前回よりはMTGの知識がいらないようなそうでないような。
……結局MTGの世界観寄りで進んでいます。
「それで、その吸血鬼が何者なのかは教えてくれるのよね?」
道中、霊夢はそうレミリアに訊ねた。邪悪な存在、倒すべき相手。そう説明はされたものの、それだけでは不十分だと彼女は判断したのだ。
対するレミリアは怪訝な表情を浮かべる。あれ以上に何が必要なのか、と。
「名前だよ名前。覚悟しろ何だか知らないけど吸血鬼ーじゃカッコ付かないじゃないか」
それに付け加えたのが魔理沙だ。隣に並ぶアリスはそんな彼女の言葉を聞いて頭痛を堪えるように頭を押さえる。苦労してるのね、というレミリアの言葉が身に沁みた。
「でも、言ったところで貴女達に理解出来るとは思えないのだけれど」
「そんなのは言ってみないと分からないぜ。案外詳しいかもしれないじゃないか」
「名前を出していないあの説明で分からない時点で、その可能性はゼロね」
そう言うとレミリアは肩を竦めた。横では霊夢が彼女と魔理沙とのやり取りで肩を震わせているのが見える。
案の定、何笑ってるんだ霊夢、と魔理沙が突っかかっていた。アリスはいつも通りのその光景に苦笑を浮かべ、レミリアはついていけんとばかりに視線を逸らす。
そして、話の分かりそうな最後の一人に目を向けた。
「アリス・マーガトロイド」
「アリスでいいわよ。長いでしょうし」
「そう。じゃあアリス」
貴女はどうかしら。そうレミリアは問い掛けた。その質問に数度目を瞬かせたアリスは、合点が行ったように頷き、そして首を横に振る。
説明をされても、外の次元の吸血鬼についてはさっぱりだ。そう言うと彼女は肩を竦めた。
「その割には、私がイニストラード出身だと言った時に警戒をしていた気がするのだけど」
「聞いたことがあっただけよ。有名な吸血鬼の話を二・三個。たまたまその中の一つだっただけ」
「ほう……。なら、それ以外の吸血鬼は、何を知っているの?」
彼女の目が怪しく光る。それを見たアリスは、そういえば、と首を傾げた。イニストラードの吸血鬼は隣にいるような紅い目をしていなかったはずだが。そう余計な思考に逸れてしまった彼女は、聞いているの、という言葉で我に返った。
「ああ、ごめんなさい。……そうね、私が知る吸血鬼は、イニストラード以外だと、ミラディンのものくらいかしら」
「……聞いたことの無い場所ね」
「生物無生物を問わず、金属に覆われたり含んでいたりした次元よ。私も話に聞いていただけだし、それに」
滅んでしまったと聞いたわ。そう言うとアリスは視線を前に向ける。そろそろ森を抜け、湖が見えてくる頃だ。もし相手が好戦的なのであれば、館の見える位置には何かしらがあるはず。そう考え、意識を集中させた。
「何、これ……」
そう呟いたのは彼女達の後ろで騒いでいた片割れ、霊夢だ。開けた場所で改めて見る館の纏う黒い霧に、無性に嫌なものを感じたのだ。それは隣の魔理沙も同じで、顔を顰め何だこりゃと呟いている。
「大分黒マナを集めているみたいね。一体何をやらかすのやら」
顔色を変えることなく平然とレミリアは述べる。アリスも似たようなもので、こちらは多少周囲を警戒しているのか緊張が窺えた。
霊夢はふう、と息を吐く。そして気持ちを切り替えた。二人と同じように堂々と館を睨み、そしてさあ行こうと足を踏み出す。その流れに乗った魔理沙が応と答え。
「待った」
アリスの言葉に二人で足を止めた。何だよいいところだったのに、と魔理沙が彼女に抗議をするが、そんなことは何処吹く風。いつの間にか手にはカードを持ち、そしてそこにマナを込めていた。
霊夢もそんなアリスに倣うようにカードを取り出しマナを込める。一人出遅れた魔理沙も、とりあえずとカードを取り出していた。
「来る」
