東方魔集郷   作:負け狐

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グダグダになっているような気もする第三話です。

地名とかは完全にMTG知らない人置いてきぼりですよねこれ……。



3 幻想の月は荒廃を清める

 ごきげんよう、名も知らぬ吸血鬼。そう言ってレミリアは目の前の男に一礼をした。霊夢はそんな彼女を見て、今まで一度も下げなかった頭をこんな奴相手に、と口を開きかけたが寸でのところで踏み止まる。レミリアの浮かべるその笑みが、ぞっとするほど冷酷であったからだ。

 

「こんな時間に突然やってくるからどのような賊かと思えば、意外と礼儀は備えているのだな」

 

 その笑みの意味に気付かないのか、男は尊大な態度を崩さずにそうのたまう。大仰な身振りで、この私に何の用だね、と続けていた。その傍らには数名のメイドが控えているが、霊夢はそこに視線を向けない。レミリアとやり取りをしている壮年の見た目をしている男か、悪趣味に着飾られた部屋のみを見る。どうやら夜、それも月夜の間だけ窓は開かれるようで、照明よりも明るい月明かりが部屋を満たしていた。

 正直に言ってしまうのであれば、彼女は今すぐにでも目の前の男を消し炭にしてしまいたかった。腐臭を香炉にするような輩とは、一分一秒でも一緒にいたくない。レミリアが隣になければ、とうにそうなっていたであろう。

 彼の傍に仕えているメイドの、そのスカートから覗くのは肌ではなく、肉か骨。ポタポタと肉汁が垂れているのか水音が絶えず、そして恐らく生前は麗しかったであろうその顔の半分ほどは崩れ、瞳孔の開き切った目は虚ろに彷徨っている。紛うことなき死体、歩く死骸であった。

 

「――すまないが、もう一度言ってくれないかね?」

 

 もう少しここを訪ねるのが遅ければ、咲夜もこの中の一体になっていたのだろうか。そんなことを霊夢が考えている内に、どうやら向こうの交渉は進んでいたようだ。男は少し眉を吊り上げ、不機嫌さを隠そうともせずにレミリアに問い掛けている。

 対する彼女は、笑みを浮かべたまま崩さない。ええ、何度でも言ってさしあげますわ。そう言いながら口を三日月に歪めた。

 

「この館を私のものにしたいの。だから、出て行ってくださらない?」

「ここは私の館だ。出て行くのであれば、そちらの方だろう」

 

 そう返した男に向かい、レミリアはあら残念、と肩を竦める。それならば仕方ないわね、と口に手を当てクスクスと笑った。

 

「――じゃあ、この世から出て行ってもらうわ」

 

 言葉と共に持っていたカードを前へと弾いた。瞬間、彼女の目の前に一枚の鏡が出現する。その鏡に目の前の存在が映され、そしてそれに罅が入る。罅割れは徐々に広がり、それの鏡像が砕け散る頃には、映されていた存在もまた消え去っていた。

 

「『Unm――じゃない、『損ない』。まあ、躱されちゃったけれど」

「……いきなり攻撃とは、随分な客人だ」

「ええ、そうね。自分のメイドを身代わりにするなんて、随分な主よね」

「部下は主人の為に使われるものだ。ましてや死体など、何を考慮しろというのだね」

 

 言葉と共に、彼の横に立っていた死体のメイドがゆっくりと彼女へと向き直る。白く濁った瞳が、レミリアと霊夢を見詰めていた。

 少し手荒い歓迎をしなくてはいけないな。その言葉と共に、ナイフを持った死体のメイドは一歩こちらに踏み出した。べちゃり、という嫌な音が部屋に響く。

 

「ねえ、霊夢」

「何よ」

「貴女はどうする?」

「ぶっ殺すわ、こいつ」

「そう、奇遇ね。私もそう思っていたの」

 

 そう言いながら、彼女は空を見上げた。この部屋から差し込んでいる光を生んでいる、夜空に浮かぶ大きく丸い天体を見上げた。

 

「こんなに月が紅いから――本気で殺すわ」

 

 

 

 

 

 

