東方悲恋録〜hopeless&unrequited love〜   作:焼き鯖

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はーいどうも。お久しぶりです。焼き鯖です。慣れないながらもなんとか大学生活を送っております。

いやーしかし、前回の話を書き終えてすぐに書き始めた筈なのに、なんで一ヶ月近くが経とうとしてるんですかねぇ?改めて自分の筆の遅さに反吐が出ますわぁ……

ま、そんな事は置いといて、今回も楽しんで頂けたら幸いです。


彼岸小噺①

「……おや? お前さん、こんな所でどうしたんだい? 此処は三途の川。お前さんのような子供は来ちゃいけないんだよ」

 

 

 あたいの名前は小野塚小町。是非曲直庁で働く三途の川の渡し守だ。

 いきなりだけど、あたいはよく、三途の川に行く。仕事柄、此処と是非曲直庁を繰り返し往復するのもそうだけど、休みの日の暇な時は専らここで昼寝をするのがマイフェイバリットなのだ。年中咲き乱れる彼岸花を見ながら夢の世界に入るのも、また乙なものだと勝手に思っている。

 今日もそうやって長い一日を過ごすつもりだった。しかし、微睡みの入り口に差し掛かった瞬間、誰かに体を揺すられ、強制的に現実に引き戻されてしまった。

 目の前には、おかっぱの女の子がいた。困った顔をして私の事を見ている。どうやら起こしたのはこの子らしい。

 私がさっきのように言ったのは、その子が生身の人間であると思っていたからだ。ここにはたまに、本当にたまにだけど、里の子供達がやって来ることがある。見るからにやんちゃそうなガキ大将が、「度胸試しだ!」と意気揚々として仲間を連れて来ることもあれば、罰ゲームなのか気の弱そうな子供がおどおどしながら彼岸花を摘み取って行くこともある。

 しかし、おかっぱの女の子は困った顔のまま首を横に振ると、私の方に何かを差し出した。眠い目をこすりながらよく見ると、小さな手の中には六文銭が五枚。

 

 

 

「……成る程、向こうに渡りたいんだね?」

 

 

 

 女の子は頷いた。よく考えてみたら、生きてる人間があたいを視認できる訳がない。出来るとしてもこんな風に触るのは不可能だ。

 

 

 

「今日は非番なんだけど……仕方ないね。あたいが運んであげるよ」

 

 

 

 そこで初めて女の子は嬉しそうに顔を輝かせた。

 

 

 

「うんうん。女の子はやっぱり笑顔が一番だね。おいで。あたいなら一瞬でチョチョイのチョイさ」

 

 

 

 あたいはそう言って立ち上がり、大きく伸びをしながら近くに停めてある自分のボロ船に女の子を案内した。女の子は最初にこれを見た時、沈まないか不安そうに私を見てたのがちょっとだけがっかりしたね。そんな露骨に顔に出すことでもないだろ。文句は十王様にでも言っておくれよって話さ。あたいは全く悪くない。

 女の子を船に乗せ、能力使って櫓を漕ぎ出せば、あっという間に彼岸に到着。見事な早業に女の子驚愕。その表情を見ただけで仲間の死神達の自慢になるから、それだけでもう満足したね。

 受け取り担当の死神に女の子を任せ、手を振って彼女と別れた。さぁ、帰ってもう一眠りしようかと考えながら此岸に戻り、岩を枕に再び微睡みの入り口を探そうとしたその時、

 

 

 

「小野塚小町!」

 

 

 

 妙に角ばった声が私の頭上から降り注いだ。目を開けると、新品の是非曲直庁の制服を着た初々しい緑髪の少女が、腰に手を当ててあたいを見下ろしている。

 

 

 

「あれ、四季様じゃないですか。どうです? 閻魔の仕事は慣れましたか?」

 

 

 

「あ、はい。おかげさまですっかり職場にも慣れることが……って! そうじゃありません!」

 

 

 

 顔を真っ赤にしながら起こる四季様、もとい四季映姫ヤマザナドゥ。彼女は最近ここに配属された新米の閻魔様で、有り体に言えばあたいの上司だ。見た目は年端もいかないような可愛い少女だが、その見た目に騙されてはいけない。

 

 

 

「貴女、何をやっているのですか」

 

 

 

「何って、いつも通り昼寝ですけど」

 

 

 

「それです! 貴女、今日は休みですよね? それなのにどうしてそうやってぐーたらと寝て、大切な一日を無駄にしようとしているんですか!」

 