誰かが呟いたその言葉を皮切りに、何処からともなくおぼろげな姿をした猟犬が飛び出してきた。その牙は鋭く、相手の喉に食らい付き血と恐怖を啜らんと彼女達に向けられている。その数は両手で数えられるほどであったが、しかし囲まれているという状況が彼女達を焦らせた。
「どうやら、向こうはもう歓迎の準備が出来ていたみたい」
「まだここは湖だぜ? 館はもう少し先じゃないか」
「迎えを寄こしてくれたんでしょう。随分と物騒な」
唯一レミリアだけはその場でも平常心を保っていたが、そんな彼女の言葉で他の三人もいくらか落ち着きを取り戻したらしい。持っていたカードを構えると、じゃあ歓迎されてあげましょうかと笑みを浮かべた。
「『窯の悪鬼』!」
「『薄暗狩り』!」
霊夢と魔理沙がスペルカードを唱える。霊夢の眼前には炎を纏った犬のような獣が、魔理沙は神社でも使っていたコウモリをそれぞれ喚び出していた。行け、という言葉と共に、獣とコウモリは猟犬に向かっていく。
それらを見たアリスは、持っていたカードを仕舞い、別の一枚を取り出した。それならばこれがいいわ、と新しいカードにマナを込め、そして開放した。
「行きなさい、『鳴らし猛火のカカシ』」
現れたのは、凡そカカシとは呼べないような異形の物体。長い手足と肋骨のような体、そして火が燃え盛る頭部。そんな奇妙なカカシは、飛び掛ってくる猟犬を一体あっさりと踏み潰す。倒せはするが一体で手一杯の霊夢と、一体とどっこいどっこいの魔理沙とは桁違いの強さであることをそれだけで窺わせた。
「それだけマナをつぎ込んでれば強いに決まってるじゃない」
「そうだそうだ。私達なんかその半分未満だぞ」
「アンタのは丁度半分ぐらいじゃない」
「細かいな。多少の誤差は見逃すもんだぜ」
軽口を叩き合うが、しかし意識は戦闘に集中している。どうやら猟犬は数はいてもそれほど脅威になるようなものではないらしく、三人の喚び出したクリーチャー、主にアリスのカカシによって駆逐されていった。
綺麗に片付いた空間を見渡し、魔理沙はやれやれと肩を竦める。この調子じゃまだまだ疲れそうだ。そう言って笑ったが、アンタが一番役に立ってないでしょという言葉でバツの悪そうにそっぽを向いた。
「湖を飛び越えればすぐね。迂回するのならば少し時間が掛かりそう」
館を見ながらレミリアがそう述べる。ならば、真っ直ぐ行けばいいと霊夢は彼女にそう返した。その通りね、とレミリアは浮かび上がる。そのまま振り返ることなく進んでいくその背中は、早くついて来いと言わんばかりで。
「待ちなさいよ」
「そんな自分勝手だと置いていかれるぜ、私達に」
「置いていかれるのはこっちじゃない」
各々そんな反応をしながら、彼女の背中を追い掛けた。
湖の途中であの館をどうにかしろと氷の妖精に文句を言われた程度で、存外楽に館付近までは辿り着いてしまった。あまりにもあっさりしていたので、先程の猟犬は別の異変だったのではないかと疑ってしまうほどだ。
「中に入れない、という自信の表れかしら」
アリスが塀を眺めながらそう漏らす。そんなことは知ったこっちゃ無いと魔理沙はどんどん歩みを進める。霊夢は少し考え込むような仕草で後ろの湖を眺めていた。
三人で纏まって行動しているような素振りを見せていたのに、実際はてんでバラバラだ。レミリアはそんなことを思いながら肩を竦めた。本当にこいつらに依頼してよかったのかという疑問まで湧いてきてしまう始末である。
とはいえ、今更変えることは出来ないし、彼女達が帰ることもない。毒も食らわば皿まで、レミリアは溜息を一つ吐くと、先行している魔理沙を追いかけるわよと二人をせっついた。
「おお、でかい」
思わずそんな感想を言うほどだろうか、とレミリアは思う。現に霊夢もアリスも特に何か反応しているようには見えない。彼女は特別感受性が強いのだろうか、それともただ騒いでいるだけか。おそらく後者であろうとあたりを付けたレミリアは、その門を潜ろうと足を踏み出した。
