東方悲恋録〜hopeless&unrequited love〜   作:焼き鯖

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決闘場所は地獄にて

 ビシッ! ガッ! バキッ! 

 

 何処かの国の何処かの荒野。そこに居るのは男と鬼。拳が交わされる音のみが、何もない大地に響く。現在優勢なのは鬼の方で、男が出す拳を余裕で受け止め、いなし、躱す。男の方はヘトヘトになり、動きにキレがなくなってきたようだ。

 

 ゴシッ! 

 

 ガラ空きになった顎にアッパーを叩き込むと、男の身体は宙に浮き、そのまま地面に倒れ込んだ。

 

「よし! あたしの勝ちさね」

 

 嬉しそうに鬼が言う。

 

「くっそー! まだだ! もうひと勝負!」

 

 悔しそうに男は再戦を申し込む。

 

「ダメダメ。一日一戦の約束だろ? 今日はもうおしまいさ」

 

 たしなめるように鬼が言う。

 

「はーぁ、今日も俺の負けかぁ」

 

「これで通算999勝0敗だな。後1勝で大台の1000勝だ!」

 

「絶対に阻止してやるからな! 覚悟しとけよ!」

 

「はいはい。期待してますよーっと。それよりも、酒は持ってきたか?」

 

「ホント相変わらずだな、お前は。ほれ、ちゃんと持ってきたやったぞ。星熊」

 

「相変わらずなのはお前もだろ? いい加減勇儀って呼んでくれよ。凛」

 

 お互いにそんなこと軽口を叩き合いながら、凛は勇儀の隣に座り、紅い盃に酒を注ぐ。カチリと盃を合わせ、一気にそれを呷った。

 

「ん〜……やっぱ勝った後の酒は美味いねぇ」

 

 満足気に勇儀は言うとやっかむ様に凛が言った。

 

「毎回それ言ってるよな。俺への当てつけ?」

 

「そんな事ないさ。純粋に勝てば嬉しくて酒が美味くなるだろ? それと同じさ」

 

「確かにそうだけどさ、こう、何回も負けた後にそれ聞いてると……さ。来るものがあるんだよ」

 

「みみっちい男だねぇ。私は鬼だよ? 勝てるわけがないじゃないか。気にしない方が普通だぞ?」

 

「その鬼に勝つために、日夜必死に特訓して来てるのに簡単に捩じ伏せられるから余計に気にするの。人間って結構脆いもんなんだよ?」

 

「いや、でもお前も段々と強くなってきてるからな? そこら辺の奴らなんか敵じゃないと思うぞ?」

 

 そんな慰めいらねぇよ。と凛は酒を注ぐ。いつの間にか、盃には綺麗な満月が写り込んでいた。

 

「しかし、お前が勝負を挑んできて何年だ?」

 

「丁度今日で二、三十年ってところだな」

 

 指を折りながら、凛は計算をした。

 

「はぁ〜もうそんなに経ったのか。時が経つのは早いねぇ」

 

「お前ら鬼からしたら余計にそう思うかもな」

 

「懐かしいねぇ。お前と初めて会ったあの時を思い出すよ」

 

「出来れば思い出さないで欲しいんだがな……」

 

 そう言って凛は盃を空ける。それを見ながら勇儀は凛と会った日の事を思い出していた。そう、あの時もこんなに月が丸く、綺麗な夜だった…………。

 

 

 

 

 

 


 

「あんたが星熊勇儀だな?」

 

 急に声を掛けられた。振り返ると、見るからにそこら辺のゴロツキと言った男が数人、にやついた顔でこちらを見ていた。

 

「そうだが、私に何か用か?」

 

「いきなりで悪いんだけどよぉ〜、少しボコボコにされてくんねぇかな」

 

 粘着質な喋り方に若干の嫌悪を感じたが、面には出さず、淡々と返す。

 

「そう言われて、はいそうですかって許可する馬鹿はいないさね」

 

「まぁ、そう言うだろうと思ったさ。という訳で……お前ら、殺れ」

 

 男の合図と共に、子分の男達が一斉に勇儀に襲いかかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3分後、勇儀の周りにはのびた子分の男共の死体が広がっていた。

 

「ふん。この程度の強さでボコボコにされてくれだぁ? 鬼を舐めるのも程々にしとかないと、あんたらいずれ死ぬよ?」

 

 頭領っぽい男に最早余裕などなかった。あるのは圧倒的な強さの前にひれ伏すしか無いただの臆病な人間の姿だけだった。

 

「で、どうするんだい? 今度はあんたが相手になるのかい?」

 

