※この話には咲夜さんの出番は無いです。
やってきましたよ、と元気な声を張り上げながら、一人の少女が空に向かって拳を突き上げた。そんな少女の姿を二人の人影が微笑ましい目で見ている。片方は背中に大きな注連縄のようなものを背負った短めの髪をした女性、もう一人は一見すると子供に見えてしまうほどの身長の大きな帽子を被った女性。どうやら少女の保護者役のようで、あまりはしゃぎ過ぎるなよ早苗、と苦笑を浮かべていた。
「あぁ……空気が美味しいですね」
そんなことを言いながら、早苗は大きく深呼吸をする。そのまましばし自然を堪能していた彼女は、さて、と後ろで自分を見守っていた二人に向き直った。神奈子様、諏訪子様、とそれぞれの名前を呼ぶと、言葉を続けた。
「それで、何でここに来たんですか?」
「……話、聞いていたのよね?」
「え? あ、はい」
神奈子の言葉に早苗はそう返す。じゃあ何でそんな質問が出てくるんだと諏訪子が尋ねると、聞いてもよく分からなかったんですと胸を張られた。思わず二人は顔を見合わせ、そして大きく溜息を吐く。
わざわざ次元を渡る門まで作ってこの『幻想郷』にやってきた理由、それは自分達の信仰を取り戻す為だ。かつては強大な力を誇っていた自分達が、時代が進むにつれ忘れ去られ、ただのクリーチャーと同列の存在へと成り下がる。それがどうしても受け入れ難く、新たな地でかつての力を取り戻そうと考えたのだ。
そう早苗に述べると、大まかなことは分かりましたと頷かれた。でも、どうしてここなんですか。そう訊ね返された二人は、少しバツの悪そうな顔で頬を掻いた。
「いや、ここはマナが豊富で、どんな存在も受け入れる土壌がある、という噂がだな」
「噂、ですか」
「まあ正直そんな不確かな情報で次元渡りまでしちゃって、どうなのって感じではあるけど」
実際にマナが豊富なのはやってきて実感した。ここならば、本当にかつての力を取り戻すことが出来るかもしれない。そんなことを思いながら神奈子と諏訪子は空を見上げた。
ふと、そこで何かが接近してくるのを感じ取った。早苗は呑気に周囲を歩き回っており気付いていない。二人は無言で頷くと、こっちに来なさいと彼女を呼び寄せた。どうしたんですか、と首を傾げる早苗に、どうやら来客のようだと返す。
その言葉と同時、数人の人影が三人の目の前に降り立った。狼を思わせる耳と尾を持つその姿は、恐らく獣人の類であろうと当たりを付け、神奈子は一体何の用だいと彼女達に訊ねた。
「それはこちらのセリフです。ここは妖怪の山、我等天狗の治める地。一体どんな理由でこの場所に?」
三人の内一人、目付きの鋭い獣人の少女はそう言いながら一歩前に出る。その言葉を聞いた神奈子は、困ったように頭を掻いた。成程それはこちらが悪い、そんなことを言いつつ、じゃあ理由を答えれば見逃してくれるのかいと続けた。
「無論、理由次第です。後は、貴女方がこの幻想郷のルールに従うかどうか」
「ルール?」
「ええ、これです」
そう言って少女が取り出したのは一枚のカード。それを一目見てどんなものなのか見抜いた神奈子と諏訪子は、それは面白そうだと口角を上げた。そのルールは飲もう、そう即答すると、後は理由だねと述べた。
「――力を取り戻したい、ですか」
「納得出来なかったかな?」
「いえ、理解はしました。ですが――」
少女は刀を抜き放つ。驚きに目を見開く早苗を庇う様に前に出た二人にその切っ先を向けながら、彼女は鋭い目を更に鋭くさせて口を開いた。貴女方のその出身地と経歴、それは間違いなくこの幻想郷では悪名だ。そう言い放つと背後の二人に指示を飛ばした。三人を取り囲むように位置を変えた彼女達は、殺気すら篭っているかのような目で睨む。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ! 何でいきなりこんな!?」
「分からないのですか? ウメザワの子孫」
「……へ?」
唐突にそう呼ばれ、早苗の思考は一瞬停止した。一体全体、何故彼女が自分の祖先の家名を知っているのだろうか。先程の説明ではその辺りは話していなかったはず。そんなことが頭をぐるぐる回り、そして思考が追い付かなくなる。