その行く手を遮るように一本の手が突き出される。何だ、と視線を向けると、一人の女性がそこに立っていた。先程までいた様子はなく、突如現れたかのようなその動きに、思わず彼女の表情が歪む。
「この手、邪魔なのだけれど」
そう言って突き出された手を軽く叩いた。相手は知っていますと短く述べ、そしてそのまま微動だにしない。道を譲る気は無いのは明白であった。
何だ門番か、と魔理沙が女性に声を掛ける。その問いに首を縦に振るだけで返答すると、四人をゆっくりと見渡した。表情を変えず、あくまで淡々と彼女は述べる。ここは通せませんのでお帰りください、と。
「それではいそうですかって帰るくらいじゃ、博麗の巫女なんかやってられないのよ」
博麗の巫女、という単語に女性はぴくりと反応した。全員に満遍なく向けていた意識を霊夢一人に固定し、その動向を見逃すまいと視線を鋭くさせる。良いから通しなさい、という言葉に、無理です、と返答した。
「ああ、そう。じゃあ、無理矢理押し通れってことなのね」
「……出来るものでしたら、ご自由に」
挑発にも似たその言葉を皮切りに、霊夢は一枚のカードを取り出した。燃やせ、と言う叫びと共に巨大な雷光球が生み出され女性に向かう。
それに焦ることなく、彼女は拳にマナを集中させた。それを振るうことで開放したそれ、呪文なのかどうかも分からないそれは雷光球にぶつかるとそれを弾け飛ばさせた。その光景を見た霊夢は短く舌打ちすると、ちょっとアンタと声を掛けた。
「今の、呪文?」
「一応、そう分類されているらしいですね」
「何、アンタ呪文使えないの? じゃあ素直にカード使いなさいよ、そっちの方が下手に周りも刺激しないしよっぽど楽よ」
「生憎、ここの主はこの次元に元からあるルールになど従わないそうなので」
淡々と、あくまで淡々と彼女は述べる。それが霊夢の気に障った。そういうことならこっちにも考えがある。そう言うともう一枚カードを取り出しマナを込めた。
「ルール無用がいいってんなら仕方ないわね。――『猛然たる突撃』」
言葉と共に、彼女の周囲に炎が舞う。襲い掛かる対象を今か今かと待ち構えるそれは、お預けを食らっている犬のようにも見えた。
さてと、と霊夢は適当にカードを三枚選び出した。
「『火花の精霊』、『火花の精霊』、『火花の精霊』」
周囲に三つの雷光球が生まれ、同時に背後の炎が門番の女性に襲い掛かった。その衝撃に顔を歪めた隙に、三体の『火花の精霊』が一斉に突撃を掛ける。しまった、と目を見開くが、時すでに遅し。次々と爆発していくそれに、彼女は紙のように吹き飛ばされた。
地面に落ちた女性は、しかしまだ気力は残っているようでゆっくりと立ち上がる。その姿を見て、霊夢は少し表情を崩した。
「普段より殺傷能力を高めた呪文よ。死にはしないだろうけど、立ち上がるんならそれも分からない。……解せないわね、ここの主ってアンタがそこまでして守る者なの?」
問い掛けるようなそれに、彼女は答えない。自分の仕事はこの門を守ることだ。そう述べて、再び構えを取った。
「そう、なら私が貴女に新しい仕事を与えてあげるわ」
ならば仕方ない、ともう一度霊夢がカードを取り出すのと同タイミングで、レミリアが一歩踏み出した。霊夢も門番も、突如乱入してきた彼女に怪訝な顔を浮かべる。邪魔をするな、と文句を述べたが、霊夢の顔は少し安堵しているようにも見えた。
「あら悪いわね霊夢。でも、私は彼女が欲しくなっちゃったの。よければ譲ってくれないかしら?」
「血でも飲むの? 確かに血の気は多そうだけれど」
「まさか。私が飲むのは人の生き血と決まっている」
言いながら、ゆっくりとレミリアは彼女を見る。どうかしら、と問い掛けてはいるが、その目は笑っていない。拒否は許さない。そう如実に述べていた。
「……私はこの館の門番です」
