MTGメインのサブ東方です。
ので、MTGのストーリー知識がそこそこないとさっぱりかもしれません。
ラヴニカ。都市でもあり次元そのものでもあるその場所は、ほんの少し前まで大きな混乱の只中にあった。ギルドと呼ばれる十の勢力の均衡が危うく崩壊しかけ、そしてそれを十のギルドが揃って阻止する、という知らない者からすれば茶番とも言えるようなその事件。結果として新たな均衡の証明であるギルドパクトが再び結ばれ、ラヴニカは再び元の様相を取り戻しつつあった。
そんな都市次元の大通りを歩く陰気な男が一人。フード付きの青い外套を纏ったその男は、何かを考えこむように足を進めていた。それでも人にぶつからないように足を動かしているのは流石というべきか。
どうしたものか、と男は呟く。ギルドの一つ、アゾリウス評議会に所属する人物であり彼の現在の協力者の一人でもある女性ラヴィニアが、奇妙な殺人事件の報告をしてきたのだ。同じくギルドの一つゴルガリ団の管轄下で起きたそれは、死体がことごとく石化していたというのだ。加えて、その死体にはあるメッセージが込められていたという。
お前の正体がプレインズウォーカーであると知っている。そして、それを行った者もまた、プレインズウォーカーである、と。
「どうしたものか……」
「あら、相変わらず辛気臭いのね」
横から掛けられた声に思わず男は顔を向ける。そこには紫のローブを纏った若い女性が本を片手に彼の方へ笑みを浮かべていた。何だ君か、と男は安堵したように息を吐くと、女性はあら、と声を上げる。
「ミス・タンドリスの方が良かったのかしら?」
「……冗談はよしてくれ」
「そこそこ本気だったのだけど。彼女のこと、最近避けてるらしいじゃない」
どうしたのよ、と女性は少し問い詰めるように彼に述べると、男は別にそんなことはない、と顔を逸らした。
「ただ単に、忙しいだけさ。これでも――」
「ラヴニカの生きるギルドパクトだから、かしら? ミスタ・ベレレン」
「――分かっているならいちいち聞く必要はないだろうに」
「そんなことないわ。だって貴方の言い訳でない本音が聞きたかったのだもの」
クスクスと笑う彼女を見て、男――ジェイス・ベレレンは苦い顔を浮かべた。それはつまり、今の彼の言葉が言い訳であるということを知っていることに他ならず。同時に、彼の秘密を彼女は知っているという意味でもあった。
「ミス・ノーレッジ」
「どうしたの、そんな顔して。辛気臭い顔が益々辛気臭くなるわ」
「……本来ならラヴニカの住人を巻き込むまいと思ったが、まあ君なら構わんだろう」
「馬鹿にされてるのかしら?」
「まさか。十のギルドの全てに所属し、そしてその全てから離反した魔女、『ギルドの渡り鳥』パチュリー・ノーレッジを馬鹿になどしないさ」
「してるじゃない、馬鹿に」
だいたい何よその通り名。そんなことをぼやきつつ、パチュリーは面白そうに口角を上げるジェイスを見ながらふんと鼻を鳴らすのであった。
「殺人事件?」
「ああ」
ラヴニカ第十地区にあるジェイスの研究室。今はギルドパクト大使館でもあるその一室で、ジェイスとパチュリーは向い合って話を進めていた。どこかカフェで、という彼の提案に、人混みは嫌だのここの紅茶はまずいだのと文句をつけ彼女はここまでやってきたのだが。余計な時間は掛かってしまうものの、どのみちあまり他人に聞かれるのも問題だと思い直し、ジェイスはある意味正解だと結論付けていた。
そして彼の話を聞いたパチュリーは、早くも聞いたことを後悔し始めていた。わざわざメッセージ性を含んだ石化死体を残すほどの自信を持ち合わせたゴルゴンなど、ゴルガリの中でも一握りだ。
はぁ、と溜息を吐いた彼女は、そこで少し考えこむように視線を落とした。その死体のどこにメッセージ性があったのか分からなかったからだ。
「死体が俺の名前を示していたそうだ」
「それはまた、直球ね」
