そしてやりたい放題に捏造している感じがバリバリと……。
さて、詳しい話をとは言ったものの、何を話すべきなのか。ナズーリンの住処としている小屋まで来た命蓮は、そこで頭を抱える。死に別れた経緯ならば、そんなものは普通に寿命だ。スピリットに分類される存在になった今だから若い姿をしているだけで、実際はもっと歳を取っている。そんなことは横にいる二人ならば周知の事実であるだろうし、恐らく聞くことなどしまい。
ならば一体何を話せば。考えても埒の明かなかった彼は、いっそのことと二人に問い掛けた。何か聞きたいことはあるか、と。
「そうだね。ナズーリンと君の姉の関係かな?」
「ああ、それはあたいも気になる」
そんなものは自分も知りたい。そう返しながら、命蓮は鼠人の少女に視線を向けた。三人の視線が向けられた彼女は居心地の悪そうに頬を掻き、そしてバツの悪そうに視線を逸らした。
申し訳ないのだけれど、私自身はそこまで関係があるわけじゃないんだ。そう言うと彼女は頭を下げた。
「いや、別にそんなことで怒ることは無いから安心してくれないか」
「そうそう。どうせあたい達は好きで厄介事に首突っ込んでるだけなんだからさ」
「同じにするな。少なくとも俺はお前ほど軽い動機じゃない」
そこは僕も同意だね、という霖之助の言葉も受け、小町はつれないねぇと肩を竦めた。まあ、そんなわけだから気にせずいこう。そうナズーリンに続けると彼女は笑顔を向けた。
それで幾分か緊張もほぐれたのか、ナズーリンはぎこちないながらも笑みを浮かべる。そして、あれだけ邪険にしておいて虫のいい話なのだがと言葉を続けた。
「もしよければ、私の仕事を手伝って欲しい」
「断る理由はそこまでないけれど。まあ、内容次第だね」
そう答えたのは霖之助。何か掘り出し物が手に入るような仕事なら大歓迎さ、と話す彼を、残りの二名は若干冷ややかな目で見詰めていた。
その二名の片割れ、小町は悪事じゃなきゃ問題ないと二つ返事で了承した。悪事だったら全力で止めるよ、と笑みを潜めて釘を刺す。
そして最後の一人は。
「お天道様に顔向け出来ないようなことではないんだよな?」
「あ、ああ。そういう悪事とは関係ない」
「ならば、断る理由は無いな」
何だあたいと同じじゃないか、と笑う小町を無視し、命蓮はそれで何を手伝えばいいと彼女に訊ねた。その問いにちょっと待ってくれと答えると、机の引き出しから一枚の紙を取り出す。アーティファクトか何かを使って取られた写真のようで、そこには何か巨大なものが写っていた。
それは船のようであったが、背景に見えるのは海ではなく、空。大空を舞う船、それがそこに描かれているものであった。
「これって」
思わず小町がそう漏らす。隣の霖之助もそうだろうねと頷き、命蓮も首の動きだけで返答した。間違いない、映姫からの依頼にあった飛翔艦だ。言葉には出さずにそう結論付けると、三人はナズーリンに話の続きを促した。
「これを取り返したいんだ。協力してくれないかい?」
取り返す、という言葉に三人は引っ掛かりを覚えた。それは今現在彼女がこの船を所有していないということだ。何時から奪われたのかは分からないが、目撃情報がそれ以降ならば、自分達の仕事に彼女は原因ではあるが関係はしていないということになる。
とりあえず報告をするだけならばこれで問題は無くなかったが、しかし。
「まあ、確実にあの閻魔のことだから駄目出しするだろうな」
「四季様、そういうはっきりしない報告嫌いだしねぇ」
となれば、この話は嫌でも受けなくてはならない。そう結論付け溜息を吐いた命蓮に向かい、霖之助は苦笑しながらこう述べた。人助けと自分の仕事の一石二鳥だと考えればいい、と。
頭を掻きながら、そういうことにしておくか、と彼も同意し苦笑する。話の流れがよく分かっていないナズーリンへと視線を向けて、協力してやろうと答えを告げた。
「本当かい!? ありがとう、本当に助かる」
深々と頭を下げる彼女に、小町はそんなかしこまらなくても、と手をヒラヒラさせた。どのみち手伝ったところで成功するとは限らないしさ。そう言うと意地の悪い笑みを浮かべた。
