戦う連中多過ぎる。
派手にやってくれるわね、と幽々子は白玉楼の縁側の一角に腰を下ろし溜息を吐いた。だが、そんな言葉とは裏腹に表情は笑みを浮かべていて、その状況をどこか楽しんでいるようにも見える。
「このままだと、ここに住めなくなりそうだわ」
引っ越しを考えようかしら、と呪文の余波で吹き飛ぶ庭を見ながら呟いた彼女は、どこかいい場所はないかと隣に視線を向ける。虚空でしかなかったそこに、いつの間にか一人の女性が座っていた。紫色を基調とした道士服に身を包んだその女性は、どこからか取り出した湯呑みでお茶を飲みながら、そうね、と少し思案する素振りを見せる。
「出来れば明るい場所がいいわ。幽霊街って気が滅入るもの」
幽々子のその言葉に女性はクスリと微笑んだ。それならばいっそ上層にでも移動させましょうか。指を天に向けながら、彼女はそう言って幽々子に視線を向けた。
上層、というと天界や仙界のある場所だが、白玉楼を引っ越すほどの広さは残っていただろうかと幽々子は首を傾げた。そして、ねえ紫、と女性の名前を呼びその旨を訊ねる。
その問い掛けに、紫は心配要らないわと返した。仙界は上層とも中層とも言えない微妙な空間であるし、天界は無駄に広いがそれは残っているスペースをそう読んでいるだけに過ぎないのだから。そう続けると、笑みを浮かべたまま彼女は幽々子の返答を待つ。
「そうねぇ。それもいいかもしれないわね」
まあどちらにせよ、とりあえずはこの異変をどうにかしてからになるのだが。そんなことを思いつつ、そういえばと彼女は紫に視線を移した。どうしたの、と首を傾げる紫に向かい、幽々子は向こう側でレミリアと対峙しているティボルトを指差す。
「彼もプレインズウォーカーなのよね。いいのかしら、あのままで」
言外に、龍師範なり紫なりが対処しなくてもいいのだろうかと述べたのだが、対する紫は何だそんなことかと言わんばかりの反応を見せた。別に構わない、と言い放つと、空になった湯呑みにお茶のおかわりを注ぐ。
その為に、博麗の巫女がいるのでしょう? そう言うと、紫はどこか不敵に微笑んだ。
「成程。貴女も龍師範も、楽がしたいのね」
そう言って幽々子は微笑む。まあどちらにせよ本当に何とかしなければならないのならばとっくにどちらかで解決しているわけで、そうでないのならばお察しだ。そう判断した彼女は、じゃあこのまま見守りましょうと同じようにお茶のおかわりを注いだ。
「それにしても、妖夢もまだまだねぇ。私の偽物だからって、遠慮することないのに」
それとも、どうにも出来ないほど未熟なのか。『解放の樹』の付近で『幽々子』に押されている妖夢を眺めつつ、彼女はやれやれと肩を竦める。そんな幽々子に向かい、しょうがないわよと紫がフォローを入れていた。
「でもほら、向こうのメイドさんは真正面から叩き潰そうとしているわよ」
ああいうのが真の従者というものだろうという幽々子の言葉に、紫はそれは少し違うのではないかと頬を掻いた。
「っく」
妖夢は苦い顔を浮かべると、目の前の『幽々子』から距離を取った。あれは偽物、偽物、と呟いているが、しかしどうにも吹っ切れずにいるようでその動きはどこか迷いが見える。そんな彼女を楽しそうに眺めながら、『幽々子』はゆっくりと歩みを進めた。両手を広げ、さあ攻撃してこいと言わんばかりのその姿を見ても尚、妖夢は手にしているスペルカードを唱えられない。
「あーもう! 使えない奴ね!」
どけ、と妖夢を押しのけた霊夢は、代わりに自分が相手だとカードを掲げた。変わらない笑みを浮かべた『幽々子』は、相変わらず隙だらけの格好で同じようにカードを取り出す。
牽制だ、と持っていたスペルカードを投げ付けた霊夢は、視線を目の前の相手から外さずに背後で尻餅をついている妖夢に声を掛けた。
「あいつの得意呪文は!?」
「え? ゆ、幽々子さまの?」
「他に誰がいるのよ。いいからキビキビ答える」
「えっと、幽霊とかその辺の呪文が得意よ」
「ということは、黒マナ使いか」
