So Am I 作:伊織
「なんたって休みに朝の4時まで働かなくちゃいけないのよ…」
「前ならしょっちゅう徹夜してただろう。」
「あの時はあの時!今は花の高校生なの!」
機材を運びながら会話を続ける。なんだかんだ言っても久しぶりの調査を楽しんでたりして。
「これで終わり…っと!やっと帰れる!私は一旦帰ってシャワーとか浴びてくるけどナルはどうする?」
「僕はもう少し機材を片付けておく。お前は帰って寝ろ。」
「色々手伝いたいからすぐ戻って来るね。ナルも少しは休みなさいよ?」
そう言って生徒会室に行き荷物を取って学校を出る。 ギリギリ始発が出ていたのでそれに乗って帰り、シャワーを浴びる。そして服を着替えて、朝ごはん兼昼ごはんのついでにナルのお弁当も軽く作ってまた学校に戻った。
「あ、麻衣!おはよう。」
「おはよー美桜!ねぇ見て見て。」
麻衣に言われバンの後ろを覗き込めば、そこにはナルが眠っていた。
「あら。」
「あの毒舌さえ飛び出してこなきゃ完璧なのになあ。」
「あはは…まぁ彼には一生無理ね。」
まどかが以前「どこで教育を間違えたのかしら…」と嘆いていたけど、ジーンは「あれは元々だよ」って苦笑してたし。
「ーー…美桜と麻衣か。なんだこんな朝っぱらから。」
「あ、あ、あ、朝っぱらってもう十一時過ぎだよ。あっコッコーヒー飲む!?」
「麻衣挙動不審ね。渋谷さん、ご飯作って来たので食べて下さい。」
「ああ…」
作って来たサンドイッチやらを渡し、麻衣がコーヒーを渡す。実は麻衣がコーヒー作ってくるって意外だったりして。
「…ゆうべなにかわかった?」
「ああ。」
一瞬フリーズ。ナルは静かにコーヒーを飲み、私は苦笑を零す。
「ほんと!!?「おいっどーしたんだよ実験室!」」
そこで賑やか大人組登場。あー実験室の機材かなり片付けちゃったもんね。ナルめ。機材大事さに酷使しやがって。
「なによボウヤ、もう帰る準備?」
「…そうですが?」
「冗談でしょ!?」
「なんで!」
「事件は解決したと判断したからです。」
「除霊したのか?」
「してない。美桜、あれを出せ。」
ああ、コピーしたやつね、とバンの前座席から色々取り出して滝川さんに渡す。
「なんだ?」
「水準測定器のグラフです。旧校舎はゆうべ一晩で最大0.2インチ以上沈んでました。ーー地盤沈下です。」
「なにい!?」
皆がプリントを覗き込む。多分読めないと思うなぁ。私はたまたま読めるだけだもん。
「じゃあなに?あの怪現象の原因はそれだってワケ?」
「恐らく。この地形図を見るとおり、ここら辺って湿地を埋め立ててできた土地なんですよね。チェックした井戸の数からすると、この校舎の下には大きな水脈が通ってるみたいなんです。おまけにほとんど枯れかけてる。」
「…美桜、簡単に教えて。」
麻衣がわからん、と頭を悩ませているのでハハッと笑って答えた。
「つまりね、ここはもともと湿地を埋め立てた場所で地盤が弱いの。その上水がなくなって下がスカスカになっちゃうでしょ?それで校舎の重みに耐えきれないの。だから地盤沈下が起きてるって訳。」
「特に激しいのがこの辺り。建物の一方が急速に沈んでいるせいであちこちに【ねじれ】や【ひずみ】がきてる。」
ここまで来て全員理解したようで、冷や汗をかいていた。
「…なんてこった。じゃあイスが動いたり屋根が落ちたりってなそのせいなわけか。」
「そう。あの教室は西側の床が東側より三インチも低かった。」
「三インチ…七cm半てとこか。とんでもねー」
「じゃああのラップ音…」
「ラップ音じゃなく実際に建物がひずんでる音だろうな。旧校舎付近は立ち入り禁止にしてもらったほうがいい。この建物は遠からず倒壊するだろう。」