そういう部分は最初に言え、と視線で述べつつ、その死者の名前を一つ一つ見ていく。目の前のこの男が悩むほどだ、きっとそれ以外にも隠されたメッセージがあるに違いない。そんなことを思いながら、犠牲者三人の名前を復唱した。
「リンナ・ストラーデック。シャーン・ダイラーラ。ハジン・ディーカー」
「……分かるのかい?」
「分かる、と言ったらもう抜け出せないじゃない」
やれやれ、と書類を机に投げると、パチュリーは天井を仰ぎ見る。こんなことならもう少し無知でいるのだった。そんなことをぼやきながら、視線は戻さず彼女は彼を呼ぶ。
報酬は弾むのでしょうね。そんな問い掛けに、まあ善処はするよと彼は苦笑した。
「イニストラード、シャンダラー、もう一つこれはゼンディガーかしら」
「……流石はギルドの渡り鳥。その手の知識も持ち合わせていたか」
「そんなお世辞はいらない。そもそも、知っているから巻き込んだんでしょう?」
「勿論」
くつくつと笑うジェイスに視線を戻し睨みつつ、いいから話を続けるぞと彼女は机を叩く。それで、その次元が一体何に関係するのだとパチュリーはジェイスに詰め寄った。
簡単な事だ、と彼は肩を竦める。その三つは、自分がかつて立ち寄った次元の名前だ。そう言うと表情を真剣なものに変え、ジェイスは書類に視線を落とした。
「つまり、相手は貴方がプレインズウォーカーだと知っている」
「加えるなら、その次元の認識もしている以上、相手もプレインズウォーカーだと見て間違いないだろう」
流石に君のような変わり者が五人も六人もいたら堪らないからな。彼がそう続けるのを聞いて少しだけ苦い顔を浮かべたパチュリーは、しかし特に何を言うことなく思考を巡らせた。
犯人の目星は付く。今言った条件に当て嵌まるような人物などそれこそ二人といない。だが、その目星である人物が問題であった。
「で、場所はどこだって?」
「ロズラッド広場だ。既にラヴィニアの部下達は下がらせてある」
「……何? 自殺しに行くの?」
「余計な被害を極力減らそうと思っただけさ」
「ここに今から被害を受ける美少女魔導師がいるんですけどね」
「自分で言っていれば世話ないな」
笑いながらジェイスは席を立つ。それに合わせるようにパチュリーもまた立ち上がった。ある程度の情報の共有を行えば、後は現地で確認するのみ。そう二人共に判断したのだ。
大使館から外に出る。まだ日差しは高く、闇の時間は程遠い。だというのに、どこか暗雲の立ち込めているような、そんな気配が二人を包んだ。
「ねえ、ミスタ・ベレレン」
「何だ?」
「ミス・タンドリスに声を掛けていかなくていいの?」
「それとこれとは――」
言いながらジェイスはパチュリーの方を向き、そしてそのまま彼女の思考を読み取った。成程、そういうことか。言い掛けた言葉を飲み込み無言で頷くと、彼は呪文で自身の幻影を一つ呼び出す。
「挨拶には、行っておかなくてはいけないな」
「ええ。そうしなさいな」
軽口を叩き合いながら、二人はラヴニカの道を歩く。
ゴルガリ団の管轄地、ロズラッド広場は静まり返っていた。ラヴィニアの部下達は引き払っており、そして殺人現場であるため閉鎖されている。一歩間違えれば迷い込んだ瞬間新たな死体になりかねないそんな空間に好き好んで訪れる者などまずいない。いるとすれば自殺志願者か、正気を失った者、あるいは実力を持った変わり者だ。
その三番目に位置する二人は、陰鬱な空気を纏ったその広場に足を踏み入れていた。ジェイスもパチュリーも初めて来た場所などではないために、菌類と苔に覆われた壁に何の感想も抱くことなく、ただ目的の人物がいるかどうかだけを確認している。
「いないわね」
「そのようだ」
「すっぽかされたのかしら?」
「いや、やはり余計な人物を連れてきたのが間違いだったか」
「そっちから巻き込んだ癖に」
ふん、と鼻を鳴らしながらそっぽを向いたパチュリーは、そこで奇妙なものに気付いた。壁にくっついたまま動かなかったので見逃していたが、そこにあるのは菌類でも苔でもなく。