それに対し、神奈子と諏訪子は何かを勘付いたのか表情を崩した。そして、ちょっと待ってくれと前に出る。この子は関係ない、もうそんなものは過去の話だ。そう言いながら真っ直ぐに少女を見た。
「……その口ぶりからすると、貴女達は明神本体のようですね」
「とっくに引退したけれどね。今はしがない早苗の守護神さ」
「その割には、力を取り戻す為にここに来たのでしょう?」
「別に明神そのものに返り咲くわけじゃないよ。一介のクリーチャーへと成り下がらないようにさ」
「それを信用しろと?」
「少なくとも信用しないでくれ、なんて話を今する必要は無いからね」
お互いに一歩も引かない。そのまま暫くに睨み合いを続けていた両者は、やがて少女が折れるように溜息を吐くことで終了した。いいでしょう、と述べ、三人に向かって一枚ずつカードを投げ渡す。
「本当に貴女達がこの幻想郷に災いをもたらさないのならば、とりあえず信用はしてあげます」
「これはその証かい?」
「そう取ってくれても構いませんよ。それにマナを込めれば貴女達もスペルカードルール用のライブラリーが出来るはずです」
「へぇ……おお、何か凄いですよこれ!」
はしゃぐ早苗を見て、しょうがないなと二人は苦笑を浮かべた。そして、見ての通り何か悪さをするような奴じゃないよと少女に笑みを向ける。その光景を見ていた彼女も、そのようですねと肩を竦めた。
ただ、それとこれとは話が別です。そう言いながら剣を握っていない方の手にカードを取り出した。
「勝負をしましょう。ここでの戦い方の教導をしてあげます」
「おや、優しいのね」
「下手に争い事を起こされては堪りませんからね。後は、そうですね」
感情的なものです。そう言いながら少女はカードにマナを込め始めた。いつのまにか取り囲んでいた二人は少女の後ろに戻っており、仕方ないなといった顔で肩を竦めている。そんな光景を見た神奈子は、少し考える素振りを見せると早苗を前に押し出した。
「か、神奈子様!?」
「いい機会だ、ちょっと戦ってみな早苗。そろそろお前も一人前になる頃だ」
「そうだねぇ。それもいいかもね」
「諏訪子様まで!?」
どうやら自分の味方はいないようだ、と確認した早苗は、おずおずといった感じで少女の前に立った。お手柔らかにお願いしますね、と頭を下げると、同じようにカードを取り出す。
「……普通はいきなりカードを取り出すことは出来ないのですが、流石はウメザワといったところですか」
「あはは、褒めてもらって恐縮なんですけど、私実はもう梅澤じゃないんですよ」
「……は?」
「それはご先祖様の家名で、今は東風谷と名乗ってます。だから私も梅澤早苗じゃなくて、東風谷早苗なんです」
そういうことか、と早苗の後ろで見ている二人を睨むと、悪戯が成功したかのような笑みを浮かべているのがそこに見えた。短く舌打ちすると、とりあえず名乗られたからにはこちらも名乗る必要がありますね、と早苗に視線を戻す。
「白狼天狗が一人、犬走椛。参る!」
「え、えっと。守矢神社の風祝、東風谷早苗――お遊びの、時間です!」
剣と、十手。双方奇妙な得物を構えたまま、その手に持ったカードに込められたマナが吹き荒れた。
「それで、負けたの?」
「そんなわけないでしょう」
妖怪の山の麓。河童の住処の一角で、椛は憮然とした表情で将棋を指している相手にそう返した。問い掛けた少女はごめんごめんと頭を下げ、そして将棋の駒を動かす。
「でも、何だか噂になってるよ。こないだ現れた新参者が撃退しに来た白狼天狗を倒して山に居座ったって」
「……発信元は?」
「文々。新聞」
あのクソ天狗、と椛は奥歯を噛み締めた。相も変わらずまともな真実一つ書きはしない上司にして知り合いの天狗に毒づきながら、それは嘘だにとり、と少女に伝えた。まあそうだろうね、と苦笑しているところからすると、どうやら彼女もあまり本気で信じてはいなかったようである。とりあえず目の前の友人がそう言ってくれたことで、椛は胸を撫で下ろした。
「あ、じゃあ本当はどうだったの? やっぱり椛の圧勝?」
「あー……それは、なんと言うか」
