白玉楼の一角で佇む一組の男女。女性はここの主でもある西行寺幽々子その人であるが、もう一人、男性の方は異様な風貌であった。赤みがかった肌は人間らしさをあまり感じられず、手入れのされていないようなボサボサになった頭髪を掻き分けるように二本の角が生えている。この次元では『鬼』と呼ばれかねないその姿は、対峙するものに言いようのない恐怖感や嫌悪感を与えるであろうことを予感させた。
だが、幽々子はそんな彼を見ても特に物怖じすることなく笑みを浮かべる。縁側に腰を下ろしながら、そんな場所で立っていないでこちらに来てはいかが、と声を掛けた。
そんな申し出に、男――ティボルトは結構だと短く返す。
「別に不意打ちをしようだなんて思ってないわよ」
「女性の誘いを受けるほどの甲斐性がないだけだ」
自分で言うのね、とクスクス笑う幽々子に視線を向けることなく、ティボルトは巨大な木を見上げる。自分が用意したこの大木は、実のところこちらの次元にはあまり意味が無い。ただ単に置き換えただけであり、彼の本命はここに元々生えていた桜の方だ。
西行妖と呼ばれるそれは、相手を死に誘う呪われた植物。自身の苦痛の研究に新たな風を吹き込んでくれるであろうと判断した彼は、それを調べる為に目の前の大木、『解放の樹』と置き換えたのだ。
そんな説明をしても尚、この場所の主は敵意を向けるでもなく、襲い掛かってくるわけでもなく。ただただ微笑みを浮かべながら異変の当事者と話をしている。それがティボルトには面白くなく、彼女と目を合わさないようにしていた。
だが。さて、そろそろかしら。そんな声が聞こえて、思わず彼は振り返った。相も変わらず幽々子は笑みを浮かべたままであったが、その視線は彼に向いていなかった。彼女が向いているのは白玉楼の入口辺り、何やら騒がしい声が聞こえてくる方向である。
「……あの騒がしいのが異変を解決しに来る博麗の巫女とやらか?」
「ええそうよ。私が何かしなくても、向こうがどうにかしちゃうから、楽出来ちゃうの」
いつの間にか用意していたお茶を啜りながら、幽々子は面白そうにそう述べる。そんな彼女にどこか自分に近しいものを感じたのか、ティボルトもそうかと短く返すと笑みを浮かべた。
ならば、こちらも気合を入れて異変解決を阻止しなくてはな。どこからか取り出した数枚のカードにマナを込めながら、彼はやってくる相手の方へと目を向ける。
あら、とそんなティボルトの行動に幽々子は驚いたような声を上げた。
「スペルカード、使うのね」
「ここのルールなのだろう? 別にこれを使うと苦痛を与えられないわけでもなし、わざわざ断る理由もない」
「ちょっと意外ね。もう少し野蛮だと思ってたわ」
「これでも芸術家を気取っている」
それもそうね、と何か納得したような表情を浮かべた幽々子へふんと鼻を鳴らすことで答えると、ようやく姿が見えてきた人影を見て思わず目を見開いた。
子供、それも少女。それらの一団が博麗の巫女だというのか。どこか落胆した面持ちでマナを込めたカードを投げると、そこから召喚されたクリーチャーに命令を飛ばした。
「『拷問機械人』、奴らの四肢を死なない程度に捩じ切れ」
命令を受けた『拷問機械人』は降り立った四人に向かって襲い掛かる。年端もいかぬ少女であればあっさりとやられてしまうであろうそれは、しかし一人の少女が背負った大刀を抜き放ち受け止めたことで覆された。その後ろから紅白の巫女装束を来た少女がカードを構えながら疾駆し、『拷問機械人』に向かってそれを叩き付ける。
「『粉砕』!」
叩き付けられたその場所からひび割れが生まれ、そしてその亀裂はどんどんと大きくなる。文字通り粉々に粉砕されてしまった『拷問機械人』は、そのまま虚空へと消えていった。