ならば対策の立てようはいくらでもある。そう呟きながら、更にカードを数枚取り出した。幸いにして自身の得意である赤や緑の呪文は黒対策になるものもある程度揃っている。向こうが体勢を整える前に押し切れば。
そこで霊夢の思考は中断された。いつの間にか『幽々子』の横に現れていたクリーチャーを見たからである。幽霊のような、雲のような、そんな存在が佇んでいる。その姿に気を取られている内に、『幽々子』は更にもう二体、クリーチャーを喚び出していた。体がずぶ濡れの、水の滴っている少女の幽霊。最初にいたクリーチャーとはまた雰囲気の違うそれは、ニコニコと笑っている『幽々子』と相俟って得も知れぬ不気味さを演出していた。
「さあ、いらっしゃい。私を殺しに」
「……言われなくても、すぐに屍にしてやるわ」
言うが早いか霊夢は持っていたカードを唱える。生み出された炎は『幽々子』の隣に立つ幽霊を焼き払わんと燃え上がり、しかしその一撃に耐えた幽霊は消し飛ばずにそこに佇んでいた。
それを見た霊夢の表情に僅かな動揺が走る。それを見逃さず、『幽々子』は楽しそうに扇子で自身の口元を隠し微笑んだ。
「どうしたの? 早く屍にしてちょうだい」
「言われなくても、すぐにやってやるわよ!」
持っていたもう一枚のカードを唱える。全身が燃え盛る精霊を喚び出し、追撃を加えんと命令を下す。
やってしまえ、と彼女が叫ぶと同時、『幽々子』の周囲の少女の幽霊が何かを祈るように頭を垂れた。その瞬間、得体の知れない幽霊から風が吹き、霊夢の『炎の精霊』を消し飛ばす。唱える前のカードとなって戻ってきた『炎の精霊』を見ながら、彼女は今度こそ驚愕の表情を浮かべた。
「な、何!? 何なの!?」
「あら、知らなかったのね。この子は『貿易風ライダー』。他のクリーチャーとの連携で相手のパーマネントを押し戻すことの出来る、とっても優秀な幽霊なの」
「んなっ!?」
どう考えても黒ではないその能力を持ったクリーチャーを見た霊夢は、どういうことだと妖夢を睨んだ。が、妖夢はそんな彼女を睨み返す。私は一言も幽々子さまが黒使いだなんて言ってない、と。
「幽々子さまの得意呪文は、青と白よ」
「ふざっけんじゃないわよ! 相性最悪じゃないの!」
「それはあんたが未熟なだけでしょ」
「だったらそっちはどうなのよ。確かあんたも赤と緑の呪文使いでしょ」
吐き捨てるようにそう述べた霊夢に、妖夢はどこか馬鹿にするように鼻で笑う。決まってるじゃない、と自慢気に胸を張った。
「勝てないわよ」
「この半人前!」
ギャーギャーと騒がしい向こう側と正反対に、もう片方の戦闘は静かであった。共にいた魔理沙は霊夢の方へと向かっている為に、一対一で対峙しているその少女、咲夜は真っ直ぐに目の前の相手である『レミリア』を睨み付けている。
そしてその足元には、何もせずとも力尽きようとしている奇妙なゾウリムシのような生物が一体。
「それで、その死にかけの生物で何をするのかしら?」
「あら、『お嬢様』。これが貴女には死にかけに見えるのですね」
その物言いに『レミリア』は訝しげな表情を浮かべる。どう見ても戦えるような存在ではないそれを、何故ああも自信満々に見せているのか、それが解せない。だが、コピーした本物の記憶によれば咲夜はほとんど呪文を使ったことがない素人、ならば所詮はその程度なのだ。そう判断し、『レミリア』はふんと鼻を鳴らす。
カードを唱え、骨で出来た蝙蝠を喚び出すと、さっさと始末しろと命令を下した。明らかに飛ぶ機能を失っている骨だけの翼がはためき、蝙蝠は咲夜へと襲い掛かる。
「……『送還』」
『クロノゾア』を使うわけではなく、自身の呪文により蝙蝠を凌いだ咲夜は、そろそろかしらと呟いた。死にかけていた奇妙な生物は、その言葉を聞いた辺りで力尽きゆっくりと地面に溶けていった。
何もせずとも勝手に死んでしまったそれを見た『レミリア』は、呆れたように肩を竦めた。何がしたいのか知らないが、その程度でよくもまああんな言葉を吐けたものだ。そう言うと、新たに二体の骨の蝙蝠を喚び出しその内一体で咲夜へと狙いを定める。
「殺れ、『骨髄コウモリ』」
