東方悲恋録〜hopeless&unrequited love〜   作:焼き鯖

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片隅の記憶①

 会合や食事会ほどつまらないものはないと、稗田阿求は常々考えていた。

 厳粛な雰囲気の中、静かに食事をする会合や食事会は堅苦しくて苦手だからだ。

 上白沢慧音と共に参加した永遠亭のそれも例外ではない。八雲紫や聖白蓮、豊聡耳神子等、幻想郷の各勢力を招いたこの食事会は、普段の宴会とは違い、酒の類は一切用意されず、皆が広間に集まって人里の様子や今後の計画を報告し合う、食事付きの会議に近いものだった。

 今は八坂神奈子と八雲紫、そして八意永琳が、妖怪の山の状況について語り合っているところである。他の参加者は黙々と出された膳を食べており、特に西行寺の亡霊は幸せそうな顔をしつつ空の膳を高く高く積み上げている。

 その様子を見て、ため息をつく。

 特段宴会が好きというわけではないし、こういうものにも参加しなければならないと割り切ってはいるが、そこは御阿礼の子と雖も年ごろの娘である。最初は良くても、何度も参加すれば飽きは来る。

 とうとう彼女は、具合が悪いと嘘をついて席を外す事にした。出て行く際に慧音が付き添おうとしたが、それを丁寧に断り、縁側に腰を下ろす。

 中庭からの空を見上げれば、丸く輝くお月様が、春の空に穴を開けるようにポッカリと空いている。実に幻想郷らしい風景に再びため息をつきながら、ポツリと呟く。

 

 

 

「いいなぁ……月の兎は気楽そうで」

 

 

 

「あら、実際はそうでもないわよ?」

 

 

 

 振り返ると、腕を組んだ八意永琳が、柱に背を持たれて立っていた。赤と青の二色の服が、どことなく目を引きつける。

 

 

 

「お話の方は大丈夫なのですか?」

 

 

 

「あの白澤先生に頼まれたのよ、心配だから付き添ってくれって」

 

 

 

 隣いいかしら? と一度尋ね、阿求がそれを了承すると、永琳は彼女の横に腰を下ろした。

 

 

 

「……それで、月の兎は気楽で羨ましい……だったかしら?」

 

 

 

 いたずらっぽく尋ねると、阿求はバツが悪そうに俯いた。これはいけないと、永琳は冗談めかして口を開く。

 

 

 

「ごめんなさい。別に貴女を責めているわけではないの。ただ、やっぱり御阿礼の家の子でも普通の子供みたいな事を呟くんだなって思って」

 

 

 

「……それ、少し馬鹿にしてませんか?」

 

 

 

 ジトリとねめつけると、「意外だっただけよ」と、永琳はカラカラ笑う。なんだかうまくはぐらかされたような気がして、阿求は頬を膨らませながら、また空を見上げる。

 

 

 

「まぁ、分からなくもないわ。貴女の場合は特に。そう思うのも無理はないから……」

 

 

 

 理屈の問題ではない。

 稗田の宿命である短命、縁起の編纂、当主としての責任や様々な催し物への参加……やらなければならない事が、この短い人生の中に詰め込まれ過ぎている。

 一応代理を立てたり手伝いを呼ぶ事もあるが、それでも年頃の娘らしい楽しみは殆ど出来ていない。親友である鈴奈庵の娘のそれと比べれば、その差は明らかだろう。

 加えて先代、先先代と脈々と続く記憶や周囲の無意識のプレッシャーもある。彼女の小さな肩に乗りかかる重圧というのは、常人の想像の域を超えるほど重い。

 なればこそ、彼女が月の兎を思い、そう呟くのも無理はない事なのだ。

 それを分かっているから、八意永琳は月を眺め、真摯に答える。

 

 

 

「私から一つ言えるのは、月の兎も楽じゃないって事よ。基本的にはみんな気楽に暮らしているわ。けど、あの子達は基本的には奴隷。有事の際は月の都の住人に変わって戦うようになってるし、扱いは良いとはいえ、穢れを纏うとして一部の貴族から迫害される事もあるのよ」

 

 

 

「……それでも、彼等はやっぱり自由じゃないですか、私みたいに生き急いでないじゃないですか。それだけでも羨ましいですよ」

 

 

 

 月を見ながら、それでも寂しげに呟く阿求に、永琳はそれ以上何も言えなかった。重苦しい沈黙の中を、春の風が通り抜けていく。

 

 

 

「……阿求嬢、具合はどうだ?」

 

 

 それを破ったのは、上白沢慧音であった。満月にしか出ない角と共に心配そうな声色で、襖の先から覗き込んでいる。

 

 

 

「はい、幾分か良くなりました」

 

 

 

「なら良かった……いや、そろそろお開きにしようという事だから呼びに来たのだが……中に戻って頂いてもよろしいだろうか?」

 

 

 

「分かりました。すぐに戻ります」

 

 

 

「承知した。かたじけないが永琳殿、もう少し付き添って頂けないか?」

 