「いきなり不意打ちとはいい度胸じゃない! 覚悟しなさい異変の犯人!」
そう言って巫女装束の少女、博麗霊夢はティボルトを指差しながら吠えた。
「おーおー、やる気満々だな」
「対する貴女はやる気無さげね」
出遅れた二人、魔理沙と咲夜はそんなことを言いながらもカードを取り出しマナを込める事を忘れない。目の前の男もそうだが、その後ろにある大木も充分に異様な雰囲気をかもし出している為だ。
どうやら相手はこちらをちゃんとした障害と認識したようで、数体のクリーチャーと火力呪文で霊夢と妖夢をあしらっている。相手を倒すより苦しめることを優先しているようなその戦いぶりに、魔理沙は思わず顔を顰めた。
「それで、どうするの?」
「ん?」
「あっちに加勢する? それとも、あの木をどうにかする?」
咲夜の問い掛けに、そうだな、と彼女は思考を巡らせる。普通ならば向こうに加勢するのが正しい選択であろう。未知の敵相手に戦力を分散するのは望ましいことではないからだ。
だが、それでも彼女は後者を取った。どちらにせよ片付けなくてはいけないのならば、まとめてどうにかした方がいいという彼女らしい考えと、そして。
「向こうの加勢はお前のご主人様に任せればいいだろ」
「お嬢様、バレてます」
「やかましい」
くい、と指を差した方向は植え込みの陰に隠れている二つの人影。言わずもがな、咲夜が心配で追い掛けてきた吸血鬼レミリアとその従者美鈴である。植え込みからゆっくり立ち上がると、何かを誤魔化すようにコホンと咳払いを一つした。
それで、あんた達は向こうの木をどうにかするの? そう問い掛けたレミリアに向かい、魔理沙は応ともさとサムズアップを見せる。それを見た彼女はやれやれと肩を竦めると、分かったわと視線を魔理沙からティボルトへと向けた。
「どのみち、ちょっとあれには因縁もあるし、丁度いいわ」
そう述べると、カードを取り出し霊夢達の方へとレミリアは歩みを進めていく。後に続くように美鈴もその後を追い、そして魔理沙と咲夜が再び残された。
じゃあ行くぜ、という魔理沙の言葉にええ、と咲夜は短く答える。『解放の樹』へと一直線に向かい、手に持っていたマナの込められたカードを唱えんとそれを眼前に掲げ。
ちょっと待った、という乱入者によりその行動を妨害された。
「間に合った。いや、間に合わなかった? ああ、まあ、どうでもいいや。そこな二人、この木には近付けさせませんよ」
頭に大きなタンコブをつけた小悪魔が、精一杯の威厳を込めながら二人の前に立ちはだかる。本人はちゃんと決めているつもりなのだが、どうしてもその頭で台無しであった。現に魔理沙はそこを指差しながら大笑いをしており、咲夜も表情こそ変えないものの露骨にそこから視線を逸らしている。
そんな二人の態度を見てあからさまな苦い表情を浮かべた小悪魔は、これも全部あの人形遣いのせいだ、とぼやいた。
「ん? 人形遣い?」
「ええそうですよ。私が偽物作ってばら撒いたオリジナルが怒ってぶん殴ってきたんですよぉ。もう、失礼しちゃいますよね」
「自業自得だろ」
というか、お前がアリスの偽物作った犯人かよ。そんなことを言いながら、魔理沙は持っていたカードを唱えた。そこから喚び出された鱗を持った巨大な蛇のような竜のような生物、ワームは一直線に小悪魔へと飛び掛かる。
うわ、とそれを紙一重で躱した小悪魔は、あの人といい貴女といい何でこうも乱暴なんですかと文句を言いながら持っていたカードを前方に放り投げた。精霊のような何かが彼女の前に生まれ、守るように立ちはだかる。
「はっ! やっちまえ『飛びかかるワーム』!」