言葉と共に再び咲夜へと向かう蝙蝠。それを何をすることなく眺めていた咲夜は、その牙が到達する寸前に口角を上げた。やはり貴女はお嬢様足り得ない。そう呟くと同時、足元から生えてきた何かによって蝙蝠は吹き飛ばされる。
「よくやったわ、『クロノゾア』」
「っ!?」
それは先程息絶えた奇妙な生物。それが二体、彼女の周囲に浮かんでいた。その内一体は『骨髄コウモリ』と戦闘を始めて相打ちとなって消滅したが、しかしもう一体が咲夜を守るように立ち塞がる。
「本物のお嬢様は、そのような考えなしの攻撃を行うことはありません。困ります『お嬢様』、ちゃんと本物を模していただかないと」
言いながら、咲夜はゆっくりと『レミリア』に近付く。その過程で『クロノゾア』は段々と弱っていき、距離を詰めた頃には再び息絶え掻き消えていった。
同時に、二体の『クロノゾア』が現れる。
「……何、それは」
「『クロノゾア』、時間を糧とする奇妙な生物。ただ、それだけですわ」
涼しげな顔でそう述べる咲夜を見て、『レミリア』は少しだけ顔を歪めた。この距離では何か呪文を唱えようとすればそれに合わせて止めを刺されるのが落ちとなる。本物のレミリア・マルコフならともかく、所詮姿を模した『水銀のガルガンチュアン』でしかない『レミリア』では、対処が出来ない。
短く舌打ちをすると、『レミリア』は素早く距離を取った。同時に取り出したカードにマナを込め、咲夜の周囲に漂っている『クロノゾア』へとそれを放つ。二体いたうちの片方は、空間から表れた剣に串刺しにされると弾け飛んだ。
「……自分から死ななければ、増えないのね」
「さて、それはどうでしょうか」
口角を上げた『レミリア』に対し、咲夜はあくまで涼しい顔を崩さない。残っている『クロノゾア』と共に少しだけ後ろに下がり、追加のカードにマナを込めている。
それを見た『レミリア』は、ここが好機だと前に出た。元よりこの体は目の前の相手より圧倒的に実力で勝っている。切り札の種が割れた以上、恐れる必要などどこにもない。
「『血狩りコウモリ』」
喚び出された蝙蝠は瞬時に咲夜の首筋に齧り付き、その血を啜る。だが、それも一瞬、すぐさま『レミリア』の下へと戻った『血狩りコウモリ』は、その血を主に分け与える。ペロリと赤い液体を舐めとった『レミリア』は、目を細めその口に隠された牙を見せた。
「『お嬢様』らしからぬ下品な仕草ですね」
「あら、お気に召さなかったかしら?」
「ええ、とっても」
言いながら彼女はカードを投げる。目の前に浮遊する壁を喚び出すと、『レミリア』が視認出来ないその壁の向こう側で鉄面皮を崩した。このまま時間を掛ければ無数に増える『クロノゾア』で押し潰すことが可能だが、目論見がばれた以上やすやすと行わせてはくれないだろう。そこまで考えた咲夜は、短く息を吐くと少しだけ目を閉じた。
元よりそんな悠長な方法で勝とうなどとは思ってはいない。増やして数で押し潰すのは、こちらで能動的に行うのだ。
「――『逆説のもや』」
静かに呪文を唱えた。同じ呪文構成のカードを二枚、開放する。咲夜の周りにその名の通り霧のようなもやが生まれ、その姿を覆い隠してしまうほどの濃さとなって広がっていく。
そのもやに巻き込まれないように注意を払いながら、『レミリア』はこれがどうしたのだ、と姿の見えない本物に仕える従者へと問い掛けた。その言葉に見ての通りですと短く答えられたのを聞き、『レミリア』は眉を顰める。どうやら答える気はないらしいと判断し、自身の喚び出していた二体のクリーチャー、『骨髄コウモリ』と『血狩りコウモリ』をもやの中へと突っ込ませた。
「先程も述べたはずです。そのような考えなしの攻撃をされては『お嬢様』らしくない、と」
咲夜が前に出たのか、もやからそのシルエットがうっすらと見える。人影は一つ。先程出した壁はそのままなのか見当たらず。
そして、ゾウリムシのような奇妙な生物は、十六体。
「いつの間に……!?」
「今、つい先程です。このもやの中で、すぐさま未来へと着地しただけですわ」
言いながら咲夜はもやを消した。はっきりとした視界に見えるのは、先程見えていた通りの、咲夜と十六体の『クロノゾア』。そして、自身がもやへと突っ込ませた蝙蝠の死骸であった。
