が、突然話がぶっ飛んでいる感が否めません。
暫く霊夢の出番が無いです。
東方にて名前だけ出ている人が出てきます。キャラも何もないのでほぼ独自です。
どうしてこうなった。
「まったく、貴方は」
そう言いながら机の書類を済ませていくのは女性。まだ若いように見えるその容姿は十代後半程度にも思えるほどだが、しかし纏う雰囲気や口調、そして目の前の仕事を片付けている動きなどでそれを否定していた。どうやら誰かに文句を言っているらしいが、視線も書類に向かっている為に誰に向けられているのか分からない。
だが、そんな彼女の背後から声が掛かる。どうやらその声の主が文句を言われた者らしく、おいおい勘弁してくれよなどと軽口を返していた。それが彼女の癇に障り、余計に口調を荒げる結果となってしまう。
その怒号を聞いた背後の人物、二十代ほどの男性は耳を塞ぎながらやれやれと肩を竦めた。また始まった、と心の中だけで呟くと、彼女に悟られないようにこっそりと部屋から抜け出す。それに気付かぬまま、彼女は延々と説教を行い続けている。
長々としたその説教は十分以上続き、そこでようやく一息吐いた女性――四季映姫は振り返った。分かりましたか? などと言いながら視線を向けた先はもぬけの空。開きっぱなしになっているドアが空しくキイキイと音を立てていた。
その誰もいない空間を映姫は無言で暫く見詰め、そしてその表情は憤怒に変わった。先程までここにいた男性の名前を叫びながら、どこにいるのだと部屋から飛び出していく。仕事自体は終わらせているのは彼女なりのプライドというやつだろうか。
途中ですれ違う同僚に男性の行方を尋ねると、どうやら外に出て行ったとの情報が得られた。ありがとうございますと頭を下げると、彼女は一目散に外へと向かう。相変わらず男性の名前を怒号混じりで叫んでいた。
「命蓮! 聖命蓮! どこに行きやがりましたか!」
その叫びを聞いた他の職員は、ああ、またか、と苦笑を浮かべた。幾度と無く繰り返されていることであり、この場所での名物でもあるその怒号は、ここで働いている者にとっての一種の娯楽でもあった。今日はどのくらいで捕まるのか、いや今日は逃げおおせる、いやいや今日は二人で同盟を組む日だろう。そんな第三者らしい勝手な会話を、彼女がいない場所で繰り広げる。もし聞かれたら最後、説教好きな彼女にこってり絞られること必至である。
職場から外に出る。『是非曲直庁』と呼ばれるそこから飛び出した映姫は、その先に広がる彼岸を走り回る。相変わらず怒号は絶えず、そこで裁きを待つ死者達にもそれは届く。新参者の死者は何事かとその姿を目で追い、古参の死者はいつものことだと気にも留めない。
やがて彼岸を走り尽くした彼女は、次は向こうかと三途の川を睨んだ。近場にいた部下に向こう岸に行った者はいないかと問うと、その部下――死神は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
小野塚さんと一緒に何処かに行きました。その報告を受けた映姫は、短くそうですかと返した。表情は怒りを通り越して無表情になっており、ではこれで失礼します、というなんてことのない返事に思わず下っ端の死神は姿勢を正してしまう。
船の最高速度もかくやという勢いですっ飛んでいく上司の閻魔を見ながら、死神は二人の冥福を祈った。そして同時に、今日は全滅か、という余計な思考を頭に浮かべた。
この次元、『幻想郷』には、実は三つの階層がある。霊夢達が普段暮らしているのは中層、数日で回りきれる広さというのは通常はここのみを差す。上層と下層は気軽に移動出来る場所ではないからだ。とはいえ、そこにも当然暮らす者がおり、そして同じようにスペルカードが広まっている。有事の際に博麗の巫女はそこにも向かうことになっているのだ。