 ガラガラと崩れる骸骨を見て、魔理沙は怪訝な顔を浮かべた。先程まではこの骸骨達は倒しても倒しても何度も起き上がってきたはずだ。なのに、突然動かなくなった。

 

「打ち止めか?」

「だといいわね」

 

 傍らに『小走り犬』を従えたアリスがそう返す。どうやら彼女はそう思っていないようで、周囲に警戒しながらカードにマナを込めていた。

 そんな二人に、失礼、と背後から声が掛かる。弾かれたように振り向くと、そこには一人のメイドの少女が佇んでいた。敵意は感じられず、魔理沙はすぐに警戒を解いた。アリスはあくまで態度を変えていない。

 

「お嬢様からのご命令で、貴女達を案内するように、と」

「お嬢様? ここの館の主人のは女なのか?」

 

 魔理沙のその言葉に、少女――咲夜は首を横に振る。ここの館の主は男の吸血鬼ですが、私の主はもう彼ではありません。そう言うと少しだけ口元を緩めた。

 その言葉を聞いたアリスは、成程と頷く。頭に疑問符を浮かべている魔理沙を横に、じゃあ貴女が十六夜咲夜なのね、と問い掛けた。彼女が頷くのを確認し、それは良かったと笑みを浮かべた。

 

「なら、ここの蠢く骸骨共が再生しなくなったのも貴女の仕業なのね」

 

 そろそろ警戒を解いてもよさそうだ。そんなことを思いながら述べたアリスの言葉であったが、咲夜は一体何のことだと首を傾げた。自身は魔法の手解きは一切受けていない。だから、この館のクリーチャー群の管理は自分では行えない。そこまで言った後で、何か嫌な予感がして急ぎましょうと二人を急かした。

 

「残念だけど……遅かったみたい」

 

 ズシン、と振動が響き渡った。それも一つではない。少なくとも三つはあるであろう、何かがこちらに歩いてくる音だ。その重厚な音に魔理沙は今度は何だよとぼやき、アリスは新手かとカードを持つ手に力が篭る。

 そして咲夜は、向かってくる相手に見当が付いたのか顔を青褪めさせた。

 

「……急ぎましょう。出来れば、奴等がこちらを発見する前に」

「おいおいどうしたんだよ。そんなにヤバイのか? 同僚に転職したのがバレるとまずいとかそういうのだったり?」

「この館でまともに会話が出来るのは私を除いて二人だけよ。そしてこれから来るのは特に会話の出来ない相手。何も考えないし、感じない。全然笑いもしないし、泣きもしない。奴等がやることは朝から晩まで――」

 

 一際大きい音が響いた。振り向くと、巨大な何か、そう形容するしかない存在が三体立っている。機械で出来た奇妙なそれは、頭部から黒い油のようなものを垂らしながら、パイプとケーブルの繋がったピストン式の豪腕をこちらに伸ばしていた。

 

「目に付く者を殺すだけ」

 

 咲夜の言葉と腕が三人のいた場所に突き刺さるのが同時であった。轟音が響き、廊下に敷いてあった絨毯とその下の石材が吹き飛び散らばる。何だ何だと騒ぐ魔理沙を横目で見つつ、アリスは表情を苦いものに変えた。

 聞いたことがある。ミラディンの吸血鬼の話の際に、その次元がどうなったかの顛末。違う名前の次元へと変わったのだと述べた、説明や薀蓄が長い古道具屋の話。その時に、聞いたことがある。

 

「ファイレクシアの、大男……」

「何だアリス、知り合いか? お前の顔の広さは相当だな」

「これと知り合いになるには、きっと広さより頑丈さが必要でしょうね」

「違いない」

 

 魔理沙は笑っているが、しかしこれの正体を知っている二人は笑えない。特に咲夜はこれが暴れているのを実際に目の当たりにしているのだ。思わず足が竦み、膝が震えた。勝てない、逃げ出したい。そんな考えが頭に浮かんだ。