一歩咲夜が踏み出す。それに合わせて『クロノゾア』が動き、そしてゆっくりと分裂を続けていく。十六体から、更に倍に。
『レミリア』は動けない。本物ならばどうとでもなるような状況だが、コピーでしかない自分は動けない。否、自分から望んで動かない。
それはレミリア・マルコフのコピーとしての、潔く敗北を受け入れるという意志の顕れでもあり、同時に本物に対する『水銀のガルガンチュアン』というクリーチャーとしての敬意の顕れでもあった。
出した答えは一つ。あがくのは、この姿に相応しくない。
「……今度は、本物に勝てるといいわね、咲夜」
そう述べ、『レミリア』は薄く笑った。今から自分を殺す相手を見て、そんな表情を浮かべた。それは、コピー元である彼女のものか、はたまた。
そしてその顔を見た咲夜も、同じように薄く微笑んだ。今はまだ届きませんが、いつかはきっと。そう言うと、大量に増えた『クロノゾア』に命令を下す。
無数の奇妙な生物の攻撃を食らい吹き飛んだ『レミリア』は、元のクリーチャーの姿を取り戻すとそのまま地面に激突し押し潰れる。主人の姿をしていたものからただの血溜まりに変わっていったそれを見ながら、咲夜は一瞬だけ視線を本物の主人へと移した。が、そこに向かうでもなく、反対方向の『解放の樹』へと歩みを進める。
手出しは無用。言われるまでもなくそれを感じ取った彼女は、自分の仕事を完遂しようと足を早めた。
「流石は私の従者ね。言わなくても望む行動をしてくれるわ」
「ふん」
「それに比べて、そちらの従者は随分と出来損ないのようね」
「それについては同意しよう」
あからさまなレミリアの挑発に、ティボルトはそう返す。そして、霊夢に襲い掛かっていたものと同じクリーチャーを喚び出すと、彼女の幽霊の小隊に向かって襲い掛からせた。燃え盛る肉体を持った猟犬は迎撃態勢を取る幽霊の一体の喉笛へと牙を突き立てる。人間ならば致命傷であるが、生憎と相手は幽霊。その状態でも構わず猟犬へと攻撃を加え、そして共に力尽きたのか揃って倒れ伏した。
「む」
「あら、予想外だったのかしら」
「少しだけな」
「そう。じゃあ」
もう少しその顔を歪めてもらおうかしら。そう言うと、レミリアはマナを込めていたカードを頭上へと放り投げる。詠唱を完了したそれは、更なる幽霊のしもべを生み出し彼女の率いる小隊へと組み込まれた。『幽霊の将軍』を中心に、六体のスピリットがティボルトに向かい武器を構える。
数で圧倒的不利なその状況を、しかし彼は笑みを浮かべて佇んでいた。苦痛を嗜好とするティボルトにとって、このような状況はむしろ望むところなのだ。自分が痛みを覚え、そしてそれを糧とし相手に更なる苦痛を与える。
それが、彼には楽しくて仕方がない。
やってしまえ、というレミリアの言葉で一斉に襲い掛かるスピリットの攻撃を敢えて全て自らの身で受けたティボルトは、ゴロゴロと地面を転がりながら高笑いを上げた。
「……精神に異常でもきたしたか? いや、最初からおかしかったわね、貴方」
「好きに言えばいい。どのみちこの程度では倒れん」
ゆっくりと立ち上がったティボルトは一枚のカードを唱えた。何とも形容しがたい死体を繋ぎ合わせて作り上げたようなゾンビが彼の横に立ち、そして濁った瞳をギョロリとレミリアに向ける。普通の人間であれば恐怖を覚えたのかもしれないそれは、彼女にとってはとくにどうということはない一体のクリーチャーでしかない。気にすることなく再びスピリットに突撃命令を下した。
一・二体はそれに防がれると思っていた彼女は、しかしティボルトが再び全ての攻撃を食らい吹き飛ぶのを見て怪訝な表情を浮かべる。対するティボルトは笑みを消すことなく再びゆっくりと立ち上がった。
「こいつは防御などという高度なことが出来る脳味噌を持っていないからな」
「だったら何故出したの? ……本当におかしくなったのかしら」
「いや、何。ここまで相手を追い詰めておいて――」