「そうそうやられはしませんよ。『原初のプラズマ』!」
ワームの激突を『原初のプラズマ』は容易く受け止める。しかし、受け止めるだけでワームを倒すには至っていないようで、『飛びかかるワーム』は攻撃を済ませると再び魔理沙の元へと戻ってきた。
視線を自身と相手のクリーチャーに向けた魔理沙は、だったらこれだとカードを取り出す。さっさと片付けさせてもらうぜ、とそれを投げ付ける為に腕を振り上げた。
「行くぜ、『恐――」
「『送還』」
その直前、咲夜の放った呪文により『原初のプラズマ』は消え去っていた。小悪魔の手の中にカードが増えていることから、どうやらスペルカードに戻したらしい。さあ、トドメを刺しちゃって、という咲夜の言葉に、魔理沙は若干非難の目を向けながら振り上げていた手を下ろした。
「……『飛びかかるワーム』、やっちまえ」
「え? ちょ、それって卑怯じゃ――」
小悪魔が何かを言い終わる前に、ワームの一撃で見事なほどに彼女は宙を舞った。
何をやっているのだか。吹き飛ぶ小悪魔を見ながらティボルトはやれやれと肩を竦めた。その程度で契約の小悪魔を名乗るとは片腹痛い。そんなことを思いつつ、斬り掛ってきた妖夢に向かいカードを投げ付けた。
「『怒鳴りつけ』」
「わきゃ!?」
突如湧いた騒音に一瞬彼女の動きが止まる。刀を取り落とし、耳を塞ぎ、それでも聞こえる絶え間ない罵声が頭の中に染み込んでいく。憎々しげに目の前の男を睨んだが、相手は満足そうな笑みを浮かべるのみであった。
そんな妖夢を横目で見つつ、霊夢はカードを取り出し掲げる。『稲妻』と『ボール・ライトニング』、その二枚を唱えようとマナを込めるのよりも一瞬早く、ティボルトのカードから生まれた雷が彼女のスペルカードを叩き落とした。痛みに顔を顰めながらそれを拾おうと視線を下げると、黒焦げになった灰がサラサラと風に飛ばされるのが視界に映る。やってくれる、と舌打ちしながら前を見るのと同時、燃え盛る足が彼女へと襲い掛かった。足どころか全身が灼熱になっている猟犬が彼女を押し倒し、そしてその牙を喉笛に向ける。
「殺すなよ。それではつまらん」
その声で猟犬は噛み付く箇所を肩へと変えた。突き立てられた牙の痛みと灼熱からくる痛みが二重に襲い掛かり、霊夢は思わず悲鳴を上げる。その叫びが納得いくものだったのか、ティボルトは薄く笑みを浮かべるとそのままの体勢を維持するよう猟犬に指示を出した。
さて、では小悪魔の回収でもするか、と視線を二人から外したティボルトは、そこでこちらにやってくる新たな人影に気付いた。片方は彼の馴染みのない衣装を纏った女、そしてもう片方は彼にとって馴染みのある種族。
吸血鬼。それも、イニストラードの吸血鬼だ。そう確信したティボルトは、これはまた懐かしい顔にあったものだと口角を上げた。
「相変わらずのようだな、自称芸術家」
「そちらも相変わらず、その傲慢な態度はどこでも崩さないのだな、吸血鬼」
ティボルトの返しにふんと鼻を鳴らすことで答えたレミリアは、持っていたカードを妖夢に投げ付けた。
「『差し戻し』」
パツン、と妖夢の頭に響いていた罵声が消えた。はっとして辺りを見渡すと、気分はどう、と尋ねる今日出会ったばかりの吸血鬼の少女の笑みが。助けてもらったのだ、ということに気付いた彼女は、申し訳ありませんと頭を下げ、助かりましたと感謝の言葉を述べた。
その言葉に気にするなと返したレミリアは、じゃあ次は、と霊夢の方を向く。
「手助けはいるかしら?」
「……い、らないわよ!」
噛み付かれ赤く染まっている腕をあえて振り上げる。そこに握られた一枚のカードを、自身の組み伏せている猟犬に向かって叩き付けた。マナの込められたそれは、彼女の宣言と共に腕に雷を纏わせる。