その下層の一角。正確には中層と下層を繋ぐ場所の一つ、無縁塚と呼ばれる場所で三人の男女が談笑を行っていた。一人は着崩した着物を着た赤毛の女性、一人は二十代程度の独特な髪色をした男性。そしてもう一人は眼鏡を掛けた同じく二十代程の男性なのだが、髭も無く少々の童顔のおかげかこの中でも年下のように見えた。
女性はケラケラと笑いながら酒をあおり、眼鏡の青年はそれを仕方ないなと苦笑しながら眺めている。変わった髪の男性はそんな女性に酒を勧めて笑っていた。
「しかし、いいのかい?」
眼鏡の青年が問う。その言葉を聞いた独特な髪色の男性は何がだいと訊ね返すが、彼は肩を竦めてこう続けた。
「閻魔様の説教から逃げてきたんだろう? 大丈夫なのかい?」
その問いに男性は笑いながら答える。大丈夫なわけが無いだろう、と。女性はその言葉を聞いて、じゃあ笑っている場合じゃないじゃないか、と笑った。
「……君もその中に入っているんじゃないのかい?」
そうだろう、小町。と青年は女性に問い掛けた。問われた彼女はいいのいいのと笑みを崩さず、どうせ絞られるのは命蓮だけだし、と男性を指出した。
それに反応したのは男性――命蓮だ。そう上手く行くかな、と不敵な笑みを浮かべている。その態度に怪訝な顔を浮かべた小町に対し、彼は面白そうに続けた。ここに逃げる時に、お前の姿はしっかりと見られているぞ。そう言いながら自分の杯にも酒を注いだ。
「はぁ!? 何で教えてくれなかったのさ!」
「聞かれなかったからな」
さらりとそう述べ、命蓮は酒をあおった。やっぱりどれだけ経っても故郷の酒が恋しくなる、そんな呟きをしつつも、もう一杯を杯に注ぐ。それを見た眼鏡の青年が僕にもくれないかいと彼に問うた。
「霖之助、今日は仕事なんじゃなかったのか?」
「もう終わったよ。今日はめぼしい物は無し、ここまで来てそんな結果なら、少しは飲んでも罰は当たらないさ」
「ははは、いいねいいね霖之助。そういう考え、あたい好きだよ」
それはどうも、と青年――森近霖之助は肩を竦めた。そのまま暫し無駄話を交えて三人で酒盛りを続ける。本当に大したことのない話題で盛り上がっていた三人は、小町のそういえば、という言葉で空気が変わった。
この間、中層で異変があったんだって? そう訊ねた彼女に、霖之助はそうだよ、とこともなげに答えた。霊夢達があっさりと解決したらしいけど、そう続けながら酒を飲む。
「解決? あたいの聞いたところじゃまだ館に吸血鬼が堂々と居座ってるって」
「それは別の住人さ。元々居た吸血鬼は殺されたよ」
「それはまた、物騒な話だな」
命蓮はそう言いながら酒を飲んだ。ここはもう少し血生臭いのと無縁だと思っていたが、案外そうでもないんだよな。そう続けながら酒を注ぐ。
彼のその言葉にそれはそうさ、と返した霖之助は、視線を別の場所に移しながらこう続けた。良くも悪くも、来訪者が絶えない場所だからね、と。
「この間のその住人も、ドミナリアから来たって話で――」
「へえ、ドミナリア……」
その言葉に反応したのは命蓮であった。先程までの飄々とした態度を少しだけ潜め、表情を真剣なものに変えて霖之助に問い掛けた。一体ドミナリアの何処から来たのか、自身が生前聞いた御伽噺のことを思い出しながらそう続ける。それを聞いてどうにかなるわけではないが、久しぶりに自分の故郷のことを彼は思い出したのだ。
「あれ、お前さんの故郷ってそこだったっけ? もっとこう、短い名前だったような気がしたんだけど」
「神河だよ。まあ忘れててもしょうがない、ほとんど話はしていないからな」
「ああ、そうそうそこそこ。……しかし、ほとんどしてないってのは寂しい話じゃないか」
もう出会って百年は経っているってのに。笑みを浮かべながらそう述べる小町を見て、バツの悪そうな顔で命蓮は頬を掻いた。こほん、と空気を変えるように咳払いをすると、それでどうなんだと霖之助に訊ねる。