 だが、それを打ち消すかのように、つい先程自分の主になった若い吸血鬼の姿がちらついた。無邪気な笑顔を浮かべ。お前ならば大丈夫だと、そんな自信を彼女に与えてくれた。弱気な心は冷静さを取り戻し、震えていた膝は真っ直ぐに立っている。大きく息を吐くと、隣に立っている二人へと視線を向けた。

 

「さて、どうされます?」

「どうするも何も、どうにかしなきゃいけないんだろ?」

「確かに、逃げられそうにはないわね」

 

 こちらを獲物にしているファイレクシアの大男は三体。廊下の狭さを無理矢理破壊し広げることで解決しているような輩相手に、普通に逃亡したところで意味があるとは思えなかった。

 ならばやることは一つ。魔理沙とアリスはそれぞれカードを取り出す。後ろに控えていた『黒檀のツリーフォーク』に昨夜の護衛を任せると、魔理沙は一目散に奴等へと駆け出した。マナを込め、それを突き出し、そして叫ぶ。でかかろうがなんだろうが、これで仕舞いだ、と。

 

「食らいやがれ! 『恐怖』!」

 

 込められたマナによりカードの呪文は開放され、そして放たれた黒マナの塊は一直線に目標へと向かう。それはファイレクシアの大男にぶつかり、そしてそのまま霧散した。

 あれ? という魔理沙の呟きと、大男の鉄塊のごとく巨大な腕が振り下ろされるのは同時だった。彼女の全長よりも大きなそれは、綺麗に少女を挽肉に変えてくれるであろう威力を秘めていて。

 襟首を掴まれ、横に引っ張られた。掴んだ相手は彼女の着地を考慮していない為にしたたかに腰を打ちつけたが、床にめり込んでいる拳を見ると文句は言えない。唇を尖らせつつ、助かったぜと感謝を述べた。

 

「今日同じ失敗したばかりじゃないの。アーティファクト・クリーチャーに『恐怖』は効かないのよ」

「大男っていうくらいだし、多少は大目に見てくれてもいいじゃないか」

「貴女を助けた『小走り犬』、どう見てもカカシよ」

 

 はいはい私が悪うございました。そっぽを向きながらそう言う魔理沙に呆れつつ、アリスは全く好転していないこの状況を省みる。現在戦力は魔理沙の『黒檀のツリーフォーク』と自分の『小走り犬』。どちらもあの大男を倒すには至らない。マナをつぎ込めばツリーフォークはいける可能性があるが、現在の彼女を見る限り期待出来ないとアリスは踏んだ。

 ならば、自分がどうにかせねば。そう思いカードに手を掛けるが、生憎この場で有用なスペルカードがそれらを保有している空間から上手い具合に引っ張り出せない。どうやら彼女は思った以上に焦っていたようで、そんな自分に思わず舌打ちをしてしまう。

 大男がゆっくりとこちらを睨む。どうやらアリスを得物と定めたようで、その無機質で生物的な腕を伸ばしてくる。ただ掴む、それだけで、彼女の華奢な体は千切れ飛ぶだろう。

 それをただ待つだけの性格だったのならば、彼女はこんな場所まで来てはいない。

 

「――霖之助さん様様ね」

 

 放り投げた何かが大男の足にぶつかると、大男は派手に転んだ。丸みを帯びた三角のそれは、一体の大男の両足をぴたりとくっつけ離れないように拘束している。巨体がじたばたともがくが、しかしどうやら全身が金属である大男にはその物体、磁石は外せそうになかった。

 残り二体はそんな足手まといなどには目もくれず、三人に向かって歩いてくる。その金属で出来た黒い油の流れる目には何も映していない。

 

「『転倒の磁石』はさっきの一個しか持ってないし、次はどうしたものかしら」

 

 少しだけ余裕は出来たが、しかし。『小走り犬』を特攻させたところであの大男の進軍は止まらないだろう。無駄だと分かっていることをやるよりは、別の有用な方法を探した方が万倍いい。稼いだ時間を使えるだけ使い、何とか打開策を編み出さなくてはいけない。

 そんなことを思っていたアリスは、後ろから肩を思い切り引っ張られバランスを崩した。何をするのよ、とその犯人である魔理沙を睨むが、彼女はまあまあと気にした風もなく笑う。そんなことより話があるんだ、と歩いてくる大男に目を向けながらそう続けた。