だが、ナズーリンは首を横に振った。君達が協力してくれるのならば、大丈夫だ。そう言って笑った。
「そんな信頼されるようなことをした覚えはないんだけれどね」
霖之助がそう言うが、彼女はそんなことないと否定した。少なくとも、何も知らなかった自分にスペルカードのことを教えてくれたことは確かだ、そう続けた。
その言葉を聞いた霖之助はやれやれと肩を竦める。自分とまた簡単に信頼してくれたものだ。そう言って頭を掻いた。
「駄目だったかい?」
「いいや。信頼されて悪い気にはならないよ」
君もそうだろう? と隣の命蓮に視線を移す。ふんと鼻を鳴らしながらそっぽを向く彼を見て、霖之助は素直じゃないねと苦笑を浮かべた。当然小町はそんな彼をからかう。
うっとうしい、と小町を押しのけた命蓮は、それで何をすればいいとナズーリンに問うた。その問いに、やって欲しいことは簡単だ、と答える。
「船を奪った賊を、始末してもらいたい」
そう言い切った彼女に向かい、待て、と彼は述べた。お天道様に顔向け出来ないことではないんじゃなかったのか、目付きを鋭くさせながらそう続けると、彼女は少しバツの悪そうに視線を逸らした。特に反論をすることなく、そのまま視線を彷徨わせる。言葉を選んでいるようなその態度を見た命蓮は、話にならんと首を振った。
「物事の本質をあえて伝えまいとする輩は信用出来ん」
「こういう時はお堅いねぇ。普段は大雑把なくせに」
「性分だ。お前みたいに根から葉まで大雑把に出来てないんでね」
「酷い言い草だねぇ」
でもまあ、確かにそこをぼかされると困るな。そう言いながら小町もナズーリンに視線を向ける。その言葉も態度も確かに彼の言う通り大雑把であったが、しかし。その目は、彼女の奥底を見透かすように光っていた。
「ちょっと待った二人共。相手は賊なんだろう? 別に悪事ではないと思うのだけれど」
二人に睨まれ縮こまってしまったナズーリンをフォローするように霖之助がそう述べる。人殺しという意味では悪事なのかもしれないが、悪人を成敗するという意味ではそうではないとも言える。そんな曖昧なところだろうかと考えながら、彼は二人の返事を待った。
命蓮はその問いに答えない。小町は彼の言葉にその通りだと同意し、でもね、と言葉を続けた。それならばそうやって言えばいいはずだろう、と。
「何でわざわざ言葉に詰まったのかってのは、気になるところじゃないか」
「隠し事があると勘繰られても仕方ないぞ」
彼女に続くように命蓮もそんなことを言う。確かにその通りだ、とナズーリン側に立っていた霖之助も何かを考え込むように彼女の方へ視線を動かした。三対の瞳に見詰められ、彼女は何処か落ち着かない様子で何か話そうと口を開くが、しかし何も発さずに再び閉じる。そんなことを数度繰り返した後、絞り出すような声を出した。盗んだ賊というのは、同胞なのだ、と。
「同胞?」
「つまり、鼠人か」
「成程。そりゃ確かに言いにくい」
故郷の次元ならばともかく、ここは彼女達とは無縁の『幻想郷』だ。そこで唯一ともいえる同胞達を始末するというのは、自分にとっても周りにとっても褒められた行動とは言えないであろう。
だが、しかし。
「まったく……最初からそう言えばいいだろうに」
「え?」
「理由がそれだけなら、俺は別段抜ける理由は無い。まだ何か隠し事があるのならその限りではないが」
彼等にとっては所詮「それだけ」だ。協力を断る理由にはなりはしない。その答えを聞いたナズーリンは一瞬目を丸くさせ、そして自分の心配が杞憂であったことに溜息を吐いた。それならばいいんだ、と言いながら、先程の命蓮の言葉を思い出しそちらに目を向けた。
「……まだ隠し事があると言ったら?」
「隠し事がある、ということを隠さないのならば、とりあえずは信用してやるさ」
結局何も言わないのが問題らしい。確かに彼は最初からそんな意味合いの言葉を言っていたと思い返した彼女は、苦笑を浮かべつつ了承した。まだ隠し事がある、と断言した。
「出来れば僕等の害にならない隠し事であって欲しいね」
「そうそう。面倒は嫌いなのさ」
