東方魔集郷   作:負け狐

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前回までの三話が割とのんびりした話でしたが、今回はちょっとのんびりは少なめで。
最初の話の雰囲気に近い感じですかね。


10 受けるか抜けるか

「ゆ、ゆゆゆ、幽々子さまぁぁぁぁ!」

 

 白玉楼と称される建物の廊下を走る一人の少女は、慌てた様子で自身の主人の元へと走っていた。その少女の声を聞きながら、主人――西行寺幽々子は軽く溜息を漏らす。そんなに騒がなくとも分かっているのにと呟きつつ、やってくる少女に向かいどうしたの妖夢と声を掛けた。

 妖夢と呼ばれた少女は案の定彼女の予想通りの言葉を紡ぐ。木がおかしいんです、と。

 その言葉にええそうね、と幽々子は返すと、じゃあどんな風におかしいのかしらと彼女に返した。え、と一瞬呆けた顔をした妖夢は、主人に言われた言葉を反芻するように首を縦に振り、そして答えを見付けたのか口を開く。とにかくおかしいんです、と。それを聞いた幽々子は呆れたように肩を竦めると、それじゃあ分からないわねと続けた。

 

「でも、おかしいんですよ! あれは絶対おかしいです!」

「はいはい分かったから。ちゃんとどんな風におかしいのか言ってくれないと分からないわ」

 

 親が子供に、もしくは教師が生徒に。そんな物言いで妖夢に告げる。素直な彼女は真剣にそのことで頭を悩ませ、そして結論を出そうと口を開きかけ、しかしうまく言えないのか口を閉ざす。そんなことを数度続けた後、しびれを切らしたように妖夢は幽々子の手を取った。来てくれれば分かります。そう言いながら白玉楼の廊下を飛び出し、庭へと走る。まったくせっかちね、と呟きつつも、幽々子はその表情を引き締めた。

 この屋敷に起こっている異変、それに気付かぬ主ではない。だから妖夢が慌てている理由も充分理解している。

 この空気は異常だ。幻想郷の下層、幽霊街と言われても遜色ないこの場所で、その管理者たる自分が寒気を感じてしまう程のこの空気。これで気付かぬのはよほどの馬鹿に違いない。そんなことを思いつつ、幽々子は引かれるまま足を進める。

 ここです、と妖夢が足を止めた場所。そこはかつて西行妖と呼ばれた巨大な桜のあった場所。否、「あった」というのは語弊がある。確かにそこに巨木はそびえている、それは間違いない。

 問題なのは、それが見慣れた桜の木ではなく、得も言わぬ禍々しさを纏った大木であるということだ。その枝には蕾が付き、そして絞首用の縄が何本も垂れ下がっている。風情ある木のはずの桜の面影はどこにもなかった。

 

「……いえ、西行妖はいつも禍々しかったような気もするわね」

「言ってる場合ですか!」

 

 余裕を失っている妖夢は幽々子の言葉にそう返す。早く何とかしないと、そう言いつつもどうしていいか分からず視線を右往左往するばかりである。そんな彼女を見て、幽々子はやれやれともう一度溜息を吐いた。自身の従者の名を呼び、自分へと意識を向けさせる。今から少しお使いに行って欲しいの、そう述べると、彼女はニコリと微笑んだ。

 

「お、お使いって、そんな場合じゃ――」

「この異変の解決の手助けになりそうな人、探してきて頂戴」

 

 言いかけた言葉を途中で止め、妖夢は分かりましたと白玉楼を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 その日、博麗神社は平和であった。神社の主である霊夢とほぼ毎日押し掛けてきている魔理沙。そして遊びに来ていたレミリアと咲夜と美鈴。いつもと少し違う面々ではあるが、何か起きるわけでもなくのんびりとした時間が過ぎていた。

 それが壊されたのは、一人の少女が血相を変えて神社の石段を駆け上がってきた時である。一体何事だと皆がそこに視線を向けると、霊夢と魔理沙には少々の見覚えのある顔が。傍らに大きな人魂らしきものを漂わせているその少女は、魂魄妖夢であった。

 

「あら、知らない顔ね。初めましてお嬢さん、私は少し前にここにやってきた吸血鬼で、レミリア・マルコフという者よ。で、こっちはメイドの十六夜咲夜で、こっちは館の門番兼庭師の紅美鈴」