 

 

「えぇ、構わないわ」

 

 

 

 では、と襖が閉められる。それを合図に阿求はゆっくりと立ち上がって、ぺこりと頭を下げて謝罪をした。

 

 

 

「……ごめんなさい永琳さん。私の管巻きに付き合って頂いて」

 

 

 

「良いのよ。またゆっくり、話しましょう」

 

 

 

 永琳もまたゆっくりと立ち上がって労うように声をかける。応じた阿礼乙女はどこか儚げな笑顔を浮かべ、同じようにぺこりと頭を下げて座敷の中へと戻っていった。

 思わず永琳は哀れに思ったが、すぐにそれを打ち消した。宿命を受け入れようともがいている少女を哀れむのは筋違いだし、何より身勝手であると気がついたからだった。

 まだ月人の癖が残っているのかと心中で自嘲し、永琳は彼女の後を追う。

 雲一つない空に、流れ星が一つ流れて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 寿命を憂う阿求ではあるが、その生活というのは意外にも不規則であった。

 まず彼女は朝に弱い。午前八時に使用人が起こしに来ても中々布団を離さず、やっと体を起こしても頭が働くのは朝食を食べてから三十分後である。その間は髪もボサボサ、寝間着の白襦袢も乱れたままで直さない事が多い。

 では、夜はどうかと問われれば、これもまた悪い。書き残した縁起やその他歴史書の執筆もあるが、特にアガサクリスQ名義としての小説は、使用人が寝静まった深夜にしか書けない。そのため、床につくのはどうしても二時や三時と遅い時間となる。阿求の事をよく知る小鈴からも「このままだと使用人さんに愛想尽かされるよー?」と、半ばお節介をかけられている状況である。

 阿求としても、自身の健康のためにこの生活習慣を変えたいと常々思っているが、稗田の責任がそれを許さない。その度に彼女は頭を抱えて悩むことになり、その悩みがまた彼女の目を冴えさせる。悪循環ではあるが、どうせ自分は短命であるから、こんな生活も悪くないと半ば諦めに近い感情を抱いているのもまた事実だった。

 そんな、何の変哲もない朝の事。

 

 

 

「……阿求様、起きてください。阿求様」

 

 

 

 使用人が阿求を起こしたのは、いつもより少し早い午前七時半だった。

 こんな時間に何事かと、眠い頭で考える。それでも布団はがっちりと離さず、呻きながら寝返りをうって細やかな抵抗を試みる。

 

 

 

「起きてください。ご友人がお見えになられてます」

 

 

 

「どうせ小鈴でしょう……しばらく待たせて下さい。私はもう少し……」

 

 

 

「いえ、小鈴様ではございません。翠嵐様でございます」

 

 

 

「……えっ、翠嵐?」

 

 

 

 むくりと起き上がって、そう尋ねる。

 

 

 

「はい。玄関でお待ちになっておりますので、準備が整い次第すぐにご対応します。まずは髪をお直し致します」

 

 

 

 言われるがままに布団から出ると、すぐに使用人が布団を片付け、阿求の髪を整えはじめる。ボサボサだった紫色の髪が見る見る間に梳かされ、一輪、大輪の花が咲く。

 いつもの服に着替えて、玄関の前に立つ。それでもまだ、頭は完全に回りきっていない。

 カラカラと扉が開くと、目の前に鮮やかな緑色の髪を持った、ブレザー姿の妖怪兎が現れた。

 

 

 

「久しぶりだな! おはよう!」

 

 

 

 早朝とは思えない程大きく元気な声が、阿求と使用人の耳を通り抜けていく。

 これがスラリとした好青年だったらある程度は絵になるだろうが、残念ながらその背丈は阿求と同じかそれより少し低い。

 だから彼の挨拶は、阿求にとっては寺子屋の子供を見ているようだった。せっかくのブレザーも、まるで冠婚葬祭に出るために着ているように思える。

 ポカンと、阿求はその男の子を見つめた。

 

 

 

「おいおい、まだ寝ぼけてるのか? 今日はいい天気だぞ! ぼーっとするのもいいけど、こんな日は外に出なくちゃ!」

 

 

 

 春の陽気とは似ても似つかない、夏の日差しを思わせる笑顔が、阿求に向けられる。

 

 

 

「さぁ、行こう! 今日は久しぶりだし──」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 

 

 このままだと流されてしまうと悟った阿求は、慌てて待ったをかけた。

 

 

 

「えっと……貴方が……翠嵐、なのですか?」

 

 

 

 尋ねると、目の前の子兎が、ポカンと阿求を見つめ、呆れたようにため息をついた。

 

 

 

「おいおい……俺たちは昔からの幼馴染だろ? そりゃ……しばらく会ってなかったけど、見てくれも変わっちゃないし、正真正銘、俺は翠嵐だ。お前が先代の時から人里に住んでる、幼馴染の兎だよ」

 

 

 