好奇心で目を光らせて聞いてくるにとりの顔から視線を逸らす。何て説明すればいいのやら、と頬を掻きつつそのまま顔を上に向けると、雲一つ無い青空が視界に映った。嘘を吐いてもしょうがないとそのままの姿勢で溜息を吐いた椛は、顔を目の前の友人に向け直すと、情けない話だけれどと続けた。
「意外と苦戦してしまって」
「へ? でもその外来人、スペルカードは初めてだったんでしょ?」
外来人、というのは幻想郷の外の次元からの来訪者の総称である。何の因果か頻繁に訪れる者が増え過ぎて既に形骸化されてしまった呼び名だが、にとりはどうやら未だその名称を使用しているようであった。ともあれ、そんな彼女の質問に椛は首を縦に振ることで肯定の意を示す。確かにスペルカードは初心者だった、と。
「ん? 何か引っ掛かる言い方」
「向こうの次元で荒事に慣れているのだとか言ってた。見た目も言動も世間知らずのお嬢様って感じだったけど、人は見た目によらないね」
しかしそれも当然か、と椛は思う。何せあの娘は悪名高いウメザワの血筋なのだから。思わずそのことを口に出してしまった彼女は、目の前の友人が目を見開くのを視界に入れやってしまったと顔を歪めた。
それは本当なのか、とにとりが椛に詰め寄る。ああ、間違いないと答えると、彼女は落ち着き無く視線を彷徨わせてどうしようどうしようと呟き始めた。ひょっとしてここも滅ぼされてしまうのか、そんな言葉が口を付いて出てきたのを聞いた椛は、大丈夫だと彼女の頭に手を乗せた。
「少なくとも、あの娘はそんなことをしでかす人物ではなかったよ」
「でもでも、明神も一緒にいたんでしょ? 龍師範でも倒しきれなかったっていうあの」
「だから、落ち着いてにとり。彼女達も今はその少女の守護神でしかないの。それも、相当力を落としている」
大体、龍師範は倒し切れなかっただけで、明神を追い詰めて圧倒しているのだから何の問題もない。そう続けると、にとりは言われてみればと顎に手を当て視線を落とした。彼女が落ち着いたのを確認すると、椛は頭を掻きながらまあその反応も仕方ないかと呟く。
この幻想郷にとって、龍師範と呼ばれるドラゴンは絶対だ。圧倒的な力と誰にも追いつけない知識を持った最古の王。誰もが彼を敬い、そして恐れる。ここに住む者にとって彼は憧れであり、英雄であり、そして最大の恐怖なのだ。
そんな彼がかつて治めていたとされる地を滅ぼした一人の人間。それがウメザワの名を持つ者。幻想郷の住人にとって、その家名は悪名であり忌むべき存在であった。だからにとりの反応は極々普通であり、実際椛も当初は敵意を剥き出しにしていた。
結局取り越し苦労に終わったのは幸いであり、既にウメザワの家名は途絶えていることもその口から聞いた。少なくとも幻想郷が今すぐどうにかなるということは無い。それが分かっているからこそ、彼女はこうして平然としていられるのだ。
それを知らずに同じ態度が取れる者はそうそうおるまい。そんなことを椛は思った。
「へぇ……そいつはいい事を聞きました」
「げ、射命丸」
彼女の知る中で唯一の例外は、恐らくこの突如現れた自分の上司だけであろう。思わず漏らしてしまったその言葉を聞き逃さなかった天狗――射命丸文は、おやおやおやなどと言いながら意地の悪い笑みを椛に向けてくる。
「まさか部下にいきなりそんな態度を取られるとは思ってもみませんでしたよ」
「……日頃の行いじゃないですか?」
「それこそまさかです。私、清く正しい射命丸の日々生きる姿を見ているはずの貴女がそんな態度を取るなんて」
「清く正しい姿を見たことは無いので分かりかねます」
「あやややや。ねぇ椛……いい加減言葉が過ぎるんじゃないの?」
「――失言でした。申し訳ありません文様」
「いえいえ、分かればいいんですよ」
「……このクソ天狗……」
「何か言いました?」
「いえ、何も」
帰りたい、とにとりは素直にそう思った。急に現れた妖怪の山の上位種族である鴉天狗と、それに噛み付く我が友人。こんな胃が痛くなる光景を見て平然としていられるほど彼女は豪胆な人物ではない。何も出来ず、精々が一人オロオロと視線を交互に向けるくらいである。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