「あ、それはご丁寧に。私、下層にある白玉楼という場所で剣術指南役と庭師をやってます魂魄妖夢といいます」

 

 レミリアの言葉を受け名乗り返すと彼女はペコリと頭を下げた。それが終わるのを見計らったのか、霊夢がそれでどうしたのよと彼女に声を掛ける。その言葉を聞いた妖夢は、そうだったと慌てて一行を見渡した。異変を解決して欲しいの、そう言うと彼女は霊夢に向かって足を踏み出す。

 

「異変? あんたがそう言うってことは下層で何かあったんでしょうけど……そんな慌てるものなの?」

 

 霊夢の記憶が確かならば、彼女の主人である西行寺幽々子はかなりの力を持ったスピリットだったはずだ。少々の異変程度では手助けなどいらないはず、そう考えると同時に嫌な予感が頭を過ぎった。すなわち、少々どころではない異変が起きているのだ、と。

 その予想を裏切ることなく、妖夢は現在の白玉楼にて起きていることを身振り手振りを交えながら説明していく。大抵がよく分からない擬音であったが、要約するとつまりはこうだ。木が、おかしくなった。

 

「何だそりゃ? わけ分からん」

 

 魔理沙がそう呟いたのに霊夢も同意して頷く。木というのは間違い無く植物のことであろう。それがおかしくなるなどと、傍から聞けばただの異常気象か何かにしか思えない。そんなことを思いつつ同意を求めるように隣に視線を向けた。

 だが、そんな彼女とは裏腹にその人物、レミリアはどこか難しい顔をして何かを考えるように視線を落としていた。視線を上げると、ねえ魂魄さんと妖夢に問い掛ける。

 その言葉に妖夢でいいですよと一言添えてから、一体何ですかと彼女は返した。

 

「おかしくなった木というのは、ツリーフォークの類ではないのよね?」

「はい、勿論です。この間まで普通の木でしたし、おかしくなってもツリーフォークじゃなくて木のままでした」

「成程。……もう一度だけ確認させてもらうけど。その木、絞首用の縄が垂れ下がっていたのよね?」

「え? あ、はい。誰かのいたずらか何かかもしれませんけど、ひょっとしたらあれがおかしくなった原因なのかも」

 

 妖夢にありがとうと述べると、レミリアは再び何かを考えるように視線を地面に落とした。確かにあれがここに現れたのならば、異変といってもいいのかもしれない。そんなことを呟きながら視線を地面から傍らに佇む従者に向けた。

 咲夜、と彼女は従者の名を呼ぶ。そのことを分かっていたかのように何でしょうかと咲夜は返したが、しかし続く言葉には思わず目を見開いた。

 彼女の手伝い、やれるかしら。そう言うとレミリアは薄く微笑んだ。

 

「おいおい待てよ。ついこの間まで魔法もスペルカードも使えなかった奴がそんな手伝いなんか出来るわけないだろう?」

「見くびってもらっては困る。このレミリア・マルコフにかかれば、素人を一流のウィザードに育て上げる程度造作も無い」

「自信だけは一流ね」

 

 魔理沙に続いて霊夢も胡散臭げに咲夜を見やる。表情を元に戻した彼女は何か言うこともなくその場に佇んでいる。その表情から感情は読み取れず、しかしそうさせようとして無理をしているようにも見えた。

 

「いいわ、そういうことならついて来なさい。足手まといなら途中で置いてくわ」

「ま、早苗の例もあるし。案外レミリアの言葉も嘘じゃないかもな」

 

 主人がそう述べ本人も否定しない以上、断る理由はない。そう判断し、霊夢と魔理沙は前に出た。それに続くように咲夜も二人の隣に並ぶ。ありがとうございますと妖夢が皆に頭を下げ、それじゃあ行きましょうと連れ立って博麗神社を後にした。

 そんな四人の背中を眺めていたレミリアは、その姿が見えなくなると小さく溜息を吐いた。さて、じゃあ私達も戻りましょうかともう一人の従者に声を掛け、神社を去ろうとする。そんな彼女に、クスクスと忍び笑いが掛けられた。