どこまでもマイペースな二人も同意したところで、話を続けようとナズーリンを促す。分かった、と頷いた彼女は、今度は別の紙を引き出しから取り出した。大雑把に書かれた『幻想郷』の地図のようで、所々に印が付けられ、それらを線で結んでいる。大体予想が付いたが、それでも一応確認の為に霖之助は彼女に問うた。これは何だい、と。
「聖輦船の出現した場所を示した地図さ。私の手書きだから地理的な信憑性は疑わしいけれどね」
聖輦船、というのは件の飛翔艦の名前であろう。そんなことを思いながら、三人は地図を眺める。特に規則性の見当たらないそれは、次に出現する場所を予測するのは少々手間であると思えた。だが、視線をナズーリンへと向けると、大丈夫だと言わんばかりに笑顔を見せる。どうやら彼女は次の出現位置が予測出来ているらしい。
「恐らく、次は人里へと向かうはずだ」
「人里? そりゃまた何で?」
何か物資を奪うというのならば、別に他にもいい場所は沢山あるはずだ。そう小町が問い掛けたが、ナズーリンは首を横に振った。それが分かるのはこの次元の住人だからさ。そう彼女が述べるのを聞いて、そんなものなのかと顎に手を当て首を傾げる。隣では命蓮がそんなものさと肩を竦めた。
「だが、解せん理由はまだあるぞ。これまでの出現位置との関連付けが不明だ」
物資を奪うのならばとっくにやっていてもおかしくない。映姫から貰った新聞には最初に目撃されてからそれなりの時間が経っていると記されていたし、目の前の地図を見ても妖怪の山やら魔法の森やら中有の道やらと『幻想郷』を既にあちらこちらに移動しているのが見受けられた。何より、地図上では既に一回人里の上空には出現している。
「だからこそさ。ここを回って、一番襲いやすい場所だと判断したんだ。これから先のことを考えて、拠点を作ろうと考えたはずだ」
彼女の言葉に淀みは無い。何か確信を持っているかのようなその口ぶりに、三人はどこか違和感を覚える。何かを隠しているのだろうかと勘繰ったが、元々隠し事があると断言していたのだったと思い出し納得した。まあ、それで分かるのならば何の問題も無い。皆一様にそう結論付けた。
「それで、その船はいつ頃現れそうなんだい?」
霖之助の問い掛けに、彼女は表情を真剣なものに変えた。私の手に入れた情報が確かならば、聖輦船が人里に現れる時期は、もうすぐだ。そう述べ三人の顔色を窺った。今からすぐにでも動いて欲しい。つまりはそういうことである。
やれやれ、と小町は立ち上がる。急ぐのはあんまり好きじゃないんだけどね、などと言いながら、他の二人にも動き出すよう促した。霖之助は頭を掻き、しょうがないなと立ち上がる。そして命蓮は、悪いが先に行っていてくれと二人に告げた。俺とナズーリンは少し遅れる、そう続ける。
「ん? 何かあったの?」
「あったさ。最初の約束がな」
カードを取り出し、それを二人に見せる。ああ、成程と納得した二人は、それじゃあ先に行っていると小屋から出て行った。それを横目に、さて、と彼は彼女の方を向いた。
「時間が無いから超特急だが、簡単にスペルカードの手解きをしてやろう」
「信用出来ん」
「だろうね」
人里へ辿り着いた二人がまず向かったのは人里の守護者と呼ばれる女性のいる寺子屋。そこで事情を話して避難なり協力なりを要請したが、返ってきた言葉は上記の通りであった。霖之助もそれを分かっていたのか、特に気にすることなくそう答える。
だが、信用してもらわないと話が進まない。表情を変えることなく彼はそう続けた。その普段の彼らしからぬ行動に一瞬面食らった守護者の女性は、一体どうしたんだと問い掛けた。
「無闇に人里に被害を出したくない。慧音、君にも傷付いて欲しくないのさ」
「昔からお前は嘘を吐く時だけ口が回り気障になる。私が知らないとでも?」
「……気心が知れた仲というのは、こういう時に不便だ」
肩を竦めた霖之助に対し、守護者の女性――慧音はふざけるなと眉を吊り上げた。そうやって誤魔化すだけならば、信用など夢のまた夢だ。そう言われてしまうと、彼としても確かにそうだと頷かざるを得なかった。
