、目の前の吸血鬼も事と次第によってはこの次元を脅かす存在になるやもしれない。アリスは思わずカードを手に取り、彼女を睨んだ。
「そこの魔道士。心配しなくとも、私はあそこの狼男や怪物共、低級な吸血鬼とは違う。人は我等吸血鬼の糧となる存在、無闇に数を減らすのは忌避すべきことだ」
振り向くことなく彼女はそう告げる。言葉こそ尊大であるが、つまり争いを起こす気は無い、という意味なのだろう。いまいち納得しかねるが、しょうがないとアリスはカードを仕舞いこんだ。
「続けて」
「ええ。それで、あの住人のことなのだけれど」
場合によっては殺して欲しいの。さらりとそう彼女は言った。あまりにもあっさりとそう述べた為、魔理沙が思わず聞き返してしまうほどだ。
吸血鬼は表情を変えることなく、振り向きもう一度告げた。あの吸血鬼を殺して欲しい、と。
「……理由が無ければ、お断りよ」
「勿論、あるわ」
あれはこの世界を害するものだ。視線は三人に向けたまま、手を館に向けて彼女はそう言い切った。顔も知らないであろう相手に対し、はっきりと言い切った。
「貴方達は知らないでしょうけれど、あれの長は一つの次元を支配した後、別の次元にまで支配の手を伸ばそうとした邪悪な吸血鬼よ。奴に支配されてしまえば、住人は苛烈な環境に追いやられ、死すればアンデッドとして利用される。放っておけば、きっとここもそうなるでしょうね」
統治という娯楽用の箱庭にされるのだ、と彼女は続けた。その目に嘘はなく、そしてその行動が唾棄すべきものだというのが表情から窺えた。
幸い本格的に支配に乗り出したわけではなく、ここに来た吸血鬼の独断なのだろうと彼女は述べる。ここに目を付けられる前に始末しなければならない。それが理由だと、納得したかと三人に問い掛けた。
「そうね。完全に信用することは出来ないけど、まあ納得はしたわ」
「そう、それは良かった。なら、答えを聞かせてくれる?」
断られるとは微塵も思っていないその態度が霊夢の気に障ったが、しかしここで意地を張って彼女の言う通りの結末になるのは望むところではない。結局、彼女は首を縦に振るしかないのだ。
その返答を聞いた吸血鬼は笑みを浮かべた。よかった、そう言うと、残りの二人に目を向ける。貴方達はどうする? そう魔理沙とアリスに問い掛けた。
「勿論行くぜ。そんな奴にここを滅茶苦茶にされたくないからな」
「……未熟な二人のお目付け役がいるでしょうから、仕方ないわ」
肯定の返事を貰った吸血鬼はありがとうと感謝の意を伝えた。それでも頭を下げることをしなかったのは、彼女の性格なのだろう。それが分かって、思わず三人は笑ってしまう。
「何か?」
「いや、別に」
「何でもないぜ」
「気にしないで頂戴」
はぐらかすような三人の言葉に若干眉をしかめるが、まあいいと視線を別の場所へと向けた。湖の館、どこか黒い闇で覆われているような雰囲気を醸し出しているその場所を見詰め、ふんと鼻を鳴らした。
「それで、今すぐ行くの?」
そろそろ夜になりそうなんだけど、と霊夢は述べる。それを聞いた吸血鬼はそうだな、と思案するように視線を彷徨わせたが、出来ることなら早い方がいいと返した。夜になる前に始末してしまえば何の問題もない。そう続けた。
「簡単に言ってくれるわね」
「貴女はここの異変解決人なのでしょう? 随分と弱気なのね」
「しょうがないぜ、霊夢はまだ未熟だからな」
「アンタもそうじゃない」
「二人共よ」
「……頼む相手を間違えたか?」
呟いた吸血鬼に失礼な奴だと霊夢と魔理沙が二人揃って返答し、さっさと行くぞと準備を始める。スペルカードと、念の為に殺傷用の札を持つ。追い払えるのならばそれでよし、もし無理ならば。
「無理に手を汚す必要はないわよ。私がいるもの」
いつの間にか霊夢の隣に並んでいたアリスがそう微笑んだ。だが、そんな彼女に向かって霊夢は大丈夫だと返す。この程度で尻込みしていては、この先博麗の巫女など勤まりはしない。そう言うと既に向かい始めている吸血鬼へと駆け出した。
「言葉だけは一人前なんだから」
「まったくだぜ」
「魔理沙もよ」
そう言うとアリスは二人合流する為足を進めた。若干不貞腐れた顔でその後に魔理沙も続く。
太陽は少し傾き、昼がそろそろ終わろうとしていた。
「ああ、そうだ。アンタの名前、聞いてなかったわね」
霊夢がそう吸血鬼に問い掛けた。そういえば自己紹介もしていない、とそれぞれ博麗霊夢、霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイドと名を名乗る。
それを聞いた吸血鬼は、よろしく、と述べ、そしてこう続けた。
「――マルコフ。レミリア・マルコフよ」
スペルカード説明
『魂の消耗』…相手のライフをXドレイン。魔理沙は1で放った。
『屑山の人形』…アーティファクト・クリーチャー:カカシ パワーとタフネス(耐久力)共に1。能力は未使用。
『吐き気』…全てのクリーチャーのパワーとタフネスをマイナス1。
『対抗呪文』…対象の呪文を打ち消す。
『恐怖』…黒かアーティファクトでないクリーチャーを1体破壊する。再生不可。
『稲妻』…3ダメージ。
『吸魂』…2点ドレイン。
『ボール・ライトニング』…クリーチャー:エレメンタル 速攻 パワー6、タフネス1 ターン終了時に消滅。
『火花の精霊』…パワーが3である以外はボールライトニングと同一ステータス。コストは安い。
『薄暗狩り』…クリーチャー:コウモリ 飛行 パワー2、タフネス1
『剛力化』・『超巨大化』…どちらもパワーとタフネスを4上げる呪文。剛力化はいつでも放てるインスタント。
詳しく知りたい方はMTGwikiあたりがよろしいかと。