 これでどうだと、妖怪兎は阿求を見つめる。それを受けた阿求は、眠い頭を抱えて、記憶を辿る。

 辿り辿って辿った記憶の底、彼女がまだ阿八であった齢六歳の頃の中に、同じように輝く笑顔の緑髪兎がそこにいた。

 

 

 

「あー! 思い出した! あんた翠嵐じゃない!」

 

 

 

「やっと思い出したか。相変わらずお前は朝に弱いなぁ」

 

 

 

 顔を片手で覆い、再び呆れたため息をつく翠嵐。それとは対照的に、今度は阿求が翠嵐に尋ね返す。

 

 

 

「翠嵐こそ……今まで何処に行ってたのよ! 突然いなくなったりして! 心配したんだから!」

 

 

 

 声に若干の怒気がこもるのも無理はない。

 この翠嵐という妖怪兎は、先代御阿礼の子である阿八が二十の時分にその姿を消している。あまりに突然の失踪であったためか、掘り起こした記憶の中に、そこからの彼の記憶が一切ないのだ。

 人間でありながら彼に想いを寄せていた阿八は、この出来事に大変なショックを受け、そこから数ヶ月体調を崩して寝込んでしまった。なんとか回復したものの、彼女はその後お見合いを通して結婚するまで、男に誘いを断り続けている。

 そうして時が経ち、阿八から阿求に代替わりして、またも突然の再会である。自分を放り出した男に一言言いたくなるのは当然だろう。

 

 

 

「私は……先代御阿礼の子は、ずっと、翠嵐の帰りを、待ってたのよ?」

 

 

 

「……ごめん。この前まで、ずっと外の世界に行ってたんだ……いつか帰ろうとは思ってたけど、タイミングが中々なくて」

 

 

 

 少し申し訳なさそうに翠嵐は顔を伏せる。

 

 

 

「謝るなら先代に謝って。今、私は()()だから、私に謝られても困るわ」

 

 

 

「うぐっ……その突っぱねる物言いも相変わらずだな……」

 

 

 

「……だけど」

 

 

 

 ふわりと、阿求の体が浮いた。その体は一直線に翠嵐の元へ飛び込んでいく。

 不意打ちに翠嵐は目を見開いたが、それでも力強く、さりとて折れてしまわないよう優しく、絶妙な力加減をもって阿求を受け止める。少しよろけたが、それでもしっかりと彼女を抱きとめる。

 

 

 

「あんたが無事で……本当に良かった……」

 

 

 

 溜まっていたものが吐き出されるように彼女は呟く。安心した彼女の目尻が、朝の光を受けてキラリと反射した。

 

 

 

「……本当にごめん。許される事じゃないけど……今の俺にはこうする事しか出来ないから……」

 

 

 

「……まぁいいわ。こうして元気に顔を見られただけでもよしとしましょう」

 

 

 

 憎まれ口を叩きつつ、阿求は翠嵐から体を離す。名残惜しそうな顔に気づかない振りをしながら、阿求は再び翠嵐に尋ねた。

 

 

 

「……で、アンタが毎度突然来るのはいつも通りだと納得するとして、何だってこんな朝早くに来たのよ」

 

 

 

「そりゃあ……久し振りに帰って来たし、阿求と一緒に里の散策でもしようかなって」

 

 

 

 あまりにも短絡的な発想である。思わず阿求は重い溜息をついた。

 

 

 

「あのね、外の世界に行ってたから貴方は忘れているかもしれないけど、里のお店は九時から始まるの! 今何時か知ってる? 七時半過ぎよ!」

 

 

 

「じゃあ朝御飯食べてから行こう。俺、待つのは慣れてるし、何だったら召使いさんの手伝いをやってもいいから」

 

 

 

「そうじゃない! それに、私はこの後も執筆があるの! アンタの気まぐれに付き合ってられるほど私は暇じゃ……」

 

 

 

「はぁ? ちょっと待て。前に仕事のやり過ぎは良くないから、週に一回くらいは休むって俺と約束しただろ。もう忘れたのか?」

 

 

 

「勝手な事を言わないで頂戴。私はそんな約束した覚えは──」

 

 

 

「いーや、言ったね。俺は覚えてる。よく思い出してみろよ。俺、お前に確かにそう言った筈だぜ?」

 

 

 

 じっと見つめ返され、再び阿求は記憶を辿る。確かに先代が十歳の時にそういう約束を交わした記憶はあるが、今は今で事情が違う。

 だが、目の前の兎はそんな事は知らぬとばかりに首をかしげ、いかにもそれが正しいと言いたげな自信たっぷりの目で見つめている。

 先に折れたのは言うまでもなく。

 

 

 

「……はぁ、すぐに貴方の分の朝御飯も用意させます。その後で里の方へ行きましょう」

 

 

 

「よっしゃ! 阿求のそう言う所、嫌いじゃないぜ!」

 

 

 

 これ見よがしに褒める翠嵐を軽くあしらい、阿求は使用人と共に屋敷へと戻る。「おい! 置いてくなよ!」と翠嵐の声が後を追うが、それも聞こえないふりをして黙殺した。

 不思議と、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

「いやー美味しかったー! 相変わらず、お前ん家の料理は変わらないな!」

 