 

「……何? 美鈴。言いたいことがあるならはっきり言ったらどう?」

「あー、いや。うん、そうですね」

 

 戻られるのでしたらそっちの方角ではないですよ。その言葉にピタリと足を止めたレミリアは、わざとらしく咳払いをするとあらそうだったかしらと彼女に返す。ええそうですと笑みを浮かべたまま告げると、そっちだとさっきの四人を追い掛けることになりますからねと続けた。

 動きを止めたまま振り向かないレミリアは、そのまま暫し無言で佇み、そして何が言いたいと背後の従者に述べる。彼女には見えていないが、その笑みを一層強くさせた美鈴はでははっきり言わせてもらいますねとその言葉に返した。

 

「そんなに心配なら最初から一緒に行けばよかったじゃないですか」

「……うるさい」

 

 顔を真っ赤にしてそっぽを向くレミリアを見て、美鈴は堪え切れなくなり声を上げて笑った。そして、じゃあ行きましょうかと彼女の隣に立つ。

 こっそりと見守るのもいいですよね。そう言うと、四人が向かった方へと足を踏み出した。待て、とその後をレミリアが追う。結果として、博麗神社にいた全員が白玉楼へと向かうことと相成った。

 

 

 

 

 

 

 四人が駆け抜けている場所。そこは明らかに目的地とは異なる場所であった。何やら彼女らを見やる猫、そして無人の屋敷。ある程度進んだ辺りで足を止めた霊夢は、ちょっと妖夢と声を掛けた。

 

「何処よここ。白玉楼ってこんな場所通ったかしら?」

「……いや、通らないわね」

 

 そこでようやく彼女も異常事態に気付いたらしい。辺りを見渡し、見覚えのないその光景を目にして顔を顰めた。隣では咲夜が静かに佇み、魔理沙はちょっとごめんよと無人の屋敷に侵入している。人の生活している気配の見えないそれを一通り眺めると、成程と頷いて霊夢達の元へと戻った。

 こりゃ大分変な場所だ。と見たままの感想を彼女は述べる。そんなことは分かってるわよと霊夢は返し、そしてもう一度妖夢を睨んだ。助けを求めに来ておいて案内すらまともに出来ないのか。そう言って一歩踏み出した。対する妖夢もその言葉は聞き捨てならなかったようで、博麗の巫女ならば案内されずとも幻想郷を見て回れるだろうに何故しないと言い返しながら同じく一歩踏み出す。

 

「何? 自分の失態を棚に上げて人の批判とは、流石半人半霊、正しく半人前ね」

「それはそっちでしょう? 万能たる龍師範に選ばれし博麗の巫女ともあろう者が、まさか道に迷うだなんて。それでよくその名を名乗れたものね」

「自分で自分の異変を解決出来ない奴が偉そうに」

「一人じゃ半人前以下がよく吠える。……そうよ、いくら手助けが欲しいからってこんな私以下の実力しか持ってない巫女なんか連れてきても何にもならないじゃない」

「ふん。流石、庭でチャンバラゴッコをするのが仕事の奴は言うことが違うわ」

「そっちだって毎日庭を駆け回る子供でしょう?」

 

 額がくっつかんばかりに顔を近付け睨み合っていた二人は、そこで同時に後ろに下がった。妖夢は背中に背負っていた大刀を抜き放ち、そして一枚のカードを掲げる。それに合わせるように霊夢も両手にカードを構えた。

 刀を構えたまま妖夢が疾駆する。同時にマナを込めていたカードを前に投げ、呪文を唱えた。

 

「出て来い。『イボイノシシ』!」

 

 名前に違わぬ猪が彼女の眼の前に現れ、彼女と同じように目標に向かって疾駆する。一人と一体、さながら弾丸のようなそれらは真っ直ぐに霊夢へと向かう。

 だが霊夢はそんな光景を鼻で笑った。その程度でどうにかしようとはちゃんちゃらおかしい。そんなことを言いながら右手に持っていたカードを頭上に放り投げる。そして、あんたにはこの程度で充分よ、と続けた。

 

「『ショック』!」

 