 

 

「いやーそう言われましても、これがあたいの休日ですので……」

 

 

 

「じゃあせめて家で寝なさい! 此処は死者が来るところであって貴女の寝床じゃありません! 折角休みにも関わらず死者の受け渡しをしたのを褒めようと思っていたのに……貴女は少し自堕落すぎます! いいですか? 大体貴女は──」

 

 

 

 予想通り、四季様はありがたい説教をクドクドと語り始めた。

 ツッコミ気質なあたいの上司は、この通り重度の説教癖を患っている。その相手が同期の閻魔様でも、死神にも、物言わぬ霊魂にすら説教するという有様だ。この職場に長く勤めているあたいもそのご多聞にもれず、何度か彼女の説教を聞かされる羽目になっている。まぁ、あたいとしてはいい暇つぶしになるからいいんだけどね。

 

 

 

「聞いているんですか小町!」

 

 

 

 だけど、流石にちょっとだけうんざりしてきたな。よーし、反撃してやれ。

 

 

 

「ですけど四季様、貴女も人の事言えないんじゃないんですか? 別部署の閻魔様が言ってましたけど、四季様に毎日毎日同じことを説教されて気が変になりそうだってぼやいてましたよ?」

 

 

 

「そんなの関係ありません! 私は誰がなんと言おうと、これからも相手の悪い所を正し、立派なものに変えるよう啓発していくつもりです!」

 

 

 

「それは結構な事ですけど、幾ら彼岸に娯楽がないからって何度も何度も同じ相手に同じ説教することはないじゃないですか。このまま行ったら四季様、曲直庁内で孤立しちゃいますよ?」

 

 

 

 あたいのこの一言に、四季様の口がピタリと閉じられた。どうやら図星らしい。

 

 

 

「その反応だと、実際に仲間内で孤立気味なんでしょう? 今はあたいが聞いているからいいですけど、あたいにまで相手されなくなったらいよいよ食堂で一人、ポツンと昼ご飯を食べるなんて状況になりかねませんよ?」

 

 

 

「う……うぅぅ〜……」

 

 

 

 一転して形成が逆転し、四季様は真っ赤な顔を更に真っ赤にしてぷるぷると震えだした。やがて、

 

 

 

「ま、まぁ今日のところは大目に見ましょう! ただし! 次また同じような事をしていたら覚悟しておいて下さいね!」

 

 

 

 負け惜しみのような言葉を吐いて足早にその場から去って行った。こりゃツッコミじゃなくていじられ気質かなと、彼女の見えない所で苦笑する。

 

 

 

「……ま、たまには素直に忠告を聞こうかね」

 

 

 

 次の休みは読みかけの本でも読むとするか。

 そんな事を考えながら、私は目を閉じて夢の世界へと旅立って行った。

 ……これが、あたいの日常だった。仕事がある日は必死に死者の受け渡しをし、仕事が終わって暇な時やそうでない時、休みの日を見つけては此処でのんびり昼寝する。サボりだなんだと何かしらの理由をつけて私を説教する四季様に見つかったら、彼女の気の済むまでそれを聞いて、たまーに反撃で四季様をいじる。もはやいつも通りと言ってしまっても過言ではない程機械的な「日常」だ。

 彼岸には娯楽がない。本屋と定食屋がまばらにある程度で、酒場も呉服屋も彼岸の何処に行っても見つからないから遊べる所が一つもない。四季様が欲求不満になるのもわからな……いや、あの人には「遊ぶ」よりも「他の誰かに説教したい」って欲求が強そうだね。それでも欲求不満な事には変わりないけど。

 四季様だけにとどまらず、当時の是非曲直庁内は、顔にこそ出さないけどみんな何処となく不満そうだった。言ってみればせき止められた川みたいな状態。濁って、住んでいる魚は水を変えないとそのうちに死んでしまいそうな、そんな感じだ。理由としては二つある。一つはさっき言ったように彼岸に娯楽がないこと。もう一つは……ま、これは追い追い話す事にするよ。じれったそうな顔してるけど、こういうのは後にとっておいた方が、話としても盛り上がるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 みんな退屈そうに日々を過ごしてたけど、あたいは別段なんとも思わなかった。むしろ繰り返す日々に安心すらしてた。そりゃ確かに少し退屈気味だったけど特に欲しい服も本もないし、酒が飲めない程度なら我慢出来ない程でもなかったしね。何よりあたいは、この変わらない日常が結構気に入っていたんだよ。