 

 

「当たり前です。先祖の頃から続いた伝統のレシピですから」

 

 

 

 朝食を済ませた二人は、そんな軽口を叩きあいながら大通りを並んで歩く。時刻は既に九時を過ぎており、一部の商店では活気のある客寄せの声が聞こえる他、寺子屋に通う元気な子供達の声も聞こえてくる。

 桜はもう散ってしまったが、春の陽気に違わぬ明るい風景であった。

 

 

 

「……それで、翠嵐は何処に行きたいの?」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

「え? じゃないわよ。まさか全く決めてないとか言わないでしょうね?」

 

 

 

「えーっと……」

 

 

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら、翠嵐は言葉に詰まる。この時点で何も考えていない事は明白なのだが、敢えて阿求はそのままねめつける。

 やがて困ったように笑いながら、翠嵐は頭を掻いた。

 

 

 

 

「ごめん、あまりに久しぶりなものだから、何処に行けばいいか分かんないや」

 

 

 

 あはははと笑う翠嵐を尻目に、阿求は変わらず歩を進める。反応を見た時点で、彼女の行き先は既に決まっていた。

 

 

 

「あの……阿求?」

 

 

 

「私達が通った寺子屋。まずはそこに行きましょう。慧音さんに頼めば見学くらいは許してくれるでしょうし」

 

 

 

「寺子屋……あぁ、あそこか! 慧音先生まだ担任やってるんだぁ……なんだか楽しみになってきたな!」

 

 

 

 懐かしむような声色の翠嵐に微笑み返し、二人は寺子屋に向かう。

 二人が到着した時には、既に寺子屋は登校して来た子供達で賑わっていた。教室には子供たちのはしゃぐ声で満たされたその活気は、弾幕ごっこに興じる妖精にも負けていない程のパワーに満ちていた。

 カランと下駄を響かせ教室を覗けば、騒がしい子供たちを静かにさせるために必死に呼びかけている上白沢慧音の姿があった。

 

 

 

「うわぁ……相変わらず忙しそうだなぁ……」

 

 

 

 その様子を見て、翠嵐は冗談めかした声色で慄く。すると、気配に気がついたのか、慧音がこちらの方を向き、バタバタと慌てて戸を開いた。

 

 

 

「おや、阿求嬢! どうしたんだこんな朝早くに!」

 

 

 

「おはようございます。慧音先生。えぇ、私ももう少し寝てたかったのですが……そこの馬鹿兎がどうしてもって言って聞かなくて……」

 

 

 

「へへへー……慧音先生、お久しぶりです!」

 

 

 

 阿求の後ろから、翠嵐がひょっこりと顔を出す。しかし、当の慧音は首を傾げるばかりで、翠嵐は少し語気を強めた。

 

 

 

「ちょっとちょっと、慧音先生忘れたのか? 俺だよ! 翠嵐だよ! いっつも先生にいたずらしてただろ?」

 

 

 

「何? 翠嵐だと? もしかして、悪童ウサギの、あの翠嵐か?」

 

 

 

「そうさ! 思い出してくれて嬉しいよ! 先生!」

 

 

 

 ニパッと嬉しそうに微笑む翠嵐に、一瞬だけ慧音はたじろいだものの、すぐに懐かしむような表情に切り替わった。

 

 

 

「いや、すまなかったな。少しだけ思い出すのに時間がかかってしまったよ」

 

 

 

「そんなこと言ってー、本当は忘れてたんでしょー? 先生も歳だしー」

 

 

 

「こら! 相変わらずお前はそんなことを言って! また私の頭突きを食らいたいか!」

 

 

「ちょっ! 先生そりゃないよー!」

 

 

 

 怒られてわざとらしく泣き真似をして見せる翠嵐。思わず阿求は吹き出し、笑い出してしまった。それにつられて、翠嵐も慧音も笑い出す。

 

 

 

「……おっと、要件がそれてしまったな。阿求嬢、今日ここに来たのは見学のためか?」

 

 

 

「はい、一時間だけでもいいので見学させていただければと思って……」

 

 

 

「あぁ、構わないぞ。じゃあ子供たちにも説明しなければいけないな。ちょっと前に出てきてもらってもいいか?」

 

 

 

「はーい! 慧音先生の頼みとあれば!」

 

 

 

 意気揚々と靴を脱ぎ、教室に上がる翠嵐に続き、阿求もまた教室に上がる。そのまま教団の前に立たされた二人を子供たちは興味津々に見つめており、翠嵐だけでなく、流石の阿求も居心地悪くもじもじとしてしまう。

 

 

 

「みんな、突然だが今日はお客さんが来たぞ。稗田家の九代目、稗田阿求と、ここの卒業生の翠嵐だ。みんなが頑張ってるところを見るから、しっかりと授業についてくるようにするんだぞ」

 

 

 

「阿求です。今日はよろしくお願いします」

 