「吸血鬼は邪悪な存在だったみたいだけれど、そこに仕えていた二人はそうでもないようで、今は新しい主の下で暮らしているよ。確か場所は、オタリアだったかな」
「オタリア……。聞いたことの無い名前だ」
霖之助の言葉に彼は何とも言えない顔を浮かべた。どうやら御伽噺で語られていた場所とは無関係の場所だったようだ。どことなくがっかりとしている命連に気付いたのか、小町が苦笑いをしながら酒を注いでいた。
「やっぱり、戻りたいのかい?」
自分の故郷と繋がりのある場所かもしれない、と食いついた彼を見て、彼女はそう問い掛ける。だが、彼はゆっくりと首を横に振った。迷うことなく否定した。
「まさか。俺はもう死んだ身だ、どのみち今戻ったところで知り合いは殆ど居ないだろうさ」
そう言いながら無縁塚にそびえ立っている一際大きい桜の木を見た。紫色の花が咲いているその木を眺め、どこか遠い目をしながら杯に口を付けたが、そこにもう酒が残っていなかったのに気付いて顔を顰めた。
こうして死者でもぶらぶら出来るこの次元に迷い込んだのも何かの縁だ。今まで纏っていた肩書きを投げ捨てて新しい道を歩むのも悪くは無い。口には出さないが、彼はそう思っていた。既にあの場所で自分のやるべきことは済ませてあるのだから。
「まあ、今はこうして閻魔の下働きをするのも悪くは無いさ」
そう言って笑った彼の背後から、声が掛かる。ならば、逃げずにもう少し仕事を真面目にやってくれると助かるのですがね。地獄の底から響くようなその声に、思わず彼の体が固まった。
「……映姫、何時からそこにいたんだい?」
「さて、その問いに今はどれほどの意味があるのですか?」
「意味ならあるさ。それによって、これからの俺の行動が決まる」
「では、一番真面目に仕事をしてくれるであろうタイミングでお願いします」
口調は淡々と、声は恐ろしく。彼は背後を振り向かない、否、振り向けない。視線とちらりと横向けると、やれやれと肩を竦めている霖之助の姿が見える。目線だけで悪態を吐くと、仕方がないと首を横に振った。
「分かった、降参だ。今日は逃げも隠れもしない」
「いい心がけです、では――」
説教が始まる。それを命蓮は素直に聞き、そして済まなかったと頭を下げた。その潔い態度に、思わず説教をしていた映姫も目を丸くさせてしまう。今日はどういう風の吹き回しですか。そう問い掛けてしまうほどに。
それに対して彼はそう大したことじゃないと答えた。故郷のことを思い出したから、久しぶりに真面目に働こうかと思っただけさ、そう続けた。
「故郷、ですか」
その言葉に映姫は暫し逡巡する。その顔に特に感情は表れておらず、しかし付き合いの長い小町は彼女の心が珍しく揺れているのを見逃さなかった。何かあったのだろうか。そんなことを思いつつ、そういえば自分も説教の対象だったと思い出し逃げる準備を始めた。
「では聖命蓮、貴方に仕事を与えます」
そこの逃げようとしている小町も一緒に。そう言うと鋭い視線を彼女に向けた。射竦められた小町はそのまま思わず立ち尽くす。そんな彼女に溜息を吐くと、映姫は二人にそれぞれ視線を向けた。
「ああ待った。それは僕が聞いても大丈夫なものなのかい?」
さてでは、と口を開いたそのタイミングで霖之助がそう問い掛ける。映姫は別に構いませんとだけ告げた後、むしろ聞いた方がいいかもしれませんと言い直した。これは下層だけの問題ではないのですから、そう続けると視線を彼にも向けた。
「事務仕事では無さそうだな」
「通常の死神仕事じゃないっぽいなぁ」
二人のその呟きを聞き流し、映姫はこほんと咳払いを一つ。近頃、こんな噂が出回っているのです。そう言うと一枚の紙を取り出した。どうやら新聞か何かのようで、そこにはでかでかとした見出しでこう書かれている。
驚愕! 幻想郷に突如現れた飛翔艦!
