東方要素が二割もないです。
……大丈夫なんだろうか。タイトルそのまんまだし。
「まあ、予想は出来ていましたが」
頬に手を当てながら青娥は首を傾げた。その表情は笑顔で、困ったと呟いているのが胡散臭さを増している。
そんな彼女を見ながら、パチュリーはジロリと隣にいる長身の男性を睨み付けた。何とかしろ、というパチュリーの思考が彼の中に流れ込み、しかしどうにも出来ない彼は小さく溜息を吐くと肩を竦める。それが余計に彼女を不機嫌にさせ、思わず彼の脛を蹴飛ばした。
「痛いな」
「痛くなかったら八つ当たりにならないじゃない」
「自覚はあるんだな」
「次は呪文を込めるわ」
悪かった、と彼は諸手を上げて降参の意を示す。ふん、と鼻を鳴らし視線を逸らしたパチュリーを見ながら、彼はもう一人の女性へと声を掛けた。
どうされました、と振り向き笑みを浮かべる青娥へ視線を移し、失礼でない程度に思考を読む。そういうことか、と溜息を吐いた彼は、そのまま踵を返し現在いる場所から立ち去ろうと足を進めた。
「ちょっとジェイス、どうしたのよ?」
「もうこの場に用事はない。――と、いうよりも」
これ以上ここにいるとこちらの旗色が悪くなる。そう述べるのと、三人のいた場所――ヴラスカのアジトだと青娥に教えられた小屋の壁が崩れるのが同時であった。弾かれるようにそちらへと振り向くと、粘性のある奇妙な物体がゆっくりとこちらへと這ってくるのが視界に映った。それが通った跡は石畳がドロリと溶けており、よく考えずとも自分達に覆い被されたらどうなるかを端的に示している。
「ウーズ……!?」
「『酸のスライム』ですわね。ヴラスカ様がよく死体処理に使っていました」
「死体処理か……相応のグルメだと助かるが」
「ご心配なさらずとも、処理を行っていたメイドが纏めて溶かされるのを何度も目撃してますわ」
「成程、それは確かに心配いらないわね」
つまり目の前の『酸のスライム』は自分達を溶かして捕食しようとしていると見て間違いないということだ。そう判断した三人は、襲い掛かってくる軟泥の塊を跳んで躱した。べちゃりと壁に張り付くと同時にそこは溶け、そして建物がギシリと軋む。
成程、とジェイスは頷いた。侵入者を始末出来ればそれでよし、そうでなくとも建物を倒壊させることで同様の結果を生み出すことが出来る。最悪、建物を消すことで証拠の抹消は可能だ。そんな相手の思考を予測した彼は、思ったよりも厄介な相手だと苦い顔を浮かべた。
「ジェイス、今の貴方の思考なら私も読めるわ」
「何?」
「相手が厄介だ、って思ったでしょう?」
何を当たり前のことを、と彼は反論しようとしてその口を閉じた。先程までとは違い、パチュリーが笑みを浮かべているのに気付いたからだ。彼女がそんな表情を浮かべるということは、この状況を見て同じ考えに至らなかったということに相違ない。それが彼にはどうにも解せず、思わず彼女に聞き返していた。
「色々考えているように見えるけど、結局のところ、こんなの力技じゃない」
「……成程、一理あるな」
自分ならばどうするか。記憶を消す、痕跡を消す、偽物の証拠をばら撒く。相手を始末する以外にも方法などいくらでも思い付く。だが、この相手は基本的に思い通りにならなければ始末する、という答えしか出していない。暗殺者という生業から考えれば至極当然ともいえるが、しかしそこにつけ入る隙があると彼は結論付けた。恐らく彼女も同様だろう、と視線を向けると、当たり前じゃないと言わんばかりに胸を張られた。
「どうやら道筋が見えたようですので、そろそろこのウーズを片付けませんか?」