 そんなある日、四季様のありがたい教えにのっとっていつもの場所で本を読んでいた時、ふと顔をあげると、いつの間にか向こうの方にイーゼルに立てかけられたキャンバスがあった。しかし、描き場所を探しに行ったのか肝心の持ち主が見当たらない。

 あたいはそこに何が描かれているのか気になり、吸い込まれるようにそのキャンバスに近づいた。

 キャンバスには今日の三途の川が描かれていた。薄暗く空を覆う灰色の雲、煙のように揺蕩う白い霧、それと対照するように赤々と鮮やかに咲く沢山の彼岸花。そして岩に寄り添う一人の少女。

 

 

 

「……これ、あたいかな?」

 

 

 

 絵の少女は、彼岸花よりもちょっと淡い赤色の髪を二つに結び、一心不乱に本を読んでいる。その隣に立てかけてあるのは、誰がみても偽物と分かるほどちゃちで大きな鎌。そして、着ている服は支給された死神専用の制服。

 青と白が基調の服は、周りの配色とのバランスを崩すかと思いきや、逆に一つの差し色として絵を引き立て、見るものを惹きつける役割を果たしている。一目見て、この絵を描いた奴は只者じゃないと感じた。

 

 

 

「……僕の絵、気に入りましたか?」

 

 

 

 突然、背後から蚊の鳴くようなか細い声が聞こえた。驚いて振り返ると、ひょろりと伸びた体を覆うように青い着物を着た男が立っていた。

 

 

 

「あぁ、ごめんなさい。別に驚かせる気はなかったんです。次のスポットを見つけて帰って来たら、食い入るように見てたもので。邪魔しちゃ悪いかなって思ってそっと近づいたんです。本当に申し訳ありませんでした」

 

 

 

 そう言って男は深く頭を下げた。

 

 

 

「いや、それはいいんだよ。勝手に見てたあたいにも非があるしね。それよりあんた、あたいが見えるのかい?」

 

 

 

 生きている人には見えないように術を施している筈なのに。

 

 

 

「えぇ。そりゃあもう、はっきりと」

 

 

 

 男は当たり前の事のように答えた。

 おかしいな。男の体全体からは生気が感じられない。初めて見たあたいですら幽霊と感じてしまう程だ。だけど死神の目を通して見ると、こいつは生きている。後五十年は生きられる程に寿命はたっぷりと残っている。

 

 

 

「あんた、幽霊とか、そう言った類のものは見える性質(たち)なのかい?」

 

 

 

 再び質問すると、男は首を横に振ってそれを否定した。

 

 

 

「いえ。妖怪なら腐る程見てきましたが、霊魂とか幽霊とか、そういうのは今まで一度も見たことはありませんね」

 

 

 

 ますますおかしい。霊魂や霊感体質なら見える理由に納得がいくけど、そうでないならどうしてあたいのことが見えるのだろう? 

 

 

 

「じゃあ此処がどこだか分かってるのかい? 此処は三途の川。あの世とこの世の境目なんだよ? 普通の人間は来ちゃいけないんだよ」

 

 

 

「はい。それはなんとなく分かります。ですが、此処に咲く彼岸花の美しさを、是非とも一回描いておきたかったんです」

 

 

 

 事もなげに男は答えた。

 

 

 

「……あんた、頭おかしいんじゃないの?」

 

 

 

「そうかもしれませんね。でも、素晴らしい絵を描けるんならそんな頭なんか捨てますよ」

 

 

 

「……あんた、名前は?」

 

 

 

 そこで初めて男は困った顔をした。

 

 

 

「それが……分からないんです。気がついたらキャンバスとイーゼルを持って立っていて、あてもなく彷徨ってたら此処に着いたんです。自分が絵描きなのは分かるんですが、自分が何者で何処から来たのかは全く分からないんです」

 

 

 

 成る程記憶喪失か。これは相当厄介だな。それなら……よし、決めた。

 

 

 

「……分かった。自己紹介がまだだったね。あたいは小野塚小町。三途の川の渡し守をしているしがない死神さ」

 

 

 

 あたいは本題を話す前に自己紹介をした。それを聞いた時のあいつの顔と言ったら! 青白い顔が更に青くなって、今更のようにがたがた震えだしたんだ。今思い出しても傑作だね。

 

 

 