「貴方達はこの噂の真相を探ってきてもらいます」
出来ますよね、という彼女の顔には、どこか意地の悪そうな笑みが浮かんでいた。
香霖堂、森近霖之助が経営する古道具屋である。『幻想郷』にある魔法の森と呼ばれる場所の入り口に店を構えているそこは、様々な次元から流れてきたアーティファクトを扱っているということで、一風変わった者達にはそこそこ評判の店であった。
その店内には現在三人の人物がいる。一人は言わずもがな、店主森近霖之助。そして残り二人は。
「空飛ぶ船とは、また不思議なものを見付けろときたね」
「別に見付けなくても、真相を探ればいいんじゃないかい?」
閻魔の下働き、聖命連と小野塚小町であった。映姫から渡された紙を見て、ああでもないこうでもないとあまり中身のない議論を続けている。
それに巻き込まれている霖之助は堪ったものではない。お客じゃないのだから出来れば、いやむしろ早急に出て行って欲しい、そう何度も言ったのだが、二人は意に介さずその場に入り浸り続けた。どうしてこう下層の面々は人の話を聞かないのだろうか。そう思いながら何度目になるか分からない溜息を吐いた。
「まあまあ固いこと言いなさんなって。空飛ぶ船なんて、きっと見付ければいい商売道具になるじゃないか」
「さっき真相を探るだけで済ませようとしていなかったかい?」
「無駄さ霖之助。こいつに何を言っても」
「その言葉はそっくりそのまま君に返そう」
こうなったら一刻も早く二人の仕事を終わらせるしかない。そうは思ったが、しかし。生憎と霖之助もどうすればいいのかなど分かるはずもなく。結果として三人顔を突き合わせて先の見えない相談を続けることと相成ってしまった。
気付くと既に時刻は昼過ぎ。少し休憩しようかと誰かが言い出し、それもそうだと誰かが言い出し、じゃあお茶でも欲しいなと小町が言い出す。しょうがないと頭を掻きながら霖之助が店の奥に引っ込もうとしたその時、カランカランと来店を告げる扉のベルが鳴り響いた。
両手に奇妙な棒を持った小柄な少女が、入り口に立ってキョロキョロと視線を彷徨わせている。人間とは違う耳や尾があったが、別段ここでは驚愕に値しない為に霖之助も小町も何の反応もしない。ただ一人、命連だけは何かを考え込むようにその客の耳を、鼠の耳を眺めていた。
いらっしゃい、何をお探しかな。そういうと霖之助は少女に近付く。その言葉に彼女は視線を向けると、少し店内を見回ってもいいかいと訊ねた。勿論、と彼が頷くのを確認し、彼女は止めていた足を動かした。
お客も来たし、今日はこのくらいにしよう。そう霖之助が提案したのはある意味必然であっただろう。小町は仕方ないと肩を竦め、じゃあお茶でもくれないかとあつかましい要求を出す。結局居座るのか、という霖之助の呟きが物悲しかった。
彼が店の奥に引っ込んでいく中、少女は店の中を見て回る。それほど広くない店内に分かる者にしか分からない様々なアーティファクトが所狭しと並ぶ様は、初見の魔術師は度肝を抜かれることであろう。そうでない者にとってはただのガラクタの山である。
少女はその中の一つを見て、思わず目を見開いた。球体に屋根の付いたような少々不思議な形をしたその代物を手に取った少女は、これだ、と呟く。お茶を淹れて持ってきた霖之助にそれを見せると、いくらだい、と少々興奮した様子で訊ねた。
「ああ、それはだね」
魔術の威力をある程度増幅させる代物ではあるが、所詮その程度。店には並べていないが非売品のアーティファクトに比べれば質は劣る。どうやら随分と欲しがっているようだし、ある程度勉強してもいいかもしれない。そう思いながらこのくらいだ、と値段を書いて少女に見せた。