「『よろめきショック』!」
雷の腕に殴られた猟犬は吹き飛び、そして焼け焦げる。動かなくなったそれを一瞥すると、霊夢はゆっくりと立ち上がりレミリアを睨んだ。睨まれた彼女は、それくらい出来て当然と言わんばかりに涼しい顔を見せる。
これで四体一だ、と未だ消えない雷の腕をティボルトに向ける霊夢を遮るようにレミリアは羽を広げた。何よ、と非難の目を向けた彼女に向かい、悪いのだけれど、と余裕を崩さない笑みを見せる。
「あれ、私に譲ってくれない?」
「は? 何でよ」
「ちょっとした因縁があるの。ソリン・マルコフとのね」
彼女の祖たる吸血鬼のプレインズウォーカー、その人物と目の前の男とは関係があるという。まあそこまで大したことではないけれど、とレミリアは付け加えたが、しかし。その目はどこまでも獰猛な輝きに満ちていた。
そんな彼女を見た霊夢は仕方ないと溜息を吐く。じゃあ私達は向こうの木でもへし折りますかとようやく落ち着いたらしい妖夢の腕を引っ掴んだ。
「悪いわね」
「今度何かご馳走しなさいよ」
「ええ、もてなしの準備をしておくわ」
踵を返す。魔理沙達のいる方へと足を向け、状況の掴めない妖夢を連れて彼女は歩き出す。心配など微塵もしておらず、決して振り返ることもない。
それを分かっているからこそ、レミリアも霊夢の方には振り向かない。目の前の男を睨み、そしてその口に生えている牙を剥き出しにした。
「さ、行くわよ自称芸術家。イニストラードと同じように、ここからもマルコフに追い出されるといいわ」
「吠えるだけなら犬でも出来る。精々口だけにならないよう祈っておけ」
言葉と同時、ティボルトは持っていたカードを解き放った。先程霊夢にも放った雷がレミリアを焼き、そして取り出そうとしていたスペルカードが灰になる。表情を変えることこそなかったが、あからさまに機嫌を損ねているのが傍から見ている美鈴にも分かった。
「『荒廃稲妻』、か。セコイ真似してくれるわ」
「ふっ。あくまで余裕を崩さんとやせ我慢をするその態度、実に素晴らしいな」
「抜かせ」
言いながらレミリアは距離を詰める。同時に先程焼かれなかったカードを取り出し、向こうが何かをする間もなくそれを唱えた。
牙で噛み付かれた痕がティボルトの首に付き、そしてそこから血が流れ出る。すれ違うように激突したレミリアの口元には、赤い液体がべっとりと付いていた。それを地面に吐き捨て、乱暴に口元を拭う。呪文で出来たその傷は、半人半小悪魔であるティボルトでも容易には治らない。
「所詮は吸血鬼、野蛮な獣か」
「心外だな。これは『ソリンの渇き』、貴様を追い払った者からの懲罰だ」
そしてこれは、私からの一撃だ。そう言うと彼女の隣におぼろげな形を持った兵士が現れる。恭しく頭を垂れると、命令を待つ将軍のごとくその場に佇んだ。
もう一枚、とレミリアはスペルカードを唱える。幽霊が二体彼女の周りを飛び交い、それらに呼び寄せられるように更に二体の幽霊が現れる。その幽霊に向かい手を振り上げると、先程の将軍の前へと並び立った。
「さあ、やってしまえ『未練ある魂』。『幽霊の将軍』の指揮の下に」
「有象無象で何が出来る」
「貴様程度、有象無象で充分だということよ」
「言ったはずだ。吠えるだけなら、犬でも出来る」
手を出すな、と言い含められている為に美鈴はその戦いに手を出さない。だが、そうなると手持ち無沙汰になってしまうのもまた事実。
さて、向こうの加勢でもしようか。そう思い主の戦いから視線を逸らした時である。
「暇なら、私の相手でもしませんか?」