 

「時間、もう少し稼げるか?」

「……何かやるの?」

「無駄な時間を稼ぐくらいなら、派手に払った方が有意義だぜ」

「はいはい。で、どのくらい?」

「五分、いや三分でいい。いけるか?」

「出来ないと思ってるの?」

 

 言いながらカードを取り出した。先程は焦っていて取り出せなかったスペルカードは、今はすんなりと引き出せる。どうやら自分の焦りを軽減してくれる効果もあったようだ、と今の魔理沙の行動を思い出して思わず微笑む。

 ぐしゃり、と何かがひしゃげる音がした。どうやら先程の磁石を無理矢理引き千切ることで立ち上がることにしたらしく、立っている二体の背後から三体目がこちらに向かってくるのが視界に映る。

 だが、別に大した問題ではない。自分がやるのは時間を稼ぐことであって、こいつらを倒すことではない。派手な呪文も必要なく、確実な足止めさえ出来ればいい。どうせ派手さは後ろで何かを企んでいる未熟な魔法使いがやってくれるだろうから。

 

「『睡眠』」

 

 持っていたカードから、霧のような靄が噴出した。それは彼女の周囲からどんどんと広がり、腕を振り上げているファイレクシアの大男三体を包み込んでいく。大男の動きが緩慢になり、やがて止まった。そのままゆっくりと倒れ伏す。

 

「倒したの?」

 

 後ろにいた咲夜がそう問うたが、アリスは首を横に振った。眠っているだけよ、ぐっすりとね。などと軽口をついでに叩く。

 

「さ、時間は稼いであげたわよ」

「うーん、ギャラリーが寝てるといまいちやる気が出ないな」

「別に、すぐに起こしてもいいのよ」

「遠慮しとくぜ。派手な目覚ましってのもおつだからな」

 

 そう言いながらも、カードにマナを込めるのは止めない。今までの魔理沙のカードの唱え方とは一線を画すそれは、そのたびに淡い光を段々強めていく。

 横たわっている大男の体がピクリと動いた。どうやら『睡眠』の効果が切れたようで、再び三体が起き上がろうとしている。咲夜はその光景を見て、まだなの、と思わず魔理沙に詰め寄った。

 

「慌てなさんな。もうすぐだ」

「何呑気な――」

「もうすぐってのは、こうやって喋ってる間に完了するってことだぜ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべながら、魔理沙は咲夜よりアリスより前に出た。存分にマナの溜められたそれを頭上に掲げ、そして叫ぶ。とくと見やがれ、と。

 

「ぶっ倒すぜ! 『甲鱗のワーム』!」

 

 彼女の叫びと共にカードを媒介に喚び出されたそれは、現れると同時に大男の一体を轢き潰した。巨体が成す術もなく床にめり込み、そして歯車と脳漿と油を撒き散らしながらその姿を鉄屑に変えていく。

 巨大な蛇のようなそれは、頭部に角と髭のようなたてがみのようなものを持った文献に語られる龍にも似たクリーチャーであった。その堂々たる佇まいは、目の前の大男など木偶人形に過ぎないと言っている様にも見えた。青を基調とした奇妙な体色の鱗を纏った巨大な体をゆっくりと下げ、魔理沙に乗れと目で訴えかける。勢い良く彼女はその頭に飛び乗ると、さあ反撃だと腕を張り上げた。

 

「潰せこーりん! ついでに館の主の吸血鬼まで突っ切るぜ!」

 

 その言葉に答えるように、ワームはそれだけで相手を吹き飛ばしそうな声で吼えた。

 

 

 

 

 死体のメイドに火球が叩き込まれ、成す術もなくその肉を焦がしていく。消し炭になった歩く死骸は、そのままボロボロと崩れ去った。その光景を引き起こした張本人である霊夢は苦い表情を浮かべ、そしてすぐさま怒りの表情に変化させると一点を睨む。