「強情なのね。じゃあ、こうしましょう」
この館は私のものにする。あっけらかんとそう言い放った。横に立っていた霊夢も、傍観していた魔理沙とアリスも、その言葉に思わず目を見開く。
それならば貴女は私のものになるわよね、と門番に問い掛けたレミリアは、まるで子供のような笑顔を浮かべていた。無邪気ともいえるそれに、門番は思わず首を縦に振りそうになる。いかんいかんと頭を振り、そう簡単にはいきませんと表情を強めた。
「そう? まあ見ていればいいわ。博麗の巫女とそのお仲間、そしてこのレミリア・マルコフが薄汚いセンギアの下級吸血鬼を打ち倒す様を、ね」
堂々とそう言い放つと、じゃあ門は開けさせてもらうわと何てことないように扉に手を掛けた。止める間もなく、あっさりとその扉は開き、館の入り口とその周囲の庭園を彼女達に見せ付ける。
綺麗な庭ね、とレミリアが呟くと、門番は少し嬉しそうにありがとうございますと返した。庭の管理も仕事ですから、と続けるのを聞いて、彼女は益々欲しいと笑みを強くさせた。
「で、これ通っていいのか?」
「いいんじゃない? 何だか向こうで話はついちゃったみたいだし」
魔理沙の呟きにアリスがそう返す。霊夢は既にレミリアと門を潜っており、二人は置いてきぼりを食らった形となっていた。慌てて後を追うように駆け出したが、レミリアが急に立ち止まったことで思わずバランスを崩して入り口で転んでしまう。何やってるのよ、という霊夢の冷ややかな視線が二人に突き刺さっていた。
「そうそう、忘れていたわ。――貴女、名前は?」
門番の女性にそう問い掛ける。彼女は一瞬だけ迷うような素振りを見せたが、観念したように頭を掻くと、口を開いた。
「紅美鈴」
「そう、メイリンね。覚えておくわ」
そう言って再び踵を返すレミリア。その背中に、門番は、美鈴は思わず声を掛けていた。待ってください、そう告げられたレミリアは再び立ち止まり、どうしたのと顔を向ける。
「お願いがあります」
「未来の部下からの頼みは無下にはしないわ。言ってみなさい」
「……館の、恐らくメイド長を務めている女性は、殺さないでください」
「友人か何か? それともご馳走?」
後半の言葉に美鈴が顔を顰めたのを見て、レミリアは嬉しそうに笑う。益々気に入った、と呟いた彼女は、任せなさいと胸を張る。丁度良いから、その娘もメイドとして部下にしよう。嬉々としながらそんなことをのたまった。
「それで、名前は?」
「……ありません。彼女は生まれて此の方名を与えられていないのです」
「あら、それは不便ね。じゃあとびきりの名を用意しなくちゃ」
何かいいアイデアはあるかしら、と三人に問い掛ける。思ったよりも乗り気だったのか、三人はその言葉をきっかけにああでもないこうでもないと名付けに頭を悩ませた。
先に進むのも忘れ、いつしか命名に没頭していた一行だったが、やがて決まったそれはそれだけの価値があったと四人揃って豪語した。結局レミリアのアイデアが採用されたのだが、文句が出ないところを見ると納得の名前なのだろう。
「さて、じゃあ行きましょうか」
『十六夜咲夜』をスカウトしに。そう宣言したレミリアに、異議を唱える者はいなかった。
「ねえ、ちょっと」
館の入り口の扉を開ける直前になって、霊夢はそうレミリアに問い掛けた。どうしたの、と振り返る彼女に向かい言葉を続ける。
別に私達は必要無かったのではないか、と。
「不思議なことを言ってくれるわね。荒事を解決する巫女がいなかったら誰がやるの?」
「だから、アンタ一人でもやれたでしょ?」
「やれないわ。だって」
私はここのルールをまだ良く知らなかったのだもの。そう言うと彼女は薄く笑う。違反者と違反者が争えば、両成敗されてしまうのが常でしょう? そう問い掛けられれば、霊夢としても口を噤まざるを得なかった。