 

 

「みんなおはよう! 卒業生の翠嵐様だ! 居眠りしてないかしっかりチェックするからなー? みんな覚悟するように!」

 

 

 

「あんたはその居眠りする側だったでしょうが!」

 

 

 

 調子に乗った発言をする翠嵐に、少しきつめな突っ込みをする阿求。それを見た生徒たちも、緊張がほぐれたのか皆大きな声で笑う。どうやら子供たちもまた、里の有名人と見知らぬ卒業生がいきなり現れたので警戒していたらしい。

 

 

 

「さー、授業始めるぞ! お兄さんお姉さんはしっかり見ているから、質問とかは休み時間に思う存分聞きなさい!」

 

 

 

 はーい! と、子供たちが返事をしたのを皮切りに、阿求と翠嵐は教室の後ろに回り、授業が始まる。

 一限目は国語だった。竹取物語の一節である、輝夜姫が月に帰るシーンを、子供たちはたどたどしくも読み進めていく。

 本物の輝夜姫がいるこの幻想郷で外の世界の竹取物語とはと、阿求はクスリと、気づかれぬように笑う。同じ兎である翠嵐も、似たような事を考えているかもしれないと顔を向ける。

 

 

 

「ふふ、幻想郷流の竹取物語を作ったらどうなるのかしら? ねぇすいら──」

 

 

 

 こっそり盗み見た翠嵐の顔は、霜が降りたように凍りついていた。

 目はカッと見開かれ、口は真一文字に固く結ばれている。拳はギリリと強く握られ、微かながら息も荒い。

 まるで、復讐の鬼に取り憑かれ、今にも誰かに殴りかかりそうなものをなけなしの理性で必死に抑えているような、静かながらも確かな怒りがフツフツと沸き立っている状態であった。

 

 

 

「──翠嵐?」

 

 

 

 初めて見る翠嵐のその表情に、阿求は最初気圧されたような感覚に陥り、半歩と少しながら後ずさった。が、すぐに気を取り直し、緑髪の兎の名前を呼ぶ。

 すると、彼はハッとして「何?」と尋ね返した。その姿に先ほどのような阿修羅の如き怒りはなく、楽天的ないつも通りの翠嵐であった。

 

 

 

「あ……えっと……」

 

 

 

「こらー翠嵐。まーたお前は阿求を困らせているのかー?」

 

 

 

 タイミングよく、慧音の割り込みが入り、それに翠嵐が反応した。

 

 

 

「ちょっ! 慧音先生、俺は何もやっちゃいねーよ!」

 

 

 

「嘘つくなー。お前が阿求をからかって私が怒るまでがワンセットだったはずだろー?」

 

 

 

「いや知らねーよ! 横暴だろそれ!」

 

 

 

「じゃあなんだと言うんだー?」

 

 

 

「それは……っ」

 

 

 

 ──阿求が可愛くて見惚れてたんだよ! 

 

 

 

 翠嵐が叫んだ後の、一瞬の沈黙。

 弾けるように、教室が笑う。生徒が、慧音が、翠嵐さえもつられて笑う。いつぞやの阿礼乙女の時の懐かしい記憶が、水底から生まれる泡のようにゆっくりと、湧き上がっていく。

 阿求も、同じように、この中にいる全員と同じように笑った。

 上手く笑えていたかは、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

「ありがとうございました。慧音先生」

 

 

 

「これくらいはお安い御用さ。子供達も喜んでくれたようだし、また来てくれたら歓迎するよ」

 

 

 

 阿求は慧音に挨拶すると、翠嵐を促して寺子屋を後にする。当の翠嵐は「また来るぜー!」と手を目一杯振って、名残惜しむ子供達に別れの挨拶を交わしている。

 あの後、結局子供達の質問責めにあった二人は、なし崩し的に次の授業も見学することになった。二限目は算数だったが、真面目に聞いていた阿求とは対照的に、立って、しかも目を開けたまま眠るという離れ業を披露した翠嵐。

 無論、お仕置きのチョークが飛んで来たのは言うまでもなく。ただ、これをキッカケに子供達に慕われ、この技のコツを伝授しようとして慧音から頭突きをもらい、再び笑われたのはまた別の話である。

 

 

 

「一限だけかと思ってたけど……結構居座っちゃったな」

 

 

 

「えぇ、誰かさんのおかげでね」

 

 

 

 でも、楽しかったわと、澄まし顔で阿求は答える。素直じゃねーなと茶化す翠嵐に肘鉄をかましつつ、空を見上げて思案する。

 

 

 

「すっかりお昼ね。どうする? どこかでご飯でも食べる?」

 

 

 

「うーん……それもいいけど……そうだ」

 

 

 

 翠嵐は近くにあった定食屋に目をつけると、ちょっと待っててと中に入っていった。数十分ほどして、丁寧に包まれた割子を持って帰ってくる。

 

 

 

「へへ、おばちゃんに頼んで弁当作ってもらったぜ! これもってさ、俺らの秘密基地で一緒に食べよう!」

 