「あれ? 貴女は確かさっき魔理沙にふっ飛ばされた」
「心外な覚えられ方ですね」
まったくもう、と頬を膨らませるのは先程吹き飛んだ小悪魔。相変わらず頭のタンコブはそのままであったが、しかしそれ以外の傷は完治しているようであった。
それで、どうします? そう問い掛けられた美鈴は、せっかくですけど遠慮しておきますと首を横に振った。今はあっちの加勢の方が重要そうなので。そう言って霊夢達四人を指差した。
「あらら、お姉さんなんですねぇ」
「私の方がスペルカードは後輩ですけどね」
そう苦笑しながら答えると、では行きますと美鈴は小悪魔に背を向ける。だが、そんな彼女に向かい、でもそれじゃつまらないですよね、と声を掛けた。
せっかくですし、こっちも派手に行きましょうよ。そう言うと小悪魔は二枚のカードを放り投げた。マナの込められたそこから飛び出してきたのは、二体の巨人。水銀で作られているらしいそれは、彼女の横に並び立つとゆっくりと溶解していく。
「これは、『水銀のガルガンチュアン』。姿を自在に変えることが出来るんです」
だから、こんなことも可能なんですよ。笑顔を浮かべたままそう述べる小悪魔の左右に立っているのはすでに巨人ではなく。
己の主人と、この場の管理者。
「さ、じゃあ『レミリア・マルコフ』、『西行寺幽々子』。向こうで木を切り倒そうとしているお馬鹿さん達を懲らしめちゃって下さい」
こくりと頷くと『レミリア』と『幽々子』は四人へと向かう。呆気に取られていた美鈴を追い越し、咲夜と妖夢の表情が驚愕に彩られ。そしてその顔を見て小悪魔は楽しそうに笑った。
「自分の主人を殺さなきゃいけないなんて、大変ですね、あのお二人も」
鼻歌でも聞こえてきそうなほど上機嫌でそう述べた小悪魔になど目もくれず、彼女は向こうへと走り出す。役に立つかどうかは分からないが、とにかく向こうに。
そう考えていた彼女の前に、再び小悪魔が降り立ち進路を塞いだ。
「何処に行くんですか? 私の相手、してくれないんですか?」
「……しませんよ。向こうが大変みたいですからね」
「あはっ。だったら尚更、私の相手して下さいよ」
私を倒せばあの二体は消えますよ。胸の前で手を合わせ、小首を傾げて可愛らしくそう述べた小悪魔は、攻撃してくれと言わんばかりの無防備。
ふぅ、と美鈴は息を吐いた。そんなに相手をして欲しいのなら、やってあげます。そう言うとカードを取り出し半身に構えた。
「ただ、気を付けて下さいよ」
何せ素人なので、加減が分からないんですから。そう言うと彼女は持っていたカードからクリーチャーを喚び出す。どこかナイフのような頭と、鋭い鉤爪のような腕を持った奇妙な生物がゆっくりと立ち上がった。同じ形のそれが二体、バチッ、バリバリッという音が聞こえ、相互作用で体が一回り大きくなる。
「『筋肉スリヴァー』。そこの女を叩き潰せ」
「殺る気満々じゃないですか!」
慌てて距離を取ると、小悪魔は自身の懐からカードを取り出す。あれに対抗する何かを喚び出さなければ。そう思いながら、向こう側にいる『レミリア』と『幽々子』にも指示を出した。
先程使っていた『原初のプラズマ』で二体の攻撃を防ぐ。どうやら壁となった『原初のプラズマ』を突き破るほどの力はないようで、こちらも攻撃こそ出来ないものの先程の魔理沙との対決と同じく膠着状態にはもっていけたようであった。
ならばこれでいい、と小悪魔はほくそ笑む。このまま時間を稼ぎながら相手を向こうから引き剥がす。それが長引けば長引くほど、相手は焦り自分のペースに持っていける。そう判断した彼女は、現状を最善と考え守りを優先させることにした。