「まあ、そんなことはもうどうでもいいじゃないか。とっとと開けようぜ」
既に扉に手を掛けていた魔理沙がそうのたまう。二人は視線を彼女に向けると、勝手にしなさいと肩を竦めた。
じゃあ遠慮なく。そう言いながら開いた扉から外に溢れ出してくる濃密な黒マナに、思わず彼女は飛び退いた。気持ち悪い、と顔を顰めて三人のいる場所まで急いで戻る。
「魔理沙はいつも使ってるじゃない」
「私の使うのとこんな腐ったようなマナを一緒にするな。黒マナに失礼だ」
「……まあ、確かにそうかもしれないわね」
霊夢の問いにそう噛み付いた魔理沙に加勢するかのように、アリスも開いた扉の奥を見詰めながらそう述べる。レミリアはマナについては特に言及せず、埃っぽいわねという感想を漏らしていた。
「これは自然から引き出したやつじゃない。人の憎悪や恐怖から搾り取ったやつだ」
「吸血鬼らしい悪趣味な生成方法だこと」
ちらり、と横目でレミリアを見る。その視線に気付いたのかいないのか、彼女はゆっくりと館の中へ足を踏み入れた。魔理沙とは違い、その空気の中でも特に平静を崩さない。
来ないの? と振り返って三人を呼んだ。行くに決まっているだろう、と三人は館に揃って足を踏み入れる。
ロビーも、廊下も、窓らしい窓はすべて塞がれており、かすかに見える明かりが僅かに視界に揺れているのみ。加えてこのむせ返るような死体から生み出される黒マナの臭い。とてもではないが、まともな人間が住めるような場所ではなかった。
「私がここを手に入れたら、まずはハウスクリーニングが必要ね」
「そうしなさい。ちゃんと明るくなってなかったら遊びにも来ないわ」
「それは困る」
笑いながら廊下を歩く。主のいる場所が何処か分からない以上、取れる選択肢は二つ。
しらみつぶしに館を探すか、館の主の持つマナを感じ取るかだ。無論、霊夢と魔理沙は後者を選ばない。否、選べない。アリスでさえ、ここまで館全体を黒マナに覆われている状態では困難であった。
三人は残る一人に視線を向ける。アンタはどうなの、という霊夢の言葉に、何が、と惚けた。
「ここの主の場所よ。分かってるんでしょ?」
「勿論。でも、それはまず後回しよ」
「何? 前菜を頂かないとメインは食べないとか駄々こねる気?」
「私にとってはそっちが前菜よ。そして今探しているのはデザート」
薄く笑うと、視線を廊下の角に向けた。そろそろお出ましかしら、という呟きに怪訝な顔を浮かべた霊夢だったが、そのことについて問い質すことは叶わない。
おい霊夢、と魔理沙がレミリアとは逆方向を指差した。自分達が歩いてきた場所、その方向からこちらに向かってくる集団が見えた。かしゃり、かしゃり、と凡そ人の靴音ではありえない乾いた音が廊下に響く。
極限まで生物であった証を削げ落としたその人型は、ゆっくりと持っていた剣を振り被った。肉も何もかもを失くした眼孔にはぽっかりと闇が浮かび、それが何処を向いているのか、そもそも見えているのかも分からない。息もしておらず、鼓動する心臓も持ち合わせていない。それでも、マナの力で彼、ないし彼女は動く。
「骸骨!?」
「どうやら館の案内が来たみたいね」
派手なリアクションをする魔理沙に対し、レミリアはどこまでも冷静だ。一瞬視線を蠢く骸骨に向けると、再び視線を元に戻した。申し訳ないのだけれど、そちらの相手を任せてもいいかしら。そう言うと廊下の角を曲がっていった。
「マイペースね」
「人のことを言えた口かしら」
霊夢の言葉にそう返すと、さてどうするかとアリスは骸骨達を眺める。恐らく戦闘力は低いであろうそれらは、しかし補うように数を集めていた。加えると、この廊下という細長い空間。状況はこちらに不利である、と伝えていた。
そんなアリスの前に立ったのが魔理沙である。さっきから良いとこ無しなんだ、少しは活躍させてくれよ。そう言うと被っている帽子を指で弾いた。
「いけるの?」