 

 

「ひ、秘密基地? 馬鹿言わないでよ。そんなの私知らないわよ?」

 

 

 

「はぁ? いやいや。お前それも忘れちまったのかよ。ほら、あそこの山のちょっと高いところに、俺と阿求で作ったじゃないか」

 

 

 

 そう言って彼は妖怪の山を指さし、阿求をじっと見つめる。仕方なく阿求が記憶を辿ると、これまた先代のころ、天狗にも里の人間にも見つからないちょうど中間の小高い場所に、これまたちょうどいい洞穴があり、偶然それを見つけた翠嵐が秘密基地にしている。

 

 

 

「確かにあったけどさ……もう何百年と昔の話よ? 残ってるわけないじゃない」

 

 

 

「残ってなくてもいいさ。こういうのは気分が大事だろ? そうと決まれば善は急げだ! 時間は待ってくれないぞー!」

 

 

 

「ちょっと!」

 

 

 

 阿求の手を握りしめ、妖怪の山へと駆けていく翠嵐。彼女の咎める声すらも風に溶かし、彼は里を抜け、山へ入り、秘密基地へと歩を進めていく。

 里がある程度一望できるところまで来たところで、翠嵐は足を止め、阿求の手を離した。ずっと握っていた上に里から走り通しだったため、手のひらは汗でべちょべちょに濡れていた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……ちょっと翠嵐……一体どういう……」

 

 

 

「ほら! 見てみろよ阿求!」

 

 

 

 息も絶え絶えな阿求をよそに、翠嵐は興奮気味に阿求を促す。呼吸が正常に戻るまで数分。ようやく落ち着いた阿求は、誘われるがままふもとを覗く。

 

 

 

「わぁ……!」

 

 

 

 眼下に広がったのは、いつも見慣れた里の、なんとも小さく、それでいて雄大な姿だった。寺子屋も、屋敷も、先ほどの定食屋も、まるでミニチュア大にまで縮小されたかと思うほど小さくなった街並みに、里の人間がさながら自動人形(オートマタ)のように規則正しく動き回っている。

 いつか見たオペラ劇の本を思い出しながら、阿求は更に景色を見渡した。周囲を森と畑に区切られた箱庭から目線を外せば、同じくらいの高さにあるはずの博麗神社が、周りから切り離されたようにぽつんと建っていたし、空を仰ぎ見れば、どこまでも続いていきそうなほどに底がないと思わせる快晴である。

 この世の全てが自分のものだと錯覚させるほどに、景色はどこまでも続いている。

 普段見ている世界を、鳥になった気分で見つめた阿求は、誰とも知らずに感嘆のため息をついた。

 

 

 

「阿求、ほいお弁当。おばちゃん奮発してくれたってさ!」

 

 

 

 そう言って翠嵐がお弁当を渡し、彼女の隣に腰を下ろす。「うおー! うまそー!」と大声を上げる彼にクスリとしつつも、割子を丁寧にはいだ。中の弁当は鳥めしととり天という、鳥尽くしの内容だった。

 

 

 

「うめー! なぁ阿求! これうめーよ!」

 

 

 

「そうね……まあまあってところかしら」

 

 

 

 翠嵐が調子に乗るのが少しだけ癪だから、阿求はわざとそっけなく答える。翠嵐は尚もカラカラと笑いながら鳥めしをかき込んでいく。

 そうして弁当を食べ終えた二人は、何を話すわけでもなく、ただぼーっと景色を眺めていた。たまに吹く柔らかなそよ風が実に気持ちいい。

 

 

 

「……ねぇ」

 

 

 

 少し時間が経って、阿求はかねてから疑問に思っていたことを尋ねる。

 

 

 

「覚えてる? 私、ここで貴方に告白したの。二十の時だったかしらね。山のお祭りが終わった後、顔真っ赤にして、破裂しそうな心臓を抑えながら貴方を待ってたっけ」

 

 

 

 訥々と語る阿求とは裏腹に、翠嵐は何も言わない。ただ黙って、里の方を見つめている。

 

 

 

「返事を待つのはすごいドキドキしたわ。時間が何時間も引き延ばされてる感覚ってこう言う事だったんだって、今でもはっきりと覚えてる。そうして出た答えは……『嬉しいよ、阿求』」

 

 

 

 嬉しくて死んでしまいそうだったわ。と、阿求は嬉しそうに言い切った。

 

 

 

「だってそうじゃない? ずっと思い焦がれてきた相手とやっと結ばれたんですもの。そう思うのも当たり前でしょう?」

 

 

 

 だからこそ────

 

 

 

「貴方がいきなり消えた時はショックだったわ。だって、貴方言ったわよね。『山の祭りの時まで、もう少し待っててほしい。俺から告白して、阿八を幸せにする』って。私、何年待ったと思う? 六年よ、六年。結局私、待てなかった」

 

 

 

 言葉に段々と棘が出始めてきた。声も悔しさからなのか震えてもきている。

 

 

 