「え? 死神? ってことは、僕はもう死んで地獄に連れて行かれるんですか!?」

 

 

 

 震える声でそう尋ねるもんだから、あたいは思わず笑っちゃったよ。後で聞いてみたら、絵に夢中であの鎌があたいのだって分からなかったらしいんだ。

 

 

 

「違うよ。あたいは調査するだけさ。間違えて生きている奴を連れて行ったら、雷を落とされるのはあたいなんだ。それだけはごめんだから、あんたの事をしっかり調べて、生きてるか死んでるか分かってから連れて行くかどうか判断するんだよ。簡単な話だろう? エータ」

 

 

 

「わ。分かりました。けど……二つ質問があります。僕は何をすればいいんですか? 後、エータって何ですか?」

 

 

 

「エータってのはあんたの名前さ。名無しの権兵衛じゃお互いやりにくいだろ? お前さんは絵描きだし、男だから単純にエータ。気に入らないかい?」

 

 

 

「いえ、そんなことは……」

 

 

 

「それから、あんたに出来る事は殆どないよ。下手に動かれて彼岸に行かれたらこっちも困るからさ。どうしてもって言うんなら……そうだねぇ……あたいをモデルにしておくれよ」

 

 

 

 あたいの提案に、エータは面食らった顔をした。

 

 

 

「え……それだけでいいんですか? もっとこう、小町さんの助けになれるような、そう言うのは……」

 

 

 

「言ったろ? 下手に動かれて死なれたらこっちも困るって。お前さんが霊魂だったら、周りの人間には姿が見えないし、仮にそうじゃないとしてもそのなりじゃ勘違いされかねないだろ? 足手まといが増えるよりかは何処かでじっとしておいた方が楽なんだよ。それに……気に入ったんだよ。あんたの絵が。あんたの描くあたいの絵が見てみたいんだ。お礼がわりにそれを描いてくれればいいよ。早い話がギブアンドテイクってやつさ」

 

 

 

 どうする? と、私は再度エータに提案を投げかけた。エータは少し考える素振りを見せた後、

 

 

 

「……分かりました。小町さんがいいならそれで構いません。よろしくお願いします」

 

 

 

 と、さっきと同じように深く頭を下げた。

 こうして、あたいの「非日常」は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

「この男がリストの中にないか……ねぇ……珍しいじゃない。小町ちゃん直々の依頼なんて」

 

 

 

 受け取り担当の死神は、(すが)めで眺めていたエータの似顔絵から顔を戻し、再び眼鏡をかけ終えると笑いながらあたいに軽口を言った。

 

 

 

「その言い方は何さね。まるであたいが仕事をしていないみたいじゃないか」

 

 

 

 少しムッとしながら言い返すと、同僚はケラケラと腹を抱えて笑った。

 

 

 

「実際そうだろ? ノルマを終えたらすーぐ昼寝と洒落込むんだからさ。仕事が早いのはありがたいけど、もう少し周りの連中を手伝ってくれたら、上からの評価もうなぎのぼりだよ?」

 

 

 

「分かってないねぇ。あたいは上司に褒められたくて働いているんじゃなくて、その日の日銭を稼ぐ為に働いているのさ」

 

 

 

「よく言うぜ全く……で、この男だけど、今のところ上からの報告は耳にしてないね。他の死神からもそう言うのは聞いてないよ」

 

 

 

「そっか……」

 

 

 

 また空振りか。四季様にも聞いてみたけど知らないって言ってたし、やっぱりあいつは生きてるのかねぇ……

 

 

 

「まぁそう気を落としなさんな。そいつを見つけたのは昨日の今日なんだろ? もしかすると、今日中に俺のところに届け出が来るかもしれないから、そうなったらまたこっちから連絡するよ」

 

 

 

「そうだね。そうしてくれると助かるよ」

 

 

 

 二言三言そいつと言葉を交わした後、あたいは事務課に出向いて同じことを尋ねた。しかし、応対してくれた死神は、名前が分からないと照合が出来ないの一点張りで、ろくな確認が取れなかった。

 

 

 

「全く、事務課の連中は頭が固いって言うか融通がきかないって言うか……もう少し柔軟に対応してくれないもんかねぇ。こっちは忙しい中時間を作って来てるってのに」

 

 

 

 その事をエータにぼやくと、彼は苦笑しながらではあるが同意するように頷いてくれた。

 

 

 