 小さな雷光が『イボイノシシ』を貫いた。黒焦げになった猪はそのままゴロゴロと転がり動かなくなり、突っ込んでくる弾丸は一つとなる。知ったことかと刀を振り上げる妖夢に向かい、霊夢はもう片方の手に握られていたカードを眼前に構えた。

 振り下ろされた刃と、霊夢が生み出した炎の槍とがぶつかり合う。拮抗していた二つの衝撃はやがて勢い良く両者を弾け飛ばさせ、仕切り直しと言わんばかりの距離を作り上げた。お互い引く気は無し、まだまだ続けるぞとその目が述べていた。

 もう一発、と霊夢は再び先ほど放った炎の槍をその手に生み出す。望むところと妖夢も刀とカードを同時に構えた。

 

「今度こそ黒焦げにしてやるわ、『灼熱の槍』!」

「同じ手を食うものか! 『灼熱の槍』!」

 

 炎の槍を炎の槍で迎え撃つ。相殺し合っている間に、妖夢は霊夢の懐へと飛び込んでいた。獲った、とその刃を翻す。狙いは首、一撃で仕留める為の斬撃。

 だが、その斬撃を目で追っていた霊夢は笑った。いつの間にか持っていたもう一枚のカードにマナを込めながら、計算通りと口角を上げた。

 妖夢の動きが止まる。斬撃は霊夢に届かず、その体も動かない。気付かぬ内に、彼女の全身に蔦が巻き付いていた。切り裂こうにも刃を返すことすらままならず、解こうにも刀から手を離すことすら叶わない。出来ることは、悔しそうに目の前の少女を睨むことのみ。

 

「あんたのことだから、避けずに迎撃してくると思ったんだけど、大正解ね。おかげで『絡め取る蔦』がよく効くようになったわ」

「なっ、く、くそっ!」

「力ずくじゃ無理よ。大人しく敗北を認めなさい」

「断る。この程度の呪文……」

 

 苦い顔のまま何とか動こうともがくが、その体はピクリともしない。そんな妖夢を見て、霊夢はまあ気が済むまでやればいいわと近場に腰を下ろした。そのままキョロキョロと周りを見渡し、ほらあんたの所為で置いてかれたじゃないとぼやいた。え、と妖夢も彼女と同じように周囲を見やると、成程確かに気付くと既に魔理沙と咲夜の姿は消えていた。どうやら霊夢の言葉通り自分達は置いていかれたのだと実感した彼女はがくりと頭を垂れ、そして自分が熱くなって周りが見えなくなっていたことを今更になって自覚した。

 戦意を失ったのを確認した霊夢は呪文を解く。拘束している蔦が無くなった妖夢はそのまま地面に膝を突き、どう見ても沈んでいるだろうという雰囲気を漂わせながら申し訳ありません幽々子さまと呟いていた。そんな光景を視界に入れつつ、しかし特に心配など微塵もせずに彼女はいなくなった二人のことを考えた。恐らく白玉楼に向かったであろう魔理沙と咲夜は、この場所から出る術を見付け出したということである。何か手掛かりがあるのか、それとも案内人でもいたのか。

 

「猫しかいないわね」

 

 まさかこの猫が出口まで案内してくれるはずもなし。そう思い溜息を吐いた霊夢の隣に猫が立つ。彼女は思わずその猫を見詰めてしまい、そして猫も彼女を見詰め返す。暫くそれを続けていると、ニャアと短く鳴いた猫が視線を逸らした。そのまま彼女に背を向けテクテクと歩き出す。何とはなしにその背中を見ていたが、数歩進んだ所で立ち止まりこちらを振り向いたことでようやくその猫の意図が理解出来た。

 

「出口まで案内してくれるの?」

 

 霊夢の問いにニャアと鳴いて答えた猫は、今度は振り返らずに歩みを進めた。待って、と立ち上がった彼女は落ち込んでいる妖夢の頭を一発引っ叩き、さっさと行くわよと猫を指差す。首を傾げる妖夢の手を引っ張り、いいからあの子についていくのと足を踏み出した。

 

「いつまで落ち込んでるのよ半人前」

「うるさい、半人前」

「その半人前に負けたのはどこのどいつよ」

「負けてない!」

 

 再びケンカを始める二人の声を背中に受けつつ、猫は呆れたように短く鳴いた。

 