「それが……それがよ、先代がなくなった今になって……こうしてノコノコと出てくるなんて! 遅いのよ! アンタはいつも! ずっと悔しくて! アンタのことをずっと恨んで!」

 

 

 

 いつの間にか、阿求は泣いていた。待ちきれなかった自分に対する怒り、その自分を裏切った翠嵐に対する恨み。それら長年の感情が全部混ざり合って、彼女の涙はとどまることを知らなかった。

 

 

 

「だけど……今日、アンタと一緒に居て、そんな気持ちも吹き飛んだわ。やっぱり私、今でも貴方が好き。ねぇ、翠嵐。今度は、今度こそは、私のそばをはなれないでくれる?」

 

 

 

 懇願にもよく似た阿求の言葉が、さながら銃口のように翠嵐に向けられる。それは一見すると再びの告白に見えるが、一度裏切られた彼女からすれば、これは最後の宣告に近いものだった。

 今まで黙っていた翠嵐が、ここで口を開く。

 

 

 

「俺……さ、分かってたつもりだったんだ。阿求は人間だから長くは生きられないって。でも、戻れなかった。予想以上に仕事が長引いたこともそうだけど……もう少し長く生きると思っててさ。俺は妖怪だから年をとるのは慣れてるし、しわくちゃな阿求も愛せるって自信があったからさ」

 

 

 

 だけど……と、翠嵐は目を伏せる。

 

 

 

「まさか阿求が、もう死んでるとは思わなかった」

 

 

 

「当たり前じゃない。私の一族は長くても30歳くらいまでしか生きられないのよ? 知らなかったの?」

 

 

 

「そう……だから、いいのかなって」

 

 

 

「何がよ」

 

 

 

「俺で本当にいいのかなって。俺、こんなんだし学もないから、阿求のこと困らせるかもしれなくて。それだったら……」

 

 

 

「勝手なこと言わないで!」

 

 

 

 叫び阿求は立ち上がった。尚も顔を伏せる翠嵐に、彼女は再び思いの丈をぶつける。

 

 

 

「確かにあんたは馬鹿よ! すぐ寝ちゃうし空気は読まないし! 遅刻はするしいつも勝手だし、考えなしに突っ込むところなんかはアンタの悪癖よ! でも! アンタは同い年の友達がいなかった私に、初めて声をかけてくれた! それだけでも私は嬉しかった!」

 

 

 

「そんな事……あったんだ」

 

 

 

「当たり前よ! 今でも覚えてるんだから! 稗田の記憶力を舐めないで! アンタのいいとこなんか他にいくらでも思い出せるわ! 悪い事全部が霞むくらいにね! だから……そんな自信なさそうな顔しないで! アンタらしくないわそんな顔!」

 

 

 

「だけど……僕は……」

 

 

 

 パァン! 

 翠嵐の顔に鋭い痛みが走った。右頬がだんだんと熱くなる感覚がじんわりと伝わってくる。

 頬を張った主は、息を荒くしながら叫ぶ。目尻には涙が溜まっていた。

 

 

 

「何? まだ煮え切らないってわけ? そんな事を言うならもういいわ! ここから飛び降りて死んでやる!」

 

 

 

「おいちょっと待て!」

 

 

 

「待たない! だって私はもう十分待ったんだもん! これ以上待たせないで! 私はもう貴方を受け入れる準備は出来ているのよ! 後はアンタの『はい』だけでいいの! アンタは……私や先代の心を……また裏切るつもりなの?」

 

 

 

 ハッと、翠嵐が目を見開いた。そのままスックと立ち上がって、尚も隣で喚く阿求を見つめる。

 

 

 

「……分かったよ阿求。俺、今度こそ覚悟決める。今度は絶対に離れない。離さない。俺がずっと阿求のそばにいる。だから────」

 

 

 

 言いかけたその時、阿求が思いっきり翠嵐に抱きついた。「わぷ……!?」と、体から後方に傾く。崖側に近い場所ではあったが、なんとか安全な場所に倒れる事が出来た。

 

 

 

「遅いわよ……馬鹿ぁ! いいに決まってるじゃない! やっと貴方と一緒に入れるんだもの!」

 

 

 

 泣きながらも阿求は笑顔を向けた。長く募った想いが今日、やっと花開いた。

 

 

 

「ごめんなさい……阿求さん」

 

 

 

 申し訳なさそうに呟いた翠嵐の言葉は、なおも嬉し泣きを続ける阿求には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

「……やはり妙だ」

 

 

 

 人が誰もいなくなった寺子屋。その職員室で、上白沢慧音は確信した。

 机に広げているのは、ここ数百年分の生徒の卒業アルバムと出席簿である。河童と烏天狗に協力を仰ぎ、毎年三月になると、卒業生を呼んで写真を撮る。

 

 

 

「今までのアルバムは全部見た。歴史だって辿れるところまで辿った。だと言うのに……いない」

 

 

 