「ジェイス!」
「ちぃ!」
巨大なヒルが二人へと飛び掛かる。それをバックステップで躱した二人は、お互いに目の前のクリーチャー相手に呪文を紡いだ。そんなことを気にすることなく、ヒルは目の前の獲物、狙いを定めた片方であるパチュリーへと口を広げる。同時に、全身に開いた穴からドロリと体液が零れ出た。
「燃えろ!」
炎の槍を左手に生み出し、ヒルにぶつける。ヒルは炎上し悲鳴を上げたが、しかしその勢いは落ちなかった。ちぃ、と舌打ちをすると同時に再び呪文を紡ぎそれを放つ。放とうとする。
それを遮るように、彼女の左腕を掴む背後からの乱入者があった。
「ワイト!? いつの間に」
腐った死体はその眼孔をパチュリーへと向ける。崩れかけた口が三日月を形作るのを見ていた彼女は、燃え尽きなかったヒルが自身に迫っていることをそこでようやく思い出した。視界一杯に体の崩れたヒルの大口が映り、その端正な顔が思わず歪む。
その直前、ジェイスによって放たれた呪文によりヒルはどこかに消し飛ばされた。大丈夫か、と述べるジェイスに遅いと文句を一言述べ、パチュリーは後ろのワイトをそいつ自身に邪魔され放てなかった呪文で吹き飛ばす。ゼーゼーと肩で息をしながら、一体何なんだと悪態を吐いた。
「犯人の刺客、といったところだろうか」
「わざわざ呼び寄せておいてこんな方法で始末するだなんて、とんだ臆病者ね」
「君には案外効果的だったみたいだがね」
「体を動かすのは嫌いなの!」
やってられん、と椅子を生み出しそこに腰を下ろしたパチュリーは、もう後は任せたと言わんばかりである。それをジェイスも分かっているのか、やれやれと肩を竦め済まなかったと頭を下げた。
しかし、と彼は視線を巡らす。こちらも助っ人を一人用意していたとはいえ、クリーチャー二体程度で曲がりなりにも生きたギルドパクトでありプレインズウォーカーである自身を始末出来るなどと本当に思っていたのだろうか。そんな疑問が頭をもたげたのだ。だが、そうだとするとさっきの襲撃の意味が分からない。
「挨拶代わりだったりするんじゃないの?」
「ミス・ノーレッジ――いや、パチュリー、君は本気でそんなことを言っているのか?」
「もうさっきのでやる気なんかゼロよ。本気なわけ――」
椅子に座ったまま適当な事を述べ、ジェイスにじろりと睨まれたパチュリーは体を伸ばす。その途中で言葉を止めた。立ち上がり、何かを探るように視線を向けると呪文を短く、そして小さく紡ぐ。
それに気付いたジェイスもまた、呪文をいつでも放てるようにしながら視線を彼女と同じ方向に向けた。双方共に表情は真剣で、視線の先にあるのが何か、それを分からないまでも警戒しているのが見て取れる。
やがてそこから現れたのは翡翠色の外套を纏った人影であった。フードで顔を隠していたが、少なくとも人間と同等の姿をした存在であるのは明らかだろう。その人影は、ゆっくりと二人に近付くと、ぺこりとその頭を下げた。
君がメッセンジャーか。そうジェイスが尋ねると、人影はコクリと頷く。そして、どこか辿々しい女性の声で言葉を紡いだ。伝言を受け取ってくれて嬉しいよ、と。
「そんな挨拶はどうでもいいの。早いところ用件を言ってくれないかしら」
腕組みをした手を指でコツコツと叩きながらパチュリーが言う。ジェイスはそんな彼女を見て苦笑した。どうやら大分ご立腹らしい、そんなことを思いつつ、彼もそうだなと外套を纏った人影に向き直る。
「俺はただ話がしたかっただけなんだ。出来ることなら誰も傷付けずに済ませたい。申し訳ないが、少しだけ君の心を見せてもらっても構わないかな」
言いながらジェイスは先程とは違う呪文を唱えようとその手を動かした。が、それよりも早く人影は彼の手を掴む。一瞬目を見開いたジェイスは、しかしまあ当然かと思い直し、デリカシーがなかったかと呪文を消し去り謝罪をした。考えてみれば当たり前だろう、少し警戒し過ぎて気配りが雑になってしまったかもしれない。そんなことを思いながら彼は息を吐く。