 

 

 

「お、ここは魔法の森か。それなら私の縄張りみたいなもんだ」

 

 霊夢達と別行動を取ることにした魔理沙は、そう言ってここまで案内してもらった相手に礼を述べた。対するその相手、猫の獣人の少女は気にするなと手をひらひらさせる。自分達の縄張りに迷い込んだのが暴れていたからお引取り願っただけだし、と続けて笑った。

 

「ああいうのは普段私の役目なんだけどな」

「確かに、お屋敷に大穴開けていたわね」

 

 以前、まだ館がセンギアの吸血鬼のものであった時の事を思い出し、咲夜は思わず笑ってしまう。魔理沙はそれを聞いて何だよ根に持ってたのかと問うたが、別にそんなんじゃないと彼女は返した。あの日は自分が生まれ変わった日であり、どうしても記憶に残っているのだ。そう述べ、いいから先を急ぎましょうと魔理沙を促した。

 じゃあ私はこの辺りで帰るよ、と獣人の少女は述べ、二人は改めてありがとうと頭を下げる。それにどういたしましてと返した彼女は、残りの二人もその内どっかに案内されるはずだよ、と言い残しどこかへと去っていった。

 では行こうと二人は足を踏み出し、しかし咲夜が途中で足を止めた。どうした、と魔理沙が問い掛けると、私は道を知らないからと困ったように彼女は頬を掻く。ああそうか、と手を叩くと、だったら私に任せておけと魔理沙は胸をドンと叩いた。

 

「確かこの辺にアリスの家があるから、案内してもらおう」

「あら、貴女も分からないの?」

「こういう時はより確実な方法を選ぶもんさ」

 

 悪びれることなくそうのたまった彼女は、さあこっちだと歩みを進める。やれやれと肩を竦めた咲夜が後ろに続いた。そう時間も掛からず目的の場所には辿り着いたようで、玄関のドアをノックしながら魔理沙はその家の住人の名を呼ぶ。

 しかし、家の中から反応は全く返ってこない。どうやら留守みたいね、という咲夜の言葉にそうかもしれないなと返すと、魔理沙はガクリと肩を落とした。このままだとうろ覚えで白玉楼まで向かわなくてはいけない。そう考えると彼女のやる気がガッツリと削られる。しかしそれでも放り出して帰るという選択肢は出てこない。

 暴れ足りない、退屈だ。そんな理由よりそれ以上に、霊夢には負けられない。それが彼女の異変に首を突っ込む根底であった。

 当然咲夜も引く気はない。自分を十六夜咲夜に変えてくれた大恩ある主の期待に応えるのが、今の彼女の根底なのだから。

 

「さ、案内頼むわよ」

「へいへい。ったく、アリスは何処行ったんだよ……」

 

 ぼやきながら踵を返す。確かこっちだ、と指差すと、二人はその方向へと歩き出した。魔法の森というだけはあり、周囲に漂うマナは濃く、ともすればその濃度に酔ってしまいそうになるほどだ。とはいえあくまで普通の人間の尺度の話であり、彼女達二人はその枠組には当てはまらない。気にした風もなく森を抜けんとその足を速める。

 そんな折、先頭を行く魔理沙が足を止めた。どうしたの、という咲夜の言葉に、あれを見ろとある方向を指差す。彼女がそこに目を向けると、何かをしている人影が目に付いた。見慣れているその人影は、先程魔理沙が探していた人物と同じ姿をしていて。

 

「おーい、アリス。何してんだこんなところで」

 

 そんなことを言いながら魔理沙はその人影に近付く。声で相手の接近に気付いたその人影は、ゆっくりとこちらを振り向いた。ニコリと微笑み、あらマリサと彼女に返す。

 その笑みに、何か無性に嫌なものを感じて咲夜は思わず距離を取った。魔理沙はそんな彼女の行動に怪訝そうな表情を浮かべる。一体どうしたんだと訊ねると、貴女は何も感じないのかと返された。

 

「何も、って、何が?」

「……私達の眼の前にいる人物。彼女は本当にアリス・マーガトロイド?」

「はぁ? 何言ってんだ? どう見たってアリスじゃないか」

 