値段の紙を見た少女は少し迷う素振りを見せたが、分かったと頷き懐から数枚の紙幣を取り出す。それが偽物でないことを確認した霖之助は毎度あり、と述べた。そんな彼に頭を軽く下げ、少女は店を後にする。後にしようとする。
「少し、待ってくれないか」
その背中に声を掛けたのは命連だった。その目は鋭く、普段の彼からは考えられないような声色をしている。
何か用かい、と少女は振り返る。その彼女に向かい、ああ、と彼は答えた。少し聞きたいことがある。そう続けながら、一歩足を踏み出した。
「何故こんな場所にいるんだ? 鼠人」
その言葉と彼の首元に刃が振るわれるのは同時であった。数歩下がることで攻撃を躱した命蓮は、いきなり物騒だなとぼやく。軽口を叩いているが、その目は先程と変わらず、そしてその右手には一枚のカードが握られていた。
少女は語らない。持っていた刃を逆手に構え、姿勢を低くする。床を滑るように移動した彼女は、そのまま彼の心臓に刃を突き立てる。
「『手の檻』」
刹那、少女の周囲に無数の手が生まれ出た。それは彼女の動きを止め、そして退路をも塞ぐ。焦ったように周囲を見渡すが、その手からは逃げる術が見付からなかった。
自分の過ちがあればあるほど、この手は増える。行くな、進むなと苛む。そんなことを言いながら、命蓮は少女の手から刃を奪い取った。これで一体何人を葬ってきたのやら、そう述べてその切っ先を少女の喉元に向けた。
「いきなり始末しようだなんて、随分と物騒じゃないか」
「それを返り討ちにして逆に刃向けてるお前さんも相当物騒だよ」
小町の軽口を無視し、彼は少女を睨んだ。事と次第によっては、この場で死体となってもらう。そんなことを言いつつ、刃を持つ手に力を込めた。
少女は語らない。ただ黙って喉元に向けられている刃を睨むのみである。それが分かっているのか、命連も体勢を維持したまま一言も発さなかった。
どれほど時間が経っただろうか。先に折れたのは命連であった。刃を下げると、『手の檻』を解除する。流石に武器を返すことはしなかったが、その目は普段通りの飄々としたものに戻っていた。
「俺は別に、そっちの邪魔をしようだなんて思ってなかったんだがね」
「……どうだか」
そう短く答えると、少女は踵を返す。振り返ることなく、そのまま店を出て行った。ドアが閉まる音と共に、やれやれと彼は肩を竦める。こっちのセリフだ、という霖之助にごもっともと彼は返した。
しかしあれは何だったんだ、という小町の言葉に、命蓮は別に大したことじゃないと返した。ただ、自分と同郷の者が居たから声を掛けただけだ。視線を窓の外に向けながらそう述べた。
同郷? と聞き返す小町にああと短く答えると、彼はそれきり口を噤む。どうやらこれ以上は話さないという意思表示らしい。それが分かった小町は呆れたように溜息を吐いた。
「まあ、どうでもいいが。僕の店で暴れるのは勘弁して欲しい」
「ああ済まない。今度から店の外で暴れることにするよ」
霖之助の言葉にそう返した命連は、そのまま暫く外を見続けていた。
少女は走る。道具屋で手に入れたその宝塔を抱えながら。これで先に進むことが出来ると思いながら。
少女は走る。どうして自分を鼠人と呼ぶ者がここにいるのかと考えながら。何故あそこまでしておきながら見逃したのかと考えながら。
そのまま走っていた少女は、ふと足を止めた。周囲を見渡すように視線を巡らせると、いつの間にか数匹の獣に取り囲まれていることに気付く。しまった、迂闊だったと思っても時既に遅し。武器は奪われたまま、仲間もいない。これはまずいと短く舌打ちをした。
この次元に来てまだ日が浅い彼女は、ここの獣がどの程度の力を持っているかがまだ分かっていない。無手の自分でも倒せるのか、はたまたそのまま餌になるのか。出来れば前者であって欲しいと思いながら、彼女は宝塔を懐に入れた。