「違う! 違うわジェイス! そいつ」
「ん? ……なっ!?」
人影は、掴んだ手を自身の口元へと持っていく。そして、あろうことかそのまま咀嚼しようとしたのだ。素早く腕を引き抜くと、人影は虚空を噛み砕いた。ガチン、と歯と歯の鳴る音が響き、そこでようやく向こうはそこにジェイスの腕が無いことに気付いたらしい。
何だあれは、と彼は呟いた。人喰いということは人間ではないのだろうが、しかしそれにしては体躯が小さ過ぎる。エルフやドライアドがこんなことをするとは考えられず、かといって亜人ではない。となると、残るは人工物か、あるいは。
「……何、あいつ。ゾンビ?」
「だろうな。恐らく犯人が用意した刺客の続き――」
ジェイスの言葉を遮るように、違いますわ、という女性の言葉が響いた。外套を纏った人影の後ろ、広場の奥から歩いてくる新たな人影が二人の目に映る。どうやら今度は正体を隠す気も無いようで、顔も服装も二人からは良く見えた。
青いワンピースを着た女性。だが、ラヴニカでは珍しい装飾を施したその姿は、二人に警戒心を抱かせるには充分であった。何より、こんな場所に現れた時点でもう怪しむなという方が無理だ。
女性は笑みを浮かべながら、外套を纏った人影の頭を撫でる。よしよし、とまるで愛玩動物でも愛でるようにそれを行うと、さて、とジェイス達へと向き直った。
「初めましてギルドパクト様。私は霍青娥、縁あってある御方の伝言係を仰せつかっております」
ペコリと頭を下げる。そのあまりにも平然とした態度に、思わず二人の気が緩む。
だが、とジェイスは素早く持ち直した。目の前の彼女が愛でていたあの人影は、明らかにこちらを害しにきていた。それを容認しているということは、少なくともこちらを傷付けても何ら問題ないと思っているはずだ。そこまで判断した彼は、先程人影に行ったように青娥の心を覗こうと呪文を紡ぐ。
「あらあら。勝手に女性の心を覗き見ようというのは感心しませんわ」
く、と詠唱を途中で止めた。無理矢理に心を読むのは可能だが、得体の知れない相手にそれを行うのは得策ではない、と彼は考えたのだ。ちらりと隣を見ると、パチュリーは明らかに不機嫌そうな表情で向こうの一人と一体を睨んでいた。
ふぅ、と息を吐くと、ジェイスは青娥に声を掛ける。それで、伝言とは一体何だ、と。
「あら、聞いてくださるの?」
「そこの――君の使役するゾンビにも言ったが、俺はただ話をしたかっただけで、出来れば誰も傷付けたくはない。話し合いで事が済むならば、それに越したことはないんだ」
「お優しいのですね。では、その伝言ですが」
ギルドパクトの権限をこちらに譲って欲しい。笑顔を浮かべたままそう述べた青娥を、ジェイスは厳しい目で睨んだ。その視線に気圧された様子もなく、彼女はただあらあらと頬に手を当てる仕草を取るのみである。
「お気に召しませんでした?」
「そう簡単にほいほいと譲渡出来るものでもなくてね。申し訳ないが断らせてもらうと君の雇い主に伝えてくれ」
「そうですか。それは仕方ありません」
笑みを浮かべたまま、青娥はパチンと指を鳴らした。瞬間、まるで最初からそこにいたかのように、四つの人影が彼等二人を取り囲む。
人影は暗殺者のようで、ゆっくりと得物を振り被り距離を詰めるように姿勢を低くした。
「暗殺者!? ちょっと、ジェイス! 何で貴方が気付かないのよ!」
「違う。こいつら」
生きていない。そう続けた彼の言葉で、パチュリーはえ、と人影を見渡した。成程確かにその目には生気を感じられず、しかし生前の技術を余すことなく使えるであろうことがその姿から見て取れた。
視線を暗殺者のゾンビから青娥に移す。相も変わらず彼女は笑みを浮かべたまま佇んでおり、その表情から何を考えているか読み取れない。隣の男なら分かるだろうけど、とパチュリーは視線を向けたが、彼はゆっくりと首を横に振った。