しょうがない、と小町が一歩前に出る。ちょいと守護者の姉ちゃんや。そんな風に話を始めながら、霖之助と慧音との間に割って入った。
「小野塚さん、いくら貴女でも事と次第によっては」
「いやいや、あたいも今回は別にふざけてきたわけじゃないんだ。霖の字の言ってたこともあながち間違っちゃいない。人里に被害を出したくないのは紛れもない本音さ」
口調こそ普段通りであったが、そこに込められていた言葉の重みは普段とは違った。それが分かったのか、慧音も上げていた眉を下げ、何かを考え込むような仕草を取る。しばしその体勢を続けていたが、しかしやはり信用することは出来ないと首を横に振った。
会ったこともない、それも別の次元の、更に言うならば賊と同じ種族らしいその少女。そんな相手の言うことを信用することなど出来はしない。そう言うと彼女は視線を落とした。
「まあ、改めて言われると確かにそうだねぇ」
小町も頬を掻きながらそんな言葉を述べた。そして残った霖之助は、それならばしょうがないかと話を打ち切り踵を返した。邪魔をしたね、と慧音に告げると戸に手を掛ける。
その彼に向かい、慧音はそんなあっさりと諦めていいのかと問うた。それを君が言うのかい、と苦笑しながらも、彼はその問いに首を縦に振る。
「ここで説得の出来ない問答を続けていても意味が無いからね。だったら他の選択肢を考えた方がよっぽど建設的だ」
「そうか? 案外お前がちゃんと頼めば首を縦に振るかもしれないぞ」
「君の石頭をどうにか出来るほど僕は丈夫じゃないよ。物理的にも、精神的にもね」
どういう意味だ、という慧音の叫びを背中に受けながら、霖之助は外に出た。協力は漕ぎ着けられずとも、最低限彼女の中に印象付けることは出来たはずだ。とりあえずはそれでいいと思いつつ、後はどうしようかと空を見上げた。そんな彼に追い付いた小町は置いていくなと文句を垂れる。ああ、すっかり忘れていたよと悪びれる様子も無く述べた霖之助は、視線を彼女に向けずに真上から少し遠くの空へと視線を動かした。
「何か面白いものでも見付けたかい?」
「いや、まだ見付けていないよ」
「そうかい。じゃあ、どのくらいで見付かりそうかね?」
「出来れば早い方がいいだろうけど」
視線は空を向いたまま、彼は一枚のカードを取り出す。彼はそれにマナを込める素振りも見せずに真上に放り投げた。だが、カードは何事も無く起動し、そこから現れたのは羽のような機構を持つ不思議な機械が一つ。
「『羽ばたき飛行機械』。偵察を頼むよ」
霖之助の命令により、飛行機械はゆっくりと上昇を行う。周囲を探るように宙で停滞すると、人里の外れへ飛んでいった。今のところは大丈夫かな、と飛行機械が飛んでいった方向とは逆を見ながら彼は呟く。さてね、と小町はその呟きに答えた。
ナズーリンと命蓮がいつ頃来るかは分からない以上、とりあえず二人でやれることはやっておく必要がある。それを彼女も分かっているのか、ちょっと向こう側を見てくると飛行機械が飛んでいった方でも彼が睨んでいた方でもない場所を指差し歩いていった。その言葉へ適当に返しつつ、霖之助も自身で見ていた方向へと歩き出す。その道中で、そういえば、とある疑問が頭を過ぎった。
「鼠人の賊っていうのは、どういう姿をしているんだろう」
ナズーリンのように人間に鼠の特徴が入り混じっている姿なのか、はたまたヴィーアシーノのように直立歩行する鼠なのか。後者であった場合、彼女は何らかの方法で人型を取っているのだろうと彼は予想した。恐らく何かアーティファクトの力を用いたか、力ある何者かとの契約によるものか。そういえば命蓮が昔ぽつりと漏らした神河の昔話に鬼と契約した鼠の忍者の話があったのを思い出す。あの時は御伽噺程度にしか感じなかったが、あの鼠の忍者とは鼠人のことを指していたのだろうと今ならば分かる。ということは、彼女は鬼と契約したのだろうか。だが、鬼は確かに強力な種族だがそこまでの力があるのだろうか。それとも、神河の鬼は幻想郷の鬼とはまた違う種族なのか。名が同じであっても、そこに込められる力によって本質など如何様にも変化をする。つまりはそういうことなのだろう。