だから、彼女は失念した。美鈴が更に呪文を唱えていることを。彼女が喚び出した種族がどういうものなのかを。
「『増力スリヴァー』」
更に二体、スリヴァーが増える。それらが一声吠えた瞬間、元々いた『筋肉スリヴァー』も目に見えて肉体の強靭さが増していった。先程の威圧感を遥かに凌駕するそれが、四体。小悪魔の『原初のプラズマ』を破壊せんと拳を振り上げていた。
まずい、と彼女が思った時にはもう遅い。『筋肉スリヴァー』の一撃であっさりと『原初のプラズマ』は貫かれ、その形を崩していく。消えていく己を守っていた壁を見ながら、小悪魔はあんぐりと口を開けた。
目の前には、巨大な獣が残り三体。
「あー、っと。ちょっと急用を思い出したんで、帰りますね」
「おや、そうですか。ではそこまで送り届けましょう。どの方角に飛ばせばいいんですか?」
「……いえ、自分で帰るんで大丈夫です」
言いながら小悪魔は一枚のカードを投げる。薄いもやがスリヴァーを覆い、そして四体全てがそのまま倒れ伏した。どうやら眠っているらしく、当分起きる気配はない。
その隙を狙って、小悪魔は全力で逃げ出した。付き合ってられませんよあんな筋肉馬鹿、と愚痴を零しつつ、美鈴の射程範囲外へ、そして『解放の樹』の下へ。そこに向かって全力で逃げる。
「ちぃ。待ちなさい!」
「この状況で待つ奴は相当頭がイカれてますよ!」
小悪魔が早いか美鈴が早いか。その差はほんの僅かである。
「あら、どうしたの妖夢? 攻撃、しないのかしら?」
「あ、う、う……」
その一方で、『解放の樹』の付近では少女達が苦戦を強いられていた。『幽々子』の前に妖夢は為す術がなく、狼狽しながらその場から動けない。そんな彼女を見た霊夢がどうにかしようとするものの、予想以上の強さを持った『幽々子』の前に攻めあぐねている。
そしてもう片方の『レミリア』もまた、咲夜と魔理沙を追い込んでいた。こちらは妖夢のように全く動けなくなるということはなかったものの、しかし元々の自力の差が表れていた。咲夜では相手の攻撃をいなすのが精一杯であり、魔理沙も優勢に戦闘を進められるほど実力を兼ね備えているわけではないのだ。
「咲夜、私を失望させないで頂戴」
「……ご心配なく『お嬢様』。しっかりとご期待に応えてみせます」
言いながらカードを唱える。実体を持たない希薄な何かが剣を持ち、彼女の前に立つ。行け、という咲夜の指示でそれは『レミリア』へと向かい、そしてその脇腹を抉った。
だが、それだけ。返す刀でそのクリーチャーを叩き潰され、放たれた呪文で咲夜は吹き飛ぶ。体勢を立て直したものの、その顔には明らかな焦りが見えていた。
「おい咲夜、大丈夫か?」
「ええ。それに心配するのは私よりも向こうじゃない?」
『幽々子』にいいように嬲られている妖夢を指差す。まあそうだが、と魔理沙は呟いたが、でもお前も充分心配だぜと言葉を返した。
いっそ戦う相手を交換出来れば。そんな考えが頭を過ぎったが、妖夢はともかく咲夜は首を縦に振らないだろうという確信があった。彼女は絶対に自分の手で『レミリア』を始末する。根拠のない自信だが、魔理沙はそれが間違っていないと言い切れた。
となればやることは一つ。カードを取り出し咲夜の隣に並ぶ。二人で戦ってもどうにもならない相手ではあるが、それでも。
「手伝うぜ。お嬢様退治」
「そう。……じゃあ、精々こき使ってあげるわ」
言うが早いか咲夜は『レミリア』に向かって飛び出す。カードにマナを込め、それを放つタイミングを図りながら距離を詰める。
それを見た『レミリア』はつまらんと鼻で笑い、周囲に蝙蝠を喚び出した。やってしまえ、という指示の下、蝙蝠は向かってくる咲夜に襲い掛かる。