 翠嵐という妖怪兎だけの歴史が、最初からなかったかのように消えている。

 違和感を覚えたのは、朝の寺子屋で『久しぶりに』出会った時だった。

 様々な歴史を覚え、操り、編纂する事が出来る慧音にとって、今まで出会った人物を覚えることなど造作もない事である。

 しかし、今朝の翠嵐だけは違った。過去に出会ったという歴史がない。ましてや寺子屋の生徒であったこともない。

 だというのに、翠嵐と名乗る何かは、慧音が自分の事を忘れたと言う。咄嗟に嘘をでっち上げて怪しまれないようにしたが、生徒が帰ってあるだけの資料を漁ってみても、翠嵐という名前の生徒はいない。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 このような情報から、慧音は稗田の家柄を利用するために翠嵐が催眠をかけた可能性が高いと踏んだ。だが、当の阿求だけでなく、寺子屋の子供達や妖精、ある程度妖力のあるチルノや橙も疑っていない。まるで、今まで本当に翠嵐という妖怪が存在していたと誰もが思っているようだった。

 だからこそ、慧音一人がいないと騒ぎ立てた所でなんの意味もない。これがまやかしだと証明するには、もう一人の協力者が必要である。だが、その協力者も、ここまで多くの人が信じている以上探すのは困難を極める。

 

 

 

「なんという事だ……このままでは人里だけじゃなく、 幻想郷に被害が及ぶ可能性もある! しかしどうすれば……」

 

 

 

「フフフフ、お困りのようね。慧音センセ?」

 

 

 

 八方塞がりかと思ったその時、頭上から降って湧いたように声がした。妙に余裕ぶったその声の先を見上げれば、いつもの導師服に身を包んだ幻想郷の賢者が、スキマに腰を下ろしていた。

 

 

 

「……私は今忙しいんだ。無駄話なら他をあたってくれ」

 

 

 

「つれないわねぇ。貴女は相変わらず頭が固いのよ。だから……」

 

 

 

「他をあたってくれと言っているんだ!」

 

 

 

 バンッ! と慧音が机を叩く。

 

 

 

「今回の事は最悪幻想郷に大きな危機をもたらすかもしれない。それはお前も承知のはずだろう? このままでは滅亡だってあり得るんだ! 人里の守護者として……いや、一幻想郷の住人としてもそれは避けねばならん! お前がそれに対してどう思っているかは知らんが、一刻も早く手を打たねば……」

 

 

 

「はいっ」

 

 

 

「むぐっ!?」

 

 

 

 慧音の必死の叫びを阻止したのは、賢者が口に突っ込んだあんこ団子だった。つぶあんの優しい甘さが口いっぱいに広がる。

 

 

 

「んぐ……何するんだ! いきなり串団子を突っ込んで! 喉に刺さったらどうする──」

 

 

 

「慧音センセ、貴女はこの状況に対し、焦って無謀な事をしようとしているわ。まずは落ち着いて、状況を整理するの。まずは相手の能力。貴女は催眠をかける能力だと思っているけど、それはちょっと違う。催眠よりももっと強力で、直接的なものよ」

 

 

 

「催眠よりも強力で直接的……もしかして、暗示か?」

 

 

 

「正解よ。もしそうなら、まだ手はあるわ」

 

 

 

「何! 本当か!? それなら……」

 

 

 

「でも、私の口からは教えなぁい」

 

 

 

「な……そんな殺生な!」

 

 

 

「だってそれだとつまらないでしょ? こういうのは自分で考えてこそですもの。それに、私もそろそろ時間だわ。行かなくちゃいけないところがあるの」

 

 

 

「行かなくちゃいけない……場所?」

 

 

 

 慧音が尋ねると、賢者は扇子で口元を隠すと、意味ありげに振り向いてこう言った。

 

 

 

「貴女……稗田阿八とも親交があったわね。あの子、二十歳の時に妖怪の山のお祭りに行ったそうよ。それも、そこで誰かに告白したとかなんとか」

 

 

 

「え……」

 

 

 

「さ、私の話はこれでおしまい。後は自分で考える事ね」

 

 

 

 期待していると言いたげに目を細めると、そのまま彼女はスキマの奥に消えていった。後に残った慧音は、顎に手を当てて考える。

 

 

 

「妖怪の山で……? あの阿八殿が……? そんな話一言も……それに妖怪の山の祭り……もしかして……!」

 

 

 

 何かに気づいた慧音は、あるものを探して納戸を漁った。何ぶん数百年も前の事だから、もしかするとなくしたか捨てるかしてもう残ってないかもしれなかったが、それでも慧音は必死になって探した。これが阿求を助けるカギになるかもしれないと考えたからだ。

 

 

 

「……あった!」

 

 

 

 そうして探すこと数分して、慧音はついにあるものを見つけた。そこに写っているものを見て、慧音は確信を深める。

 

 

 

「だとすると……」

 

 

 

 そのまま慧音は外に出ていった。既に日は山の彼方に消えようとしていたが、それでも彼女はお構いなしで駆けていき、その姿は妖怪の山へと消えていった。

 

 

 

 

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