「確かにそうですよね。僕の村役場もそんな感じだった気がします。……って、記憶なくしてる僕が言えた義理じゃないんですけどね……お手数お掛けして本当に申し訳有りません……」

 

 

 

 どんよりとエータの顔が暗く沈んだ。

 

 

 

「いやいや、これ位仕事の片手間にできる事だから、そう気に病む事はないさね。それはそうと……あたいはいつまでこの姿勢を保たなきゃならないんだい? そろそろきつくなってきたんだけど……」

 

 

 

「まだ動かないで下さいよ? あともう少しかかりますから」

 

 

 

 ゆっくりと、丁寧な筆使いでエータは答えた。さっきの暗い表情は鳴りを潜め、今は真剣そうな眼差しでキャンバスを見つめ、絵を描いている。

 一体、何度この問答を繰り返したんだろう? エータに促されて適当な岩場に座り、それっぽいお澄ましのポーズを指示されてから、もう二時間は経っている。その間エータは、なにやられる黒い棒みたいなのでキャンバスに線を描いたり消したりを数十回繰り返し、やっと絵筆を取ったかと思えば同じ箇所を何回も塗り、その度に難しい顔をして首を傾げている。早くて三十分位で終わるかな、なんて甘い考えでこんなポーズを取った自分が、この時凄く憎かったね。

 エータは暫く筆を動かしていたが、やがて大きなため息をついてキャンバスをイーゼルから外した。

 

 

 

「あ、あれ? どうしたんだい? もう描き終わったのかい?」

 

 

 

 面食らって尋ねると、エータはそれを否定するように首を横に振った。

 

 

 

「いえ。納得のいく仕上がりになりそうになかったので、また明日作り直します」

 

 

 

「はぁ? じゃあ、あたいがこの二時間必死にポーズをとってた事は……」

 

 

 

「ええ。全くの無駄になりましたね」

 

 

 

 特に罪悪感を感じさせないその言い方にカチンと来て、あたいはつい言葉を荒げた。

 

 

 

「おいおい、何が『全くの無駄』だよ。二時間もかけてあたいに無理なポーズとらせといてその言い草はないんじゃないか? せめて途中経過でもいいから見せておくれよ。それが礼儀ってもんだろ?」

 

 

 

 さっきまでエータが使ってたキャンバスだって、あたいが彼岸中の文具屋を走り回って買って来たものだ。出来が悪いから見せたくないってのは分かるけど、こうでもしなけりゃあたいが納得しないし、出来ない。

 あたいの物言いに驚いたのか、エータは暫く目を白黒しながらあたいを見つめていたが、やがて何かに気づいたようにハッとし、バツが悪そうに頭を下げて猛烈な勢いで謝り倒した。

 

 

 

「ご、ごめんなさい! その……小町さんの事を全く考えていませんでした! これからはもう少し楽なポーズを指示します!」

 

 

 

 今度はあたいが驚く番だった。

 さっきのエータの雰囲気と今のエータの雰囲気はまるで真逆なのだ。謝罪した時のエータは、最初に会ったあの時のように何処か申し訳なさそうな雰囲気だったが、絵を描いている時のエータはその逆。高圧的で横暴。他人の事なんか知ったこっちゃないって感じだった。相手が自分に合わせるのが当たり前だろみたいな、キャンバスから目を離した時の彼の目には、そんな風に読み取れそうな感情で溢れていた。

 

 

 

「い、いや、大丈夫だよ。次から気をつければいいだけだからさ。それより、早く絵を見せておくれよ。気になって仕方ないんだ」

 

 

 

 再度見せてもらうようにお願いしたが、エータは浮かない顔のまま再び首を横に振った。

 

 

 

「いえ、それだけは出来ません。なんて言いますか……心の奥底で、別の何かがそれを止めている感じがするんです。『納得のいくまで人に見せるな』って。それから……」

 

 

 

 そこでエータは一瞬迷った素振りを見せたが、申し訳なさそうに再び口を開いた。

 

 

 

「これはあくまでも予想なんですけど、僕は人を描く時、その人の細かいところを知らないと描ききれない気がするんです。その人の仕草とか表情、最悪趣味嗜好まで知っていないと、僕はあなたを上手く描けないと思います。まぁ、画家のくだらないプライドとでも思って頂ければ、それで結構ですので……何より」

 

 

 