青娥にそう言われ、二人はそうだなと頷く。思考をするのは構わないが、何もこんな倒壊しそうな建物内でやる必要はない。素早く呪文を唱えると、自身の身の丈の数倍はある『酸のスライム』に向かってそれを放った。パチュリーの火球で燃え上がった『酸のスライム』はのた打ち回り建物ごと自爆しようと試みたが、同時に放ったジェイスの呪文により見る見るうちに小さく萎んでいってしまった。石畳の一つよりも小さくなったそれは煙をあげながら段々と動かなくなっていく。
「芳香、食べてもいいわよ」
「おー」
喚び出された青娥のゾンビ、芳香が最後にそれを引っ掴み一飲みにしてしまった。その光景に思わず顔を顰めたパチュリーに向かい、青娥はニコニコと笑みを向ける。
「美味しいところはいただく主義ですので」
「どう見ても不味そうだったけど」
「あら、グルメですのね」
「貴女が悪食なだけよ」
いいから行くわよ、と吐き捨てるように述べるパチュリーを眺め、ジェイスはやれやれと肩を竦めた。こんな調子で果たして事件は解決するのだろうか。思わずそんなことまで考えてしまう。
だが、彼はすぐにその考えを振って散らした。心配することなど何もない、と思い直した。
「何よ」
「何でもないさ」
それで、と目の前の女性は少々呆れたようにジェイスを睨んだ。あれだけの啖呵を切っておきながらほとんど成果を得られずに戻ってくるとはそれでもギルドパクトですか。そんな思考が彼に流れ込み、思わずジェイスは視線を逸らす。
「待ってくれラヴィニア。成果はあった。無論、これからの対策も出来ている」
「その成果とやらは、あれですか?」
ラヴィニアは視線を彼の後ろでソファーに座り紅茶を飲んでいる二人の女性に向ける。片方は犯人の元協力者であり、現在ギルドパクトの権限で監視・協力要請をしているという魔導師。そしてもう一人は。
「正式なギルドの申し出は断る癖に、ふらふらとギルドを渡り歩く尻軽女には協力を求めるのですね、貴方は」
「……チッ」
「舌打ちが聞こえていますよ、パチュリー・ノーレッジ」
「わざと聞こえるようにやったのよ。分からなかった?」
「待て。落ち着いてくれ。ちゃんと彼女を選んだのには理由がある。決して君達ギルドを軽視したわけではない」
「ならば、説明を求めます」
ラヴィニアのその言葉に、ジェイスは短く呟くと机に突っ伏した。ああ、やはりこうして突っ伏せる机と座り込める革張りの椅子は必須だな、とそんな余計なことを同時に考える。
暫くその状態を続けていたジェイスであったが、顔を上げるとゆっくりと口を開いた。これまでの経緯と、そして、これからの展望を。
静かにそれを聞いていたラヴィニアは、視線を少しだけジェイスからパチュリーと青娥に移す。別段特別な反応を見せていないことからすると、咄嗟の思い付きというわけではないのだろう。そう判断し、分かりましたと彼女は頷く。
「そうか、それは助かる」
「しかし、正気ですか?」
「向こうの居場所が掴めない以上、仕方ない」
そう言うとジェイスは肩を竦めた。冗談でもなんでもなく本気でそう言っているのを理解したラヴィニアは短く溜息を吐くと手元にあった紅茶に口を付ける。この男は、たまにこういうところがあるのが欠点だ。そんなことを考えながら、ジロリと目の前の彼を睨んだ。
「心配せずとも、自分から命を散らしに行くつもりはないさ」
「貴方がそう思っていなくとも、相手はそう思っているかもしれないのですよ」
「その為に私達がいるのよ。貴女はとっとと自分の仕事をしなさい」
ラヴィニアの言葉に割り込むようにそう述べたパチュリーを彼女は睨む。ふん、と鼻を鳴らしたパチュリーは彼女の方を見もせずに紅茶を飲みながら読書を行っていた。それが更にラヴィニアの癇に障り、思わず立ち上がって何かを叫ぼうとしてしまう。
それを留めるように、すまない、とジェイスが頭を下げた。
「普段はあんな調子ではないんだ。俺が事件に巻き込んでしまったから機嫌が悪くてね」
「……いえ、私も少し大人気無い反応でした」