「ーーそんな、じゃあわたしが襲われたのは!?」
自分の信じてきたものがまやかしだった知らされた彼女のショックは大きいものだっただろう。それと同時に大きな焦りも見える。旧校舎の霊が視える、それが彼女にとってどれだけ大きなものなのか。
「…たぶん君について来た浮遊霊のしわざだろうな。」
これはナルなりの優しさ。霊能力は一度でも間違えればもはや霊能力とは言えない。これまで自分の能力を疑われ、抑圧された人達を知ってるからこそ出る優しさなのだ。
「そんで?ナルどうすんの?帰るの?」
「ああ。仕事は終わったからな。」
「ーーあー…そっか、そーだわな。」
どこかしっくりときてないような麻衣。やっと怖いものから解放されるのに、少し不思議な態度だ。
「…霊はいると思うけどな。」
ポツリ、と黒田さんが呟いた。【思う】じゃなくて【いてほしい】という願い。しかしナルはばっさりと
「いない。調査の結果も完全にシロだと出ている。」
「あなたにはわからないだけかもしれないでしょ!?」
「では君が除霊をすればいい。僕は自分の仕事は終わったと判断した、だから帰るだけだ。」
彼女がナル達の前で以前除霊したと言ったのは聞いた。墓穴だったのか彼女はそっぽを向く。慰めてあげたいが、こればかりは自業自得だと思う。
「…残念だな。なんか夢が消えちゃったキブン。」
「…なんだって?」
麻衣が黒田さんを見ながら言う。ナルが聞き直して、麻衣はそっちを向いた。
「学校の片隅にいかにも何かありそうな古い校舎があって、幽霊が出るなんて噂があって…って一種のロマンじゃない? ホントに人が死んじゃったりしたらイヤだけど無害な怪談だったらあったほうがいいもん。」
「…そんなものかな。」
ナルや私のような【科学者】にとって幽霊はあくまで研究の対象でしかない。しかし他の人達にとってそれらは日常の中にあるちょっとしたお伽話のようなものなのだろう。別に私たちは幽霊がいないなんて思ってる訳ではないが、その求めるものの違いは理解しずらい。
ーピシッー
ガラスにヒビが入ったような音がきこえ、瞬間的に窓の方を向いた。そして次に窓全部に大きくヒビが入る。そしてその窓の近くで黒田さんは呆然としていた。
「黒田さん、離れて!」
そう注意を促しても、驚きのあまり固まってるようだった。このままでは危ないと、走って彼女の腕を掴んだ瞬間ガラスが盛大に割れる。
「きゃあああっ!」
「くっ…」
バッと黒田さんを背に庇い抱きしめる。たまたま分厚めのコートを着ていたため二人とも大した怪我はない。
ードンドンドンッ‼‼ー
そして天井から聞こえてくる音。まるで誰かが叩いているかのような音に耳を疑った。そしてドアが激しく開閉する。これはまさしくポルターガイストで、地盤沈下なんかじゃない。
「ナル!取り敢えず外へ!」
その声にはっとしたナルが、わたしの腕を引っ張り立たたせ、窓を叩き割った。
「ちょ、ナル手がっ…!」
「大丈夫だ!外へ出ろ!この建物は脆いんだ!」
そうして校舎を出れば滝川さん達も集まっていた。校舎はあれだけれ揺れながら、何もなかったかのように佇んでいた。
「ーーなんなんだよありゃあ…」
滝川さんの呆然とした声が聞こえる。私はコートを脱いで、パンパンとガラスの破片を払っていた。
「…今のはなんだ?あれも地盤沈下のせいだってのか!?立派なポルターガイストだったじゃねぇか!」
「建物が歪んだ音どころか、絶対誰かが壁を叩く音だったわよ!」
「それにしちゃ派手過ぎたがな。巨人でもいたんじゃねぇのか?」
「校舎を沈めてるのもそいつかもねぇ。バッカバカし!もう少しで子どもの冗談にひっかかるトコだったわ。」
「せめておれたちだけでもしっかりしようぜ。」