 こうもモデルがいいと、どう描けばその美しさを表現出来るのか、見当もつかないんです。

 重苦しい口調から飛び出た最後の言葉に、あたいはつい笑ってしまった。

 いやぁ、どんな大切な理由かと思ってたら、最後がこんな理由だったのかって、拍子抜けした瞬間に笑いが込み上げてきてね。いつぶりだろう? こんなストレートに褒められたのは。正直言って、この時は少しだけ嬉しかった。

 そうやって一人で腹抱えて笑っていたら、エータがムキになって尋ねてきた。

 

 

 

「な、なんで笑ってるんですか! 僕は本気で言ってるんですよ!」

 

 

 

「いやぁ……ふふ、ごめんよ。素直に褒められたのが嬉しかったからさ。それじゃあどうするんだい? あたいとおしゃべりするのかい?」

 

 

 

「え……あ、はい。そう、ですね。そうしてくれると助かります」

 

 

 

 さらりと吐くようにあたいが尋ねると、エータは少しだけ驚いたような顔をしてそう答えた。

 

 

 

「ほら、何キョトンとしてるんだい。隣に来なよ。色々教えてやるからさ」

 

 

 

 促すように隣を軽く叩くと、エータは小さく何度も頷き、私の隣にちょこんと座った。

 

 

 

「で、何から聞きたい? ……って、なんだい? その申し訳なさそうな顔は。あたいはもう気にしてないからそんな顔しないの。只でさえ幽霊みたいなんだから、あんたは笑ってる位が丁度いいんだよ。ほら、笑顔笑顔!」

 

 

 

「……ふふっ。そうですね。分かりました。じゃあ早速ですけど……」

 

 

 

 漸く笑顔になったエータにつられて、あたいも少しだけ口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 彼岸の日没は他よりちょっと早いらしい。今の時期、人里の日没時刻が七時半だとすると、彼岸の日没時刻は大体六時。他よりも一時間半は早い計算になる。

 

 

 

「……おっと、もうこんな時間か。随分話し込んじゃったねぇ」

 

 

 

 ふと空を見上げたら、彼岸花より赤い夕日が西の空に傾こうとしていた。見た感じ大体五時半。流石に戻らないと、四季様から雷が落ちてしまう。

 

 

 

「それじゃ、あたいはそろそろ向こうに戻るとするよ。四季様にどやされのだけは嫌だからね」

 

 

 

「そうですね。長い時間付き合わせてしまい、申し訳ございませんでした」

 

 

 

 あたいが伸びをするように立ち上がると、同じようにエータも立ち上がって深くお辞儀をして謝った。今日で通算何回目の謝罪だろう? 少しうんざりしたあたいは、溜息をついてエータの方を向いた。

 

 

 

「なぁエータ。こういう時は申し訳ございませんでしたじゃないんだよ。こう何回も謝られちゃあ、こっちも調子が狂うってもんさ」

 

 

 

「……それでは僕は何と言えば良いんでしょう? 此処まで小町さんに色々してもらって、絵まで完成してないのに、今更申し訳ない以外に何が言えるんでしょうか?」

 

 

 

 こいつと話していて、少し分かった事がある。こいつは変なところで強情なのだ。一度こうと決めたら絶対に曲げる事はない。メンドくさい性格だが、それでも今はとてもいい奴だと思ってる。

 あたいは優しく微笑むと、エータに諭すように言った。

 

 

 

「そう言う時はさ、『ありがとう』って言えばいいんだよ。その方がお互いに気分がいいだろ?」

 

 

 

 その言葉を聞いたエータは、暫くぽかんとしてあたいを見つめていたが、さっき見せたあの笑顔をあたいに向けて、

 

 

 

「そうですね。それじゃあ改めて、今日はありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」

 

 

 

 そう言って頭を下げ、キャンバスとイーゼルを抱えてその場を去っていった。

 その姿が完全に見えなくなってからふぅと一息溜息をつく。

 不思議な奴だ。いや、実際にエータには記憶もないし、それを呼び起こす決定的な手掛かりも見つかってないから不思議だの何だのと言う権限はあたいにはないけど、とにかくあいつはミステリアスな奴なのだ。あの時に見せた横暴な性格は、あたいに質問している間も時折見られていたし、それに無機質な表情も加わって少しだけ怖く感じた。

 かと言ってそれがエータ本来の姿かと言われたら、初めて会った時から見ているあの申し訳なさそうな表情や物言いは何なのかという疑問が浮かび上がる。どちらもエータのような気もするし、どちらか片一方が本物のエータだと思う気もしてしまう。