その辺りまで考えた時点で、彼は自分の現在地が人里の入り口だということに気が付いた。どうやら考察をしている間にこんな場所まで来てしまったらしい。しまったな、と頭を掻きながら空を仰ぎ見る。すると、そこに自身が偵察に使っていた飛行機械がこちらに向かってきているのを見付けた。それを見た霖之助は、向こうだったかと呟く。高度を下げた飛行機械に飛び乗ると、彼は表情を引き締めて告げた。
「『羽ばたき飛行機械』、その場所まで案内を頼む」
言葉と同時に飛行機械は速度を上げる。方向から予測すると、どうやら小町が向かっていた先のようであった。不幸中の幸いか、と考えつつ、彼はカードを数枚取り出す。
流石に人里で派手なことは出来ない。だが、相手は飛翔艦、空中だ。それならばある程度無茶が出来るはず。そう結論付けた彼はそのカードを頭上に掲げた。
「『テトラバス』」
彼の言葉と同時に現れたのは、巨大な何か。虫のような鳥のような、そんな奇妙な姿をした構築物が空を舞う。飛行機械と奇妙な飛行する構築物を伴った霖之助は、目標を視界に捉える為に視線を巡らせた。
程なくして彼の目の前に巨大な船が現れる。通常の水の上に浮かばせるようなそれが、宙に浮いていた。いざ現物を見ると、機械的な仕組みは一切使用しておらず魔力的なもので動いているのがよく分かる。成程、これは興味深いと顎に手を当てながら呟き、そしてそこへと接近する。
眼下では小町がなにやら立ち回っており、鼠人が数人彼女の周りで各々の得物を構えていた。どうやら考察の答えは後者で合っていたらしく、大きさが人と同じで手足が人のそれに酷似している以外は鼠そのものだ。ではやはり彼女が特別なんだなと結論付けつつ、彼は船からこちらへ向かってくる鼠人に視線を向けた。
「その船は君達のものではないのだろう? 大人しく返した方がいい」
飛行機械の上でそう宣言したが、相手の鼠人は聞く耳を持たないらしく無言で持っていた武器を振り上げる。やれやれ、と肩を竦めると、霖之助は隣で飛んでいる『テトラバス』に目を向けた。
やり過ぎないように、と付け加えるのと同時、飛び掛ってきていた鼠人が吹き飛ぶ。一応命令は遵守しているようで、聖輦船の壁に叩き付けられた鼠人は死んではいないようであった。その光景に残りの鼠人は少しだけ怯む。
だが、相手は所詮一体。数で攻めれば問題は無い。そう考えたのか、彼の周りを取り囲むように飛行用の装備を纏った鼠人が数人現れる。これならば防げまい、そう言っているかのように、鼠人の一人がニヤリと笑った。
対する霖之助は眼鏡のズレを指で直し溜息を吐く。その程度の考察しか出来ないのかい、と言いながら一枚のカードを眼前に掲げた。
「『無形の美徳』」
彼の周囲にうっすらと光がかざす。だが、それだけだった。何か鼠人に影響が有るわけでもなし、彼自身が変わったわけでもなし。
ただのハッタリか、と鼠人は警戒を解いて切りかかった。それにあわせて『テトラバス』が迎撃に動くが、数で勝る鼠人は余裕を崩さない。操り主を殺せばそれで終わりだ、そう確信しているのだ。あながち間違ってはいないそれは、しかし。
「分離しろ、『テトラバス』」
一体の巨大な何かは、その言葉と共に四体の何かへと変わった。驚愕に目を見開く鼠人を余所に、バラバラになった『テトラバス』――テトラバイトは目の前の障害を蹴散らしていく。飛行装備は壊され、放り投げられた鼠人は例外なく船の甲板へ叩き付けられた。
戻れ、という言葉と共に再び一つになった『テトラバス』に周囲の警戒を命令すると、霖之助は一人船の上に降り立つ。そこから下を向くと、小町が倒した鼠人を縄で縛っている姿が見えた。どうやら彼女も彼と同じくなるべく殺さない方針でいっているらしい。お互い甘いな、と思いながらも霖之助は小町がこちらに来るのをその場で待った。
「よ、っと」
気絶した鼠人を甲板へと転がす。そのまま辺りを見渡すと、同じように気絶している鼠人が見えて、小町は笑みを浮かべた。これで見張りは全員かい、という彼の問いに、彼女はさてねと肩を竦めた。