「その程度の雑魚クリーチャーでどうにか出来ると思うなよ!」
そんな彼女を追い越した魔理沙が、持っていたカードを放り投げた。マナの込められていたそれは、彼女の叫びと共に開放され、そしてその効力を撒き散らす。
「『減縮』! まとめて消えろ!」
蝙蝠はその呪文が解放されると同時、その体が押し潰されるように縮こまった。それは留まることを知らず、やがて全ての蝙蝠が跡形もなく潰れ消え去る。残ったのは駆け抜ける咲夜と、その手に持っている一枚のカード。
では、御覧下さい。そう言いながらそのカードを真上に放った。クリーチャー呪文であったらしいそれは、咲夜の言葉と共に光を放ち、そしてそこから奇妙な何かが這い出てくる。
得体の知れない、ゾウリムシに似た巨大な何か。それが彼女の目の前に一体風に揺られて漂っていた。その姿にフォローをしていた魔理沙ですら思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「まさか、そんなもので私を倒す気?」
『レミリア』は失望した、と言わんばかりの表情を浮かべる。だが咲夜は少しも動じることなく勿論ですと答えを返した。これが、貴方様を始末する一手です。迷いなくそう述べると、彼女は魔理沙に声を掛ける。
後は一人で大丈夫だから、向こうを見てやって。それだけ言うと、咲夜は薄く笑った。
「……信用するからな」
「ええ。しっかりとしてちょうだい」
言うが早いか魔理沙は踵を返し霊夢達へと飛んでいく。それを少しだけ目で追い、お待たせしましたと自身の主を模したそれに頭を垂れた。
「では、参ります。『クロノゾア』!」
未だ不敵な笑みを浮かべる『レミリア』へ、咲夜は自身のしもべで襲い掛かる。
白玉楼の庭園は、戦闘の余波で段々とその形を変えつつあった。
基本三話で一エピソードにしようと思ってたんですが、収まりきらなかったんで四話構成になってしまいました。
ティボルトが強く書けているかが心配です。
スペル説明
『拷問機械人』…アーティファクト・クリーチャー:構築物 パワータフネス共に2。能力未使用。
『粉砕』…アーティファクトを破壊する呪文。
『飛びかかるワーム』…クリーチャー:ワーム パワータフネス共に3。能力未使用。
『原初のプラズマ』…クリーチャー:エレメンタル・多相の戦士 パワータフネスは変動する。小悪魔は攻撃意志を持たないパワー1 タフネス6で召喚。
『送還』…クリーチャー一体を文字通り送還する呪文。
『怒鳴りつけ』…相手にダメージを与えるか、自身の選択肢を増やすかを相手に迫る呪文。
『差し戻し』…呪文を一つ打ち消し、スペルカードに戻す呪文。
『よろめきショック』…クリーチャー一体に2ダメージ。追加でもう一回放てるおまけ付き。
『荒廃稲妻』…ダメージを与えると共に相手のスペルカードを焼き払う呪文。
『ソリンの渇き』…相手のライフを奪い取る呪文。
『幽霊の将軍』…クリーチャー:スピリット・兵士 パワー2 タフネス3。能力未使用。
『未練ある魂』…通常のカードとは違うスピリット・クリチャーを喚び出す。
『水銀のガルガンチュアン』…クリーチャー:多相の戦士 パワータフネス共に7。対象となった相手をコピーする。
『筋肉スリヴァー』…クリーチャー:スリヴァー パワータフネス共に1。すべてのスリヴァーを若干強化する。
『増力スリヴァー』…クリーチャー:スリヴァー パワータフネス共に2 すべてのスリヴァーを強化する。
『減縮』…全てのクリーチャーをほんの少し弱体化させる。
『クロノゾア』…クリーチャー:イリュージョン パワータフネス共に3。能力は次回。
まともな説明はMTGWikiを見るといいと思います。