「何? そんなにあの女は心を隠すのが上手いの?」
「いや、違う。心は読んだ。読んだが」
理解出来ない。そう言ってジェイスは舌打ちをした。とりあえず今はこちらを殺すことを第一に考えているとだけ告げると、彼は迎撃の呪文を唱え始めた。
ああもう、とパチュリーは叫ぶと、同じように迎撃の為の呪文を紡ぐ。
「準備は出来ました? では、参ります」
まるでこちらが迎撃体勢を取るのを待っていたかのような口ぶり。それについて考える間もなく、暗殺者は一斉に彼等へと襲い掛かる。
ジェイスはともかく、こちらはあんなもので刺されたら一溜まりもない、とパチュリーは自身を障壁で守る。黒のクリーチャーを防ぐ防御円を張り、術者である青娥へと目を向けた。
「そっちを倒せば、それで終わりでしょう? 喰らえ!」
炎の槍を生み出し、投げる。真っ直ぐ彼女へと飛んでいったそれは、しかし外套を纏った人影が盾になることによって防がれた。パチパチと燃えていくその人影を見て、青娥は少しだけ困ったような表情を浮かべた。
今まで笑みしか浮かべていないあいつの表情が崩れた。そんなことを思いながら、パチュリーは尚も追撃とばかりに呪文を唱える。
「せーいーがー」
「――へ?」
瞬間、燃えていたはずの人影が起き上がった。外套を放り投げその姿を現したそれは、彼女の予想していたよりもずっと華奢で、そして。
一瞬で間合いを詰められた。驚愕に目を見開いた時にはもう遅い。青白い肌をしたその相手、やはりラヴニカではあまり見ない帽子と上着を纏った少女のゾンビが、腕を振り上げそして振り下ろしているところで。
「防御円! 駄目、間に合わない――」
魔女は、ロズラッド広場で宙を舞った。
「パチュリー!?」
ジェイスはゾンビの暗殺者を一体蹴り飛ばしながら叫ぶ。なんてことだ、まさか彼女が。そんなことが頭に浮かび、しかしすぐさま振って散らす。もう一体の暗殺者のゾンビを生み出した剣で切り裂き、出来た空間を縫って彼女の倒れている場所へと走った。
「あら? そこの女性はそれほど大切な方でしたか」
おかしいですね、と青娥は首を傾げる。確か目の前の男がこの次元で大切に思っている女性は十のギルドの一つセレズニア議事会の元迷路走者であるエルフの女性だったはず。あくまで傭兵として雇った魔導師か何かだと思っていたのですが、と呟きながら、しかしこれは使えると彼女はその笑みを強くした。
芳香、と少女のゾンビに声を掛ける。くるりと首を動かした芳香に向かい、目の前の女を捕まえるように指示を出す。コクリと頷くと、芳香は倒れているパチュリーを無造作に引っ掴んだ。
「う、うぅ……」
ゲホゲホ、とパチュリーは咳き込む。元来体の強い方ではない彼女は、こういう戦いに向いていない。にも拘らず十のギルド全てに所属出来たのはその知識と魔力の賜物であったが、同時に表舞台にあまり出る人物ではなかったことを示すものでもある。ジェイスの言っていた彼女の二つ名も、知る人物は一握りだ。
問題は、その一握りに青娥の雇い主が入っていたということである。
「……え? へぇ、この方がそうなのですか」
雇い主からの連絡を聞き、ドサリと足元に置かれたパチュリーを見ながら青娥は驚いたような声を上げた。これがあの『ギルドの渡り鳥』ですか、そんなことを言いながらまじまじと彼女を眺める。
しかしこれで合点が行った。目の前の生きるギルドパクトは、貴重な戦力である『ギルドの渡り鳥』を失うかもしれないということに動揺したのだ。そう結論付け、ならばこのまま進めればいいだろうと青娥は一人頷く。
「ギルドパクト様」
暗殺者を下がらせる。こちらを守るように陣形を敷くと、ジェイスに向かって声を掛けた。ご安心ください、そんなことを言いながら、彼女はパチュリーの腹部に手をかざす。
「こちらとしても『ギルドの渡り鳥』の魔力や知識は惜しいのです。きちんと有効利用させていただきますよ」