そう返すと、ラヴィニアはそのまま部屋の扉まで歩みを進めた。確かに彼女の言う通り、自分の仕事をこなさなくてはならない。そんなことを述べつつ、では吉報を待っていますと彼女は立ち去った。
残された三人の内一人の青年はふう、と安堵の溜息を吐く。一人の女性は面白いものを見たと笑顔で紅茶を飲んでいる。そして最後の一人は。
「貴方は私の親か何かか! これでもそっちの四倍以上は生きてるのよ!」
「ああ、そういえばそうだったな」
何てことないようにそう返したジェイスを見て、パチュリーは更に吠えた。信じてないのかだの、これだからプレインズウォーカーはだの、凡そ何を言っているのか分からないその罵倒を聞き流しつつ、さてではどうするかと彼は一人思考を巡らせる。先程ラヴィニアに語った通りに事を進めるには、兎にも角にもヴラスカと対峙しなければ話にならない。
その為の方法として一番手っ取り早いのは向こうがもう一度メッセージを出すのを待つことであるが。余計な犠牲者を増やしかねないその行為を容認することは彼には出来なかった。ならば否が応にもこちらから接触する必要があり、その為にやるべきことは自分の身をチップにすること。
そこまでの結論を出していた彼へと、青娥は声を掛けた。そんなことをしなくとも、と微笑みながら言葉を続ける。
「おびき寄せるのでしたら、私が適任では?」
「……その結果死体になるとしても?」
「ええ。所詮私は裏切り者。貴方達にとっては丁度いい生贄程度の扱いで構わないでしょう」
「本気か?」
思考を読んでも彼女の真意に辿りつけない。それが益々ジェイスを困惑させた。死にたくないからこちらに寝返った筈なのに、自分を生贄にしろだなどと。分からない、それが彼の出した答えであった。
その一方で、ジェイスを罵倒していたパチュリーは彼女の言葉で平静を取り戻し彼とは逆の答えに行き着いていた。ふうん、とどこか不敵な笑みを浮かべながら、そういうことなら丁度いいわね、と青娥に向かい頷く。
「さて、じゃあ方針も決まったし、早いところケリを着けましょう」
「待てパチュリー。俺はまだ――」
「ジェイス」
パチュリーは彼の名を呼ぶ。そして真っ直ぐに彼を見た。その行動が何を意味するか、一番分かっているのはジェイス自身であろう。二・三度瞬きをすると、何かを諦めたように溜息を吐いた。
そうだった、と彼は自分のやれることをもう一度思い浮かべる。そういえば、先程犯人の隠れ家跡で似たようなことを考えていた。そんなことを思い出して思わず笑みを浮かべた。
「よし。では行こうか。パチュリー、霍青娥」
立ち上がる。そして二人を見渡しそう述べた。
それに答えるのはだからさっき言ったでしょうと鼻を鳴らすパチュリーと。
「あらジェイス様、そろそろそんな他人行儀はやめてくださらない? 呼ぶならば、親しみと愛を込めて『青娥娘々』と」
「……行こうか……青娥、に、娘々」
「何でリクエストにわざわざ応えてるのよ……」
バッカじゃないの、と呟きながら、パチュリーは一人溜息を吐いた。
霍青娥は一人、ゴルガリの管轄下の道を歩く。その歩みは何かに恐怖している様子は微塵もなく、これからすぐに自身が死に至るなどということは全く考えていないように見えた。
だから、背後からの声に何の気なしに反応して振り返る。振り返ってしまう。
「っと、とと」
その途中で動きを止めると、声の主から視線を逸らすように首を動かした。短い舌打ちが聞こえ、その後呆れたような溜息が続く。どうした、という言葉に、何でもありませんと青娥は返した。
「そうかい。なら、何故向こうと行動を共にしている?」
「作戦が失敗してしまいましたので、生き延びる為に」
「その結果が囮で生贄かい。同情するね」
「あらあら、ではこの際ですから、ここで見逃すというのはいかがですか?」
「……ああ、そうだね。――そこに余計な奴らを潜ませていなければ!」