ゆっくりとその姿を見せたのは、数体の熊であった。その巨体と鋭い爪は、こちらに襲い掛かられれば容易く引き裂かれてしまうであろうことを感じさせた。
せめて武器があれば。そうは思ったが、無いものねだりをしてもしょうがない。何とかここを無手でやり過ごさなくては、この先に進むことなど夢のまた夢。覚悟を決めて一体の熊に向かおうと足に力を込めた。
「流石に無茶じゃないかい?」
そんな彼女の背後から声が掛かる。思わず振り向くと、先程店で見た顔が三つ並んでいた。彼女に声を掛けた一人、小町がこっちに来いと手招きし、思わずそれに従った。
流石に熊に素手はきついんじゃないかい? そう言って笑う小町を睨み、何の用だと後ろの二人に問う。霖之助はアフターサービスだよ、と笑い。最後の一人は頭を掻きながらこう述べた。
忘れ物を届けに来た、と。
「これは、私の刀……」
「まあ、人に向けるのを止めるのならという条件付だがね」
そう言って命連は笑った。その笑みに思わずつられて微笑んだ少女は、分かったよと告げる。刀を受け取りその感触を確かめると、改めて、と熊に向き直った。
そんな少女の前に一人の女性が立ち塞がる。まあまあ、そんな物騒なものを振り回さなくても、と小町は笑った。大体、ここにはこういう便利なものがあるんだからさ。そう言うと一枚のカードを取り出した。
「よ、っと」
そのカードにマナを込め、そして地面に落とす。地面が盛り上がり、真っ黒な色をした骸骨がそこからせり出した。その骨はどうやら石炭で出来ているらしく、煙を出しながらゆっくりと立ち上がる。
「『燃えがら骨』。出番だよ」
石炭の骸骨はその拳を振り上げると一体の熊に突っ込んでいった。獣に掴み掛かりダメージを与えているようにも見えるが、しかし返す攻撃であっさりと粉々にされてしまう。破壊した骨には目もくれず、こちらに視線を向けた熊を見て、少女は一体どういうことだと声を荒げた。
「慌てなさんなって。マナをつぎ込んでんだ、ちゃーんと立ち上がる」
その言葉通り、熊の目の前で石炭の骨は再生を始める。再び二本足で立った『燃えがら骨』を見た熊はもう一度壊してやろうとその爪を振り上げ、そしてあっさりと止められたことで動きを止めた。
骨はその熊から視線を外し、別の熊に目を向ける。どうやら仲間の一体に何かをしたことが分かったらしい二体の熊は、逃げるようにその場を後にした。残った一体もそれを追い掛けるように走り去っていく。敵対する相手がいなくなったのを確認した骸骨は、誇らしげにこちらを向くとその身を消した。ありがとさん、という小町の言葉が消え去った『燃えがら骨』へと掛けられた。
少女はその光景をあっけに取られた顔で見ている。どうやらまだここに来て日が浅いようだね、という霖之助の声を聞くことでようやく我に返った。
「どうしてそう思う?」
「そう思わない方がおかしい。スペルカードはこの次元での知性ある者ならば知っていて当然だからね」
少女の言葉にそう返すと、霖之助はほら、と一枚のカードを渡した。これは? という問い掛けに、これがスペルカードさ、と彼は返した。
それと契約を交わせば、後は自身に勝手にライブラリーが出来上がる。そう言って彼は笑った。
「ライブラリー?」
「スペルカードを閉まっておく空間のことさ。誰がそう呼んだかは知らないけどね」
カードの威力や枚数を増やすのは自分次第だけれど、と続けながら、彼は少女にそれを促す。契約しろ、と言外にそう述べていた。
少女はそのカードを見ながら、いいのか、と問う。これを身に付けることで、君達に牙を剥くかもしれないぞ。そう述べたが、霖之助は気にしないとばかりに笑みを崩さない。ならば、ともう一人の男性に視線を向けたが、知ったことではないという態度で返された為に諦めた。