だが、そうは問屋が卸さなかったようで。椛がところでお聞きしたことがあるのですが、と文に問うていた。何ですか、という文の返しに、変な噂が流れているようですと続ける。山に現れた新参者に負けた、というデマが蔓延しているらしい。そう椛が言うと、話を聞いていた彼女は成程と頷いた。
「誰から聞いたんです?」
「にとりですが」
「――河童、少しお喋りが過ぎるようね」
「ひっ!?」
その瞳を見たにとりは死を覚悟した。鋭く研ぎ澄まされたその視線は、殺気すら篭っているように感じられて。腰を抜かしてへたりこんでしまった彼女を見た文は、ちょっと脅し過ぎましたか苦笑しながら頬を掻いた。
泣き出しそうになっていたにとりをあやすように抱き締めた椛は、よしよしと頭を撫でつつ視線はこの状況を引き起こした張本人に向ける。何してやがるこのクソ天狗。そう言いたげなその目を見た文はやれやれと肩を竦めた。
「まったく。いつからそんな反抗的になっちゃったのかしらねぇ」
「自分の胸に聞いてみればいいんじゃないですか?」
「心当たりが無いから困っているんじゃない」
「だったらもう一生考えなくてもいいですよ」
吐き捨てるように述べたその言葉を聞き、文は困ったように笑みを浮かべた。今日は聞きたいことがあって来たのだから、そう邪険にしないで欲しいのだけど。そんなことを言いながら紙とペンを取り出し椛にそれを向けた。
ずばり、あの新参者と戦った感想は? 苦笑を微笑に変えそう続けると、彼女は椛の反応を待つようにその場で佇む。こうなったら梃子でも動かないことを知っている椛は、大きく溜息を吐くと口を開いた。先程にとりと話していたように、見た目とは裏腹に荒事に慣れているようでスペルカードに素早く適応して見せた、と。
「ほうほう。それは興味深い」
「気になるのならば直接行けばいいでしょうに」
「それも考えたんですけどね。どうせなら第三者との戦いを観戦したいなぁ、と……」
そこまで言うと唐突に彼女は動きを止めた。何か思案するように視線を動かすと、ニヤリと禍々しいほどの笑みを浮かべる。これはいいことを考え付きました。そう言いながら何かを忘れないようにとメモを取ると、これは忙しくなりそうですと二人から一歩遠ざかった。
「また悪巧みですか」
「失礼な。取材の準備ですよ」
それだけを告げ、文の姿はあっという間に掻き消える。目にも留まらぬスピードで去っていったらしいのは、その風圧で盤面からバラバラになってしまった将棋の駒が物語っていた。
どうせ碌でもないことだろうな、と半ば達観したようにそんなことを思った椛は、もう一度最初からやろうかとバラけてしまった将棋の駒を拾い始めた。
「はぁ!? 博麗神社をぶっ潰す!?」
「そうらしいんですよ。困ったものですよね」
よよよ、と泣き真似をする文を睨み付けながら、霊夢は一体どういうことだと言葉を続ける。どういうことも何も、言葉の通りですよ。そう言いながら文は視線をちらりとこの場にいる他の二人に向けた。魔理沙は素直にそれは大変だなどと呟いていたが、アリスはどこか疑うような表情を浮かべている。流石にこの程度で釣れるほど甘くはないか、そんなことを思いつつ、文はもう一つのカードを切るタイミングを模索しつつ口を開いた。
「何でも、新しく神社を建てるので、古い神社が邪魔なのだとか」
「ちょっとそれは横暴過ぎやしないの? 大体人里にだって神社あるでしょ、何か豊穣と紅葉の神様祀ってるやつ。あれはいいの?」
「勿論向こうも対象になってるみたいですよ。ですが、まずはこの次元で一番目立っている部分を潰そうと考えたみたいですね」
「目立つって、そりゃそうでしょ。この神社は龍師範のお墨付きなんだから」
幻想郷の最高神を祀っている場所といっても過言ではないこの場所を潰すとは、一体相手は何を考えているのか。いくら新参者だからといってやって良いことと悪いことの区別くらいは付きそうなものなのだが。そんなことを考えた霊夢は、次第に目の前の天狗が胡散臭く感じ始めた。そもそもこの射命丸文という天狗は「文々。新聞」などという胡散臭い新聞を発行している人物だ。他の天狗の新聞に比べれば誇張は少ないとはいえ、真実だけを書いているとも限らないと疑う程度には話が盛ってあるそれを読んだことのある霊夢にとって、彼女は完全に信用に足るかと言われれば答えは否。