「行くのさ」
一枚のカードを取り出す。館に漂うそれとは違う黒マナと、そして緑のマナ。それらを混ぜ合わせたものをそこに込めると、不敵な笑みと共に呪文の名を叫ぶ。
「出番だ。『黒檀のツリーフォーク』!」
その名の通り、黒檀の体を持った動く巨木が彼女の前に姿を現した。魔理沙はその肩に飛び乗ると、目の前の骸骨共を蹴散らすぜ、とツリーフォークに伝える。幹を引き裂いたようなその口が三日月に歪むと、その巨木は真っ直ぐ前へと歩き出した。
骸骨がその剣を振り下ろしたが、黒檀で出来たその体には傷一つ付かない。逆に大人の胴ほどもあるその腕の一振りで、あっけなく粉々にされてしまった。同様に、蠢いている他の骸骨も叩き潰していく。
「何だ、やれば出来るじゃない」
「人のことを言えた口かしら」
再び同じ言葉を返すと、アリスは霊夢の肩を叩いた。貴女は向こうの様子を見に行きなさい。そう言うと、暴れ回っているツリーフォークの元へと歩いてく。
「ちょ、ちょっとアリス!?」
「どうしたの? 珍しく慌てた声を出して」
「危ないわよ」
「承知の上よ」
いつの間にか持っていたカードを掲げると、彼女はそれを眼前に放り投げた。ちょこん、といった風に喚び出した相手を見上げるのは、犬。カカシの犬であった。
よろしくね、とアリスはカカシの犬に微笑み掛ける。ワンと鳴くような仕草を取ったそれは、アリスの横にピッタリと並んだ。
「さ、早くレミリアのところに行きなさい」
「分かったわよ。精々本の栞にならないように頑張りなさい」
「勿論よ」
軽口を叩き合うと、霊夢は廊下の角を曲がり駆けていく。それを目で追っていたアリスは、さて、と隣のカカシ犬に目を向けた。
「行くわよ、『小走り犬』」
犬は再びワンと鳴いたような素振りを見せた。
霊夢がその場所に辿り着いた時には既に彼女は何者かと対峙していた。年の頃は霊夢と同じか少し上。メイド服を身に纏っている以上職業は決まったも同然であろうが、しかし彼女は首を傾げた。こんな濃密な死の臭いのする場所に、果たして唯の人間がいられるのだろうか、と。
「ねえレミリア」
「あら霊夢、遅かったじゃない。案内人は帰ってもらったの?」
「あの細身の案内人なら、多分魔理沙の相手で粉骨砕身してるんじゃないかしら」
「それは結構。で、何の用かしら?」
そいつよ、と二人の前に立つメイドを指差す。差された彼女は少しだけ眉を顰め、しかしすぐに元の無表情に戻った。
面白みの無い奴、と心の中で非難しつつ、霊夢は続けた。あれがひょっとしてそうなの、と。
「まあ、そうでしょうね。この館で他にメイド長を務めそうな『人間』はいないわ」
「含みのある言い方ね」
「死体や骨ならお釣りが来るほどいるみたいなのよ、ここ」
「勿論ここを奪ったら全員解雇よね?」
「当然よ」
路頭に迷われても困るけど、と笑いながらレミリアは述べた。その笑みを崩さぬまま、さて、と目の前の少女に視線を向ける。吸血鬼のその目に見詰められても、彼女は表情を崩さない。
「貴女が十六夜咲夜ね?」
「人違いです」
即答。全く表情を変えぬままそう答えた。その返答にレミリアはあれ、と首を傾げる。おかしい、間違えたか? そう呟きながら考え込む仕草を見せたが、霊夢はそんな彼女を見て呆れたように溜息を吐いた。
「それはアンタが勝手に付けた名前でしょう?」
「ああ、そうだったそうだった。この館を既に手に入れた気になってすっかり忘れていた」
「まったく、しっかりしてよもう」
肩を竦めると、霊夢は再び少女に視線を戻す。まあ私としてはどっちでもいいんだけど。そんなことを漏らしながら、一歩踏み出した。
「ここの主に面通ししたいんだけど」
「お引き取りください」
「取り付く島もないわね」
「侵入者に貸す耳は持ち合わせておりませんので」