 

 

 

「……それでも、あの笑顔だけはどっちのエータでも同じだと思うけどなぁ……」

 

 

 

 そう。唯一あいつの笑顔は、あの幽霊みたいな顔色の悪さからは想像もつかない程明るい笑顔だけは、あの冷たそうな性格の時のエータにも、気弱そうなエータにも、どちらにもありそうな予感がした。

 

 

 

「……だめだ。どうにも分かんなくなってきた」

 

 

 

 考える事が苦手なあたいは頭を掻きながらそう呟く。考えれば考えるほど、あいつの正体が靄の中に包まれていく気がして、軽く頭が痛くなってきた。

 ここは一度戻った方が得策かな。そう結論づけて船に向かおうとした時、

 

 

 

「こ〜ま〜ち〜?」

 

 

 

「きゃん!?」

 

 

 

 振り返った先に、黒い笑みを浮かべた四季様が、黒いオーラを纏わせて立っていた。

 

 

 

「貴女の帰りが遅いので様子を見にきて見たら、こんなところで油を売っていたんですね……しかもあんな得体の知れない相手に随分と親しげに──」

 

 

 

「ち、違うんですよ四季様! これはその……あいつの調査であって、決してサボっていたわけでは……」

 

 

 

 今更な言い訳をまくし立てようとしたとき、四季様がクスリと笑った。

 

 

 

「冗談ですよ。貴女があんなに楽しそうな笑顔を見せるのは初めてでしたので、少しからかってみたくなっただけです」

 

 

 

 いたずらっ子のような笑みを浮かべる四季様。なんだか前にいじられた事へのちょっとした報復をされたような気がして、少しだけしてやられた気分になった。

 

 

 

「しかし……あれが小町の言っていたエータと言う男ですか。確かに妙ですね。浄玻璃の鏡に写してみましても何も写ってはいませんでしたし、微かながら生気があります。しかし、霊魂特有の青白い顔、何より小町と意思疎通を取れるのがおかしい……彼と話してみて、何か分かった事はありますか?」

 

 

 

 笑顔をパッと引っ込め、いつもの硬い表情に変わった四季様が、あたいに尋ねてきた。

 

 

 

「何も分かりませんでした。こっちから質問しても、分からないだの思い出せないだので、これと言って有益な情報は一つも……」

 

 

 

 頭を掻きながら難しい顔で答えると、四季様は「そうですか……」と残念そうな顔をした。

 

 

 

「とにかく一度戻りましょう。私も改めて閻魔帳を確認してみます。小町は戻って雑務を片付けたらもう帰ってよろしいですよ」

 

 

 

「え? 本当ですか?」

 

 

 

 ラッキー。今日は早く帰れそうだ。

 

 

 

「本当です。こんなところで嘘をついてもしょうがないでしょう?」

 

 

 

 余程あたいの顔に出ていたのだろう。四季様は呆れたように苦笑した。

 

 

 

「分かりました。じゃあ、済み次第帰りますね。あ、乗って行きますか?」

 

 

 

「そうですね。それでは、お言葉に甘えると致しましょうか」

 

 

 

 四季様が提案を受け入れたのを確認し、出航の用意をしようと歩き出した時、「小町」と、四季様に呼び止められた。

 

 

 

「分かっていますよね? 彼岸の不文律を犯すと言うことは、私だけでなく、他の裁判官にも目をつけられると言うことを」

 

 

 

 試すような目で四季様は尋ねた。あたいは最初、何を言っているのか分からず首を傾げるばかりだったが、質問の意図が分かった時、口から自然と苦笑いが浮かんできた。

 

 

 

「……分かってます。いくらサボり癖のあるあたいでも、流石にそんな危険は犯しませんよ」

 

 

 

「結構です。余計な手間を取らせてしまいましたね。早く彼岸へ向かいましょうか」

 

 

 

 そう言って四季様は満足気な表情を浮かべ、停めてあるあたいの船へ一直線に歩いていった。

 ……どうしたんだろう。いつもなら即答で答えられる事なのに、さっきは一瞬言葉に詰まってしまった。瞬時に判断出来なかった事もあるかもしれないけど、それでももう少し早く答えられたはずなのに……

 

 

 

「何をしているんです? 早く戻りましょう」

 

 

 

 既に船に乗った四季様の呼びかけに引き戻され、あたいは湧いて出てくる疑問を押しつぶし、船に向かって歩み始めた。

 

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