声の主――ゴルゴンのプレインズウォーカーであるヴラスカは周囲の一角を睨み付ける。それだけでその空間は石へと変わり、壁を這っていたネズミが石像となり地面に落ちた。ガシャン、と石像が粉々になる音を聞きながら、ヴラスカはゆっくりと青娥に目を向ける。その目は暗闇の中の灯籠のように輝き、そして明確な殺意が宿っていた。
一歩踏み出す。青娥との距離を縮めたヴラスカは、逃げ出そうとしている彼女の足元に向かって呪文を放った。バランスを崩した青娥は躓き、その隙にヴラスカは彼女の目の前に歩み出る。
「さて、何か言い残すことは?」
「……残念ながら、あのネズミはジェイス様の目ではありませんし、潜んでいるのは一人でもありません」
「――何?」
ヴラスカの疑問の呟きと同時、上空から炎の槍が三つ飛来してきた。自身のゴルゴンの触手でそれを払い除けると、彼女は怒りを隠そうともせずに呪文を放った相手に向かい叫ぶ。誰だ、何のつもりだ、と。
「決まってるでしょう。貴女を捕まえに来たのよ」
ゆっくりと歩いてくるその人影は、彼女もよく知っている人物。青娥に死体を持ち帰るように指示もしたので知らないはずがない。だが、まさかこうも堂々と真正面からやってくるとは思わなかった。そんなことを考えつつ、まあ誰が来ても同じことだと呪文を紡いだ。石にしてしまえば手っ取り早いが、それでは後々死体を使用するのに手間が掛かる。幾分か冷静にそう判断し、毒を帯びた刃をパチュリーへと飛ばした。
「え?」
てっきり石化させて殺すのだと思っていたのだろう。思いもよらないその攻撃に反応が遅れたパチュリーは、脇腹を刃で抉られて悲鳴を上げた。ボタボタと流れ出る血は彼女のローブを濡らし、手で押さえたところで止めどなく溢れ出てくる。
そんなパチュリーを見てヴラスカは笑みを浮かべた。ゆっくりと歩み寄ると、その喉を掴んで引き寄せる。威勢よく現れた割には情けない姿だ。そんなことを言いながら、掴んだ手に力を込めた。
「か、はっ……」
「脆いねえ。ほんの少し力を入れただけで壊れてしまいそうだ」
そうは思わないか、とヴラスカは振り向く。彼女の傍らには喚び出されたのかはたまた生み出されたのか分からない巨大な蛇が青娥を締め上げている。苦悶の声を上げる女性二人、それを見た感想を彼女は問うていた。動くに動けない状況になっているジェイスに。
「さて、どうするジェイス・ベレレン。この二人を見捨てて、私を捕えるかい?」
「……二人を離してくれ」
「それはお前の返答しだいさ。それとも、もう一人ほど追加した方がいいかな?」
ククク、とヴラスカは笑う。そのもう一人に心当たりはあるだろう、と彼女が続けるのを聞いたジェイスは、残念だがと首を横に振った。
イマーラはこの事件を追う際に既に隠れてもらっている。そう彼が述べたのを聞き、ヴラスカはほう、と少しだけ驚いた声を上げた。同時に傍らにいる蛇の締め付けを強くさせる。短い悲鳴が断続的に響き、どこか艶かしい空気を醸しだした。
「これはお前にとってそこまで大切じゃなかったというわけか」
「……違う。彼女達は、俺の大切な友人だ」
「おやそうかい。ならお前は、大切な者をまた守れないというわけか」
「守ってみせるさ、今度こそ」
ふん、とヴラスカは鼻を鳴らす。嘲るように笑うと、パチュリーの首に爪を少し食い込ませた。苦しげに呻く声がゴルガリの通りに響く。
「無理だね。お前は疫病さ、守ろうとした相手を苦しめることしか出来ない。……ねえジェイス・ベレレン、私に忠誠を誓いなさい。お前がちゃぁんと世界を愛せるようになるには、それしかない」
断ればどうなるか。言外にそう匂わせながら、ヴラスカはその笑みを穏やかなものに変えた。返答など聞くまでもない、とその顔が言っていた。