何せ相手が何人いてどういう構成なのかは全く聞いていないから。そう言って笑う彼女を見て、そういえば確かにそうだったなと霖之助も頷いた。
「笑い事ではないんだけどね」
「とは言ってもねぇ、笑うしかないのも事実じゃないか」
「確かに」
まあ、その辺は改めて聞くとしようか。そう言いながら彼は視線を彼女から別の場所へと移す。どうやら手解きは終わったようだよと続けると、小町もその方向へと目を向けた。
こちらに向かってくる人影が二つ。一人は袈裟を纏った変わった髪の色の青年、そしてもう一人は鼠耳の少女。命蓮とナズーリンが、ようやくこちらへとやってきたようであった。
「遅れたか」
「いや、お楽しみはこれからさ」
命蓮の言葉に小町はそう返すと、視線をナズーリンへと向ける。どうした、という問い掛けに、彼女は先程霖之助と話していたことを伝えた。ああ、確かにそれは失念していたと頭を下げるナズーリンに気にするなと小町は返す。
それで、どうなんだい? そう訊ねたのは霖之助だ。彼の言葉にこくりと頷くと、彼女は甲板で伸びている鼠人を見渡した。
「この数が倒されているのならば、後は船の中にいる数人と親玉だけだ。これなら案外簡単にいけるかもしれない」
そう言いつつも、彼女の声は緊張を隠していない。まだ何かあるのだろうか、そう思ったが、聞いても教えてくれないだろうと考え彼は口に出さなかった。代わりに、それならばとっとと片付けようかと皆を促す。命蓮と小町はそうだなと頷き、ナズーリンも若干迷ったが首を縦に振った。
船の内部は思った以上に普通の空間であった。あくまで建物として考えたら、である。船としてはかなりの異質であった。『幻想郷』の一般的な様式の建物と同じようなその内装に、霖之助と小町は興味深そうに辺りを見渡している。命蓮とナズーリンは特に気にすることなく進行方向を向いていた。
さて、その数人と親玉は一体何処にいるのかな。ナズーリンへと問い掛けつつも、命蓮は視線を彼女に向けない。ここは敵陣の真っ只中、警戒をするに越したこと無い。そう考えたのだ。
問われた彼女は少し考え込むような仕草を取ると、恐らく船長室だろうと答えた。少なくとも親玉はそこにいるはずだ。そう続けると、少しだけ歩調を速めた。
「どうした? 焦っても仕方ないだろうに」
「焦ってなどいないさ。鼠はせわしいものなのさ」
「鼠ならな。人でもあるなら、少し遅くてもいいだろう」
言いながら彼女の肩を掴んで引き寄せた。突然のその行動に目を丸くして何をするんだと声を挙げようとしたが、その眼前を刃が通り過ぎるのを見てそれを引っ込めた。いつの間にか横の扉が開いており、鼠人と何か大きな体躯をした人型の生物がその目をこちらに向けている。
ほら、言った通りだろうと言い放った命蓮は、ナズーリンを抱き寄せたままカードを取り出した。目の前の巨躯が持っている刃を振り上げるのと同時に、彼も持っているスペルカードを突き付ける。
甲高い音が響き、巨躯の生物は弾かれたたらを踏んだ。鼠人も同じように攻撃を行うが、彼等の目の前に生まれた光り輝く鎖のような壁に阻まれる。
「『信仰の壁』。これでしばらくは大丈夫だろう」
「……分かったから、手を離してくれないか?」
彼の手の中で搾り出すように告げられた言葉で、ああ済まないと命蓮は手を離す。若干赤くなった顔を誤魔化すように彼女は咳払いをすると、それでこれはどうするんだと彼に問い掛けた。どうするとは、と逆に問い返した命蓮に向かい、これでは先に進めないとナズーリンは返す。
「ここしか進めないわけじゃないんだろう?」
それに答えたのは小町。頷いたナズーリンに向かい、だったらここでこいつらを足止めして別の道で向かえばいいと彼女は笑う。そんな小町に同意するように霖之助も頷いた。どうやら厄介そうな相手もいることだしね、と壁を突破出来ずにこちらを睨んでいる巨躯の生物へと目を向ける。
「大峨か」
「オーガ? あんなんだったっけ?」
「神河の固有種族だ。鬼を信仰する血と暴力を好む凶暴な連中だよ」