 横ではレミリアが同じように死体のメイドを消し飛ばしていた。その瞳には何の感情も浮かんでおらず、高みの見物を決め込んでいる相手に向かって底冷えの視線を向ける。

 館の主である吸血鬼の男は、その光景を見て感嘆の声を挙げた。まさかこれほどまでやれる相手だとは、そんなことを言いながら、大仰な手振りで拍手を行う。その芝居掛かった仕草に辟易した霊夢は、鬱陶しいと吐き捨てた。レミリアは何も語らない。

 

「ふむ。これはもう少し歓迎の仕方を変えねばなるまい」

 

 指を鳴らす。現れたのは大量のスケルトンだった。特に何かを身に付けているというわけではなかったが、恐らくこれも女性だろうと霊夢は思う。誰だか知らないが、きちんと成仏してもらいたいものだ。そう呟きながらカードを構えた。

 

「ねえ、レミリア」

「何?」

「さっきから静かじゃない? どうかしたの?」

「退屈なのよ。相手にもなりゃしない雑魚を倒すのは」

 

 言いながら数枚のカードを前方に弾いた。それは空中で霞に変わり、その霞がスケルトンの空洞になっている口内へと侵入していく。骨の口があんぐりと開き、そして顎が崩れ地面に落ちた。それに続くように頭骨も床に転がり、最終的には全体が散らばる。魔力を失った骨は、床に散らばるゴミへとその役割を変えた。

 

「ホント、『うんざり』」

 

 やれやれ、とレミリアは肩を竦める。いつまでこんな退屈な時間を過ごさなくてはいけないのか。それとも、この退屈な戦力で全力だというのか。もしそうであれば、目の前の小物の認識を更に下方修正しなければならない。

 

「ミスタ、貴方は一体いつ踊ってくださるのかしら?」

「レディのお誘いを断るのは心苦しいが、生憎まだその時ではなくてね」

 

 言葉と共に黒い影が頭上から落下してくる。霊夢は転がるようにそれを躱し、そしてその襲撃者に目を向けた。蟹のような奇妙な足を持ち、肋骨の浮き出ているようなおぞましい胴からは何本もの腕が生えている不気味な何か。その顔はどう見ても人ではなく、また人から生まれたものでもないように見えた。

 

「何、こいつ……」

「おや、そちらのお嬢さんは知らないのかね。それはファイレクシアと呼ばれる次元のクリーチャーの一体でね。私の従僕として使わせてもらっているのだよ」

 

 やれ、と男は笑顔のまま命を下す。その奇妙なファイレクシアのクリーチャー、憤怒鬼は生えている何本もの腕を伸ばし目の前の少女を蹂躙せんとする。が、しかし。彼女が何かをしようとする前に、横から飛んできた呪文により霊夢の目の前の憤怒鬼は消し飛んだ。

 

「――あら、ごめんなさいね霊夢。勢い余って貴女の方まで殺しちゃった」

「別にいいわよ。手間が省けて丁度いいわ」

 

 それなら良かった、とレミリアは笑みを浮かべた。そのまま顔を男の方へと向け、次は無いのかしら、と問い掛ける。その言葉で、余裕を保っていた男の表情が変わった。不機嫌さを隠そうともせず、やってしまえと憤怒鬼を更に三体呼び寄せる。それが一斉にレミリアに向かっていったが、彼女は危なげなくその攻撃を躱すと、持っていたカードを一体の憤怒鬼に向かって弾いた。

 ねえ、知っているかしら。そう言いながら呪文を紡ぐ。

 

「私の祖たる誇り高き吸血鬼、ソリン・マルコフに対峙する者の多くはこんな症状に見舞われるの。長い時を生きている吸血鬼にとって邪魔、という突発的で致命的な症状にね」

 

 言いながらもう一体に呪文を放つ。一体目と同じように、二体目もあっさりと消し飛ばされた。

 

「『屈辱』。さあ、どちらがその致命的な症状に見舞われるのかしらね」

 

 再び動く者が三人だけとなった部屋に、彼女の言葉が木霊した。吸血鬼は今度こそ本当に怒りを露にし、座っていた派手な装飾のされた椅子から立ち上がる。同時に何か呪文を唱えると、彼の周囲の空間が歪んだ。機械で出来た巨大な大男が、黒い脳漿を垂らしながら歪んだ空間より現れる。その醜い姿を見た霊夢はあからさまに嫌な顔を浮かべた。