カードを取り出す。瞬間、二人を爆煙が包んだ。炎が周囲を焼き払い、レミリアの小隊のスピリットはその悉くが燃え尽きていく。その火の勢いに思わず腕で顔を覆った彼女は、燃え尽きなかったティボルトのクリーチャーが腕を振り上げているのに気付くのが一瞬遅れた。
「かはっ……」
「一気に不利になる、というのはどれほどのものか、と思ってな」
所々が焦げているゾンビは、レミリアを殴り付けた手なのか足なのか分からないものが縫い付けられている腕で彼女を締め付ける。ギリギリと圧迫されていくその力に、堪らずレミリアは苦悶の表情を浮かべた。
「『紅蓮……地獄』か」
「ご名答。では『よろめく死体』、正解した彼女に褒美の苦痛を与えてやれ」
締め付ける力が強くなる。小柄な彼女の体がミシミシと嫌な音を立て、その口から小さく悲鳴が漏れる。
その光景が楽しくて仕方がないのか、ティボルトは肩を震わせながらその光景を眺めている。お次はこいつだ、ともう一枚カードにマナを込めると、それを解放した。『よろめく死体』に締め付けられているレミリアとティボルトの周囲を、巨大な渦が取り囲む。独特の刺激臭を放つその渦は、レミリアも、そして呪文を唱えたティボルトさえも蝕んでいった。
「ははははっ! さあ、一体どこまで苦痛に歪んだ表情を見せてくれるのか、楽しみだ。なあ、レミリア・マルコフ!」
心底楽しそうなその声は、渦で周囲から隠されても尚白玉楼に響き渡った。
「あらら、何か勝っちゃいそうですね」
『解放の樹』まで逃げ切った小悪魔は呑気にそんな言葉を呟いた。渦の中でどうなっているかは窺い知ることは出来ないが、先程までの状況からすればあのままいたぶって終了だろう。そう結論付け、彼女は視線を樹の向こうに向けた。自身の喚び出した『水銀のガルガンチュアン』のうち一体は既に倒され地面の染みになっているが、もう一体は未だ優勢を保っているようで、加勢に向かっているあの二人さえ止めればどうとでもなりそうであった。
「意外と掘り出し物だったかな、あのコピー」
美人でスタイルもいいし、この後も色々使い道がありそうだ。どこか悪巧みするような笑みを浮かべると、さてじゃあ行きますかと飛び上がる。ここは通しませんよと立ち塞がったその状況は、奇しくも先程と全く同じであった。彼女が対峙している相手は、魔理沙と咲夜の二人だったのだから。
「何だまたお前かよ」
「懲りないわね」
「ってうわ! 咲夜、お前いつの間に」
「ついさっきよ。もたもたしてるから追い付いちゃった」
早く向こうに行きましょう、という咲夜の言葉に、魔理沙もそうだなと頷く。だが、何かに気付くように眉を顰めると、あっちはいいのかと彼女は渦を指差した。ティボルトの高笑いと、レミリアの悲鳴が聞こえる空間を。
「お嬢様は負けないわ」
「さいですか」
ならいいや。そう続けると、魔理沙はじゃあ行くかと足を踏み出した。それに続くように咲夜も歩みを進める。
無論、立っている小悪魔は完全に無視をして、である。
「いやいやいや! 待って下さいよ。ここは通しませんって言ってるじゃないですか」
「『飛び掛かるワーム』」
「『クロノゾア』」
「問答無用で始末しにかかってきたぁ!?」
叫びながら二体の攻撃を躱す。明らかに動揺しながら四つん這いで距離を取ると、そっちがその気ならこっちもその気ですと二枚のカードを取り出した。彼女がその呪文を展開すると、魔理沙と咲夜の喚び出したクリーチャーと全く同じものが現れる。
「結局コピーかよ」
「ちっちっち。これは一味違いますよ。だってほら」
小悪魔の『飛び掛かるワーム』が唸り声を上げる。それと同時に、魔理沙の『飛び掛かるワーム』は倒れ伏し動かなくなった。同様に、小悪魔の『クロノゾア』がゆらゆらと揺らめくと、咲夜の『クロノゾア』はあっさりと弾け飛ぶ。
その光景を呆気にとられた表情で見ていた二人に向かい、小悪魔はほらねと笑みを浮かべた。
「さ、今度はそっちが問答無用で始末される番ですよぉ」