怠惰な大人達。確かにナルの答えが100%じゃなかったかもしれない。それでもあんだけ信じておきながら間違ってたら言うだけいって自分を肯定付けるだなんて馬鹿げてる。
「ーーナル!手…」
麻衣がずっと校舎を眺めているナルを心配して声を掛ける。
「ああ…たいしたことはない。すぐに乾く。」
「でも手当しないと「黒田さんを見てやれ」」
ナルの怒りを押し殺した静かな声。彼は完璧な答えしか出さない。それはプライドの高さでもあり、博士としての基本でもある。それが自分の前で見事に壊されたのだ、当然だろう。
「今はほうっておいてくれたほうがありがたい。
自己嫌悪で吐き気がしそうだ。」
「……うん…」
ナルが去って行く姿を見送った後、私ははぁ、と溜息を吐き、救急セットを持った。
「麻衣、渋谷さんを手当してくるね。」
「え、でも…」
「大丈夫。ここ、任せたよ?」
「…うん、わかった。よろしくね。」
「もしまたあの大人達がまたバカな事言ったら、麻衣らしくガツンと言っちゃえ!」
「ははっ、うん!」
そう言って私は走ってナルを追いかけた。
バンの方へ行くと、ナルがトランクに座って怪我をしていない方の手で目を覆っていた。
「ナル、手当するから手を貸して。」
隣に座り手をとるとするっと離れる。しかし私はまた握り返した。
「今は一人にしてくれ。」
「イヤ。もし私がこうなったら、ナルはきっと私の手を離してくれないでしょう?それと同じ。」
そう言って手を取り、水に濡らしたハンカチで血を拭き始めた。ナルが私をゆっくりと見つめる。珍しく自信のないその目が、どうしようもなく寂しくて、愛らしかった。
「私はナルの右腕なんだから、ナルに着いて行くわよ。それに、ナルの事は少なくとも今のメンバーの中で一番わかってる。一旦休んで、原因をもう一回考え直そう?」
手当終了、と包帯の先を括りナルの手を引いて立った。ついでにカバンも持って、校門の方へ歩いて行く。
「…美桜。」
「なに?」
ふと名前を呼ばれて立ち止まって彼を見れば、少し不貞腐れたような、嬉しそうな顔をして。
「ありがとう」
そんな素直なナルに「my pleasure」と笑って返して、止めたタクシーに乗り込んだ。
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「どうぞ。」
そう言って私の家へ通せば、少し物珍しそうにリビングへ入っていった。
「一人にしては広いな。」
「セキュリティーがいいマンションをって【本家から】支給されたの。こんなに広くなくてよかったんだけどね。」
苦笑しながら電気を付けてカバンを置く。ナルがリビングの棚の上に置いてある何個かの写真立てに近づいた。
「…懐かしいな。」
そう言って持ち上げた写真は私とナル、それに彼がカレッジの中庭の木の下で昼寝をしているのをまどかが撮ったものだった。
「でしょう?まどか、ナルを隠し撮りしてからかうのが好きだったわよね。」
そしてそんな写真をいつも貰って大切に保管していた。本当に懐かしい。
「取り敢えず包帯巻いたばっかだけどお風呂入って来たら?もう血も止まっただろうし新しいのに変えたいでしょ?」
「そうさせてもらう。」
ナルがお風呂場に行って、私はキッチンに入りリゾットを作る。ジャガイモとほうれん草のクリームソースだ。ナルは調査の間は精進潔斎なので、お肉はなしだ。
作り終わった後に服を着替え、ソファに座りニュースを見る。殺人事件や賄賂などが淡々と流れて行くのをぼーっと見ていると、ドアが開く音がしてそちらを見れば、肩にタオルを掛けたナルが出てきた。それに胸が少し高鳴る。顔は本当にいいんだから。もう見慣れてる筈なのに。
「お疲れ様、リゾット作ったけど食べる?」
「ああ。」