違いない、と霊夢は笑った。笑い事じゃないでしょ、と言いながらもレミリアも笑みを浮かべている。そんな二人がどうにも理解出来ず、彼女は少しだけ怪訝な表情を浮かべた。
それを見逃さず、霊夢は更に笑みを強くさせる。もっとしっかり表情を出しなさいよ。言いながら近付き、彼女の頬を引っ張ろうと手を伸ばした。
「触るな!」
その手を弾き、彼女は後ろに下がる。いつの間にか手にはナイフを持っており、いつでも投げ付けられるようにされていた。そこに浮かぶ表情は、嫌悪。理解出来ないしたくもない、とその表情が述べていた。
「狂人の相手をしている余裕はないの。とっとと帰って頂戴」
「ふぅん、それが素か。いいじゃない、さっきの鉄面皮よりよっぽどマシよ」
言いながら右手にカードを持つ。それを見たメイド長は一瞬そこに目を向けたが、すぐにその視線を戻した。何か言うより早く、手に持ったナイフを投擲する。切っ先は真っ直ぐに霊夢の喉へと向いていた。
体をずらす。目標を失ったナイフはそのまま廊下を飛んでいき、壁に突き刺さるとザクリと音を立てた。あ、というレミリアの言葉を背後に聞きつつ、霊夢はカードを持った右手を突き出した。
「『絡め取る蔦』」
何処からか生まれた蔦がメイド長へと絡み付き、その身を拘束した。手足を縛られ、今いる場所から一歩も動けない。忌々しげに四肢に絡まる蔦を見たが、しかしそれを解く手段を彼女は持ち合わせていないようであった。
「門番といいメイドといい、呪文が使えないのに何でスペルカードを使わないんだか」
「あら霊夢、メイリンも言っていたじゃない。ここの主の方針でしょう? 自分の部下に逆らえる術を持たせないようにっていう、後ろ向きでくだらない、小物の方針よ」
信頼関係を築ければそんな心配無用なのに。とレミリアは肩を竦める。そのまま動けないメイド長へと歩を進め、その顎に手を添えた。
貴女は、どうかしら? そう言って彼女は微笑む。優しい笑みを浮かべる。
「……何がよ」
「ん? だから、信頼関係を築ければそんな心配無用でしょう、ってことよ」
「言っている意味が分からないのだけど」
「そう? 駄目よ、もう少し考えなきゃ」
どこか自分を馬鹿にしているようなその態度に、彼女は眉を顰める。だが、その表情は彼女の次の言葉で驚きへと変化した。
「何せ、貴女は私のメイド長になるのだから」
そうでしょう、咲夜。と自信に満ちた態度で述べられてしまえば、彼女としてもあっけに取られるしかない。そんな名前ではないと先程即答したというのに、もう忘れてしまったのか。それに、私のメイド長とはどういうことか。今仕えている主から、目の前の吸血鬼の少女に鞍替えしろというのか。そんなことが頭をぐるぐると回る。
「ふざけ――」
「ねえ、貴女達は本当に心の底から従っているのかしら?」
叫びは途中で打ち消された。そうだ、と答えようとしても、口は全く動いてくれない。拘束されているのは手足のみで、口も思考も回るのに、だ。
誰がこんな死の臭いしかない場所を好き好んで選ぶものか。ここしか生きる術が無かったから、あの主に仕えることが最上だと思うしかなかったから、だからこうして立っているのだ。それを否定することは、自分の生きる術を失うということに他ならない。
「私はね、貴女も、メイリンも、こんな穴倉のような世界で生きる者ではないと思ってるわ。もっと日の当たる場所で堂々と胸を張るべきよ」
「吸血鬼のセリフとは思えないわね」
「あら霊夢。イニストラードの吸血鬼は昼も好むの、覚えておきなさいな」
隣で様子を窺っている霊夢に軽口を返しつつ、レミリアは微笑みながらもう一度問い掛ける。貴女は、本当にここで満足しているの、と。
「――そんなわけ、ない。そんなわけあるはずないじゃない!」
生まれた時には既に死体と骨に囲まれ、名付けられることもなく吸血鬼の給仕として生きるだけの存在。そんな境遇に満足なぞするはずがない、してたまるものか。今までずっと心の中に秘めていたそれを、全てぶちまけた。生きたいと、もっと人らしく生きたいと、彼女は慟哭した。