「ねえ文、本当に向こうの神社がそう計画してるのね? 嘘は言っていないのね?」
「ふむ……。そう言われてしまうと困ってしまいますね。私としても噂を耳にしただけですので」
「あんたさっき断言してなかった?」
「いえいえ、決してそのようなことは」
表情一つ変えずにそう述べる文を見た霊夢は、こいつから言質を取るのは無理かと溜息を吐いた。ただ、嘘にしろ本当にしろ、目の前の彼女は自分を山の上の神社へと向かわせたいのだろうということだけははっきりと分かった。
それが解せない。一体全体何故そんなことをさせようとするのだろうか。そう思った霊夢は回りくどいことをせずにそのまま問い掛けた。その質問に一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた文は、いやいや参りました、と両手を上げて降参の体勢を取る。果たしてそれが本心からなのかは別として。
「実はですね、その新参者には聞き捨てならない情報があるのですよ」
「はいはい。一体何?」
もったいぶっている割にはきっとさっきと同じ程度の話だろう。そう思っていた彼女の耳に、椛が苦戦したらしいという言葉が届く。眉を顰め、思わず文の顔を覗き込んだ。
「何でも荒事に慣れているらしく、スペルカードを早々に使いこなしたとか」
「……まあ、ちょっと驚いたけど、別にそこまで珍しいことじゃないわね」
「あやややや、そうでしたか。やはり博麗の巫女ともなると、ウメザワの子孫が現れたくらいじゃ動じないんですね」
「――今何て言った?」
聞き覚えのある、しかし決して日常会話では出てこないであろう単語が聞こえた。自分の聞き間違いかと思い文に聞き返しつつ視線を後ろの二人に向けた霊夢は、同じように驚きに目を見開いている顔が見えたことで表情を曇らせた。目の前の文は表情を変えることなく先程の言葉を再び紡ぐ。山の上の神社にいるのは、ウメザワの子孫だと。
「性質の悪い冗談、じゃないのね?」
「はい。これははっきりと裏の取れた情報です。間違いありませんよ」
力強く頷いた目の前の天狗を暫し眺めた霊夢は、何かを考えるように天を仰いだ。どうしたものかしらね、と呟いているところからすると、彼女の中でははっきりと決めあぐねているらしい。信用するか否か、そのことがぐるぐると頭を回る。
この博麗神社を潰すというのも、ウメザワという悪名高き家名の子孫であるという部分を加えると途端に信憑性を増してくる。ウメザワならば、龍師範の加護を受けているとされているこの場所をどうにかしようとするのはむしろ必然。そう、彼女の思考は傾いていた。
文、と霊夢は目の前の鴉天狗の名を呼ぶ。どうしました、と笑顔で訊ねる彼女に向かい、その神社まで案内しなさいと言葉を続けた。
「ちょっと霊夢!? 本気?」
「しょうがないでしょ。あんな名前出されたら、行くしかないじゃない」
アリスの言葉にそう返す。そうかもしれないけど、と苦い顔をしている彼女の横では、魔理沙がまあ行けば分かるさと呑気に笑っていた。
「お二人も行くんですか?」
「決まってんだろ? 前回大暴れ出来なかったんだ、今回はしっかりやらせてもらうぜ」
箒をブンブンと振り回す魔理沙を見て、文は少しだけ考える素振りを見せる。そして、これは神社同士の問題ですから、霊夢さん一人の方がいいと思いますよと述べた。アリスはその言葉に確かにそうかもしれないわね、と納得したように頷く。
だが、肝心のもう一人は。
「知ったこっちゃないな。私は私の道を行く。止めたければ力ずくだ」
カードを取り出して文に突きつけていた。やっぱりそうなりますかと溜息を吐いた文は、じゃあ仕方ありませんねと一歩後ろに下がった。負けたらちゃんと大人しく見学に徹してくださいね。そう言いながら持っていたメモ帳とペンを仕舞う。
「……スペルカードで勝負するんだぞ? どうして何もやろうとしないんだ?」
自分はカードにマナを込めているのに、目の前の相手は何もしない。それが魔理沙には理解出来ず、怪訝な表情を浮かべて問い掛けた。が、対する相手は平然と言い放つ。一体何を言っているんですか、と。