立ち上がりリゾットを盛り付けて既に座って資料を読み返しているナルの前に置いた。私もナルの横に座って資料を覗き込む。
「ねぇナル、旧校舎のポルターガイストって、幽霊の存在を否定したり消そうとする時にタイミングよく起こってない?」
「それが普通だろう。」
「そうなんだけど…」
確かに反発とも考えられるが、何処か腑に落ちない。
「でも、幽霊はいないんでしょう?ポルターガイストが起こる前に気温が下がったりとか。」
「ないな。だからこうして悩んで…」
ナルの言葉が止まった。顔は思案げで、段々と口角が上がる。私もふと一つの仮定が思い浮かんだ。ポルターガイストの原因は半分が幽霊、後の半分は…
人間によるものだ。
「もしかして…ポルターガイストの原因は人間?」
「かもしれないな。学校は抑圧される場所だし、ローティーンの子どもばかりだ。」
旧校舎に訪れていて、幽霊の存在に肯定的な人…と言ったら一人思い当たる人物がいる。
「もしかして黒田さん…?」
「それはわからないが、事件の関係者なのは間違いないだろう。明日朝一で暗示を掛けてみる。」
「了解。それで犯人がわかれば事件解決ね。」
「そうだな。…美桜、ウチで働かないか?」
ナルの突然の申し入れ。それはとても嬉しいお誘いだが、果たして私がナルの側に戻ってもいいのだろうか。
「余計な事は気にするな。いなくなった理由も聞かないし、毎日来いとも言わない。」
本当に、馬鹿な位優しいナル。そんな彼が自分を求めてくれている。何処か優越感に浸る自分がいた。
「わかった。まぁSPRからお給料貰ってる身だしね。もしかしたら時々生徒会で出れない時があるかもだけどそれでもいい?」
「構わない。」
イギリスにいた時のように普通に会話をしている、それがなんとも心地よかった。
ご飯を食べて話し込んでいたら、いつのまにか11時を回っていた。明日は学校に行く前にナルのオフィスに寄る必要があるため早く出る必要があるだろう。昨夜はあまり寝ていないのだし、そろそろ寝た方がいい。
「ナル、明日の為にもう寝ましょう?私の部屋のベット使ってちょうだい。」
「お前はどこで寝るんだ?」
そのナルの問いかけに苦笑する。変な所まで鋭いんだから。
「私はいっつもそこのソファで寝てるから。気にしないで。」
そう言えば眉間の皺を寄せる彼。怒っているような、悲しんでいるような、そんな雰囲気を醸し出していた。
「…相変わらず、閉鎖的な空間がダメなんだな。」
「しょうがないでしょう?こればかりはどうしようもないわ。」
麻衣が泊まりに来る時は一緒に寝てるから大丈夫なのだが、私は世で言う閉所恐怖症だ。なので自分の部屋もベットもあるにも関わらず、普段はリビングのソファで寝ている。
「…来い。」
ナルが立ち上がって私の手首を掴み、リビングの電気を消して廊下に出た。そしていくつもの部屋のドアの前を通り一番ドアに近い所にある私の部屋に入る。
「え、ちょ、ナル?」
無理矢理ベットに押し込められそのままナルも入ってくる。私は訳がわからず心臓がバクバクと動いていた。背中に腕を緩く回され完全に硬直する。
「あそこじゃ疲れがとれないだろう。一緒に寝てやる。」
「はっ!?別に大丈夫だよっ!ナルこそ窮屈でしょ!」
てか恥ずかしくて死ぬ!きっと今私の顔は真っ赤だ。
「騒がしい。さっさと寝ろ。」
ばっさりと切られ、ナルは目を瞑った。近くに感じるナルの体温、ナルの香り。昔、悪夢を見て眠れなかった時もよくこうやって一緒に寝ていた。
でも昔とは確実に変わった想い。馳せる心は止められなくて、いつでも視線の先に貴方がいて。
「...I love you,Noll」
ナルの胸に顔を押し付けて小さく呟く。伝えたい愛の言葉は、自分の口の中に消えて行った。