『飛び掛かるワーム』と『クロノゾア』が、二人へと襲い掛かる。一瞬の動揺が明暗を分けたのか、二人共にその攻撃を躱しきれず、揃って吹き飛び宙を舞う。地面を二・三度バウンドして倒れ伏した二人は、攻撃の当たった箇所をさすりながら顔を顰めつつ立ち上がった。その顔には敗北を認める気などさらさらないことが感じられ、むしろやる気満々であることが見受けられた。
「あれ? まだやるんですか?」
「何言ってるんだ? まだじゃなくて、今から始まるんだぜ」
言いながら魔理沙が投げ付けたそのカードは、呪文が展開されると同時に『飛び掛かるワーム』を消し去った。え、と素っ頓狂な声を上げた小悪魔の横で、『クロノゾア』が消し飛び彼女の手の中のカードに戻っていた。
「『恐怖』」
「『送還』」
「え? え? え!?」
「クリーチャーはコピーされるんなら、そうじゃない手段で倒せばいい」
「生憎と、私達はそれくらいの頭は持ってるわ」
魔理沙はじっくりとマナを込めた一枚のカードを。咲夜は軽くマナを込めたカードをそれぞれ構える。今の言葉からするならば、これから放つ呪文はクリーチャーではない何か。そうなると、小悪魔は先程までのような方法は使えない。
「あ、用事を思い出したんで帰りますね。じゃ――」
「『氷の牢獄』」
「うひぃ! 寒い! 動けない! ってちょっとこれマズ――」
「じゃあな、名前も知らん奴。『堕落』!」
いつぞやに霊夢を倒した巨大な黒い手が小悪魔を掴む。青褪めた表情でブンブンと首をふる彼女に構わず、魔理沙は親指を立てた拳を下に向けた。ついでに舌を出すのも忘れない。
ぐしゃり、とあまり気持ちのいいものではない音が響いた。硬く握られたその手からは赤黒い液体が滴り、地面を濡らしている。どう見ても致命傷であり、握り潰された小悪魔は生きていないであろうことが伺えた。事実、開かれたその手から地面に落ちた彼女はズタズタで、ピクリとも動かない。
「……魔理沙」
「……い、いや、ちょ、ちょっと待った! 私はちゃんとスペルカードルールに則った攻撃呪文を放ったぞ。いつぞやの霊夢と一緒にするな!」
「でも、彼女はどう見ても死体に早変わりしてるわ」
「いや、そうだけど、でも、私は」
オロオロと慌てる魔理沙を見て、咲夜はやれやれと溜息を吐く。ついさっき、ここに来る前に同じシチュエーションを体験しているだろうに。そんなことを思いつつ、隣の少女に声を掛けた。
「落ち着きなさい。魔法の森でもあったでしょう?」
咲夜のその一言を聞いて、魔理沙は何かに気付いたように視線を小悪魔の死体に向けた。大分原型を留めていないが、これは間違いなく先程までコロコロと表情を変えていた少女だ。
そう判断しかねないほど精巧にコピーされた、小悪魔そっくりのクリーチャーであった。
「こいつもコピーかよ!」
「そういうことね。さて、本物はどこに……」
視線を巡らせると、既に二人から遠く離れた向こう側、『幽々子』の隣へと走って行くその後姿が。いつから入れ替わったのか分からないが、どうやら完全に二人は一杯食わされたらしい。
「あんにゃろー!」
「やってくれるわね」
魔理沙は激しく、咲夜は静かに。人を馬鹿にした小悪魔に対する怒りを募らせながらその背中を追い駆けた。
この話はライフを二十削ったら勝ち、とかそういうのではないので、ティボルトが二十四点ダメージを食らっていますが気にしない方向でお願いします。
ピンチなのはおぜうの方です。
スペル説明
『貿易風ライダー』…クリーチャー:スピリット パワー1 タフネス4。飛行能力と相手のクリーチャーやエンチャントやアーティファクトをカードに戻す能力を持つ。
『骨髄コウモリ』…クリーチャー:コウモリ パワー4 タフネス1。飛行能力持ち。もう一つ能力を持つが、未使用。
『血狩りコウモリ』…クリーチャー:コウモリ パワータフネス共に2。飛行能力と、召喚された時に相手から生命力を奪う能力を持つ。
『逆説のもや』…対象の術者の特定の時を追加するエンチャント。
『紅蓮地獄』…全てのクリーチャーにそこそこのダメージを与える呪文。
『よろめく死体』…クリーチャー:ゾンビ・ホラー パワー4 タフネス3。術者を守ることが出来ない。能力未使用。
『氷の牢獄』…対象の動きと能力を封じるエンチャント。