ジェイスは俯く。フードに隠された表情は眼前の彼女では分からないが、しかしそこから紡がれる言葉ははっきりとその耳に届いた。お前の勝ちだ、と。
「……ヴラスカ。お前は一体何をしようとしている?」
「愚問だね。お前は私の言ったことを私の言った時にやればいいの」
「それだけでは駄目だ。お前が協力者に値するか、充分に賢いか。せめてそれくらいは知る必要がある」
ヴラスカは無言で少しだけ蛇の拘束と喉を掴む手を緩めた。きちんとした呼吸が出来るようになった二人は荒く息を吐きながら、どこか虚ろな目で目の前の男を見やる。ジェイスを見ながら、彼の名を呼ぶ。
「ふん、まあいい。私はギルドを破壊するつもりさ。お前に奴らの管轄区域を書き直させて、マナの繋がりを断ち切って。そうして魔法使い共の牙を抜き去ったら、後はギルド指導者全員を始末して終わりさ」
「……ギルドマスターの暗殺、それがお前の目的か」
「そうさ。私は殺す為に生まれた。当然その為の手段も用意してある」
勝ち誇ったように笑うヴラスカを眺め、ジェイスはよく分かったと頷いた。その言葉を聞いて確信を持てた。そう続けると、彼の隣に一枚の大きな鏡が浮かび上がる。
何だ、と彼女が怪訝な顔を浮かべるのと同時、その鏡はある空間を映し出す。サンホーム、十のギルドの一つボロス軍の本拠地であり、今宵ギルド指導者達の会談が開かれている場所でもあるそこは、騒然とした雰囲気が流れていた。
「お前の今の声明を、サンホームへと送らせてもらった」
「貴様っ! 最初からそのつもりで……!」
憤怒の表情を浮かべ、ヴラスカは許さんとパチュリーの首を掴んでいた手で、それを握り潰した。ぐしゃり、と彼女の首はひしゃげ、首を失った体が地に落ちる。忌々しげに残った首を地面に叩き付けると、それを思い切り踏み潰した。
そこでようやくその首がやけに硬いことに彼女は気付いた。視線を落とすと、そこに転がっていたのはパチュリーの死体などではなく、一体の粉々になった石像。目を見開き、騙したな、とジェイスへと視線を向けた彼女は、不敵に笑う彼の姿が揺らめくのが見えた。
まさか、あれも幻影。そう気付いた時には既に遅い。今度こそ本物のパチュリーが詠唱を終えた呪文を放ち、到底避けられるタイミングではないそれがヴラスカへと飛来する。
蛇に指示を出す。締め付けている青娥を盾に避けようと考えたのだ。だが、それに返ってきたのは一人の男の声。
「ジェイス……ベレレン!」
「そういうことだ。騙し合いは俺の勝ち、ということかな」
青娥に化けていたジェイスの精神制御呪文により操られた蛇は、逆にヴラスカを逃さんと彼女を締め付ける。
彼女の怒りに任せた叫びと、呪文が着弾するのが同時であった。
「まさか本当にやってのけるとは」
ラヴィニアは呆れたように溜息を吐いた。彼女を皆の前で自白させる、というジェイスの目論見は見事成功し、ギルド暗殺を企んだ犯罪者としてヴラスカはラヴニカのお尋ね者となった。
だが、とジェイスは首筋に出来た痣を撫でながらぼやく。捕まえることは出来なかった。そう言いつつ、まあ暫くは表に出ないだろうと続けた。
「完全に捉えたと思ったんだが。どうやら向こうの方が上手だったらしい」
「手を抜いていた、というわけではないのですよね?」
ジロリとラヴィニアはパチュリーを睨む。当たり前でしょ、と即答され、それもそうですねと素直に引き下がった。
「彼女は強敵だった。あれが俺に出来た精一杯さ」
「……まあ、貴方が言うのでしたらそうなのでしょう」
それよりも、と現在のギルドの状況を彼女は話し出す。お尋ね者を捕えんと躍起になっている連中がいるという言葉に、彼はまあそうなるだろうなと頬を掻いた。そんな軽い物言いに何かを言い掛けた彼女であったが、存外表情が暗いのに気付いて口を閉じる。どうやら頭の痛い問題としっかり認識しているらしい。そう判断したのだ。