 

「アンタの趣味は腐ってるわね、いろんな意味で」

「何とでも言えばいい。どうせすぐに言えなくなるのだからな」

「あらそう? とてもそうとは思えないけれど」

 

 言いながら霊夢は先程から持ちっぱなしであった、マナだけ溜めて放っていない呪文を展開させる。稲妻が走り、大男を貫いた。煙を上げ、その巨体がよろめく。が、それだけである。大男は自身を雷で焦がそうとしたその巫女を引き千切らんと腕を伸ばす。思わぬ展開であったそれに霊夢は一瞬対応が遅れ――

 

「『公正な運命』」

 

 レミリアの放ったその呪文により一命を取り留めた。攻撃を行おうとしていた大男は何かに押し潰されたようにひしゃげ、その巨体を地面に横たわらせている。

 苦虫を噛み潰したような顔で視線を横に向けると、クスクスと笑っているレミリアの姿が見えた。詰めが甘いのね、というその言葉に、うるさいと返し彼女はそっぽを向く。

 

「無駄話をしている暇はあるのかね? 大男はもう一体――」

 

 いるのだぞ、と攻撃指示を出そうとしていた男の声は、轟音と共に掻き消された。部屋の横に大穴が開き、そこから巨大な蛇のような龍のような生物、ワームが顔を出している。その頭の上には三人が座っており、一人は堂々と、一人は呆れ気味に、一人は恐る恐るといった三者三様の色を見せていた。

 

「お、まだメインディッシュは残ってるな」

 

 よかったよかった、とワームに乗っている内の一人である魔理沙は笑う。そして、その眼下に先程三体程轢き潰したファイレクシアの大男がいるのが見えた彼女は、邪魔だな、と一言呟き指示を飛ばした。頷くように尻尾を振り上げ、『甲鱗のワーム』は大男を叩き潰す。

 その光景に思わずあっけに取られてしまった男に向かい、レミリアはゆっくりと告げた。笑いながら、無邪気で無慈悲な言葉を告げた。

 

「貴方は、五百年ほど生きている吸血鬼にとって邪魔よ」

 

 吸血鬼が、吸血鬼だったものに変わるのに、そう時間は必要なかった。

 

 

 

 

 

 

「まったく。派手に壊してくれたものね」

 

 穴だらけになった館を見ながらレミリアは毒づく。多少の犠牲は付き物だぜ、という魔理沙の言葉に、彼女は少し呆れながら溜息を吐いた。

 館のアンデッドはその全てを片付け、今この場にいるのは命ある存在のみとなっている。霊夢と魔理沙とアリスの三人と、新たな館の主になったレミリア。そして、従者として彼女に引き抜かれた美鈴と咲夜の二人だ。現在美鈴は館の修理と補修に東奔西走しており、アリスはその手伝いに出ている。

 咲夜の淹れた紅茶の香りを味わいながら、ところで、とレミリアは霊夢の方へ視線を向けた。

 

「異変の解決の依頼には、何か対価が必要なのかしら?」

 

 生憎今持ち合わせが無いのだけれど。そう言いながら紅茶に口を付ける。ちょうどいい温度のそれは、彼女の満足のいくものであったらしく、傍らに立つ咲夜に笑顔を見せた。それを横目に霊夢も紅茶を一口。魔理沙は豪快に飲んでいた。

 

「別に、今すぐでなくともいいわ。貸しにしてあげる」

「あら、優しいのね」

「当たり前よ。今頃気付いたの?」

「おう、私は今気付いたぜ」

「アンタは黙ってなさい」

 

 魔理沙の後頭部を軽く叩く。ティーカップを持っていた状態だった為に少し紅茶がはね、彼女の頬に少し掛かった。あちぃ、という叫びを尻目に、霊夢は一人紅茶を堪能する。

 それで、これからどうするの? そう訊ねた霊夢にレミリアは笑みを浮かべ、そして咲夜を見る。まずはこの二人に呪文を教えるところからかしら。ねえ、と咲夜に同意を求めるように首を傾げた。