「そう、それが貴女の偽らざる本心。ならば」
この手を取りなさい。笑みを崩さず、レミリアはそっとその手を差し出す。貴女に人らしい生き方をさせてあげると、そう続けた。
メイド長はその手をじっと見詰め、そしてゆっくりと首を横に振った。その行動にレミリアの目が見開かれる。まだ何か引っ掛かっているの? そう問いながら彼女の顔を覗き込んだ。
「手足が拘束されていて取ろうにも取れません」
「……成程。盲点だったわ」
視線を霊夢に向けたが、どうやら彼女はやる気が無いらしく、自分でやればいいじゃないと投げやりに答える。仕方ないな、と肩を竦め、レミリアは一枚のカードを取り出した。
「『Disenchant』」
言葉と共に蔦が消し飛ぶ。自由になったその右手で二・三度握り開きを繰り返したメイド長は、すぐさまナイフを取り出しレミリアの喉元に突き付けた。
彼女は微動だにしない。微笑を浮かべたまま、改めて、と手を差し出している。
「……寝首を掻くやもしれませんよ」
「無理ね。貴女はそんなことをする人間じゃないもの」
ナイフを仕舞い、その手を取った。これからよろしくお願いします、お嬢様。そう言うと、深々と頭を下げた。
「ええ、よろしく頼むわ、『咲夜』」
「……はい、十六夜咲夜、確かに承りました」
じゃあ早速で悪いのだけれど、とレミリアは咲夜に告げた。向こうにいる二人も主の部屋に案内してやって欲しい。そう続けると、彼女はかしこまりましたと頭を下げると霊夢達が来た道を戻っていく。
じゃあ行きましょうかとレミリアは前に歩みを進めた。そんな彼女を横目で見ながら、霊夢は軽く鼻を鳴らす。
「とんだ狸ね、吸血鬼の癖に」
「あら? 酷い言い草ね」
だってそうでしょう、と歩きながら彼女は言う。あいつがあんな急に素直になったのは、アンタがそう仕向けたからじゃないか。あくまで視線を合わせずに、そう続けた。
「『Manipulate Fate』。ほんのちょっと、触れただけよ」
「……私にやったら殺すわ」
「やらないわよ。大体あれだって元々咲夜が押し込んでいたものを出す手助けをしただけ。それに」
友人を操るほど外道ではない、と彼女は続ける。その言葉に誰が友人だ、と返したものの、霊夢はどうやら満更でもないらしかった。それが傍から見ても分かったのか、レミリアはその笑みを強くさせた。それが気に入らず、霊夢は益々へそを曲げてそっぽを向く。
その拍子に、先程の呪文の余波で開いてしまった窓から、大きな丸い天体が見えた。
「日が暮れちゃったじゃない」
「あら、そうね」
急ぎましょう、とレミリアは廊下を歩く足を速めた。あくまで余裕を崩さないその態度に辟易しつつも、霊夢は後ろについていく。
時刻は既に、夜の帳が下りていた。
スペル説明
『窯の悪鬼』…クリーチャー:エレメンタル・ビースト パワー1 タフネス2。能力は未使用。
『鳴らし猛火のカカシ』…アーティファクト・クリーチャー:カカシ パワー5 タフネス3。 赤と黒のクリーチャーがいると能力が追加される。
『猛然たる突撃』…クリーチャー呪文を唱えると相手にダメージを与えるエンチャント。
『黒檀のツリーフォーク』…クリーチャー:ツリーフォーク パワー・タフネス共に3。能力未使用。
『小走り犬』…アーティファクト・クリーチャー:カカシ パワー・タフネス共に2。能力未使用。
『絡め取る蔦』…行動し終わった相手を拘束するエンチャント。
『Disenchant(解呪)』…エンチャントかアーティファクトを破壊する。
『Manipulate Fate(運命の操作)』…本来のカードの効果とは全く違うので割愛。
ちゃんとした効果を知りたい方はMTGWikiあたりがよろしいかと。