小町の疑問に答えつつ、命蓮はここにいるとは思わなかったがなと隣の彼女を睨む。びくりと肩を震わせたナズーリンは、私も知らなかったんだと首を横に振った。その言葉を信用したのかしなかったのか、彼はそうかと一言だけ述べると、別ルートの案内を彼女に頼む。了承の意を示すと、こっちだと彼女は横道を指差した。
「大峨、だったっけ? あいつ一体とは限らないんじゃないのかい?」
道中、小町がそう漏らす。皆それは思っていたようで、だろうな、と否定することなく返した。彼女もやっぱりそうだよねぇと言いつつ、視線を前に向ける。
二体の大峨が、ゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。そのどちらも大きな斧を持ち、その使い込まれた様は幾度と無く命を奪ってきたのだろうと推測出来た。
「さて、他に道は?」
「この調子ではどこに行っても同じ気がするがな」
霖之助の言葉に命蓮はそう返す。そうだろうね、と彼も同意し、ではどうにかしないといけないなと頭を掻いた。自分のスペルカードはこういう閉鎖空間では分が悪い。そう言うと一歩後ろに下がる。しょうがないね、と小町が代わりに前に出た。
「命蓮、いけるかい?」
「当たり前だ」
言いながらお互いに一枚のカードを取り出した。時間が無いから手早く行くぞ、という命蓮の言葉に、はいよと小町が答える。相手が向かってくるよりも早く、二人は大峨へと駆け出した。
大峨が斧を振り上げる。その時には既に呪文は唱えられていた。
「『足縄』」
「『分散』!」
命蓮の唱えたカードからは光の縄が飛び出し、一体の大峨に絡み付いた。動きを封じられた大峨は床に転がり、動くことも出来ずにこちらを睨み付ける。一方、小町の放ったスペルカードは雲で出来た手が大峨を掴み上げ、そのまま何処かに連れ去ってしまった。お家にお帰り、と呑気なことを言っていることからしても、どうやら殺しはしていないようである。
さて行こうと霖之助がナズーリンを促すと、呆けていた彼女は我に返りああと頷いた。足を踏み出し、命蓮達より前に進み、しかしそこで足を止めた。何かを考え込むように床に視線を落とすと、彼女はゆっくりと三人に振り向く。隠し事を伝えようと思う。そう言うと、真っ直ぐに皆を見詰めた。
「一つは、私が元々こいつらの仲間だったこと」
特に彼等は驚かない。そんなところだろうと思っていたのだ。わざわざ今ここで言っている事からしても、今から罠に嵌める気ではないだろうとも結論付けた。
それでもう一つは、と言ったところで彼女は少し言葉に詰まる。私にそう言える資格があるのか分からない、そう呟いているところからすると、恐らく彼女にとってそちらの方が重要なのだろう。
「……友人が、捕らわれているんだ。間者だった私なんかを信用してくれた、不器用な友人が」
船の船長も護衛の僧侶もいない隙を狙って船に忍び込んだ自分を、咎めることなく笑って許してくれたその人物。船を奪う為に仲間になっていたと話しても、だったら本当の仲間になればいいと言ってくれた人物。自分が、今の連中と手を切って、新しい主として働こうと思った女性。
「星……寅丸星を、助けて欲しい」
これ以上無いほど深く頭を下げたその姿は、彼女が初めて見せた飾らない自分自身であった。
ちなみに自分は慧霖派です。
背景で共演を果たしたから公式だよね!(大嘘)
スペル説明
『羽ばたき飛行機械』…アーティファクト・クリーチャー:飛行機械 パワー0 タフネスは2。飛行能力持ち。マナを込めずとも唱えることが可能。
『テトラバス』…アーティファクト・クリーチャー:構築物 パワータフネス共に1だが、それらが四つ合体している。飛行持ち。分離可能。
『無形の美徳』…特定の条件を持ったクリーチャーを強化するエンチャント呪文。
『信仰の壁』…クリーチャー:壁 パワー0 タフネス5。壁なので自分から攻撃は出来ない。能力未使用。
『足縄』…対象の攻撃を封じる呪文。黒のマナを持つものであれば完全に動きを封じることが可能。
『分散』…対象を元へ返す呪文。召喚されたクリーチャーであれば送還し、そうでなければ住処へ吹き飛ばす。
しっかりとした説明はMTGWiki辺りが良いと思います。