「……ず、ずらかるぞ! テメェら!」

 

 男の怯えた声と共にのびてた子分が一斉に立ち上がり、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。

 その時の勇儀の印象は、単なる命知らずなゴロツキとしか思わなかったが……

 

 

 

 

 


 

 それから3日経った夜、勇儀の元に一人の男が現れた。その男は、あのゴロツキの頭領だった。

 

「なんだあんたかい。また私をボコボコにさせてくれって言うんじゃあないだろうね?」

 

「………………」

 

 次の瞬間、男は頭を地につけた。あまりに突然の出来事に勇儀は少し驚いた。

 

「昨日はすまなかった。あれは完全に俺たちがあんたを舐めきっていた。その事を謝りに来たんだ」

 

 なんだ。意外に筋が通った野郎じゃないか。

 

「あぁ、別に気にしてないよ。大丈夫だ。だから顔を上げなよ」

 

「いや、あの夜の事は俺にとっちゃ一生の不覚だ。落とし前をつけねぇとどうも納得がいかねぇ。そこでだ。俺と勝負をしてくんねぇか? 俺一人だけ無傷で逃げちゃあ子分に面目が立たん。頼む。この通りだ」

 

 そう言って男は頑なに顔を上げようとはしなかった。

 

「……ふふっ」

 

「ん?」

 

「あっはっはっはっはっ! あんた面白い奴だねぇ! 気に入ったよ! 相手になってやる」

 

「そ、そうか。助かるぜ」

 

「そう言えば名前を聞いてなかったな。あんた、名前は?」

 

「俺か? 俺は兵藤凛だ」

 

「じゃあ凛、昨日のとこでやろう。いいな?」

 

「あぁ。構わねぇぜ」

 

 こうして凛と勇儀の決闘が始まった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「……てな感じだったな」

 

「あの頃の俺らは青かったからなぁ……」

 

 黒歴史を忘れようと、凛は頭を横に振った。

 

「そこから今までずっと私と戦ってきたな」

 

「あぁそうだな。いつの間にか子分への面目なんか忘れちまってお前に勝つために戦いを挑んでたな」

 

「その度に負けて『覚えてろよー!』って言ってたな。お前」

 

 苦笑いを浮かべながら凛は酒を呑む。呑み干した後、凛は立ち上がり、勇儀を見ながら宣言した。

 

「だがな、今度こそ俺はお前の通算成績1000勝目を潰す。その為に修行してくるから首洗って待ってろよ?」

 

「修行って何時までだよ」

 

「少なくとも10年だな。鬼のお前ならあっという間だろ?」

 

「よし。じゃあ約束だ。10年経ったらここに来い。その時もわたしは全力で行くからな?」

 

 笑いながら拳を凛の前に差し出す。凛はその拳に笑顔で合わせると、村の方へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 十年後……

 

「……来たか」

 

 待ち焦がれた様に勇儀は言った。十年。確かに矢が飛んでいく様に短かった。が、勇儀にとっては時間が止まった世界に住んでいた様に長く感じた。

 十年振りに見た凛にはもう、最初に会った時の面影はなかった。本当に修行してきたのかと言いたくなる程にやつれ、老けていた。

 

「なんだよその姿は。ガリガリじゃないか。そんなんで私に勝てるのか?」

 

 挑発する様な笑みを浮かべながら勇儀は言った。

 

「ふん、舐めんな。見てろよ? その笑顔を涙で濡らしてやるからな?」

 

「言うねぇ……じゃ、始めようか」

 

 勇儀の言葉とを合図に、二人は動き出した。

 

 ビシッ! バシッ! ガッ! 

 

 拳の音が夜の荒野に溶けてゆく。観客も、野次馬もいない二人だけの時間が、刻々と過ぎていく。

 なるほど、修行してきたのは本当らしい。今までの決闘より動きが良かった。だが、その動きはまるで、蜉蝣みたいに弱々しく感じた。全ての気力を絞り出そうという意思も感じた。

 

 バギッ! 