 

「よろしいのですか?」

「よろしいわよ。言ったでしょう? 私は貴女達を日の当たる場所に連れて行ってあげるって」

 

 出来ないなんて言わせないわ。楽しそうにそう言うレミリアを見ると、咲夜はもう何も言えず、ありがとうございますと頭を下げることしか出来ない。ああ、本当に、こんな日が来るなど思っても見なかった。そう実感すると、思わず彼女の目に涙が光った。

 

「ど、どうしたの!? 何か私変なこと言った!?」

「……いえ、大丈夫です」

「泣いてるのに大丈夫なわけがないでしょう! 怪我? それとも病気?」

「……違います、違うんです。これは」

 

 これは、嬉し涙だ。そう言いたくとも、既に溢れ出している涙のおかげで言葉にならない。お嬢様が私をこんなに素晴らしい場所に連れ出してくれたから、嬉しいのです。頭では、心ではそう何度も叫んでいるが、肝心の言葉として紡げない。しゃくりあげる音と、子供のような泣き声しか出てこない。

 

「お嬢様が……お嬢様が……」

「やっぱり私なの!? ご、ごめんなさい咲夜」

「レミリア、落ち着きなさいよ」

「どう考えてもそれ嬉し涙だろ」

 

 吸血鬼はそういう場面に遭遇すること無いだろうから、仕方ないか。そんなことを呟き、霊夢と魔理沙は顔を見合わせて微笑んだ。

 数刻前まで死の臭いが充満していたとは思えないほどに、この空間は穏やかであった。

 

 

 

 

 月明かりの下で館の応急処置をしている美鈴に、手伝いをしているアリスは声を掛けた。どうしました、と振り向いた彼女に、少し聞きたいことがあるのと続ける。

 

「貴女達の出身地は、ミラディンなの?」

 

 ファイレクシアに支配されてしまい、今や新たなるファイレクシアなどと呼ばれている金属次元。この館の主はそこの吸血鬼なのか。それが彼女の心に引っ掛かっていたのだ。

 ここの吸血鬼が何者かを知っていたはずのレミリアはミラディンを知らなかった。ならば、当然別の次元からの来訪者ということになる。だが、それではファイレクシアのクリーチャーを従えていたことに説明がつかない。結局その疑問は自身では解決出来ず、張本人である館の住人に訊ねることにしたのだ。

 だが、美鈴はその質問に首を傾げ、そして違いますと首を横に振った。

 

「私達はドミナリアのオタリア出身です。ミラディンというのは、ちょっと聞き覚えが無いですね」

 

 そう、とアリスは返した。嘘を吐いているわけでは無さそうだし、そうする理由も見当たらない。ならば、本当にミラディンとは関係ないのだろう。

 だとしたら、一体あのファイレクシアのクリーチャーはどこから手に入れてきたのだろうか。彼女の言うドミナリアという場所にもファイレクシアに関係する何かがあったのか、それとも。

 

「……考えていても仕方ない、か」

「どうしました?」

 

 美鈴の言葉に何でもないわと返すと、アリスは補修の続きを行う為にカカシに指示を出すのだった。情報が足りないのならば、集めればいい。そんなことを胸に秘めて。

 空には、黒い油を浄化するように紅い月が輝いていた。

 




スペル説明
『損ない』…対象のクリーチャーを追放する。
『転倒の磁石』…対象のクリーチャーをほんの少しだけ行動不能にさせる。使い捨て。
『睡眠』…相手のクリーチャー全てをしばらく行動不能にさせる。
『甲鱗のワーム』…クリーチャー:ワーム パワー7 タフネス6。魔理沙が呼び出したのは香霖と甲鱗を掛けた洒落。
『うんざり』…対象のクリーチャー2体にパワーとタフネスをマイナス2。
『屈辱』…クリーチャーかエンチャントを破壊する。
『公正な運命』…攻撃してきたクリーチャーを破壊する。

詳しい説明はMTGWikiとかを見るのがよろしいかと。
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