 なあ、と魔理沙は目の前の人影に問い掛ける。当たり前でしょうと人影はクスクス笑うと、それでどうしたのと二人に問い返した。その言葉を聞いてああそうだったと思い出したように彼女は手を叩き、白玉楼まで案内してくれと笑顔を見せる。

 別に構わないけれど、何かあったの。そう訊ねられた魔理沙は、私も良くは分からないんだがと前置きすると妖夢から聞いた異変を語った。成程ね、と呟くと、分かったわと『アリス』は頷く。

 じゃあ行きましょうと歩みを進めた彼女を追い掛けるように、魔理沙も止めていた足を動かした。

 ただ一人、その後を追わずに佇んでいるのは十六夜咲夜その人である。先程まで『アリス』の立っていた場所へと目を向けると、カードを取り出し意識を魔理沙の前にいる彼女に集中させた。

 

「おいおい、何いきなり殺気撒き散らしてんだよ」

「……さっきも言ったわよね。彼女は本当にアリスなの、って」

「ああ。さっきも言ったよな。どう見たってアリスだ、って」

「そう。じゃあ――」

 

 あれは何? と咲夜は指差す。『アリス』のいた場所の地面に広がる赤黒い染みと、何かの肉片を。

 首を傾げながらそこに目を向けた魔理沙も、それを見て思わず動きが止まる。何だこれ、とそれに近付き、そしてそれが何かを確認すると顔を顰めた。赤黒い染みは血、そして肉片は、野生の動物とは違う、人型の何かである痕跡が残っていた。

 二人がついてこないので足を止めていた『アリス』へと視線を戻す。どうしたの、と首を傾げる彼女に向かい、魔理沙はこれは一体何なんだと語気を強めた。

 

「何、って。人でしょ? ああ、もう元・人かしら」

「……何でこいつは元が付くようになったんだ?」

「ランチだったのよ、私の」

 

 平然と言ってのけた目の前の相手と距離を取り、魔理沙は咲夜の隣に並んだ。カードを取り出し、そこにマナを込めながら初対面の相手のように眼前に立っている者を睨む。そんな彼女の行動が解せないのか、『アリス』は一体どうしたのよと二人へと問い掛けた。

 どうしたもこうしたもない。そう告げると、魔理沙はカードを眼前に掲げる。

 

「いつからお前は人喰いになったんだ?」

「おかしなことを聞くわね。そんなの貴女はよく知ってるでしょう?」

「ああ、知ってるぜ。私の知ってるアリスは、人喰いなんぞ生まれてこの方したことないってはっきり言ってた」

「何事も初体験ってあるでしょう? 今がその時だったのよ」

 

 口元に付いた血をポケットから取り出したハンカチで拭うと、『アリス』は薄く微笑む。その仕草は見慣れているはずなのに、魔理沙には無性に気持ち悪いものに思えた。戦闘態勢を取っているにも拘らず、思わず一歩後ろに下がる。

 お前は誰だ。そんな言葉が思わず口をついていた。無論相手は顔色一つ変えることなく『アリス』に決まっているじゃないと返す。そうか、と一言だけ述べると、魔理沙は躊躇いなくカードを唱えた。

 

「『吸魂』!」

 

 カードから生み出された黒いオーラが目の前の彼女に襲い掛かる。それを食らい後ろに倒れた『アリス』は痛いじゃないのよとゆっくり立ち上がり、同じように一枚のカードを取り出した。そっちがその気なら、こっちもやらせてもらうわ。そんなことを言いながらカードにマナを込める。

 喚び出されたそれは、普段の彼女では絶対にありえないクリーチャー。魔理沙の数倍の大きさのそれは、途中で二股に分かれた四肢を持ち、頭部に布を巻いたゾンビ。二股の両手には刃が握られており、少女達など容易く切り裂ける輝きを浮かべていた。

 

「さあ、『よじれた嫌悪者』。そこの二人をやっちゃって」

 

 その大きさからは考えられないスピードで魔理沙に接近した『よじれた嫌悪者』は、持っていた刃を躊躇なく振り下ろす。空を裂く音と大地が抉れて飛んだ破片を顔に受けつつ、その一撃を避けた彼女は短く舌打ちをする。これは、どう考えてもスペルカードルールの決闘ではない。スペルこそ使っているが、完全な殺し合いだ。