 

 勇儀の一撃が鳩尾に直撃し、凛は後ろに吹っ飛んだ。

 

「……降参だ」

 

「おや、珍しいね。こんな早くに降参するなんて。良いのかい? 私の1000勝を阻止するんじゃなかったのかい?」

 

 尚も凛を挑発する。

 

「今日は少し行かなきゃならねぇ用事が出来た。悔しいが、1000勝目は譲ってやる」

 

「そうかい。結局修行の成果とやらは出なかった様だねぇ」

 

「ははっ、そうだな」

 

 弱々しく、凛は笑った。

 

「立てるかい? その用事の前に、酒の一杯は付き合ってくれるよな?」

 

 こう言って勇儀は手を差し出した。

 

「勿論だ。どんなに急いでいても、これだけはしっかりと守らねぇとな」

 

 差し出された手を掴んで起き上がる。勇儀はいつもの様にどっかりと凛の横に腰を下ろし、盃に酒を注いだ。

 

「おっ、珍しいね。星熊の方から酒持って来るなんてさ」

 

「たまにはいいだろ。もののついでだ。私の膝に来な」

 

 そう言って勇儀はあぐらをくんだ膝を誘う様に叩く。

 

「そうかい。じゃお言葉に甘えようかねぇ」

 

 軽くそう言い、頭を膝の上に預けた。

 

「なんだろうな……母親がよくこういう風にしてたなって事を思い出すよ。懐かしいな」

 

「そうかいそうかい。気持ちいいかい?」

 

「あぁ。とてもいい」

 

 子供の様に凛は笑った。

 

「なんだか気持ち良くて眠くなってきたな……」

 

「おっと待った。眠る前に一ついいか?」

 

「なんだよ。手短にな」

 

「なんでお前らは、真正面から喧嘩を吹っ掛けたんだ? 鬼を狩るなら不意打ちするなりなんなりすればいいだけじゃねぇか。なのに、なんでそれをしなかったんだ?」

 

 事実、勇儀の仲間はみんな信頼していた人から裏切られ、騙されて焼かれたり斬られたりして死んでいった。

 

「前に言ったろ? あの時の俺らは青かった。世間を知らなかったんだ。束になって掛かれば鬼の一匹や二匹、楽勝だと思ってたんだよ。ただそれだけだ」

 

「そうだったのか……」

 

「それに、あの頃の俺らは例えゴロツキだったとしても、戦う時は正々堂々とを信条にしてたからな。あの時のアレもそれに則ったまでよ。簡単な話さ」

 

「…………」

 

「もういいか? すごい眠いんだ」

 

「あぁ。もういいよ。お休みな」

 

「あ、そうそう。寝る前にこれだけは言っとかねぇと」

 

 凛は笑いながら勇儀の方を向き、優しい声でこう言った。

 

「今まで楽しかった、付き合ってくれてありがとう。次は地獄で逢えたらいいな。勇儀」

 

 凛はそのまま目を閉じた。勇儀はそれを見ながら酒を呑んだ。

 

「地獄で逢えたらいいな……だって?」

 

 そう呟き、左手で凛の頭を撫でる。その手からは人の温もりが少しずつ失われていく様な気がした。

 

「馬鹿言わないでくれよ……地獄に行くなんて冗談……笑えないよ……」

 

 心なしか、勇儀の声が掠れた気がした。

 

「さっき言ったよな、お前の笑顔を涙で濡らしてやるって……そうなったよ……お前の勝ちだよ……お前の勝ちだからさ、早く用事を済ませてさ……また私と戦ってくれよ……」

 

 酒で一杯の盃に、涙が一粒、二粒零れ落ちた。

 

 空には、あの時と同じ様な満月が輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 バギッ! 

 

 鈍い音が、地底中に響き渡る。それと同時に妖怪が壁の所まで吹っ飛んだ。

 

「もう終わりかい? 弱い奴だねぇ」

 

 嘲笑う様に勇儀は言った。

 

「この野郎……覚えておけよ!」

 

 自力で壁から抜け出したその妖怪は、捨台詞の様にその言葉を残して逃げて言った。

 その後ろ姿を見ながら勇儀は凛の事を思い出した。あいつはどんなにその捨台詞を吐いても、絶対に諦めようとはしなかった。なのに最近の奴らは根性がない。地底に来て何年も経つが、特にそう感じる。

 

「あいつみたいな奴は、もういないんだろうなぁ……」

 

 一人そう呟くと

 

「おい、此処に星熊勇儀って奴はいるか?」

 

 後ろから声をかけられた。振り返ると、凛に似た感じの人間が立っていた。

 

「星熊勇儀は私だが?」

 

 驚きを隠す様に勇儀は言った。

 

「俺の名は、兵藤凛。地底に強い奴がいると聞いて此処まで来た。手合わせ願いたい」

 

「……成る程。図らずもあいつの願いがかなったってわけだな……」

 

「?」

 

「こっちの話さ。それより、この私に挑む命知らずだ。実力も本物だろうね?」

 

「勿論だ」

 

「なら良し。じゃ、さっそく行くぞ!」

 

「望む所だ!」

 

 彼女は今日も、地獄の端にて兵藤凛をまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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