カードにマナを込めればいい、という言葉に従う。持っていたカードは霞のように消え、そして自分の中に何かが生まれるのを感じた。成程、これがライブラリーか。そんなことを思いながら、先程彼女がやっていたようにカードを取り出す。取り出そうとする。
「あ、あれ?」
「そんなすぐに出来るなら苦労はしないさ。ましてや別の次元からの来訪者ならな」
少女は命蓮のその言葉に眉を顰め、だったら意味が無いじゃないかと彼に詰め寄る。そんな彼女の顔が面白かったのか、彼はくつくつと笑いながらそりゃそうだと返した。それで、一体何にそれを使おうとしていた? そう訊ねると、彼女はその表情を一変させ視線を逸らした。
まあ、言えないなら別にいいが、と彼は続ける。どのみちついていくのだから。そう言いながら彼女の頭に手を乗せた。
「……は? ど、どういうことだ?」
「だから、そのままの意味さ。それを使えるようにしてやろうという、ありがたい話じゃないか」
「何がありがたいものか。ただでさえ予定が狂っているのに、更に余計な人物まで来られては――」
そこで少女は思わず口に手を当てた。しまった、と思ったがもう遅い。三人が三人共に何か面白そうなものを見付けた顔をして彼女を見詰めていた。慌てて惚けようとしたが、この三人相手では分が悪かった。
「ここのところ、無縁塚で何も発見が無いからね。こういうのに首を突っ込むのも悪くない」
「おお、いつに無くやる気だね霖之助。ならあたいも一つ噛ませてもらおうじゃないか」
「俺の場合はまあ、同郷のよしみだ。別に下心なぞ無い」
やる気満々の三人からそう言われてしまえば、少女は首を縦に振らざるを得ない。どことなく肩を落としながらよろしくお願いするよ、と述べる彼女の姿は、どこか哀愁が漂っていた。
そこでふと、彼女は気付く。今最後の一人は何と言ったか。同郷のよしみと、そう言ったのか。それならば確かに自分のことを鼠人と呼んだのも頷けると一人納得しつつ、三人の名前を聞いていなかったことに気付いた。
とりあえず自分から名乗ろうと少女は述べ、ナズーリン、と短く自己紹介を行った。
「古道具屋店主、森近霖之助だ。よろしく」
「下っ端死神、小野塚小町さ」
「閻魔の下働き、聖命連」
各々の名前を聞いた少女、ナズーリンは、ふとそこに聞き覚えのある名前があったことに気付いた。今あの男はなんと名乗ったのか。聖、命蓮。そう名乗ったのか。
聞いてはいけない。そうは思ったが、既に彼女の口からは言葉が発せられていた。ひょっとして、聖白蓮の関係者なのか、と。
その名前を聞いた彼の反応は、驚きと納得とが半々であった。まさか本当に出てくるとは。そんな呟きが聞こえた。
とりあえず君の住処へ行こう、話はそれからだ。そう命蓮は返したが、どうにも背後の二人の視線が突き刺さっていた為に吐き捨てるように分かったよ、と叫んだ。ただし、詳しい話は後だ。そう念を押すと、何処か遠くを見るように口を開いた。
「……姉だよ、死に別れた」
搾り出すように告げたそれは、懐かしさから来ていたのか、それとも。
聖(って付くか付かないか微妙だけど)命連さん。設定だけは存在しているけど本編では全く説明されていないので、どんなキャラなのか分かりません。
なので、こんな感じになりました。
男が出張るけど、弾幕ごっこじゃないしいいよね、という言い訳を置いてみたり。
スペル説明
『手の檻』…対象の攻撃や防御を封じる。
『燃えがら骨』…クリーチャー:エレメンタル・スケルトン パワータフネス共に1。再生能力と、攻撃した相手を弱体化させる能力を持つ。
しっかりとした説明はMTGWikiがいいと思います。