 操られているのかどうかは知らないが、とりあえず目の前の相手が普段接しているアリスとは違うという確信を持った魔理沙は、だったら遠慮なくやらせてもらうぜと被っていた帽子を一回転させた。

 

「まずは邪魔なクリーチャーだな。よし――」

「『恐怖』は効かないわよ」

「……お前は私を何だと思ってんだよ」

 

 咲夜の言葉を聞き、魔理沙は不満気に唇を尖らせる。あれだけ言われ続けてれば嫌でも覚えるさ、と吐き捨てるように言いながら、『よじれた嫌悪者』に向かってカードを投げ付けた。

 

「お前みたいなでっかいのが突っ立ってると息が詰まるんだよ。『最後の喘ぎ』!」

 

 『よじれた嫌悪者』の布で覆われた頭部から息が生まれる。否、息のように見えるのはクリーチャーを動かしている魂のようなものだ。ゾンビであるならばさながら原動力となる魔力の塊であろうか。ともあれ、それがズルズルと『よじれた嫌悪者』の口から搾り出されていく。動く為の根本を失ったそれは、糸の切れた人形のようにその大きな体を地面に横たわらせる。

 それを踏み付け跳躍した魔理沙は、もう片方に持っていたカードを前に突き出した。

 

「とりあえず一発ぶっ飛ばして、正気に戻してやるぜ」

 

 言葉と共に喚び出されたそれは、ワーム。緑の刺々しい鱗を纏ったそれは一直線に『アリス』へと飛び掛った。どうやら相手は反応出来なかったようで、その一撃をまともに食らい吹き飛んでいく。どんなもんだ、と着地と同時に腕を突き上げた魔理沙だったが、しかしその視界に映ったものを見て顔色を変えた。

 くるくると宙を舞っているそれは、腕。先程吹き飛ばした少女の左側についていたはずのものであった。

 

「容赦無いのね」

「ち、違っ……! 私はそこまでするつもりは……」

 

 咲夜の至極冷静な物言いに対し、魔理沙は慌てたように返す。が、うまく言葉にならずどさりと地面に落ちた左腕を見て短く悲鳴を漏らした。

 大丈夫か、と彼女は吹き飛んだ相手へと駆け出す。駆け出そうとする。だが、それを遮るように横から手が突き出された。何の真似だよ、と魔理沙が隣の彼女に顔を向けると、少し気になることがあるのよと返される。口調こそ冷静であったが、咲夜のその表情は固い。それを察した魔理沙も、軽く鼻を鳴らすと従うように少し下がった。

 

「で、気になることって何だよ」

「……あれは、本当にアリス・マーガトロイドなの?」

「またそれかよ。まあ確かに普通じゃなかったな。でもあいつを操れるような実力を持った奴なんてそれこそ数えるほどしか」

 

 違うわ、と魔理沙の言葉を遮るように咲夜は返す。首を横に振り、そういうことじゃないのと続けた。

 魔理沙のあれがアリスではないという結論は、操られており普段と違うという意味合いである。だが、咲夜が思っているのはそうではなく。

 

「――もう、痛いじゃない」

 

 二人は思わずその声のした方に顔を向けた。そこに平然と立っているのは先程吹き飛ばした『アリス』。左腕は肩から消失し、何か得体のしれない液体がボタボタと滴っているのを気にせずに、首が奇妙な方向に曲がっているのを残っている右手で強引に直しながら。

 ニコリと微笑む少女の姿が、そこにあった。

 




前回のアリスの独り言が死亡フラグ臭かったなぁ、と書いていて思いました。
師匠役って割と途中で死にますよね。

勿論アリスは死にません。

スペル説明
『イボイノシシ』…クリーチャー:猪 パワー3 タフネス2。能力未使用。
『灼熱の槍』…対象の相手にダメージを与える火力呪文。威力はそこそこ。
『よじれた嫌悪者』…クリーチャー:ゾンビ・ミュータント パワー5 タフネス3。能力未使用。
『最後の喘ぎ』…対象のクリーチャーのパワーとタフネスを下降させる。威力はそこそこ。

正確な説明はMTGWikiとかを見るのがグッドですよ。
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