「君やイスペリアなら、彼等を導けるだろうけど」
「貴方はギルドパクトです。せめて何かしらの動きは欲しい」
「そうは言ってもな」
犯人はプレインズウォークを行ったので今この次元にはいない。その説明で納得する相手は果たしてどれだけいるだろうか。指導者ならば何とか、いや、それでも一握りか。そんな思考がぐるぐると周り、彼に盛大な溜息を吐かせてしまう。
そんな彼を見て、ラヴィニアはやれやれと肩を竦めた。
「この間とは違い、今の貴方には優秀な秘書が二人もいるではないですか。この程度の仕事など平然とこなしてもらわねば」
「あらあら、優秀な秘書ですって」
「散々ボロクソに言ってた癖に」
彼女の言葉を受けた二人の優秀な秘書の反応はこんな感じである。青娥は相変わらず笑みを浮かべ、パチュリーは不機嫌さを隠そうともせず本の頁を捲っている。
そんな姿が可笑しかったのか、ラヴィニアは珍しくその表情を笑顔に変えた。では任せましたよと告げると、笑みの表情のまま部屋から出て行ってしまう。
残されたジェイスはそんな彼女の背中を見ながらもう一度溜息を吐いた。さてどうするか、と呟きながら天井を仰ぐ。
「私はそういった交渉は無理でしょうね。サンホームへの中継の際にギルド指導者様方から赦しは貰ったものの、向こうの手助けをしていたということには違いありませんから」
「私? 『ギルドの渡り鳥』に何を期待しているのよ。お偉いさんの印象なんかラヴィニア見ていれば分かるでしょう?」
背中から飛んでくる追い打ちを聞き、ジェイスは机に突っ伏した。優秀な秘書が二人いるから何だって言うんだ。そんな言葉が喉まで出掛かり、しかしゆっくりとそれを飲み込む。彼女達は協力者だ、その厚意を踏みにじる訳にはいかない。
よし、と気合を入れて立ち上がる。ラヴィニアの置いていった資料によると、一番問題なのはボロス軍だということなので、まずはサンホームに向かわなくては。
「パチュリー」
「はいはい」
「青娥」
「はい」
「今から出掛ける。ついてきてくれるか?」
振り向き、二人の目を見てそう述べたジェイスを眺め、パチュリーと青娥はクスリと笑った。わざわざそんなこと言わなくてもいいのに、と述べながら、二人揃って彼の隣へと歩みを進める。
「今の私はジェイス様の秘書。どこへでもお供しますわ」
「ま、とりあえず。暫くはここに入り浸るから、手伝ってあげるわよ」
そんな二人の言葉を聞き、ジェイスはありがとうと微笑む。とりあえず、この仕事が終わったら何かお礼をしなくてはいけないな。そんなことを考えながら、彼は二人と共にギルドパクトの庁舎を後にした。
「で、まずはどこに行くの?」
「サンホームだ。ボロス軍を説得しに行く」
「あの自分勝手な正義軍団に説得? 無理に決まってるじゃない」
「加えると私は向こうの方々にあまり良く思われてませんしね」
「こっちだってそうよ。ラヴィニア以上に私を毛嫌いしてるわよあの連中」
「……そうか」
どうやら自分一人で事に当たらなくてはいけないらしい。そう結論付けたジェイスはフードを目深く被り直した。だが、とそんな状況でも彼は口角を上げる。
どうやら、まだ自分でも守れる相手がいるらしい。そんなことを頭に浮かべ、少しだけ上機嫌になったジェイスは再び視線を上げた。そこに広がるのはラヴニカの街。自然らしさの感じられない空間こそが自然な、都市国家。
「二人は、ラヴニカが好きか?」
「ええ。故郷ですもの」
「嫌いじゃないわよ」
「そうか。なら」
ギルドパクトとして、しっかりと人々に安全を与えないとな。そう続け、彼は被っていたフードを取り払った。
リリアナさんも二百歳超えてるしね。
パッチェさんの百歳程度なんてことないよね。
そもそもこの次元普通に百歳超えた人間の戦士アルグス・コスさんとかいたしね。
とりあえず一旦ラヴニカの話はここでおしまいです。