「それのどこに安心する部分が?」
ゴルガリのいう有効利用とはすなわち死体を様々に利用することだ。そこに被害者の意思などどこにも存在しない。それ自体はあくまでギルドの思想として全てを統括する者であるジェイスが糾弾すべき事柄ではないのだが、しかし。
友人がその手に掛けられようとしているのを黙って見ているほど、彼は冷血な人間ではないのだ。これまでに幾度と無く同じ状況を味わってきたのだから、尚更。
「あらあら。怖い顔をしてらっしゃいますね」
「……そうさせているのは君だ」
「いえ、違いますわ。私ではなく、原因は貴方自身。守るべき相手ならば、もう少し気を配らなくてはいけなかったのです」
お姫様を守る騎士としては失格ですね、と青娥が笑う。ギリ、と彼が歯を食いしばる音を聞き、彼女は更に笑みを強めた。
そのまま、彼女はもう一度ジェイスに問い掛ける。先程の質問を、もう一度投げ掛ける。すなわち、ギルドパクトを譲るか否か。
「――さっきも言ったはずだ。断る、と」
「そうですか。では、これならばどうです?」
こちらの雇い主の下につく。生きるギルドパクトの存在はそのままに、向こうの思うがままに行動する傀儡になれ、と青娥は述べた。
無論、ジェイスはそんな提案に首を縦に振ることなど出来ない。それを告げると、そうですか、と彼女は呟いた。
「では仕方ありませんね。とりあえず『ギルドの渡り鳥』の死体を頂いておきますか」
「それも、断らせてもらう」
「……あら怖い。でも、どうやって? 彼女はもう虫の息で、しかも私のすぐそばにいる。言うだけならいくらでも出来ますけれど、それは殿方として少し格好が付かないのではなくて?」
「……ああ、確かに。少し男としてはみっともないが」
まあ仕方ない。そう言いながら彼は肩を竦めた。その顔には先程とは違い薄く笑みまで浮かべられている。
そんなどう考えても死に体な向こうが取る態度とは思えないそれを見て、彼女は少しだけ怪訝な顔を浮かべた。言っていることの意味も理解出来ない。あれではまるで、彼以外がこの状況を打破するような。
「――芳香!」
「ん? おおぉ!?」
足元から生み出された衝撃波によって芳香が吹き飛ばされる。しまった、と舌打ちした時にはもう遅い。転がった芳香を助け起こすと、成程、とゆっくり立ち上がる人影を眺めた。
肩で息をしながら、幽鬼のような表情を浮かべながら、こちらを睨み付けるパチュリー・ノーレッジを。
「やって、くれたわね……」
「あらあら。……意外と、タフなのね」
「ゲホッ。これでも、ラクドス教団やグルール一族にも所属していたからね」
「成程。『ギルドの渡り鳥』の異名は伊達ではない、と」
「生憎、その呼ばれ方好きじゃないの」
呪文が紡がれる。充分にマナをつぎ込まれたそれは、太陽もかくやという程の巨大な火の玉で。呪文を放つ余波で暗殺者のゾンビが黒焦げになり、その身を灰に変えていった。
これはまずい、と青娥は冷や汗を流す。流石にあの規模の火球を食らってしまえば自分とて消し炭だ。ここでこのまま抵抗するのはあれを食らうのと同義であり、無論そんな選択肢は選べない。
問題は雇い主だ。ここで尻尾を巻いて逃げたとすると、あのゴルゴンのプレインズウォーカーがどんな反応をするか。まず間違いなく石像に変えられギルドパクトの庁舎へ贈り物として届けられるだろう。それではここで消し炭になるのと大差ない。
そこまで考え、仕方ないですね、と彼女は肩を竦めた。芳香、と自身の相棒であるゾンビを呼ぶと、今日のところはお暇しましょうか、と笑みを浮かべる。
「逃すとでも!」
「あらギルドパクト様、出来れば誰も傷付けたくない、というのは嘘でしたの?」
パチュリーの激昂した叫びに冷水を掛けるように、青娥はジェイスにそう問い掛ける。一瞬目を瞬かせたジェイスは、困ったように頬を掻くと嘘じゃないと彼女に返した。そして、パチュリー、と現在の自身の相棒の名を呼ぶ。