「もう終わってますよ」
「へ?」
瞬間、魔理沙は背後から衝撃を食らって吹き飛ばされた。ゴロゴロと転がりながら、回る視界で何とか捉えたのは二体の熊。灰色の毛皮を持った熊が、いつの間にか彼女の背後でその爪を振り上げていたのだ。
そのまま文の足元まで転がった魔理沙は、ニコニコと微笑む彼女の顔を見て顔を歪めた。
「以上、『灰毛皮の熊』二体でした」
「いつの間に召喚したんだよ。全く見えなかったぞ」
「ちゃんと魔理沙さんがスペルカードで勝負するって言ってからですよ。清く正しい勝負を心がけていますから」
「嘘吐け」
そう吐き捨てるように言った魔理沙だったが、それを否定するように霊夢とアリスが間違いなく魔理沙が勝負すると言ってから召喚されたと述べた為、不貞腐れるようにそっぽを向いてしまった。納得いかない、そう呟いてはいるが、しかし一応負けを認めてはいるらしく、それ以上何かを言うことはなかった。
「まあ、こう見えても私、幻想郷最速ですので」
「言ってろ」
「では、魔理沙さんは見学ということでよろしいですね?」
「よろしくないけどよろしいって言うしかないじゃないか」
不貞腐れたまま、そっぽを向いたまま。拗ねたように返す魔理沙を見て、アリスは思わず笑ってしまう。何が可笑しいんだよ、と益々魔理沙は機嫌を損ねたが、笑みを潜めることなくごめんなさいねと彼女は返した。
さて、ちょっと余計な一悶着もありましたけど、そろそろ行きましょうか。そう述べた文は踵を返す。案内はしますので安心してください、という言葉に短く返答すると、霊夢はその後を追いかけた。ちょっと待てよ、と魔理沙もその後を追い、しょうがないわねとアリスが続く。
「あやややや、結局皆さん来るんですね」
「見学ならいいって言ったのはそっちだろ」
「心配しなくても、こっちからは手を出さないわ」
「こっちからは、ですか」
何やら含みのある言い方ですね。そんなことを漏らしつつ、文は三人を引き連れ妖怪の山へと戻る。自分が先導をすれば侵入者ではなく客人として扱われるだろうから問題はない。アリスが考えているように襲い掛かってくるような輩はいないはずだ。そう考えたのだが、しかし彼女は不安が拭えない。
自分の計算通りに事が進んでいるはずだ、それは間違いない。これで後は博麗の巫女とウメザワの子孫がスペルカードで勝負をしてくれれば、誰よりも早く良い新聞記事が書けるはずだ。それは間違いない。
間違いないはずなのに、何か胸騒ぎがする。
「まあ、気のせいでしょう。ちょっと慎重に考え過ぎてるのかしらね」
そう自分に言い聞かせるように一人ごちると、あの三人が用意したらしい山の上の神社に続く道の麓へと降り立つのだった。ここからは歩いていきましょう、そう言いながら振り返ると、一人を除いて了承の意が返ってくる。
「いくら向こうがウメザワだといっても、無闇に刺激するのは好ましくありませんからね。ある程度は礼儀に則るべきです。ね、魔理沙さん」
「あーはいはい。分かった分かった」
不満そうだった約一名にそう説明し、彼女はその道を歩き出す。後ろに霊夢、そして魔理沙、アリスの順に続いた。
その道中、そういえば、と魔理沙が文に問う。向こうの名前、何て言うんだ、と。その言葉を聞いて、文はピタリと足を止めた。視線を左右に彷徨わせ、そしてあははと誤魔化すように笑う。
「調べとけよ新聞記者」
「あ、いえ、一応名前は分かってますけど。誰がその名前なのかまではまだ」
「あら? その口ぶりだと一人じゃないのね」
「ええ。ウメザワの子孫と、その守護神をしている元明神が二体ですね」
まあ、今問題なのはウメザワの子孫だけですし。そう言うと、彼女は再び足を進める。適当だな、という言葉を背中に受けつつ、魔理沙さん程ではないですよと返した。
山の上の神社まで、あとわずか。
レジェンドサイクルの英雄も、倒された方からすれば敵なわけで。
まあ、わざとそういう風にボーラス様が仕向けているということもありますが。
スペル説明
「灰毛皮の熊」…クリーチャー:熊 パワータフネス共に2。素早く隙無く召喚出来るのが魅力。
正確な説明はMTGWikiとかが良いですよ、きっと。