あーもう、と行き場のない怒りをぶつけるように火の玉を消すと、貸一つ、とジェイスに指を突き付けた。分かっている、と苦笑する彼を見て、溜息を吐きながらそちらに移動する。
「だが、霍青娥。君達の行っていることを容認することは出来ないし、要求を飲むことも俺は出来ない」
視線をパチュリーから青娥に移すと、ジェイスははっきりとそう述べる。傷付けはしないが、やっていることは止める。つまりはそういうことである。
だがその言葉に青娥は勿論ですわと微笑み返した。どういうことだ、と怪訝な表情を浮かべるジェイスに向かい、だって、と彼女は言葉を続ける。
「ここで向こうに戻ったところで、私殺されるだけですもの。だからこれ以上従う必要もありません」
「……え? 何それ?」
「本心から言ってますが、ギルドパクト様なら分かるのでは?」
「ああ、確かに……もう向こうの協力をする気はないようだ」
それどころか、場合によってはこちらを手伝う気ですらいる。そんな彼女の心情をジェイスはどうにも理解出来ず、ガリガリと頭を乱暴に掻いた。
パチュリーは溜息を一つだけ吐くと、まあもうどうでもいい、と肩を落とす。とりあえずこれで事件は解決、後は帰ってゆっくり休もう。そんな風に考えて。
「あれ? 犯人こいつじゃないのよね?」
「……ああ、そうだ」
「まだ、厄介事残ってるのよね?」
「そうなるな」
「……帰っていい?」
「……ああ。君がそう思うのなら、俺は別に」
いいのですか、と青娥が口を挟んだ。何でよ、と文句を言うパチュリーを一瞥し、彼女はジェイスを見詰める。このまま帰したら、彼女、きっと狙われますよ。そう続け、彼の反応を見るように笑みを浮かべた。
「こう見えても、私、人を見る目がありますの。ギルドパクト様にとって、彼女は大切な友人なのですね」
「は? 何言ってるの、この人の大切な友人はセレズニアの――」
「いや、君も俺にとっては大切な友人だよ、パチュリー」
「……ジェイス。貴方、疲れてるのよ」
「確かに疲れているが、前後不覚だから言っているわけじゃない。――俺を、プレインズウォーカーだと知っていて接してくれるのは、この次元で君だけなんだ」
く、とパチュリーは苦い顔を浮かべた。彼との付き合いが最も長い友人は、ギルドに縛られているが故にその事実を記憶から消去することを願った。だから今現在、その縛りのない彼女だけが真実を知るものであり、そういう意味では最も彼に近い魔法使いだと言えるだろう。
ふう、とパチュリーは溜息を吐く。しょうがないわ、と呟くと、ジェイスの背中を思い切り叩いた。
「私は体が弱いの。しっかりと守って頂戴」
「ああ、無論だ」
そう言ってお互いに笑い合う二人を見ながら、ではこちらもお願いします、と青娥が頭を下げる。ん、と視線をそちらに向けると、芳香を伴った彼女がいつの間にか二人に並んで立っていた。
「先程も言ったように、私、このままでは雇い主に命を狙われてしまいますの」
「自業自得じゃない」
「ですから、お二人に協力して事件を解決してしまおう、と」
「……本気か?」
「勿論。それに、ギルドパクト様」
私も貴方がプレインズウォーカーでも気にしませんわ。そう言って笑う青娥を見て、ジェイスは敵わないと肩を落とした。再び寝返るような真似はやめてくれ、そう伝えると、彼女は当然ですと笑みを浮かべたまま頷く。
「私の元雇い主であるゴルゴンのプレインズウォーカー、ヴラスカ様は女性。対するギルドパクト様――いえ、ジェイス様は男性。どちらを選ぶかなど、火を見るより明らかです」
「ジェイス。こいつ本当に大丈夫なの?」
「少なくとも、もう雇い主に戻る気はないだろう」
こうもあっさりと名前をバラしているのだから。そう続けながら、ジェイスはパチュリーと共に溜息を吐いた。
ジェイスvsヴラスカの時系列でお送りします。
ジェイスはストーリーだけ見るとラノベの主人公でもおかしくないキャラなんですよね、意外と。
モテるし。